二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話① ( No.316 )
- 日時: 2012/07/26 13:45
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
九条(くじょう)すずね。
それが鈴音(りんね)が魔女になる前、魔法少女だったときの名だ。
すずねはいわゆる上流階級の生まれで、はたから見れば何不自由の無い暮らしをするお嬢様だ。
だが実際はそんなに気軽なものではなく、あるのは強要された暮らしだった。
それもエリート思考の両親の偏った価値観のせいでもあったが、その価値観の押し付けがすずねに対して強かったのは姉の存在が一番にあった。
すずねの姉はとにかく何を考えているかわからない人間だった。
両親が何を言っても聞いているのか聞いていないのかわからない。
いつもいつも笑顔でニコニコしているだけで何も言わない。
そんな姉を気味悪がった両親は、姉という存在を自分達の中から消した。
そして姉に行くはずだった期待はすべてすずねに向けられた。
12歳の時、すずねは魔法少女になった。
魔法少女になった理由は両親からの解放や、今の苦境からの脱出ではなかった。
そもそもすずねは両親というものに関心が無かった。
両親にとって、すずねは価値観を証明する物でしかなく、例えるならトロフィーだとかメダルのような勝者であることを示す物なのだ。
人としてみてくれない親に関心など持てるはずもなく、必然的に両親の前では機械人形として振舞った。
そんなすずねが唯一心を許したのは、両親が見捨てた姉だった。
姉だけはすずねを対等に扱ってくれた。
両親の価値観に縛られ続けていたすずねに、外の世界のことを話してくれた。
いつも笑顔で優しく、すずねにとって理想そのものの姉だった。
その姉が魔法少女になった。
姉から魔法少女のことを聞いたすずねは、姉の力になりたいと思った。
だから『姉の力になりたい』という願いですずねは魔法少女になった。
- Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話② ( No.317 )
- 日時: 2012/07/26 13:46
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ねぇ、すずね。この世の中には必要の無いモノが多すぎると思わない?」
姉が口癖のようにこんなことを言っていた。
すずねには姉の言う『必要の無いモノ』が何なのかわからなかった。
だがすずねは姉に必要とされている———そう思えるだけで幸せだったため、それについて言及しようと思わなかった。
ある日の晩。
両親が死んだ。
殺したのはすずねだった。
恨みがあったわけではない。
ただ姉が『必要の無いモノ』と判断したからだった。
「はぁ!はぁ!」
震える手に持った血まみれの脇差を持ったまま、すずねは動かなくなった両親を見つめた。
魔法少女という力を持ってすれば、何の力も持たない人間を殺すのはなんてことはなかった。
ただ魔法少女の力を初めて使った相手が人間だったことが、すずね自身にとって予想以上のショックを与えた。
魔法少女は魔女を倒すために存在している。
だが両親は魔女ではない。
しかし姉が言うことは正しいはずだ。
その葛藤がすずねの頭の中でグルグル回り続けた。
- Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話③ ( No.318 )
- 日時: 2012/07/26 13:46
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「よく頑張ったわねぇ。やっぱりすずねは私の妹だわ〜」
姉が隣に立って、やはり笑顔でそう言った。
「お、お姉ちゃん……私……」
「何も間違ってないわよ。魔女は必要ないから殺す。なら必要の無いこいつらも魔女と変わらないじゃない」
姉がそういうならそうなのだ。
そう思うと一気に心が軽くなった。
「そうそう。はい、ごうほうびよ」
姉はすずねに一個の鈴を手渡した。
この惨状にまるで不釣合いな綺麗な音を鳴らしていた。
「頑張った子にはちゃんとごほうびをあげないとねぇ」
そう言って姉はすずねの頭を撫でた。
姉は頑張ったと言ってくれる。
姉は頼りにしていると言って、色々お願いしてくれる。
姉には自分が必要なんだ。
その気持ちがどんどんと高ぶり、何をしても心は痛まなかった。
たくさんの魔女を殺した。
たくさんの人を殺した。
たくさんの魔法少女を殺した。
とっくの昔にすずねの心は死んでいた。
でも姉が笑ってくれればそれでよかった。
だがそれは永遠ではなかった。
「な、なにこれ?」
真っ黒になった自身のソウルジェムを目にしてすずねは震えた。
- Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 第八話④ ( No.319 )
- 日時: 2012/07/26 13:47
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「すずねちゃん、浄化もせずに魔力を使ったらそりゃ真っ黒になっちまうっすよー」
ゴンべぇというインキュベーターは淡々とそういった。
「でもまともに浄化もせずにこれだけやってこれたんスから、きっと良い魔女になるっすよ」
「ま、魔女になる?お、お姉ちゃん……」
すずねは助けを求めるように姉を見た。
姉は相変わらず笑っていた。
光の無い瞳を覗かせながら。
「お、お姉ちゃん!私っ、魔女になっちゃうよ!」
「そうねぇ……。ならもう用済みね」
「え?」
姉はレースの手袋をした手をすずねの顔面を覆うように開いて伸ばした。
その手はとてつもなく大きく見えて、瞬く間にすずねの視界を奪った。
気付けば何も無い、真っ暗な世界に落ちていた。
「ここどこ?お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」
”お前が……殺したんだ”
”何もしてないのに……”
”……お前が死ねよ”
ただひたすら憎悪に包まれた言葉の群れがどこからともなくすずねを襲った。
「や、やめて!!」
それらが今まですずねが殺めてきた者たちであることにすぐ気付いた。
”お前が!!”
”お前が!!”
”お前が!!”
