二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 怪物くん 『白銀色の孤独』 ( No.75 )
日時: 2013/02/12 17:32
名前: 炎崎 獅織 ◆3ifmt4W30k (ID: mNBn7X7Y)

<episode 20 幕開けの朝>





 冬の早朝。深い眠りについている街は、しっとりとした静かさに包まれ、カモメの鳴き声や時折道路を走っていく自動車の音が、沈黙をそっと切り裂いていく。濃紺色の空は次第に明るみをましていき、太陽が昇って1日の始まりを告げる。少しずつ暖かくはなるが、吹く海風はとても冷たい。

「いいですね、人間界って」

 源太が、ぽつりと呟いた。仕入れの帰り道、由貴の運転するワゴン車の助手席に収まっている彼は、窓の外を流れていく海をじっと眺めていた。

「例えばどんな所?」

 後部座席の方から質問が飛んだ。智也の声だ。

「色鮮やかな所、風がとても気持ちいい所……悪魔界では到底味わえません」
「悪魔界って、アレなんでんしょ。“火山の中に国を作ったらこうなった”みたいな」

 信号待ちのとき、運転手の由貴も会話に入って来た。

「そうなんですよ。岩ばっかりだわ、そこら中から炎が吹き出すわ……一応植物は育つし、綺麗な花も咲くんですけど、どうにも殺風景で」
「正義さんも、いつもぼやいていたわ。“人間界から帰ると、悪魔界が余計暗く見える”って」
「一時期、“悪魔界丸ごと改装計画”というのが持ち上がったほどでして」
「丸ごと変えちゃうの? マジで?」
「智也くん、後ろから乗り出さないで。バックミラーが見えない!」

 朝から賑やかな車は、真っすぐ伸びている道路を快調に飛ばしていく。海を左手に見ながら進む先に、三人の帰りを今か今かと待ち構える男たちがいた。
 レストランに到着した由貴たちが車を降りると、店長の茂以下、留守番組の全員が出迎えてくれた。

「お帰り、由貴。寒かったやろ」
「ただいま、茂」

 冬の寒さも吹っ飛びそうな熱々の夫婦をよそに、現時点では独身の男5人は黙々と作業を開始していた。ワゴン車に山と積まれた発泡スチロール箱や段ボール箱、クーラーボックスを次々厨房へと運び込んでいく。

「見せつけないで欲しいよね、独身の目の前で」
「太一、お前ひがんでるのか」
「山口くんはまだいいじゃん。彼女さんがいるから」
「だったら早いとこ見つけたらどうだ。人生明るくなるぜ」
「兄ぃも太一くんも、さっさと荷物運びやってよ!」
「へいへい」
「……長瀬もボサッとしてないで」
「ねぇ、松岡くん」
「何だよ」

 野菜が詰まった段ボール箱を抱えたまま、智也は宙を見つめている。

「何か、おかしくない?」
「どこが」
「駐車場の、ど真ん中辺り」

 智也の言う場所は、彼らの立ち位置から少し離れた所にある、お客さん用の駐車場のことだった。何の事やら分からずに教えられた場所を凝視する昌宏だったが、確かに奇妙なことが起きているのに気付いた。平らであるはずの地面が膨れ上がり、緩やかな丘が出来上がっているではないか。

「俺と源太くんと由貴さんが帰って来たときは、ちゃんと平べったかったのに」
「……様子を見てくるから、長瀬は取り合えず箱を置いて来い」

 仕事に戻っていく智也を横目に、昌宏は突如出現した丘を登った。一番高い場所に立ち、足踏みやジャンプをしてみるが、何の変化もない。思い切ってバック転をやってみたが、頭を打ちそうになり冷や汗をかいただけだった。…………彼の名誉の為に言っておくが、宙返りはちゃんと一発で成功している。

「結局なんなの、これ」
「松岡さん、戻ってきて!」

 名字を呼ばれて振り返れば、源太が必死の形相で叫んでいた。

「どうした源太、誰かが荷物をひっくり返したとか?」
「そんなのじゃないです! 早く地面のふくらみから降りてください!」

 ただ事ではないと判断し、早足で丘を後にした。心なしか、傾斜がきつくなっている気がする。
 言われた通りに戻った瞬間、グラリ、と地面が揺れた。

「地震か?!」
「なんやねん、この揺れは?!」
「何だ何だ!」

 各々の叫びは轟音と衝撃にかき消され、全員が地面に叩き付けられた。
 少しして、揺れと音は治まった。倒れる際に強打した胸を押さえながら、昌宏はゆっくり体を起こし、後ろを振り返った。そして、息を呑んだ。
 つい先程、彼が危ういバック転を決めた場所を突き破り、黒い何かが勢い良く吹き出していた。朝焼けの空を闇色に染め、謎の圧力を持ったそれは上空で拡散し、街中に広がっていく。

「封魔が、こんなところまで……」

 同じく起き上がって事態を目撃した源太の表情と声は、絶望一色に染まっていた。





——————————————————————————————
<あとがき>
受験も一段落つきました。ここからは、全力で進行させていくぞ!
……いつの間にやら、参照数2000突破。
この作品を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。