二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 第六章 美国織莉子の午後① ( No.142 )
日時: 2012/06/04 10:37
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

 美国織莉子(みくにおりこ)は自宅に訪れていた千歳(ちとせ)ゆまが出て行くのを見送り、その足で台所に向かった。

 この後巴(ともえ)マミが来ることになっていた。

 マミとの約束で、マミはお茶を。

 織莉子はお菓子を用意することになっていた。

 一応幾分かの用意はあるが、せっかくなら出来立てのケーキあたりがいいかなと思っていた。

 織莉子は材料があるかどうかを確認するため、冷蔵庫を開けた。

 ある程度の材料はある。

 だが卵だけが切れていた。

(今から買いに行っていたら間に合わないわ……)

 別のお菓子にするという選択もある。

 今の状況を考えるとそれが無難かと思った。

「あら?」

 織莉子の携帯電話がメロディを奏ではじめた。

 織莉子は携帯の画面に表示された名前を確認すると電話をとった。

Re: 第六章 美国織莉子の午後② ( No.143 )
日時: 2012/06/04 10:37
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

『やぁ、織莉子』

「急にどうしたの?キリカ」

 電話の主は親友の呉(くれ)キリカだった。

『特に用事は無いのだけど、何となく織莉子が困っている気がしたんだ』

 織莉子は電話を持ったまま周りを見渡した。

 もちろんキリカの姿はない。

「なんでわかったの?」

『愛の力……かな』

 織莉子は苦笑した。

 変わったことを言ったりしたりするが、このようにいつも織莉子のことを気にかけてくれるキリカが織莉子は大好きだった。

「それじゃあちょっとキリカにお願いしようかしら」

『なんなりと言ってよ!あっという間にそのお願いを叶えてあげるよ!』

「ふふ。そんなに気張らなくていいのよ。ただ卵を買ってきて欲しいだけなの」

『卵?そんなの朝飯前さ。もうすぐ夕飯だけどね』

 そんな冗談を交えるキリカの言葉を華麗にスルーした。

 そして先ほど出て行ったゆまが卵を買ってから帰ると言っていたことを思い出し、織莉子はキリカにゆまが行くと言っていたお店を教えた。

『あぁ、そこなら知っているよ。すぐ買って届けるからね』

 そう残してキリカは電話を切った。

 織莉子はツーツーとなる携帯の画面を見ながら、ふと思った。

(大丈夫かしら……。キリカはたまにドジするから……)

 なんとなく心配な気持ちになった。

 その心配が後々現実になるとは予知能力者の織莉子でもこの時点では思ってもいなかった。

Re: 第六章 美国織莉子の午後③ ( No.144 )
日時: 2012/06/04 10:39
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

 キリカとの電話のあと、家のチャイムが鳴った。

 マミとの約束の時間にはまだ早い。

 さすがのキリカでもまだ買ってここに来るには早すぎる。

 織莉子はインターホンに設置されたカメラから送られてくる映像を確認した。

 映像には見知らぬ男性が映っていた。

 年は60歳前後で黒の執事服に身を包んだいかにも紳士といった感じの人だった。

「どなたでしょうか?」

 織莉子がインターホン越しにそう問うた。

『突然申し訳ありません。わたくし、鷺宮千鶴(さぎみやちづる)お嬢様の執事でクロードと申します。織莉子様にぜひお渡ししたい物がございまして……。失礼ながらご面会頂けないでしょうか?』

 クロードと名乗った執事の言葉に、織莉子は言葉を失った。

(鷺宮千鶴———)

