二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:30① ( No.372 )
- 日時: 2012/08/17 09:55
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
校内の賑わいは相変わらずだが、昼を過ぎたことで人の動きもだいぶ変わってきた。
昼前くらいまでは昼食をとろうとする者たちが飲食系の催し物に集まっていたが、それも今はだいぶ緩和された。
その代わりに展示系の催し物が昼前と比べて混み始めていた。
まどかのクラスも昼あたりが一番のピークで、今はだいぶ空いて来ている。
午前中に缶詰状態で働いていた者も少しずつ休憩に入れるようになっていた。
「午前中だけでクタクタだよぉ」
まどかはため息をつきながらそう愚痴った。
「すごい盛況っぷりだもんね。杏子ちゃんが入ってからまた増えた気もするし……」
彰は自身も並んだ行列を思い出し苦笑いを浮かべた。
彰は休憩に入ったまどかと少し遅めの昼食をとろうとまどかの友人のクラスに来ていた。
一緒だったマミは同級生と会う約束があるらしく、彰たちよりも早く教室を後にした。
「そういえば彰さんって見滝原中にいた時、すごい人だったんですね」
「すごいって……何が?」
彰が何を食べようかと陳列されているサンドウィッチを見ていると突然まどかがそんなことを言った。
「さっきクラスの子から聞いたんです。三年間無敗の天才剣士だったって」
「ああ、剣道の話か。昔、剣道じゃないけどそれに似たようなことやってたから。それになんていうか……相性がよかったのかもね」
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:30② ( No.373 )
- 日時: 2012/08/17 09:55
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
昔から運動神経には恵まれており、大抵のスポーツはこなせた。
だがどれも続かなく、周りからは勿体無いと言われたものだ。
ただ見滝原市に越してくる前にやっていた居合いだけは続いた。
たまたま親戚が居合い道場を営んでいたため、やってみたというだけだったのだが。
そのあと見滝原に越してきてからはじめた剣道も妙にしっくりきた。
もしかしたら前世はマミのイメージ通り、サムライだったのかもしれない。
「うらやましいなぁ。私って何の取り柄もないし……。勉強も運動も普通……。何とかの天才〜とか言われてみたいなー」
胸元のリボンを弄りながら、まどかは心底残念そうに取り柄の無さを嘆いた。
彰はそんなまどかを見て声に出して笑ってしまった。
「笑わないでくださいよー。本当に気にしてるんだから」
「いやいや、別に悪気があったわけじゃないんだよ。ただ変なこと言うなぁってさ」
「変なこと?」
「まどかちゃんは『優しい』って言葉を体現したような人だよ。『優しい』ことだって立派な取り柄だよ。つまりまどかちゃんは取り柄の塊りってわけだ」
そういう彰をまどかはどこか腑に落ちなそうな顔で見上げた。
「なんだかうまく誤魔化されてるような……」
「ふふ。さて、どーかな。さぁ、さっさと会計済まさないと時間なくなっちゃうよ」
「あ!やっぱり誤魔化してるっ」
商品を持ってレジに向かう彰を、まどかは駆け足で追いながらそう言った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:30③ ( No.374 )
- 日時: 2012/08/17 09:56
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
食べ物を購入した二人は、彰の提案で屋上を訪れていた。
普段はあまり人気のない屋上だが、外からたくさんの人が来ていることもあって、ぽつぽつと人の姿があった。
「屋上にしようって言っておきながら、まどかちゃんにはあんまり良い思い出のないところだよね……」
所々につい最近修復したであろう痕跡が残っていた。
そしてその痕跡を作った張本人が自分であることを彰はわかっていた。
まどかを、そしてほむらを傷つけてしまった場所。
まどかにとって良い思い出の場所であるはずがなかった。
「大丈夫ですよ。私も、ほむらちゃんも気にしてないし……。それに私は彰さんが無事で今ここにいてくれるのが嬉しいから」
そう少し照れながら笑顔で言うまどかに、彰の心臓が高鳴った。
(可愛すぎだろ……)
彰はまどかの笑顔と優しさに危うくノックダウンさせられそうになったが、何とか持ちこたえた。
食事する場所を確保しようと先を行くまどかの背中を見ながら、彰は改めて思った。
(『優しさ』が取り柄ってのは本当なんだよ。その『優しさ』に救われた人はたくさんいるんだから)
