二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 第四章 1話 ( No.29 )
- 日時: 2012/04/27 10:49
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
上下左右まんべんなくそこは青空だった。
まるで雲の上に立っているかのような気分だ。
ここが夢の世界であれば、綺麗だとはしゃいでしまうかもしれない。
だが今ここにいる少女にそれを感じる余裕などなかった。
「あ…うぅ。ど、うして?」
少女は傷だらけでまさに満身創痍(まんしんそうい)、命からがらという状況だった。
ザッザッザッ!
「!!」
重々しい音をたててそれは近づいてきた。
「……」
それは漆黒の騎士だった。
全身を漆黒の鎧に身を包み、顔も兜によって隠されている。手には身の丈ほどある大剣が握られていた。
「な、なんで!アナタも魔法少女でしょ!?なのに———」
ザシュ!
「あ……」
大剣が少女の胸を貫いていた。
魔法少女は基本的にはソウルジェムを破壊されない限り、魔力による修復により死にいたることはない。
だがその入れ物である肉体が修復できる範囲を超えて破壊されると、修復することが出来ずにこれもまた死と同等の意味となる。
少女の身体はその後者にあたる状態に達していた。
そしてそこには変身の解けた少女と、少女のソウルジェムだけが残された。
漆黒の騎士は大剣を消し去ると、ソウルジェムを拾った。
そして漆黒の騎士は少女の見開けれた目を閉じてやり、手を合わせてから少女を抱きかかええた。
そのまま漆黒の騎士は少女と共にどこかへと消え去っていった。
- Re: 第四章 2話 ( No.30 )
- 日時: 2012/04/27 10:51
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
『朝のニュースをお伝えします』
「たぁー!」
鹿目(かなめ)タツヤは手に持ったフォークでミニトマトを転がして遊んでいた。
「こら、タツヤ。食べ物で遊んじゃだめじゃないか」
「は〜い」
鹿目知久(かなめともひさ)の注意をタツヤは素直に聞き入れてミニトマトを口に運んだ。
「ふふ」
そんな父と弟の朝の光景を鹿目まどかは笑顔で見ていた。
『昨晩、14歳の少女が衰弱死(すいじゃくし)した状態で見つかりました。目立った外傷もなく、自殺の線で捜査が行われてきましたが、同じような事件が今月に入ってこれで4件目となり、警察も何かの事件に巻き込まれたものとして捜査をはじめました』
「こわいねぇー。まどかも気をつけなよ?」
鹿目詢子(かなめじゅんこ)はコーヒー片手にまどかにそう言った。
「大丈夫だよ。ほむらちゃんもさやかちゃんも仁美(ひとみ)ちゃんもいつも一緒だし」
「多けりゃいいってもんじゃないよ?アタシもまどかもか弱い女なんだ」
「ママならやっつけちゃいそうだけど……」
まどかは苦笑しながらテレビに目を向けた。
テレビでは少女の連続衰弱死事件について偉い人たちが難しいことを話していた。
「……」
まどかはこの事件もきっとアレが関係しているのだろうと思った。
こういった不可解な事件の影にはいつもアレ———魔女が潜んでいる。
- Re: 第四章 3話 ( No.31 )
- 日時: 2012/04/27 10:52
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
ピンポーン。
「お、愛しの彼女がきたぞ!」
「もー、そんなんじゃないって」
ニヤニヤ笑う詢子に見送られてまどかは家を出た。
「おはよー、ほむらちゃん」
「おはよう、まどか」
「……」
「ど、どうしたの?何か顔についてるかしら?」
まどかにジーッと顔を見られ、暁美(あけみ)ほむらは少したじろいだ。
「んふ♪やっぱりほむらちゃん可愛いなーって。ツインテール似合ってるよ」
「か、可愛いだなんて。まどかがくれたリボンが可愛いのよ」
「照れなくていいのに〜。ティヒヒ」
「いじわる……」
照れて顔を赤くするほむらをまどかは心底可愛いと思った。
まどかは通り過ぎるサラリーマンが持った新聞を見てふと朝のニュースを思い出した。
「そういえばここ最近起きてる事件知ってる?」
「衰弱死事件のこと?」
「うん、あれってやっぱり……」
まどかがトーンを低くして、少し小声でほむらに聞いた。
ほむらは頷いて答えた。
「間違いなく魔女……もしくは魔法少女が絡んでいるわ」
「だよねー。ほむらちゃんは何か知らない?」
「残念だけど……。それに私はなるべく厄介ごとには首をいれないようにしてるから。でないと、まどかに危険が及んでしまうし……」
「ほむらちゃん……」
ほむらの気遣う気持ちは本当にうれしかった。
だがやはり魔女に苦しめられている人がいると思うと気が気ではなかった。
(マミさんは何か知ってるかな?)
まどかは後で先輩の巴(ともえ)マミにも聞いてみようと思った。
- Re: 第四章 4話 ( No.32 )
- 日時: 2012/04/27 10:54
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
放課後。
鹿目(かなめ)まどか、暁美(あけみ)ほむら、そして美樹(みき)さやかの三人は巴(ともえ)マミの家を訪れていた。
マミは中学を卒業してしまったため、まどかたちと学校で会うことは無くなってしまったが、このような形で交流は続いていた。
マミは人数分の紅茶とお菓子を用意し終わると三人の前に座った。
「どうぞ、遠慮しないでね」
マミがそういうと三人はそれぞれ礼を言って、紅茶やお菓子を口にした。
「それで話ってなんですか?」
「ええ、そうね。そのために集まって貰ったんですものね」
まどかの問いにマミは真剣な眼差しを三人に向けた。
「みんな聞いたことくらいはあると思うけど、最近起きている衰弱死事件のことよ」
「!!」
マミの口から出たのはまさにまどかが気にかけていた事だった。
「その話、ボクも聞かせて貰いたいな」
部屋の奥からスッと現れたのはキュゥべぇだった。
「あ、まだこの街にいたのか!この淫獣(いんじゅう)!!」
さやかがソウルジェムから剣を出そうとするよりも速くほむらが銃をキュゥべぇに向けていた。
「まだまどかを狙っているの?」
「やれやれ、ひどい言われようだ。でも安心していいよ。鹿目まどかのことは、ボクは諦めたから」
「信じられないわ」
ほむらが銃の引き金に指をかけた。
「暁美さん、この場は私に免じておさめてくれないかしら?確かにキュゥべぇに騙されていた部分もあるけれど、今回は利害が一致する話となるはずよ」
ほむらは渋々銃をおさめ、キュゥべぇはマミのそばに腰を落ち着けた。
「ど、どういうことなんですか?マミさん」
「想像はしているだろうけど、犯人はおそらく魔法少女よ。そして犯人の目的もまた魔法少女……」
「それって魔法少女が魔法少女を殺してるってことなんですか?」
マミはそれに頷き、ため息をついた。
「残念だけど、別に珍しいことじゃないわ。美樹さんと佐倉さんが初めそうだったようにね」
三人は押し黙ってしまった。
さやかと杏子は一度本気の殺し合いをしている。
その2人を目の前でまどかも見ている。
そしてほむらは繰り返した時間の中で仕方ないとは言え、自身の手を汚したこともある。
- Re: 第四章 5話 ( No.33 )
- 日時: 2012/04/27 10:54
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「マミ、それだけなら君の言うとおりよくあることだ。でも引っかかることがあるんだろ?」
キュゥべぇは相変わらず表情を変えずに言った。
「実際に見たわけじゃないから程度はわからないのだけど、ニュースでは『目立った外傷はない』って言ってたわ。これって変じゃない?」
「衰弱死なんだから傷がなくても変じゃないと思うけど……」
さやかは同意を求めるようにまどかを見た。
まどかも顔に疑問符を浮かべていた。
「普通の人の自殺なら変じゃないわ、さやか。でも殺されているのは魔法少女よ。魔法少女が無抵抗でやられるとは考えにくい。外傷が無いなんて明らかに変よ」
「暁美さんの言うとおり。もし戦って命を落としたのなら、それなりに致命傷となる傷があってもおかしくないのよ」
さやかとまどかは再び顔を合わせて「なるほど」と声を揃えた。
「となると、殺した後に犯人が傷を治した———そうマミは考えているのかい?」
「そうよ。だから恐らく犯人は縄張り争いとかが目的じゃなくて、もっと他の理由を持って行動してると思うの」
「その目的は?」
「そこまではわからないわ。だからキュゥべぇ、あなたに手伝って貰いたいのよ」
「ボクがかい?」
「あなたなら私たち以外の魔法少女を知っているでしょ?何か情報を入手できるんじゃないかしら?」
「確かに可能だね。でもボクがそれをするメリットはあるのかい?」
「だって魔女化する前に死んでしまったら、あなたの言うエネルギーは回収できないでしょ?でもあなたの力じゃ犯人を止めることは出来ない。ならあなたが情報を、私たちが犯人を。どう?まさに利害の一致じゃない?」
「なるほど……。確かにそうだね。わかったよ、マミ。何かわかったら教えるよ」
マミとキュゥべぇはお互い共同戦線の契約が済むとキュゥべぇは消えていった。
「マミ、まさかあなた戦う気なの?」
「ほむら、アンタ黙ってみてたほうが良いっていうの!?」
「私やアナタは魔法少女だから良いけど、まどかは違うのよ。私たちが戦えばまどかに危害が加わる可能性もあるのよ」
「あ……そっか」
さやかは心配そうにしているまどかを見てケンカ腰をおさめた。
「そうね、暁美さん。この件に関しては協力するしないは本人に任せるわ。魔法少女が狙われているということをとりあえず知って貰えればいいから」
「でも私……」
まどかは自分はまた大したことできない———そう口にしかけた。
それを悟ったマミは首を振った。
「鹿目さんは気にしなくていいのよ。あなたはここに居るだけで私たちに力をくれるから」
「え?それってどういう……」
意味がつかめず、動揺するまどかをさやかが突然抱きしめた。
「こーいうことだぁぁ!」
「ひゃああ!?」
さやかに抱きしめられて動けないまどかのほっぺたをほむらはツンツンつついた。
「ふぇー。ほ、ほむらちゃんまで……わけがわからないよぉ」
三人の様子を笑いながら見ていたマミがまどかに言った。
「あなたは居るだけで私たちを明るい気持ちにしてくれるのよ。大げさな例えをするなら太陽かしら?」
「そんな私は……」
「うるさーい!まどかはさやかちゃんの太陽なのだ!」
まどかの言葉をさえぎって再びさやかがのしかかって来た。
「あはは!さやかちゃん、そこだめぇー」
「美樹さやか!!やりすぎよ!」
「って言って何でほむらちゃんまで乗っかってくるの〜〜」
「ふふ、賑やかっていいわね」
賑やかな時間は日没と共に過ぎ去っていった。
- Re: 第四章 6話 ( No.34 )
- 日時: 2012/04/27 16:04
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
時計は夜8時を回っていた。
場所が裏路地ということもあり、夜の暗さ以上に暗くて不気味だった。
「いっちょあがり〜」
そんな場所にあまりにも不釣合いな明るい少女の声がした。
空中から華麗に着地した少女———佐倉杏子(さくらきょうこ)はしっぽだけとなったたい焼きをパクリと平らげた。
「まー使い魔ごときにやられるアタシじゃないけどね〜」
『とか、言っちゃって。このまえ怪我したじゃない』
独り言と思いきや、杏子の言葉に返事が返ってきた。
『そりゃ、お前がヘマしたからだろーが』
杏子は今度は口に出さずに言葉を発した。
これは魔法少女同士のテレパシーによる会話なのだ。
『……まぁ、油断するなってことよ。この前の話覚えてるでしょ?』
『あぁ、衰弱死事件の犯人が魔法少女ってやつ?関係ないね、ぶっ殺しちゃえばいいんだよ』
『ほんと気楽でいいわね、あんたは……』
『さやかが気にしすぎなんだよ』
杏子がはき捨てるように言うと、美樹(みき)さやかはため息をついた。
『だいじょーぶだよ。怪我したら、ゆまが治してあげるから!』
一際幼い少女の声が割り込んできた。
『あのね、ゆまちゃん。怪我してもいいわけじゃないんだからね』
さやかは千歳(ちとせ)ゆまを諭すように言った。
『まぁ、いいや。さっさと帰って飯でも———』
ゾクッ!
杏子の背筋に悪寒が走った。
- Re: 第四章 7話 ( No.35 )
- 日時: 2012/04/27 16:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「!!?」
突如、杏子のいた場所が青空へと変化した。
上下左右まんべんなく青空は広がっており、杏子はまるで空の上にいるようだと思った。
「魔女結界か……へへ、久々に当たりだな」
杏子はニヤリと口元を歪め、小悪魔のような笑みを浮かべた。
対照的に焦るさやかの声が聞こえた。
『ちょっと、これって魔女?』
『ああ、そうだ。しかも当たりの中の当たりを引いたのはアタシみたいだねぇ』
杏子の前には巨大な鳥と人が合わさったような化け物が大きな羽を羽ばたかせていた。
『杏子!あんたの目の前に魔女がいるの!?アンタ、あたしらが行くまでやられんじゃないわよ!』
『このアタシがやられるわけないじゃん。さやかとゆまが来る前に終わらせておいてやるよ』
杏子は手に持った槍を魔女に向けて構えた。
魔女は杏子の敵意を感じたのか、雄たけびをあげた。
「ぎゃあ、ぎゃあ、うるさいってーの!」
杏子は魔法で跳躍力をあげ、加速した身体で一気に魔女の心臓めがけて飛んだ。
「遅いんだよ!」
杏子が槍を突き出す。
槍はそのまま行けば確実には魔女を射抜いていた。
ガキィィン!!
甲高い音をたてて杏子の槍が止まった。
「なっ!?」
槍は目の前に立つ漆黒の騎士が持つ、身の丈ほどの大剣によって止められていた。
杏子は一旦後ろに下がり、槍を構え直した。
「なんなんだよ、テメェは!」
「……」
騎士は何も言わずにただ杏子を見下ろしていた。
- Re: 第四章 8話 ( No.36 )
- 日時: 2012/04/27 16:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「くそっ。だんまりかよ……。この魔女を先に見つけたのは自分だって言いたいのか?」
杏子は騎士を睨み付けた。
「はい、そうですか。なんて言って譲るほど、アタシは無欲じゃないからさぁ!」
杏子は騎士に向かって飛んだ。
杏子は槍で素早く連続で突きを繰り出した。
しかしそれはすべて騎士の大剣で止められてしまった。
(こいつ結構やりやがる。でも……)
杏子は突きから横薙ぎの体制を取り、そのまま武器を持っていない左側に向かって攻撃した。
騎士はその攻撃も大剣で受け止めようと動いた。だが———。
「!!」
杏子の槍は騎士に届く前に柄の部分が複数に分かれ、騎士の背中をまわって右側へと軌道を変えた。
騎士は素早くそれに対応し、槍を払いのけた。
「アンタとアタシじゃ経験が違うんだよ!」
杏子は魔法で作り出した新しい槍でがら空きになった騎士の胴体めがけて突きを繰り出した。
騎士は何を思ったのか、その槍に対して左手を広げ、受ける体制をとってきた。
「え……?」
杏子が驚いたのは受けることではなく、広げられた手の中にソウルジェムが埋め込まれていたからだった。
(こいつ!死ぬ気か!?)
