二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: Atonement【ポケットモンスター】 ( No.1 )
日時: 2012/08/30 22:00
名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)

第一章 道なき道を求めて
第1話 白昼

 インフィニティア大陸北東部に位置する国家、メルクリア王国の西部の国境付近に、シェルクという都市がある。四方を堅牢な壁により囲まれているのは、隣国ルインスティル共和国との冷戦状態にあった頃の名残だろう。
 特に大きい都市ではないものの、ルインスティル共和国との国境に位置しているため、訪れる者は多い。特に、国交が回復してからは二国間の貿易の拠点として非常に重要な都市となっている。
 国境警備隊と有志の団体が協力して見回っているため、治安も非常に安定しているのが特徴だ。ここ数ヶ月の犯罪も、数える程度しか起きていない。
 そんな町の一角にある、小さな食事処《鉄蛇亭》。少し寂れており、木でできた看板の一部は腐食しており、窓ガラスのヒビもテープで無理矢理補強してある。木造の建物自体にも年季が入っているのが解るが、数ヶ月間このままの状態が続いていることから、改装する気が無いのが窺える。商売っ気が無いのかもしれない。
 店の扉が開き、上につけてあった飾りが乾いた音を立てて揺れた。
「んだよ、客かと思ったらお前らか」
 グラスを拭きながら、エプロンを着た中年の男が面倒くさそうに溜息をついた。店主のようだが、他に店員らしき人物がいないのを見ると、どうやら一人で店を切り盛りしているらしい。
 服の上からでも、筋骨隆々とした身体つきが窺え、顔立ちからは豪快さが窺える。もし知らない者が彼が喫茶店の店主だと聞くと、驚くに違いない。身の丈ほどあるツヴァイヘンダーを背負って、傭兵として敵と戦っているようなイメージが強いのだ。
 彼の視線の先には、二人の男女がいた。
 男の方は肌が色白で少し幼さの残る顔つきだ。まだ少年としての幼さが抜けきっていない印象を受けるが、何処か達観した雰囲気もあるために、子供らしさはない。肩まで伸ばされた黒髪は、伝統工芸の職人でも作りだせないような美しい光沢を放っている。また、やや細身ではあるものの不思議と貧弱さは感じられず、むしろ頼りがいのある感じである。
 服装は至って普通である。黒のパーカーに、デニム生地のズボン。あまり派手さは無いものの、特におかしな格好ではない。年頃の若者が好みそうな格好ではあるが、着こなし方はラフで、悪く言えば少しだらしがない。
 尤も、彼がただの若者ではないことは、腰に吊るしてある鞘を見れば一目瞭然である。大きな戦乱が無い今では、一般人が武器を持って出歩くことは少ないためだ。
「悪いな、バウアーのオッサン。邪魔だったか?」
 口は悪いがやや高めの澄んだ声で、若い男は店主、バウアーに言った。
「いや、そういうわけじゃないけどよ。どうせなら、乳のでっけぇ美女に来てもらいたいんだがな」
 つまらなさそうな表情で、バウアーは肩を竦める。
「こんな明るい時間からボロ店に来る女なんて、そうはいねえよ。それに、いい歳して女の尻や胸ばっかみてるってのも情けないぜ。それに、女ならいるだろ? こいつには色気は無いが、可愛いもんだぜ。もうちょっと服とかに気を遣っていりゃあ……」
「余計なお世話よ」
 青年の言葉が気に障ったのか、隣にいた少女がムッとした表情を見せる。
「そういうわけだ、女の尻ばっか追ってんじゃねえぜ」
「ケッ、言ってくれんな。夜までお預けってか。ところで、仕事は終わったのか?」
「ん、ああ。夜から一仕事あるんだけどな。今日は帰れそうにないな」
「そうかい。いつも大変だな」
 言って、アイスティーの注がれたグラスを差し出した。若い男がそれを受け取ると、傍らの少女に手渡した。
「ありがと」
 少女は素っ気ない態度でグラスを受け取った。
 真直ぐに切り揃えた青い髪は何処か幼さを感じさせるが、その表情は凛としている。体型はやや小柄で、胸や腰のラインは少女らしさが抜け始めている。発展途上といったところか、大きさはやや控えめといったところだ。彼女にはまだ、少女という言葉の方がまだ相応しいだろう。
