二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: Atonement【ポケモン二次創作】 ( No.29 )
- 日時: 2012/08/31 23:30
- 名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)
第11話 没落貴族
ミルフェルトは農業地帯の一角にある街なだけあって、牧歌的な雰囲気に包まれている。暮らしを見た感じ、あまり豊かとはいえないものの、誰もが自分の仕事に誇りをもっているような——明るく温かな表情を見せている。
二人は住人にシデンの妹が暮らしている家の場所を尋ね、上がらせてもらっていた。今は母親と二人で暮らしているらしく、農作業をしている母親に代わり、家事全般は彼女の仕事らしい。
そのためしっかりしているのか、部屋の中は片付いており、床やテーブルも綺麗にされている。また、お茶の入れ方も上手で、味と香りがしっかりと生きていた。
シデンの妹は、名前をハヤテといった。
兄の性格から、大人しくて何処か弱々しい少女という人物像を想像していたが、実際に会ってみると、イメージとは違った。家事をしっかりとこなしているあたりの真面目さは兄と似ているが、それ以外の性格では、とても似ているとは思えない。
艶やかなダークブラウンの髪とパッチリと見開いた緋色の瞳、そして色白で幼さの残る顔付きは、兄とそっくりだ。しかし、兄のような頼りなさや気の弱さはなく、振る舞いや雰囲気からはしっかりとした印象を受ける。
「もう、お兄様ったら無茶していないかしら」
手紙を読んで、ハヤテは深い溜め息をついた。あの性格の兄なのだから、ハヤテが心配したくなるのも無理はないだろう。
此処に来る途中、ハーヴィはちらっと手紙を読んだ。光に翳して封の中の手紙が見えないかどうか試した時に、軽く見えてしまっただけなのだが——あまり他人の手紙を読むのはマナーとして相応しくないのは解っていたが、どうも彼の中にある好奇心のようなものが勝ってしまったようだ。
内容は、妹を気遣ったものだった。
しっかりとご飯を食べているか。身体を壊したりしていないか。周りの人たちとは仲良くやっているか。などなど、ハヤテからすれば、そのままシデンに返したい言葉ばかりであるに違いない。確かに、彼女が手紙を読んでいるとき、「こっちが言いたいです、お兄様」などとぶつぶつ言っていた。
「俺も奴とは親しいわけじゃないが、話していると結構真面目な印象を受けたけどな。あいつになりに上手くやっていると思うぜ」
事実、ハーヴィとて彼と親しくなるほど付き合ったわけではない。そもそも、偶然の出会いが何度かあり、まともな会話をしたのはそのうち一度だけだ。
「それならいいのですが、お兄様はいつも無茶をなさるので、心配なんです」
ああ、かなり愛されているんだな——ハーヴィはただ、そう思った。
ハヤテがシデンのことを語るときは、瞳が輝いていた。実の兄妹であるが、此処までお互いに愛し合っているのは珍しいだろう。
「いいお兄さんなのね」
静かながらも優しげに、澪紗は微笑んだ。
「何処か抜けているだけです、お兄様は」
そう言いつつも、何処か嬉しそうなのは、なかなか素直になれないようなタイプなのだろうか。少し顔を赤らめながらも、口元が綻んでいる。
「大体、お兄様は何でわざわざ騎士になどなったのか、私には解りません! あのような性格で、軍人などやっていけるわけがないのです」
「ははは……」
確かに、ハヤテの言う通りだ。
ハーヴィはシデンとは親しくないとはいえ、何度か会ったうちで彼の人柄というものは大体掴んでいた。十六という若さで《聖光の翼(リヒテン・フリューゲル)》に抜擢されるだけあって戦闘能力は恐らく高いのだろうが、如何せん性格に問題がある。決して嫌な人間ではないが、周りに気を遣いすぎ、そして優しすぎるため、軍人には向いていないだろう。騎士という立場にある程度必要ともいえる威厳やプライドも、彼には微塵も感じられない。
莫迦にされるではあろうが、嫌われるような人間ではない。それが、シデンだった。
- Re: Atonement【ポケモン二次創作】 ( No.30 )
- 日時: 2012/08/31 23:31
- 名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)
「別に、騎士になどならなくてもよかったのに。豊かでなくても、お兄様と共に平和に暮らしていければ、私はそれだけで嬉しいのです。今では、邪教集団が動き始めているのに、そんな身を危険に晒すような職に就かなくても……。お家の復興などと、そんなこと……」
ハヤテ曰く、色々と理由があるらしい。
グラナート家——
かつては武家の名門として名高い貴族だったという。しかし、五国戦争、邪神戦争という二つの大きな戦を経て、没落。当主であった父も、十年前に亡くなったのだという。シデンが後を継ぐことになっているのだが、当時はまだ幼かった故に、母親が現当主として台頭しているようだ。
