二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第一話 ( No.295 )
日時: 2012/07/20 13:45
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

佐倉杏子(さくらきょうこ)は異様な空間に居た。

一言で例えるなら、古風な屋敷が上下反転したような空間。

天井に畳みがあって、地のつく部分は木製の板がはられている。

それが延々と続いているのだ。

杏子たち魔法少女はこれを魔女結界と呼んでいた。

「ちっ……」

杏子は目の前に倒れる見知らぬ魔法少女を前にして舌打ちをした。

「遅かったか」

その言葉通り、その少女は既に屍だった。

心臓を鋭利な刃物で一突きされた跡が残っている。

杏子はここ最近見滝原を騒がしている魔女を追っていた。

中々しっぽの見せない曲者で、やっとの思いでここまでやってきたのだ。

(近くにいるはずなんだけどな……。しかし……)

死体に目をやった。

あまりにも死体が綺麗過ぎるのだ。

それが物語っているのは抵抗する間もなくやられたということ。

(こいつは結構大物かもなぁ)

杏子が魔女の反応を調べようとソウルジェムに念じようとしたその時だった。

すぐ近くで大きな爆発があったのだ。

「な、なんだ!?」

杏子はすぐさまその方向に向かおうとした。

だがそうするよりも前に魔女結界が閉じようとしていた。

「や、やばっ!」

杏子が全速力で爆発のあったところまで行くと、思わぬ人物がそこには倒れていた。

「あ、あんたっ!」

そこに倒れていたのは漆黒の鎧に身を包んだ騎士だった。

蒼井彰(あおいあきら)。

それがこの騎士の名だった。

初めは敵であったものの、今では協力関係にあり、救われたこともある。

彰は気絶しているようで、意識が無かった。

(こんなにボロボロに……。何があったんだ?)

気になることはあったが、このままでは結界内に取り残されてしまう。

杏子は彰を抱えて結界から脱出した。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第二話① ( No.296 )
日時: 2012/07/20 13:46
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「助かったよ。ありがとう」

彰は千歳(ちとせ)ゆまの治療を受けながら、杏子に礼を言った。

杏子は結界から脱出後、彰を連れて自分が住んでいる教会に連れてきた。

彰はすぐに目を覚まし、今に至っている。

「しっかしアンタがそんなになるなんて、どんな相手なのよ?」

制服姿の美樹(みき)さやかが杏子の横からそう聞いた。

「実のところ……よくわからないんだよ」

彰がそう言うと杏子とさやかは顔を合わせた。

「よくわからないってどういうことだよ?」

杏子はポケットから取り出した飴玉を自分の口に放り込むと、もう一個を彰に投げ渡した。

彰は礼を言ってそれを受け取った。

「言葉の通りさ。戦っていた相手の姿ですらわからなかったし、どうやられたのかすらわからない」

彰は飴の袋をいじりながら渋い顔をした。

「ほむらの時間停止みたいなもの?」

「さやかちゃんの言うとおり、それに近いかもしれないね」

「やだなー、それ……」

さやかは力なく笑った。

さやかも杏子も暁美(あけみ)ほむらの能力に翻弄されたことがあった。

予想も出来ないような能力だと、中々手が出しづらくなるものだ。

「ねぇねぇ、彰の魔法ならどうにか出来るんじゃないの?」

ゆまがそう言うと彰は首を振った。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第二話② ( No.297 )
日時: 2012/07/20 13:47
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「範囲展開していたけど駄目だった。何か発生に条件があって、その大元を特定できないと無力化できないんだと思う」

ほむらのように時間停止をする、というだけの能力であれば範囲展開型の『無かったことにする』魔法で対応できる。

だが例えば『雨が降ったときにしか使えない』などの発動条件が加わると対応が難しくなってくる。

発動条件の大元である雨を止めなくてはならなくなるわけだが、発動条件まで一度の戦闘で見抜いて対応するのは中々難しい。

つまり今回の敵が人の目から見えなくする能力だったとしても、発動条件あった場合はその条件を満たさなくしてやらなければ無力化できないのだ。

「やっかいなのが現れちゃったねぇ。結構やばそうじゃん?」

「杏子にしては弱気じゃない?」

「アタシはさやかみたいに能天気じゃないっつーの。状況からすればかなりの曲者だよ」

「一言多いわ」とブツブツ言いながらも、さやかはそれ以上言い返さなかった。

「そうだね。情報はあるに越したことはないと思うよ。だから俺はちょっと心当たりを当たってみようかなーと思ってる」

「わかった。アタシたちは魔女の行方を追うよ。位置を把握しておかないとどうしようもないしな」

「無理はしないようにね」

「そりゃーお互い様だろ?あんま一人で無茶して誰かさんを悲しませんなよ」

杏子の助言に彰は苦笑した。

「手厳しいなぁ。でもそれくらい言ってくれる人が居ると心強いよ」

杏子はその言葉に対し、笑顔で返した。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第三話① ( No.298 )
日時: 2012/07/23 13:24
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

