二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第五話① ( No.305 )
日時: 2012/07/25 09:26
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

見えない攻撃に、杏子たちも半ば諦めかけていた。

熱風が杏子の頬を漂い始めた。

それが爆風であるとすぐに気付いた。

もう駄目か———そう思った時だった。

「間一髪ね」

いつの間にか目の前に暁美(あけみ)ほむらが立っていた。

しかも先ほど居た位置と異なる場所に移動している。

「ほむら……?」

「そんな幽霊を見るような顔しないで。せっかく助けにきたのに」

ポカンとしている杏子にほむらは苦笑いを浮かべていった。

「見えない爆発はなんとか時間停止で交わしたけど……。やっぱり分が悪いわね。さやか、その子の傷をよろしくね」

「う、うん。任せて!」

「回復が終わったら早々にここから立ち去りましょう」

ほむらは盾の砂時計に視線を落とし、魔力の残量があることを確認した。

「ほむら、あいつ相手に一人じゃ……」

「一人じゃないわよ、杏子」

先ほど杏子たちがいた場所に、漆黒の鎧に身を包んだ騎士———彰が立っていた。

「私たちが注意をひきつけるから、回復をお願い。杏子は……二人をよろしくね」

「あ、あぁ、わかった」

ほむらは杏子の返事を確認すると、彰のほうへと飛んでいった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第五話② ( No.306 )
日時: 2012/07/25 09:27
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「三人は大丈夫そう?」

彰は隣にやってきたほむらにそう聞いた。

「今は……。でも危ないわ」

「そうか……。ならこれ以上悪いほうに持っていかないようにしないと」

彰はほむらに背にして立った。

「彰は二度目の鈴を聞いた?」

「いや、まだ一度だけだよ」

「私もよ。なら今がチャンスね」

彰は頷くと大剣を片手で構え、気配を探った。

ほむらは彰の空いた手を握り、いつでも時間を止められるように身構えた。

ヒュッヒュ!

風を切る音———お札を投げる音が聞こえた。

「来る!」

彰がそう言うとほむらは時間停止した。

ほむらと、ほむらに触れられた彰だけが時間が止まった世界を認識できていた。

「!!」

彰は向かってきていたお札の数に絶句した。

まず彰とほむらを囲むように数十枚のお札。

さらに直線状に並んで杏子たちのほうに向かって飛んでいくお札が数枚。

彰は自分達を囲むお札を全て『無かったこと』にした。

そして二人は杏子たちに向かっているお札のほうに行くと、同様に『無かったこと』にした。

この時点で時間が再び動き出す。

チリン———チリン———。

まさにそのタイミングを狙っていたかのように鈴の音が聞こえた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第五話③ ( No.307 )
日時: 2012/07/25 09:28
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「ま、まずい!」

彰は慌てて辺りに気を配る。

だがさっきまで感じ取れていた鈴音の気配が感じ取れなくなっていた。

彰とほむらはとりあえず杏子たちから離れた。

鈴音の気配が感じ取れなくなった以上、推測で動くしかない。

鈴音は魔女でありながら、かなり頭がいい。

この場において誰が自分にとって最も邪魔なのか———鈴音はそれをよく理解している。

その結果ゆまが最初に狙われた。

そして次に狙われるとしたら———。

彰は飛び掛るように勢いでほむらに向かって駆けた。

そしてほむらを抱きかかえると前に倒れこんだ。

「ぐっ!」

倒れこむ瞬間、背中のあたりが裂かれるような感覚があった。

視認できないが背後に鈴音が居るのだ。

「だ、大丈夫!?」

「かすっただけだよ。しかし爆発といい、あの刃物といい、とんでもない威力だな」

ショットガンの弾ですら一部を破壊する程度しか出来ない強度を持つ彰の鎧だが、鈴音の攻撃はそんな鎧を軽々と切り裂き、彰の背中をざっくりと切り裂いていた。

「かすり傷ってすごい血が……」

ほむらは自分を庇ったせいで怪我をしたことに気まずさを感じているようで、表情が曇っていた。

「これくらいの傷は魔法少女にとったらかすり傷さ。それより、逃げる準備をしたほうがいいんじゃないかな?」

彰は杏子たちのほうを指差した。

どうやら治療が終わったようで、さやかが手をふっていた。

「そうね……。今はそれが懸命よね」

ほむらは彰の手を取った。

「俺たちが今持っている情報があれば、次は勝てる可能性がある。だから今は無事に帰ることだけを考えよう」

ほむらは頷くと再び時間を止めた。

そして彰とほむらは杏子たち三人を連れ、結界から脱出したのだった。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第六話① ( No.308 )
日時: 2012/07/25 09:29
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

