二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: Atonement【ポケットモンスター】 ( No.14 )
- 日時: 2012/08/31 08:31
- 名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)
第6話 プレリュード
焦りや恐怖などはなかった。
ただ本能に従い、襲いかかってきた相手に対してグラディウスの刀身を振るった。肉の裂かれる音とともに敵は断末魔の叫びを上げ、傷口からは赤黒い液体を垂れ流しながら、地面に崩れ落ちる。
仕留めたのを確認し、相棒へと目で合図を送る。しかし、その必要はないようで、彼女は既に動いていた。
背後からの気配。一つではあるが、攻撃には相手を確実に仕留めるだけの殺気が籠っている。回避するのは容易い。サイドステップで相手の刀身をかわすと、掌から氷の刃を放ち、敵の身体を串刺しにする。
森を抜ける際に敵の襲撃は想定していたものの、朝っぱらから休む間もなく襲われたことに、ハーヴィは軽い苛立ちを覚えていた。
「ちぃっ、何なんだよこいつら!」
全ての敵を斬り伏せたのを確認し、ハーヴィは血を拭きとってグラディウスを鞘へと納めた。
街の外で襲われることは決して珍しいことではないのだが、今回は何処か様子が違った。敵の死体を見ると、装備がしっかりとしているのだ。無駄な装飾を省きながらも、威力の高い武器を装備しており、防具も決して高価ではないが、傭兵が着るようなものよりは上質なものであることが窺える。
そして——連れているポケモンだ。今回相手にした者は、三つに連なった球状の身体を持つマタドガスに、一対の翼に大きな顎を持ったゴルバット、鋭利な毒牙を持つハブネークだ。どれも毒という手段を使う辺り、相手を仕留めることを前提としているのだろう。また、ポケモン自体の強さも中堅クラスのため、周囲から見た場合もあまり目立たないという利点もある。
「…………」
「どうした? 怪我でもしたか?」
「あ、いえ……。何でもないわ」
ダガーを力無く引っ提げたまま敵の死体をジッと見つめていた澪紗に、ハーヴィは心配そうに尋ねた。彼女は彼の言葉にハッとして、我に返る。
外傷もなければ、毒に侵された様子も無い。しかし、彼女の様子を見る限り、様子がおかしいのは明らかだった。第三者から見れば何も無いように思えるものの、長年付き合ってきたハーヴィにとっては、やはり気になるところがあった。
「お前さ、何か隠してるだろ」
「何も隠してなんていないわ。私は大丈夫」
見抜かれている——?
——いや、まさか。
澪紗は何とか焦りを抑え込み、平静を保つ。
「ま、それなら何も言わねえさ」
ハーヴィにも詮索する気は無かったのか、澪紗の言葉を少し疑う素振りを見せたが、特に気にする様子もなく歩き始めた。この時ばかり、彼女は彼の適当な性格に感謝した。
これは自分の問題だ。誰かに頼るようなことではない。
昨夜に華鈴が言っていたことを思い出しながらも、澪紗はダガーを納めるとハーヴィの後をつけた。
- Re: Atonement【ポケットモンスター】 ( No.15 )
- 日時: 2012/08/31 08:31
- 名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)
運び屋を利用したのだが、シェルクに着く頃には、三日ほど経過していた。
レイナードとの距離があるというのも一つの要因ではあるが、途中で謎の武装した不審者との戦闘が何度かあったというのも大きい。それも、ただの盗賊や賞金稼ぎのような相手ではなく、しっかりと訓練されたことの窺える者ばかりであった。そのため、戦闘に要した時間が多くなってしまったのだ。
普段から鍛えていたために然程疲れてはいなかったため、二人はバウアーのもとで店の手伝いをしていた。昼間は閑古鳥の鳴いている《鉄蛇亭》であるが、夜は一転して多くの客で賑わうため、経営の面では困ったことはないようだ。今夜も大繁盛といったところで、様々な客が訪れたために、ホールでの仕事に精を出した。
日付が変わり、客が帰ってからは、二人はテーブルや床の清掃を続けていた。慣れている仕事のために容易いものではあるが、ハーヴィは物足りなさを感じていた。
十二分に恵まれて充実した生活をしているのは解っている。経済的には裕福ではないものの、幸せではある。
それでも何かが足りない。だが、それが何なのか解らない——
「手が止まってるわよ」
澪紗はモップで床を拭きながら、天井を見上げたままボーッとしていたハーヴィを指摘した。彼女の言葉を聞くとテーブルを拭く手を動かし始めるが、やはり何処か気の抜けたような顔は変わっていなかった。
「昨日の夜から、貴方少し変よ?」
ああ、確かにそうかもしれない。昨日の夜から——いや、本当はそれより前から思っていた。
何かを求めている自分がいる。
「だな。何かを求めてるが、それが解んねえんだ……」
自分で言ってみて馬鹿馬鹿しい。そう思いつつも、澪紗に打ち明ける。
「こうやって手伝って生活してりゃあ、無難に生きていける。オッサンにも面倒見てもらってるし、依頼もちょこちょことこなしてる。でもよ、何か足りないんだよな。充実した生活だってのに、これ以上求めてる自分が嫌になるぜ」
刺激が欲しい、色々と知りたいことがある——というのが、最も近い答えなのだろう。
最近の世界の情勢を知りたいというのは勿論、朝にあった何者かの襲撃。彼らがただ者ではないことは身を以て知った。
