二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:00① ( No.338 )
- 日時: 2012/08/02 15:31
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
秋空もすっかり見慣れたこの頃。
夏の熱気にあふれた光景はまったく無く、あるのはゆっくりゆっくりと落ちていく枯葉ばかりだ。
そんな中、見滝原中学校はその光景とは正反対の賑やかな風貌を見せていた。
明日は年に一度の文化祭。
各クラス、各部活が各々の見世物をより良く見せようと躍起になっていた。
美樹(みき)さやかもそのうちの一人だった。
さやかは同級生の梶浦優子(かじうらゆうこ)がやっているバンドの演奏を手伝うことになった。
そのための練習でここ一ヵ月音楽室に篭りっぱなしだった。
「さっすが、ミキティ。筋がいいわぁ」
ドラムセットを前にして座る優子が手を叩いて褒め称えた。
「やるからには徹底的にやらないと気がすまないのよね」
さやかはそう言いながら辺りを見渡した。
「そういえば白井さんは?」
ボーカルを担当する白井雪良(しらいせつら)がいなかった。
「せっちゃんはたぶん西棟の空き教室じゃないかなぁ?」
「なんでまた?」
「昔から本番の前日には人気の無いところで心を落ち着かせてるのよ。この学校に来てからは西棟の空き教室がその場所になってるのよ」
「へぇー」
さやかは未だに雪良に言われたことが気になっていた。
"私は変なことなんて言ってないよ?あなたと私は似たもの同士なの"
あの言葉の意味が何なのか、前は聞くタイミングを失ってしまい、結局聞けなかった。
「私、ちょっと様子みてくる」
「そう?んじゃ、せっちゃん連れ帰ってきてよ。前日だし、ちゃんと皆で練習しておかないとさ」
「うん、わかった。ちょっと行って来るね」
さやかはギターをおろすと、音楽室を出て行った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:00② ( No.339 )
- 日時: 2012/08/02 15:32
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
西棟は主に生徒が自由に使える空間として用意された変わった棟だ。
図書館や校内カフェテリアなどの施設、生徒が様々な用途で使用できる多目的教室を設けている。
多目的教室では委員会などの会議から部活動の練習場などとして使用されているが、教室数もそれなりに多く、使用頻度もそれほど高くないため、よく空き教室化していた。
さやかもカフェを利用するために西棟にはよく来るが、ほかの教室に目を向けたことなど今までなかった。
さやかは優子に教えられた場所にたどり着くと、とりあえず窓から教室の中を覗いた。
「あれ?いない……。すれ違ったのかなぁ」
「すれ違ったって誰と?」
「!!?」
さやかは突然背後からした声に、声にならない悲鳴をあげた。
「し、白井さん!?」
背後に立っていたのは雪良だった。
「私を探しに来たの?」
「そ、そう!そうなのよー!」
「ふーん。まぁ、いいわ。私もちょうど美樹さんにお話があったから」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:00③ ( No.340 )
- 日時: 2012/08/02 15:33
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
雪良は教室の扉を開けて中に入った。
そしてさやかを手招きして中に入るように促した。
雪良はさやかが教室の中央くらいまで行ったのを確認すると、扉をしめた。
「ここって西棟の一番端なの。だから誰も来ないし、いくら大きな声出したって聞こえないわ」
「へー……そう———」
扉を背にして、まるで扉を守るように立つ雪良。
その雪良の顔にはどこか妖艶さが漂っていた。
さやかはその顔に妙なざわめきを感じた。
「あ、あの……話って」
さやかは雪良から目を離し、思いついた言葉を放った。
雪良はさやかの言葉を無視し、さやかに詰め寄った。
「え、えっと……」
さやかは距離を置こうと一歩下がった。
だが雪良がまた一歩つめる。
それを繰り返しているうちに、さやかの背は教室の壁についてしまった。
「だからっ、いったいなんな———」
目の前に頬を少し赤らめ、目を閉じた雪良の顔がいつの間にかあった。
声にならなかった。
なぜならさやかの唇は雪良の唇によって塞がれてしまっていたのだから。
