二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: ポケモンメモリアル集 ( No.30 )
日時: 2012/08/21 13:10
名前: 霜歌 ◆P2rg3ouW6M (ID: rs/hD2VF)

Ⅶ 陽だまり


 掘り起こした土の、甘い香りがする。それに混じり、むせ返るように濃密な森の匂いもしていた。たえず、虫ポケモンたちの鳴き声が響いている。夏の間の、最後の響き……。

 私と少年はクーちゃんの亡骸をふるさとの森に埋めてあげた後、ご冥福をお祈りした。優しいお母さんである、クーちゃんに。私があなたの代わりに、しっかりクルミルを育てるから、と。
 クーちゃんのお墓には、一本の細い植木を植えておいた。どちらかというと日陰が多い森の中なのに、そこには木洩れ日が差し込んで、柔らかい空気が流れている。風が吹くたび、植木の周りで木洩れ日が踊っていた。

「俺、また新しい虫ポケモンを捕まえようと思うんだ」

 少年が、頭をかいた。

「その時は、タマゴの中のクルミルと……会えるといいな」
「そうだね」

 私が微笑むと、少年は立ち上がった。その後姿が、妙にそっけなく見える。

「じゃあな」

 言うと、立ち去ろうとした。
 私は慌て、とっさに呼び止めた。頭で考えるよりも先に、心から声が飛び出た。

「待って!」
「なんだよ」

 今度は、横顔だけが見えた。耳が、赤い。
 私は大きく息を吸うと、小さく言った。背筋がむずむずするようで、恥ずかしかった。

「ありがとう。『クーちゃん』……」

 ピクッとクーちゃんの唇が動いた。

「どうして、俺の……」
「クーちゃんが死ぬ前、育て屋のおじいさんが、あなたが来た瞬間にあなたのことを『クーちゃん』って言ってたから。それに、おばあさんも『クーちゃん……!』って、呼んでいたよ」

 クーちゃんが、こちらを振り向いた。頬も、赤かった。

「その時は……お前と……会えるといいな」




 「クーちゃん」は、私に大切なことを教えてくれた。
 前に進む勇気と、優しさをくれた。
 優しさを教えてくれた技の温かさ。
 前に進む勇気をくれた手の温かさ。

 どちらのクーちゃんも、私にとって大切な存在だ。






 春の柔らかな日差しが胸に沁みる。
 風がそよぐたび、桜の花びらが散り、辺りがふんわりと柔らかい空気に包まれた。

「ミーちゃん、〝たいあたり〟!」

 クルミルのミーちゃんが、ミイィィ! と鳴いてダッシュする。
 ミーちゃんの背中には、春の淡い色の光が流れていた。

「フシデ、かわせ!」

 フシデが慌ててミーちゃんの攻撃をかわす。
 この場所で空を見上げていると、自分が大地を踏みしめて立っていることを感じる。

 ここは、私たちが初めて出会った場所。
 そして、ミーちゃんのお母さんと私の生活が、はじまった場所。
 私もこの人も、ミーちゃんも、フシデも大好きな、陽のあたる場所。
 

 私とクーちゃんはお互いに微笑みあうと、同時に叫んだ。






「行け!」


END