二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30① ( No.362 )
日時: 2012/08/08 15:19
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「平和ね」

「平和だなぁ」

マミと彰は賑やかな店の様子を見つつそう言った。

先ほどまで騒いでいた鈴木は剣道部のマネージャーしている中沢に偶然出会い、連れてかれてしまった。

あとで知ったことだが、まどかと同じクラスにその中沢の弟がいるらしい。

そんなこんなで騒ぎの元凶がいなくなり、いわゆる普通?のメイド喫茶の光景が戻ってきたわけだ。

「わけだ……じゃないよ。なんでアタシがこんな格好しなくちゃいけないんだよっ」

マミと彰の前にメイド服を来た杏子が突っかかってきた。

「あら、佐倉さん似合ってるじゃない」

「確かに。可愛いと思うよ」

あっけらかんとそう言う二人に杏子は噛み付くように反発した。

「そういう問題じゃないだろっ。アタシがこんな……こんな恥ずかしい格好しなくちゃいけないんだ!」

「そう言わずにさ、私の代わりに頑張ってよ」

制服に着替えたさやかが杏子の肩を叩いた。

「だからなんでアタシがさやかの代わりなんだよー!」

「仕方ないじゃない。これからバンドのほう行かなくちゃいけないんだから」

「それとアタシが代わりになるのにどういう繋がりがあるわけ!?」

「まー、人が減るよりは良いんじゃないかなって」

さやかが悪意ある笑みを浮かべた。

杏子はまんまとはめられたのだ。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30② ( No.363 )
日時: 2012/08/08 15:19
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「アタシは嫌だからな!」

「そんなこと言わないでよ、杏子ちゃん。似合ってるし、可愛いと思うけどなぁ」

まどかがそう言うと、他のクラスメイトも頷いたり、「可愛い」と言ったりしてフォローした。

「そ、そーかな?」

「そーだよっ!一緒にがんばろうよ!」

まどかが杏子の手を取った。

「わ、わかったよ……。何だかまどかに頼まれると調子狂うなー」

「ウェヒヒ。仕事もそんなに大変じゃないから、すぐ覚えられるよ」

杏子はまどかに引かれ、クラスメイト共に店の奥に連れて行かれてしまった。

「単純なやつ……。じゃあ私は行って来るから」

「頑張ってね、美樹さん。絶対見に行くから」

さやかもマミに見送られて教室を出て行った。

「蒼井先輩とこうやって二人だけになるのは初めてね」

「ん、そーだね」

マミは一拍置いて言葉を口にした。

「蒼井先輩は、何だか変だなって思ったことあります?」

「変って?」

「漠然としてるけど……変わった事とか、変わってしまったこととか……」

マミはここ最近起きている事件の数々がどうも無関係とは思えなかった。

その証拠に彰の件も、クロードの件も、すべてまどかを狙ってのことだった。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30③ ( No.364 )
日時: 2012/08/08 15:20
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「ワルプルギスの夜を倒して平和になったはずなのに、まだこうやって争いは続いてるわ。それも何だか偶然起きているわけじゃない気がして……」

「……マミちゃんが感じていることを俺も少なからず感じてる。ただそれが何なのかはやっぱりわからない」

「そう……ですよね」

マミはティーカップをさすりながら、ため息をついた。

「ただ……」

「ただ?」

「ただ、引っかかることはあるんだ。不思議な感覚でね」

「それって……?」

彰は簡単にクロードとの戦いの時に使った『痛みの翼』の話をした。

マミもその話はまどかから聞いていて何となくは知っていた。

「痛みの翼を使った時、その負荷に耐えられなくて気を失ったんだ。そのとき夢を見たんだ」

「夢?」

「どんな夢だったかはわからない……というか思い出せない。でも漠然とそこでとても大切な人と出会った———そう思うんだ」

覚えていないはずなのに、ぼんやりと濃い霧の向こうに立っているかのようにぼやけた人影が浮かんでくるのだ。

「それを思い出せれば、何かが変わりそうな気がする。そう感じるんだ」

「もしかしたら妹さんなのかもしれないわね」

「え?」

「あなたの『痛みの翼』は癒した人を理……天国に導くのでしょ?ということは、天国があるってことよね。だったらあなたの夢に出てきたのは天国であなたを見守る妹さんなんじゃないかしら?」

考えたことも無かった。

そもそも『痛みの翼』が導くとする理という存在も能力を手に入れたときに漠然と、まるで最初からそれを知っていたかのように頭の中に浮かんできた。

だからそういう物なのだろうとしか認識しておらず、それが実際何なのかなど考えたことも無かった。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:30④ ( No.365 )
日時: 2012/08/08 15:21
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