心の奥底から誰かを思うことの出来る人間がこの世にどれほどいるのだろうか。
人は口で綺麗事は言えても、実際には自己犠牲を嫌う。
だからどうしても自己保身的になってしまうものだ。
それはいけない事では決してないし、生きる物として当たり前のことなのだ。
だがもしもその当たり前に反して自らを犠牲に出来るものがいるとすれば、それは神や仏の類に近いものなのではないかと思う。
(そういう意味ではまどかちゃんは神さま……いや、女神さまなのかもしれないな)
我ながら大仰な言い方だなと思った。
それでもあながち間違ってもいないような気にもさせた。
まどかが手を振りながら彰を呼んでいた。
彰はそれに頷いて返し、足早に向かっていった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:50① ( No.375 )
- 日時: 2012/08/17 09:58
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰たちが食事を終えた頃には、屋上もだいぶ人影がなくなってきていた。
14時を過ぎた頃から、各部活や有志による大型イベントが行われる。
さやかたちのライブもそれに含まれるのだが、大体の生徒や一般客はこれらを目当てに目的の場所に集まっていっているはずだ。
そのため今いる屋上に限らず、今まで込み合っていた催し物も人の姿が無くなっていっているだろう。
「なんだか終わりに近づいてるって感じで、ちょっと寂しいなぁ」
ふとまどかがそう言った。
まどかは今年が最後の文化祭なのだ。
今まで以上に感慨深いものがあるのだろう。
「俺みたいに卒業したあともまた来ればいい。在学中とはちょっと違うかもしれないけど、それはそれで楽しいもんだよ」
「そうかなぁ……そうだといいな……」
「そうそう。今度は客として、皆と遊びに来ればいいじゃない」
「そうだよね!皆と、出来たらパパやママやたっくんとも一緒に———」
まどかは『家族でいければ』といいかけたところで言葉を止めた。
彰は家族を、大切な妹を失っている。
家族の話はある意味タブーなのだ。
彰はまどかの様子から、考えてることを悟り、嫌な顔はせずに軽くため息ついて笑顔を向けた。
「明奈のことなら気にしなくていいよ。寂しくないと言えば嘘になるけど、今は前ほど苦しくはないんだ」
「でも……ごめんなさい」
「いいってば。それに俺がここに誘ったのは、明奈との思い出の場所でもあったからなんだ」
「思い出の……?」
彰は頷くと、あるベンチを指差した。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 13:50② ( No.376 )
- 日時: 2012/08/17 09:58
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「明奈は、昔はまだ一人で出歩けるくらいは元気でね。それでも学校は休みがちだったから、友達付き合いがうまくいかなくて、人気の少ないここで一人でお昼にいたんだ。だから一人じゃ寂しいだろって、あそこのベンチで一緒に食事をしたんだ」
彰は懐から自身のソウルジェムを取り出し、太陽にかざした。
穢れの色とは違う、ブラックダイヤモンドのような輝きを放つそのソウルジェムは太陽の光を浴びてさらに輝きを増した。
「俺がこいつに取り付かれていた頃は、明奈との思い出に触れるのが怖くてここには来れなかった。でもまどかちゃんやほむらちゃんに出会って、自分の間違いに気付けた。間違いに気付いて前に進もうと思えるようになった。だから今日はちゃんと一歩を踏め出せているかの確認をしたくて、思い出の場所でもあるここに来たかったんだ」
かざしたソウルジェムを元の場所に戻すとまどかに首だけ向けて言った。
「だからもう心配しなくてもいいよ。この力も今じゃ手に入れたことに感謝しているくらいだし」
「そうなんですか?」
「この力のおかげでまどかちゃんを護る騎士でいられるんだからさ」
彰はニヤリと笑った。
対してまどかは少し頬を赤らめて俯いた。
「なんか恥ずかしいなぁ。でも……私を護ってくれる騎士なんてなんだか物語みたいでロマンチックかも」
そうやって恥ずかしがりながらも無邪気に笑うまどかを見るのが彰は好きだった。
今、この瞬間を幸せだと、平和だと思わずにいつ思うのだろう。
この瞬間がずっと続けばいいと思う。
だが確実にまどかを狙うものがいて、それがこの日常を奪おうとしている。
ならば戦おう。
この瞬間を、まどかを護るために。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:15① ( No.377 )
- 日時: 2012/08/20 10:05
