二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:00① ( No.338 )
- 日時: 2012/08/02 15:31
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
秋空もすっかり見慣れたこの頃。
夏の熱気にあふれた光景はまったく無く、あるのはゆっくりゆっくりと落ちていく枯葉ばかりだ。
そんな中、見滝原中学校はその光景とは正反対の賑やかな風貌を見せていた。
明日は年に一度の文化祭。
各クラス、各部活が各々の見世物をより良く見せようと躍起になっていた。
美樹(みき)さやかもそのうちの一人だった。
さやかは同級生の梶浦優子(かじうらゆうこ)がやっているバンドの演奏を手伝うことになった。
そのための練習でここ一ヵ月音楽室に篭りっぱなしだった。
「さっすが、ミキティ。筋がいいわぁ」
ドラムセットを前にして座る優子が手を叩いて褒め称えた。
「やるからには徹底的にやらないと気がすまないのよね」
さやかはそう言いながら辺りを見渡した。
「そういえば白井さんは?」
ボーカルを担当する白井雪良(しらいせつら)がいなかった。
「せっちゃんはたぶん西棟の空き教室じゃないかなぁ?」
「なんでまた?」
「昔から本番の前日には人気の無いところで心を落ち着かせてるのよ。この学校に来てからは西棟の空き教室がその場所になってるのよ」
「へぇー」
さやかは未だに雪良に言われたことが気になっていた。
"私は変なことなんて言ってないよ?あなたと私は似たもの同士なの"
あの言葉の意味が何なのか、前は聞くタイミングを失ってしまい、結局聞けなかった。
「私、ちょっと様子みてくる」
「そう?んじゃ、せっちゃん連れ帰ってきてよ。前日だし、ちゃんと皆で練習しておかないとさ」
「うん、わかった。ちょっと行って来るね」
さやかはギターをおろすと、音楽室を出て行った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:00② ( No.339 )
- 日時: 2012/08/02 15:32
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
西棟は主に生徒が自由に使える空間として用意された変わった棟だ。
図書館や校内カフェテリアなどの施設、生徒が様々な用途で使用できる多目的教室を設けている。
多目的教室では委員会などの会議から部活動の練習場などとして使用されているが、教室数もそれなりに多く、使用頻度もそれほど高くないため、よく空き教室化していた。
さやかもカフェを利用するために西棟にはよく来るが、ほかの教室に目を向けたことなど今までなかった。
さやかは優子に教えられた場所にたどり着くと、とりあえず窓から教室の中を覗いた。
「あれ?いない……。すれ違ったのかなぁ」
「すれ違ったって誰と?」
「!!?」
さやかは突然背後からした声に、声にならない悲鳴をあげた。
「し、白井さん!?」
背後に立っていたのは雪良だった。
「私を探しに来たの?」
「そ、そう!そうなのよー!」
「ふーん。まぁ、いいわ。私もちょうど美樹さんにお話があったから」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:00③ ( No.340 )
- 日時: 2012/08/02 15:33
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
雪良は教室の扉を開けて中に入った。
そしてさやかを手招きして中に入るように促した。
雪良はさやかが教室の中央くらいまで行ったのを確認すると、扉をしめた。
「ここって西棟の一番端なの。だから誰も来ないし、いくら大きな声出したって聞こえないわ」
「へー……そう———」
扉を背にして、まるで扉を守るように立つ雪良。
その雪良の顔にはどこか妖艶さが漂っていた。
さやかはその顔に妙なざわめきを感じた。
「あ、あの……話って」
さやかは雪良から目を離し、思いついた言葉を放った。
雪良はさやかの言葉を無視し、さやかに詰め寄った。
「え、えっと……」
さやかは距離を置こうと一歩下がった。
だが雪良がまた一歩つめる。
それを繰り返しているうちに、さやかの背は教室の壁についてしまった。
「だからっ、いったいなんな———」
目の前に頬を少し赤らめ、目を閉じた雪良の顔がいつの間にかあった。
声にならなかった。
なぜならさやかの唇は雪良の唇によって塞がれてしまっていたのだから。
文化祭の準備でざわめく外の音が、静まり返った教室の中に響き渡っていた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:10① ( No.341 )
- 日時: 2012/08/02 15:34
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかは突然の出来事に一瞬気が遠のいていた。
だがすぐに頭の中に今起きた出来事が猛スピードで再生され、一気に顔が熱くなった。
「ななななぁー!?」
さやかは訳のわからない奇声をあげた。
雪良はクスリと笑った。
「人魚の歌声。それが私の魔法よ」
「ま、魔法……?」
さやかの中で熱くなっていたものが一気に冷めていった。
魔法という言葉。
それがさす意味はたった一つだ。
「白井さんも魔法少女?」
「そう。美樹さんと同じ、魔法少女」
「でもそれとき、キスは関係ないんじゃ……」
さやかは自分で口にしたことが恥ずかしく、何だか落ち着かない気持ちになった。
「私の『人魚の歌声』は聞いた相手を魅了させることで、動きを封じるものなの。夢中で周りが見えなくなるって感じかな」
さやかは、問いに答えることもせずただ淡々と語る雪良に少しムッとなった。
「だからそれとこれとは———」
美しい歌声が聞こえた。
その歌声の前ではすべてが雑音に思えてしまうくらい美しかった。
さやかはハッとした。
その歌声が目の前にいる雪良から出ているものだと理解すると同時に、『人魚の歌声』の能力が発動してしまっていることに気がついたのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:10② ( No.342 )
- 日時: 2012/08/02 15:34
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あ、あれ?」
気がつくことが出来た。
周りが見えなくなる魔法にかかってしまっているはずなのに、しっかりと思考できているのだ。
「『人魚の歌声』を聴いた人みんなが術中にはまってしまったら大変でしょ?だからちゃんと回避する方法があるの」
そう雪良に言われ、さやかは思わず指で自分の唇を触った。
「キス……」
「そう。正確には私の口を塞ぐこと」
雪良は自分の口に両手の人差し指で作ったバッテンをあてた。
「塞ぐこと……?ってじゃあ、キスじゃなくていいんじゃないの!」
「うふふ。サービスよ、サービス」
「そ、そんなっ、サービスいらんわっ」
慌てふためくさやかに雪良はクスクス笑った。
「ごめんね。ちょっとからかい過ぎたわ。でもただ無闇に私の魔法を回避させたわけじゃないの」
「ど、どういうこと?」
さやかは真面目な顔でそう言う雪良を見て、釣られるようにしておとなしくなった。
「美樹さんに協力して欲しいの」
「協力って?」
「魔女を一緒に倒して欲しいの。絶望の魔女・レイアーノを———」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:15① ( No.343 )
- 日時: 2012/08/03 17:03
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
雪良は誰もが認める歌唱力を持っていた。
その美しい歌声は瞬く間に広がり、10歳の頃にはテレビ番組に出演するくらいになっていた。
雪良の歌声は聴く人から『希望の歌声』と呼ばれた。
雪良の歌を聴くと、どんなに落ち込んでいても元気になれる。
前向きに進んで行こうと思える。
希望が持てるようになると評価されたのだ。
雪良もそう評価される自分の歌が希望だった。
この歌があれば何でも出来る。
人々に希望を与えることが出来る。
そう思うと雪良は嬉しくなった。
だがある日、雪良は出会ってしまった。
絶望の魔女・レイアーノ。
魔法少女でなかった雪良は何されたのかもわからないまま、絶望を埋め込まれた。
レイアーノは相手が持つ一番美しく光る希望を喰らう。
雪良は歌声をレイアーノに喰われてしまった。
いくら歌っても前のような美声は出ない。
まともに歌を歌うことすら出来ない。
希望を絶たれた雪良は表舞台から姿を消した。
それからしばらくして、雪良はキュゥべぇと名乗るインキュベーターに出会う。
キュゥべぇから魔女のことを聞き、自分の声が魔女に奪われたことを知った。
同時に雪良には魔法少女になる才能があり、魔法少女になって魔女と戦う代わりにどんな願いでも叶えられると知った。
この話をキュゥべぇから聞いたとき、雪良の中にあったのは自身の声を取り戻せるという喜びより、自分のように希望を奪われてしまった人がいて、今もどこかで希望を絶たれている人がいるのだという危機感だった。
雪良は自分の歌で希望を与えられることを知った。
ならば再びその歌で希望を絶つ魔女を倒し、人々の希望を守ろうと思った。
雪良は自身の声を再び取り戻したいと願い、魔法少女になった。
取り戻した希望で、誰かの希望を守るために。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:15② ( No.344 )
- 日時: 2012/08/03 17:04
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「私はレイアーノを倒すことを誓った。そして明日、そのチャンスがくるの」
さやかは雪良が戦う理由を知った。
その上で聞きたいこともたくさんあったが、まず一番に確認したいことがあった。
「事情はわかった。けど……なんで私なの?」
雪良はさやかが魔法少女であることを知っていた。
ならば恐らく他に魔法少女がいることも知っていたはずだ。
実力で言えば巴(ともえ)マミや佐倉杏子(さくらきょうこ)のほうが良い。
暁美(あけみ)ほむらの能力ならより確実性がある。
それにも関わらず自分を選んだ理由を、さやかは聞きたかった。
「私たちが似たもの同士だからよ」
「似たもの同士って……同じ魔法少女ってことじゃなくって?」
雪良は首を振った。
「自分のためではなく、他人のために願いを使ったこと———それが似ているところよ」
「!!」
さやかは心臓を抉られたかのような痛みを胸に感じた。
自分がした願い。
その願いにした理由———そしてその結果を思い出したのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 16:15③ ( No.345 )
- 日時: 2012/08/03 17:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「美樹さんがどんなことを願ったかは知ってる。私はそれが悪いことだとは思わない。私だって誰ともわからない人のために願いを使ったようなものだから」
さやか自身も『上条恭介(かみじょうきょうすけ)』を救いたいという願いに対しては後悔していない。
後悔などあるわけないのだ。
だがそれがもたらした結果がさやかの心に大きな穴を開けていた。
「美樹さん……。今のままでは心の穴は大きくなるばかりで、いずれ心すべてが飲み込まれてしまうわ。そう、まるで人魚姫の結末のように泡となってしまう」
さやかは苦しそうな表情を浮かべ、俯いたまま何も言わなかった。
「美樹さんはその人に希望を与えた。それは誰にでも出来ることじゃないわ。美樹さんは希望を与えることの出来る人なのだから、その輝きを失ってしまってはいけない」
「私は……そんな風には思えない。強く、無いから」
「美樹さん……」
さやかは俯いたまま、雪良の横を早足で通り過ぎた。
「ちょっと考えさせて」
そういい残し、教室を出て行った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30① ( No.346 )
- 日時: 2012/08/03 17:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかの足はいつしか来た公園にのびていた。
「お、また来たのか?」
「リン……」
前に会った時と同じように、天音(あまね)リンはジャングルジムの頂上に座っていた。
「なんだよ?ずいぶんと暗い顔してんな」
リンはジャングルジムから飛び降りると、近くのベンチに腰を下ろした。
そしてどこからともなくアイスキャンディーを取り出して食べ始めた。
「そんなの食べて寒くない?」
「いーんだよ。好きなんだから。食う?」
そう言ってアイスキャンディーを差し出すリンを見て、さやかはクスッと笑った。
「なんだよ?」
「なんかどっかの誰かさんに似てるなーって思ったのよ」
リンはどうも思い当たるフシがあるようでムッと顔をしかめた。
さやかはそんなリンの様子もお構いなしに、リンの隣に腰掛けた。
「今日、前にアンタに言われたようなこと……また言われちゃってさ」
「前……?ああ———」
「わかってはいるんだよね。いつまでもこのままじゃいけないって」
「……とりあえずちょっと話してみな」
「うん……」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30② ( No.347 )
- 日時: 2012/08/03 17:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかは今日雪良に言われたことを話した。
聞き終わるとリンは「ふーむ」と腕を組んで唸った。
「本人がどう思ってるかはわからないけどさ、きっとソイツにとってはとてつもない決断だったんじゃねーかな?」
「どういうこと?」
「誰かのための願いってのは何もある一人のためにしなくちゃいけないわけじゃーないだろ?」
「んー……まぁ。それでも一度失った大事なものをまた取り戻せたなら、それはそれで幸せだと思うけどなぁ」
雪良にとって声は希望だ。
失った希望が戻ってきたのなら、最も救われるのは自分のはずだ。
そういった点でさやかとは違う気がした。
「そう言うんじゃねーと思うんだ。一度失ったものは二度と戻ってはこない。願いで取り戻したその『声』ってのはきっともう別物なんだよ。そういう意味じゃソイツは希望を取り戻したって思っちゃいないんじゃないかな?」
「え?」
「それに『魅了したことで動きを封じる』ってのは魔法の力であって、実力で魅了してるわけじゃない。それは本人もわかっていて、それでもその魔法にした。かつて自分のしたかったことを捨ててまで、誰かの希望のために戦いたいと決断することは結構なことだと思うぜ」
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30③ ( No.348 )
- 日時: 2012/08/03 17:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
雪良は魔法少女になることで、もう二度と人を感動させる歌を歌うことが出来ないとわかっていた。
それがわかっていながら、雪良は自分の希望であった『声』を取り戻すことを望んだ。
それは生き地獄のような選択だったのかもしれない。
上条恭介のためと願い、その結果もしかしたら自分に振り向いてくれるかもしれないと淡い期待をしていた。
でもそれは期待であって、あくまで『もしかしたら』のことだ。
そうならないことも当然わかっていた。
わかっていても、望んだ。
何だか似ていた。
(違う……まったく似てない。だって私はわかっていても受け入れられなかったもん)
未だに引きずって、後悔しないといいながら後悔している。
似て非なるものだ。
「まぁ、だからわからなくもないぜ。似ているからこそ、さやかには『希望』を持って前を向いて欲しいって思うのもさ。ソイツにとってレイアーノっつー魔女を倒すことは人々の『希望』を守ることになる。同時に似たもの同士であるさやかの『希望』の一端にでもなればいいなぁーってことなんじゃね?」
「そうなのかな?」
「たぶんな」
リンは残ったアイスキャンディの棒をどうやったかはわからないが、消して見せた。
そしてその代わりに棒状のスナック菓子を出現させた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 前日 17:30④ ( No.349 )
- 日時: 2012/08/03 17:08
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「お前には信頼できる仲間がいる。親友と呼べる友達や、背中を預けられるやつがさ」
そう言ってリンはスナック菓子をさやかに手渡した。
「ほら、『仲間』のお出迎えだ」
リンが公園の入り口に視線を向けた。
さやかも同じようにそちらに視線を移す。