天国。

マミの言うとおり、それが正解なのかもしれない。

だとすれば、死後の楽園とされる天国が存在するとするならば、明奈がそこに辿りついているかもしれない。

「そうだと……いいな。もしそうだったら、思い出したときに幸せになれそうだ」

明奈が天国に行けたのだという確認にもなる。

それがわかるだけでも彰には幸せだった。

マミはこれ以上この事には触れなかった。

幸せと感じるための一歩を歩んだのだとするならば、それを台無しにするわけには行かない。

そう思っての優しさなのだろう。

だからマミはここで話題を変えてきた。

「そういえば、蒼井先輩はなんで『騎士』なのかしら?」

「え?」

マミからしてみれば本当に、そういえば、なんとなくな質問だったのだろう。

だが彰自身、その質問がなぜなのか答えられなかった。

何せ、その理由自体が『なんとなく』だったのだから。

「なんとなく護るためには騎士かなと……」

「でも蒼井先輩は剣道やってるし……聞いた話だと居合いもやっていたんでしょ?」

「うん、この街に来る前にね」

「ならイメージ的には騎士というより侍って感じが似合う気がするけど……」

『なんとなく』で騎士という姿をしているが、攻撃スタイルはどちらかというと剣道や居合いで学んだものが大きく出ている。

そういう意味では、サムライ風のほうがもしかしたらより良く戦えるのかもしれない。

「考えたことも無かったなー。でもこれ以上強くなろうとかあまり考えたこと無いから。戦いが無いことに越したことはないんだからね」

「そうね……確かにそうよね」

彰とマミはワイワイと賑わう店内を見た。

「平和が一番さ」

そしてそう一言、彰は呟いた。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:45① ( No.366 )
日時: 2012/08/16 10:03
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

さやかは教室を離れたあと、昨日雪良と話をした多目的教室に足を運んだ。

多目的教室には既に雪良の姿があった。

「待っていたわ、美樹さん。協力してくれてありがとう」

「うん……まぁ、やっぱり魔女をそのままにしておくのもって思うしさ」

さやかは言葉を濁して言った。

雪良はあまり気にする様子も無く、笑顔で返した。

「それでどうするつもりなの?何も考えなしってことはないでしょ?」

「もちろん……と言っても至極単純なことよ」

雪良は机の上に文化祭のスケジュールが書かれた用紙を広げた。

さやかたちのライブは午後3時から1時間ほどだ。

「レイアーノは夕方にしか姿を現さないわ。ちょうど私たちの演奏が終わるくらいかしら」

「でもうまいこと私たちの前に姿をだすの?」

「レイアーノは人の希望を食べる魔女よ。人が集まるところに吸い寄せられるようにしてやってくる。今日、この近辺で見滝原中学ほど人が集まる場所は無いわ」

「一応根拠はあるんだね。でもこんなところに魔女が現れたらパニックになるよね……?」

魔女や使い魔は一般人には見えない。

だが結界に取り込まれれば別だ。

レイアーノが結界を展開し、皆が取り込まれてしまえばパニックになることは免れない。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:45② ( No.367 )
日時: 2012/08/16 10:04
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「魔女を見たらきっとそうなるわね。だから見えなくすればいいのよ」

「見えなくするって、もしかして……」

さやかは雪良の魔法『人魚の歌声』のことを思い出した。

聞いたものを歌声に夢中にさせ、周りを見えなくする能力。

「確かにそれならパニックを防げるかも……」

「私は歌うことしか出来ないから、代わりに美樹さんにレイアーノを倒して欲しいの」

「そのために私だけ能力を回避させたんだね……」

昨日されたキスのことを思い出し、さやかは頬を少し赤らめた。

「でも一つ注意しなくてはいけないのが、『人魚の歌声』の効力は歌一曲分の時間だけ。対レイアーノで歌うつもりの曲は7分だから、その間に倒さないといけない」

「7分……。そのあともう一回歌うってのは?」

効力が歌一曲分なら、また同じ歌を歌えばいい。

だがそう単純に行くものではないらしく、雪良は首を振った。

「歌というのは耳に入らなくては意味がないの。つまり歌に集中できない状況に陥ってしまえば、声すら耳に届かない。そうなれば私の能力なんて効かないわ」

『人魚の歌声』から解放され、意識が元に戻った瞬間に魔女結界の中にいたらやはりパニックになるだろう。

そうなれば誰の声も届かない。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 12:45③ ( No.368 )
日時: 2012/08/16 10:05
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「だから7分で倒して欲しいの」

「やっぱり誰かを……」

さやかには時間内に倒せる自信が無かった。

やはり誰かに協力して貰うべきなのではないだろうか。

杏子やマミなら理由を話せば手を貸してくれるだろう。

誰かに手伝って貰おう。

そう口にしかけた時、頭の中にリンの言葉が蘇ってきた。

『同時に似たもの同士であるさやかの『希望』の一端にでもなればいいなぁーってことなんじゃね?』

(そうだ……。これは白井さんがくれた一歩を踏み出すための戦いなんだ。私がやらないと意味がないんだよね……)