『織莉子様?』

 織莉子は我に帰り、心を落ち着かせた。

「そちらに行きます。少し待ってください」

 そう言って織莉子はインターホンを切り、早足でクロードの元に向かった。

 鷺宮千鶴は同級生の女の子だ。

 織莉子の父は政治家で、また千鶴の父も政治家だった。

 織莉子の父と千鶴の父は政界では敵対関係にあったようだが、その娘である二人にはそういったことは関係なく、いわゆる似た立場の存在として友人関係にあった。

 だがあるとき、織莉子の父が何者かによって殺されてしまう。

 父の死後はしばらくの間は周りも織莉子のことを気にかけていたが、次第にそれが薄れていくと偉大な父という背景を無くした織莉子に対し周りの興味は薄れていった。

 織莉子はこのとき、父の居ない自分は無価値なのではないか?そう思った。

 自分の価値とは何なのか。自分が生きる意味は何なのか。

 それらを知りたいと思い、織莉子は魔法少女となることを決意した。

 織莉子は、はからずも魔法少女としての能力により、父の死の真相を知った。

Re: 第六章 美国織莉子の午後④ ( No.145 )
日時: 2012/06/04 10:39
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

 父を殺したのは千鶴の父。

 汚職の証拠を織莉子の父が掴み、それをばらそうとしたため殺された。

 この事実を知った時、織莉子は不思議と憎悪は沸かなかった。

 父が嫌いだったわけではない。

 尊敬もしていた。

 だがそれと自分の生きる意味や価値は結びつかない、そう思ったのだ。

 父の光にあてられて輝いていた美国織莉子ではなく、一人の美国織莉子として今を生きているのだ。

 そう思うと憎悪は沸かず、むしろ逆に友人の千鶴のことが気になった。

 千鶴がこのことを知ったらどう思うのだろうか。

 言うべきなのか、言わざるべきなのか。

 織莉子がそう悩みあぐねいている間に、千鶴の父が自殺したというニュースが織莉子の耳に入った。

 汚職がばれ、その責任から逃れるための行為だった。

 後々、千鶴の父の汚職を公(おおやけ)にしたのが千鶴であったことを知った。

(千鶴は私なんかより自分の存在する意味を知っていた……)

 それ以来、織莉子の中で千鶴は羨望の対象となった。

 自分という存在を貫き通せる千鶴のことが羨ましかった。

 だからこそ———。

 織莉子は少々怒気を含んだ表情でクロードを迎えた。

「ご足労ありがとうございます」

 クロードはそんな織莉子の様子に対しても変わらない態度で迎えた。

「千鶴から預かったものというのは何なんですか?」

「こちらです」

 クロードは懐から一封の封筒を取り出した。

「お嬢様が織莉子様にぜひ渡して欲しいということでわたくしが承わった次第です」

 クロードは封筒を織莉子に差し出した。

 しかし織莉子はそれを受け取ろうとはしなかった。

Re: 第六章 美国織莉子の午後⑤ ( No.146 )
日時: 2012/06/04 10:40
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「それは千鶴を侮辱しているのですか?」

「と、言いますと?」

 クロードの表情は変わらない。

 まるでそう言われるのがわかっていたかのようだった。

「千鶴は千鶴のお父様がお亡くなりになった後、自殺未遂をして未だ昏睡状態のはず。目を覚ましたなどという話は聞いてないわ」

 織莉子の眼光は鋭く、友人達に見せる普段のそれとはまったく異なっていた。

 しかしそんな織莉子の威圧すら真に受けず、クロードは「ふむ」と頷いた。

「確かに織莉子様の仰るとおり、千鶴お嬢様は未だ昏睡状態のままです。ですが……これは紛れも無くお嬢様の手紙なのです」

「昏睡状態になる前に書いたもの———ということかしら?」

 織莉子の問いにクロードは首を振った。

「昨晩書かれたものです」

「……」

 明らかに矛盾していることを、クロードは顔色一つ変えずに言った。

「可笑しなことなどありません。なぜならこの世の中には魔法少女がいたり、魔女がいたりするのですから……」

「あ、あなた!」

 織莉子の表情は怒りから驚きへと変わった。

 普通に生きている者が知るはずの無い魔法少女と魔女のことを口走ったのだ。

 つまりそれは自分がその存在か、それに近しい存在であることを示している。

「受け取っていただけますね?」

 織莉子はその問いには答えなかったが、差し出された手紙は手に取った。

「ありがとうございます。きっとお嬢様もお喜びになるでしょう」

 クロードは頭を下げ、その場を去っていった。

Re: 第六章 美国織莉子の午後⑥ ( No.147 )
日時: 2012/06/04 10:41
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