日々の生活に困窮するほどではないのだが、貴族としては底辺、王国での発言力や地位もすっかり失墜してしまっている。このような農業都市の一角に居を構えているのもそのためだろう。
それでも、やはり貴族のためか、庶民の家々とは比にならない程の屋敷だ。調度品の数々は高級そうな作りをしているし、暖炉には派手な装飾の施された長剣がかけられている。壁には、ペアシェイプカットされた柘榴石と交差したハルバードが描かれた——グラナート家の紋章——旗がかかっている。
シデンが騎士となったのも、グラナート家にかつての威光を取り戻すためらしい。ヴェルセリエス家に並ぶほどの名門まで復興させることが目標らしく、それは今は亡きシデンの祖父母の意思を受け継いでのことらしい。長男であるためか、そのような教育を受けてきたことが窺えるが、結局それは理想論に過ぎないだろうと、ハーヴィはただそう思った。
しかし——
「いいじゃねえか、そういう目標があるってのは。もし俺がお前の立場だったら、最高の兄として惚れこんでるぜ」
ぬるくなった茶を一気に飲み干してから、ハーヴィは言った。少し冷めても味と香りが失われていないあたり、良い茶葉を使い、また、ハヤテの茶を淹れるのが如何に上手いかということが窺える。
結局、シデンも殆ど宛のないようなことをしているのと何ら変わりは無い。グラナート家復興という目標はあるのだろうが、それは短い年月で出来るものではない。それこそ、何度も武功を立て、多くの人々に慕われるような存在にならなければならない。
一度落ちてしまえば、そこから這い上がるのは苦難の道だ。現実的に考えれば、叶わぬ夢と言っても差支えない。そのため、宛がない旅とほぼ変わりがないのだ。
だからこそ、ハーヴィは好感が持てた。ある意味、自分に近いような存在なのかもしれないからだ。
「お兄様を高く評価しているのですね」
兄を褒められて嬉しいのか、ハヤテの不満げな表情に綻びが見え隠れする。
「俺は思ったことを言っただけだけどな」
ただ、世渡りはかなり下手だろう。シデンという少年は真面目で純粋すぎる性格のため、自分を追い込みすぎてしまう傾向がある。
悪いことではない。しかし、純白のものを見ると黒い染みをつけたくなるように、周りの者が黙ってはいないだろう。《聖光の翼》という、比較的身分の高い身でありながら雑用を回されるのは、彼に対するちょっとした嫌がらせかもしれない。
「大体、お兄様は……」
やはり、まだまだ不満があるようだ。ハヤテは次々とシデンに対する愚痴をこぼした。頼りないだの、情けないだの、言いたい放題だ。しかし、それだけ遠慮なく言えるということは、余程彼のことを慕っているのだろう。
十分くらいは、「お兄様は、お兄様は」と言っていただろう。あまりの兄に対する言葉に、二人は苦笑を浮かべていた。それを見て我に返ったハヤテは、顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
- Re: Atonement【ポケモン二次創作】 ( No.31 )
- 日時: 2012/08/31 23:32
- 名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)
暫くすると、部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。
柔和そうな女性だ。ダークブラウンの髪に、赤い瞳。農作業をしていたのか、服が土に汚れているが、落ち着いた彼女の雰囲気はみすぼらしさを感じさせない。
「あらあら、お客さんかしら?」
女性は何処かのんびりとした雰囲気で、柔和な笑顔を浮かべている。
「お母様!」
どうやら、この女性はハヤテの母親のようだ。とても二児の母とは思えないほどの若々しさだ。
改めてハヤテを見ると、母親と容姿が良く似ていた。今は此処にいないが、兄であるシデンも母親似だ。
「お邪魔しています」
澪紗は立ち上がると、女性に向けてぺこりと頭を下げた。彼女に小突かれて、ハーヴィも立ち上がってそれに倣う。
「よろず屋のハーヴィさんと澪紗さんです。お兄様からのお手紙を、届けていただきました」
嬉しそうに母親に報告するハヤテ。
「あら、そうなの。ありがとうございます。あの子、真面目すぎるから無理してなければいいけど」
「お母様、ちゃんと自己紹介しないと」
そう言うと、ハヤテは香茶を淹れなおすべく、台所へと向かっていった。
「あらあら、ごめんなさい。そう言えば、紹介がまだだったわね。わたしは、チトセ・グラナートと申します」
そう言うと、チトセはぺこりと頭を下げた。
「オウラン出身ですか?」
メルクリア王国ではあまり聞かない名前だ。ハーヴィは興味深そうに、慣れない敬語でチトセに尋ねた。ちなみに、オウランというのはインフィニティア大陸の東部の外海にある小さな島国だ。