杏子がこの魔女を知ったきっかけは噂だった。

魔法少女の力を生かしてちょっとした何でも屋をしていた。

その客の一人が別れ際にこんなことを言った。

「そういえば知ってる?幽霊の噂」

「幽霊?」

「小さい女の子の幽霊で、鈴の音と共にやってくるんだって。その音を聞いちゃうと、どこか知らない場所に連れて行かれて、二度と戻ってこれないらしいよ」

「ふーん」

幽霊なんてこれっぽちも信じていなかった。

世間で幽霊だとか妖怪だとか言われているものの正体が魔女であることを、魔法少女なら誰でも知っているからだ。

だが逆に言えば、幽霊と噂されている以上魔女が猛威を振るっている可能性があるということだ。

杏子はこの話をさやかにした。

「本当かどうかわからないけど、放っては置けないでしょ?」

さやかの返事はこうだった。

こうして魔女を追うことになった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第三話② ( No.299 )
日時: 2012/07/23 13:25
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

杏子たちは再び彰が魔女と出会った場所に来ていた。

彰は心当たりを当たっているため、この場にはいない。

「さすがに同じ場所には居ない……か」

杏子はソウルジェムから気配を感じ取りつつそう言った。

何をされたのかわからなかった———彰はそう言ったが、今思えば杏子も気付かないうちに魔女結界に取り込まれていた。

前触れも無く、瞬きをして目を開いた時には結界の中に居た。

(前触れもなく……?本当か?)

杏子はその時何か異変が無かったか、記憶を探った。

「キョーコ、どーしたの?」

「なんか思い出せないかと思ってさー。うーん」

「見えないし、触れないしじゃ本当に幽霊みたいだね。本当に幽霊だったらどうしよう……」

ゆまは身震いし、手に持った妙な形の棍棒を強く握った。

「幽霊なんかいるわけないって。幽霊が鈴なんて鳴らすわけ無いんだからさ」

自分で口にして気がついた。

(鈴の音……。確か、あの時の聞こえてた)

前回は気にも止めなかったが、噂では鈴の音と共に現れるとある。

チリン———チリン———。

思い出したそばから鈴の音が聞こえてきた。

遠くで鳴っているような、近くで鳴っているような、距離感のつかめない音だ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第三話③ ( No.300 )
日時: 2012/07/23 13:25
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「さやか!ゆま!気をつけろよっ。来るぞ!!」

「ちょっと杏子!来るって……え!?」

反論しようと杏子のほうに振り向いた時には、さやかの目の前は古風な屋敷が上下反転したような異様な世界になっていた。

「うそ?いつの間に……?」

結界に取り込まれた瞬間がまったくわからなかった。

まさに『一瞬』で敵の手中へと落ちてしまったのだ。

チリン———チリン———。

”クスクス……クスクス”

鈴の音と笑い声が交互に聞こえた。

「キョーコ〜。なんか怖いよ」

「相手は魔女だ。いつも通りにすれば大丈夫……」

そう言いつつも、杏子も背筋が凍るような感覚を受けていた。

杏子はゆまを自分に寄せた。

さやかはいつでも来いと言わんばかりに剣を構えて周りに気を配っていた。

(どこに居るんだ……?音も声もするのにまるで位置が———)

杏子が瞬きをして1秒も無い暗闇から戻ってきたその時だった。

「さ、さやか!!目の前!!」

「え!?」

さやかの目の前に、おかっぱ頭の和服の少女がつばの無い脇差を握って立っていた。

さやかは咄嗟に横にとんだ。

少女の持った脇差はさやかの心臓があったであろう場所を真っ直ぐ刺し、そして空を切った。

”クスクス……クスクス”

突然の出来事に三人は言葉を失った。

頭の中に響くような不気味な笑い声だけが、空間に響き渡っていた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第四話① ( No.301 )
日時: 2012/07/23 13:27
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「お、お前……!」

杏子は突然現れた和服の魔女に見覚えがあった。

以前、鈴を無くしてしゃがみこんでいたところに杏子が声をかけたのだ。

その時も煙のように消えてどこかに行ってしまった。

確かその時に杏子の前に現れた天音(あまね)リンはこの魔女のことを『鈴音(りんね)』と呼んでいた。

「杏子、知ってるの?あいつのこと」

さやかは体勢を立て直し、杏子とゆまの元へ移動してきた。

「ああ……前に会ったんだ。その時は魔女だとは思わなかったんだけど……」

今思えば、魔女だったから普通の人には見えず、誰一人として声をかけようとしなかったのかもしれない。

しかし本来感情の無いはずの魔女がなぜ街中で一人鈴など探していたのだろうか。

「!!」

鈴音の姿がユラユラっと蜃気楼のようにぶれ始めた。

そしてまたしても姿が見えなくなった。

「また!?どこから来るのよ!」

さやかは剣を構えつつ叫んだ。

杏子も槍を構え、ゆまを守るようにしてゆまの前に立った。

「キョーコ……」

「安心しなよ。ゆまはアタシらが守ってやる」

杏子が八重歯を見せて笑った。

「そうそう。杏子とこの魔法少女さやかちゃんに任せなさいって!」

ゆまは回復能力に特化した魔法少女だ。

治癒力だけで言えば、同じ癒しの魔法少女であるさやかよりも高い。

魔法少女とは言え、身体が傷ついてしまえば戦闘力は落ちる。

回復能力を持ったゆまがいるだけで安心して戦えるし、状況をひっくり返す切り札にもなる。

そのため最も優先して守る対象がゆまとなるのだ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第四話② ( No.302 )
日時: 2012/07/23 13:27
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

ヒュッヒュ!

