二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: ポケモンメモリアル集 ( No.13 )
日時: 2012/08/19 13:36
名前: 霜歌 ◆P2rg3ouW6M (ID: hmBsuoTZ)

Ⅳ 夕映えのやさしさ


 次の日。
 学校へ行くと、朝、いつもなら私が教室に入った瞬間に押し迫ってきていた女子たちが、窓際で固まりになって、ヒソヒソと何かをささやいていた。私の方へ、来そうな気配もない。以前までの質問攻めにうんざりしていた私は、最初はひそかに喜んでいたけれど、しばらくして様子がおかしいことに気づいた。

 私のことを頻繁に横目で見る、その目つき。この雰囲気。もやもやとした、黒い糸でしばられているかのような、息苦しい空気感。
 この状態を私はよく知っていた。保育園の頃にも経験したことがある。まぎれもない、仲間はずれだ。どうせガキ大将が私の悪口を言いふらしたんだろう。
 暗く重い雲が、心に広がった気がした。
 
 とはいえ、女子たちの悪口は、大して気にならなかった。悪口は言われていなかったけれど、私はいつも一人だった。一人の方が、居心地がよかった。それだけだ。
 決めたじゃないか。周りと話をあわせ、ヘラヘラと上っ面だけ笑うグループの中に入るくらいなら、一人でいようと。
 ……ガキ大将の行動は、私にとってはありがたいことだった。うっとうしいくらいに集まっていたクラスメイトが、寄り付かなくなったんだから。

 帰り道、後ろから土が飛んでくる。授業中、話し合いの輪に入れてもらえない。
 それでも、私はあえてまったく気にしていないような、冷めた素振りを見せた。

「おいチビ!」

 そう叫ぶなり、クラスメイトの男子や女子たちは、あからさまに地面の土を手にとって投げつけてくる。
 そんなことをしているこいつらは、いつか必ずバチが当たるんだ。
 こいつらにバチが当たるなら、その代わりに私が仲間はずれを受けてもいいような気がした。

 帰り道。いつもより狭く見える夕焼け空の下を、くぐり通るように歩いていると、真上を小石が通り過ぎた。
 私を狙ったんだろうけれど、かすりもしないなんて。きっと、女子が投げたものだ。
 そうして、とりとめもないことを考えながら、学校での私の一日が終わろうとしている。

 奴らは、私が自分たちの精一杯の嫌がらせに何も反応しないので、面白くないらしい。あの手この手で、私を困らせようと、泣かせようとしてくる。

「虫ポケモンを飼っているだけに、無視かよ!」

 私は、足を止めた。
 ——クーちゃんのことをバカにするな!

「いい加減幼稚なことはやめたら?」

 反射的に漏れた言葉に、奴らの先頭を歩いていたガキ大将の顔がまたしても真っ赤になった。あたりを見回して拳二つ分の石を持ち上げるなり、私の方を睨んだ。

「これを投げても、無視できるかよ!」
「ちょっ、まずいって!」

 周りの子が止めようと口を動かしたが、恐怖でガキ大将に近づかなかった。ガキ大将は、よろけながら私の方へ歩いてくる。

 逃げなくては。今すぐに。走って。
 そう思えば、足が棒になったように動かない。

「うおぉっ」

 ゆっくりと、石が宙を舞う。
 こんな奴に負けて溜まるか。

 ふんわりと、草の香りがした。
 クゥゥー! と、澄んだ音が波紋のように響き渡った。ドゥッと、鈍く痛々しい音が、私の心に石のように落ちる。

「クー……ちゃん!」

 とっさにしゃがみこみ、私はクーちゃんを抱き上げた。クーちゃんは私の腕を振り払い、荒い息を吐きながら私の前に立つ。クーちゃんの土まみれの後姿を見た瞬間、私のために必死でここまで来てくれたことを悟った。
 私を守ろうとしてくれているんだ。こんな私を。
 胸の中に温かいものが満ち、重くなっていた心が軽くなった。

 クーちゃんの影が、私の体に降りかかっている。しゃがんでいる私から見ると、夕空の元のクーちゃんの背中はか細く、それでいて強く大きく見えた。

 しかし、ガキ大将は私をかばう者——それも自分が欲しいと思っていたポケモン——の登場に、よりいっそう腹を立てたらしい。負け惜しみのように、地面に散らばっている小石を投げつけてきた。ガキ大将が投げ出すと、周りの子も我に返ったように投げ出す。
 クーちゃんが、顔をゆがめた。

「やめてよ!」

 私がそう叫んで、クーちゃんの前へ出ようと立ち上がった時だ。クーちゃんの紅色の両目がキッと碧色に鈍く光り、ぶうぅぅぅんと虫が羽を羽ばたくような音が波のように響き渡った。


〜つづく〜