勢いづいた攻撃を止めることもできず、槍はそのまま騎士の左手を突き刺し———。
「な、なんだ……と!?」
騎士の左手に突き刺さる前に槍は先から順々に砕けていった。
杏子がそれに驚いている間に大剣を消し、空いた右手で騎士は杏子の首をつかんだ。
「うがぁ……!この……」
今度は左手に短剣を出現させ、その刃先を杏子に向けた。
(ま、まずい……このままじゃ……)
杏子は槍を出そうとするがなぜか槍が出せなかった。
仕方なく足で騎士を蹴るが、厚い装甲の鎧に効くはずも無かった。
「あ、があ!!」
より一層首を締める力が上がる。
魔法による痛覚のコントロールも出来ず、杏子は今にも気を失いそうだった。
- Re: 第四章 9話 ( No.37 )
- 日時: 2012/04/27 16:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「杏子を……はなせぇぇ!!」
「さ、や、かぁ」
耳を突き抜けるような声を張り上げながら、さやかが騎士に向かって飛び掛っていた。
騎士はさやかの姿を確認はしたが、それに対して防御する素振りを見せない。
「くらえぇぇ!」
さやかは騎士のそういった行動など気に留めず突っ込んだ。が、しかし———。
「オオオオオオ!!」
「な、なに?」
突如雄たけびをあげたかと思うと、魔女は巨大なカギ爪をさやかに向かって振り下ろしていた。
「うわぁあ!!」
なんとか防御はしたが、さやかは思いっきり吹き飛ばされてしまった。
「うぅ……いたた」
さやかは首を振って揺れる頭を安定させた。
「なんでいきなり…って、ちょっと!」
さやかは自分に向かって飛んでくる杏子を視界に捕らえて慌てた。
とりあえずさやかは武器を投げ捨ててなんとか杏子を受け止めた。
「いったぁ〜。杏子、大丈夫?」
「げほっ!な、なんとかな……」
杏子はヨロヨロと立ち上がり、騎士と魔女を睨んだ。
「くそ……どうなってやがる。あの魔女、明らかにアイツを援護したぞ」
「ぐ、偶然じゃない?」
「いや、おかしいと思ってたんだ。アタシとアイツが戦ってる間、あの魔女一度も手を出してないんだよ」
「そんな……あの黒いの、魔女を操ってるの?」
「わかんねー。下手に手出しできやしねぇ」
杏子は毒づいて足元の石を蹴り飛ばした。
「キョーコ!さやか!やっと追いついた……」
「ゆま!こっちくるんじゃねぇ!」
「へ?」
杏子はゆまに向かって降りてくる騎士の姿が見えた。
「あの、バカっ!」
ゆまも騎士の姿を捉えた。
「っ!!」
迫りくる狂気と恐怖にゆまの身体は固まってしまった。
- Re: 第四章 10話 ( No.38 )
- 日時: 2012/04/27 16:08
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「くそ!」
杏子はゆまを突き飛ばした。だが杏子に出来たのはそれだけだった。
「あぁあぁ!!」
振り下ろされた騎士の剣が杏子の右腕をバッサリ切り落としていた。
痛覚を消す暇も無かった杏子はその痛みに悲鳴を上げた。
「杏子!!」
「キョーコ!!」
さやかとゆまは杏子を助けようと杏子のもとに向かった。
しかしそれをさえぎるように魔女が巨大な羽を飛ばし、威嚇してきた。
「アタシのことはいい……さやか、ゆまを連れて逃げろ」
なんとか痛覚を遮断し、杏子は残った手で槍を出して騎士に向けた。
「私も一緒に……!」
「お前ひとりでこいつと魔女相手に、ゆまを守りながら戦えるかっつーの。へへ、安心しなよ。アタシは死んだりしない」
「杏子……」
騎士は大剣を振り上げた。
そして今振りおろそうとした瞬間だった。
「ぎぃやぁああああ!!」
「!!!!」
魔女が突如悲痛な声を上げて苦しみだしたのだ。
そして誰が見てもわかるほど、その魔女の様子に騎士が動揺していた。
騎士は杏子たちに背を向け、魔女のほうに向かっていってしまった。
「な、何?どうしたの?」
さやかは杏子に歩み寄りながら、しかし警戒しつつ騎士達の様子を伺った。
騎士と魔女が合流すると、魔女結界は徐々に消えてゆき、最後には騎士と魔女と一緒に何も無かったかのように消えてしまった。
もとの路地裏に戻された三人は呆然とその様をみていた。
「へへ……間一髪だな」
杏子はその場に倒れこんだ。
さやかもへなへなと崩れ落ちた。
ゆまは杏子の腕を治しながら泣いていた。
こうして杏子たちの敗北という形で、漆黒の騎士との初接触は終わりを告げた。
- Re: 第四章 11話 ( No.39 )
- 日時: 2012/05/07 16:32
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ここだよ、マミ」
佐倉杏子たちが漆黒の騎士と戦っているのとほぼ同時刻。
巴マミとキュゥべぇはとあるビジネスホテルの一室にいた。
ビジネスホテルは市内の割と栄えた場所に位置し、週末となれば満室になるほどの利用頻度だ。
「予想はしていたけど……実際に見てみるとなんだか不気味ね」
マミはベッドに仰向けで寝ている同じくらいの年齢の少女を見てそう言った。
「この子は確かにボクが契約した魔法少女だ。ソウルジェムはまだ破壊されてないね」
「わかるの?」
「当然さ。ボクたちインキュベーターはソウルジェムの状態を感知できる。でないと魔女化する兆候などを読み取れないからね」
キュゥべぇは表情一つかえずに、だがとても自慢げに語った。
「ただ……実に奇妙な現象だ」
「どういうこと?」
「肉体はしっかりと修復されている。なら、修復された時点で目覚めてもいいはずなんだけど……」
マミは美樹さやかのソウルジェムが一時的に失われた時のことを思い出した。
あの時はすぐに暁美ほむらが機転を利かし、ソウルジェムをさやかの手元に戻したことで大事には至らなかった。
「ソウルジェムが一定距離離れていると駄目なのよね?」
「そうだよ。でもソウルジェムが破壊されていないところを見ると、犯人がこの子の肉体と一緒に持っていたと考えるのが自然だろ?」
「そうね……となると、何かしらの魔法でソウルジェムと肉体の繋がりを絶っていた?」
「その可能性は高いね。しかしわからないなぁ。なんでこんな見つかりやすい場所に置いておくんだろう?」
キュゥべぇは首をかしげた。
確かにこの場所なら、明日には掃除の人なり、ホテルの人なりが来た際にこの子を発見するだろう。
- Re: 第四章 12話 ( No.40 )
- 日時: 2012/05/07 16:33
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「犯人なりの優しさ……かしらね」
「どういうことだい?」
「感情の無いあなたにはわからないかもしれないけれど、例え死んでしまったとしても1人で居なくなったことになるのは寂しいことよ。友達なり、両親なり、せめて誰かのもとに返してあげたい———そういうことじゃないかしら」
「罪悪感というやつかい?」
「どうでしょうね。それは本人しかわからないわ」
マミも今の仲間達に出会うまではいつか誰にも知られずに1人朽ち果ててしまうのではないかと考えていたことがあった。
だからなんとなく1人にさせたくないという気持ちが伝わってきた。
(犯人の目的はわからない。でも何か深い理由があるのかもしれないわね)
そう考えた時、マミは一つの可能性にたどり着いた。
「肉体を修復したのが犯人のせめてもの行為だとするのなら、肉体自体は目的じゃないってことよね?」
「マミのいう通りなら、そうなるね」
「もし縄張り争いやグリーフシードが目的なら、ソウルジェムを破壊して完璧にしとめるはず。でもソウルジェムは破壊しなかった……」
「もしかして犯人の目的はソウルジェム、そう言いたいのかい?」
マミは頷いた。
「そう考えるのが自然じゃないかしら。未だに破壊されずにいるのがこのことを裏付けてない?」
「確かに。でもソウルジェムを持っていく意味がわからないよ。グリーフシードみたいに穢れを浄化してくれるわけでもないし」
「それは犯人に聞いてみるしかないわね。キュゥべぇ、あなたなら追えるわよね?この子のソウルジェムを」
「なるほど。そこに犯人がいる———というわけだね」
「行ってみる価値はあるわ」
マミとキュゥべぇはソウルジェムの気配を追ってホテルを出た。
そしてこの後、漆黒の騎士に敗北を喫した杏子たちと合流することとなる。
- Re: 第四章 13話 ( No.41 )
- 日時: 2012/05/08 11:24
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
漆黒の騎士との戦いから一夜明けた日の昼。
鹿目(かなめ)まどか達は佐倉杏子(さくらきょうこ)の住まいとなっている教会に集まっていた。
「杏子ちゃん、本当にもう大丈夫なの?」
まどかはここに訪れてからずっと杏子の腕の怪我を気にしていた。
「ほんと大丈夫だって。ほら、この通り」
杏子は手のひらをグーパーさせた。
「一時はどうなることかと思ったけどさぁ。ほんとゆまちゃんが居てくれてよかったわ」
美樹(みき)さやかは昨晩のことを思い出して身震いした。
「お前ら学校サボっちゃっていいのかよ?」
「もう学生は夏休みなのよ、佐倉さん」
巴(ともえ)マミがそういうと杏子は「もーそんな時期か」とつぶやいた。
「でも杏子がやられるなんてかなりの手練(てだ)れね」
暁美(あけみ)ほむらの言葉に杏子は舌打ちした。
「実力はあたしのほうが上だったんだけどさぁ。おかしな魔法使いやがるんだよ」
「おかしな魔法?」
マミは視線を鋭くした。
「そうなんだよ。あたしの槍がアイツの手に触れそうになった瞬間粉々に砕けちゃったんだよ」
「こ、こなごな?」
まどかはゴクリと生唾を飲んだ。
「武器を破壊する魔法?でもそうすると辻褄(つじつま)が合わないわね」
マミはキュゥべぇと顔を合わせた。
キュゥべぇも首をかしげている。
- Re: 第四章 14話 ( No.42 )
- 日時: 2012/05/08 11:26
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「マミさん、どういうこと?」
さやかは身を乗り出してマミに迫った。
「皆は朝のニュース見た?」
「5人目の被害者がでたって……」
まどかがそういうとマミは頷いた。
「その5人目の子が発見された場所に私とキュゥべぇで行ったの。残念ながら手遅れだったけど……」
まどかは俯いて「そうですか」と嘆いた。
ほむらは落ち込むまどかの手を握ってあげた。
そしてまどかの代わりに問うた。
「分かったことがあるの?」
「えぇ……犯人の目的がね」
「目的?」
「あくまで私の推測なんだけど、犯人の目的はソウルジェムよ」
マミとキュゥべぇ以外の皆が驚きで顔を染めた。
「どういうことだ?何の意味があるんだ、そんなこと?」
「そこまではわからないわ。佐倉さんたちは昨日戦ってみて何かわかったことはない?」
「わかんねぇことばかりさ。ったく」
杏子が毒づいているとさやかが「あっ」と声をあげた。
「そういえばさ。昨日の黒いヤツ、魔女を操ってたみたいなんだよね」
「何かの見間違いじゃないの?さやか」
ほむらがさやかに疑いの眼差しを向けた。
「さやかの言ってる事はほんとだよ。アタシもそう感じた」
「そう」
杏子の言葉を素直に信じて、自分だけ疑われたさやかはキーキー奇声をあげてほむらに反発した。
もちろんほむらは無視した。
「ま、まぁ、それがほんとなら厄介ね」
「でも謎すぎるよ。魔女を操るなんて並大抵の力じゃ出来ないし、杏子たちが体験した力と共通点も見当たらない」
キュゥべぇはそう言い終ったところでほむらに睨まれている事に気がついた。
- Re: 第四章 15話 ( No.43 )
- 日時: 2012/05/08 11:27
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ど、どうしたんだい?暁美ほむら」
「本当に何もしらないのかしら?」
「どういうことだい?」
「ソウルジェムは魂……魔力の塊よ。つまり犯人は魔力というエネルギーを集めている。どこかの誰かさんみたいね」
ほむらの推測にみんなハッとなった。
確かに魔女化するときほどでは無いにしろ、ソウルジェムからもエネルギーを回収できる。
そしてそれをして得するのは他ならぬインキュベーターなのだ。
「ほんとうはまだまどかを諦めていなくて、刺客を使ってまどかを魔法少女にしようとしてるんじゃないの?」
みんな一斉にキュゥべぇを睨む。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ほんとに今回は何もしてないんだ。してるとしたら他の……」
「ほ、他にもキュゥべぇみたいのがいるの?」
まどかの問いにキュゥべぇは口をつぐんだ。
感情が無くとも、口がすべったー!と内心で言ってるのがよくわかる。
「どうなの?キュゥべぇ……」
マミが笑顔でキュゥべぇに迫った。目が笑っていなかった。
「まぁ……その……個人情報ってやつが」
「てめぇがそれを言うんじゃねー、淫獣!」
杏子はキュゥべぇの頭を鷲づかみにした。
「た、確かにボク以外にも仲間がいるよ。でもみんな個々に動いているからボクは他のインキュベーターが何をしているか知らないんだ!本当だよ!」
「あんた、そう言っていつも大事なこと隠すからねぇ」
鷲づかみにされたキュゥべぇの目を疑いの目でさやかが睨んだ。
「ね、ねぇ。キュゥべぇもほんとに知らないみたいだし、許してあげようよ」
「ま、まどか!」
キュゥべぇ目を潤ませていた。
「やっぱりまどかは優しいね!女神のようだ!」
- Re: 第四章 16話 ( No.44 )
- 日時: 2012/05/08 11:28
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
キュゥべぇは杏子の手から抜け出してまどかの胸に飛び込んだ。
「ほんとにコイツ感情ないの……?」
さやかはジト目でまどかに甘えるキュゥべぇを見た。
ほむらは嫉妬に満ちた目でキュゥべぇを睨んだ。
「ボクは女神まどか様に誓って言うよ。本当に何も知らないんだ!」
「変なこと言わないでよぉ。恥ずかしいよ」
みんな納得はしていないようだったが、まどかに免じてこの場は納めた。
「でももし他のインキュベーターが別の方法でエネルギーを集めているのだとすれば、当然まどかも狙われる」
「そうね、その可能性も考えなくちゃね」
ほむらはまどかの手をとり両手で握り締めた。
「安心して、まどか。あなたは私が絶対守って見せる」
「うん、ほむらちゃんのこと信じてるから」
まどかとほむらは別の世界に入り込んでいた。
「うーん。わたしゃ、まどかの将来が不安じゃ〜」
さやかが変顔で2人を見て言った。
「鹿目さんのことは暁美さんに任せるとして、私たちも単独行動は控えましょう」
さやかと杏子は頷いて同意した。
「ゆまにはアタシから言うとして……。大丈夫だと思うけど、とりあえず織莉子(おりこ)にも注意を促しておくよ」
「じゃあ私が杏子についていくわ」
杏子とさやかは2人でその場を離れた。
2人を見送りながらマミは何となく嫌な予感を感じていた。
ワルプルギスの夜の時とは違う嫌な予感を。
- Re: 第四章 17話 ( No.45 )
- 日時: 2012/05/09 09:53
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
昼下がりの公園のベンチに少女が1人で座っていた。
少女は夏用の着物に身を包み、片手にアイスキャンディを持ったままボーっと空を眺めていた。
「あっちぃーなぁ」
通りすぎる人たちはそんな少女の姿をチラチラと見ていた。
と言うのも、少女の姿はとてもだらしなかったのだ。
右肩の着物はずれ落ち、肩のみならず胸元までさらけ出していた。組んだ足の間からは下着が露わになっているにも関わらずお構いなしだった。
しかしその姿はどこか妖艶で、華奢な少女という印象を不釣合いなものにしていた。
「とんでもない姿っすね、リンちゃん」
「んあ?なんだ、ゴンべぇか」
少女———天音(あまね)リンはとけ始めているアイスを一口かじった。
「なんだとはひどいっすよ。せっかく良い話を持ってきたのに」
「いい話?」
「騎士さんが佐倉杏子を返り討ちにしたんすよ」
リンはやる気の無い目でアイスを一口、さらに一口と口に運んだ。
「佐倉、杏子……。あぁ、あの菓子ばっかくってるヤツか」
「そうっす。あのチーム中で佐倉杏子は1位、2位を争う実力者。それを返り討ちにしたんすから、ちょっとは喜んだらどうっすか?」
「別に殺すことが目的じゃねーだろ。問題はだ……」
リンが言いかけたところで正面から男が2人、こちらに向かってくるのが見えた。
- Re: 第四章 18話 ( No.46 )
- 日時: 2012/05/09 09:54
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「やっぱ近くで見るとかわいいね!お譲ちゃん、いくつ?」
「……」
リンはとけてほとんど無くなったアイスをなめ取った。そしてアイスの無くなった棒を口に咥えて男たちを観察した。
2人ともどこにでも居そうないわゆるチャラ男だった。
こんな昼間から遊びまわっているのだからろくな暮らしもしていないのだろう。
「ねぇ、ねぇ。いくつ?」
チャラ男Aの言葉にリンはニヤリと笑って言った。
「100歳」
「へ?ああ、冗談うまいね。ねぇ、暇なら遊びいこうよ。おごるよ?」
チャラ男Bははだけたリンの胸元をジロジロ見ながら言った。
「ふーん。あんたらオレの身体が目的?」
「えー、何?俺らそんな風にみえる?お譲ちゃん、そういうの好きなの!?」
2人は勝手に舞い上がっている。
リンはそんな2人を心底面白うそうに見ていた。
「お譲ちゃんが好きならぁ、そういうとこ行ってもいいよ?」
「そうかい。んじゃあー、あんたらの身体をオレに喰わせてくれたらいいよ」
「え、ほんと!?いいよ!俺らのこと食べちゃってよ〜」
「やったぁ♪ありがと」
リンは満面の笑顔を2人に向けた。
それは純粋無垢な少女の穢れの無い最高の笑顔だった。
「あわわ!」
「ひぃいいぃ!」
しかし男2人はそんな最高の笑顔に見向きもせず、リンの背後に浮かび上がるモノをみて悲鳴を上げた。