結界から脱出後、彰たちは再び杏子の住む教会に来ていた。

「くそっ……。アタシがしっかりしてればっ」

杏子は黒く濁り始めたゆまのソウルジェムを片手に、何度目ともわからない毒突きをした。

「杏子、あんただけのせいじゃないよ」

さやかは弱弱しい声色で杏子にそう言った。

「とりあえず皆無事で良かった。無事でさえいれば鈴音を倒すチャンスはいくらでも来るんだから」

彰がそう言うと、杏子は襲い掛るかのような勢いで彰に詰め寄った。

「倒せるかのか!?」

「杏子、ちょっと落ち着きなさい」

「落ち着いていられるかよ!危うくゆまが死にかけたんだ……。一泡吹かせないとアタシの気が済まない……!」

「あなたの気持ちもわからなくもないわ。でも先急いでは駄目よ。相手は弩級の強力な魔女なのよ」

「弩級?ワルプルギスの夜並ってことか?」

杏子は勢いを落とし、慎重な口ぶりでそう聞いた。

「総合的な力ではワルプルギスの夜のほうが格上だけど、特殊能力だけで見ればワルプルギスの夜にも引けを取らない。そういう意味で弩級なのよ」

「特殊能力って、あの気配がわからなくなるやつ?」

さやかは気配が感じ取れなくなり、危うくやられそうになったことを思い出してゾッとした。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第六話② ( No.309 )
日時: 2012/07/25 09:31
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「鈴音の特殊能力は簡単に言えば幻術なの。発動条件は鈴の音を二回聞かせること。一度目の鈴の音で相手を自分の幻術結界に引きずり込み、二度目の鈴の音で結界内にいるものすべてに自分を認識できなくする」

「認識できなくなる?」

「そうよ、杏子。実際に相手の姿も気配も感じなくなったでしょ?あれは別に鈴音が消えたんじゃない。私たちが鈴音という存在をシャットダウンさせられているのよ」

生き物は五感を頼りに生きている。

たとえ目が見えなくとも、耳があれば情報を手に入れることは出来る。

達人の域に達すると、耳から入れた音だけで相手の位置を把握できるという。

また触覚があるため、目が見えなくとも触ったものが何なのか把握できるのだ。

だが目、耳、触覚が無くなれば、生き物は完全に闇に落ちるだろう。

自分がどこにいるのか、立っているのか座っているのか、何一つわからなくなるのだ。

鈴音は相手に鈴音という存在に対してだけそれらの感覚を消しているのだ。

そのため鈴音の姿も音も気配も感じ取れない。

「どうやって倒すんだよ……。でも何でそんなこと知っているんだ、ほむら?」

杏子がそう聞くと、さやかもほむらを見た。

ほむらはその問いに対し、答えるのに抵抗があるようで押し黙ってしまった。

「ほむらちゃんは繰り返してきた時間の中で何度か鈴音に遭遇しているんだよ」

彰がほむらの代わりに答えた。

「アンタの心当たりってのはそのことだったのか」

「うん。もしかしたらと思ってね」

彰はほむらに視線を送った。

ほむらはその視線から目を逸らし、諦めたかのようにため息をついた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第六話③ ( No.310 )
日時: 2012/07/25 09:32
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「鈴音の能力に気付くまでに苦労したわ。鈴音に遭遇する時間軸ではワルプルギスの夜が訪れるよりも前に全滅してしまうから……」
ほむらは鈴音の手によって殺されてしまった皆の姿を思い出して顔をしかめた。

「悪い……。思い出したくないことだってあるもんな」

杏子は頭をかきながらバツの悪そうな表情をした。

「今回はそうはさせない。未来は誰にもわからないんだから、必ず同じってことも無いんだ」

「そうだよね。私たちはワルプルギスの夜だって倒せたんだから!」

さやかが立ち上がってニヤリと笑った。

「そうね……。未来を変えられたんだもの。きっと今回も大丈夫よね」

ほむらは胸の前に作ったこぶしをぎゅっと強く握り締めた。

「こんなところで悔しがるなんてアタシらには似合わないもんな。よし!やってやろうじゃん!」

杏子が声を張り上げてそう言うと、三人はしっかりと頷いてそれに答えた。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話① ( No.311 )
日時: 2012/07/26 13:41
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

チリン———チリン———。

どこからともなく、まるで杏子を呼んでいるかのように鈴の音が木霊した。

「来たな……」

杏子はその誘いを受け入れるかのように目を閉じ、そして開けた。

目を開けると、今や見慣れた魔女結界が広がっていた。

”クスクス……クスクス”

少し離れたところに少女の姿をした魔女が立っていた。

「よぉ、また会ったな」

鈴音はそれに答えることはしなかった。

だがその代わりと言わんばかりに、顔をあげて初めて長い前髪に隠れた瞳を覗かせた。

「……」

今度は杏子が押し黙った。

すると鈴音は再び顔をさげ、ユラユラと揺らめきながら消えた。

(なんだよ……。その訴えかけるような目はさ———)

苦しみから解放して欲しい。

楽になりたい。

そう言っているように聞こえた。

杏子は槍を構えた。

「いいぜ。受け止めてやるよ、お前の痛みをさ!」

チリン———チリン———。

杏子のその言葉に応えたかのように、鈴音は二度目の鈴を鳴らした。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話② ( No.312 )
日時: 2012/07/26 13:42
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

(最初から本気で来てくれるってことか?望むところさっ!)