そこには杏子がいた。
「オレは行くからさ」
「ちょっと待ってよ!」
「ん?」
さやかはカバンを漁り、中から一枚の紙を取り出してリンに渡した。
「さっきもちょっと話したけど、明日うちの文化祭なの。暇だったらきなさいよ」
リンは日時や場所の書かれた紙を受け取った。
「サンキュー。暇だったらお前のライブを見に行ってやるよ」
そう言ってリンは歯を見せて笑った。
さやかもそれに笑顔で答えた。
「おーい、さやかー」
「杏子」
さやかは声をしたほうを向いた。
途端に、背後から気配が消えた。
振り向くとリンの姿がなくなっていた。
「誰と話してたんだ?」
「んー……内緒よ」
「なんだよ、意地悪するなよ」
「まぁ、まぁ。それより、これ食うかい?」
さやかは杏子の口真似をしつつスナック菓子を渡した。
「なんか気味悪いな。頭でも打ったわけ?」
スナック菓子を受け取りながら、杏子は訝しげな表情を浮かべた。
「気にするなって〜。帰ろうっ」
「ちょっと待てってっ」
さやかと杏子はそのままワイワイ言いながら公園を後にした。
その様子をリンは木の影から笑みを浮かべて見つめていた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 10:50① ( No.350 )
- 日時: 2012/08/06 18:29
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
蒼井彰(あおいあきら)は母校でもある見滝原中学校の校門前で一人立っていた。
校門前はたくさんの人だかりで、またその賑やかな人々を受け入れるかのように校門も鮮やかな飾りが施されていた。
彰は校門にかけられた『見滝原中学校文化祭』の文字を見た。
そして一度ため息をつき、自分の腕時計に視線を落とした。
「遅いな……」
彰は友人の鈴木を待っていた。
元々は一人で来る予定だった。
三日ほど前に鹿目(かなめ)まどかに誘われて文化祭の日程を知った。
せっかくだから久しぶりに母校の土でも踏もうかと思い立ったのだ。
そのことを鈴木に話したのが運のつきというヤツだ。
鈴木に是非行きたいと泣きつかれてしまい、渋々了承したのだ。
見滝原中学校は若干、お嬢様・お坊ちゃま学校的なところがある。
この文化祭も招待状なしでは校門をくぐることが出来ない。
ちなみに卒業後の数年は招待状が送られてくる仕組みになっている。
彰もまどかに文化祭の話を聞いた後、自宅に招待状が郵送されているのを確認した。
招待制になっているものの、招待状は一枚で同伴者を何人連れてきても問題ないため、鈴木のように卒業生に目をつける者も少なくない。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 10:50② ( No.351 )
- 日時: 2012/08/06 18:30
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「そこまでして行きたいもんかねぇ」
彰は誰に言うでもなくそう呟いた。
「わかってないなぁー、彰〜」
「うわっ!?す、鈴木っ」
期待していなかった返事が返ってきたため、彰は素っ頓狂な声をあげて驚いてしまった。
「彰よ、見滝原中って言えば可愛い子揃いのお嬢様学校ってことで有名なんだぞ。俺たち凡夫とは雲泥の差があるのだよ」
「一応、俺もここの卒業生なんですけど……」
「ああ、そうだったな。そのおかげでこうしてここに立っていられるんだもんな!」
鈴木はビシビシと彰の背中を叩いて笑った。
「馬鹿げたことを言うのは今だけにしてくれよ。知り合いの前で恥さらしするのはゴメンだからな」
「わかってるって〜」
そう言いつつ、すでに女性の姿を目で追っている鈴木を見て、彰は嫌な予感しかしなかった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 10:50③ ( No.352 )
- 日時: 2012/08/06 18:30
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
校舎外の出展は既に一般公開が始まっているが、校舎内の出展は30分ほど遅れての開始だ。
一般客が入る前に校舎内に危険物等が無いかを確認するためらしい。
まどかのクラスは喫茶店を出展することになった。
ただの喫茶店では定番すぎると、主に男子の案でメイド喫茶になった。
「うわー、すごーい。鹿目さんのネコ耳と尻尾、まるで本物みたい……」
「そ、そーかなー?あははは……」
クラスメイトに頭についたネコの耳と尻尾をいじられながら、まどかは渇いた笑みを浮かべた。
「あれって本物だよね……?」
離れたところからさやかがカメラでまどかを撮るほむらに囁いた。
「バウム・クウェーレンの仕業ね。グッジョブよ」
「おーい。ほむらさーん」
嬉しそうにカメラのシャッターを切るほむらにさやかは白い目を向けた。
「ほむらちゃーん。そんなに撮らないでよー。恥ずかしいよぉ」
照れながら、耳をピコピコ動かしながらまどかが寄ってきた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 10:50④ ( No.353 )
- 日時: 2012/08/06 18:31
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「うん……確かにありだね」
その様子を見たさやかが携帯のカメラでまどかを撮りながら呟いた。
「さやかちゃんまでー。こんなの見られたら恥ずかしくて死んじゃいそうだよー」
「そう言ってもねぇ……。ソイツがまどかを気に入っちゃってるみたいだし……」
まどかの肩にしがみついているのは熊の姿をした魔女・バウム・クウェーレンだ。
魔女なので当然一般人には見えない。
「まどかが嫌ならいっそ倒しちゃうとか……?」
「それはそれでカワイソウだよぉ」
見た目は可愛らしいぬいぐるみだし、まどかにちょっとしたイタズラをするだけで極めて無害なのだ。
この熊のぬいぐるみとまどかの組み合わせが妙に合っていて、仲間内では癒し系として受け入れられていた。
「まぁ、ソイツが満足するまで我慢するっきゃないんじゃない?」
まどかたちがあれこれしているうちに、校内に危険物点検が終了した旨の放送が流れた。
文化祭三回目のまどかたちはこれが同時に一般公開開始の放送であることも知っていた。
「さて、みんな開店だよっ!」
クラス委員の掛け声と共に、まどかたちの文化祭が始まった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 11:15① ( No.354 )
- 日時: 2012/08/06 18:31
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
校内展示開始の放送がかかった頃、既に開始していた校外展示は早くも人で溢れかえっていた。
その中、フリフリの日傘を差し、フリフリのドレスで身を包んだ女性が人の目を気にせずに人だかり歩いていた。
人の目と言っても、妙なコスプレや過激な衣装に身を包んだ者もたくさんいるため、対して目立ってはいなかった。
「よぉ、珍しいじゃねーか。こんなところにいるなんてよ……更紗ぁ」
九条更紗(くじょうさらさ)の前には着物を見事に着こなした少女———天音リンが立っていた。
「あらぁー、リンちゃん。リンちゃんこそそんなにオシャレしてどうしたのよぉ」
「オレだって女の子だぜ?人目くらい気にするんだぜ」
リンがそういうと、更紗はクククと笑った。
「よく言うわぁ……ババァのくせしてぇ」
「……そりゃ禁句だぞ」
リンは鋭い目つきで更紗を睨みつけた。
しかし更紗はそれを気にするどころか、目を向けることもせずにリンの横を通り過ぎた。
「てめぇ、何企んでる?」
「フフフ……色々よぉ。それはお互い様でしょ?」
「……」
更紗はそのまま喧騒の中に消えた。
リンは見えなくなるまでその後姿を睨みつけていた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 11:15② ( No.355 )
- 日時: 2012/08/06 18:32
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「更紗ちゃん、リンちゃんを敵に回すつもりっすか?」
人ごみの中から音も無くゴンべぇが現れた。
「リンちゃんはオイラが知る限り最強の魔法少女っす。敵に回して勝てる相手じゃねーっすよ?」
「ゴンちゃん」
更紗は立ち止まり、ゴンべぇを抱き上げた。
更紗は笑顔で———気味悪いくらい完成された笑顔でゴンべぇと向き合った。
「私わねぇ……別に勝ち負けの勝負をしたくて魔法少女やってるわけじゃないのよぉ。楽しければいいのよ〜。例え、その結果で私が死んだって関係ないのよぉ」
更紗はゴンべぇを降ろし、再び歩を進めた。
「でも事が過ぎると、『あの人』が更紗ちゃんに何するかわからないっすよ?」
「そうねぇ〜。確かに……『あの人』だけには嫌われたくないわぁ。だからぁ———」
更紗は歩みを止め、人ごみの中のある一点を見つめた。
更紗が見つめる先には、佐倉杏子と巴マミの二人がいた。
「私の趣味と『あの人』の目的が一致すれば問題ないわけよねぇ。フフフ」
更紗は傘で顔を隠し、押し殺すように笑った。
その様を下から見たゴンべぇは純粋な悪意を垣間見た気がした。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 11:30① ( No.356 )
- 日時: 2012/08/08 15:14
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「1年しか経ってないのに、なんだかもの凄く懐かしい感じがするわね」
マミは校内に入るなり、そう呟いた。
「アタシなんか学校自体懐かしいわ」
杏子はあまり興味なさそうに辺りを見渡し、チョコ菓子を口に放り込んだ。
「なんだかそう言うこと言われると感動が薄れるわね……。そうそう、校内はここで買ったもの以外、飲食物の持ち込み禁止よ」
「はぁ?なんだよそれ?どうせ誰も見てないんだからいーじゃん」
「少しでも頑張ってる皆に貢献しなさいってことよ」
「……貢献するほど金ないんだけど」
二人は校内を歩きながら、途中で貰った出展物一覧に目を通した。
「鹿目さんたちのクラスは喫茶店ね。どんなのか楽しみね」
「喫茶店〜?だからお金……」
「心配しなくて大丈夫よ。あなたを誘った時点で予想済みよ」
「え?マミのおごり?ならゆまも連れてきてやればよかったな〜」
「ちょっとは遠慮しなさいよ……。まぁいいわ。もうすぐ鹿目さんたちのクラスね」
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 11:30② ( No.357 )
- 日時: 2012/08/08 15:15
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
マミたちはまどかたちのクラスに着くなり、思わぬ行列に度肝を抜かれた。
「すごい行列じゃん。何やってんだ、まどかたちは?」
杏子が列から行列の先頭を覗き見ながら言った。
「あっ」
そのとき列の中心くらいで案内係りをしているさやかを見つけた。
「あ、マミさん!と杏子」
「ついでみたいな言い方やめろよなぁ。ところでなんだその格好……」
杏子とマミは顔を合わせた。
さやかは少し照れながら「メイドよ」と答えた。
「喫茶店って『メイド喫茶』だったのね……。どおりで男の子ばっかだと思った……」
マミは呆れた様子で前から後ろへと並んでいる客を見た。
「そーなのよ。まぁでも結構可愛いからいいかなーとか。あっ!そうだ!杏子、アンタも手伝いなさいよ」
「え!?なんでアタシが!?」
「どうせマミさんにおごって貰おうとか思ってたんでしょ?それならちょっと稼いで自分で飲み食いしなさいよ」
「な、何わけわからない———ってうわー!」
さやかに引っ張られていく杏子をマミは笑顔で見送った。
見送ったあと、ふと少し前に並ぶ男の人と目が合った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 11:30③ ( No.358 )
- 日時: 2012/08/08 15:15
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あ……蒼井先輩」
「あら、マミちゃん」
彰は順番を後ろの人に譲って、マミの前に入ってきた。
「せっかく並んでたのに良かったの?」
「まぁ、ちょっと待つ時間が長くなったって店が逃げるわけじゃないしね。それに一人で退屈だったんだ」
彰は連れに無理やり順番待ちをさせられていることを語った。
その連れはどうも他のクラスの出展物、もとい女の子を追っかけまわしているらしい。
「考えてみればまどかちゃん達とはだいぶ長い付き合いだもんね。マミちゃんがここにいて当然か」
「後輩の頑張っている姿を見るのも先輩の役目でしょ?」
マミは冗談交じりに言うと、クスリと笑った。
「なるほど……さすがは頼りになる先輩さんだ」
彰も笑顔でそう返した。
列の先頭から、『30分待ち』の声が聞こえてきた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:00① ( No.359 )
- 日時: 2012/08/08 15:16
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
やっとの思いで案内されて店に入った。
ちなみに絶妙のタイミングで鈴木は戻ってきた。
その鈴木がマミに絡んで鬱陶しく、マミに申し訳ないのでマミとは席を別にして貰った。
「ほんと頼むから変なこと言わないでくれよ?」
「わかってるって。ところでなんでそんなに念押しするわけ?」
「え?ま、まぁ……知り合いの前で恥じをかくのは嫌だろ?」
「ふーん。ま、それより早く注文決めて、注文取りに来て貰おうぜ。どの子が来るか楽しみだなぁ」
鈴木はそういいながらメニューを鬼気迫る勢いで見つめ始めた。
彰はそんな鈴木に少々の不安を感じながらもとりあえず無事にここまでこれたことにホッとした。
(こいつと一緒だとろくなことが起きないからなぁ)
中学時代に剣道部で出会ってから何かと一緒に過ごしてきた。
鈴木はいわゆるオンオフの出来る人間で、剣道に取り組む姿勢は確かに立派だが、プライベートでは女癖が悪いのだ。
何度かダシに使われたこともあった。
「よし、決めた!コーラとチョコレートで」
「なんだ、その組み合わせ?」
「ここに来るまでに金を使いすぎてな……。一番安いのしか頼めないんだ」
鈴木は引きつった笑顔を浮かべてメニューを置いた。
「すみませーんっ」
鈴木が少々大きめの声で店員を呼んだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:00② ( No.360 )
- 日時: 2012/08/08 15:16
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「あ、はーい!」
返事と共に駆け寄ってきたのはまどかだった。
「彰さんが来てるって言うからウェイトレス係、代わって貰ってきちゃった」
えへへと笑い、尻尾をユラユラ動かした。
「そうなの?何だか嬉しいなぁ。ところでその耳と尻尾———」
「うん、凄く似合ってる!凄く可愛いと思うよ!」
と、彰を遮って詰め寄ってきたは鈴木だった。
「え、えっと……ありがとうございます」
誰だって後ずさりするようなテンションだ。
当然、まどかも引いていた。
「こいつは俺の腐れ縁というか……むしろ腐ったやつというか……」
「そうなんだよ!こいつとはかなり長い付き合いでさぁ!」
「えっとっ!これとこれとこれで!」
彰は鈴木を殴り飛ばしからメニューを指差して注文した。
「ごめんね、あとで時間があったら埋め合わせするよ」
「大丈夫だよ。結構多いから、こういうお客さん……」
まどかは苦笑いを浮かべて足早に奥に消えた。
「なんだよー。お前、いつ知り合ったんだ?あんな可愛い子とさ」
殴られた頬をさすりながら鈴木はジト目を彰に向けた。
「まぁ……色々だよ、イロイロ」
まさか魔法少女の話をするわけにもいかず、とりあえず適当にごまかした。
(やっぱりこいつ……良いヤツなんだけど、トラブルを生む星の元に生まれてやがる)
悪びれる様子も無く周りの女の子に声をかける鈴木を見て、彰はため息をついた。
「お待たせいたしました」
「あ、はい———」
彰の顔が店員さんに対しての愛想笑いが、まったく愛想を振りまくことが出来ないくらいにが引きつった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:00③ ( No.361 )
- 日時: 2012/08/08 15:17
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ほ、ほむらちゃん」
明らかに怒気が身体から溢れているほむらを前に、彰は命の危険を感じた。
(まどかちゃんがあんな風に絡まれてるのを見て、ただで済ますわけがない!)