 その後、ほぼ時間通りにマミがやってきた。

 佐倉杏子も一緒だったが、ゆまが居ないことを知るとすぐに帰っていった。

 結局マミが来るまでにキリカは来ず、材料は揃わずじまいとなった。

 だがそれ以前に今の織莉子にお菓子を作っているような余裕は無かった。

 マミとのお茶の最中もさっき渡された手紙内容が気になってしまい、マミに変なことを尋ねてしまった。

(マミさんまで巻き込むわけにはいかないわよね……。でもどういうことなのかしら)

 手紙には織莉子に対して罪滅ぼしがしたいということと、もうじき目覚めることが出来るかもしれないということが書かれていた。

 字体も昔見た千鶴のものと酷似しており、見る限り確かに本人からの手紙なのだ。

 しかしクロードの言葉にも、手紙にも、千鶴はまだ昏睡状態にあることが受け取れる部分がある。

 この矛盾が魔法少女が絡むことだとするならば、千鶴に協力する何者かがいることになるだろう。

 そしてもう一つ引っかかるのが、罪滅ぼしをしたいという内容だ。

 その罪滅ぼしのために、何か大きなことをしようとしてる———そんな気がするのだ。

(千鶴……あなたに何が起きているの?)

 織莉子はこの世界を救うという目標を持つことで、自分の価値を見出そうとしていた。

 もしその目標の前に友人が壁となるなら、当然それを打ち破らなければならない。

 しかしそれをすることが本当に良いことなのだろうか。

 犠牲の上に成り立つ価値など意味があるのだろうか。

 織莉子はマミが帰った後も一人でずっと考えていた。

 と、そのとき玄関のほうからキリカの声が聞こえた。

 ほぼ無意識に足はキリカのほうに向かっていた。

 なぜだか無性にキリカの顔が見たかった。

Re: 第六章 美国織莉子の午後⑦ ( No.148 )
日時: 2012/06/04 10:42
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「お帰り、キリカ。遅かったわね」

 迎えに出るとそこには肩を落としたキリカがいた。

「ど、どうしたの?」

「うぅ……織莉子のお使いすらまともにこなせない私は本当にダメな子だっ!」

 そう言って涙を流すキリカを横目に織莉子は卵が入っているであろう袋を覗いた。

「あぁ……」

 卵が見事割れていた。

 キリカが卵を割ってしまった経緯を申し訳なさそうに話した。

 それを聞いていると、なぜか自然と笑みがこぼれた。

 大切な親友の必死な姿がとても可愛く思えた。

 さっきまで考えていたこと、悩んでいたことがどこかに飛んでいってしまったかのように心の中が穏やかだった。

 織莉子は怒っていないこと、せっかくだから食事を一緒にしようということをキリカに言った。

 キリカは笑顔で甘える子供のように抱きついてきた。

 織莉子にとってキリカはかけがえの無い存在だ。

 たとえキリカが敵になってしまったとしても、どうにか救い出そうとするだろう。

 キリカの親友。

 それが自分の存在する意味なのかもしれない。

 キリカをそう思うように、千鶴のことを救う道を模索してみるのも一つの道なのかもしれない。

 織莉子はキリカの手を握った。

「そうだ、今日はオムライスにしましょうか」

 きっと今頃、ゆまは杏子のために奮闘していることだろう。

 ゆまは杏子という大切な人のために頑張りたいと言っていた。

 織莉子は喜ぶキリカを横目に、

(大切な人の嬉しそうな顔を見るのってとても楽しいわね)

 そう心の中で呟いた。