リンの背後には黒い太陽のような球体が浮いていた。その球体には3つの切れ長な目がついており、球体から伸びた無数の手がモゾモゾとうごめいていた。
「ば、ばけもの!!」
「へへ……ごちそーさま」
球体は無数の手を伸ばし、2人を包み込んだ。
「———!!」
口をふさがれ、声なき悲鳴をあげながら2人は黒い球体に喰われてしまった。
「うぇ、マズ……。やっぱ喰うなら可愛い女の子がイイな」
黒い球体は渦巻いて消え、何事も無かったかのように静けさが戻った。
「相変わらずっすね。その『強欲』は……」
「欲張って何が悪いんだ?オレは喰いたいものを喰う。この世界だってね。そのために……」
ニヤニヤと笑いながらリンはアイスの棒を噛み砕いた。
「騎士には極上のスパイスになってもらわないとな」
リンは再び空を仰いだ。
空は雨雲に包まれていた。
- Re: 第四章 19話 ( No.47 )
- 日時: 2012/05/09 13:10
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「……」
漆黒の騎士は物言わなくなった1人の少女をベッドの上に寝かせた。
そして手を合わせると窓から飛び出し、近くのビルの屋上に着地した。
「やっと見つけたわ」
振り向くとそこにはマスケット銃を漆黒の騎士に向けた魔法少女が立っていた。
「!!」
もう一つの気配に気付いた漆黒の騎士は、その方向に首を向けた。
「あなたの目的はわからないけれど、これ以上被害が大きくなる前に退場してもらうわ」
そう語りツインテールの魔法少女は盾から出現させたハンドガンタイプの銃を漆黒の騎士に向けた。
漆黒の騎士は2人をそれぞれ見るとまるでため息をつくかのような動作をした。
そして身の丈ほどの大剣を出現させると、それを構えた。
- Re: 第四章 20話 ( No.48 )
- 日時: 2012/05/09 13:13
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
(やっぱり降参なんてしてくれないわよね)
臨戦態勢に入った漆黒の騎士を見て、巴(ともえ)マミは内心で嘆いた。
キュゥべぇの力でソウルジェムの痕跡を追っていた。
常に移動するソウルジェムの存在を追うのはさすがのキュゥべぇも難しかったようで、中々場所を絞ることが出来なかった。
そこで二手に分かれて探していたのだが、その結果先に見つけたのがマミと暁美(あけみ)ほむらの2人だった。
(幸いといえば幸いかしら……)
別行動をしている佐倉杏子(さくらきょうこ)と美樹(みき)さやかには鹿目(かなめ)まどかの護衛も任せている。
相手の狙いがまどかだとしても、そうでないとしても戦闘となればまどかに危険が及ぶ可能性は充分にある。
そしてもう一つ。
杏子たちはすでに手の内を明かしているため、不利な部分もある。
さらに近接戦闘では武器の無効化という魔法の可能性も考慮すれば、遠距離から攻撃できるマミとほむらのほうが倒せる確立が上がる。
それにほむらの能力である『時間停止』は知られていようと防ぎようの無いある意味最強の魔法。
強大な破壊力を持つマミの必殺技と組み合わせればかなり強力だ。
『暁美さん。手の内がばれていない今がチャンスよ。一気に決めましょう』
『わかったわ』
ほむらは盾から出した手榴弾を漆黒の騎士に向かって投げた。
漆黒の騎士は爆発よりも早く爆発範囲から抜け出した。
「……」
爆発のせいで巻き起こった煙が漆黒の騎士の視界を奪った。
「!!」
どこからともなく銃弾が飛んでくる。
漆黒の騎士はそれを大剣でなんとか弾くが、数発が鎧に傷をつけた。
『さすがにこの程度の銃では装甲を破壊するのは無理ね。でもやはり銃撃は回避できていないわ』
『なら私の出番ね。私のマスケット銃で一気に押さえ込むわよ!』
マミがマスケット銃を大量出現させようとした時、異変は起きた。
- Re: 第四章 21話 ( No.49 )
- 日時: 2012/05/09 13:14
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「こ、これは!?」
ほむらは突如一変した世界に一瞬戸惑った。
「魔女結界!これが佐倉さんたちが言っていたものね!」
ビルの上にいたはずの2人はいつの間にか空の上に立っていた。
「魔女の気配はまだ遠いわ。その前に……」
マミがほむらに視線を送る。
ほむらは頷くと一気にマミの横まで走り、マミの手を握った。
そして盾を構え、能力を起動させた。
一瞬にして世界は静止した。ほむらとマミを覗いて。
漆黒の騎士は今まさにマミたちに襲い掛からんと地を蹴ったところだった。
「悪いけどこれで終わりにさせて貰うわ。手加減はちゃんとするから」
マミは今までのマスケット銃とは比較にならないほど大きな銃を出現させた。
大砲ほどある砲口には魔法エネルギーが凝縮されていく。
「ティロ・フィナーレ!!」
凝縮された魔法エネルギーが巨大な弾となって放出された。
そしてそれは少し飛んだところで静止した。
「これで時間停止を解除すれば私たちの勝ちね」
マミは笑顔でほむらに言った。
対照的にほむらは訝しげな表情を浮かべていた。
「暁美さん?」
「何か……変だわ」
「どういう……え……?」
マミとほむらはありえない事態に目を疑った。
漆黒の騎士が停止した時間の中で放出されたエネルギーの塊に向かって歩いていたのだ。
- Re: 第四章 22話 ( No.50 )
- 日時: 2012/05/09 13:15
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あ、暁美さん!どうして!?」
「こ、これは……!」
ほむらの盾に装着された砂時計が減るどころか増えていた。いやむしろ……。
「も、戻っていってる!?」
砂時計は時間停止するまえの状態に戻り、時間停止が解除された。
そしてそれと同時にマミの放ったエネルギー弾は漆黒の騎士の左手に吸収されるかのようにして消滅した。
「わ、私の攻撃まで……」
「マミ!!」
「え?」
いつのまに漆黒の騎士がマミの目の前に迫っていた。
「くっ!」
マミはなんとか後方に飛んで避けたが、巨大な大剣の先がマミの身体を掠った。
「うあっ!」
肩から腹にかけて裂かれたマミはその場に倒れこんでしまった。
「マミ!」
ほむらが再び時間停止をしようとしたとき、風を切る音が近づいていることに気がついた。
「しまったっ!」
ほむらは突進してきた鳥の姿をした魔女をなんとか盾で防御した。
しかし衝撃までは消すことが出来ずに吹き飛ばされてしまった。
「あ、暁美さん!!ひっ!」
マミの顔の横に大剣が突き刺さった。
そして馬乗りになった漆黒の騎士に身体を押さえつけられた。
「ま、まさか!」
漆黒の騎士が大剣に力をこめた。
(わ、私の首を斬るつもりだわ!!)
抜け出すために魔法を使おうとするがなぜかそれが出来ない。
(こ、このままじゃ……)
マミは目をつぶった。
次に聞くのは首を切断される音。そう覚悟していた。
- Re: 第四章 23話 ( No.51 )
- 日時: 2012/05/09 13:16
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「マミさん!!ほむらちゃん!!」
聞こえてきたのはまどかの声だった。
「鹿目さん、来てはだめよ!」
そうマミが叫んだ時には漆黒の騎士の姿は無かった。
「うあぁ!?」
瞬時にまどかに迫った漆黒の騎士はまどかの首を掴んで持ち上げた。
そしてまどかを視線の高さまで上げた。
「!!」
そこで漆黒の騎士は初めてまどかの姿を確認し、なぜか動揺した。
「うぅ……」
「まど……」
漆黒の騎士が何か言いかけたその時、耳を突くような激しい音が辺りに響き渡った。
そして漆黒の騎士はその音と共に吹き飛び、雲の形をしたオブジェに突っ込んだ。
「げほっ。いったい何が……?」
漆黒の騎士から解放されたまどか事態が飲み込めずにいた。
「まどか!大丈夫!?」
ほむらがショットガンを片手にまどかのそばに駆け寄ってきた。
「今のほむらちゃん……?」
「ええ。でも本当にタフだわ。これで撃たれて装甲が砕けるくらいだなんて———」
粉塵の向こう側、漆黒の騎士が瓦礫の中からゆらりと立ち上がるのが見えた。
「なぜ……君がここにいる?」
漆黒の騎士が始めてまともな言葉を発した。
そしてその声にまどかは聞き覚えがあった。
舞い上がった粉塵が薄れてゆき、その中から兜を破壊され、頭から血を流す漆黒の騎士の姿が現れた。
- Re: 第四章 24話 ( No.52 )
- 日時: 2012/05/09 13:17
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「え……嘘?」
まどかが兜から覗く顔を見て目を疑った。
まったくもって想像にもしていない人物がそこに居たからだ。
「彰さん……?」
漆黒の鎧をまとい、そこに立ち尽くすのは蒼井彰(あおいあきら)という名の少年だった。
「まどかちゃん……君も魔法少女だったのか」
「いいや、この子はまだ魔法少女じゃねーっすよ」
彰の横にキュゥべぇに似た生物がどこからとも無く現れた。
「ゴンべぇ。どういうことだ?」
「彼女こそ前に話した、とてつもない素質を持った子っすよ」
「なんだと……?」
彰は未だ困惑気味の表情を浮かべるまどかに視線を向けた。
「まどかちゃんが?そうか……」
彰は大剣を出現させた。
「彰さん!なんで……なんでこんなこと!」
彰は押し黙ったまま答えなかった。
「犯人が彰さんなんて嘘ですよね?何かの間違いですよね?」
彰はもの悲しげな、どこか諦めたような、優しい表情をまどかに向けた。
「全部、俺だよ。5人の魔法少女達を殺めて、君の友達を傷つけた。すべて俺なんだ」
「!!」
まどかは言葉を失い、その場に崩れ落ちた。
- Re: 第四章 25話 ( No.53 )
- 日時: 2012/05/09 13:19
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「まどか!」
ほむらがまどかの肩を支えた。まどかの肩は震えていた。
「だって……次会うときは笑顔で会おうって。今度は明奈(あきな)ちゃんと一緒に会おうって言ったじゃないですか!こんなこと……明奈ちゃんが悲しむよ……」
涙を瞳いっぱいに溜めてまどかは叫んだ。
彰は首を横に振った。
「いるじゃないか……」
「え?」
彰の後ろに巨大な鳥の魔女が降り立った。
「明奈なら目の前にいるじゃないか」
まどかは彰が一体何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
だがまどかたちと彰を除いて他に居るとしたら———。
「あ、ああ……」
魔女。
巨大な鳥の魔女。
「そんな、その魔女が……明奈ちゃんなの?」
彰は否定も肯定もしなかった。
だがその悲痛に満ちた瞳を見れば、言葉など無くとも目の前にいる魔女が明奈であると物語っていた。
「すべては明奈のためなんだ。そのためには必要なんだよ、強大な力を持ったソウルジェムが!」
呆然とするまどかに彰は微笑んだ。
「だからさ、まどかちゃん。魔法少女になってくれないか?」
彰にとっての最後の希望。
それが鹿目まどか。
その希望を追い求める戦いが始まったのはひと月前のことだった。
- Re: 第四章 26話 ( No.54 )
- 日時: 2012/05/10 14:31
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
蒼井彰(あおいあきら)が義理の妹である明奈(あきな)の異変に気付いたのは梅雨の真っ只中の日の夜だった。
彰と明奈は両親を亡くしてから2人で暮らしていた。
不幸中の幸いと言うべきか、彰の父は名のある実業家であったため、残された財産のおかげで両親の死後に金銭面で苦労することは無かった。
(だいぶ遅くなっちゃったな。明奈のやつ、寂しがってるだろうなぁ)
両親が亡くなり、病気のため1人では出歩けない明奈の面倒をみるために彰は高校を中退しようとした。
だが明奈がそれに対し強く反対し、根負けした彰は渋々今も高校に通っていた。
彰は自宅であるマンションを目指して雨の中を駆けた。
「あれ?」
マンションに着いたところで彰は妙なことに気がついた。
自宅には明奈が居るはずなのに、明かりが点いていないのだ。
不安感に襲われた彰は雨に濡れるのもお構いなしに自宅まで走った。
そしてすぐにカギを開けて部屋の中に入った。
「明奈?」
返事は無かった。
人の気配も無かった。
「居ないはずなんて……」
病気のせいで下半身が不自由な明奈は車椅子なしではまともに動くことも出来ない。
にも関わらず、車椅子はそのままで明奈の姿だけ無いのだ。
「まさか……誘拐!?」
彰の父は雑誌やテレビに出るほどの人だった。
金を持っていることを知っている人間は山ほどいる。
しかも事故で亡くなったことも世間に知られている。
そうなれば子供である彰たちに財産が渡った事だって容易に想像できるであろう。
大人よりも子供のほうが相手にするには楽に決まっている。
「明奈!」
彰は家を飛び出した。
どこに居るかも、手がかり一つもないという闇雲な状況であることはわかっていたが、それでも探さずには居られなかった。
- Re: 第四章 27話 ( No.55 )
- 日時: 2012/05/10 14:32
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「明奈ぁー!!」
とにかく走った。
なりふり構わず探し回った。
「くそ!どこにいるんだよ……」
ズズズ———。
何か引きずるような音が背後でした。
「え?」
振り向くとそこには巨大なナメクジのような化け物がいた。
「え!な、なんだ!!」
彰は後ずさった。が、また背後———前後左右から同じような引きずる音がした。
(か、囲まれた!!夢でも見てるのかよ……)
彰は目の前で起きていることが受け入れられなかった。
だがただ一つわかったこと。それはこいつらが明らかな殺意を持っていることだった。
「お兄ちゃん!!」
聞きなれた声がした。
「明奈!?」
だがその声の主はどこにも見当たらない。
彰が姿を探していると空から羽根が降り注ぎ、ナメクジたちを一掃した。
「!!」
彰の頭上。そこには天使のような羽根を生やした明奈が飛んでいた。
今まで見たことの無い、ファンシーな服装を身にまとっていた。
「危機一髪だったね、お兄ちゃん」
「あきな?ど、どういうことだ?」
「あぁ、これ?その何ていうか……」
明奈は手をモジモジさせながら唸った。
「魔法少女っすよ。蒼井彰くん」
「え?」
明奈の背後から白いぬいぐるみのような生き物が歩いてきた。やたらと長い先の丸まった触角がピョコピョコ動いていた。
「ゴンちゃん!」
明奈は生き物を抱き上げた。
「オイラはゴンべぇっす。よろしくお願いするっすよ」
ゴンべぇはお辞儀をする代わりに触角を動かした。
「どういうことなんだ、これ……」
「そうっすねぇ。とりあえず説明は後にして家に帰ったらどうっすか?彰くん、ビショビショじゃないっすか」
「あ……そうだな。明奈も見つかったし」
彰は渋々納得し、明奈・ゴンべぇと共に部屋に戻った。
- Re: 第四章 28話 ( No.56 )
- 日時: 2012/05/10 14:33
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰は濡れた身体を温め、着替え終わると、明奈たちの待つリビングに入った。
「あ、お兄ちゃん。大丈夫?」
明奈はいつもどおりのパジャマ姿だった。
これだけ見ればいつものと変わらないのに、ゴンべぇの存在が先ほどのことが現実であったことを物語っていた。
「はぁ。心配したんだぞ、明奈」
「ごめんなさい———。でもとても言えることじゃなかったから」
「それだよ。ちゃんと説明してくれよ。なんなんだ、魔法少女って」
明奈はゴンべぇに視線を送った。
ゴンべぇはテーブルの上に飛び乗り、ちょうど2人の中心となる位置に座った。
「魔法少女は魔女を狩る存在っす。まぁさっきのはただの使い魔だったんすけど」
「魔女?使い魔?」
「魔法少女が希望を振りまく存在だとすれば、魔女はその逆。絶望を振りまく存在ッす。魔女は人知れずに人を陥れ、人を不幸にする。それを倒せるのは魔法少女だけなんすよ」
「わかったような、わからないような……でもなんで明奈なんだよ」
「素質があったからっす」
「素質?」
「そうっす。素質がなければ魔法少女にはなれない。そもそもオイラの姿も見えないっす」
「いやいや、俺がお前をみているじゃないか」
「だから彰くんにもあるんすよ。魔法少女……いや、魔法少年の素質が」
「はぁ?」
彰はくだらないと言わんばかりにため息をついた。
「そんな冗談笑えないよ。素質がどうか知らないけど、そんな危険なことに明奈を巻き込むなよ」
「確かに危険なことっす。でもそれに見合う見返りがあるとすれば?」
「見返り?」
「契約さえしてくれればどんな願いでも叶えてあげられるっす」
「!!」
彰は耳を疑った。
どんな願いでもとゴンべぇは言ったのだ。
そして今更になって気がつく。
動けないはずの明奈が自分の足で動いていることに。
- Re: 第四章 29話 ( No.57 )
- 日時: 2012/05/10 14:35
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「明奈、病気を治して欲しいって願ったのか?」
「え!?えっと、うん!そうだよ!」
明奈は急に話を振られたせいなのか、動揺しながら質問に答えた。
「そうか……」
明奈は現に1人で歩いているし、普段よりも顔色もいい。
もう一生治ることも、歩くこともできないと申告されていたにも関わらず、明奈はこうして歩いている。
「そうか、確かに見合うかもな」
「……でしょ?うまい話っすよ」
ゴンべぇがニヤリと笑ったが、それを彰も明奈も見ていなかった。
「どうっすか?彰くんも契約しないっすか?」
「いや、明奈の病気が治ったのなら俺は願う必要はないよ。明奈だってこれから自由になんでも出来る。そんな危険なことをしなくたっていいじゃないか」
戦うってことは当然命を落とすこともある。
ならそんな危険なことをする必要もない。そう思った。
「ところがそうも行かないっす」