「ごゆっくり」
「へ?」
呆気にとられるくらいすんなりとほむらは物を置いて席を離れた。
「今の子、すっごい美人だったな!ってあれ?」
「ん?」
鈴木の目が点になっていた。
それもそのはずだ。
頼んだはずのチョコレートが皿に一つも乗っていないのだから。
「あのー、店員さん。お皿がまっさら!なんちゃって」
鈴木がつまらない冗談をほむらに向けて言うと、ほむらは半ば睨みつけるような目で鈴木を見つつ指差した。
「お客様、ご冗談を。その口についているのはなんですか?」
「え?はっ!?あ、あまい!」
いつの間に鈴木の口の周りにチョコレートがついていた。
そして鈴木の口の中にはアルミ箔に包まれたままのチョコレートが詰まっていた。
「ぎゃああああ!アルミ噛むと気持ち悪い!!」
鈴木はコーラでチョコレートを流し込んだ。
「な、なんだ?まるで時間が消し飛んだような。スタンド攻撃か!?」
「まぁ……間違ってはいないな」
ほむらが時間を停止させたのだ。
まさにほむらにしか出来ない報復だ。
「輪切りにされなくて良かったな、鈴木」
彰はそう同情してやるしかなかった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30① ( No.362 )
- 日時: 2012/08/08 15:19
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「平和ね」
「平和だなぁ」
マミと彰は賑やかな店の様子を見つつそう言った。
先ほどまで騒いでいた鈴木は剣道部のマネージャーしている中沢に偶然出会い、連れてかれてしまった。
あとで知ったことだが、まどかと同じクラスにその中沢の弟がいるらしい。
そんなこんなで騒ぎの元凶がいなくなり、いわゆる普通?のメイド喫茶の光景が戻ってきたわけだ。
「わけだ……じゃないよ。なんでアタシがこんな格好しなくちゃいけないんだよっ」
マミと彰の前にメイド服を来た杏子が突っかかってきた。
「あら、佐倉さん似合ってるじゃない」
「確かに。可愛いと思うよ」
あっけらかんとそう言う二人に杏子は噛み付くように反発した。
「そういう問題じゃないだろっ。アタシがこんな……こんな恥ずかしい格好しなくちゃいけないんだ!」
「そう言わずにさ、私の代わりに頑張ってよ」
制服に着替えたさやかが杏子の肩を叩いた。
「だからなんでアタシがさやかの代わりなんだよー!」
「仕方ないじゃない。これからバンドのほう行かなくちゃいけないんだから」
「それとアタシが代わりになるのにどういう繋がりがあるわけ!?」
「まー、人が減るよりは良いんじゃないかなって」
さやかが悪意ある笑みを浮かべた。
杏子はまんまとはめられたのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30② ( No.363 )
- 日時: 2012/08/08 15:19
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「アタシは嫌だからな!」
「そんなこと言わないでよ、杏子ちゃん。似合ってるし、可愛いと思うけどなぁ」
まどかがそう言うと、他のクラスメイトも頷いたり、「可愛い」と言ったりしてフォローした。
「そ、そーかな?」
「そーだよっ!一緒にがんばろうよ!」
まどかが杏子の手を取った。
「わ、わかったよ……。何だかまどかに頼まれると調子狂うなー」
「ウェヒヒ。仕事もそんなに大変じゃないから、すぐ覚えられるよ」
杏子はまどかに引かれ、クラスメイト共に店の奥に連れて行かれてしまった。
「単純なやつ……。じゃあ私は行って来るから」
「頑張ってね、美樹さん。絶対見に行くから」
さやかもマミに見送られて教室を出て行った。
「蒼井先輩とこうやって二人だけになるのは初めてね」
「ん、そーだね」
マミは一拍置いて言葉を口にした。
「蒼井先輩は、何だか変だなって思ったことあります?」
「変って?」
「漠然としてるけど……変わった事とか、変わってしまったこととか……」
マミはここ最近起きている事件の数々がどうも無関係とは思えなかった。
その証拠に彰の件も、クロードの件も、すべてまどかを狙ってのことだった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30③ ( No.364 )
- 日時: 2012/08/08 15:20
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ワルプルギスの夜を倒して平和になったはずなのに、まだこうやって争いは続いてるわ。それも何だか偶然起きているわけじゃない気がして……」
「……マミちゃんが感じていることを俺も少なからず感じてる。ただそれが何なのかはやっぱりわからない」
「そう……ですよね」
マミはティーカップをさすりながら、ため息をついた。
「ただ……」
「ただ?」
「ただ、引っかかることはあるんだ。不思議な感覚でね」
「それって……?」
彰は簡単にクロードとの戦いの時に使った『痛みの翼』の話をした。
マミもその話はまどかから聞いていて何となくは知っていた。
「痛みの翼を使った時、その負荷に耐えられなくて気を失ったんだ。そのとき夢を見たんだ」
「夢?」
「どんな夢だったかはわからない……というか思い出せない。でも漠然とそこでとても大切な人と出会った———そう思うんだ」
覚えていないはずなのに、ぼんやりと濃い霧の向こうに立っているかのようにぼやけた人影が浮かんでくるのだ。
「それを思い出せれば、何かが変わりそうな気がする。そう感じるんだ」
「もしかしたら妹さんなのかもしれないわね」
「え?」
「あなたの『痛みの翼』は癒した人を理……天国に導くのでしょ?ということは、天国があるってことよね。だったらあなたの夢に出てきたのは天国であなたを見守る妹さんなんじゃないかしら?」
考えたことも無かった。
そもそも『痛みの翼』が導くとする理という存在も能力を手に入れたときに漠然と、まるで最初からそれを知っていたかのように頭の中に浮かんできた。
だからそういう物なのだろうとしか認識しておらず、それが実際何なのかなど考えたことも無かった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30④ ( No.365 )
- 日時: 2012/08/08 15:21
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
天国。
マミの言うとおり、それが正解なのかもしれない。
だとすれば、死後の楽園とされる天国が存在するとするならば、明奈がそこに辿りついているかもしれない。
「そうだと……いいな。もしそうだったら、思い出したときに幸せになれそうだ」
明奈が天国に行けたのだという確認にもなる。
それがわかるだけでも彰には幸せだった。
マミはこれ以上この事には触れなかった。
幸せと感じるための一歩を歩んだのだとするならば、それを台無しにするわけには行かない。
そう思っての優しさなのだろう。
だからマミはここで話題を変えてきた。
「そういえば、蒼井先輩はなんで『騎士』なのかしら?」
「え?」
マミからしてみれば本当に、そういえば、なんとなくな質問だったのだろう。
だが彰自身、その質問がなぜなのか答えられなかった。
何せ、その理由自体が『なんとなく』だったのだから。
「なんとなく護るためには騎士かなと……」
「でも蒼井先輩は剣道やってるし……聞いた話だと居合いもやっていたんでしょ?」
「うん、この街に来る前にね」
「ならイメージ的には騎士というより侍って感じが似合う気がするけど……」
『なんとなく』で騎士という姿をしているが、攻撃スタイルはどちらかというと剣道や居合いで学んだものが大きく出ている。
そういう意味では、サムライ風のほうがもしかしたらより良く戦えるのかもしれない。
「考えたことも無かったなー。でもこれ以上強くなろうとかあまり考えたこと無いから。戦いが無いことに越したことはないんだからね」
「そうね……確かにそうよね」
彰とマミはワイワイと賑わう店内を見た。
「平和が一番さ」
そしてそう一言、彰は呟いた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:45① ( No.366 )
- 日時: 2012/08/16 10:03
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかは教室を離れたあと、昨日雪良と話をした多目的教室に足を運んだ。
多目的教室には既に雪良の姿があった。
「待っていたわ、美樹さん。協力してくれてありがとう」
「うん……まぁ、やっぱり魔女をそのままにしておくのもって思うしさ」
さやかは言葉を濁して言った。
雪良はあまり気にする様子も無く、笑顔で返した。
「それでどうするつもりなの?何も考えなしってことはないでしょ?」
「もちろん……と言っても至極単純なことよ」
雪良は机の上に文化祭のスケジュールが書かれた用紙を広げた。
さやかたちのライブは午後3時から1時間ほどだ。
「レイアーノは夕方にしか姿を現さないわ。ちょうど私たちの演奏が終わるくらいかしら」
「でもうまいこと私たちの前に姿をだすの?」
「レイアーノは人の希望を食べる魔女よ。人が集まるところに吸い寄せられるようにしてやってくる。今日、この近辺で見滝原中学ほど人が集まる場所は無いわ」
「一応根拠はあるんだね。でもこんなところに魔女が現れたらパニックになるよね……?」
魔女や使い魔は一般人には見えない。
だが結界に取り込まれれば別だ。
レイアーノが結界を展開し、皆が取り込まれてしまえばパニックになることは免れない。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:45② ( No.367 )
- 日時: 2012/08/16 10:04
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「魔女を見たらきっとそうなるわね。だから見えなくすればいいのよ」
「見えなくするって、もしかして……」
さやかは雪良の魔法『人魚の歌声』のことを思い出した。
聞いたものを歌声に夢中にさせ、周りを見えなくする能力。
「確かにそれならパニックを防げるかも……」
「私は歌うことしか出来ないから、代わりに美樹さんにレイアーノを倒して欲しいの」
「そのために私だけ能力を回避させたんだね……」
昨日されたキスのことを思い出し、さやかは頬を少し赤らめた。
「でも一つ注意しなくてはいけないのが、『人魚の歌声』の効力は歌一曲分の時間だけ。対レイアーノで歌うつもりの曲は7分だから、その間に倒さないといけない」
「7分……。そのあともう一回歌うってのは?」
効力が歌一曲分なら、また同じ歌を歌えばいい。
だがそう単純に行くものではないらしく、雪良は首を振った。
「歌というのは耳に入らなくては意味がないの。つまり歌に集中できない状況に陥ってしまえば、声すら耳に届かない。そうなれば私の能力なんて効かないわ」
『人魚の歌声』から解放され、意識が元に戻った瞬間に魔女結界の中にいたらやはりパニックになるだろう。
そうなれば誰の声も届かない。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:45③ ( No.368 )
- 日時: 2012/08/16 10:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「だから7分で倒して欲しいの」
「やっぱり誰かを……」
さやかには時間内に倒せる自信が無かった。
やはり誰かに協力して貰うべきなのではないだろうか。
杏子やマミなら理由を話せば手を貸してくれるだろう。
誰かに手伝って貰おう。
そう口にしかけた時、頭の中にリンの言葉が蘇ってきた。
『同時に似たもの同士であるさやかの『希望』の一端にでもなればいいなぁーってことなんじゃね?』
(そうだ……。これは白井さんがくれた一歩を踏み出すための戦いなんだ。私がやらないと意味がないんだよね……)
自分の願いによってもたらされた結果に後悔し、絶望してしまった弱い自分。
それを振り切れず、今なお引きずっている自分。
そんな自分を叩き斬るくらいの力と気持ちが今こそ必要なのだ。
「私、頑張るよ。必ず倒して見せるから!」
結果に絶望するのではない。
今を受け止められるように、まず強くなろう。
好きな人を諦めるのではなく、振り向いて貰えるように前を向いていこう。
そのための一歩を踏むのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:00① ( No.369 )
- 日時: 2012/08/16 10:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「失礼します」
上条恭介(かみじょうきょうすけ)は多目的教室の扉をゆっくり開けた。
今日ライブ本番を控えているさやかを元気付けようと音楽室に行ったのだが、そこにさやかの姿はなかった。
音楽室にいた梶浦優子(かじうらゆうこ)にさやかのことを聞くと、多目的教室にいるのではと言われ、ここにやってきたのだ。
しかし扉を開けて中を見てみると、またもやさやかの姿は無く、そこにいたのは見知らぬ女子生徒だった。
「お客さんなんて珍しい。何か用?」
「えっと……友達を探していたんだけど……」
「美樹さんならさっき出て行ったわよ。上条くん」
さやかを探していたこと、そして見知らぬ女子生徒から名前を口にされ、恭介は驚きの表情を浮かべた。
「何で僕のことを?それにさやかを探してることも……」
