二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 【イナイレ】ずっと、隣にいますから【第2話更新中】 ( No.64 )
日時: 2012/08/26 18:33
名前: 棋理 ◆U9Gr/x.8rg (ID: 5oJbC9FU)
参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_test/view.html?586212

第4話『これから、終わりますから』

01
  
「お兄様、花瓶のお水を取り替えるわね」

 白い壁、白いベッド、白い天井、白い服。全てが白の空間に、ふいに色が差した。その色は香りと共に部屋に入り、部屋の住人に声をかけた。
 
「あら、見てお兄様。昨日蕾んでいた花が、ようやく咲いたわ。なかなか花を咲かせないから心配してたのよ」

 同じ白いワンピースに身を包んだ少女は、花瓶からすっと花を抜いた。むせるような花の香りに、少女は顔を綻ばせた。
 ……あ、少し枯れている。
 ここのところ来られなかったからだろうか。今日は少し多めに水を入れていこうと思いながら、少女は部屋を振り返った。
 広い病室に、ぽつんと一つだけ置かれたベッド。眠るように横たわるのは、精悍な顔立ちの青年だった。不健康な白い肌に、生気を感じさせない唇。高い鼻から漏れる息は一定で、乱れのないことに少女は安堵した。

「……お兄様」

 ……お願いだから、もう一度だけ名を呼んで欲しい。
 
 

 ——愛香、今日は庭を散策しよう。もしかしたらツチノコに会えるかもしれない。
 『お兄様、うちの庭はそんなにデンジャーなの?』
 ——愛香、ブラジルに最短距離で行くにはどうすればいいか分かるか? 簡単なことだ。地面に穴を掘って突っ切っていけばいい。
 『お兄様、マントルなどの問題は? 搭乗者はどうなるの?』
 ——愛香、あれを見ろ。一番星だ。何故一番星なのか知っているか? 一番早いんだ。スピードスターだな。浪速じゃなくて。
 『お兄様、テニスネタは伝わらないのでは?』
 



「……なんだか、思い出す内容が全てくだらない気がするわ」

 思えば、この兄は本当にくだらなかった。
 顔も容姿も良いし頭も良い。運動神経もよしとすれば、当然放っておく女性はいないだろう。しかし、兄の周りに女子が来ることはなかった。なぜなら、
 ……絶対、性格よね。
 『残念美人』まさにその言葉が歩いているようなものだった。何より好奇心が旺盛で、1メートル進むごとに『愛香、あれがタンポポだ。今日の夕食はあれにしよう』『愛香、雲雀が飛んでいる。咬み殺されないように注意しよう』『愛香、河原に行こう。そして殴り合うんだ。そうすることによって、さらに相手との絆が深まるらしい。え? けが? どうせ次のコマに進めば治っているさ』などと、言うのだから進まない進まない。

「……端から見れば、ただのおかしな人よね」

 ……それに、なんでジャ○プネタが多いのかしら。
 昔は博識な兄として自慢できたが、いざ冷静になってみると要らない知識だらけだったのではないだろうか。
 けど、今も自慢の兄だ。それは変わらない。何せ、誰よりも自分のことを思っていてくれるのは、この兄なのだから。そして、それに答えたいと願っている。
 
 ——なのに。

「答える相手が何も返してくれないと、意味がないわ」

 綺麗な顔。その顔が笑うことも、泣くことも怒ることも、数年前に停止してしまった。手を握っても返してくれない。
 その口が、名前を呼んでくれることはない。

「……はぁ」

 小さく息を吐くと、愛香は青年の額を撫でた。暖かみのあるそこは、まだこの人は生きているんだと実感できる。そのことに安堵し、しかし不安にもなる。生きているのに、活きていない。

「……お兄様。お兄様が眠っている間、いろんなことがあったのよ? それこそ、お父様とお母様にも言えない、夏未にも言えない。お兄様にしか言えないこと」

 呟いた声が壁に反射する。その声が耳に入ると、初めて自分の声が震えていることに気がついた。

「……いっぱい、いっぱい言いたいことがある。けどね、今は一つだけ」


 ——私と一緒に、見届けてくれる?



 声にならなかったその言葉を、兄が聞いていてくれたのかは分からなかった。