「え?」
「明奈ちゃん、あれ」
明奈はポケットから空色に輝く宝石を取り出した。
「これはソウルジェムって言って、契約して魔法少女になると生まれるものっす」
「綺麗だな」
彰はソウルジェムを指で軽くさすった。
「ひゃぅ!」
「へ?な、なんだ急に!?」
明奈が突如変な声を上げたため、彰もびっくりしてしまった。
「くすぐったいよぉ」
「何にもしてないだろ!」
ゴンべぇは触角でソウルジェムを撫でた。
- Re: 第四章 30話 ( No.58 )
- 日時: 2012/05/10 14:35
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「うひゃああ!やめてってば!」
「ふふふ。ソウルジェムと肉体は見えない糸で繋がっているっす。だからソウルジェムを通してその人に感覚を伝えることが出来るっす」
明奈は怒りながらソウルジェムをしまった。
「ソウルジェムと肉体は感覚を共有しているのか。今はくすぐっただけだけど、実際破壊なんてされたら……」
「ただじゃ済まないっすね。まぁそれは気をつけてもらうほかないっす。それと……」
ゴンべぇは触角から光線を出し、空中に映像を映し出した。
「これはグリーフシードっていうっす。魔女を倒せば手に入るものっす」
「これは何に使うんだ?」
「ソウルジェムは魔力を使えば使うほど輝きを失って濁っていくっす。それを浄化するのがグリーフシードなわけっす」
「濁りきるとどうなるんだ?」
「魔法は願いの力っす。その輝きを失えば当然魔法が使えなくなって、願いの効果も消える」
「じゃあ明奈の病気もまた……」
「その通りっすね。何もしなくても徐々に濁っていってしまうから、やっぱり魔女と戦う必要があるんすよ」
なるほど、これが契約と言う意味か———彰は内心でそう思った。
どんな願いでも叶えると言うのは聞いた人からすればとてもおいしい話だ。
だがどんなおいしい話にも裏があって、それに見合ったリスクをどこかで負わなくてはいけないのだ。
(俺の願いはもしもの時にとっておこう。明奈に何かあったとき、俺の願いで救えるかもしれない)
ゴンべぇの言っていることを100%信じたかと言われたら、彰はNOと答えるだろう。
だが明奈はそうではない。
自由を手に入れられるとなればそれは願わずには居られない。
14年間我慢し続けたことなのだから。
「よし、明奈。これから明奈が魔女退治に行く時は俺も一緒に行くよ」
「お兄ちゃんも?でも今日みたいに危険な目に遭うかも……」
「邪魔にはならないようにする。いいだろ?」
「うーん。どうしよ、ゴンちゃん」
ゴンべぇは彰のことを見た。
「彰くんもなろうと思えば魔法少年になれるんだ。いざと言う時には戦える。なら一緒のほうがいいんじゃないっすか?」
「そっか、そうだよね」
そう、いざという時のために一緒に居なくては意味が無いのだ。
すべては明奈のために。それが彰のすべてだった。
- Re: 第四章 31話 ( No.59 )
- 日時: 2012/05/11 09:58
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
7月に入り、梅雨もすっかりあけた。
「お兄ちゃん、おっそーい!」
「明奈が急ぎすぎなんだよ」
蒼井彰(あおいあきら)ははしゃぐ明奈(あきな)の姿に苦笑した。
しかしこのように舞い上がるのも無理はない。
今まで自由の利かなかった身体で、まともに自分の足で出かけることなど出来なかったのだから。
「うっわぁ、空いてると思ったけど……いっぱいだね」
「まぁ、夏休み前といえども日曜日は混むさ」
2人は遊園地に来ていた。
明奈たっての願いだった。
「時間はあるし、乗れるやつから乗ればいいんじゃない?」
「そうだよね。それにお兄ちゃんが一緒にいるしね!」
入園してまず2人はこの遊園地の目玉でもあるジェットコースターに乗ることにした。
2人が最後尾に並んだ時点で2時間待ちとなっており、その人気さが伺えた。
「これじゃあ、これ終わったらもうお昼だね」
「そうだな。まぁちょうどいいじゃん」
「なんか勿体なかったかなぁ……。あれもこれも乗りたいのに」
明奈はそう言ってパンフレットとにらめっこしていた。
彰はそんな姿を見て、満たされていく自分の姿を内心に感じた。
(こんな日常を俺は望んでいたんだ)
魔法少女という存在自体が非日常的なのだろうが、今まではそんな非日常すら起こり得なかったのだ。
例え魔法少女という非日常があったとしても、今みたいな日常も同時にあるのだとすればそれは充分に幸せなことだ。
「明奈」
「なに?」
彰は明奈がこちらを向くのにあわせて携帯電話のカメラで写真を撮った。
「お、お兄ちゃん!?」
「はは、変な顔」
撮った写真を明奈に見せた。
「うわぁー恥ずかしい……消してよぉ」
「これも記念だろ?」
「いじわる……」
明奈のふてくされた顔を見て彰は笑った。
- Re: 第四章 32話 ( No.60 )
- 日時: 2012/05/11 09:59
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
それから2時間ほどで2人はジェットコースターに乗った。
そして昼食を適当な店でとった。
「次どこ行こうか?」
彰が明奈にそう聞くと、明菜はある一点を指差した。
「お兄ちゃん、知ってる?ここの遊園地はさっき乗ったジェットコースターと、あと観覧車も有名なの」
「観覧車が?」
入園する時に見たがどこにでもあるような普通の観覧車だった。
どこか特別というようには見えなかった。
「観覧車自体は普通なんだけど、観覧車から見える景色が凄いんだって!」
「あぁ……なるほど」
この遊園地は建築する際にあった『大人の事情』というやつで、少し高い位置に作られていた。
そのため交通の便が少し悪いのだが、逆手をとって景色の良い遊園地と宣伝していた。
「特に日没の時間が凄いらしいんだよね。でもちょっと問題があるんだ」
「問題?」
「ここに来る人は大体みんなそのことを知っているから、日没の時間帯の観覧車は凄い混むんだって」
日没の時間帯に観覧車に乗れるチャンスはせいぜい数回だろう。
そう考えれば混むのも頷ける。
「それでね、遊園地側が整理券を配るの。それがどうにか欲しいんだよね〜」
「ふむ」
彰はパンフレットを手にとって見てみた。
確かにパンフレットには午後2時に整理券を配布する旨が書かれていた。
「あと30分くらいで2時だな。早く行って並ばないとまずいんじゃないか?」
「そ、そうだよね!行こうよ、お兄ちゃん!」
2人は会計を済ませて店を出ると、足早に配布場所に向かった。
- Re: 第四章 33話 ( No.61 )
- 日時: 2012/05/11 10:00
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「はぁー」
明奈は何度目かわからないため息をついた。
「気を落とすなよ。ありゃあ無理だって」
彰たちが配布場所に着いたときには既に長蛇の列が出来ていた。
それこそ午前中に並んだジェットコースター並みだった。
一応並びはしたが、配布開始10分で配布は終了してしまった。
「せっかくだから乗ってみたかったなぁ」
「次があるよ。また来ればいいさ」
「うん……うん?」
明奈は顔を上げた先にいる子供の姿が目に入った。
子供は1人でずっと木の上を見ていた。
明奈も子供と同じように気を見上げてみた。
「あっ」
木の枝にキャラクター物の風船が引っかかっていた。
明奈は駆け足で子供のもとに向かった。
「風船、飛んでちゃったの?」
「うん……」
明奈は子供と一緒に上を見上げた。
真下に来てみると結構な高さの枝に引っかかっているのがわかった。
「あー、こりゃちょっと取れないなぁ」
後から駆けつけた彰も同じように上を見上げてつぶやいた。
「君、お母さんかお父さんは?」
彰は子供の視線の高さに合わせてしゃがむとそう聞いた。
「今日はママと2人できたの。それでね、ママがおトイレ行くからここで待っててって……」
「そっかー」
トイレの場所はさっきまで大混雑していた配布場の先だった。
未だに込み合ってるこの状況では行くのも帰ってくるのも一苦労だろう。
- Re: 第四章 34話 ( No.62 )
- 日時: 2012/05/11 10:01
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「せっかく買って貰ったのに……うぅ」
子供は瞳に涙を溜めながら再び木を見上げた。
「まいったなぁ」
彰も見上げてみるが、何度そうしても何か変わるわけでもなく、ただ立ち尽くすほかなかった。
「よし!任せて!」
「あ、明奈?」
明奈はソウルジェムを取り出し、そして魔法少女に変身した。
魔法少女に変身した明奈は羽根を出現させ、風船の高さまで飛び上がると、風船を取って下に降りた。
そしてすぐに変身を解くと、風船を子供に手渡した。
子供は風船を受け取ると目を輝かせながら明奈を見た。
「うわぁーお姉ちゃん、天使さん!?」
「私は天使じゃなくって魔法使いなんだよ」
「すっごーい!お姉ちゃん、魔法使えるんだ!見せて、見せて!」
子供が明奈の手を取ってはしゃいだ。
「こらこら!お姉ちゃんのこと困らせちゃダメでしょ!」
人ごみのほうから足早に女性が1人近づいてきた。
「あ、ママ!すっごいんだよ!このお姉ちゃん、魔法使いさんなんだよ!魔法で風船とってくれたんだよ!」
「はいはい。すみません、うちの子が迷惑かけたみたいで……」
母親は子供を抱き上げ、軽く頭を下げた。
「いえいえ、別に大したことしてませんから」
明奈が笑顔でそう返すと母親の顔も綻んだ。
「それなら良かったです。でもこの子のために色々やって頂いたみたいだし……あぁ、そうだ」
母親はカバンからチケットを1枚取り出し、明奈に手渡した。
「えぇ!これって観覧車の整理券じゃないですか!?いいんですか?」
「どうぞ、貰ってください。さっきあの人ごみに巻き込まれてたまたま貰ったものですから」
「そうなんですか?えへへ、ならお言葉に甘えて♪」
明奈は母親からチケットを受け取った。
そしてその後ちょっとした世間話をして親子と別れた。
- Re: 第四章 35話 ( No.63 )
- 日時: 2012/05/11 10:02
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「良いことをすれば良いことで帰ってくるんだねぇ〜」
明奈はチケットを手にしてだらしなく顔を綻ばせた。
「でもいいのか?あんな人前で魔法少女になんかなって」
「大丈夫だよ。人に見えないように結界はってたから。あんまり大きな範囲ははれないから、あの子には見られちゃったけどね」
明奈には少し警戒心が足りないなと、彰は思っていた。
この場に他の魔法少女が居ないとも限らないのだから。
(魔法少女は素質があれば無限に生まれる。でも魔女には限りがある。そうなれば必然的にグリーフシードは取り合いになる)
グリーフシードの取り合いとなれば起きるのは魔法少女同士に殺し合いなのだ。
そういうやる気になった人間がいつどこにいるのかわからない以上、自分の正体を明かすのは好ましくない。
(とは言え……こんなに喜ぶ明奈に説教なんてしずらいわ……)
彰は内心で言葉を噛み殺した。
何かあれば自分が明奈の身代わりになればいい。その覚悟で今ここにいるのだから。
彰は明奈の手を取った。
「お兄ちゃん?」
「次、どこいこうか?」
「そうだね……じゃあ次はあそこ行こう!」
「りょーかい」
2人は手をつないだまま目的の遊戯に向かって歩いていった。
(今掴んだ幸せも、この手も離しはしない)
彰は明奈の小さな手を握り締め、そう思った。
[chapter:第十羽]
「それじゃあ、乗車中は危険ですから暴れたりドアを開けたりしないでくださいね」
観覧車の係員は彰(あきら)と明奈(あきな)にそう言い残すと扉を閉めた。
観覧車はゆっくりと動き出した。
一周20分ほどで、一番高いところには10分ほどで到達する。
「すごい綺麗だね、お兄ちゃん」
明奈は窓から見える夕空を見て言った。
「でもてっぺんが一番綺麗だと思うよ」
「だよねー」
2人はしばらく無言で空を眺めた。
- Re: 第四章 36話 ( No.64 )
- 日時: 2012/05/11 10:03
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「なぁ、明奈」
彰はずっと気にかけていたことを今聞いてみようと思い立った。
「明奈はなんで契約したんだ?」
「え?」
明らかに動揺していた。
彰はそれを見て確信した。
「病気を治したい……それだけが理由じゃないんだろ?」
明奈は少し困った顔をして目を左右させたが、真面目な彰の表情に観念した。
「お兄ちゃんは、ママとパパがなんで死んじゃったかもちろん覚えてるよね?」
「ああ、原因の不明の爆発事故で……」
明奈は首を振った。
「違うの。あれは魔女の仕業なんだって。ゴンちゃんに教えて貰ったの」
「なんだって……」
「ワルプルギスの夜っていう凄く強い魔女がこの街に来て、その魔女と魔法少女たちが戦った結果起きた爆発だったんだよ」
「お前、まさか復讐のために?魔女や……その魔法少女たちに……」
彰がそう口にすると明奈はすっぱりとそれを否定した。
「そんなんじゃないよ。仕方の無いことだったんだから。ただね……この話を聞いて思ったの。私たちみたいに、魔女が原因で大事な人を失った人が他にもたくさん居るんだろうなって。もし私に素質があるのなら、これから先私たちのような人が増えないように出来たらいいなって」
「そっか……それが明奈の望みなんだな……」
「うん……でもね、本当はもう一つ。こっちが本当の願いかな?」
明奈は急にモジモジしだした。
そして彰の身体に自分の身体を寄せて密着させた。
「あ、明奈?」
彰が明奈のほうに顔を向けると、少し頬を赤らめた明奈と視線があった。
「お兄ちゃんはさ……私のことどう思ってる?」
「どうって……そりゃあ一番大切な存在だと思ってるよ」
「えへへ、そうなんだ。すごい嬉しいな」
明奈は満面の笑顔で返した。
しかしその笑顔はすぐにどこか寂しげなものへと変わった。
- Re: 第四章 37話 ( No.65 )
- 日時: 2012/05/11 10:03
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「私もね、お兄ちゃんのこと一番大切だし、大好き。でも……」
明奈はスカートの裾をぎゅっと握り締めた。
「私はお兄ちゃんの二番でいいよ」
「な、なんだよ……どういう意味だよ」
「私は今までほとんど寝たきりで、お兄ちゃんと出会うまでは一人ぼっちだった。お兄ちゃんと出会ってからは、お兄ちゃんがすべてだった」
「……」
「私はお兄ちゃんがそばに居てくれるだけで幸せだったし、他に欲しいものなんてなかった。私は充分に満たされてるの」
明奈は彰の手を両手で握り締めた。
「でもお兄ちゃんは私のためにやりたいことも投げ捨てて、ずっと1人で頑張ってくれた」
「俺は明奈が一番大切だから、そのためだったらどんな犠牲だって……」
「それじゃダメだよ。それじゃあ、お兄ちゃんが幸せになれっこない。私がお兄ちゃんの一番じゃ、お兄ちゃんは幸せになれないんだよ」
彰は自分の幸せなど求めたことが無かった。
自分がどんなに辛かろうと、明奈が幸せならそれでいいと思っていた。
「お兄ちゃん、クリスマスのときに鳥のガラス細工をくれたよね。羽ばたけずにいる鳥は私で、お兄ちゃんはそんな羽ばたけない私をずっと見守ってるからって」
明奈はソウルジェムを取り出した。
夕焼けの中でも、綺麗な空色をソウルジェムは保っていた。
「私は羽ばたいたよ。もう1人でも大丈夫!だから今度はお兄ちゃんが羽ばたく番だよ」
「俺は……」
彰が口にしようとした言葉は明奈の唇によって塞がれてしまった。
ほんの一瞬の出来事だったはずが、時が止まってしまったかのようにそれは長く感じた。
「はい!今までの私と、お兄ちゃんとのお別れのキス。蒼井彰のことが大好きだった私の……お別れのキスだよ」
明奈は視線を彰からはずして外に向けた。
隠すつもりの涙は、全然隠すことが出来ずに頬を伝ってスカートに落ちた。
「これから私はお兄ちゃんが羽ばたくためのサポーターなの。いつまでも妹に心配されてないで、お兄ちゃんもさっさと一番大切な人を探してね!」
窓の外を見たまま、震える声で明奈はそう言った。
彰はその言葉に答えることが出来なかった。
明奈がどんなに言っても、彰はやはり明奈以上に大切な存在など見つけられるはずがない———そう思った。
失いたくない。
その願いばかりが彰の中で堂々巡りをした。
その反面、明奈の言葉も彰の心を揺るがした。
(俺はどうすればいいんだよ……)
彰は窓の外を見た。
いつの間にか観覧車は頂上を過ぎ、折り返しを迎えたところだった。
- Re: 第四章 38話 ( No.66 )
- 日時: 2012/05/14 10:26
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「どういう……ことなんだよ」
蒼井彰(あおいあきら)は目の前で起きていることが信じられず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
彰の目の前には鳥と人が合わさったような姿をした魔女が苦痛にも悲鳴にも聞こえる雄たけびをあげていた。
「おい!ゴンべぇ!なんで……なんで明奈(あきな)が魔女になるんだよっ!」
目の前で魔女へと変貌した明奈の姿を思い出し、彰は表情を苦痛にゆがめた。
「ソウルジェムは穢(けが)れを溜めすぎるとグリーフシードに変化するっす。そうしたらあとは魔女になるほか道はないっすね」
ゴンべぇは淡々と語る。
その淡々さが彰の怒りを爆発させた。
「お前!!なんで言わなかったあぁ!!」
ゴンべぇの首を掴み、地面にたたきつけた。
「言えば魔法少女としての活動に支障が出ると思ったっす。一応気にかけてのことだったんすけどねぇ」
「屁理屈(へりくつ)を!!」
彰はこぶしを振り上げた。
「契約……すればいいんじゃないんすか?」
振り下ろそうとしたこぶしが止まった。
彰の思考は一瞬停止した。
(契約……。俺が願えば、もしかしたら!)