「今日美樹さんと演奏をするんだもの。美樹さんからちょっとくらいは上条くんの話も聞いているわ。それに上条くん、アナタ結構有名人だしね」
恭介はようやく目の前の女子生徒のことを思い出した。
文化祭のスケジュール表にライブを行う生徒の名前と顔が載っていたのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:00② ( No.370 )
- 日時: 2012/08/16 10:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「確か……白井雪良さんだったよね?」
雪良は小さく頷くと、窓の側の壁に寄りかかった。
窓から入り込む太陽光が反射し、雪良の姿を半分ぼやかした。
「美樹さんならきっと音楽室に戻っている頃よ」
半分かすんで見える雪良の姿だが、その声だけは澄んで聞こえ、確かにそこにいるのだと誇張させた。
「じゃあ入れ違いだったんだね。邪魔してごめん」
恭介は居心地の悪さを感じていた。
微笑み、澄んだ声を持つ目の前の少女から鋭く突く様な気配を感じたからだ。
そのため一刻も早くここから離れたい———そういう気持ちにかられた。
「ねぇ、奇跡って信じる?」
「え?」
突然雪良はそんなことを口にした。
「常識では起こりえない、不思議な出来事……。辞書を引くとこんな風にでるのかな?上条くんは信じる?」
突拍子も無い、まるで人を馬鹿にするかのような質問だ。
だが恭介は真面目にそれに答えた。
「あるよ。僕がこうしていられるのは奇跡のおかげだからね」
今の医学ではどうしようも出来ないとさじを投げられた動かない腕。
だがそれを否定するかのごとく、バイオリンを弾けるようになるまで回復した。
医者が信じられないと声を揃え、奇跡が起こったとしか思えないと言わしめた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:00③ ( No.371 )
- 日時: 2012/08/16 10:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
恭介自身もこれは奇跡だったのだと疑わなかった。
『奇跡も、魔法も、あるんだよ』
さやかの言葉だ。
腕が回復する直前にさやかが言った。
まるでさやかのその言葉を引き金にして起こったかのようにも思えた。
「私も奇跡はあると思う。でも私の思う奇跡は夢物語のようなものじゃないわ」
感傷に浸る恭介に水を差すように、雪良は否定的なことを言った。
「奇跡は犠牲を伴って起きるもの。何かを犠牲にして得られた結果が奇跡なんだと思う。人魚姫が人間になるために美しい声を犠牲にしたようにね」
「奇跡は人を幸せにするものだと僕は思うよ。現に僕はとても幸せだ。仮に僕の腕が治ったことが奇跡だったとして、それで不幸になった人なんていないよ」
「そう……」
雪良は少し残念そうな表情を浮かべ、壁から身体を離した。
そして恭介の横を通り過ぎ、教室の扉を開けた。
「白井さんっ。なんでこんなことを聞いたんだい?」
雪良は顔だけ恭介に向けた。
「王子様が、自分を助けたのが人魚姫だと気付けていたのならどうなっていたのかしらね」
雪良はそう良い残して行ってしまった。
どういうことなのか、雪良が何を伝えたかったのか、恭介にはまるで理解できなかった。
ただ去り際に見せた雪良の残念そうな表情が、退院の時にさやかが見せた表情に似ていた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:30① ( No.372 )
- 日時: 2012/08/17 09:55
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
校内の賑わいは相変わらずだが、昼を過ぎたことで人の動きもだいぶ変わってきた。
昼前くらいまでは昼食をとろうとする者たちが飲食系の催し物に集まっていたが、それも今はだいぶ緩和された。
その代わりに展示系の催し物が昼前と比べて混み始めていた。
まどかのクラスも昼あたりが一番のピークで、今はだいぶ空いて来ている。
午前中に缶詰状態で働いていた者も少しずつ休憩に入れるようになっていた。
「午前中だけでクタクタだよぉ」
まどかはため息をつきながらそう愚痴った。
「すごい盛況っぷりだもんね。杏子ちゃんが入ってからまた増えた気もするし……」
彰は自身も並んだ行列を思い出し苦笑いを浮かべた。
彰は休憩に入ったまどかと少し遅めの昼食をとろうとまどかの友人のクラスに来ていた。
一緒だったマミは同級生と会う約束があるらしく、彰たちよりも早く教室を後にした。
「そういえば彰さんって見滝原中にいた時、すごい人だったんですね」
「すごいって……何が?」
彰が何を食べようかと陳列されているサンドウィッチを見ていると突然まどかがそんなことを言った。
「さっきクラスの子から聞いたんです。三年間無敗の天才剣士だったって」
「ああ、剣道の話か。昔、剣道じゃないけどそれに似たようなことやってたから。それになんていうか……相性がよかったのかもね」
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:30② ( No.373 )
- 日時: 2012/08/17 09:55
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
昔から運動神経には恵まれており、大抵のスポーツはこなせた。
だがどれも続かなく、周りからは勿体無いと言われたものだ。
ただ見滝原市に越してくる前にやっていた居合いだけは続いた。
たまたま親戚が居合い道場を営んでいたため、やってみたというだけだったのだが。
そのあと見滝原に越してきてからはじめた剣道も妙にしっくりきた。
もしかしたら前世はマミのイメージ通り、サムライだったのかもしれない。
「うらやましいなぁ。私って何の取り柄もないし……。勉強も運動も普通……。何とかの天才〜とか言われてみたいなー」
胸元のリボンを弄りながら、まどかは心底残念そうに取り柄の無さを嘆いた。
彰はそんなまどかを見て声に出して笑ってしまった。
「笑わないでくださいよー。本当に気にしてるんだから」
「いやいや、別に悪気があったわけじゃないんだよ。ただ変なこと言うなぁってさ」
「変なこと?」
「まどかちゃんは『優しい』って言葉を体現したような人だよ。『優しい』ことだって立派な取り柄だよ。つまりまどかちゃんは取り柄の塊りってわけだ」
そういう彰をまどかはどこか腑に落ちなそうな顔で見上げた。
「なんだかうまく誤魔化されてるような……」
「ふふ。さて、どーかな。さぁ、さっさと会計済まさないと時間なくなっちゃうよ」
「あ!やっぱり誤魔化してるっ」
商品を持ってレジに向かう彰を、まどかは駆け足で追いながらそう言った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:30③ ( No.374 )
- 日時: 2012/08/17 09:56
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
食べ物を購入した二人は、彰の提案で屋上を訪れていた。
普段はあまり人気のない屋上だが、外からたくさんの人が来ていることもあって、ぽつぽつと人の姿があった。
「屋上にしようって言っておきながら、まどかちゃんにはあんまり良い思い出のないところだよね……」
所々につい最近修復したであろう痕跡が残っていた。
そしてその痕跡を作った張本人が自分であることを彰はわかっていた。
まどかを、そしてほむらを傷つけてしまった場所。
まどかにとって良い思い出の場所であるはずがなかった。
「大丈夫ですよ。私も、ほむらちゃんも気にしてないし……。それに私は彰さんが無事で今ここにいてくれるのが嬉しいから」
そう少し照れながら笑顔で言うまどかに、彰の心臓が高鳴った。
(可愛すぎだろ……)
彰はまどかの笑顔と優しさに危うくノックダウンさせられそうになったが、何とか持ちこたえた。
食事する場所を確保しようと先を行くまどかの背中を見ながら、彰は改めて思った。
(『優しさ』が取り柄ってのは本当なんだよ。その『優しさ』に救われた人はたくさんいるんだから)
心の奥底から誰かを思うことの出来る人間がこの世にどれほどいるのだろうか。
人は口で綺麗事は言えても、実際には自己犠牲を嫌う。
だからどうしても自己保身的になってしまうものだ。
それはいけない事では決してないし、生きる物として当たり前のことなのだ。
だがもしもその当たり前に反して自らを犠牲に出来るものがいるとすれば、それは神や仏の類に近いものなのではないかと思う。
(そういう意味ではまどかちゃんは神さま……いや、女神さまなのかもしれないな)
我ながら大仰な言い方だなと思った。
それでもあながち間違ってもいないような気にもさせた。
まどかが手を振りながら彰を呼んでいた。
彰はそれに頷いて返し、足早に向かっていった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:50① ( No.375 )
- 日時: 2012/08/17 09:58
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰たちが食事を終えた頃には、屋上もだいぶ人影がなくなってきていた。
14時を過ぎた頃から、各部活や有志による大型イベントが行われる。
さやかたちのライブもそれに含まれるのだが、大体の生徒や一般客はこれらを目当てに目的の場所に集まっていっているはずだ。
そのため今いる屋上に限らず、今まで込み合っていた催し物も人の姿が無くなっていっているだろう。
「なんだか終わりに近づいてるって感じで、ちょっと寂しいなぁ」
ふとまどかがそう言った。
まどかは今年が最後の文化祭なのだ。
今まで以上に感慨深いものがあるのだろう。
「俺みたいに卒業したあともまた来ればいい。在学中とはちょっと違うかもしれないけど、それはそれで楽しいもんだよ」
「そうかなぁ……そうだといいな……」
「そうそう。今度は客として、皆と遊びに来ればいいじゃない」
「そうだよね!皆と、出来たらパパやママやたっくんとも一緒に———」
まどかは『家族でいければ』といいかけたところで言葉を止めた。
彰は家族を、大切な妹を失っている。
家族の話はある意味タブーなのだ。
彰はまどかの様子から、考えてることを悟り、嫌な顔はせずに軽くため息ついて笑顔を向けた。
「明奈のことなら気にしなくていいよ。寂しくないと言えば嘘になるけど、今は前ほど苦しくはないんだ」
「でも……ごめんなさい」
「いいってば。それに俺がここに誘ったのは、明奈との思い出の場所でもあったからなんだ」
「思い出の……?」
彰は頷くと、あるベンチを指差した。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:50② ( No.376 )
- 日時: 2012/08/17 09:58
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「明奈は、昔はまだ一人で出歩けるくらいは元気でね。それでも学校は休みがちだったから、友達付き合いがうまくいかなくて、人気の少ないここで一人でお昼にいたんだ。だから一人じゃ寂しいだろって、あそこのベンチで一緒に食事をしたんだ」
彰は懐から自身のソウルジェムを取り出し、太陽にかざした。
穢れの色とは違う、ブラックダイヤモンドのような輝きを放つそのソウルジェムは太陽の光を浴びてさらに輝きを増した。
「俺がこいつに取り付かれていた頃は、明奈との思い出に触れるのが怖くてここには来れなかった。でもまどかちゃんやほむらちゃんに出会って、自分の間違いに気付けた。間違いに気付いて前に進もうと思えるようになった。だから今日はちゃんと一歩を踏め出せているかの確認をしたくて、思い出の場所でもあるここに来たかったんだ」
かざしたソウルジェムを元の場所に戻すとまどかに首だけ向けて言った。
「だからもう心配しなくてもいいよ。この力も今じゃ手に入れたことに感謝しているくらいだし」
「そうなんですか?」
「この力のおかげでまどかちゃんを護る騎士でいられるんだからさ」
彰はニヤリと笑った。
対してまどかは少し頬を赤らめて俯いた。
「なんか恥ずかしいなぁ。でも……私を護ってくれる騎士なんてなんだか物語みたいでロマンチックかも」
そうやって恥ずかしがりながらも無邪気に笑うまどかを見るのが彰は好きだった。
今、この瞬間を幸せだと、平和だと思わずにいつ思うのだろう。
この瞬間がずっと続けばいいと思う。
だが確実にまどかを狙うものがいて、それがこの日常を奪おうとしている。
ならば戦おう。
この瞬間を、まどかを護るために。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:15① ( No.377 )
- 日時: 2012/08/20 10:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
屋上に一人、彰はいた。
まどかは休憩時間を終えてクラスに戻った。
そして周りの人は気付けば誰もいなくなっていた。
彰自身もすでにやることもなく、あるとすればさやかのライブを見に行くくらいだ。
暇になり、何もすることが無くなるとついつい空を見上げてしまう。
誰でも暇な時はやっている気がするな、と彰はふと思った。
もしかしたらただ単に身体の力が抜けたせいで上か下かに頭が向いているだけなのかもしれない。
「なーに間抜けな顔してんだ?」
突然、彰を影が覆った。
目の前には着物を着た、一見するとそうそうお目にはかかれないほどの美少女の姿があった。
「お、お前っ!!」
だが彰はその少女を見た途端、険しい表情を浮かべてベンチから離れた。