そして、何かを隠している澪紗のことも気になる。本人は何でもないと言っていたものの、彼女の様子を見れば見抜くことは容易い。長く付き合ってきた身としては、心の底から心配であった。詮索をする気などない。しかし、いつまでも黙っているのは耐えられない。
「変なのはお前もだろ? 話してくれてもいいんじゃねえか?」
テーブルを拭く手は、完全に止まっていた。ハーヴィの視線は、ただ黙々と床の掃除をしている澪紗に向けられていた。しかし、彼に気付かなかったのか、あるいは無視しているのか——澪紗は彼とは視線を合わせずに、モップをかける手を休めていない。
ハーヴィは立ち上がると、澪紗の方へと向けて歩き始めた。結構意識して足音を立てたが、やはりそれでも彼女は振り向かない。
ついに、ハーヴィは痺れを切らした。
「おい」
「ぁっ……」
背後から澪紗の肩を掴み、力ずくで自分と向かい合わせる。突然のハーヴィの行動に驚きを隠せなかったのか、彼女はモップを地面に落とし、きょとんとした表情でハーヴィを見上げた。
そこにいたのは、いつものような凛とした彼女ではなかった。
「独りで悩んでんじゃねえよ」
「私は……」
「俺が信頼できないのかよ? 確かに、あの時はワケアリだと思ってたが、力になるって言っただろ」
ハーヴィの言葉に気圧されて澪紗は気まずそうに俯く。
「違うの。これは、私の問題だから」
「やっぱ独りで抱え込んでんじゃねえか。お前の悪い癖だ」
それは貴方もでしょう——そう言いかけて、澪紗は出そうになった言葉を飲み込んだ。ここは、素直に隠していることを打ち明けるべきなのかもしれない。
なるべく、ハーヴィを巻き込みたくない。でも——それでも、いつかは話さなければならないことは解っている。それは、このように常日頃から共に行動をしている立場としての義務だろう。
「ごめんなさい」
「探してる奴がいるってとこだろ?」
そう言って、澪紗の肩から手を離す。少しやりすぎたかとハーヴィは後悔の念に圧されそうになるが、彼女も特に気にした様子は無かったようだ。
「何故知ってるの?」
「野宿してる時、キュウコンのガキと話してただろ?」
「起きてたのね……」
「たまたま目覚めただけだっての。まぁ、誰だかは詮索する気はねえけどよ」
ハーヴィ自身も、澪紗には色々事情があることを理解していた。五年前に彼が依頼でシェルクの近くの森を訪れた時に、倒れている彼女を発見した。衰弱していた彼女を助けた時が二人の出会いだったが、この時点で彼は既に何か事情があるのだろうと察知していた。元々、彼は詮索をするような性格ではなかったため、何事も無かったように共に過ごしてきたのだ。
彼がよろず屋を始めたのは、その少し前のことだった。自分の食い扶持は自分で稼ぎたいというプライドもあったが、日々のあまりにも安定した生活に退屈をしていたというのもある。また、出来れば街を離れて、旅に出ることも考えていた。それは澪紗を助ける前から計画してあったことだが、やはり自分の剣術だけでは限界がある。しかし、強力な冷気を操ることのできるグレイシアという種族である澪紗がいれば話は別だ。初めは二人の間に溝があったものの、長きに渡る時間が二人を結びつけたのだ。
そんな関係だからこそ、ハーヴィとしては悩みを打ち明けてほしかった。しかし、だからといって詮索するほどのしつこさは持ち合わせていない。
それに、自分の中ではある決断をしていた。その決断の内容は、恐らく澪紗もよく解っているに違いない。二人はもう、お互いの考えていることは大体解ってしまうのだから。
「お前はどーすんの?」
「解って聞いてるでしょ?」
澪紗は落ち着いて、しかし何処か恥ずかしそうに微笑んだ。
「この年齢にもなって、ガキみたいだよなぁ、俺も…」
「貴方らしくていいんじゃないかしら?」
「そうかもな」
既に答えは出ていた。
- Re: Atonement【ポケットモンスター】 ( No.16 )
- 日時: 2012/08/31 08:32
- 名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)
翌朝——
「ったく、これだからガキ共は」
朝食を済ませた後、バウアーは皿を洗いながらブツブツと文句を垂れ流している。しかし、彼も特に変に思ってはいないのか、口元が綻んでいるのが解る。
「オッサン。そこは「頑張れよー!」とか、そんな感じで励ますもんだろ?」
「ケッ、お前らがいっちまうと、仕事が増えんだよ」
何だかんだ言って、やはり少し寂しいようだ。それでも引き留める気は無いというのが、彼らしいとも言えるだろう。
住まわせてもらっている身だったが、二人は決心した。
「んじゃ、そろそろ行ってくる」
「行ってくるわ。今までありがとう」
「おい、澪紗! もう帰ってこないみてえな言い方はねえだろ!!」
ついに、バウアーの本性が出る。
「ふふ、そうね。宛もなく旅をするつもりみたいだけど、たまには顔を出すわよ。そうでしょう、ハーヴィ」
「まあな。孤児院の奴らのこともあるし、たまには顔出さないとな。適当に目ぼしいもん見つけたら送るから、期待しといてくれ」
そう言うと、二人は玄関から出ていった。
外に出ると、朝の冷たい風が頬を撫でた。
何の情報もなく、ただ適当にふらつくだけの旅になるかもしれない。それでも、ハーヴィにとっては構わないことだった。また、宛は無くとも旅の中で澪紗の探している何かを見つけることができるかもしれない。
澄み渡る青い空は、二人の旅路を祝福しているのか、それとも嵐の前の静けさなのか。
今までのように、依頼をこなしていたのとは違う、何かが待ち受けているのかもしれない。