「いやああ!!」
すずねは頭を抱えて憎悪の言葉を振り払うかのように暴れまわった。
と、その時。
チリン———チリン———。
鈴が暴れた拍子にどこかに飛んでいってしまった。
「あっ!鈴!!」
鈴はまるで闇に溶けてしまったかのように消えてしまった。
しかしどこにも無いはずなのに音だけは響いていた。
それはまるでスピーカーのノイズのような、楽器が奏でたあとの残響音のような儚い音だった。
あるはずなのに無い。
すずねは憎悪の海に沈みながら、姉の名を呼びながらひたすらその残響音に向かって手を伸ばし続けた。
すずねが闇に溶けたあと、何も無くなったあとでもその音は鳴り響き続けた。
- Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 最終話① ( No.320 )
- 日時: 2012/07/27 10:32
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「何なんだよ……。こいつは実の姉貴に利用されて見捨てられたってことか?」
流れ込んでくる鈴音の記憶を見ながら、杏子は歯軋りした。
「こんなにされてもこいつは姉貴のことを信じてるんだ。だから魔女になっても『鈴』を捜し求めてる!」
魔女になってからも唯一姉と繋ぐものである鈴を求めた。
その結果、鈴を象徴する魔女となり、魔女でありながら失った鈴を捜し続けた。
「この子の痛みはとてつもなく深い……。この子の痛みが癒されるのには時間がかかるかもしれない」
彰の『痛みの翼』は痛みを癒して理に導くことまでが一つのプロセスなのだ。
痛みを理解することで大抵の場合は無意識下にいた痛みが浮かび上がり、癒されることを望む。
癒された痛みはその痛みの持ち主の苦しみを同時に取り除き、魂は理へと導かれる。
だが痛みそのものを理解し、その痛みを受け入れまいとしてしまった場合は難しくなる。
なぜ苦しいのかがわからない無意識の痛みとは違い、苦しみの原因を意識してしまっていると、その原因を絶たなくてはならない。
鈴音の場合、意識的には姉に裏切られたことを理解している。
だが未だにその姉の影を求め、姉に認められたいと願っている。
その願いを叶えてやらない限りは理へ導くことは難しい。
一度痛みに触れてしまった場合、その者の痛みが癒されるまで魂を彰は背負わなくてはならない。
『無理だったからさようなら』というわけにはいかないのだ。
- Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 最終話② ( No.321 )
- 日時: 2012/07/27 10:33
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「どれくらいの時間がかかるかはわからないけど……必ず癒して———!!?」
突然、彰と杏子に頭の上で火花が散るような衝撃が走った。
「な、なんだ!?」
頭を抱えながら杏子が立ち上がった。
そして今まで見えていた鈴音の『痛み』の映像が見えなくなっていることに気が付いた。
「どうなって———」
杏子は目の前を見て絶句した。
今まで光の繭で包まれていたはずの鈴音が消えていたのだ。
「お、おい!何が起きてるんだ!?」
「い、痛みの翼とのリンクが途絶えた。つまり……」
彰が言いかけたところで、突然結界が揺れだした。
「結界が崩れる……」
ほむらがボソッと呟いた。
それはつまり魔女が消滅したことを示していた。
「何だっていうんだ?アイツ……苦しむだけ苦しんで、何一つ癒されずに逝ったってのかよっ」
「……」
悲痛な表情を浮かべる杏子に対し、彰はどこか納得のいっていないような表情をしていた。
「杏子、彰さん!早くでないと!」
少し前を走るさやかが大声を張り上げた。
杏子は舌打ちし、渋々さやかのあとを追った。
彰もそれに従って駆け出した。
だが少し行ったところで、何となく振り向いた。
「……人、か?」
崩れ去る結界の中、崩壊の風景とはまるで似ても似つかないフリフリのドレスに身を包んだ人影が見えた。
「彰、早くっ」
「あ、ああ」
ほむらに呼ばれた彰は再び前を向き、だがやはり気になってもう一度だけ振り向いた。
だがしかし、そこにはもう誰もいなかった。
あれだけ目立つ格好をしていたというのに、存在そのものが無かったかのように消えていた。
- Re: 第八章 塞ぎ込みがちな残響音 最終話③ ( No.322 )
- 日時: 2012/07/27 10:33
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「やっぱり『必要の無いモノ』って何しても駄目よねぇ」
ビルの屋上に立つフリフリのドレスに身を包んだ女性———九条更紗(くじょうさらさ)は半分にちぎった人形を放り捨てた。
風に流され、そして粉になって消えたその人形はどこか鈴音に似ていた。
「カワイソウとか思わないんすか?」
いつの間にかいたゴンべぇが更紗に言った。
「可愛そう?産まれて此の方一度も思ったことないわぁ」
更紗はケラケラ笑って答えた。
「だってすずねちゃんは、更紗ちゃんのことを慕ってたじゃないっすか」
「あの子はあの子、私は私。わかる?ゴンちゃん」
「そうは言っても、必要だったんじゃないんすか?」
「あはは。私、一度だってあの子のこと必要だぁなんて言ったことないわよぉ」
更紗は屋上から見える街並みを見た。
「私に必要なのは『絶望』という名の快感よぉ。あの子もそれを満たすための実験道具よ」
「だったら鈴なんてあげなきゃいいじゃないっすか」
「やぁねぇ。飴とムチよ。期待が高ければ絶望した時の味も濃厚になるわぁ。それにねぇ……」
更紗はニヤリと、笑顔を表現できる顔のパーツすべてを使って笑みを作った。
「あの鈴もゴミくず同然の実験体から奪ったゴミよ」
更紗は周りのことなど気にすることなく、大声で笑った。
風に流されていく笑いは、月明かり一つ無い闇の世界に妙にあっていた。