「おいおい、そんな態度とられたらオレの乙女心が傷つくじゃねーか」
対して少女はあっけらかんとした様子でそう言った。
「あ、天音リン……!」
「久しぶりだな、蒼井彰」
最後に会ってから3ヵ月ほど。
リンの様子はまるで変わっていなかった。
「なんでこんなところにいる?」
「何でって、呼ばれたからに決まってんだろ?招待状なしじゃ入れないんだから」
リンは招待状をピラピラとなびかせた。
ふざけた様子を見せるリンに対し、彰の表情は一層強張った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:15② ( No.378 )
- 日時: 2012/08/20 10:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「前に会った時と同じだな。お前はやるって決めたら迷いが無い。好きだぜ、そういうの……」
リンは突然、指を鳴らした。
するとリンの背後から巨大な一つ目の塊が現れた。
「!!?」
彰は少々気圧されながらも、ソウルジェムを取り出して変身しようとした。
だがリンは意外にも攻撃しようとはせずに、黒い塊を連れたまま彰が座っていたベンチに腰掛けた。
「前のリベンジしようってんなら別の日にしてくれよ。オレは遊びにきてんだからさ」
黒い塊は自らの口に黒く細長い腕を突っ込み、中から出店で買って来たであろう食べ物をこれでもかというほど出した。
「食うか?いつまで経ってもホッカホカ!出来立ての味だぜ?」
そう言ってお好み焼きを一口で平らげた。
「お前、ほんとにただ来ただけなのか?」
「だからそう言ってんだろ」
彰は構えを解いて安堵の息を吐いた。
幾らなんでもこんな場所で、ましてやたくさんの人が来ている文化祭という場で戦いたくはなかった。
「なぁ、お前暇なんだろ?」
「ん、まぁ……」
「なら付き合えよ。オレも一人で暇してんだよ」
「な、なんで俺が!?」
「知り合いなんてほとんど居ないしさぁ。皆、それなりに忙しそうだし。暇そうなのっていったらお前くらいなんだよ」
「なんかトゲのある言い方だな……」
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:15③ ( No.379 )
- 日時: 2012/08/20 10:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰は半ば呆れながらも、自分も暇だし良いかなと思っていた。
この天音リンという人物はどうにも憎めない相手なのだ。
最初は確かにたぶらかされ、結果的にリンの思うように動いてしまい、まどかを狙う刺客となってしまった。
間接的とはいえ、リンもまどかを狙う敵の一人なのだ。
にもかかわらず、リンからは敵という雰囲気がまったくしないのだ。
例えるならば、友達といる感じに近い。
「まぁ、いいよ。どうせ俺もやることないしな」
「そーこなくっちゃ!」
リンは出した食べ物の残りを再び黒い塊の中に入れた。
そしてどういうわけだか、彰の腕に自分の腕をまわしてきた。
「おい。なんだよ、これは?」
「何って腕組んでるだけだろ?」
「だからなんで組むんだよ!」
リンは30センチほど上にある彰の顔を見上げてニヤリと笑った。
「そりゃー男女で一緒にいるって言ったらデートだろ?デートって言ったら、腕組みじゃねーか」
「デートって……お前、何言ってんだよ」
「オレはノリで生きてるようなもんだからさ。理由なんてねーの。というわけで、よろしくね!ダーリン♪」
小悪魔のような笑顔を向けるリンに彰は寒気がした。
そして同時に何を言っても無駄なのだと、彰は諦めたのだった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:45① ( No.380 )
- 日時: 2012/08/20 10:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
リンに引っ張られるままあちこちを連れ回された彰は重たくなった身体を預けるように壁にもたれかかった。
「満足か……?」
「だらしねーなぁ。若いくせによ」
「何、わけのわからんことを……」
彰はため息をつき、そして腕時計に視線を落とした。
「もうすぐか?」
「え?何が?」
何がもうすぐなのかわからず、彰は思わずそう聞き返した。
「さやかのライブだよ。確か3時からだろ?」
「あぁ、そうだけど……なんでお前がそんなこと気にするんだよ?」
「え!?いや……その……」
普段は堂々としているリンが言葉を濁して、突然慌てだした。
「あー、お前を誘ったのってさやかちゃんだったんだな?」
「ど、どーしてわかるんだよっ!?」
「前にお前の話をちょっとしてたし、今の流れなら誰だってわかるよ。でも別に慌てることでも隠すことでもないだろ?」
知り合い同士なら文化祭への誘いなど、あってもおかしくないことだ。
別に隠すようなことではない。
ましてや照れるという行為に無縁そうなリンだ。
そのリンがこんな行為を見せることに彰は少なからず疑問を感じた。
「いーだろーがよ!そんなことっ」
リンははぐらかすようにしてそっぽを向いて歩き出した。
「お、おい!」
「あ?どわぁ!?」
彰の制止の声も間に合わず、慌てていてまともに前を見ていなかったリンは曲がってきた人とぶつかってしまった。
相手は男の子でリンよりも体格が良かったため、リンははじき飛ばされた挙句に尻餅をついてしまった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:45② ( No.381 )
- 日時: 2012/08/20 10:08
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「だ、大丈夫?」
「いっつー……。大丈夫。オレの不注意だ、謝るのはこっちだよ」
リンは立ち上がり、ぶつかった男子生徒を見た。
「あ……」
男子生徒の顔を見たリンはどういうわけか一人で頷いて納得した風になった。
「君、確か上条くんじゃなかったかな?」
そんなリンの様子に構うことなく、彰は男子生徒———上条恭介にそう尋ねた。
「えっと……どこかで会いました?」
「いや、俺が在学中に君の噂を聞いていたから。あ、俺は蒼井彰」
「蒼井、彰?もしかして剣道部の蒼井彰さん?」
「覚えてくれていて嬉しいなぁ。もう二年も前なのに」
「彰さんはある意味ここじゃ伝説ですから。実際に試合を見たことはないけど、とにかく凄いって」
「俺も後輩にバイオリンの上手い子がいるって聞いてたよ」
彰と恭介で話が盛り上がっているところに、リンは割り込んできてストップをかけた。
「盛り上がってるとこ悪いんだけど、オレにも自己紹介させてくれよ」
リンは楽しそうにニヤニヤしながら、恭介に向き合った。
「オレは天音リン。よろしくな」
「よろしく……。えっと、彰さんの知り合いの子?」
恭介がそう言うと彰は噴出して笑い、顔を逸らした。
「オレはこう見えても成人した大人だ。まぁ、よく間違われるけどな」
「え!?そ、それは悪いことしちゃったな……」
「気にするなって。それよりそろそろ知り合いのライブが始まるんだ。お前も行かないか?」
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:45③ ( No.382 )
- 日時: 2012/08/20 10:08
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
リンはまどかたちのことを調べる中で、さやかと恭介がどういう関係にあるかをずっと前から知っている。
だがあえて知らないふりをしてリンは恭介に尋ねた。
「僕も知り合い……美樹さやかっていう子なんだけど、その子が出るから見に行こうと思ってるんだ」
「へぇ……そりゃ偶然だな。俺たちもさやかの知り合いなんだ、なぁ?彰」
ワザとらしくそう言って彰に目配せした。
彰はとりあえず頷きだけ返した。
「そうなんですか。ならよく見える穴場を知ってるから、一緒にどうかな?」
「おー、それはありがたいなぁ。せっかくだから案内してくれよ」
「すぐ近くなんで。こっちです」
恭介は先陣を切って一番前を歩き出した。
その後ろをニヤニヤしたままのリンがついて行く。
「おい、リン。何を考えてるんだ?」
彰は先ほどから様子のおかしいリンが変なことを考えているのではないかと不安だった。
「何も。ただ、この上条恭介ってやつのことは知っていても話すのは初めてだからよ。どんな話が聞けるか楽しみなだけさ」
「本当か?」
「心配ならお前が監視してりゃいいだろう?」
「まぁ……そうだけど」
腑に落ちない感じはするが、敵意は感じない。
一抹の不安を抱えつつ、彰は恭介とリンの二人のあとを追った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:30① ( No.383 )
- 日時: 2012/08/22 10:10
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
ライブ演奏は予想以上の大盛り上がりで、開始から30分過ぎたにも関わらず、観客の熱はまだまだ冷めそうになかった。
そんな様子を彰たちは見下ろすようにしてみていた。
「これは確かに穴場だなぁ」
彰は人気のほとんどない教室を見回して言った。
恭介が案内したのは自身の教室だった。
展示系の催し物だった恭介のクラスは午後になると早々に展示を放棄したらしい。
他のクラスメイトは各々の目的の場所に散ってしまい、今この教室にいるのはライブ演奏を目的にしている者たちだ。
「おい、彰」
「ん?」
ずっと黙って演奏を見ていたリンが顔を強張らせ、彰に耳打ちをした。
「感じないか?」
「何が?」
「魔女の気配だよ」
「何だって?」
彰は自身のソウルジェムを取り出し、反応を見た。
確かに魔女を感知し、淡く光っていた。
「ずっと前から感じてはいたんだけど、オレたちに害がなければいいかと思ってた。でも確実にこっちに近づいてきてる」
「こんな所で魔女なんてまずいぞ!」
この学校には生徒のほかに外から来た一般客もいる。
魔女が暴れたりすれば被害は甚大だ。
「こっちに来る前に倒すしか———」
さっきまで激しかった演奏が急にやんだ。
そしてその代わりに聞こえてきたのはこの世のものとは思えない、美しい歌声だった。
リンも彰も、そしてこの場にいる全てのものがその歌声に聞き惚れていた。
「綺麗な歌……だな」
「ああ」
リンと彰はさっきまでの緊張が嘘のような、安らぎに満ちた表情で教室の窓からその歌い手を見つめた。
本来は音のある歌だ。
だがそれを演奏するはずの仲間たちですら歌に聞き惚れてしまっているのだ。
これが白井雪良の『人魚の歌声』の能力なのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:30② ( No.384 )
- 日時: 2012/08/22 10:11
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかは魔法少女に変身し、剣を両手に携えた。
雪良が歌いだすのとほぼ同時に、学校は魔女結界に取り込まれた。
まさに絶妙のタイミングで雪良は皆の意識を自分に向けたのだ。
一分一秒も許されない戦い。
フライングも出遅れもあってはならないのだ。
さやかは視界に魔女の姿を捉えた。
その魔女はまるで巨大な野球グローブのような形をしており、その指にあたる部分が蛇の姿をしていた。
蛇の数は五体。
そのうちの一体が希望を喰らう者であり、その他の四体は希望を狩る者なのだそうだ。
簡単に言えば四体は下っ端であり、残りの一体がそれを操る本体ということだ。
(その本体さえ叩けばこっちの勝ち!)
絶望の魔女・レイアーノは眼前に広がるたくさんの人々に目をくれず、さやかたちに向かってきていた。
レイアーノは希望を喰らう魔女だが、希望には味があり、好みなどあるのだろうか。
仮にあったとしても、感情を持ち合わせない魔女にとって意味など無いのだろう。
だとすればレイアーノがさやかたちを目指す理由は、さやかたちが魔法少女だからだ。
魔女は魔法少女を見分けられるのか、それとも魔法少女は魔女を惹きつける何か特別なものを持っているのか。
考えてもわからないことだ。
だがどんな理由があるにしても、レイアーノが無関係な人に危害を与えるリスクが減るのならこれ以上にラッキーなことはない。
さやかは歌う雪良に目配せをした。
雪良はそれに頷いて答えた。
さやか・雪良とレイアーノの超短期戦の開始である。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:32① ( No.385 )
- 日時: 2012/08/22 10:12
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
雪良が歌いだしてから2分が経過した。
予定ではあと五分で歌が終わる。
「この!」
さやかは次々に襲い掛かってくる蛇を避けながら攻撃していた。
だが蛇の身体は胴回りも太く、皮も硬い。
傷をつけることは出来ても、切り落とすまではいかない。
このままでは時間切れしてしまう。
歌は大体半分に差し掛かったところだ。
つまり約3分を過ぎたことになる。
だがさやかにはもう半分しかない———そういった焦りはまったくなかった。
案の定というべきか、五体の蛇のうち四体しかさやかに向かってこない。
となればどれが本体かなど、一目瞭然だ。
襲ってきている四体を倒す必要は無い。
本体のみを倒すことを考えればいいのだ。
(攻撃自体は大振りだし、隙は山ほどある……。問題はどうやって致命傷を与えるか!)