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
屋上に一人、彰はいた。
まどかは休憩時間を終えてクラスに戻った。
そして周りの人は気付けば誰もいなくなっていた。
彰自身もすでにやることもなく、あるとすればさやかのライブを見に行くくらいだ。
暇になり、何もすることが無くなるとついつい空を見上げてしまう。
誰でも暇な時はやっている気がするな、と彰はふと思った。
もしかしたらただ単に身体の力が抜けたせいで上か下かに頭が向いているだけなのかもしれない。
「なーに間抜けな顔してんだ?」
突然、彰を影が覆った。
目の前には着物を着た、一見するとそうそうお目にはかかれないほどの美少女の姿があった。
「お、お前っ!!」
だが彰はその少女を見た途端、険しい表情を浮かべてベンチから離れた。
「おいおい、そんな態度とられたらオレの乙女心が傷つくじゃねーか」
対して少女はあっけらかんとした様子でそう言った。
「あ、天音リン……!」
「久しぶりだな、蒼井彰」
最後に会ってから3ヵ月ほど。
リンの様子はまるで変わっていなかった。
「なんでこんなところにいる?」
「何でって、呼ばれたからに決まってんだろ?招待状なしじゃ入れないんだから」
リンは招待状をピラピラとなびかせた。
ふざけた様子を見せるリンに対し、彰の表情は一層強張った。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:15② ( No.378 )
- 日時: 2012/08/20 10:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「前に会った時と同じだな。お前はやるって決めたら迷いが無い。好きだぜ、そういうの……」
リンは突然、指を鳴らした。
するとリンの背後から巨大な一つ目の塊が現れた。
「!!?」
彰は少々気圧されながらも、ソウルジェムを取り出して変身しようとした。
だがリンは意外にも攻撃しようとはせずに、黒い塊を連れたまま彰が座っていたベンチに腰掛けた。
「前のリベンジしようってんなら別の日にしてくれよ。オレは遊びにきてんだからさ」
黒い塊は自らの口に黒く細長い腕を突っ込み、中から出店で買って来たであろう食べ物をこれでもかというほど出した。
「食うか?いつまで経ってもホッカホカ!出来立ての味だぜ?」
そう言ってお好み焼きを一口で平らげた。
「お前、ほんとにただ来ただけなのか?」
「だからそう言ってんだろ」
彰は構えを解いて安堵の息を吐いた。
幾らなんでもこんな場所で、ましてやたくさんの人が来ている文化祭という場で戦いたくはなかった。
「なぁ、お前暇なんだろ?」
「ん、まぁ……」
「なら付き合えよ。オレも一人で暇してんだよ」
「な、なんで俺が!?」
「知り合いなんてほとんど居ないしさぁ。皆、それなりに忙しそうだし。暇そうなのっていったらお前くらいなんだよ」
「なんかトゲのある言い方だな……」
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:15③ ( No.379 )
- 日時: 2012/08/20 10:06
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
彰は半ば呆れながらも、自分も暇だし良いかなと思っていた。
この天音リンという人物はどうにも憎めない相手なのだ。
最初は確かにたぶらかされ、結果的にリンの思うように動いてしまい、まどかを狙う刺客となってしまった。
間接的とはいえ、リンもまどかを狙う敵の一人なのだ。
にもかかわらず、リンからは敵という雰囲気がまったくしないのだ。
例えるならば、友達といる感じに近い。
「まぁ、いいよ。どうせ俺もやることないしな」
「そーこなくっちゃ!」
リンは出した食べ物の残りを再び黒い塊の中に入れた。
そしてどういうわけだか、彰の腕に自分の腕をまわしてきた。
「おい。なんだよ、これは?」
「何って腕組んでるだけだろ?」
「だからなんで組むんだよ!」
リンは30センチほど上にある彰の顔を見上げてニヤリと笑った。
「そりゃー男女で一緒にいるって言ったらデートだろ?デートって言ったら、腕組みじゃねーか」
「デートって……お前、何言ってんだよ」
「オレはノリで生きてるようなもんだからさ。理由なんてねーの。というわけで、よろしくね!ダーリン♪」
小悪魔のような笑顔を向けるリンに彰は寒気がした。
そして同時に何を言っても無駄なのだと、彰は諦めたのだった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:45① ( No.380 )
- 日時: 2012/08/20 10:07
