二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: ポケモンメモリアル集 ( No.20 )
- 日時: 2012/08/20 11:05
- 名前: 霜歌 ◆P2rg3ouW6M (ID: 6zao/Ohq)
- 参照: この話が転機かもしれない。今日は更新頑張る!
「二日前くらいから様子がおかしくてね。その前までは、糸と葉っぱをつかって何かを作ってたんだ。嬢ちゃんにあげるための、何かを。多分、手袋だ。これから冬がやってくるから……」
汗びっしょりになって走ってきた私は、なかなかすぐに返事ができなかった。
おじいさんの声すら、大して耳に入らなかった。ただ、今すぐクーちゃんに会いたいと思った。
「……クーちゃんはどうしているの?」
荒い息の合間に言葉を搾り出すと、涙が込み上げてきた。それを押しとどめながら、私はおじいさんに詰め寄る。
「お庭にいるよ。ベッドに連れていっても、そこに戻ってしまうから。よっぽど嬢ちゃんのプレゼントを作りたいらしい」
私は、庭への扉を乱暴に開けた。夏の終わりの生温かくもひんやりとした風が、頬をかすめる。柔らかな夕焼けが、庭全体を包みこんでいるようだった。淡い色の草木が生えた庭は、ひっそりとしている。
荒い息を吐きながら、私はクーちゃんを探した。
「クーちゃん……!」
クーちゃんは、庭の端の草の上に横たわっていた。そばに手袋のようなものが、一つだけ無惨に転がっている。
「……!」
声が出なかった。
クーちゃんの体は、まるでカビが生えたかのように汚れていた。澄んだ鳴き声はもうなく、グズゥゥゥというようなくすんだ鳴き声しか聴こえない。
「こんなになるまで……」
私は座り込み、クーちゃんを膝の上に乗せてやった。
クーちゃんがかすれた声で鳴き、体をよじって手袋を指差した。かすかに微笑んだように、見えた。
肩の震えが止まらない。喉がはれぼったくなってくる。
庭に生えたススキが、さわさわとかすれる音が響いた。
「ああ、クーちゃん……よくここまで……」
おじいさんが弱々しい声で言う。
不意にガサリと草の踏みしめられる音がして、私はハッと振り返った。
ムカムカといらだった思いが湧いてきた。
……あいつだった。あいつがいる。
そう、クーちゃんを捨てた少年だ。こんな時によりにもよって、こんな時にこんな奴と会うとは。
私は目に力を込めて涙が流れないようにすると、ギッと少年を睨んだ。
「あんたって奴は! クーちゃんが、こんな時に……!」
「クーちゃん? クーちゃんって誰だよ」
少年は、すっとんきょうな声をあげた。
「誰って、このハハコモリに決まってるでしょ!」
クーちゃんを捨てた本人の的外れな質問と、クーちゃんに対する思いとで、胸から思いが込み上げてきそうだった。
頬と目に力をこめ、私は引きつった声を出した。
「クーちゃんは、あんたのせいでつらい思いをして、それなのに私に優しくしてくれて……クーちゃんは、クーちゃんは……」
自分でも何を言いたいのか、何を言っているのかわからない。
少年は、私の隣にしゃがみこんでクーちゃんの様子を黙って見つめた。その目からは、何も読み取れない。
クーちゃんが、力なく少年を見上げた。
クーちゃんの今の様子に、少年は驚いたみたいだった。呆然と目を開き、クーちゃんを見つめている。そのクーちゃんの目に少年がはっきりと映っていた。病気になってもなお、澄んだクーちゃんの瞳に。ふっと、クーちゃんの目がやんわりと微笑んで、その中に映る少年が歪んだ。そして、最後に私を見やり、笑いながら大きく一つ息をして、そのまま息をしなくなった。
「クーちゃ……」
クーちゃんが、死んだ。
まただ。大声で泣きたいのに泣くことが出来ない。
クーちゃんは私に贈り物をしてくれたのに。
私は何もすることが出来なかった。泣くことすら出来ない。
少年は、黙っていた。
おじいさんに、クーちゃんをきちんとポケモンたちのお墓の所へ埋めてあげるかい、ときかれたけれど、私は力なく断った。クーちゃんは、ふるさとの森に還してやりたかったからだ。少年に寄れば、クーちゃんのふるさとは、すぐそばの森だと言う。
しかし、今すぐにクーちゃんの亡骸を抱え、森に行く気になどなれなかった。
なんて薄情で、最低な飼い主なんだろう。
クーちゃんの亡骸をおじいさんに預け、手袋を持って私は育て屋を出た。
雲すらも飲み込む色の、淡く、薄い夕焼け空が心に沁みる。手を触れれば壊れてしまいそうな、夏の終わりの黄昏の薄い色が。
気がつけばあの少年がいない。自分でもわからないけれど、なぜか少年の姿を捜した。少年はすぐそばの道を、ゆっくりと歩いていたところだった。白いTシャツを着た後姿が、夕日に溶け込んでいる。
「ちょっと……」
呼び止めると、少年が立ち止まった。こちらを振り返らずに。
そして、やけにぶっきらぼうに言った。
「なんだよ」
「あの」
なぜ呼び止めたのか自分でもわからない。何を言おうかと考えていると、クーちゃんの最期が頭に浮かんだ。クーちゃんの、最期の瞳が。
「クーちゃんは、喜んでたよ」
「あっそ」
「あんたに会えて」
「ふぅん」
少年がかすかに振り返った。顔が見えない程度に。耳が、赤かった。
「バカか、お前。俺はあいつを、その、クーちゃんを……捨てたんだぞ」
「でも、喜んでた」
確かにあの瞬間、クーちゃんは笑っていた。あの澄んだ瞳は、温かさに溢れていた。
少年が再び顔を動かした。ちらりと横顔が見えた。目が、光っていた。
「っそ……」
ふんわりと、柔らかな草の匂いのする風が、吹いた。
クーちゃんはもういないのに、夕焼け空を見ていると、クーちゃんの温かさが胸に染み込んでくる。
オレンジ色の黄昏の中の様子が、いつかのクーちゃんの技のようだった。