隙はあれど、時間は無い。
やはり一撃でしとめるほか無い。
だがしかし本体もこの四体と同様に刃を通しにくくなっているのだろう。
一発の破壊力が少ないさやかの攻撃では一撃でしとめるのは難しい。
さやかはレイアーノから距離を置いて剣を握り直し、大きく深呼吸した。
一撃でしとめるのが難しいなら、まるで一撃にしか見えないほどの速さで連激を打ち込めばいい。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:32② ( No.386 )
- 日時: 2012/08/22 10:12
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
(実践は初めてなんだけど……うまくいくかな)
歌の流れから5分経過していることがわかる。
やるなら今しかない。
「うりゃああ!!」
向かってくる四体の蛇を惑わすように飛び回り、大きな隙を作った。
そしてがら空きになった本体に向かって飛び掛った。
「くらえぇぇ!!」
魔法で強化した剣、肉体を駆使し、さやかは目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出した。
マミから『スクワルタトーレ』と名付けてもらった必殺技だ。
あらゆるものを切り裂く怒涛の連激は、硬い身体を持つレイアーノすらみるみるうちにズタズタにしていった。
「これでとどめだぁぁ!!」
回転を加え、勢いを乗せた一撃がレイアーノの本体を切り飛ばした。
本体が倒されるのと共に、残りの四体ものた打ち回った。
そして少しずつレイアーノの身体が縮んで行く。
雪良の歌が残り30秒ほどとなったとき、縮んで消えていくだけのはずのレイアーノの身体が突然はじけとんだのだった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:32③ ( No.387 )
- 日時: 2012/08/22 10:13
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
学校の屋上からレイアーノがはじけ飛ぶ瞬間を目にしながら、九条更紗はニタニタと笑っていた。
「絶望の魔女・レイアーノ。その本質は希望を喰らうことじゃぁーない。絶望を振りまくことなのよぉ」
はじけ飛んだレイアーノの身体は空中で1メートルほどの四本の手足を持つ黒い蛇となった。
トカゲのようにも見えるそれらはもの凄い勢いで増殖し、あっという間に100体を超えた。
「名前も、その能力も、ほんとお気に入りの魔女だわぁ」
更紗の見下ろす先で雪崩のように黒い塊が学園を浸食していく。
終わりを告げるかのように雪良の歌が終わった。
そして絶望の始まりを告げるかのように、人々の叫びが湧き上がった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:40① ( No.388 )
- 日時: 2012/08/23 10:09
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ど、どうなってるのよ!?何が起きてるの!?」
さやかは目の前で起きている事態が飲み込めずにいた。
隣にいる雪良も同様に立ち尽くすしかなかった。
「あ、甘く見てた……。レイアーノがこんな力を隠してたなんて……」
「しっかりしなさいよ!よくわかんないけど、ボーっとしてる場合じゃないって!」
さやかは呆然として魂が抜けたようになってしまっている雪良の身体を揺さぶった。
「で、でも……もう私も魔法も解けちゃってるし。どうすれば———」
すでに周りは混乱や恐怖などで阿鼻叫喚の嵐となっていた。
このような収拾のつかない状態をどう収めればいいというのか。
「もしかしたらなんだけど……斬り飛ばしたレイアーノの本体がまだ生きているのかも」
「美樹さん、どういうこと?」
「残った身体はみんなトカゲみたいのになっちゃったけど、飛ばしたほうはそうなってなかった。だからもしかしたらそれがまだ操っているのかも」
「それを倒したら……もしかしたら?」
「うん……でも」
どういうわけだか黒い蛇たちはまだ目立った動きは見せていない。
とはいえ、それがいつまで続くかわからない。
黒い蛇が一斉に動き出したら本体を探している暇など無くなってしまう。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:40② ( No.389 )
- 日時: 2012/08/23 10:10
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
(せっかくあと少しで倒せたのに……やっぱ私じゃ駄目なの……?)
今諦めるわけにはいかないのに、また心が折れそうになってしまっていた。
強い心を手にするための戦いだったはずなのに。
『何、しょぼくれてんだよ。らしくねーぞ』
「え!?き、杏子!?」
頭の中に響いてきたのは杏子の声だった。
「よっと!」
教室の窓から飛び降りてきた杏子はさやかの横に並んだ。
「訳はあとで聞かせてもらうとして……。さやか、お前は一人じゃねーんだ。困った時はお互い様だろ?」
「先に言われちゃったわね。ま、そういうことよ、美樹さん」
さやかたちの後ろからマミが姿を現した。
二人とも既に魔法少女に変身しており、戦う準備が出来ていた。
「杏子……マミさん……」
「変な顔してないで、さっさと終わらせちゃいないよ。やることあるんだろ?」
杏子がそう言うと、マミも頷いて「ここは任せなさい」と言った。
「ありがとう……。待ってて!すぐに終わらせてくるから!」
さやかは杏子とマミの二人に背中を押されながら、ステージを飛び出していった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:45① ( No.390 )
- 日時: 2012/08/23 10:11
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
今なお、魔女結界と化した学校では人々の狂乱の声が鳴り響いていた。
そんな狂気に満ちた空間の中、その雰囲気とはまるで不釣合いなぬいぐるみのような生物が対峙していた。
「キミは何を考えているんだい?ゴンべぇくん」
「何をって何をっすか?キュゥべぇ先輩」
感情の無いキュゥべぇは普段どおりの笑ったような表情のままゴンべぇを見つめた。
対してゴンべぇはニヤリと口元を吊り上げた。
「今起きているこの状況さ。これだけの人間に魔女や魔法少女の存在を知られるのはボクたちとしても困るじゃないか」
魔女という存在が世の中に知られてしまえば、UFOやUMAといった物珍しいものに惹かれる人間達は必ずそれらが何なのか暴こうとするだろう。
そして同時に魔法少女という存在が知られ、魔法少女=魔女だという仕組みがばらされてしまえば魔法少女になろうとする人間がいなくなってしまう。
たとえどんな願いが叶うといわれても、自身が怪物になってしまうと知っていたのなら拒否するに違いない。
それは今まで接してきた魔法少女たちの反応で明らかだ。
魔法少女は影から人々を護るヒーローであり、魔女たちはヒーローと戦う秘密結社でなくてはならない。
それくらいの認識、バランスで丁度いいのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:45② ( No.391 )
- 日時: 2012/08/23 10:11
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ボクたちの目的の障害にもなる。さらに言えば、人間達の興味はボクたちにも向かってくるだろう。そうなればこの星で活動するのに大きな障害となる」
インキュベーターたちは無限の命を持ってはいるが、肉体的に脆い。
人間達の持つ武器、それこそ鈍器程度で殴られたって機能を停止してしまう。
「キュゥべぇ先輩……もうそんなレベルの話じゃないってことっすよ」
ゴンべぇはやれやれといった感じで首を振った。
「どういうことだい?ボクたちはずっと昔から未来を見据えてきたじゃないか。いつだってボクたちの技術は常識を覆してきただろ?」
「その結果生まれた魔法少女というエネルギーの回収法。でもオイラたちのその逸脱した技術が取り返しのつかないほど強大な『悪魔』を産んでしまっていたとしたら?」
「悪魔……だって?」
「もうオイラたちは傍観する側じゃないんスよ。オイラたちは既に傍観される側に回ってしまっているス」
ゴンべぇは心底残念そうにそう言った。
もはやどうにも出来ないとでも言わんばかりに。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:45③ ( No.392 )
- 日時: 2012/08/23 10:12
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「キュゥべぇ先輩、オイラたちは鹿目まどかという存在を知ったときに気付くべきだったんスよ。オイラたちが犯したミスに……」
「ミス?キミの言っていることがまるで理解できないよ。キミは何を知っているんだい?」
「過去や未来を変えるほどの希望がうまれ、同時に過去や未来を破壊するほどの絶望がうまれた。相反する二つの戦いに、もはやオイラたちは出る幕はないんスよ」
ゴンべぇはキュゥべぇの質問には答えず、動き出した黒いトカゲたちの群れを見つめた。
「自分の敵となりえる魔法少女をこれ以上ださない気なんス」
「確かにボクらにとってこれは都合の悪い出来事だ。だからと言って、ボクらの力があれば———」
「無理っスよ。オイラたちじゃどうしようも出来ないほどの力が働いている。これはその一環でしかないっス」
ゴンべぇはキュゥべぇに背中を向けた。
「感情なんてモノをインプットされているから、オイラは思ってしまったんス。『死にたくない』って」
そういい残してゴンべぇは消えた。
取り残されたキュゥべぇには何も理解出来なかった。
もしゴンべぇのように感情があれば、キュウべぇにも気付けたかもしれない。
今この世界にジワジワと湧き上がっている『絶望』に。
そして思えたのかもしれない。
『死にたくない』と———。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:45④ ( No.393 )
- 日時: 2012/08/23 10:13
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「い、一体何が!?」
恭介は今置かれている状況に対し、動揺からその言葉しか思い浮かばなかった。
気がつけば奇妙な空間の中にいて、グロテスクな怪物が動き回っていたらそうなるのも無理はない。
ガシャガシャンと教室のガラスを突き破って黒い蛇が3匹侵入してきた。
「うわあぁ!?」
恭介や周りの生徒達はその怪物たちの進入に慌て慄いた。
「やれやれ……」
そんな中、リンは慌てる様子も見せず、むしろめんどくさそうな態度をとるという余裕を見せた。
「しょーがねー奴らだ。この化けもんどもはよ」
黒い蛇たちが一斉にリンに飛び掛った。
だが突然リンの背後から伸びてきた黒い手によって3匹とも捕らえられてしまった。
一瞬のうちに魔法少女に変身し、あっという間に事を終えたのだ。
「彰よー、害虫駆除といこうや」
「はぁ……しょうがないな」
リンは捉えた黒い蛇たちを黒い手で握りつぶした。
黒い蛇たちは霧となって消えた。
彰は教室の入り口を突き破って侵入してきた黒い蛇2体に向かって駆けた。
走りながら変身し、大剣を抜刀すると黒い蛇たちが動く余裕を与えることなく倒した。
黒い蛇たちを退けることに成功した。
だがこの現場を見ていた生徒達は、目の前で起きている出来事に半パニック状態に陥ってた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:45⑤ ( No.394 )
- 日時: 2012/08/23 10:13
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「まぁ、無理もねーか」
リンは背後から2メートルほどの大きな黒い塊を出現させた。
そしてそれに指で指示を出すと、黒い塊は生徒達に向かって行った。
「ひいいい!」
生徒達の悲鳴が教室に響いたが、それも一瞬で消えた。
黒い塊に飲み込まれたのだ。
「お、おい!!何やってるんだ!?」
彰はリンに掴みかかった。
「安心しろ。一時的に閉まっておくだけだ。あとでちゃんと出してやるよ」
そう言って彰の手をはらい、ひとり残された恭介のところに歩いていった。
「なぁ、何が起こっているか、まるでわからないだろうけどよ……少なからず、お前は関わってるんだぜ?オレたち魔法少女によ」
「ま、魔法少女?」
「そうさ。奇跡を起こす正義の味方———なんてのはクソ喰らえ。自己満足のために悪魔と取引した、哀れなやつらの事さ」
奇跡。
その言葉を今日言われたのは二回目だった。
「実は、『奇跡』って信じるかって聞かれたんだ。二人はどう思います?」
こんな時にと思うかもしれない。
だがどうにも気になって仕方がなかった。
最初に尋ねてきた雪良がまるで何かを訴えかけているように思えたからだ。
リンは怒ったような、呆れたような微妙な表情をして吐き捨てるように言った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:45⑥ ( No.395 )
- 日時: 2012/08/23 10:14
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「そんなもんはねーよ。奇跡なんてのは幻想だ。手品を見せて超能力ですって言ってる詐欺師のようにな」
リンの答えは遠からずとも雪良の言っていたことと似ていた。
恭介は雪良にも同じようなことを言われたと話した。
「人魚姫、ね。上手いというか、皮肉ってるというか……」
リンは雪良がさやかのことを指して言っているのだとすぐにわかった。
雪良の言うとおり、さやかはまるで人魚姫のようだ。
「恭介くん、君はなんて答えたんだい?」
ずっと黙っていた彰がふとそう聞いた。
「奇跡は人を幸せにする。奇跡が起きて不幸になる人なんていないって……」
「それ……まじで思ってる?」
リンが、今度は明らかに怒気を含んだ表情で恭介を睨んだ。
「奇跡ってそういうものだと思うんだ。僕の腕が治ったとき、家族も、友達も、さやかも喜んでくれたんだ。喜ぶってことに不幸なんて———」
突然、恭介の身体が宙に浮いた。
浮いたと思ったら、次の瞬間には壁に叩きつけられて一瞬呼吸が止まった。
「がはっ!?な、なんで?」
恭介の見つめる先には黒い手を背後から伸ばし、歯軋りをして怒るリンの姿があった。
「ぬるま湯で育ったお坊ちゃんには理解できないか?奇跡ってのがすべて幸せに繋がるとはかぎらねー。その裏で不幸になった者も、心に傷を負ったものもいるんだよっ!」
「やめろ、リン!」
彰は恭介を掴む黒い手を『無かったこと』にすると、解放された恭介を受け止めて地面に降ろしてやった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:45⑦ ( No.396 )
- 日時: 2012/08/23 10:15