結界の中は音一つ無い静寂に包まれた。

当然、鈴音の動きなどまるでわかるはずもない。

杏子はただその時が来るのを待ちながら、その時に来るであろう衝撃への覚悟を強くした。

チャンスは一度。

もしも鈴音が杏子の思っていることと違うことをしたのなら、杏子は死ぬだろう。

それを杏子は充分理解していた。

それでもこの役目を引き受けたのは、ゆまの仇というのもあったが、この魔女がどうも心に引っかかって仕方なかったからだ。

初めて道端で出会ったときの鈴音の目は、先ほど杏子に見せた苦痛に歪む者の目だった。

楽になりたいと思いながらも、苦しいと思いながらも、なぜこの魔女は『鈴』というものにこだわっていたのか。

彰にこの話をしたとき、それは『痛み』を抱えているからだと答えた。

ならばその『痛み』が何なのかが知りたいと思った。

「っ!!」

声を上げたくなるような痛みが背中から頭へと突き抜けた。

だが杏子は声を押し殺し、血が吹き出る胸元に視線を落とした。

目には見えない。

だが確かに刃物が背中から刺し込まれた感覚があった。

「痛みは正直だな……。へへ……捕まえたぜ、鈴音っ!」

杏子は胸元から突き出た見えない刃を手が切れるのもお構いなしに掴んだ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話③ ( No.313 )
日時: 2012/07/26 13:43
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

鈴音がシャットダウンするのはあくまで自分を中心とした特定のものだ。

鈴音の姿はもちろん、鈴音の持つ脇差や札も鈴音が触れている以上は見ることは出来ない。

一回目の鈴の音を聞かなければ結界内に入ることすら叶わない。

ならば二度目の鈴の音を聞かなければ良いのではないか?

確かに完全認識不可の能力は回避できるが、鈴音は元々姿を消して襲ってくる。

さらに鈴音は自分の不利を知れば近づかずに爆弾攻撃を仕掛けてくる。

聴覚なしで対応するのは不可能に近い。

ならばどのようにして鈴音を捉えるのか。

それば痛みだ。

鈴音はあくまで自分に対しての認識を消すだけだ。

杏子たち自身が感じる痛みまでは消せない。

しかも相手が一人で現れて彰のように強固な鎧を装備しているわけでもなく、さらに二度目の鈴の音を聞かせることに成功したとなれば、恐らくは爆発攻撃をしてこない。

その可能性を考慮した結果の作戦が自ら鈴音の刃を受け、鈴音を捉えるということだった。

杏子が鈴音を捉えた後、彰の能力によって気配を『無かったこと』にして潜んでいた三人が杏子を助けるという算段だ。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話④ ( No.314 )
日時: 2012/07/26 13:44
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「早く杏子をあいつから引き離さないと!」

停止した時間の中で、さやかは握ったほむらの手を無理やり引っ張った。

「そんな焦らないでっ。手が離れたらあなたまで停止するわよ」

そう言いながらほむらは速度をあげてさやかに合わせた。

同時にほむらのもう片方の手を握っていた彰もそれに合わせた。

杏子の元に辿りついた三人はまず鈴音の刃から杏子を引き離した。

そしてさやかが杏子の治療を行い、彰は鈴音がいるであろうところに手を伸ばした。

「ここにいるはずなのに、まるでわからないな。触れているという感覚すら認識できないのか……。でも———」

彰は目を閉じ、そして一度深呼吸した。

そして次に目を開いた時には、彰の瞳の色が鮮やかな金色へと変化していた。

「心だけは隠せない。心は生きるものすべてが平等に持っているのだから」

彰の背から虹色に輝く光の粒子が溢れ出した。

「!!」

さやかとほむらが絶句する。

話で聞いていた以上にそれは美しくも不気味だったからだ。

「『痛みの翼』発動!」

いびつな翼を形成していた粒子が彰の掛け声と共にうごめきだし、鈴音が居ると思われるところを取り囲み、光り輝く繭を作り出した。

Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第七話⑤ ( No.315 )
日時: 2012/07/26 13:44
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「もう大丈夫。ほむらちゃん、能力の解除を」

ほむらは頷くと、時間停止を解除した。

「ぐぅ!!かはっ!」

杏子が突然訪れた痛みに声にならない悲鳴をあげた。

だがすぐに目の前で起きている現象に気付き、力なく笑った。

「うまくいったんだな……」

「うん……。あとはこの子を痛みから解放してやるだけだよ」

そういうと彰は繭に手を触れた。

「なぁ……。その痛みってのをアタシにも見せてくれない?」

「心と心が接触しあうんだ。それはつまりありとあらゆる痛みを直に心に受けることになる。下手すれば———」

「難しいことはいいって。アタシはそいつに言ったんだ。痛みを受け止めてやるって」

彰は少し悩んだが、これだけの覚悟をして戦いに望んだ杏子なら大丈夫だろうと思った。

彰は頷くと、糸状にした『痛みの翼』の一部を杏子につけた。

彰が目を瞑った。

杏子もそれに習い目を瞑る。

鈴音という魔女の始まりにして終わりの痛みが、二人の心に流れ込んできた。