 胸元に濃紺のリボンが揺れる純白のブラウスに、青色のロングスカート。そして、小さな皮靴と、年頃の少女にしてはやや落ち着いた印象だ。本人に自覚があるかどうかは解らないが、大人らしさを出すために少し背伸びをしているようにも見えて、微笑ましくもある。
 可愛らしい少女だが、彼女は人間ではない。姿形は人間のそれではあるが、兎の耳のように頭の上にピンと突き出した澄んだ水色の長い耳を見れば、誰もが解るだろう。
『ポケモン』と呼ばれる存在である。
 謎多き生命体だ。内には人間には有り得ない力を秘めており、例えば火炎や水流を操ったり、激しい衝撃により大地を揺らしたり、疾風の如く飛翔したりと、様々な能力を有している。当然それは種によって異なり、数百種もの種族からなっていると言われている。この少女は、その数百種もの種族のうちのひとつ、グレイシアと呼ばれる種だ。
 そして、人間の形をしているものの、それとはかけ離れた特徴のある、その姿形だ。普通、ポケモンは人間とは程遠い。魔物といったら語弊があるが、そのような姿をしている。しかし、中には人間の姿形を取り、ポケモンの一部の特徴が表れている個体も存在する。此処にいる少女も、その一人だ。
《亜人種(デミ・ヒューマン)》と呼ばれる個体だ。人間たちの生活に順応すべく、自らの意思で人の姿形を取っているのだ。
「んで、この時間帯に帰ってきたってことは飯だろ? すぐに作っちまうから座ってな」
 バウアーに言われるまま、若い二人はカウンターの席に着く。ニッと歯を見せて笑うと、バウアーは厨房へと入っていった。
 壁の時計を見ると、午後二時を回ったところだ。昼食を取るにしては、やや遅めと言ったところだろう。尤も、彼らの職業上、それは仕方のないことである。

Re: Atonement【ポケットモンスター】 ( No.2 )
日時: 2012/08/31 20:26
名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)

「ハーヴィ」
 少女が、静かに口を開いた。ハーヴィと呼ばれた青年は、グラスを置いて応える。
「何だ、 澪紗(れいしゃ)」
「さっき情報を集めていたら妙な噂を聞いたんだけど……《タルタロス》の動きが活発になってきているらしいわ」
「ああ、俺も聞いたよ。十数年前にあった邪神大戦の時に暗躍した奴らだろ? 壊滅したって聞いてたけど、各地で動いているらしいな」
《タルタロス》——大戦時から暗躍していたと云われている邪教団である。大陸では邪神とされているポケモンを崇拝し、それの復活を望んでいると云われているが——
 その邪神自体が人々の間では伝説に過ぎないのだ。しかし、信仰の厚い《エリュシオン》教徒や古き伝説を語る老人達の間では、彼らの動きを恐れている者が多い。特に、教圏であるメルクリアの中心部では、正規軍が動き始めているらしい。
「何か引っかかるのよね」
「町の中は安全だろうが、辺境に仕事に行くときは、気を付けた方がいいだろうな」
 暫くすると、厨房からバウアーが出てきた。彼の持っている大皿には軽く五人前はあるだろうと思われるサンドイッチが盛られており、別の皿には鳥の唐揚げとフライドポテトが溢れんばかりに盛られている。
 とても、二人で食べきれる量では無いだろう。その上、このハーヴィと澪紗は、線の細さから推測できるように、あまり食べるようなイメージが無く、少食であるイメージの方が強い。そのためか、大量の料理を目の前に、二人は唖然としていた。
「えっと、オッサン。いくら空腹とはいえ、流石にこの量はねえよ」
「私もこんなに食べられないわよ」
「ああ、俺もこれから昼飯なんでな。ついでに一緒に食っちまおうかと」
 そう言うや否や、バウアーはサンドイッチを大きな手でひょいと掴むと、思いきり齧り付いた。彼の外見のイメージにぴたりと合う、豪快な食べ方である。二人は彼の食べっぷりをよく見ているのだが、やはり驚きは隠せないようだ。
 バウアーが筋肉質な手をサンドイッチに伸ばそうとした時、店の扉が開き、一人の少年が入ってきた。
 手入れされていることが窺えるダークブラウンの髪を束ね、銀製の鎖帷子に身を包んでいる。鎖帷子の上には空色の外套を羽織っているものの、その出で立ちは街——それも昼下がりの喫茶店には不釣り合いにも程がある。
 年齢はハーヴィより若いだろう。彼よりも少年としての幼さがハッキリと出ている。中性的な顔立ちであるが、パッチリとした緋色の瞳が彼の覇気を感じさせる。外套の乱れもなく、真面目で誠実そうな雰囲気も窺える。しかし、今まで全力で走ってきたのか、少し息が上がっている。