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「恭介くん、俺は君の考えている奇跡が間違っているとは言わないし、奇跡が無いなんて否定するつもりもないよ。でもね、奇跡は偶然起きるものじゃなくて、何かきっかけがあって起きるものだと俺は思う。もしかしたらそれが誰かの犠牲の上で起こった奇跡なのかもしれない。何も無いところから、何かが生まれるなんて無い———それが俺の考えかな」
「やっぱりわからない……。どうしてそんなに悲観的なんですか?その、魔法少女と関わりがあるんですか?」
彰は少し困ったような顔をして口をつぐんだ。
彰もさやかがなぜ魔法少女になったかを知っている。
もし魔法少女のことを話せば、近い将来、さやかの願いのことも知ることになるだろう。
「いいんじゃねーの?もうこんな状況だしよ」
リンがそう言って恭介を窓際まで引っ張った。
そしてリンはある一点を指差し、恭介に見るように言った。
恭介の視線の先、そこには化け物と戦うさやかの姿があった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:47① ( No.397 )
- 日時: 2012/08/24 16:55
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
見たことの無い姿で果敢に化け物と戦うさやかの姿を見て、恭介は目を疑った。
信じられないというのが一番大きい。
普段接している時はいつも通りの、小さい頃からよく知るさやかでしかなかった。
だから今、危険に身を投じているさやかの姿が見てもなお想像できなかった。
「しんじられねーか?まぁ、今起こっている事だって夢みたいなことだしな。でも、こいつは現実の出来事なんだ」
「でも……なぜさやかがあんな危険なことを!?」
確かにとても人に言えることではなのだろう。
言っても信じて貰えないだろうし、信じて貰ったとしても決していい顔はされない。
もし自分が相談されたとしても、「やめたほうがいいよ」と答えただろう。
だが例え人に言えないことだろうと、どんな理由があろうとも、こんな危険なことをする必要などないはずだ。
「魔法少女ってことを同僚でない限り、あまり人には話さない。暗黙の了解ってやつだ。だがな、さやかには他にも言えない理由があるのさ。特に……お前にはな」
「僕に?」
恭介はリンから視線を離し彰を見た。
彰は顔をしかめて何も言わなかった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:47② ( No.398 )
- 日時: 2012/08/24 16:56
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「魔法少女はな、あーいう危ない奴らと戦うことを引き受ける代わりに見返りが得られるのさ」
「見返り?」
恭介はリンに視線を戻した。
リンは頷くと、意地悪そうに口元を吊り上げた。
「そうさ、お前の好きな『奇跡』だ」
「奇跡……?」
「どんな願いでも叶えてもらえる。大金持ちでも、不老不死でも何であろうとな」
「どんな願いでも……」
恭介は頭の中で絡まっていた糸がほぐれていくのがわかった。
『奇跡も、魔法も、あるんだよ』
再びさやかの言葉が蘇ってきた。
ずっとそれが魔法の呪文で、その呪文のおかげで奇跡が起きたのだと思っていた。
それは半分正しくて、半分間違っていたのだ。
奇跡も魔法もあった。
だがその魔法の呪文は大きな代償を伴うものだったのだ。
「さやかが、僕のために?」
リンも彰も恭介の言葉に何も言わなかった。
それは無言の肯定だった。
「そんな……なんで……僕に何も言わずに……」
「言えなかったんだよ。自分の身体を引換えに得た奇跡で元気になったと君が知れば、きっと喜んではくれない———そう思いつつも本当は知って欲しかったのかも知れない。でも君の事を思えば、奇跡のおかげとして済ましておくのが一番だったんだよ」
『王子様が、自分を助けたのが人魚姫だと気付けていたのならどうなっていたのかしらね』
彰の言葉と共に、今度は雪良の言葉が蘇った。
あの時理解できなかった言葉の意味。
それが今はなんとなくわかった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:47③ ( No.399 )
- 日時: 2012/08/24 16:58
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
今の今まで、恭介の知らないところでさやかはどんな苦しみを味わってきたのだろうか。
どんなに苦しもうとも、気付いて貰えなくとも、支払った代償のために戦い続けてきたのだろう。
それはとても辛いことではないか。
雪良の例えたように、もしもっと早く気付くことができたのなら、少しでも苦しみを和らげることが出来たのかもしれない。
安易に奇跡を語っていた自分が恥ずかしく思えた。
さやかが命を懸けて作ってくれた奇跡をずっと踏みにじっていたのだ。
「謝って……ちゃんとお礼が言いたい。ずっと支えてきてくれたことを———」
自分には戦う力はない。
でももしかしたら戦うための、前に進むための希望になるかもしれない。
そのための言葉を伝えたかった。
「しょーがねーなぁ。手伝ってやるよ!」
「え?」
突然、リンがそう言い出した。
「お前も、さやかも無事でないと、伝えられないだろ?なら戦えるものがそれを助けてやらないとな」
リンは彰に視線を向けて、ウィンクした。
彰は笑みを浮かべて頷いて返した。
「ありがとう……」
「礼は、うまくいってからな」
リンは恭介の肩を叩きつつ隣を横切った。
「おい、いるんだろ?インキュベーター」
そして誰もいないはずの教室にそう投げかけた。
『何かようかい?』
リンと彰の頭の中だけにキュゥべぇの声が聞こえた。
『今戦っている奴らと話がしたい。お前なら出来るだろ?』
『確かに出来るけど……。どうするつもりだい?』
『なーに、お前も損することじゃねーからよ』
『……わかったよ。お好きにどうぞ』
リンは頭の中で言葉を組み立てると、それを戦う者たちに放ったのだった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:48① ( No.400 )
- 日時: 2012/08/24 16:59
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
ほむらは素早くマガジンを交換すると、襲い掛かってくる黒い蛇を的確に射抜いた。
「ふぅ……きりが無いわ」
相手自体は大したことないが、数が多い。
持久戦になれば不利になるはほむらたちのほうだ。
「ほむらちゃん、大丈夫?」
「えぇ、今のところは……」
心配するまどかにほむらは笑顔を向けた。
そして周りで不安そうにしているクラスメイトたちに視線を向けて、表情を曇らせた。
(こんなことになるなんて……。皆のためとはいえ、魔法少女であることが知られたのはあまり良いことじゃないわね)
仮にこの場を無事に乗り切ったとして、ほむらたちに元通りの日常は訪れないだろう。
奇異の目で見られたり、好奇の目に晒されたりするだろう。
(今はそんなことを考えても仕方が無いわ。皆を、まどかを護らなくちゃ)
ジジジと頭の中にノイズが流れた。
テレパシーを受け取る際にたまに起きる現象だ。
『あー、皆聞こえるか?』
(この声……)
「ほむらちゃん、これって———」
どうやらテレパシーはまどかにも聞こえているようで、突然のメッセージにまどかも驚きの表情を浮かべていた。
「きっとキュゥべぇを使って話しかけてきているのね」
まどかもほむらもこの声の主が誰なのかということに気付いている。
と言ってもちょっと話したくらいだし、さやかから断片的に聞いているだけだ。
故にこの声の主がどのような人間で、どのような目的で話しかけているのかまったくわからなかった。
それでも恐らくこの状況を収束させる何かしらの手段を持っているからこその呼びかけなのであろうことは想像できた。
だからほむらとまどかの二人は頭の中に聞こえるその声に何も言うことなく耳を傾けたのだった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:48② ( No.401 )
- 日時: 2012/08/24 17:00
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかはレイアーノの本体の居場所に見当をつけていたが、やはりと言うべきか、黒い蛇たちが邪魔してそこまでたどり着くことが出来ずにいた。
そんな時、リンの声が頭の中に響いてきた。
さやかは襲ってくる黒い蛇を相手にしながら、その言葉に耳を傾けた。
『オレは天音リン。知ってるヤツも、知らないヤツもとりあえず聞いて欲しいんだ。今戦っている相手は本体を叩かなくちゃ意味の無いタイプのヤツだ。その本体がどこにいるか、どんなヤツなのかを知っているのは一部だと思う。オレもわからない。で、何が言いたいかというと、この状況で本体のことを知るものが倒すのが一番の近道ってことだ。でもきっと雑魚どもが邪魔して本体までいけてないんじゃないか?』
リンもどうやらレイアーノ自体は知らなくとも、どのようなタイプの魔女なのかは感づいているようだ。
そしてその相手と戦っているのがさやかであることも。
『きっとお前のことだから、何か意味があってのことなんだろ?こいつと戦うことがさ……。なら最後の最後まできっちりと決めろよ』
皆に語りかけるというよりは特定の誰かに語りかけるような口ぶりとなった。
さやかは敵から少し距離を置いて、体勢を立て直した。
『雑魚は全部オレが引き受ける。疑問や不満は感じるかもしれないけど、それが手っ取り早い。だからとりあえず任せてくれ』
リンを知らない人間からすれば、何が任せろだと、何を偉そうにと思うのかもしれない。
だがさやかはその言葉が頼もしいものに思えた。
杏子に背中を預けている時と同じような安心感を覚えたのだ。
『アンタ、ほんとに一人で大丈夫なの?』
さやかは余計なお世話でも言ってやろうという気持ちでそう言った。
目に見えはしないが、なんとなくリンが笑った気がした。
『任せろ。お前は気にせず突っ込め。さっさと決めて来い!』
さやかは剣を構え直して、
「言われなくても!!」
レイアーノの本体目掛けて、黒い蛇たちに眼もくれずに突っ込んで行った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:49① ( No.402 )
- 日時: 2012/08/24 17:01
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
さやかが突っ込んでいくのと同時に、辺りを動き回っていた黒い蛇たちが一斉にどこからともなく伸びてきた黒い手に捕まっていった。
その様子を、そしてそれを操作するリンを見て彰は言葉を失った。
(これが天音リンの魔法……!!)
リンを中心に半径1メートルほどの黒い円がリンの足元に広がっていた。
その円から無数の黒い手が伸びていっているのだ。
それらをすべて一人で操作し、的確に黒い蛇だけを仕留めている。
リンの操る黒い手は数が多い上に攻撃力も高い。
恐ろしいほどの魔力のキャパシティ、そして技術力をリンは備え持っているのだ。
(でも……なんというか、意外だな)
リンは自由人を形にしたような人間だ。
口は悪いが憎めない性格で、人付き合いも上手そうだ。
そんなリンが使う魔法はどこか無機質だった。
感情が希薄で冷たい印象を受ける。
まるで何もかも無情に飲み込むブラックホールのようだ。
リンが閉じていた目を見開いた。
「っ!!」
リンの白目が黒く染まり、瞳は赤く光っていた。
普段のリンとは正反対、まるで悪魔を見ているかのようだった。
天音リンという少女はなぜ魔法少女になったのだろうか。
彰は悪魔のような姿をして戦うリンを見てそう思ったのだった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:49② ( No.403 )
- 日時: 2012/08/24 17:02
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「終わりねぇ……。この楽しい宴も———」
次々とリンの操る黒い手に殲滅させられていく黒い蛇たちを見ながら更紗は嘆いた。
「相手がリンちゃんじゃ、しょうがないッスよ」
ゴンべぇはさも当然とでも言わんばかりにそう言った。
「広範囲殲滅特化型魔法少女。暴食の女王。いろんな名で呼ばれた最強の魔法少女。まったく洒落にならないわねぇ」
「なんでも一国の軍隊を全滅させたとか、飛んでくるミサイルを打ち落としたとか。本当かどうかわからないっすけど」
「すごいわねぇー。伊達に長生きはしてないわねぇ」
更紗は大して興味がないようで、言葉も投げやりだった。
「あら?」
レイアーノの本体に向かっていくさやかの姿が目に映った。
「くふふふ」
「どうしたんッスか?」
「次に遊ぶおもちゃを決めたわぁ。きっと楽しくなるわよぉ」
更紗は踵を返した。
「さぁ〜、次の遊びの準備をしなくちゃ」
そうゴンべぇに告げて姿を消した。
ゴンべぇは必死に戦うさやかたちを見つめた。
「一度踏み込んでしまったらいくら足掻いても絶望からは抜け出せないッス。せめてこれから起こる絶望を乗り切れることを祈ってるッスよ」
- Re: 魔法少女まどかマギカ 〜True hope 〜 ( No.404 )
- 日時: 2012/08/26 01:12
- 名前: つみれ ◆tsgetufG9g (ID: 5q2LsCvc)
はじめまして。
まどマギの長編、ずっと気になっていたんですが今ようやく追い付くことが出来ました!
一見大人し目の双樹可愛いとか雪良さん名前のイメージより大胆っすねとか
もう色々あるんですが明奈の願い、思いにヤラれました……!
苦痛がありながらも、お兄ちゃんからありったけの愛を貰えたから
自分以外の魔女の犠牲者を思えたり、彰の幸せを祈ったり
全てが終わった後も尚、神様を呪わずにいれた子になれたのかなぁ。
チケットの時の「良いことをすれば良いことで帰ってくる」と言う台詞は
彰の明奈へ向けた愛もそうなのかなーとか思ってしまいます。
5章の最終話前半はああ……と思いながら読んだんですが
最後のキュウべぇの台詞を見てから見直すと
「治らない病を患った人のことで泣く」って二つぐらいシチュエーションがあるよなぁ……と
思ったのですがそう言うことでしょうか。早とちりだったら恥ずかしい!
ところでここの3話目の「ママとお別れしたくなって」って「したくないって」の間違いでしょうか?
前後のキュゥべぇの台詞も含めてあれ?と気になったので……。
そして更紗さんがマジ外道過ぎて震えるんですが。
ターゲットはさやか!? ただでさえ今大変なのに。
まだすずねの件しか優雅な身なりのこの人の手法が解らないのがゾクゾクします。
すずねのことも含めてあの子の怒りのボルテージがエラいことになりそう……。
まどかやほむらと同じく騒動のせいで日常も壊れてしまいそうですし……。
たださやかにも恭介と言う進展があるので負けないで欲しいです。
はじめましてのがこんな乱文で失礼しました。
これからも更新、応援しています! それではm(_ _)m
- Re: 魔法少女まどかマギカ 〜True hope 〜 ( No.405 )
- 日時: 2012/08/27 10:18
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
>つみれさん
感想ありがとうございます!!