文化祭の準備でざわめく外の音が、静まり返った教室の中に響き渡っていた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:10① ( No.341 )
- 日時: 2012/08/02 15:34
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかは突然の出来事に一瞬気が遠のいていた。
だがすぐに頭の中に今起きた出来事が猛スピードで再生され、一気に顔が熱くなった。
「ななななぁー!?」
さやかは訳のわからない奇声をあげた。
雪良はクスリと笑った。
「人魚の歌声。それが私の魔法よ」
「ま、魔法……?」
さやかの中で熱くなっていたものが一気に冷めていった。
魔法という言葉。
それがさす意味はたった一つだ。
「白井さんも魔法少女?」
「そう。美樹さんと同じ、魔法少女」
「でもそれとき、キスは関係ないんじゃ……」
さやかは自分で口にしたことが恥ずかしく、何だか落ち着かない気持ちになった。
「私の『人魚の歌声』は聞いた相手を魅了させることで、動きを封じるものなの。夢中で周りが見えなくなるって感じかな」
さやかは、問いに答えることもせずただ淡々と語る雪良に少しムッとなった。
「だからそれとこれとは———」
美しい歌声が聞こえた。
その歌声の前ではすべてが雑音に思えてしまうくらい美しかった。
さやかはハッとした。
その歌声が目の前にいる雪良から出ているものだと理解すると同時に、『人魚の歌声』の能力が発動してしまっていることに気がついたのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:10② ( No.342 )
- 日時: 2012/08/02 15:34
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あ、あれ?」
気がつくことが出来た。
周りが見えなくなる魔法にかかってしまっているはずなのに、しっかりと思考できているのだ。
「『人魚の歌声』を聴いた人みんなが術中にはまってしまったら大変でしょ?だからちゃんと回避する方法があるの」
そう雪良に言われ、さやかは思わず指で自分の唇を触った。
「キス……」
「そう。正確には私の口を塞ぐこと」
雪良は自分の口に両手の人差し指で作ったバッテンをあてた。
「塞ぐこと……?ってじゃあ、キスじゃなくていいんじゃないの!」
「うふふ。サービスよ、サービス」
「そ、そんなっ、サービスいらんわっ」
慌てふためくさやかに雪良はクスクス笑った。
「ごめんね。ちょっとからかい過ぎたわ。でもただ無闇に私の魔法を回避させたわけじゃないの」
「ど、どういうこと?」
さやかは真面目な顔でそう言う雪良を見て、釣られるようにしておとなしくなった。
「美樹さんに協力して欲しいの」
「協力って?」
「魔女を一緒に倒して欲しいの。絶望の魔女・レイアーノを———」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:15① ( No.343 )
- 日時: 2012/08/03 17:03
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
雪良は誰もが認める歌唱力を持っていた。
その美しい歌声は瞬く間に広がり、10歳の頃にはテレビ番組に出演するくらいになっていた。
雪良の歌声は聴く人から『希望の歌声』と呼ばれた。
雪良の歌を聴くと、どんなに落ち込んでいても元気になれる。
前向きに進んで行こうと思える。
希望が持てるようになると評価されたのだ。
雪良もそう評価される自分の歌が希望だった。
この歌があれば何でも出来る。
人々に希望を与えることが出来る。
そう思うと雪良は嬉しくなった。
だがある日、雪良は出会ってしまった。
絶望の魔女・レイアーノ。
魔法少女でなかった雪良は何されたのかもわからないまま、絶望を埋め込まれた。
レイアーノは相手が持つ一番美しく光る希望を喰らう。
雪良は歌声をレイアーノに喰われてしまった。
いくら歌っても前のような美声は出ない。
まともに歌を歌うことすら出来ない。
希望を絶たれた雪良は表舞台から姿を消した。
それからしばらくして、雪良はキュゥべぇと名乗るインキュベーターに出会う。
キュゥべぇから魔女のことを聞き、自分の声が魔女に奪われたことを知った。
同時に雪良には魔法少女になる才能があり、魔法少女になって魔女と戦う代わりにどんな願いでも叶えられると知った。