「んお、こんな時間に珍しいな、シデン」
「はぁ……はぁ……、取り込み中にすみません! ジュノン隊長を見ませんでしたか?」
 呼吸を落ち着かせながら、シデンと呼ばれた少年はバウアーに尋ねた。どうやら、人探しをしているらしい。
「いや、見てねぇが……。どうした、あいつまたサボってんのか?」
 バウアーは特に驚いた様子はなく、むしろ「ああ、またか」といった感じで半ば呆れていた。
「集合時間がもうすぐなのに、何処に行ったのやら。あの人はいつも……」
「まぁ、あいつも女だからなぁ。商業区で買い物でもしてんじゃねぇか? あまり堅いこと言わずに、多めにみてやれよ。ガキのうちから堅いこと言ってると禿げるぜ?」
 助言しつつも軽い冗談を言うのが、バウアーらしい。しかし、シデンはこの世の終わりだと言わんばかりの絶望的な表情で、頭を抱えている。外見から窺えるように、本当に真面目なのだろう。
「まだ、商業区をすべて回ったわけではないので、探してみます! お忙しいところ、失礼致しました!」
 ビシッと敬礼を決めると、歳の割に気苦労の多さが窺える少年はダッシュで店を出ていった。相当慌てているのか、露店に激突しそうになっていたのが窓の外からでも見ることができた。
 一体何があったのか。ハーヴィはサンドイッチを手に持ったまま呆然としていた。澪紗は特に気にした様子はなく、もきゅもきゅと食事を楽しんでいるようだ。
「なんなんだ、今の騒々しい奴は?」
 バウアーに嵐のように過ぎ去っていった少年について話しかけると、ハーヴィはサンドイッチを一口だけ齧り、飲みこんだ。
「ああ、メルクリア王国の《 聖光の翼(リヒテン・フリューゲル)》の騎士だよ。良い奴なんだが、真面目すぎんだよなぁ」
「真面目すぎというより、世渡りが下手そうな感じだな。ありゃあ、近いうちに上司や出世を妬む同僚からいじめられるぜ」
 初対面——というよりも、軽く見かけただけの人物を皮肉ってしまうのは、ハーヴィの癖である。そのためか、過去に何度か見ず知らずの人間と諍いを起こしてしまったこともあるらしい。
「あなたと違ってしっかりしてるんじゃない?」
「悪かったな」
 澪紗の突っ込みに、ハーヴィは少しばつが悪そうに俯いた。
《聖光の翼》とは、大陸ではその名を知らぬ者はいないと言われる程の、強力な軍団である。五国戦争時代——メルクリア王国と南のマジュード帝国の戦いが激しかった頃、国境付近の防衛線で僅か五百の兵で一万のシュルークの軍勢を退けた事実は、歴史書にはっきりと記されている。
 飛行能力を持ったポケモンに乗り、上空から華麗に降下して槍を振るう姿には、敵味方関係なく見惚れたらしい。大きな戦乱の無い今では、王国内の治安維持や魔境のポケモンの討伐、邪教徒の摘発などが主な仕事であるが、それでも騎士団であることは一種のステータスであり、憧れの対象となっている。
「ガキの頃は憧れたけどな」
 ハーヴィも例外では無かったようだ。しかし、それは過去形に過ぎない。
 何故なら——
「でも、俺には最高の相棒がいるからな。強くて可愛い相棒が……」
 ニヤリと笑みを見せて、ハーヴィは自分のパートナーの肩に手を置いた。しかし、それはすぐにそっけない態度で、払われてしまう。
「褒めても何も出ないわよ」
 あっさりと一蹴してしまうところが、彼女らしいと言えば彼女らしいのだろう。しかし、ハーヴィもその言葉を気にした様子もない。
「それに、貴方に騎士や軍人なんて向いてないわよ。規律を守りそうもないし」
「はは、手厳しいな」
 まあ、事実なので仕方がない。
 軍に入ったところで、規律をきっちりと守りながらやっていくという気は、ハーヴィにはないのだが。
「ああ、そうだ。お前ら、夜まで暇なんだよな?」
「ん、まぁな」
「ちと、頼みたいことがあるんだがいいか? 食い終わったらでいいからよ」
「ああ、いつものか。任せときな」
 ハーヴィは笑顔で、バウアーからの頼みを快諾した。澪紗もまた肯定を意味するかのような微笑を浮かべている。
 報酬も何もない仕事ではあるが、いつも世話になっているバウアーからの頼みということ、そして、これが二人の日課であるため、苦ではないのだ。
 いや、報酬はあるのだ。だが、それは二人にとって何よりも嬉しいものであった。
「さて、それじゃあお仕事といくか」