風を切る音がそばから聞こえた。

そしてそれが呪術師などが使うお札であることが、飛んでくるのを見てすぐに理解した。

「こんなもの!」

さやかは剣でそれらを切り裂こうと、剣を振るった。

しかし札は切れることなくピタリと剣の刃にくっついてしまった。

「え?な、なに?」

「お、おい!何が起こるかわからないんだから、早く手放せっ」

杏子の言葉にハッとしたさやかは慌てて剣を投げ飛ばした。

そして飛んでいった先、地に落ちるよりも前に剣———正確にはお札が爆発した。

「うわっ!?」

さやかは杏子とゆまを巻き込んで爆風に吹き飛ばされた。

「いっつー。彰のやつがやられたのはあれか……」

彰は頑丈なフルアーマーがあったために直撃でも気絶で済んだ。

だがさやかたちではソウルジェムごと木っ端微塵だっただろう。

”クスクス……クスクス”

杏子たちの視線の先で鈴音が笑っていた。

こんな異様な空間でなければ、普通に少女が笑っているようにしか見えない。

(見た目は同じなんだ……。でもあの時と何か違う気がする)

何が違うのかと言われれば答えることは出来ない。

だが今まで戦ってきた魔女とはどこか異なる気がしてならないのだ。

ユラッと鈴音が消えた。

再び攻撃をしてくるつもりなのだ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第四話③ ( No.303 )
日時: 2012/07/23 13:28
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「姿は見えない……。でも気配や音はわかるよな?」

「うん。そうだね……。次はそこを狙う!」

さやかは杏子から離れた。

一緒に居ればさっきの爆発攻撃で共倒れするかもしれないからだ。

さやかと杏子はお互い集中して気配を探った。

しかし杏子は集中しつつも頭の隅で感じている違和感の答えを考えてしまっていた。

その一瞬の隙が一手遅らせることになる。

チリン———チリン———。

鈴の音がした。

「そこだー!!」

さやかが音のほうに一気に詰め寄り、剣を振るった。

だが音から判別した距離感は完璧であったはずなのに、剣は空を切った。

そしてさやかは気付く。

(気配を感じない……。さっきまで確かに感じ取れてたのに……)

さやかの攻撃が失敗したことを杏子はもちろん見ていた。

もし普段の杏子なら、この事態に以上を感じ取ってゆまと共に今居る場所を離れたはずだ。

しかしその考えに至るのに一瞬の遅れがあった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第四話④ ( No.304 )
日時: 2012/07/23 13:28
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「あぅっ!!」

背後でゆまの苦痛に歪む声が聞こえた。

振り向くと胸から血を噴出しながら倒れるゆまの姿が映った。

「ゆ……ま?」

近づいてくる音も、肉を突き刺す刃の音も、それを引き抜く音も、何も聞こえなかった。

それは敵の能力なのか、それとも目の前で倒れるゆまの姿が信じられなくて自分自身が勝手に音を消してしまったのか。

杏子にはわからなかった。

杏子はとっさに地面に身体を打ちつける前に、ゆまを抱きかかえた。

「ゆまっ!!」

普通の人間なら即死している。

魔法少女だからこそまだ生きていられるが、このままでは———。

(死を認識したら、ソウルジェムが黒くなっちまう……。くそっ!)

さやかが杏子とゆまの元に駆け寄る。

「ゆまちゃん!」

「早く傷口をふさがねーと……」

「わかってるけど……。私の魔法じゃ、ゆまちゃんほどすぐに回復できないよ……」

いつまた敵が襲ってくるかもわからない。

こんな状況ではのんびり回復などしていられない。

「チクショウ……。アタシがしっかりしてれば!」

一瞬の隙があったことに、杏子は気付いていた。

この状況でその隙を作ってしまった自分に杏子は苛立ちを隠せなかった。

そして同時に今おかれている状況の悪さに焦りも隠せずにいたのだった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第五話① ( No.305 )
日時: 2012/07/25 09:26
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

見えない攻撃に、杏子たちも半ば諦めかけていた。

熱風が杏子の頬を漂い始めた。

それが爆風であるとすぐに気付いた。

もう駄目か———そう思った時だった。

「間一髪ね」

いつの間にか目の前に暁美(あけみ)ほむらが立っていた。

しかも先ほど居た位置と異なる場所に移動している。

「ほむら……?」

「そんな幽霊を見るような顔しないで。せっかく助けにきたのに」

ポカンとしている杏子にほむらは苦笑いを浮かべていった。

「見えない爆発はなんとか時間停止で交わしたけど……。やっぱり分が悪いわね。さやか、その子の傷をよろしくね」

「う、うん。任せて!」

「回復が終わったら早々にここから立ち去りましょう」

ほむらは盾の砂時計に視線を落とし、魔力の残量があることを確認した。

「ほむら、あいつ相手に一人じゃ……」

「一人じゃないわよ、杏子」

先ほど杏子たちがいた場所に、漆黒の鎧に身を包んだ騎士———彰が立っていた。

「私たちが注意をひきつけるから、回復をお願い。杏子は……二人をよろしくね」

「あ、あぁ、わかった」

ほむらは杏子の返事を確認すると、彰のほうへと飛んでいった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第五話② ( No.306 )
日時: 2012/07/25 09:27
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「三人は大丈夫そう?」