「オウランというより、カムイラ地方よ。元々、わたしは冒険者だったから、そこで生まれただけなんだけど」
チトセ曰く、彼女は元々冒険者として生計を立てていたのだという。大陸中を旅しているうちに、メルクリア王国に落ち着き、そこで貴族の男性と結ばれたらしい。その貴族の男性というのが、シデンの父親だ。
初めは、周囲から散々に反対されたという。ただでさえ没落していたグラナート家だが、庶民——それも何処の馬の骨か解らないような冒険者——と結婚しようとしたのだから無理もない。色々と複雑な事情があったようだが、何とか結ばれたようだが。
「あなた達も冒険者みたいね」
「まあ、そんなところです」
淡々と、ハーヴィは答えた。
「でも、まだまだね。旅を始めてから然程経っていないってところかしら。顔を見れば解るわ」
「え?」
人の纏う雰囲気で判断できるのだろうか。それなりに長く生きているということもあるが、このチトセという人物は、名前は聞いたことは無いが、意外に名声の高い優れた冒険者だったのかもしれない。
「それに、色々と迷いがあるみたい。ハーヴィさんも、澪紗さんも」
二人は心の中を見透かされているような気分だった。だが、不思議なことに不快な感じはしない。
「でも、それで良いと思うの。冒険なんて、初めから目標を決めてやるものじゃないから。迷いながら、答えを見つけて行くものだと、わたしは考えているかな」
「もう、お母様ったらまたお客様に冒険譚を話しているの?」
茶菓子とティーポットを持って、ハヤテが戻ってきた。彼女は慣れた手つきで、四人分のティーカップに香茶を注ぎ、茶菓子を差し出した。
「ごめんなさい、ちょっと懐かしくなっちゃって」
うふふ、と柔らかな笑みを見せるチトセ。
親子のやりとりを見ていると、とても仲が良いことを窺わせる。
「でも、ご両親は反対しなかったの? 確かに冒険者は夢があるけれど、安全な職に就いてほしいと思っていなかったのかしら」
「いや、親父は俺が生まれる前に、お袋は俺を生んですぐに亡くなったんで」
「ごめんなさい、わたしったら嫌なことを……」
「大丈夫ですよ。親の顔は知らないけど、親父の友達に引き取ってもらって、特に不自由なく育ったんで。それに、今はこいつもいるんで、悲しくはないです」
そう言って、ハーヴィは澪紗にちらりと視線を移した。
悲しくはない、というのは事実だ。バウアーに面倒を見て貰っていたし、街では喧嘩に明け暮れながらも楽しく過ごしていた。それに、親の顔を見たことがないため、ハーヴィは本当の家族というものが何なのかは解らなかった。だが、この親子の様子を見ると、家族がどんなものなのか、少し解った気がした。
「冒険を始める前も、よろず屋としてシェルクの周辺で活動してたんですよ。別に働かなくとも平気だったんですが、やっぱり自分の食い扶持は自分で稼ぎたくて。それで、あまり遠出はせず、せいぜい日帰り、かかったとしても一週間で帰れる範囲で出掛けてました。澪紗と出会ったのも、ある依頼の帰りです」
話せばもう少し長くなるのだが、澪紗のことを気遣って最低限の紹介で済ませる。
「あらあら、長く付き合っているのね」
「ええ」
ティーカップを置いて、澪紗は頷いた。
ハーヴィと澪紗が出会ってから、実に五年の歳月が過ぎている。初めはお互いにぎこちないところがあったのだが、今はこうしてお互いに信頼できる関係に至っている。
「冒険者かぁ。私も目指してみたいけど、お兄様が騎士団に入っているのでは、お母様だけを残して家を開けるわけにはいかないから」
ハヤテは頬杖をついて、天井を見上げた。
没落しているとはいえ、やはり貴族である以上、下手に家を空けるわけにはいかないのだろう。ただでさえ、次期当主の候補であるシデンが、騎士団で働いているのだ。
「別に、わたしは気にしないわよ?」
言って、ハヤテに微笑むチトセ。
先代の当主が聞いたら悲しむのであろうが、チトセはお家の復興ということは考えていなかった。西のルインスティル共和国では民主的な政治が敷かれているし、メルクリア王国でも民衆の発言力が上がりつつある。勿論、形式として残すのは有りだが、貴族社会のあり方に疑問を持っているのだ。
それに、大陸中を旅してきた身であるからこそ言えるのだが、貴族社会というのは憧れの対象ではあっても、当事者からしてみれば堅苦しい以外の何物でもない。そう思ってしまうのは、チトセが冒険者という自由な職に就いていたのも理由の一つと言えよう。
だからこそ、自分の子供達には自由に生きて貰いたかった。今まで家を守ってきた先代には申し訳ないのだが、それがチトセの答えだ。
「いえ、わたしはお兄様の帰りを待ちます」
少し照れながらも、ハヤテはハッキリと言った。余程、兄であるシデンのことが好きなのだろう。
「うふふ。答えはゆっくり探していけばいいと思うわ。迷いながらでいいから」
柔らかな笑みを絶やさず、チトセは少し冷めた香茶を啜った。
答えはゆっくり探せばいい。迷いながらでいい。
この言葉は、ハーヴィと澪紗の心に深く刻まれた。