二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: ポケモンメモリアル集 ( No.27 )
- 日時: 2012/08/21 09:44
- 名前: 霜歌 ◆P2rg3ouW6M (ID: rs/hD2VF)
育て屋へ行くと、あの少年と一緒におばあさんが待っていてくれた。少年と目が合い、自分が泣いた後だと思い出すと、今自分がどんな顔をしているのか、無性に気になる。おばあさんに目を移すと、おばあさんは包みを抱えていた。
「あ、あの、昨日は……」
おじいさんたちにひどい言葉を投げかけたことを謝ろうとすると、おばあさんはゆっくりと首を振った。そして、震える唇を開く。
「あんたのハハコモリはメスだったね」
「は、はい」
私が戸惑いながら答えると、おばあさんが震える手で包みを差し出した。
私も恐る恐る、包みを腕に抱く。
「タマゴを産んでおった」
「タマゴ……」
包みを開いてみると、緑色の斑点があるオレンジ色のタマゴがあった。温かいタマゴを抱いていると、胸の奥に柔らかい幸せが溢れてくる。
おばあさんは、涙ぐんでいた。
「茂みの中に隠れていたんだよ。……お嬢ちゃん、ハハコモリの手袋みたいなものを持っているかい」
「はい、ここにはないんですけど」
大きく鼻をすすい、かすれた声でおばあさんが言う。
「あれはね、お母さんであるハハコモリが、子どものクルミルにあげる服なんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、温かな胸に一瞬、何かが突っかかった。ひんやりとしたものが。
「そ……っかあ」
静かな吐息が漏れる。寂しいような、優しいような、不思議な気持ちが広がった。大好きな人が、自分の知らない間に大きくなり、旅立っていく様子を見ているような……。
「ハハコモリ」は、優しいお母さんだね。
「じゃあ……もう帰ります。あとでハハコモリは、引き取りにきますから……」
「ああ、お嬢ちゃん。その子のお父さんは、そこにいる…………が預けたハ……」
そんなことはどうでもいい。ただ、一人になりたかった。
私はおばあさんの声を振り切って育て屋を出た。「お、おい」と少年も追いかけてくる。おばあさんの「クーちゃん……!」という呼び声が、最後に聞こえた。
クーちゃんは私に贈り物をくれたわけじゃなかった。
そう思うと、悔しいような悲しいような思いが広がった。クーちゃんは、自分の大切な子のために、病気になってまで服を作っていた。そう思うと、胸の中に温かさが生まれる。それなのに、その温かさの中にぽっかりと穴が空いているようだった。
私は本当に、最低だ。クーちゃんの子どもへの慈しみすら、心から喜べないなんて。
空を見上げ、私は力なく笑った。オレンジ色ではない、淡い青の空を。
「本当の独りぼっち……」
クーちゃんは、ハハコモリは、私のことなんて思ってなかった。それもそうだ。
旅行に行く前、ハハコモリは元気がなかったじゃないか。そのことを気に求めず、私はハハコモリを、「放置」したんだから。育て屋というボックスの中へ。
大切な人がつらい時に、私はそばにいてやれなかったんだから……。
「あいつは、お前のことを慕っていたよ」
今度こそ私の右肩にあいつの手が置かれた。
「笑ってたじゃねーか」
「でも、どうせ、もうクーちゃんはいないんだよ! 今更……!」
私はすべてを振り切るように、悲痛な声で言った時だ。
「……もういい加減にしろよ」
お母さんに言われた時と同じ、頭に衝撃が走った。
少年は回りこんで私の目の高さに合わせてかがんだ。少年と目が合い、私はどうしていいのかわからず、俯く。目を泳がせても、少年と視線がぶつかった。
「いつまでもタマゴの中にいるみたいに、一人で閉じこもってるんじゃなくてさ」
肩に置かれた少年の手が、温かい。
「これ以上、ク、クーちゃんに執着するなよ。いつかはお前だって、自分一人で進んでいかなきゃいけない時が来るんだろ。そん中のクルミルのようにさ」
「……」
このタマゴの中のクルミルも、自分の力で殻を割って出てくる。お母さんである、ハハコモリの力を借りずに。
私は、私は……クーちゃんがいれば……友だちなんていらないと思っていた。でも……。
「お前、俺がクーちゃんを捨てた時、俺にすっごく怒ってたよな。あの頃のお前が、クーちゃんだって好きだったんじゃねーの? この中のクルミルだって」
「……」
「お前のトモダチは、産まれた時からじゃないだろ。タマゴの時から、もうトモダチだろ」
私のトモダチ。このタマゴの中のクルミル。まだ仲のよくないクラスメイト。
たとえ産まれていなくても、まだ仲がよくなくても、みんな私のそばにいる。
腕の中にある卵のぬくもり。
ガキ大将の温かい手。
謝ってくれた女子たち。
心配して旅行に誘ってくれたお母さん。
クーちゃんを優しく扱ってくれた育て屋さん。
そして、そして……目の前にいるこいつ。
クーちゃん……私は一人じゃなかったんだね。
胸の中に、柔らかな草の匂いのする風が、吹き込んでくるようだった。風とともに、先ほどのおばあさんの言葉も自然と入り込んでくる。
——「その子のお父さんは、そこにいる…………が預けたハ……」
「この子のお父さん、あんたのハハコモリでしょ?」
私がゆっくりと少年の眼差しを受け止めると、少年は、へへっと笑った。
「俺、タイプ相性だけで勝負は決まらないってこと、あの後に知ったんだ。シンオウの四天王の虫使いが挑戦者の炎ポケモンを倒しているところを見て、俺はおまえの言うとおり、最低だったなって」
少年は私から目を逸らし、遠くを見る。私の知らない世界を、見つめているようだった。
「だから二年前、一人で旅に出て、育てなおしたんだ。そんで、この間、たまたま二日間だけ預けた。あとさ……」
「何?」
私に視線を戻し、少年はもごもごと言う。
「本当は俺がお前をここに呼ぼうと思ったんだけど、あんなに泣いてる姿を見たら、な。だから、あいつに頼んだ」
私は、この人に呼んでほしかった。
へへへっと再び笑うと、少年は私の頭に手を乗せた。温かく、大きなポケモントレーナーの手だった。クーちゃんと同じ、夕焼けの温かさを思い出すような。
少年の手が私の頭から離れた時、澄んで広々と広がる空を見て、ゆっくりと思い出した。
そうだ。クーちゃんが私を守ろうとしてくれたあの時も、今と同じように感じた。とても大きく、温かく感じたんだ。
クーちゃんを捨てた時とは違う、別の少年と出会ったような気さえした。それでも、あの頃の少年があって、あの頃の私との出会いがあったからこそ、今の少年がいる。それは、私にも、クーちゃんにも、ガキ大将にも、クラスメイトの女子や男子たちも、みんな同じ。
きっと、それは、タマゴの中のクルミルも。
この人は、たった一人で旅をして、いったい何を学んだんだろう。
この人は、私がクーちゃんと日々を過ごしていた間に、こんなにも変わったんだ。
「お前は一人じゃない」
そう言い残すと、少年は立ち去っていった。