彰は隣にやってきたほむらにそう聞いた。

「今は……。でも危ないわ」

「そうか……。ならこれ以上悪いほうに持っていかないようにしないと」

彰はほむらに背にして立った。

「彰は二度目の鈴を聞いた?」

「いや、まだ一度だけだよ」

「私もよ。なら今がチャンスね」

彰は頷くと大剣を片手で構え、気配を探った。

ほむらは彰の空いた手を握り、いつでも時間を止められるように身構えた。

ヒュッヒュ!

風を切る音———お札を投げる音が聞こえた。

「来る!」

彰がそう言うとほむらは時間停止した。

ほむらと、ほむらに触れられた彰だけが時間が止まった世界を認識できていた。

「!!」

彰は向かってきていたお札の数に絶句した。

まず彰とほむらを囲むように数十枚のお札。

さらに直線状に並んで杏子たちのほうに向かって飛んでいくお札が数枚。

彰は自分達を囲むお札を全て『無かったこと』にした。

そして二人は杏子たちに向かっているお札のほうに行くと、同様に『無かったこと』にした。

この時点で時間が再び動き出す。

チリン———チリン———。

まさにそのタイミングを狙っていたかのように鈴の音が聞こえた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第五話③ ( No.307 )
日時: 2012/07/25 09:28
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「ま、まずい!」

彰は慌てて辺りに気を配る。

だがさっきまで感じ取れていた鈴音の気配が感じ取れなくなっていた。

彰とほむらはとりあえず杏子たちから離れた。

鈴音の気配が感じ取れなくなった以上、推測で動くしかない。

鈴音は魔女でありながら、かなり頭がいい。

この場において誰が自分にとって最も邪魔なのか———鈴音はそれをよく理解している。

その結果ゆまが最初に狙われた。

そして次に狙われるとしたら———。

彰は飛び掛るように勢いでほむらに向かって駆けた。

そしてほむらを抱きかかえると前に倒れこんだ。

「ぐっ!」

倒れこむ瞬間、背中のあたりが裂かれるような感覚があった。

視認できないが背後に鈴音が居るのだ。

「だ、大丈夫!?」

「かすっただけだよ。しかし爆発といい、あの刃物といい、とんでもない威力だな」

ショットガンの弾ですら一部を破壊する程度しか出来ない強度を持つ彰の鎧だが、鈴音の攻撃はそんな鎧を軽々と切り裂き、彰の背中をざっくりと切り裂いていた。

「かすり傷ってすごい血が……」

ほむらは自分を庇ったせいで怪我をしたことに気まずさを感じているようで、表情が曇っていた。

「これくらいの傷は魔法少女にとったらかすり傷さ。それより、逃げる準備をしたほうがいいんじゃないかな?」

彰は杏子たちのほうを指差した。

どうやら治療が終わったようで、さやかが手をふっていた。

「そうね……。今はそれが懸命よね」

ほむらは彰の手を取った。

「俺たちが今持っている情報があれば、次は勝てる可能性がある。だから今は無事に帰ることだけを考えよう」

ほむらは頷くと再び時間を止めた。

そして彰とほむらは杏子たち三人を連れ、結界から脱出したのだった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第六話① ( No.308 )
日時: 2012/07/25 09:29
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

結界から脱出後、彰たちは再び杏子の住む教会に来ていた。

「くそっ……。アタシがしっかりしてればっ」

杏子は黒く濁り始めたゆまのソウルジェムを片手に、何度目ともわからない毒突きをした。

「杏子、あんただけのせいじゃないよ」

さやかは弱弱しい声色で杏子にそう言った。

「とりあえず皆無事で良かった。無事でさえいれば鈴音を倒すチャンスはいくらでも来るんだから」

彰がそう言うと、杏子は襲い掛るかのような勢いで彰に詰め寄った。

「倒せるかのか!?」

「杏子、ちょっと落ち着きなさい」

「落ち着いていられるかよ!危うくゆまが死にかけたんだ……。一泡吹かせないとアタシの気が済まない……!」

「あなたの気持ちもわからなくもないわ。でも先急いでは駄目よ。相手は弩級の強力な魔女なのよ」

「弩級?ワルプルギスの夜並ってことか?」

杏子は勢いを落とし、慎重な口ぶりでそう聞いた。

「総合的な力ではワルプルギスの夜のほうが格上だけど、特殊能力だけで見ればワルプルギスの夜にも引けを取らない。そういう意味で弩級なのよ」

「特殊能力って、あの気配がわからなくなるやつ?」

さやかは気配が感じ取れなくなり、危うくやられそうになったことを思い出してゾッとした。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第六話② ( No.309 )
日時: 2012/07/25 09:31
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「鈴音の特殊能力は簡単に言えば幻術なの。発動条件は鈴の音を二回聞かせること。一度目の鈴の音で相手を自分の幻術結界に引きずり込み、二度目の鈴の音で結界内にいるものすべてに自分を認識できなくする」