彰はゴンべぇから手を離した。
「なんでも叶えられるのか?」
「もちろんっすよ。その素質があれば」
魔女になった明奈を彰は見上げた。
産まれたばかりだからか、魔女はただ不気味な声をあげるだけで何かする様子は無かった。
「明奈が魔女になったこの事実を無かったことにしてくれ」
「それが彰くんの願い。それでいいんすね?」
「ああ、叶えてくれ!俺の命などいくらでもくれてやる!」
ゴンべぇは彰の胸元に触角を伸ばした。
「ぐっ!!」
一瞬、何か身体から大事なものが引き抜かれるような感覚に陥り、意識を失いかけた。
だが何とか持ちこたえ、彰は空に浮かぶ半透明な黒色をしたソウルジェムを見た。
「さぁ、受け取るっすよ。それが新しい彰くんの始まりを告げる証だ」
彰はソウルジェムを手に取り、そして握り締めた。
- Re: 第四章 39話 ( No.67 )
- 日時: 2012/05/14 10:28
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「今日もお出かけ?」
彰が玄関で靴を履いていると、明奈はそう話しかけてきた。
「あ、ああ。ちょっとな。すぐ帰ってくるから待っててくれな」
「うん、あんまり危ないことしないでね」
彰は明奈の笑顔に見送られて家を出た。
「明奈……」
彰の願いによって魔女であった事実は無かったことになった。
だがどういうわけか、魔法少女であった記憶も無くなってしまい、その力を行使出来なくなった所為か、明菜は立つことが出来なくなっていた。
(魔女になるよりかはマシだよな……)
彰はソウルジェムを取り出した。
彰も定期的にグリーフシードを入手しなくては穢れを浄化できない。
だからこうしてたまに魔女狩りをしに行く必要があった。
「見つかればいいけどな」
ソウルジェムで魔女の気配を探る。
するとすぐさまソウルジェムに反応があった。
「近いな。ほんとすぐそこ———」
「あああぁぁぁ!!」
明奈の悲鳴だった。
彰は考えるよりも先に行動していた。
「明奈!!」
彰は明奈の部屋へと駆けていった。
部屋には胸をおさえて苦しむ明奈の姿があった。
「どうした!?痛むのか!?」
「苦しい……苦しいよ」
「くそ……そうだ!」
魔法の力である程度傷を癒したり出来ると聞いた。
専門では無いため、限界はあるだろうがやらないよりかはマシだろう。
そう思い立ち、彰はソウルジェムを取り出した。
「こ、これは!?」
ソウルジェムが魔女の気配を探知していた。
しかも明らかに明奈に対して反応している。
- Re: 第四章 40話 ( No.68 )
- 日時: 2012/05/14 10:29
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「なんでだ?もう魔女ではないのに……」
「あのときは無かったことに出来たけど、魔法少女である限り魔女化の運命は逃れられないんすよ」
「ゴンべぇ!!」
ゴンべぇはいつの間にか部屋の机の上に座り込んでいた。
「どういうことだ!確かに明奈は魔女じゃなくなったじゃないか!」
「だから『あの時』はっす。また穢れがたまれば魔女になるっす」
「なんだよ、それ……」
「彰くん。君は願いを間違えたんす。願うなら魔女であった事実ではなく、魔法少女であった事実を無かったことにすべきだったんすよ」
明奈から魔法少女という事実を奪うのは明奈の希望を奪うことだと思った。
だから魔法少女である事実を無かったことにすることを願うことは出来なかった。
自身のエゴが逆に明奈から希望を奪ってしまったのだ。
「くっそぉぉぉ!!ああああ!!」
彰は床を殴った。
しかしいくら殴ろうとも自分の愚かさをぬぐう事はできなかった。
「お兄ちゃん……」
「明奈!」
彰は明奈を抱きかかえた。
(このまま行けば明奈は……)
せめて痛みでも和らげられればと、彰は自分のソウルジェムを明奈にあてた。
「!!?」
ソウルジェムの中にある魔力が吸い出され、明奈に吸収されいた。
「な、何が!」
「彰くん!早く明奈ちゃんからソウルジェムを離すっす。このままじゃ全部吸われて死んでしまうっす!!」
彰はゴンべぇの言葉にハッとなり、すぐさま明奈からソウルジェムを離した。
- Re: 第四章 41話 ( No.69 )
- 日時: 2012/05/14 10:29
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「はあ、はあ」
結構な量吸われた所為か、かなりフラフラだった。
「何がどうなって———」
「すぅ……すぅ」
「!!」
明奈の表情からは苦しさは抜け、寝息もとても穏やかだった。
「これは驚いたっすね……」
珍しくゴンべぇが動揺しているようにも見えた。
「どうも明奈ちゃんは魔法少女でもあり、魔女でもある———どっちつかずの状態になってるみたいっすね」
「俺の願いがそうさせたのか……」
「魔女になろうとしている瞬間も、魔法少女であろうとするから、ソウルジェムの輝き……魔力を求めているのかもしれないっすねぇ」
「それで俺のソウルジェムから魔力を?」
「今明奈ちゃんは天秤に魔女と言う重石と、魔法少女という重石を乗せているっす。穢れによって魔女の重石が重くなれば当然魔女化が進む。でも魔力を吸って魔法少女側の重石が重くなればバランスが戻る。そんか感じっすかね」
彰は自身のソウルジェムを見ながら、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「なぁ……つまりソウルジェムがあればバランスの釣り合いがとれて魔女化を防ぐことが出来るのか?」
「その可能性は高いっすね。もし魔女の重石を圧倒するほどの魔力を吸収できれば……完全に魔法少女に戻ることが出来るかも知れないっすね」
彰の頭は既に一つの答えを導き出していた。
(他の魔法少女からソウルジェムを奪えれば……)
ソウルジェムを奪うこと———それは相手を殺すことになる。
彰は自分の手を見た。
(この手を明奈のために汚せるか?いや、明奈のためだから出来る)
手を握り締め、彰は窓の外をにらみ付けた。
そこには最早優しき兄の姿はなく、あるのは奪う者に変貌した死神だった。
- Re: 第四章 42話 ( No.70 )
- 日時: 2012/05/16 11:29
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
人気のない橋の上を2つの人影が駆け抜けた。
1人は杖を持った魔法少女。
そしてもう1人は身の丈ほどの大剣を担いだ漆黒の騎士———蒼井彰(あおいあきら)だった。
「なんで……私が何かした!?」
少女は走りながらそう叫んだ。
彰は無言のままただ追いかける。
「何か言ってよ!」
少女は杖から炎の玉を飛ばした。
だがいとも簡単に避けられてしまった。
少女は橋の下に飛び降り、川原を走った。
だがすぐに行き止まりに当たってしまった。
「!!」
彰は少女から少し離れたところに降り立ち、ゆっくり歩を進めた。
彰が少女から20メートルくらいの位置まで迫った時だった。
「かかったな!」
少女が杖の先を地面に向かって叩き付けた。
すると彰の真下に大きな円陣が出現し、爆発した。
「やった!これで木っ端微塵———」
少女は突如感じた浮遊感に一瞬何が何だかわからなくなった。
だが直後に襲った激痛に一気に現実に戻された。
「いたああああぃぃい!」
少女の肩を大剣が貫き、少女は壁に磔(はりつけ)にされた。
砂煙の中から大剣を握った彰が姿が見えた。
「な、なんで生きてんのよぉ」
「俺は触れたものすべてを無かったことにする。例えそれが爆発だろうと」
「うぅ……」
少女は諦めたようで、身体の力を抜きまるでぶら下がる人形のようになった。
- Re: 第四章 43話 ( No.71 )
- 日時: 2012/05/16 11:30
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ここで変身を解き、ソウルジェムを渡せば痛みなく殺してやれる。どうする?」
「わ、私は……」
少女が顔を上げた。
少女の目に宿る意思はまだ死んでいなかった。
「死なない!!」
少女が放った炎の玉は彰の身体にもろ命中した。
「ぐあ!?この!」
彰はもう片方の手に短剣を作り出し、それで少女の心臓を突き刺した。
そして今度こそ少女の身体は動かなくなり、変身も解けた。
「はぁ、はぁ」
彰の魔法は『無かったことにする』という強力なものだが、そうそう連発できるものでもない。
一度の使用でかなりの魔力を消費するし、『無かったことにする』対象によってはその消費量も変わる。
むやみやたらに使えばすぐにソウルジェムは真っ黒のなってしまうのだ。
そこで彰が考えたのが、2つの方法だ。
1つはソウルジェムが埋め込まれた左手で直接『無かったことにする』方法。
直接触れなければいけないリスクはあるが、『無かったことにする』ということに魔力を集中できるため効率がいい。
もうひとつの方法が『無かったことにする』魔法を自分中心に範囲展開すること。
主に初めて戦う敵や、攻撃手段が遠距離の相手に使用する。
範囲展開するための魔力コントロールと、常時魔法を発動しなくてはならないため、かなりの魔力を消費する。
2つの技も使い分けが中々むずかしく、今のように攻撃を食らってしまうこともある。
完全無欠の能力というわけではないのだ。
とは言え、この能力の利便性は計り知れない。
例えば魔法少女本人に触れることが出来れば、肉体とソウルジェムの関係性を『無かったこと』にして無理やり魔法少女化を解いたり、相手に魔法を使えなくさせたりできる。
魔法を使えなくすれば感覚操作も行えないため、相手の行動に相当制限を与えられる。
- Re: 第四章 44話 ( No.72 )
- 日時: 2012/05/16 11:31
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ははは。こりゃ予想してた以上だなぁ」
声が聞こえたときには既に彰は相手に向かって大剣を突き出していた。
「ぐっ!?」
しかし大剣は相手に届くよりも前に無数の黒い手によって止められていた。
「へへ。血の気が多いねぇ。まぁやる気なのはいいことだけどよ」
そこには魔法少女らしき少女が1人立っていた。
黒い手はこの少女の背後から伸びていた。
「やる気があるのはいいけどさ。今のはちと甘かったな」
「何?」
「そこの女を殺るときさ。どうせ殺すんなら、ズバッと首を跳ね飛ばしちまえばいい」
少女は立てた親指で首を切るような動作をした。
「なんなんだ、お前?」
「オレ?オレは天音(あまね)リン。見ての通り、魔法少女さ」
「そうか」
彰は大剣消し、黒い手の拘束を解いた。
そして再び大剣を出現させ、リンに向かって駆け出した。
「やれやれ」
リンはお手上げのポーズをとった。
リンの背後から先ほどより多い数の黒い手が彰に向かって伸びた。
彰は向かってくる手を左手で『無かったこと』にしながら突き進んだ。
もう間もなく攻撃の間合いに入るというところで彰は突如体制を崩した。
「!!」
足元に大きな丸い影のようなものが広がっており、その影には3つの切れ長な目がついていた。
その影は底なし沼のように彰の足を飲み込んでいた。
「くそ!」
彰はなんとかジャンプして影から抜けた。
「いいのかよ?無防備すぎるぜ」
「なっ……」
上空から見たその光景は彰を戦慄させた。
- Re: 第四章 45話 ( No.73 )
- 日時: 2012/05/16 11:33
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
(千、いや一万……もっとか!?いくつあるんだ……あの黒い手は!)
リンを中心に広がった巨大な影から伸びた手は優に10万本は超えていた。
(あの数を無かったことにするのは無理だ!)