この話をキュゥべぇから聞いたとき、雪良の中にあったのは自身の声を取り戻せるという喜びより、自分のように希望を奪われてしまった人がいて、今もどこかで希望を絶たれている人がいるのだという危機感だった。
雪良は自分の歌で希望を与えられることを知った。
ならば再びその歌で希望を絶つ魔女を倒し、人々の希望を守ろうと思った。
雪良は自身の声を再び取り戻したいと願い、魔法少女になった。
取り戻した希望で、誰かの希望を守るために。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:15② ( No.344 )
- 日時: 2012/08/03 17:04
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「私はレイアーノを倒すことを誓った。そして明日、そのチャンスがくるの」
さやかは雪良が戦う理由を知った。
その上で聞きたいこともたくさんあったが、まず一番に確認したいことがあった。
「事情はわかった。けど……なんで私なの?」
雪良はさやかが魔法少女であることを知っていた。
ならば恐らく他に魔法少女がいることも知っていたはずだ。
実力で言えば巴(ともえ)マミや佐倉杏子(さくらきょうこ)のほうが良い。
暁美(あけみ)ほむらの能力ならより確実性がある。
それにも関わらず自分を選んだ理由を、さやかは聞きたかった。
「私たちが似たもの同士だからよ」
「似たもの同士って……同じ魔法少女ってことじゃなくって?」
雪良は首を振った。
「自分のためではなく、他人のために願いを使ったこと———それが似ているところよ」
「!!」
さやかは心臓を抉られたかのような痛みを胸に感じた。
自分がした願い。
その願いにした理由———そしてその結果を思い出したのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:15③ ( No.345 )
- 日時: 2012/08/03 17:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「美樹さんがどんなことを願ったかは知ってる。私はそれが悪いことだとは思わない。私だって誰ともわからない人のために願いを使ったようなものだから」
さやか自身も『上条恭介(かみじょうきょうすけ)』を救いたいという願いに対しては後悔していない。
後悔などあるわけないのだ。
だがそれがもたらした結果がさやかの心に大きな穴を開けていた。
「美樹さん……。今のままでは心の穴は大きくなるばかりで、いずれ心すべてが飲み込まれてしまうわ。そう、まるで人魚姫の結末のように泡となってしまう」
さやかは苦しそうな表情を浮かべ、俯いたまま何も言わなかった。
「美樹さんはその人に希望を与えた。それは誰にでも出来ることじゃないわ。美樹さんは希望を与えることの出来る人なのだから、その輝きを失ってしまってはいけない」
「私は……そんな風には思えない。強く、無いから」
「美樹さん……」
さやかは俯いたまま、雪良の横を早足で通り過ぎた。
「ちょっと考えさせて」
そういい残し、教室を出て行った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30① ( No.346 )
- 日時: 2012/08/03 17:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかの足はいつしか来た公園にのびていた。
「お、また来たのか?」
「リン……」
前に会った時と同じように、天音(あまね)リンはジャングルジムの頂上に座っていた。
「なんだよ?ずいぶんと暗い顔してんな」
リンはジャングルジムから飛び降りると、近くのベンチに腰を下ろした。
そしてどこからともなくアイスキャンディーを取り出して食べ始めた。
「そんなの食べて寒くない?」
「いーんだよ。好きなんだから。食う?」
そう言ってアイスキャンディーを差し出すリンを見て、さやかはクスッと笑った。
「なんだよ?」
「なんかどっかの誰かさんに似てるなーって思ったのよ」
リンはどうも思い当たるフシがあるようでムッと顔をしかめた。
さやかはそんなリンの様子もお構いなしに、リンの隣に腰掛けた。
「今日、前にアンタに言われたようなこと……また言われちゃってさ」
「前……?ああ———」
「わかってはいるんだよね。いつまでもこのままじゃいけないって」
「……とりあえずちょっと話してみな」
「うん……」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30② ( No.347 )