「認識できなくなる?」

「そうよ、杏子。実際に相手の姿も気配も感じなくなったでしょ?あれは別に鈴音が消えたんじゃない。私たちが鈴音という存在をシャットダウンさせられているのよ」

生き物は五感を頼りに生きている。

たとえ目が見えなくとも、耳があれば情報を手に入れることは出来る。

達人の域に達すると、耳から入れた音だけで相手の位置を把握できるという。

また触覚があるため、目が見えなくとも触ったものが何なのか把握できるのだ。

だが目、耳、触覚が無くなれば、生き物は完全に闇に落ちるだろう。

自分がどこにいるのか、立っているのか座っているのか、何一つわからなくなるのだ。

鈴音は相手に鈴音という存在に対してだけそれらの感覚を消しているのだ。

そのため鈴音の姿も音も気配も感じ取れない。

「どうやって倒すんだよ……。でも何でそんなこと知っているんだ、ほむら?」

杏子がそう聞くと、さやかもほむらを見た。

ほむらはその問いに対し、答えるのに抵抗があるようで押し黙ってしまった。

「ほむらちゃんは繰り返してきた時間の中で何度か鈴音に遭遇しているんだよ」

彰がほむらの代わりに答えた。

「アンタの心当たりってのはそのことだったのか」

「うん。もしかしたらと思ってね」

彰はほむらに視線を送った。

ほむらはその視線から目を逸らし、諦めたかのようにため息をついた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第六話③ ( No.310 )
日時: 2012/07/25 09:32
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「鈴音の能力に気付くまでに苦労したわ。鈴音に遭遇する時間軸ではワルプルギスの夜が訪れるよりも前に全滅してしまうから……」
ほむらは鈴音の手によって殺されてしまった皆の姿を思い出して顔をしかめた。

「悪い……。思い出したくないことだってあるもんな」

杏子は頭をかきながらバツの悪そうな表情をした。

「今回はそうはさせない。未来は誰にもわからないんだから、必ず同じってことも無いんだ」

「そうだよね。私たちはワルプルギスの夜だって倒せたんだから!」

さやかが立ち上がってニヤリと笑った。

「そうね……。未来を変えられたんだもの。きっと今回も大丈夫よね」

ほむらは胸の前に作ったこぶしをぎゅっと強く握り締めた。

「こんなところで悔しがるなんてアタシらには似合わないもんな。よし!やってやろうじゃん!」

杏子が声を張り上げてそう言うと、三人はしっかりと頷いてそれに答えた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話① ( No.311 )
日時: 2012/07/26 13:41
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

チリン———チリン———。

どこからともなく、まるで杏子を呼んでいるかのように鈴の音が木霊した。

「来たな……」

杏子はその誘いを受け入れるかのように目を閉じ、そして開けた。

目を開けると、今や見慣れた魔女結界が広がっていた。

”クスクス……クスクス”

少し離れたところに少女の姿をした魔女が立っていた。

「よぉ、また会ったな」

鈴音はそれに答えることはしなかった。

だがその代わりと言わんばかりに、顔をあげて初めて長い前髪に隠れた瞳を覗かせた。

「……」

今度は杏子が押し黙った。

すると鈴音は再び顔をさげ、ユラユラと揺らめきながら消えた。

(なんだよ……。その訴えかけるような目はさ———)

苦しみから解放して欲しい。

楽になりたい。

そう言っているように聞こえた。

杏子は槍を構えた。

「いいぜ。受け止めてやるよ、お前の痛みをさ!」

チリン———チリン———。

杏子のその言葉に応えたかのように、鈴音は二度目の鈴を鳴らした。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話② ( No.312 )
日時: 2012/07/26 13:42
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

(最初から本気で来てくれるってことか?望むところさっ!)

結界の中は音一つ無い静寂に包まれた。

当然、鈴音の動きなどまるでわかるはずもない。

杏子はただその時が来るのを待ちながら、その時に来るであろう衝撃への覚悟を強くした。

チャンスは一度。

もしも鈴音が杏子の思っていることと違うことをしたのなら、杏子は死ぬだろう。

それを杏子は充分理解していた。

それでもこの役目を引き受けたのは、ゆまの仇というのもあったが、この魔女がどうも心に引っかかって仕方なかったからだ。

初めて道端で出会ったときの鈴音の目は、先ほど杏子に見せた苦痛に歪む者の目だった。

楽になりたいと思いながらも、苦しいと思いながらも、なぜこの魔女は『鈴』というものにこだわっていたのか。

彰にこの話をしたとき、それは『痛み』を抱えているからだと答えた。

ならばその『痛み』が何なのかが知りたいと思った。

「っ!!」

声を上げたくなるような痛みが背中から頭へと突き抜けた。

だが杏子は声を押し殺し、血が吹き出る胸元に視線を落とした。

目には見えない。

だが確かに刃物が背中から刺し込まれた感覚があった。

「痛みは正直だな……。へへ……捕まえたぜ、鈴音っ!」

杏子は胸元から突き出た見えない刃を手が切れるのもお構いなしに掴んだ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話③ ( No.313 )
日時: 2012/07/26 13:43
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