一斉に向かってくる手を大剣で破壊するが、すぐに彰は捕らえられてしまった。
「くそ……」
「まぁ……とりあえず話くらい———」
黒い手が次々と合わさり、1つの大きな手をなった。
「聞こうや」
巨大な拳に彰は殴られ、そして地面に叩きつけられた。
「がはっ」
鎧は砕け散り、身体中の骨が折れるのを感じた。
「さすがに動けないだろ?一応死なないように加減はしたんだ、感謝してくれよ」
リンは彰の横にしゃがみこみニコニコと笑った。
(桁が違いすぎる……なんだこいつ)
リンは彰の目の前にソウルジェムを差し出した。
「さっきアンタが殺したやつのだ。これが欲しいんだろ?」
ソウルジェムを彰の手に平に置いた。
「アンタはこいつを使って妹を元に戻したい。そうだよな?」
「なぜそれを……」
リンの背後から一匹の白い動物が飛び出してきた。
「なるほど、お前が話したのか……ゴンべぇ」
彰は動かない身体でゴンべぇを睨んだ。
「まぁそう怒るなって。そのおかげでオレはアンタの手伝いが出来るんだからさ」
「手伝い?」
「そうさ。アンタ……もしバランスうんぬんじゃなくて、天秤をぶっ壊すくらいの超越したエネルギーを持つソウルジェムがあるとしたらどうする?」
「あ、あるのか?」
リンは彰の食いつきのよさにニヤリと笑った。
- Re: 第四章 46話 ( No.74 )
- 日時: 2012/05/16 11:34
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「今はない。今はな……」
「どういうことなんだ?」
「まだそいつは魔法少女じゃない。契約してないってこと。でも恐ろしい素質を持ってる」
「誰なんだ……」
「———オレも知らない。まぁゴンべぇと一緒に居れば、もし出会った時に教えてくれんだろ。な、ゴンべぇ」
リンが視線を向けるとゴンべぇは頷いた。
「それが本当なら……明奈を救える」
彰に先ほどまでの張り詰めた空気は無く、安堵と希望にあふれたいつもの表情が浮かんでいた。
「とりあえずまた明日、ゴンべぇをアンタのとこに行かせる。あとはゴンべぇとうまくやってくれ」
「お前は何を企んでる?」
「別に特にねぇーさ。ただ少しでもおこぼれがもらえれば良い」
そう言うとリンは彰の身体の傷を動ける程度まで回復してやった。
「ま、そういうことで。じゃーな」
リンはジャンプすると橋の上に飛んでいった。
それ追うようにゴンべぇも消えた。
残された彰はさっき手に入れたソウルジェムを握り締め、希望と言う二文字をかみ締めた。
- Re: 第四章 47話 ( No.75 )
- 日時: 2012/05/16 11:35
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
魔法少女姿を解き、普段のだらしない着物姿になったリンは1人で橋の上を歩いていた。
「リンちゃん」
「おー、ゴンべぇか。なんか用か?」
「なんでさっき鹿目(かなめ)まどかの名前を教えなかったんすか?」
「アイツと鹿目まどかが顔見知りだからさ」
ゴンべぇは首をかしげた。
「ならなおさら教えたほうがいいんじゃないっすか?」
「今のアイツにそれを教えたら覚悟が揺らぐだろ?まだアイツは殺すことに躊躇いを持っている。そんな気持ちじゃ、知り合いを前にしたときに失敗しかねない」
「なるほど……」
「だからあと4〜5人殺るまでは鹿目まどかの名も、出会うこともないようにうまく操作しろよ」
「わかったっす」
ゴンべぇは音も無く居なくなった。
残されたリンは不気味な笑みを浮かべながら、夜の街へと消えていった。
- Re: 第四章 48話 ( No.76 )
- 日時: 2012/05/17 14:54
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「……」
鹿目(かなめ)まどかは1人で公園のベンチに座っていた。
昨晩のことを考えているうちにいつの間にかここに来ていた。
『明奈(あきな)のために魔法少女になってくれないか?』
蒼井彰(あおいあきら)に言われた言葉がいつまでも頭の中を駆け巡っていた。
「私が契約したら明奈ちゃんは助かるのかな?」
契約すれば、今まで支えてきてくれた暁美(あけみ)ほむらを裏切ることになってしまうだろう。
しかし彰たちのことを見捨てることなど、まどかに出来るはずがなかった。
「ここに居るんじゃないかって思ったんだ」
「あ、彰さん……」
まどかの前には彰が立っていた。
昨晩はまどかたちに正体を明かした後、すぐにあの場から消えてしまった。
あの時何も言葉をかけてあげられなかったことを気にかけていたまどかは、いつか2人だけで話す機会があればと思っていた。
「安心してよ。別に今どうこうしようだなんて思ってないからさ」
彰はまどかの隣に腰掛けた。
「それで考えてくれた?魔法少女になるかどうか……」
「それは……」
答えられなかった。
どうすれば良いかなど、すぐに答えが出せるはずも無かった。
「そう簡単に、『はい』とは言えないよな。わかってるよ……それくらいは」
まどかは隣に座る彰の顔を見た。
いつもと変わらない、優しい顔つきだった。
それを見ると昨晩の出来事が嘘かと思ってしまう。
「まどかちゃんは好きな子とかいる?」
「へっ!?」
予想だにしない問いにまどかは一瞬何を言われたのかわからなくなった。
「い、いないですよぉ」
少し顔を赤らめながらまどかはそう答えた。
その様子を見て彰が笑った。
「まぁ、これからだよね。もし出来たら、その人がまどかちゃんの一番大切な人になるんだろうな」
誰に言うでもなく、彰は遠くを見ながらつぶやいた。
「もし俺が、まどかちゃんのこと好きだって言ったら……まどかちゃんは俺の一番になってくれるかい?」
「えええぇぇ!そ、そんな私じゃ釣り合わないって言うかっ!どんくさいし、可愛くないし!あのっ、そのっ———」
まどかはパニックを起こしてとにかく滅茶苦茶なことを口走った。
- Re: 第四章 49話 ( No.77 )
- 日時: 2012/05/17 14:54
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あはは———ごめん、ごめん。とりあえず落ち着いてよ」
「うー……すー、はー」
まどかはとりあえず落ち着こうと深呼吸した。
「まどかちゃんはいい所たくさんあるし、可愛らしい子だと思うよ。もっと自信を持ちなよ。それに仮にまどかちゃんが俺を受け入れてくれたとしても、俺のほうがまどかちゃんには釣り合わないさ」
「そんなこと……」
彰は首を振った。
「俺は汚れきっているから。この手で何人もの人を……人殺しさ」
「でもそれは……」
「明奈のため。わかってるさ。もう後戻りなんかできない。だから———」
彰は立ち上がるとまどかの正面に立った。
「俺は先に進むよ。どんなに蔑まれようと。まどかちゃん、君を魔法少女にさせるまで」
「彰さん……」
「ほんとに良い子だね。最後まで俺の心配をしてくれているんだろう?明奈のことも———。でも俺は心配される価値もないんだ。だからもう俺のことは忘れてくれ」
「そんなの寂しいですよ。ずっとずっと1人で苦しんで行くなんて———」
ずっと1人で抱え込み、進むことを決めたほむら。今の彰の姿がそれと何となく重なって見えた。
「決めたことなんだ。次会うとき、俺は君の敵だ。俺はまどかちゃんを魔法少女にするためなら、君の大切なものだって奪うよ」
まどかの瞳には涙が溜まっていた。
忘れろと言われたことでも、奪うと言われたことでもない。
彰があまりにも辛そうな目でそう語る姿が、とても見ていられなかった。
かつて感情を吐露(とろ)したほむらのように、本当は彰も押さえ込んでいることを吐き出したいのではないか?
「なんで?そんなに辛いなら———」
「言わないでくれ!!」
「っ!!」
彰はまどかに背を向けた。
「ごめん……それとありがとう。まどかちゃんと話せてよかったよ」
彰は振り向かずにそのまま歩き出した。
「彰さん……!」
ふとまどかの声に彰の足が止まった。
「なぁ……明奈が言ってたんだ」
「え?」
「自分は二番目で良いって。俺がどう頑張っても明奈を二番目にすることなんて出来ないことを知っているのに。わからないんだ……明奈の言葉に意味が」
それだけ言い残し、彰は人ごみに消えた。
彰の辛そうな表情と、言い残した言葉がまどかの頭に焼きついて離れなかった。
- Re: 第四章 50話 ( No.78 )
- 日時: 2012/05/17 14:56
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
蒼井彰(あおいあきら)は見滝原(みたきはら)中学校の屋上に1人で座っていた。
「懐かしいな。よくここで飯食ったっけ」
彰もこの見滝原中の卒業生だ。
その頃は両親も健在で、明奈(あきな)も比較的調子が良かった。
一番充実した時間を過ごしたのはこの頃だったかもしれない。
雲が晴れ、月が屋上を照らした。
月の光が1人の少女の影を映し出した。
「来てくれたんだね」
彰の目の前には少女———魔法少女へと変身した暁美(あけみ)ほむらが立っていた。
「ゴンべぇとかいうインキュベーターに呼ばれて。それに私もあなたと話がしたかった」
ほむらは淡々とした口調でそう告げた。
「説得かい?」
「そんな野暮なことをするつもりは無いわ。ただ……あなたがまどかのことをどう思っているのか……それだけが確認したいの」
ほむらの表情が少し寂しげなものに変わった。
「……そんな大した関係じゃないさ。俺からすれば強大な力を持った獲物、その程度さ」
彰は嘲笑(あざわら)った。
「それに君も同じさ。獲物を得るための生贄———それが君」
嘲笑(ちょうしょう)する彰にほむらは視線を鋭くした。
「そう……なら良かったわ。これで心置きなくあなたを殺せる」
ほむらは盾から拳銃を二丁取り出した。
「ふふ。俺もそのほうが助かるよ。そのほうがやりやすい」
彰は変身すると、大剣を出現させた。
「君が女の子だろうと、1人であろうと、手加減はしないよ」
「それはこちらも同じよ。必ず仕留める」
彰とほむらは同時に駆け出した。
彰とほむらの最終決戦。その第一ラウンドの幕があけた。
- Re: 第四章 51話 ( No.79 )
- 日時: 2012/05/17 14:57
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
ほむらは両手に持った拳銃を弾が無くなるまで一気に撃った。
そして後方に大きくジャンプして間合いをとった。
彰は弾丸を大剣と鎧で受けとめ、なんなく凌ぐ。
(この程度ではやっぱり傷1つつけられないわね)
ほむらは彰の力に衰えが無いことを確認すると、今度は盾からマシンガンを出現させた。
「あなたの鎧は相当硬いみたいだけど、これならどうかしら?」
マシンガンから放たれた弾がものすごい速さで彰を攻めた。
さすがの彰もこれを受けることはせず、走りながら避けていく。
ほむらはそれを弾を撃ちながら追った。
次第に弾丸が打ち抜いた壁や地面のせいで砂煙が上がり、ほむらの視界を塞いでいく。
そして弾を撃ちつくした時には辺りは煙で見えなくなっていた。
(あなたが狙っているのはこの瞬間でしょう?いつでも来ればいいわ)
ほむらは背後に気配を感じた。
「!!」
ほむらは隠し持っていた手榴弾のピンを抜いて後方に投げた。
そして時を止めて爆発の範囲外に逃げると、時間停止を解除した。
先ほどほむらが居た場所で爆発が起きた。
(これでどう?さすがのあなたでも時間停止と爆発を同時には対処できないでしょ?)
ほむらは爆発の起こったほうを見つめた。
煙が晴れるよりも前に、ほむらは背筋が凍るような悪寒を感じた。
「っ!!」
咄嗟にほむらは横にとんだ。
ほむらがいた場所に巨大な大剣が突き刺さった。
「勘がいいな。それに戦いなれてる」
「どうやって抜けたの!?」
ほむらは拳銃を盾から取り出し、しゃがんだ状態で彰に向かって構えた。
「そうだな。このまま戦っていては不公平だな」
彰はほむらに向けて手を伸ばし、左手の平を広げて見せた。
「俺はこの手に触れたものを『無かったこと』にできる。爆発だろうとね」
「そんな……」
前回の戦闘では停止した時間の中を動ける能力だと思っていた。
だから停止した瞬間に避け切れないような攻撃をすればダメージを与えられると思った。
(でも実際はそんなやわな物では無かった。砂時計が戻っていたのは時間停止が『無かったこと』、つまり停止する前に戻っていたのね)
ほむらは唇をかみ締めた。
- Re: 第四章 52話 ( No.80 )
- 日時: 2012/05/17 14:57
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰の能力とほむらの能力は最悪に相性が悪かった。
(他のみんなと違って、私にはこの能力しかない。戦闘能力は無いに等しい……。このままじゃ……)
彰が大剣を消すのが見えた。
「今、君は自分では勝てないかもしれない———そう考えただろ?」
「え?」
武器を手放す理由も、彰の問いかけの意味も理解できなかった。
そうして一瞬思考が停止した瞬間だった。
目の前から彰が消えていた。
「ど、どこ!?」
ほむらが慌てて立ち上がろうとした時、突然激しい衝撃がほむらを襲った。
「うああ!!?」
ほむら思いっきり吹っ飛ばされ、地面を転がった。
その時ようやく自分が蹴り飛ばされたことを悟った。
「くっ……」
揺れる頭を振りながら立ち上がろうとする。
しかしまたしてもそれを彰が拒んだ。
「うっ!」
胸を足で押さえつけられ、立ち上がることを封じられた。
「絶望するのは早いよ。もっと苦しんでもらわないと、決め手にかけるだろう?」
乾いた音がした。
それが銃声であると、ほむらはすぐに理解できた。
そしてその銃弾がほむらの腹部を射抜いたことも———。
「っ!!」
「痛覚を消しているから痛みが伝わらないか?ふふ……ならこれから第二ラウンドと行こうか。一方的だけどね」
ほむらは兜の向こうから覗く目を見て戦慄した。
そして予感する。
これから自分は嬲(なぶ)り殺しにされるのだと。
- Re: 第四章 53話 ( No.81 )
- 日時: 2012/05/18 10:02
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
三人の魔法少女が屋根伝いに空を駆けていた。
「大事に至らなければいいけど……」
先頭を走る巴(ともえ)マミは心配げな表情を浮かべた。
「ほんと水くさいよ、ほむらは……」
その後方、美樹(みき)さやかは唇をかみ締めて言った。
「まどかのことになると後先見えなくなるからな、アイツ」
そしてその隣、佐倉杏子(さくらきょうこ)はため息混じりにそう言った。
三人はキュゥべぇに暁美(あけみ)ほむらが単身で蒼井彰(あおいあきら)のところに向かったことを聞いて飛び出してきたのだ。
場所は良く知る場所。
そう時間はかからないはずだった。
「2人とも止まって!」
マミが突如さやかと杏子を制止した。
「どうし……!?」
杏子がマミの後ろから視線の先を覗き見ると、そこには一人の魔法少女が立っていた。
「やぁやぁ、皆さん。そんなに先急いでどうしたんだい?」
少女はまるで緊張感のない調子で言った。
対してマミたちはそんな少女を訝しげな目で見た。
少女の姿はちょっと変わっていた。
丈の短い、いわゆるミニスカ風の着物を纏い、髪の毛を束ねている。
その様は魔法少女というよりも、お祭りに行く子供のようだ。
「そんなに急いだって良いことないぜ。人生は楽しんでいかなきゃ」
「そんなにのんびりしてる暇はないんでね。通して貰うよ」
杏子は槍を少女に向けた。
少女はやれやれと首を振った。
「そんなに暁美ほむらのことが心配かい?佐倉杏子」
「なっ?なんでほむらにアタシの名前まで……」
少女は鼻で笑うと、マミとさやかをそれぞれ指差した。
「そっちが巴マミ。んでこっちが美樹さやか……だよな?」
三人は絶句した。
「くく……驚くなよ。世の中、人の知らないところで嫌と言うほど陰謀が渦巻いてるんだぜ?」
- Re: 第四章 54話 ( No.82 )
- 日時: 2012/05/18 10:03
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あなた、何者なの?」
マミの問いに少女はワザとらしく考える素振りをした。
「そーだなぁ。まぁ……どちらかと言えば、お前らの敵だな」
まるで当たり前のことを言うかのように口調で、あっけらかんと言った。
「お前らが蒼井彰のところに行くとさ、色々面倒なんだよね。アイツには鹿目(かなめ)まどかを契約させる事に集中させてやりたいんだわ」
「あんたもまどかのこと狙ってんの!」
さやかも杏子同様に臨戦態勢に入った。
「あなた達が何を考えているかは聞かないであげる。でも今は本当に急いでいるの。だから道を開けてくれないかしら?」
マミの声色は普段どおりだった。
しかし表情は既に敵を見るものへと変わっていた。
「怖いねぇ。まぁでも、そう簡単にここを通すわけには行かないんだよな」
少女はため息をついた。
「なら仕方ないわね」
マミの言葉と共にさやかと杏子は少女に向かって飛び掛った。
「くらえぇー!!」
「一気に決めてやるよ!」
さやかは右から、杏子は左から一気に詰め寄った。
「いいねぇ。その殺気!!」
少女の背後から100本近い黒い手が現れ、杏子とさやかを襲った。
「ちっ!なんだこれ!」
杏子は纏わり付こうとする黒い手を回転しながら切り裂いた。
「ウジャウジャとうざったいわね!」
さやかも両手に持った剣で黒い手を捌いていく。
「2人とも下がって!」
マミは大量出現させたマスケット銃を少女に合わせて一斉発射させた。
- Re: 第四章 55話 ( No.83 )
- 日時: 2012/05/18 10:04
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「容赦ねーなぁ」