こんな長々、グダグダのお話を読んで頂き光栄に思います。
また色々想像しながら読んでいただいていることに、書いてる僕も嬉しく思います。
ちなみにご指摘の5−3話は脱字でした><
ご指摘ありがとうございます。
オリジナルでありながら、彰と明奈の二人は気に入っているキャラです。
なのでもっと出番を増やしてあげたいとか思っています。
でも僕の場合、お気に入りだろうと容赦なく死なせたり、裏切らせたりするので要注意です(苦笑)
もしよろしければ、ピクシブでも同じ作品を投稿していますのでそちらもご覧ください。
ピクシブのほうは、カキコよりもお話が進んでいますので^^
ようやくお話も後半戦なので、さらに気合を入れて更新していきたいと思います。
ご感想頂けると元気がでます。
何か気になること、ご感想あればまたコメントして頂けると幸いです。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:50① ( No.406 )
- 日時: 2012/08/27 10:35
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
リンの攻撃で一瞬にしてさやかを邪魔していた黒い蛇たちは居なくなった。
リンなら言葉通り事を運んでくれるだろうと信じていたさやかは迷い無く行動できた。
その迷い無き行動はさやかの突撃に勢いをのせ、レイアーノの本体に到達した時には本体を一撃で沈めるには充分な速度となっていた。
さやかは先ほど首を落としたとき同様に身体を回転させ、ここまでのせてきた勢いにさらに回転の力をのせた。
「今度こそ終わりだぁぁ!!」
首だけとなったレイアーノは身動き一つとれず、避けることもできずにさやかの一撃を脳天に受けた。
おぞましい雄たけびをあげ、レイアーノは蒸発していき、今度こそ消滅した。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 15:50② ( No.407 )
- 日時: 2012/08/27 10:35
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「やったっ!今度こそ勝ったんだ!」
『やったな、さやか。んじゃ、後始末は任せろ』
リンの声がしたかと思うと、リンの魔法であろう黒い塊が空中でモゾモゾと動きながら大きくなっていった。
そして黒い塊から先ほど黒い蛇たちを殲滅した黒い手が伸び、一般客たちを次々と捕まえて飲み込んでいった。
「え!?ちょ、ちょっと!?な、何やってんのよ!?」
ただ事ではないこの状況にさやかは大慌てした。。
『今起こったこの騒ぎの記憶だけ『喰う』んだよ。でないと、このあとが厄介だろ?』
「そんなこと出来るの?」
『オレを誰だと思ってるんだ?任せとけって。ま、きっちり消すのは難しいから、1日くらい真っ白になるやつもいるかもなー』
冗談か本気かわからない言い方でそう言いながら次々と飲み込み、あっという間にさやかたちしか居なくなった。
『魔女結界が崩壊するぞ。さっさとここからでよーぜ』
「そうだね。早く行こう」
その後、さやかたちは崩壊する魔女結界を無事脱出した。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 16:50① ( No.408 )
- 日時: 2012/08/27 10:37
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
魔女結界を脱出後、記憶を消された者たちは何事も無かったかのようにもうじき終わりを迎える文化祭を楽しんでいた。
彰とリンは少し離れたところからさやかと恭介を見ていた。
「俺はあんま覗き見って趣味じゃないんだけどなぁ」
「一応オレたちが愛のキューピットだろう?ちょっとくらいいいじゃねーか」
「愛ねぇ」
本気で言っているのか、冗談で言っているのかわからないが、リンの表情はどこか満足げだった。
彰はそんなリンを見て、これでも良かったのかもしれないと思った。
「なぁ、彰。お前は奇跡を信じるか?」
突然、リンがそんなことを聞いてきた。
「なんだよ、突然?その答えは自分で言っていたじゃないか」
「ん、まぁ……そうなんだけどさ。オレももしかしたら奇跡が起こることを信じて魔法少女になったのかもって思ってさ」
「思った?」
自分のことのはずなのに、他人事のような言い方だった。
「オレの記憶は断片的にしか残ってねーんだよ。だからどうして魔法少女になったのか、なんで人間を憎いと思うのか、さっぱりわからないんだ」
「お前……」
表情を暗くする彰に対し、重い空気を跳ね飛ばすかのようにリンは笑った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 16:50② ( No.409 )
- 日時: 2012/08/27 10:37
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「ま、友達の記憶はあるし、さやかや、お前とも出会えた。記憶がちょっと無くたって、今があればいい」
「そうか———。それでお前はこれからどうするんだよ?」
リンが人を憎んでいるということは所々で感じ取っていた。
その憎しみがどう向いていくのか。
強大な力を持つリンだからこそそれが重要なのだ。
「さぁな。今は世界征服しようなんて思っちゃいないよ。この世界が嫌いなわけじゃないし、友達が暮らすこの世界を壊そうとも思わない。お前は?」
「え、俺?」
なぜリンが彰の今後を訊ねてきたのか、その真意がわからなかった。
彰にはリンのような力も無いし、大きな目的もない。
「俺は別に……」
「別にってことはないだろ?お前が護ろうとしているお姫様は只者じゃーねぇんだぞ?」
「お姫様って、まどかちゃんのことか?」
「お前、なんで鹿目まどかが狙われるのかわかってんのか?」
まどかが魔法少女としてとてつもない才能を秘めていることは聞いている。
かつて彰も欲したように、皆その力が欲しいのではないだろうか。
「考えてもみろ。魔法少女としては凄い力を持っているけど、それを実際に喜ぶのはインキュベーターくらいだろ。オレら魔法少女がそれを欲したところで何ができる?」
「確かに……」
まどかが魔法少女になったとして、そのあとどうしようというのか。
味方につけて世界征服でもするつもりなのか。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 16:50③ ( No.410 )
- 日時: 2012/08/27 10:38
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「まぁ、オレにもわからんが———もっと別な何かが動いているのかもな」
「お前だって狙っていたんだろ?何か知っているんじゃないか?」
彰がそういうと、リンは彰を一瞬睨むようにして見て、すぐに視線を逸らした。
「しらねーな」
「……」
何か心当たりがあるのは間違いない。
だがそれを言葉にすることが出来ないのだろうか。
リンは踵を返して彰に背を向けた。
「さやかがどうなったかあとで教えてくれや。どうせお姫様から聞くだろ?」
「何かあったら言えよ」
「……そうする。ありがとよ」
リンは今まで見せたことの無い、悲しそうな、嬉しそうな、曖昧な表情を浮かべた。
そしてそのあと何も言わずにどこかに行ってしまった。
「何か……か」
何が『何か』なのかわからないが、何となく胸騒ぎがした。
その胸騒ぎが的中するのはそう遠くない未来のことだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 後日 13:00① ( No.411 )
- 日時: 2012/08/28 10:20
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
文化祭が終了し、次の日曜日。
さやかは学校の校門前に一人で立っていた。
「おっそいわね……」
約束の時間を10分ほど過ぎている。
待ち合わせ場所として分かりやすいだろうと思ってこの場所を選んだというのに、まるで意味がない。
「お、悪い悪い。待たせちゃったな」
「アンタが時間にルーズのなのは今に始まったことじゃないでしょ」
さやかは呆れた様子でため息をつきつつも、笑顔で待っていた相手———杏子を見た。
「でも急になんだよ?今度の日曜暇か〜なんてさ」
「別に理由なんてないわよ。たまにはアンタと出かけてもいいかなって思っただけ」
「なんか気味悪いんだけど……。変なもんでも食った?」
「アンタじゃあるまいし……。とにかくこんなところで突っ立てても面白くないし、どっか行こうよ」
杏子は辺りを見回して何かを探す素振りを見せた。
「どうしたのよ?」
「どっかでどっきりカメラでもまわってんじゃないよな?」
「アンタ……一発殴ろうか?」
- Re: 第十章 人魚の歌声 後日 13:00② ( No.412 )
- 日時: 2012/08/28 10:21
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
二人はさやかの提案で洋服を見に来ていた。
「もうすぐ冬だし、いつもの格好じゃ寒いでしょ?」
「別に寒さなんて魔法でどうにでも出来るし……」
「見てる方が寒いのよ」
「でもなぁ……金の問題が……」
「アンタいつもそればっかよね」
渋い顔でモジモジする杏子に、さやかは苦笑いを浮かべた。
「お金の心配はしなくていいから。それにアンタは良くてもゆまちゃんだってオシャレくらいしたいでしょ?」
「そりゃそうかもしれないけど……なんか悪いし」
いくら知れた仲でも金銭面に関してまで世話になるのは気にかかる。
杏子は杏子なりに遠慮しているのだ。
「それも安心しなさいよ。このお金はアンタが文化祭で働いたお金だから」
「え!?そうなのか?」
「いくらなんでもタダ働きなんてさせないわよ」
「だったら現金を貰ったほうが……」
目を輝かせて手を差し出す杏子にさやかはジト目で見返した。
「アンタに渡すと食べ物ばっかり買うでしょ。ゆまちゃんが杏子は余計なお菓子ばっかり買ってるって愚痴ってたわよ」
「……ゆまのヤツめ」
「ゆまのヤツめ、じゃないわよ。小学生に心配されてどうすんのよ」
杏子はしばらくの間ふて腐れていたが、その後は何だかんだでノリノリで洋服選びをしていた。
普通の年相応の少女であれば当たり前の光景が、魔法少女となってしまったことで遠のいていた。
遠のいていた『普通』が、友達と一緒の今が杏子には楽しかった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 後日 13:00③ ( No.413 )
- 日時: 2012/08/28 10:23
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
洋服を購入したあと、二人は遅めの昼食を公園でした。
食事も一通り終わり、杏子はこの後どうしようかと思い、ふとさやかを見た。
さやかはボーっと遠くを、空を見ていた。
「私、杏子と会えて良かったよ」
突然、そんなことを呟いたさやかに、杏子は一瞬言葉を失った。
「な、なんだよ急に?」
動揺する杏子に対し、依然さやかは遠くを見たままだった。
「最初はさ、ムカつくヤツだなって思ったけど……いつも戦う時は杏子が一緒に居て、助けられて、支えられてた。何ていうのかな……。まどかは護ってあげたいお姫様って感じで、杏子は背中を預けられる戦友みたいな感じかな」
杏子も初めは自分と同じような願いで魔法少女になったさやかのことが他人事とは思えずに突っかかっていた。
反発しながらも一緒に戦い、ワルプルギスの夜を打ち倒し、気付けばさやかを友達と呼んでいた。
今では戦う時にさやかが居ないと違和感さえ覚える。
「白井さんに、今の私を乗り越えるための戦いだって言われて絶望の魔女に立ち向かったけど、結局一人じゃどうしようもなくて……。そのときは私ってやっぱり一人じゃ何も出来ないんだなって思ったんだよね。でも杏子やマミさんや、他のたくさんの人が一緒に戦ってくれて、楽しいことも辛いことも一人で乗り越える必要なんて無いんだなって思ったんだ。知らず知らずのうちに皆に支えられていて、とっくのうちに壁を乗り越える準備は出来ていたんだ。私がただその一歩を踏めずにいただけでさ」
「さやか……」
さやかの心にあった壁は、上条恭介のことだ。
それは杏子も良く知っている。
それを乗り越える———乗り越えたのなら、さやかは既に恭介とのことをで何かしらの決着をつけたということなのだ。
- Re: 第十章 人魚の歌声 後日 13:00④ ( No.414 )
- 日時: 2012/08/28 10:24
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「恭介にさ、お礼言われたんだ。私の願いで救われたって。だから私、『恭介が幸せでいてくれるなら良かった』って言ったの」
「それ、だけ?」
恭介はさやかが魔法少女であることを知り、さやかの願いで自分の怪我が治ったことを知った上で礼を告げた。
ならさやかも我慢する必要など無いはずだ。
好きな人に好きだと言ってもいいはずなのだ。
「何かね、恭介にお礼を言われた瞬間吹っ切れちゃったんだよね。もうこれで充分かなって。仁美も恭介のこと好きだし、恭介も仁美を気にかけてるみたいだったし。私の中の人魚姫は、王子様に助けたのが自分だったってことがわかってもらえばそれでハッピーエンドなんだよ」
そんなの悲しすぎるじゃないか———杏子はそう言葉にしかけた。
だが涙を流しながら、しかし清清しい笑顔を空に向けるさやかを見て言葉が出なくなった。
「ならアタシが王子様になってやるよっ」
杏子は出なかった言葉の代わりと言わんばかりにそう言った。
「お前を泡になるだけの人魚姫なんかにしない。辛いことや悲しいことも受け止めてやるよ!」
ほとんど何も考えず、自然と口から出た。
さやかは瞳を潤ませながら、杏子に笑顔を向けた。
「なに馬鹿なこと言ってんのよ。まるで告白じゃない」
「え!?そ、そんなわけじゃ……」
杏子は顔を赤くしてさやかから顔を逸らした。
さやかはそんな杏子を見てクスクス笑って、
「ありがとう、杏子———」
そう杏子に聞こえないくらい小さな声で呟いた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 最終話① ( No.415 )
- 日時: 2012/08/28 10:24
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
白井雪良は何も無くなった自分の部屋を見て、一息ついた。
そして階段を降り、玄関を出た。
玄関の前では両親が忙しく引越しの準備をしていた。
さっきさやかがやってきて少し話をした。
自分の中でとりあえず決着がつけられたと言って、礼を言われた。
さやかが希望を再び持って前に進めたことを思うと嬉しかった。
おかげで長く住んだこの街とも気持ちよく別れられる。
そろそろ出発の準備が出来た頃だろう。
雪良は両親のもとに向かった。
「パパ?ママ?」
いつの間にか二人は居なくなっていた。
荷物を乗せた車は先ほどと変わらない場所にあるというのに。
「満足した?希望の魔法少女さん……」
突然背後からした声に反応し、雪良は魔法少女に変身しつつ振り向いた。
そこにはフリフリの日傘を差し、フリフリのドレスで身を包んだ女性が立っていた。
「見事、レイアーノを倒して、皆の希望を護った。ほんとお手柄ねぇ〜」
「あ、あなたは?」
女性は傘から覗かせた口元を吊り上げて笑みを浮かべた。
- Re: 第十章 人魚の歌声 最終話② ( No.416 )
- 日時: 2012/08/28 10:25
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「アナタが希望の魔法少女なら、私は絶望の魔法少女かしらねぇ」
女性が傘を少しあげ、隠れていた顔の上半分を見せた。
その瞬間、雪良はぞっとした。
まるで悪意が渦巻いているかのような漆黒の瞳。
無機質に笑う口元。
こいつは絶望を背負っている。
(この人は危ない!!)
一瞬でそう感じ取った雪良は歌を歌い、女性の動きを封じた。
だがしかし、女性は自分の意思で一歩、また一歩と前に進んできた。
(そ、そんな!?なんで!?)
「アナタの歌は希望を持つ人に希望の歌を聞かせて魅了することなのでしょ?なら私には効かないわぁ」
女性は空いた手を雪良に向けた。
雪良はここから逃げなければという感覚に襲われたが、どういうわけか足が動かなかった。
「私は生まれてこの方……希望なんて持ったことないわぁ。だって絶望を愛しているものぉぉぉ」
女性の手が雪良の視界を塗りつぶし、暗闇を作った。
その暗闇を目にしたときには、既に雪良はこの世のものでは無くなっていた。
女性は手を下ろし、誰も居なくなった家の前で震えた。
楽しくて楽しくてたまらずに震えた。
「くひひひひぃぃぃいい!!」
誰に見られることも構わず、不気味に笑った。
引っ越したと思われ、雪良が居なくなったと気付くものは居なかった。
結果、白井雪良とその両親が失踪したことがさやかたちの耳に届いたのはずっと先のことだ。