鈴音がシャットダウンするのはあくまで自分を中心とした特定のものだ。

鈴音の姿はもちろん、鈴音の持つ脇差や札も鈴音が触れている以上は見ることは出来ない。

一回目の鈴の音を聞かなければ結界内に入ることすら叶わない。

ならば二度目の鈴の音を聞かなければ良いのではないか?

確かに完全認識不可の能力は回避できるが、鈴音は元々姿を消して襲ってくる。

さらに鈴音は自分の不利を知れば近づかずに爆弾攻撃を仕掛けてくる。

聴覚なしで対応するのは不可能に近い。

ならばどのようにして鈴音を捉えるのか。

それば痛みだ。

鈴音はあくまで自分に対しての認識を消すだけだ。

杏子たち自身が感じる痛みまでは消せない。

しかも相手が一人で現れて彰のように強固な鎧を装備しているわけでもなく、さらに二度目の鈴の音を聞かせることに成功したとなれば、恐らくは爆発攻撃をしてこない。

その可能性を考慮した結果の作戦が自ら鈴音の刃を受け、鈴音を捉えるということだった。

杏子が鈴音を捉えた後、彰の能力によって気配を『無かったこと』にして潜んでいた三人が杏子を助けるという算段だ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話④ ( No.314 )
日時: 2012/07/26 13:44
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「早く杏子をあいつから引き離さないと!」

停止した時間の中で、さやかは握ったほむらの手を無理やり引っ張った。

「そんな焦らないでっ。手が離れたらあなたまで停止するわよ」

そう言いながらほむらは速度をあげてさやかに合わせた。

同時にほむらのもう片方の手を握っていた彰もそれに合わせた。

杏子の元に辿りついた三人はまず鈴音の刃から杏子を引き離した。

そしてさやかが杏子の治療を行い、彰は鈴音がいるであろうところに手を伸ばした。

「ここにいるはずなのに、まるでわからないな。触れているという感覚すら認識できないのか……。でも———」

彰は目を閉じ、そして一度深呼吸した。

そして次に目を開いた時には、彰の瞳の色が鮮やかな金色へと変化していた。

「心だけは隠せない。心は生きるものすべてが平等に持っているのだから」

彰の背から虹色に輝く光の粒子が溢れ出した。

「!!」

さやかとほむらが絶句する。

話で聞いていた以上にそれは美しくも不気味だったからだ。

「『痛みの翼』発動!」

いびつな翼を形成していた粒子が彰の掛け声と共にうごめきだし、鈴音が居ると思われるところを取り囲み、光り輝く繭を作り出した。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話⑤ ( No.315 )
日時: 2012/07/26 13:44
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「もう大丈夫。ほむらちゃん、能力の解除を」

ほむらは頷くと、時間停止を解除した。

「ぐぅ!!かはっ!」

杏子が突然訪れた痛みに声にならない悲鳴をあげた。

だがすぐに目の前で起きている現象に気付き、力なく笑った。

「うまくいったんだな……」

「うん……。あとはこの子を痛みから解放してやるだけだよ」

そういうと彰は繭に手を触れた。

「なぁ……。その痛みってのをアタシにも見せてくれない?」

「心と心が接触しあうんだ。それはつまりありとあらゆる痛みを直に心に受けることになる。下手すれば———」

「難しいことはいいって。アタシはそいつに言ったんだ。痛みを受け止めてやるって」

彰は少し悩んだが、これだけの覚悟をして戦いに望んだ杏子なら大丈夫だろうと思った。

彰は頷くと、糸状にした『痛みの翼』の一部を杏子につけた。

彰が目を瞑った。

杏子もそれに習い目を瞑る。

鈴音という魔女の始まりにして終わりの痛みが、二人の心に流れ込んできた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話① ( No.316 )
日時: 2012/07/26 13:45
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