杏子は苦笑いでマミを見た。
マミは満面の笑顔で返した。
「悪い子にはちょっとお灸を据えないとね」
「やっぱりマミさん……怒らすと怖いわ」
あははーとさやかは力なく笑った。
「その思いっきりの良さ。オレは好きだぜ!」
瓦礫の中から巨大な黒い手が二本伸びてきた。
一本は杏子をはたき倒し、もう一本はさやか掴んだ。
「ちょっ!離しなさいよ、あんた!」
瓦礫を黒い手が押しのけ、その中から少女が姿を現した。
「あんた、あんたってなぁ。オレにも天音(あまね)リンって可愛らしい名前があるんだぜ?」
天音リンと名乗った少女は服についた埃を落としながら言った。
「あれだけの一斉発射を受けて無傷なの?」
マミは平然と立っているリンの姿に驚きを隠せなかった。
「くそっ。さやかを離しやがれ!」
杏子が再びリンに向かって行く。
しかし先ほどより本数の多くなった黒い手に阻まれて中々先に進めなかった。
「美樹さやか、佐倉杏子、巴マミ。みんな中々だけど、やっぱりオレは美樹さやかが一番タイプだな」
さやかに向かってニコニコと笑顔を浮かべるリン。
その姿を見てさやかは身震いした。
「な、何いってんのよ!」
顔を青くして慌てるさやかに、リンは大声で笑った。
「勘違いするなよ。あくまで……喰ったら誰が一番ウマイかって話だ」
「え?」
影が徐々に大きくなっていき、それは次第に三つ目を持つ巨大な球体となった。
球体の化け物は大きな口を開け、涎のような黒い液体を垂れ流した。
- Re: 第四章 56話 ( No.84 )
- 日時: 2012/05/18 10:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「喰うって……まさか」
全員が事態を把握した。
「さやかぁぁ!!」
杏子はなんとか周りの黒い手を蹴散らし、さやかのほうに飛んだ。
マミは杏子を追おうとしている黒い手を狙撃し、杏子に向かわせないように阻止した。
「佐倉さんは美樹さんを!!」
「わかってる!」
杏子はリンに向かって槍を向けた。
「操ってるお前を倒せばいいんだろ!!」
さらに数え切れないほどの黒い手がリンを囲むように出現した。
とても杏子一人で受けきれる数ではなかった。
「1人じゃどうしようも出来ないぜ?数の暴力ってのはさぁ!」
黒い手が杏子に飛び掛っていく。
その様を見て、杏子はニヤリと笑った。
「そうだな……1人じゃ無理かもしれないけど、5人ならやれる!」
リンは杏子の姿がなぜかぶれて見えた。
(まるで複数いるような……)
ぶれが次第に大きくなり、まるで杏子が五人居るように見えた。
いや、それは居るようではなく確かに五人いた。
「!!」
五人の杏子が一斉に槍をリンに向けた。
「出たわ!佐倉さんのロッソ・ファンタズマ!!」
マミがなぜか嬉しそうに杏子の変わりに叫んだ。
五人の杏子はリンを四方から囲み、嵐のような連激を繰り出した。
黒い手は次々と消滅し、そしてついにリンに攻撃を与える隙を作り出した。
『くらいやがれ!!』
五人の杏子の槍がリンを貫いた。
- Re: 第四章 57話 ( No.85 )
- 日時: 2012/05/18 10:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ぐああああ!!」
リンは悲痛な叫びを上げ、そしてどういうわけか黒い霧と化して消えた。
『なっ!?』
黒い手はすべて消滅し、さやかも無事解放された。
「いやぁーまさかやられるとは思わなかったぜ」
三人は声のしたほうに一斉に身体を向けた。
隣のビルの貯水塔の上にリンが座っていた。
「てめぇ……どういうことだ!」
「どうもこうも今まであんた等が戦ってたのはオレの分身ってわけ」
自慢げにそう語ると大声で笑った。
「必死こいてる姿は見ものだったぜ」
「あんた人をバカにして!」
さやかは剣を構えリンに飛び掛ろうとした。
だがそれをマミが止めた。
「やめたほうがいいわ。周りを見て」
さやかはマミに言われ周りを見回した。
「ひぃっ!」
いつのまにさやかたちの周りは切れ長の目で覆われていた。
四方八方、上下左右、すべて。
「食べようと思ったら食べれる———そういうことなのよ」
「くくく。物分りがよくて良いぜ。まぁ……充分に時間は稼いだ。そろそろ解放してやるぜ」
さやかたちの後方に人が通れるくらいの穴が開いた。
「さっさと行ってやりなよ。まぁ、手遅れだと思うけどね」
三人はリンに警戒しつつ外へと出て行った。
三人が居なくなるとリンは穴をふさぎ、貯水塔から飛び降りた。
「趣味わりーぜ。覗き見とはよ」
ふと一点を見てリンはそういった。
- Re: 第四章 58話 ( No.86 )
- 日時: 2012/05/18 10:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
『そう言うな。私はどこにでも居て、どこにも居ない存在。そう———【概念】なのだ』
「概念ねぇ。概念って人に話しかけられるもんなのか?」
あきれた調子でリンが言うと、その何者かは小刻みに笑った。
「ところで目的は達成できたのか?」
『ああ。【女神】は我が手中に落ちた。あとは作戦通り遂行するのみだ』
「そうかい。そいつは良かった」
リンは両手を広げた。
すると黒い空間は霧のようになり、リンに吸い込まれていった。
『君はあの蒼井彰は成功すると思うかね?』
「……たぶん失敗するだろうな」
『なぜそう思う』
「誰かのためにどうこうしようとするヤツは、必ず最後で失敗するのさ」
『それは君もそうだろう?』
「……そうだな。オレもダメかもなぁ〜」
リンはその場に座り込んだ。
見滝原中学校の方向から魔女の気配がした。
戦いは最終局番だ———リンはそう思った。
- Re: 第四章 59話 ( No.87 )
- 日時: 2012/05/18 17:15
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あああぁぁ!!」
暁美(あけみ)ほむらは今まで味わったことの無い痛みに思わず悲鳴をあげた。
「君のソウルジェムと肉体の関係を一部『無かったこと』にした。これで痛覚遮断は使えない」
蒼井彰(あおいあきら)はほむらの腕を掴むと視線の高さまで持ち上げた。
「あと1つ、嘘を言っていたよ。俺の魔法は触れたものだけじゃなくて範囲展開もできるんだ。だから今君がここで何かしようとしても無駄だよ」
彰は拳をほむらの腹部、傷口めがけて振り下ろした。
「———!!」
今度のは悲鳴にすらならなかった。
痛みの余りほむらの瞳からは涙が流れていた。
「これが普通の人間なら気絶しているんだろうね。でも魔法少女にとって肉体は意味をなさない。制御しているのはソウルジェムであって、脳ではない。痛みを感じても気絶することは出来ない」
そう言いながら彰は無抵抗なほむらに拳を振り下ろし続けた。
彰の目には確かに苦痛に歪み、苦しむほむらの姿が映っていた。
しかしそれはどこか遠くから見ているような、言うならば第三者の視点のように見えていた。
その理由を彰は自分自身でしっかり理解していた。
(俺は、こうやって彼女を嬲(なぶ)っている自分を認めたくないんだ)
その気持ちが無意識に、ほむらを傷つけているのは自分ではない———そう思い込ませていた。
(俺は何をやっているんだ?)
この期に及んでこのようなことを考えている自分がとことん情けなかった。
明奈のためにすべてを敵に回すと誓ったはずが、まだ内心ではいい人でありたいと願っているのだから。
こんなになぜ悩んでいるのか、踏ん切りがつけられずにいるのか。
その理由はわからなかった。
何が最後の一歩を踏み留めているのかまったくわからないのだ。
明奈のため。
そう考えているのに、なぜか明奈のことを思うのと同じくらい、鹿目(かなめ)まどかという少女のことを考えてしまう。
まどかのソウルジェムが欲しいから、まどかのことを考えているのか。
それとも———。
- Re: 第四章 60話 ( No.88 )
- 日時: 2012/05/18 17:16
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「……めて」
虫のさえずりのような儚い声が、彰を現実に戻した。
「お願い……もうやめて……」
ほむらの口からそう漏れていた。
傷だらけになった身体と、涙と苦痛で顔を歪めるその姿は、今までのクールなほむらとは遠くかけ離れていた。
当然だろう。
魔法少女とは言え、元を糺(ただ)せばただの中学生なのだから。
普通の中学生がこのような拷問を受けて平気で居られるはずがない。
むしろここまで耐えたほむらの精神力の強さは尊敬に値する。
彰自身が同じことをやられて耐えられるかと聞かれれば、無理だと答えるだろう。
「最初に言っただろう?君は生贄だと……もっと相手に絶望を与えてくれないと困る」
「うぅ……」
ほむらの身体から完全に力が抜けた。
それは諦めのためか、絶望のためか。
「ほむらちゃん!!」
「ま、まどか!?」
屋上の出入り口に息を切らしたまどかの姿があった。
「ようやくこれで役者がそろったわけだね」
まどかはひどく傷ついたほむらの姿を見て言葉を失っていた。
「こんなのひどすぎるよ……」
「言っただろ?君を契約させるためなら何でもやるって。それともまだ物足りないかい?」
彰は短剣を出現させた。
「ねぇ……お願い。やめて……」
まどかはこれから彰が何をするのか悟ったようだった。
「お願いだからやめてぇ!!」
彰はまどかの制止も気に留めず、短剣をほむらの左ふともも目掛けて振り下ろした。
- Re: 第四章 61話 ( No.89 )
- 日時: 2012/05/18 17:16
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あぁぁああぁー!!」
「い……いやぁぁ!!」
まどかは顔を両手でふさぎ、その場に膝をついた。
「次は右……」
「やめて!!契約でも何でもするから……」
まどかは嗚咽混じりにそう言った。
「ダメよ……まどかぁ」
まどかは顔を上げ、首を横に振った。
「いいの。これ以上ほむらちゃんの傷つく姿を見たくないから」
「まどか……」
ほむらの抜けていた身体に力が戻っていくのを彰は感じた。
そこには先ほどまで泣きながら痛みに耐えていた少女ではなく、戦う意思を宿した魔法少女がいた。
「大切なものを失う辛さは痛いほど知ってる。だからそれを失いたくないって足掻(あが)きたくなる気持ちもわかる。私もずっとそうしてきたから!」
「何を言ってる……」
「逃げないで!今のあなたは昔の私と同じよ。自分を偽って……そして孤立していった私と同じ。このままじゃあなたは一人ぼっちになってしまうわ!」
ほむらの言葉を聞いていると頭がクラクラとしてきた。
心臓が高鳴るのを感じた。
「お、俺は別に1人になったって構わない。明奈さえ戻ってくれば……」
ほむらは首を振った。
「それじゃダメなのよ。例え目的を果たせたとしても、それまで失ってきたものを思い返して後悔するわ。自分が自分じゃなくなってしまうの」
「そんなことわかって……」
何をわかっているというのだろうか?
一歩も踏み出せずに迷っている自分が、ほむらから視線を背けている自分が何をわかっているというのか。
自分のしていることにすら目を背け、明奈のためだと言って正当化しようとしているずるい自分が———。
(え?)
彰は今、自分自身で思ったことに恐怖を感じた。
- Re: 第四章 62話 ( No.90 )
- 日時: 2012/05/18 17:17
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
(俺は明奈のためにここまでやってきたんじゃなかったのか?)
彰は気付いてしまったのだ。
『明奈のため』
それは目的ではなく、ただの理由であったことに。
彰が今までしてきたことを正当化するための都合のいい理由であったことに。
(俺が本当にしたかったこと———それは)
ゴゴゴゴゴ……。
彰たちの周りで地響きが鳴った。
「ま、まさか!」
彰はほむらを降ろし、左手に埋め込まれたソウルジェムを見た。
ソウルジェムは魔女の反応を感じ取っていた。
「あき……!!」
さらに大きな地響きが起こり、三人を包み込んだ。
そして———。
「ぐっ!地面が!!」
三人の居る屋上の地面が崩れ落ちた。
先ほどまでの彰とほむらの戦闘による衝撃で地面に亀裂が入っていたのだ。
「きゃあぁあ!!」
「まど……きゃあ!」
魔法少女でないまどかはもちろんのこと、怪我で身体の動かないほむらも何の抵抗すらできずに崩壊に飲み込まれた。
「くそ!」
彰はその崩壊に自ら飛び込んでいった。
- Re: 第四章 63話 ( No.91 )
- 日時: 2012/05/21 13:42
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
鹿目(かなめ)まどかは身体が揺さぶられるのを感じ、目を覚ました。
「大丈夫?」
「あきら……さん?」
そこには兜をはずし、安堵の表情を浮かべた蒼井彰(あおいあきら)の姿があった。
そしてまどかの横には未だ気絶している暁美(あけみ)ほむらもいた。
「ほむらちゃん!」
「大丈夫だよ。気絶しているだけさ」
彰は体勢を正して座り直した。
まどかは地面が崩れる瞬間を思い出した。
(あの時、彰さんが私とほむらちゃんを抱えて助けてくれた……)
彰のその行為を思うと、なんだか嬉しくなった。
もう分かり合えないかもしれないと思っていたからだ。
「彰さん、ありがとう」
「ん……ああ。礼なんていいよ。元々俺のせいでこうなったんだ」
彰は周囲を見回した。
今、彰たちは瓦礫の中に偶然できた空間にいるようだった。
空間はぎりぎり人が立てるくらいの高さはあった。
「さっきのはきっと明奈(あきな)が魔女化した際に起きた衝撃波だと思う。ここを出たら魔女空間の中だろうな」
「明奈ちゃんが……?」
「明奈は魔女と魔法少女の間のような存在になっていた。ソウルジェムから魔法エネルギーを摂取している時は魔法少女として自我を保てるけど、そのバランスが魔女寄りになると魔女化してしまうんだ。まぁそれでもどうやら俺のことだけは認識しているみたいだけど」
「それで彰さんはソウルジェムを……」
彰はため息混じりに力なく笑った。
「明奈のため……か。そう思っていたのは間違いだったのかもしれない」
彰からはもう敵意は感じられなかった。
先ほどまでまどかを契約させようと狂気じみていた彰はもうそこには居なかった。
「思い出したんだ。明奈が明奈であった時、最後に言われたことを」
「最後の言葉?」
「うん。でも俺は魔女化してしまった明奈を受け止められず、どうにかしようと躍起(やっき)になってしまった。そのせいでその言葉すら俺の中から無くなってしまっていた」
彰は首にかけていた鳥のガラス細工を手に取った。
それはかつてまどかと一緒に選んだクリスマスプレゼントのキーホルダーをネックレス状にしたものだった。
- Re: 第四章 64話 ( No.92 )
- 日時: 2012/05/21 13:42
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「俺は現実を受け止められず、自分の殻にこもっていたんだな。そんな自分を正当化したくて……何かしていないと明奈に申し訳が立たないと思い込んで、俺は明奈を理由にして戦ってた。羽ばたけない鳥だったのは俺だったんだ」
彰はほむらの前に移動した。
「さてと……終わりにしなくちゃな」
「彰さん、どうするんですか?」
「約束したんだ。だからその約束を果たしに行く。ほむらちゃんが目覚めたら、2人でこの空間から逃げるんだ」
彰はほむらに触れると、傷を『無かったこと』にした。
「記憶までは無かったことに出来ないんだ。さっきのことがほむらちゃんのトラウマにならなければいいけど……。本当に彼女には取り返しの無いことをしてしまったな」
彰はそういうと立ち上がった。
「彰さん!行っちゃダメだよ……。だって彰さん、ソウルジェムが……」
まどかは彰がほむらの傷を治すとき、彰のソウルジェムを見た。
そしてそれがかなり濁っていることも。
「それ以上魔法を使ったら、彰さんまで魔女化しちゃうよ」
「そうだね。もう魔法は使えないな。ここから出るくらいの力は使えるから大丈夫だけどね」
彰は自虐的な笑みを浮かべた。
対照的にまどかは瞳に涙を浮かべて顔を横に振った。
「だからダメだよ!それじゃあ彰さん、やられに行くようなものだよ!」
「大丈夫だって。ただ単に妹に会いに行くだけなんだから」
「全然大丈夫に見えないよ。彰さん、嘘言ってる!」
「しょーがないなぁ」
彰はまどかの頭に手を置いた。
「じゃあ約束するよ。生きて戻って、またまどかちゃんに会いにいく」
「本当……ですか?」
彰は頷くと鳥のガラス細工をまどかの手渡した。
「俺が取りに行くまで大事に持ってて。こいつは本当に大事なものだからさ。絶対に取りに行くよ」
「彰さん……」
「そんな悲しそうな顔しないで。俺は太陽みたいに笑っているまどかちゃんが好きだよ」
彰は微笑むとまどかから離れた。
そして脱出に無難そうな位置に見当をつけると魔法でそこに出口を作った。
「たぶんもうじきほむらちゃんが目覚める。そうしたら魔女結界が崩壊する前に脱出するんだよ」
「彰さん!私……待ってます!だから絶対に取りに来てくださいね!」
彰はまどかの言葉にただ微笑みを返した。
そして彰は魔女結界の奥、明奈のいる所目指して駆けて行った。
- Re: 第四章 65話 ( No.93 )
- 日時: 2012/05/21 13:44
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
それは蒼井明奈(あおいあきな)が一番最初の魔女化を迎えた時のことだった。
「ううう!あああぁぁ!!」
「明奈!いったい何がどうなって……」
明奈のソウルジェムは真っ黒に濁り割れ目が入っていた。