- 日時: 2012/08/03 17:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかは今日雪良に言われたことを話した。
聞き終わるとリンは「ふーむ」と腕を組んで唸った。
「本人がどう思ってるかはわからないけどさ、きっとソイツにとってはとてつもない決断だったんじゃねーかな?」
「どういうこと?」
「誰かのための願いってのは何もある一人のためにしなくちゃいけないわけじゃーないだろ?」
「んー……まぁ。それでも一度失った大事なものをまた取り戻せたなら、それはそれで幸せだと思うけどなぁ」
雪良にとって声は希望だ。
失った希望が戻ってきたのなら、最も救われるのは自分のはずだ。
そういった点でさやかとは違う気がした。
「そう言うんじゃねーと思うんだ。一度失ったものは二度と戻ってはこない。願いで取り戻したその『声』ってのはきっともう別物なんだよ。そういう意味じゃソイツは希望を取り戻したって思っちゃいないんじゃないかな?」
「え?」
「それに『魅了したことで動きを封じる』ってのは魔法の力であって、実力で魅了してるわけじゃない。それは本人もわかっていて、それでもその魔法にした。かつて自分のしたかったことを捨ててまで、誰かの希望のために戦いたいと決断することは結構なことだと思うぜ」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30③ ( No.348 )
- 日時: 2012/08/03 17:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
雪良は魔法少女になることで、もう二度と人を感動させる歌を歌うことが出来ないとわかっていた。
それがわかっていながら、雪良は自分の希望であった『声』を取り戻すことを望んだ。
それは生き地獄のような選択だったのかもしれない。
上条恭介のためと願い、その結果もしかしたら自分に振り向いてくれるかもしれないと淡い期待をしていた。
でもそれは期待であって、あくまで『もしかしたら』のことだ。
そうならないことも当然わかっていた。
わかっていても、望んだ。
何だか似ていた。
(違う……まったく似てない。だって私はわかっていても受け入れられなかったもん)
未だに引きずって、後悔しないといいながら後悔している。
似て非なるものだ。
「まぁ、だからわからなくもないぜ。似ているからこそ、さやかには『希望』を持って前を向いて欲しいって思うのもさ。ソイツにとってレイアーノっつー魔女を倒すことは人々の『希望』を守ることになる。同時に似たもの同士であるさやかの『希望』の一端にでもなればいいなぁーってことなんじゃね?」
「そうなのかな?」
「たぶんな」
リンは残ったアイスキャンディの棒をどうやったかはわからないが、消して見せた。
そしてその代わりに棒状のスナック菓子を出現させた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30④ ( No.349 )
- 日時: 2012/08/03 17:08
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「お前には信頼できる仲間がいる。親友と呼べる友達や、背中を預けられるやつがさ」
そう言ってリンはスナック菓子をさやかに手渡した。
「ほら、『仲間』のお出迎えだ」
リンが公園の入り口に視線を向けた。
さやかも同じようにそちらに視線を移す。
そこには杏子がいた。
「オレは行くからさ」
「ちょっと待ってよ!」
「ん?」
さやかはカバンを漁り、中から一枚の紙を取り出してリンに渡した。
「さっきもちょっと話したけど、明日うちの文化祭なの。暇だったらきなさいよ」
リンは日時や場所の書かれた紙を受け取った。
「サンキュー。暇だったらお前のライブを見に行ってやるよ」
そう言ってリンは歯を見せて笑った。
さやかもそれに笑顔で答えた。
「おーい、さやかー」
「杏子」
さやかは声をしたほうを向いた。
途端に、背後から気配が消えた。
振り向くとリンの姿がなくなっていた。
「誰と話してたんだ?」
「んー……内緒よ」
「なんだよ、意地悪するなよ」
「まぁ、まぁ。それより、これ食うかい?」
さやかは杏子の口真似をしつつスナック菓子を渡した。
「なんか気味悪いな。頭でも打ったわけ?」
スナック菓子を受け取りながら、杏子は訝しげな表情を浮かべた。
「気にするなって〜。帰ろうっ」
「ちょっと待てってっ」
さやかと杏子はそのままワイワイ言いながら公園を後にした。
その様子をリンは木の影から笑みを浮かべて見つめていた。