九条(くじょう)すずね。

それが鈴音(りんね)が魔女になる前、魔法少女だったときの名だ。

すずねはいわゆる上流階級の生まれで、はたから見れば何不自由の無い暮らしをするお嬢様だ。

だが実際はそんなに気軽なものではなく、あるのは強要された暮らしだった。

それもエリート思考の両親の偏った価値観のせいでもあったが、その価値観の押し付けがすずねに対して強かったのは姉の存在が一番にあった。

すずねの姉はとにかく何を考えているかわからない人間だった。

両親が何を言っても聞いているのか聞いていないのかわからない。

いつもいつも笑顔でニコニコしているだけで何も言わない。

そんな姉を気味悪がった両親は、姉という存在を自分達の中から消した。

そして姉に行くはずだった期待はすべてすずねに向けられた。

12歳の時、すずねは魔法少女になった。

魔法少女になった理由は両親からの解放や、今の苦境からの脱出ではなかった。

そもそもすずねは両親というものに関心が無かった。

両親にとって、すずねは価値観を証明する物でしかなく、例えるならトロフィーだとかメダルのような勝者であることを示す物なのだ。

人としてみてくれない親に関心など持てるはずもなく、必然的に両親の前では機械人形として振舞った。

そんなすずねが唯一心を許したのは、両親が見捨てた姉だった。

姉だけはすずねを対等に扱ってくれた。

両親の価値観に縛られ続けていたすずねに、外の世界のことを話してくれた。

いつも笑顔で優しく、すずねにとって理想そのものの姉だった。

その姉が魔法少女になった。

姉から魔法少女のことを聞いたすずねは、姉の力になりたいと思った。

だから『姉の力になりたい』という願いですずねは魔法少女になった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話② ( No.317 )
日時: 2012/07/26 13:46
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「ねぇ、すずね。この世の中には必要の無いモノが多すぎると思わない?」

姉が口癖のようにこんなことを言っていた。

すずねには姉の言う『必要の無いモノ』が何なのかわからなかった。

だがすずねは姉に必要とされている———そう思えるだけで幸せだったため、それについて言及しようと思わなかった。

ある日の晩。

両親が死んだ。

殺したのはすずねだった。

恨みがあったわけではない。

ただ姉が『必要の無いモノ』と判断したからだった。

「はぁ!はぁ!」

震える手に持った血まみれの脇差を持ったまま、すずねは動かなくなった両親を見つめた。

魔法少女という力を持ってすれば、何の力も持たない人間を殺すのはなんてことはなかった。

ただ魔法少女の力を初めて使った相手が人間だったことが、すずね自身にとって予想以上のショックを与えた。

魔法少女は魔女を倒すために存在している。

だが両親は魔女ではない。

しかし姉が言うことは正しいはずだ。

その葛藤がすずねの頭の中でグルグル回り続けた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話③ ( No.318 )
日時: 2012/07/26 13:46
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「よく頑張ったわねぇ。やっぱりすずねは私の妹だわ〜」

姉が隣に立って、やはり笑顔でそう言った。

「お、お姉ちゃん……私……」

「何も間違ってないわよ。魔女は必要ないから殺す。なら必要の無いこいつらも魔女と変わらないじゃない」

姉がそういうならそうなのだ。

そう思うと一気に心が軽くなった。

「そうそう。はい、ごうほうびよ」

姉はすずねに一個の鈴を手渡した。

この惨状にまるで不釣合いな綺麗な音を鳴らしていた。

「頑張った子にはちゃんとごほうびをあげないとねぇ」

そう言って姉はすずねの頭を撫でた。

姉は頑張ったと言ってくれる。

姉は頼りにしていると言って、色々お願いしてくれる。

姉には自分が必要なんだ。

その気持ちがどんどんと高ぶり、何をしても心は痛まなかった。

たくさんの魔女を殺した。

たくさんの人を殺した。

たくさんの魔法少女を殺した。

とっくの昔にすずねの心は死んでいた。

でも姉が笑ってくれればそれでよかった。

だがそれは永遠ではなかった。

「な、なにこれ?」

真っ黒になった自身のソウルジェムを目にしてすずねは震えた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話④ ( No.319 )
日時: 2012/07/26 13:47
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「すずねちゃん、浄化もせずに魔力を使ったらそりゃ真っ黒になっちまうっすよー」

ゴンべぇというインキュベーターは淡々とそういった。

「でもまともに浄化もせずにこれだけやってこれたんスから、きっと良い魔女になるっすよ」

「ま、魔女になる?お、お姉ちゃん……」

すずねは助けを求めるように姉を見た。

姉は相変わらず笑っていた。

光の無い瞳を覗かせながら。

「お、お姉ちゃん!私っ、魔女になっちゃうよ!」

「そうねぇ……。ならもう用済みね」

「え?」

姉はレースの手袋をした手をすずねの顔面を覆うように開いて伸ばした。

その手はとてつもなく大きく見えて、瞬く間にすずねの視界を奪った。

気付けば何も無い、真っ暗な世界に落ちていた。

「ここどこ?お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」

”お前が……殺したんだ”
”何もしてないのに……”
”……お前が死ねよ”

ただひたすら憎悪に包まれた言葉の群れがどこからともなくすずねを襲った。

「や、やめて!!」

それらが今まですずねが殺めてきた者たちであることにすぐ気付いた。

”お前が!!”
”お前が!!”
”お前が!!”