そしてその割れ目から瘴気が流れ出ていた。
「お兄ちゃん……」
明奈は薄っすらと目を開けて、彰(あきら)を見た。
「私……もうダメみたい」
「何言ってんだよ!そんなこと言うな!」
何が起きているか理解できない彰にもこのまま行けば明奈が死を迎えるであろうことは予想できた。
「お兄ちゃんはさ……まだ私のこと一番に思ってくれてる?」
「当たり前だろ!」
明奈は力なく笑った。
「私のこと二番目で良いって話覚えてる?」
「ああ……覚えてるよ」
「ああは言ったけど、ほんとのところお兄ちゃんは私のことを二番目にするなんて無理だろうなって思ってた。それぐらいおにいちゃんが私を思ってくれてるのを知ってたから」
照れてるような、嬉しいようなそんな感情を含めた表情をした。
「だからね、私考えたの。お兄ちゃん、私のお願い聞いてくれる?」
「ああ、何でも聞くよ」
「みんなのこと……幸せにしてあげて欲しいな」
「みんな?」
「そーだよ。今もきっとたくさんの人が苦しんでる。私はそういう人たちの力になりたくて魔法少女になったから……。どんな形でもいい。目の届く範囲でいい。私の変わりにみんなを幸せにして欲しいな」
以前、自分達のように不幸になる人が増えないようにしたいと語っていた。
それも魔法少女になった理由のひとつだと。
「でもそれじゃあ明奈が幸せになれないじゃないか……」
「そんなことないよ。お兄ちゃんが私の約束を果たしてくれれば、とても嬉しいことで……私の幸せにもなるから」
明奈は今まで明奈のことしか見てこなかった彰に他の誰かにも目を向けて欲しいと言っているのだ。
恐らくそうすればいずれはもっと大切な人も見つけられる———そう願って。
(お前はどこまで優しいんだよ……)
彰は涙を流して明奈を抱きしめた。
「約束するから……死ぬな!」
自分に明奈の願いが果たせるかわからない。
それでもそれが明奈の幸せに繋がるなら頑張ってみようと思えた。
- Re: 第四章 66話 ( No.94 )
- 日時: 2012/05/21 13:45
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
(でもその後、俺は自分が契約することで明奈を救えるという希望に囚われ、大事な約束を頭の隅に追いやってしまった)
彰は大きな扉の前に立ち、明奈とした約束を頭の中で思い浮かべた。
(約束を果たしにいこう)
彰は扉を開け、中に足を踏み入れた。
『おおおおおお……』
低い雄たけびのようなものが鳴り響いていた。
空の世界だった今までと違い、この部屋はあたり一面ガラス張りだった。
ガラスの向こうには明奈の記憶が映像で流れており、それはどれも彰が知るものだった。
「こんな形じゃなければいい思い出話ができたのに……」
彰は部屋の中央で羽ばたく鳥と人を合わさったような姿をした巨大な魔女を見た。
魔女は彰の姿を捉えると、翼を羽ばたかせて雄たけびをあげた。
(俺を認識出てない?そこまで魔女化が進行しているのか……)
ソウルジェムを与え、魔女化を抑えてきた。
だがそれも段々と抑えられる時間も短くなっていた。
魔女は彰目掛けて急降下してきた。
そして鉤爪を彰に対して振り下ろした。
だが彰はそれを事前に予測し、すでに魔女の背後に回りこんでいた。
「俺たち、家族になってちょうど10年くらいだよな。お互い初対面だったのになんだか初めて会った気がしなかったって、前に2人で話したことがあったよな」
彰は魔女の攻撃を避けながら届くかもわからない言葉を語りかけた。
「運命って言うのかな?俺たちの出会いも、魔法少女になることも、魔女になってしまうことも……」
「神様がいて、俺たちの運命の結末をこんな風にしたとしても、俺は別に神様を恨んだりはしない。むしろ感謝してるよ……お前と一緒に過ごす時間をくれたことにさ」
「なぁ……お前はどう思ってる?神様を恨むか?それとも良かったって思ってるか?」
- Re: 第四章 67話 ( No.95 )
- 日時: 2012/05/21 13:46
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰は大剣を出現させた。
「運命とか愛とか……そういう話が好きだったよな?他愛のない話をたくさんしたな……」
「もっとたくさん話をしたかった。笑って、泣いて……たまに喧嘩して。学校行ったり、いろんなところ行ったり。当たり前のことをもっと明奈としたかったよ」
『おぉぉぉおぉ!!』
魔女が凄まじい雄たけびをあげた。
彰は剣を構え魔女に向かってとんだ。
魔女の顔の前まで飛んで魔女の顔を見た瞬間、彰は言葉を失った。
「お前、泣いてるのか……?」
ただ悪意を振りまくだけの存在だと、ゴンべぇは言っていた。
魔女にそれ以上はないと。
明奈は特殊な環境に置かれた魔女だからか。
それとも魔女にも感情が存在するのか。
それはわからない。
でも確かにこの魔女は泣いていた。
この思わぬことに彰は動揺し、鉤爪が自分に向かって振り下ろされていることに気がつかなかった。
「ぐあっ!!」
彰は攻撃をもろに食らい、地面に叩きつけられた。
なんとか立ち上がり体勢を立て直そうとした瞬間、身体に感じたことの無い衝撃が走った。
「あ……」
剣のように鋭い巨大な魔女の羽根が、彰の上半身を貫通していた。
痛覚は消しているし、ソウルジェムが破壊されていないため死ぬことは無い。
だが今の彰は傷を治せるほどの魔力が残っていなかった。
(詰みか……。だからってここじゃ終われないよな)
彰は口元に笑みを浮かべ、大剣を構え直した。
魔女が再び鉤爪を彰に向けて降下してきた。
彰も魔女に向かって飛んだ。
- Re: 第四章 68話 ( No.96 )
- 日時: 2012/05/21 13:46
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰に向かってくる鉤爪の猛攻を何とかすり抜ける。
「明奈、ごめんな。俺はやっぱりダメな兄貴だったよ。結局お前を二番目に考えるなんて出来なかった。でも思ったんだ……」
降下する勢いは急には止められない。
彰は大剣を魔女の胸を目掛けて突き出した。
魔女が降下する勢いも合わさり、彰の大剣は意図も簡単に魔女の胸を貫いた。
「別に一番大切なものが1人じゃなきゃいけないなんて決まりはないだろう?って……はは、ちょっとずるいか」
魔女は雄たけびをあげながら暴れまわった。
その動きに耐える力の無い彰は振り落とされてしまった。
「先にあの世で待っててくれな。あっちに行ったら、また兄妹仲良くやろう……」
魔女の身体は粒子となって徐々に消えていった。
その様子を見て彰は安堵の表情を浮かべた。
「不幸な人を増やさないために……か。明奈、お前の意思を受け継ぐってなると、魔女退治しなくちゃいけなくなるじゃないか。まったく……酷なことやらせやがって———」
彰は笑った。涙を流しながら。
視界がぼやけ始める。
ソウルジェムと肉体の関係が希薄になっているのか。
それとも魔女化が始まったのか。
(くそ……こんなところで倒れるわけには行かないのに。明菜とまどかちゃんとの約束を———)
彰の意識は途絶えた。
魔女が倒されたことで空間が崩壊し始めた。
崩壊は容赦なくすべてを飲み込んだ。
映し出された明奈の記憶も、眠る彰の身体も———すべて。
- Re: 第四章 69話 ( No.97 )
- 日時: 2012/05/23 09:56
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
『———ちゃん』
「ん……」
蒼井彰(あおいあきら)は重たい瞼をゆっくりと開いた。
「お兄ちゃん、やっと起きた〜」
「明奈(あきな)?ここは……?」
彰は公園のベンチに座っていた。
明奈とよく来た馴染みの場所だった。
「どうしたの?まだ寝ぼけてるの〜?」
明奈は隣で頬を膨らませてふてくされていた。
(確かにさっきまで魔女になった明奈と戦ってて……。あれ?)
ソウルジェムが無かった。
もちろん変身することも出来なかった。
「嫌な夢でも見た?」
明奈が心配そうな表情で彰の顔を覗き見た。
「いや……そうだな。嫌なこともあったけど、良いこともあったかな」
「どんな夢だったの?」
「夢の中の明奈はとても病弱なんだ。そんな明奈がある日突然魔法少女になるんだよ」
明奈はクスクスと笑った。
「何それ。お兄ちゃん、いつからファンタジックな世界に浸るようになったの?」
彰も「そんなんじゃないよ」と笑って言った。
「でも魔法少女には色々危ないこともあってね。魔女と戦ったり、時には魔法少女同士で争ったり……。でも一番怖かったのは、魔法少女が魔女になるって事実だった」
「もしかして私も……?」
「うん……。明奈が魔女になってしまって……どうにか救いたいって思った俺も魔法少女の力を得るんだ。でもそのせいで大事なものを失っていった」
彰は語りながらそのことを思い出し、命を奪ってしまった人たちのことを思った。
夢のはずなのにそれはとても鮮明で、彰の心を揺らがした。
- Re: 第四章 70話 ( No.98 )
- 日時: 2012/05/23 09:57
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「とても辛いね……。希望はあったの?」
「約束が俺の希望になったんだ」
「約束?」
「そう。大事な人との約束———」
明奈の表情にフッと影がさした。
「その約束は果たせたの?」
「いや……それが果たせなかったんだ。明奈、お前と……」
「まどかさんとの……約束だよね?」
明奈が彰の言葉を遮って言った。
彰は驚きの表情で明奈を見た。
今の明奈には無邪気さはなく、真剣でどこか儚いものが感じられた。
「なんで……わかったんだ?」
彰はそう言いながらもなんとなく感じ取っていた。
これが夢なんだと。
「もう理解したよね。これはお兄ちゃんの見ている夢なんだよ」
明奈はベンチから立ち上がり、彰の前に立った。
「ねぇ、お兄ちゃんはさ……もし何でも願いが叶うとしたら何をお願いする?」
突然明奈はそんなことを口走った。
だが彰は動揺することなく、ゆっくりと口を開いた。
「明奈は俺に皆を救って欲しいってお願いしたよな?俺なりにそのことを考えてみたんだ」
明奈は笑顔で、しかし何を語ることもなく真剣な眼差しで彰を見つめた。
「魔女を倒して人を救うのは必要なことだと思う。でも魔女はもともとは魔法少女なんだ。魔女になってしまった魔法少女たちにもそうなってしまった原因となる『痛み』があったと思うんだ」
- Re: 第四章 71話 ( No.99 )
- 日時: 2012/05/23 10:09
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
ソウルジェムは魂の入れ物だ。
魂はその人の内面的なもので、精神的な要素が強いのだと思う。
精神は感情に大きく左右される。
だとすれば感情の動きによってソウルジェムの濁り方も変わってくるのではないか。
もちろん魔法を使えば魂の力を使うのだから消費した分濁ってしまうのもあるのだろう。
だが幸せであると感じればその濁り方は緩やかで、逆に不幸であると感じれば濁り方も早くなる。
魔女になってしまった魔法少女たちはきっと何かしらの『痛み』に苛まされ、それに耐えられなくなっていったのだと彰は考えた。
「だから俺は出来る限り魔法少女たちの『痛み』を知って、その『痛み』を共有することでその子達の救いになれればいいと思ったんだ。魔法少女たちを救い、魔女化を防げば不幸な人も減る。明奈の約束を果たすことにならないかな?」
「でもそれはきっと……とっても大変なことだよ?その『痛み』にお兄ちゃんが押し潰されてしまうかもしれない」
負の感情をその身に宿すと言うことは自身の魔女化を進行させることにもなってしまう。
強靭な精神力を持っていなければやり遂げることは不可能だろう。
「大丈夫さ。俺はすでにお前を背負ってるんだから」
彰にとって明奈はもっとも大切なものだ。
同時に明奈という存在は彰の最大の『痛み』でもあった。
明奈を失うという『痛み』を受け入れられなかった彰は、一度は落ちるとこまで落ちた。
しかしそれでも様々な人たちの言葉や気持ちが彰を立ち直らせ、『痛み』を受け入れることに成功した。
その『痛み』は今では彰の力となっていた。
「だから俺の願いは、魔法少女たちの『痛み』を受け入れて救いたい……かな」
彰がそう願うと、明奈は優しく微笑んだ。
それはまるで女神を見ているかのようだった。
- Re: 第四章 72話 ( No.100 )
- 日時: 2012/05/23 10:10
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「それじゃあこんなところで夢を見てる場合じゃないね」
「そうだな……まどかちゃんとの約束も守らなくちゃな」
明奈は彰の手をとった。
明奈の身体が淡い光に包まれていく。
「ちゃんと一番大切な人を見つけられたんだね。えへへ、ちょっとまどかさんに嫉妬しちゃうな」
「ばーか。言っただろ?一番大切なものが1つである必要はないって。明奈も俺の一番だよ」
明奈は呆れた顔をして大げさに肩を落として見せた。
「欲張りだなぁー。浮気者は痛い目みるぞ!」
彰は神様に感謝した。
こうやって明奈と話をさせてくれた事に。
「そうだ、明奈……。お前は神様を恨んでるのか?それとも感謝してるのか?」
「感謝してる。お兄ちゃんとめぐり合わせてくれたんだもん」
「そうか……俺もだよ。本当に幸せだった。最後に明奈と話せてよかった」
彰の瞳から涙がこぼれた。
「泣かないでよ。我慢してたのに……」
明奈も涙を流した。
このとき明奈の身体は光の粒子となって既に半分以上が無くなっていた。
「私もね、お兄ちゃんとお話できてよかった。でもね、これでお別れじゃないんだよ?」
「え?」
「私という存在は無くなっても、ずっとお兄ちゃんと一緒にいるから。お話できなくても、触れることが出来なくても……」
「明奈……」
「私がお兄ちゃんの翼になってあげる。だからお兄ちゃんも頑張って羽ばたいてね」
明奈の姿が消えた。
彰の手には明奈の手のぬくもりと、明奈にあげた鳥のガラス細工が置かれていた。
「俺、頑張るよ。お前の分まで……」
突如、白い世界が彰を包み込んだ。
彰の意識は再び途絶えた。
- Re: 第四章 エピローグ① ( No.101 )
- 日時: 2012/05/23 10:12
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
天音(あまね)リンは消えていく魔女結界を遠くから眺めていた。
「やっぱ失敗したか……」
そう言いつつもリンの表情に落胆は見られず、むしろ納得という感じだった。
「おしかったんすけどねぇ。契約するっていうところまでは言わせたんすけど……」
リンの背後からゴンべぇが突然姿を現した。
「あいつは結局のところ『人』だったんだよ。だから捨てられないものもある」
崩壊した結界から少し離れたところに、まどかたちの姿があった。
鹿目(かなめ)まどかは暁美(あけみ)ほむらに抱かれて泣いているようで、後から到着した巴(ともえ)マミ、美樹(みき)さやか、佐倉杏子(さくらきょうこ)の三人はいまいち自体が把握できないという感じだった。
「鹿目まどか……か。ただ単に力があるだけじゃないってことなんだろうな。人を変える何かを持っているのか……」
「リンちゃんはこれからどうするんすか?」
ゴンべぇがそう問うと、リンは鼻で笑った。
「当然、こんなとこで諦めたりしないぜ。次の作戦で行くさ」
リンはそう言って立ち上がった。
「そういやさ、蒼井明奈(あおいあきな)は何を願ったんだ?」
鹿目まどかを契約させるという利害の一致で協力していた蒼井彰(あおいあきら)のことは大体知っていた。
だが明奈に関しては興味が無かったため、ほとんど何も知らなかった。
「明奈ちゃんの願いは『彰くんのお願いを何でも叶えること』っすよ」
「はぁ?」
あまりにもあいまいでピンとこない願いにリンは思わず間の抜けた声を出してしまった。
- Re: 第四章 エピローグ② ( No.102 )
- 日時: 2012/05/23 10:12
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「明奈ちゃんは彰くんにもしものことがあった時、彰くんの力になれるようにして欲しいと望んだんすよ」
「それでその願いか……。何というか……すごい兄妹だな」
彰は明奈を。
明奈は彰を。
お互いが魂を賭けてお互いの未来を願っていたのだ。
「まぁ……だとしたら一枚上手だったのは蒼井明奈のほうかもな」
「どういうことっすか?」
「蒼井彰は自分を犠牲にして蒼井明奈の幸せを望んだ。でも蒼井明奈は自分を犠牲にする蒼井彰に希望を与え、そして自身も納得の行く形で最後を遂げた」
明奈はゴールから迷子の彰を人知れず導いていたのだ。
彰は明奈を失い、明奈も彰と二度と会うことは叶わなくなった。
他人から見ればバッドエンドなのだろうが、当人たちはきっとそうは思っていない。
お互いが選んだ道を進み、その結果未来に向かう道を作れたのだとすれば、それはハッピーエンドなのだろう。
「目の前に居なくても、思い出があればそばにいるのと変わらない……だったよな、縁(ゆかり)」
リンはかつての親友の言葉を思い出し、同時にその親友との記憶も思い出した。
「それはそれでいいかもな。ハッピーエンドかどうかを決めるのは他人じゃない」
リンは笑みを浮かべてその場を後にした。
まどかたちやリンにとってはこの出来事は旅の途中で起きたこと。
しかし蒼井彰にとっては始まりで、蒼井明奈にとっては終わりの出来事だったのだ。
彼らにどのような結末をもたらしたにせよ、この物語は終わる。
終わりがあれば始まりもある。
次の物語にも出会いがあり、終わりがあるのかもしれない。
せめて次の物語が始まるまで、彼女らにしばしの休息と幸せを———。