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
リンに引っ張られるままあちこちを連れ回された彰は重たくなった身体を預けるように壁にもたれかかった。
「満足か……?」
「だらしねーなぁ。若いくせによ」
「何、わけのわからんことを……」
彰はため息をつき、そして腕時計に視線を落とした。
「もうすぐか?」
「え?何が?」
何がもうすぐなのかわからず、彰は思わずそう聞き返した。
「さやかのライブだよ。確か3時からだろ?」
「あぁ、そうだけど……なんでお前がそんなこと気にするんだよ?」
「え!?いや……その……」
普段は堂々としているリンが言葉を濁して、突然慌てだした。
「あー、お前を誘ったのってさやかちゃんだったんだな?」
「ど、どーしてわかるんだよっ!?」
「前にお前の話をちょっとしてたし、今の流れなら誰だってわかるよ。でも別に慌てることでも隠すことでもないだろ?」
知り合い同士なら文化祭への誘いなど、あってもおかしくないことだ。
別に隠すようなことではない。
ましてや照れるという行為に無縁そうなリンだ。
そのリンがこんな行為を見せることに彰は少なからず疑問を感じた。
「いーだろーがよ!そんなことっ」
リンははぐらかすようにしてそっぽを向いて歩き出した。
「お、おい!」
「あ?どわぁ!?」
彰の制止の声も間に合わず、慌てていてまともに前を見ていなかったリンは曲がってきた人とぶつかってしまった。
相手は男の子でリンよりも体格が良かったため、リンははじき飛ばされた挙句に尻餅をついてしまった。
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:45② ( No.381 )
- 日時: 2012/08/20 10:08
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
「だ、大丈夫?」
「いっつー……。大丈夫。オレの不注意だ、謝るのはこっちだよ」
リンは立ち上がり、ぶつかった男子生徒を見た。
「あ……」
男子生徒の顔を見たリンはどういうわけか一人で頷いて納得した風になった。
「君、確か上条くんじゃなかったかな?」
そんなリンの様子に構うことなく、彰は男子生徒———上条恭介にそう尋ねた。
「えっと……どこかで会いました?」
「いや、俺が在学中に君の噂を聞いていたから。あ、俺は蒼井彰」
「蒼井、彰?もしかして剣道部の蒼井彰さん?」
「覚えてくれていて嬉しいなぁ。もう二年も前なのに」
「彰さんはある意味ここじゃ伝説ですから。実際に試合を見たことはないけど、とにかく凄いって」
「俺も後輩にバイオリンの上手い子がいるって聞いてたよ」
彰と恭介で話が盛り上がっているところに、リンは割り込んできてストップをかけた。
「盛り上がってるとこ悪いんだけど、オレにも自己紹介させてくれよ」
リンは楽しそうにニヤニヤしながら、恭介に向き合った。
「オレは天音リン。よろしくな」
「よろしく……。えっと、彰さんの知り合いの子?」
恭介がそう言うと彰は噴出して笑い、顔を逸らした。
「オレはこう見えても成人した大人だ。まぁ、よく間違われるけどな」
「え!?そ、それは悪いことしちゃったな……」
「気にするなって。それよりそろそろ知り合いのライブが始まるんだ。お前も行かないか?」
- Re: 第十章 人魚の歌声 当日 14:45③ ( No.382 )
- 日時: 2012/08/20 10:08
- 名前: icsbreakers ◆3IAtiToS4. (ID: WV0XJvB9)
リンはまどかたちのことを調べる中で、さやかと恭介がどういう関係にあるかをずっと前から知っている。
だがあえて知らないふりをしてリンは恭介に尋ねた。
「僕も知り合い……美樹さやかっていう子なんだけど、その子が出るから見に行こうと思ってるんだ」
「へぇ……そりゃ偶然だな。俺たちもさやかの知り合いなんだ、なぁ?彰」
ワザとらしくそう言って彰に目配せした。
彰はとりあえず頷きだけ返した。
「そうなんですか。ならよく見える穴場を知ってるから、一緒にどうかな?」
「おー、それはありがたいなぁ。せっかくだから案内してくれよ」
「すぐ近くなんで。こっちです」
恭介は先陣を切って一番前を歩き出した。
その後ろをニヤニヤしたままのリンがついて行く。
「おい、リン。何を考えてるんだ?」
彰は先ほどから様子のおかしいリンが変なことを考えているのではないかと不安だった。
「何も。ただ、この上条恭介ってやつのことは知っていても話すのは初めてだからよ。どんな話が聞けるか楽しみなだけさ」
「本当か?」
「心配ならお前が監視してりゃいいだろう?」
「まぁ……そうだけど」
腑に落ちない感じはするが、敵意は感じない。
一抹の不安を抱えつつ、彰は恭介とリンの二人のあとを追った。