自分の願いによってもたらされた結果に後悔し、絶望してしまった弱い自分。

それを振り切れず、今なお引きずっている自分。

そんな自分を叩き斬るくらいの力と気持ちが今こそ必要なのだ。

「私、頑張るよ。必ず倒して見せるから!」

結果に絶望するのではない。

今を受け止められるように、まず強くなろう。

好きな人を諦めるのではなく、振り向いて貰えるように前を向いていこう。

そのための一歩を踏むのだ。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:00① ( No.369 )
日時: 2012/08/16 10:06
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「失礼します」

上条恭介(かみじょうきょうすけ)は多目的教室の扉をゆっくり開けた。

今日ライブ本番を控えているさやかを元気付けようと音楽室に行ったのだが、そこにさやかの姿はなかった。

音楽室にいた梶浦優子(かじうらゆうこ)にさやかのことを聞くと、多目的教室にいるのではと言われ、ここにやってきたのだ。

しかし扉を開けて中を見てみると、またもやさやかの姿は無く、そこにいたのは見知らぬ女子生徒だった。

「お客さんなんて珍しい。何か用?」

「えっと……友達を探していたんだけど……」

「美樹さんならさっき出て行ったわよ。上条くん」

さやかを探していたこと、そして見知らぬ女子生徒から名前を口にされ、恭介は驚きの表情を浮かべた。

「何で僕のことを?それにさやかを探してることも……」

「今日美樹さんと演奏をするんだもの。美樹さんからちょっとくらいは上条くんの話も聞いているわ。それに上条くん、アナタ結構有名人だしね」

恭介はようやく目の前の女子生徒のことを思い出した。

文化祭のスケジュール表にライブを行う生徒の名前と顔が載っていたのだ。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:00② ( No.370 )
日時: 2012/08/16 10:06
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

「確か……白井雪良さんだったよね?」

雪良は小さく頷くと、窓の側の壁に寄りかかった。

窓から入り込む太陽光が反射し、雪良の姿を半分ぼやかした。

「美樹さんならきっと音楽室に戻っている頃よ」

半分かすんで見える雪良の姿だが、その声だけは澄んで聞こえ、確かにそこにいるのだと誇張させた。

「じゃあ入れ違いだったんだね。邪魔してごめん」

恭介は居心地の悪さを感じていた。

微笑み、澄んだ声を持つ目の前の少女から鋭く突く様な気配を感じたからだ。

そのため一刻も早くここから離れたい———そういう気持ちにかられた。

「ねぇ、奇跡って信じる?」

「え?」

突然雪良はそんなことを口にした。

「常識では起こりえない、不思議な出来事……。辞書を引くとこんな風にでるのかな?上条くんは信じる?」

突拍子も無い、まるで人を馬鹿にするかのような質問だ。

だが恭介は真面目にそれに答えた。

「あるよ。僕がこうしていられるのは奇跡のおかげだからね」

今の医学ではどうしようも出来ないとさじを投げられた動かない腕。

だがそれを否定するかのごとく、バイオリンを弾けるようになるまで回復した。

医者が信じられないと声を揃え、奇跡が起こったとしか思えないと言わしめた。

Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:00③ ( No.371 )
日時: 2012/08/16 10:07
名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)

恭介自身もこれは奇跡だったのだと疑わなかった。

『奇跡も、魔法も、あるんだよ』

さやかの言葉だ。

腕が回復する直前にさやかが言った。

まるでさやかのその言葉を引き金にして起こったかのようにも思えた。

「私も奇跡はあると思う。でも私の思う奇跡は夢物語のようなものじゃないわ」

感傷に浸る恭介に水を差すように、雪良は否定的なことを言った。

「奇跡は犠牲を伴って起きるもの。何かを犠牲にして得られた結果が奇跡なんだと思う。人魚姫が人間になるために美しい声を犠牲にしたようにね」

「奇跡は人を幸せにするものだと僕は思うよ。現に僕はとても幸せだ。仮に僕の腕が治ったことが奇跡だったとして、それで不幸になった人なんていないよ」

「そう……」

雪良は少し残念そうな表情を浮かべ、壁から身体を離した。

そして恭介の横を通り過ぎ、教室の扉を開けた。

「白井さんっ。なんでこんなことを聞いたんだい?」

雪良は顔だけ恭介に向けた。

「王子様が、自分を助けたのが人魚姫だと気付けていたのならどうなっていたのかしらね」

雪良はそう良い残して行ってしまった。

どういうことなのか、雪良が何を伝えたかったのか、恭介にはまるで理解できなかった。

ただ去り際に見せた雪良の残念そうな表情が、退院の時にさやかが見せた表情に似ていた。