「いやああ!!」

すずねは頭を抱えて憎悪の言葉を振り払うかのように暴れまわった。

と、その時。

チリン———チリン———。

鈴が暴れた拍子にどこかに飛んでいってしまった。

「あっ!鈴!!」

鈴はまるで闇に溶けてしまったかのように消えてしまった。

しかしどこにも無いはずなのに音だけは響いていた。

それはまるでスピーカーのノイズのような、楽器が奏でたあとの残響音のような儚い音だった。

あるはずなのに無い。

すずねは憎悪の海に沈みながら、姉の名を呼びながらひたすらその残響音に向かって手を伸ばし続けた。

すずねが闇に溶けたあと、何も無くなったあとでもその音は鳴り響き続けた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 最終話① ( No.320 )
日時: 2012/07/27 10:32
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「何なんだよ……。こいつは実の姉貴に利用されて見捨てられたってことか?」

流れ込んでくる鈴音の記憶を見ながら、杏子は歯軋りした。

「こんなにされてもこいつは姉貴のことを信じてるんだ。だから魔女になっても『鈴』を捜し求めてる!」

魔女になってからも唯一姉と繋ぐものである鈴を求めた。

その結果、鈴を象徴する魔女となり、魔女でありながら失った鈴を捜し続けた。

「この子の痛みはとてつもなく深い……。この子の痛みが癒されるのには時間がかかるかもしれない」

彰の『痛みの翼』は痛みを癒して理に導くことまでが一つのプロセスなのだ。

痛みを理解することで大抵の場合は無意識下にいた痛みが浮かび上がり、癒されることを望む。

癒された痛みはその痛みの持ち主の苦しみを同時に取り除き、魂は理へと導かれる。

だが痛みそのものを理解し、その痛みを受け入れまいとしてしまった場合は難しくなる。

なぜ苦しいのかがわからない無意識の痛みとは違い、苦しみの原因を意識してしまっていると、その原因を絶たなくてはならない。

鈴音の場合、意識的には姉に裏切られたことを理解している。

だが未だにその姉の影を求め、姉に認められたいと願っている。

その願いを叶えてやらない限りは理へ導くことは難しい。

一度痛みに触れてしまった場合、その者の痛みが癒されるまで魂を彰は背負わなくてはならない。

『無理だったからさようなら』というわけにはいかないのだ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 最終話② ( No.321 )
日時: 2012/07/27 10:33
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「どれくらいの時間がかかるかはわからないけど……必ず癒して———!!?」

突然、彰と杏子に頭の上で火花が散るような衝撃が走った。

「な、なんだ!?」

頭を抱えながら杏子が立ち上がった。

そして今まで見えていた鈴音の『痛み』の映像が見えなくなっていることに気が付いた。

「どうなって———」

杏子は目の前を見て絶句した。

今まで光の繭で包まれていたはずの鈴音が消えていたのだ。

「お、おい!何が起きてるんだ!?」

「い、痛みの翼とのリンクが途絶えた。つまり……」

彰が言いかけたところで、突然結界が揺れだした。

「結界が崩れる……」

ほむらがボソッと呟いた。

それはつまり魔女が消滅したことを示していた。

「何だっていうんだ?アイツ……苦しむだけ苦しんで、何一つ癒されずに逝ったってのかよっ」

「……」

悲痛な表情を浮かべる杏子に対し、彰はどこか納得のいっていないような表情をしていた。

「杏子、彰さん!早くでないと!」

少し前を走るさやかが大声を張り上げた。

杏子は舌打ちし、渋々さやかのあとを追った。

彰もそれに従って駆け出した。

だが少し行ったところで、何となく振り向いた。

「……人、か?」

崩れ去る結界の中、崩壊の風景とはまるで似ても似つかないフリフリのドレスに身を包んだ人影が見えた。

「彰、早くっ」

「あ、ああ」

ほむらに呼ばれた彰は再び前を向き、だがやはり気になってもう一度だけ振り向いた。

だがしかし、そこにはもう誰もいなかった。

あれだけ目立つ格好をしていたというのに、存在そのものが無かったかのように消えていた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 最終話③ ( No.322 )
日時: 2012/07/27 10:33
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「やっぱり『必要の無いモノ』って何しても駄目よねぇ」

ビルの屋上に立つフリフリのドレスに身を包んだ女性———九条更紗(くじょうさらさ)は半分にちぎった人形を放り捨てた。

風に流され、そして粉になって消えたその人形はどこか鈴音に似ていた。

「カワイソウとか思わないんすか?」

いつの間にかいたゴンべぇが更紗に言った。

「可愛そう?産まれて此の方一度も思ったことないわぁ」

更紗はケラケラ笑って答えた。

「だってすずねちゃんは、更紗ちゃんのことを慕ってたじゃないっすか」

「あの子はあの子、私は私。わかる?ゴンちゃん」

「そうは言っても、必要だったんじゃないんすか?」

「あはは。私、一度だってあの子のこと必要だぁなんて言ったことないわよぉ」

更紗は屋上から見える街並みを見た。

「私に必要なのは『絶望』という名の快感よぉ。あの子もそれを満たすための実験道具よ」

「だったら鈴なんてあげなきゃいいじゃないっすか」

「やぁねぇ。飴とムチよ。期待が高ければ絶望した時の味も濃厚になるわぁ。それにねぇ……」

更紗はニヤリと、笑顔を表現できる顔のパーツすべてを使って笑みを作った。

「あの鈴もゴミくず同然の実験体から奪ったゴミよ」

更紗は周りのことなど気にすることなく、大声で笑った。

風に流されていく笑いは、月明かり一つ無い闇の世界に妙にあっていた。