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Re: Atonement【ポケモン二次創作】 ( No.36 )
日時: 2012/09/02 19:05
名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)

第13話 炎の狂戦士

 先ほどから感じていた視線は、やはり気のせいではなかったことを、澪紗は悟った。
 地下のフロアに落ちたハーヴィを救出する方法を探そうと思っていたが、そのような余裕など今の彼女には無かった。その視線の主が、姿を現したからだ。
 手元に冷気を宿らせて、その者を睨みつける。グレイシアの特徴の出た耳と尻尾もピンと立ち、極度の緊張が澪紗の神経を研ぎ澄ましていることが、彼女自身もよく理解していた。
(間違いないわ。不意に感じた気配のひとつは、こいつね)
 視線の先にいるのは、黒い毛皮のコートに身を包んだ、ガラの悪そうな青年だ。だらしなく着こなしたコートの下には、色白ではあるが、引き締まった肉体が見える。
 見た目は人間のように思える。しかし、首の後ろからは赤々とした炎が噴き出しており、襟飾りのような形を成している。このことから、彼がバクフーンという種族の亜人種であることが窺える。
 小さく鋭い瞳には、狂気とも言えるようなものが宿っており、その混濁とした瞳は澪紗へと向けられ、口元も感情で歪んでいる。
 まずい——
 戦闘は避けられないだろう。澪紗としては、無駄な戦いなどしたくなかった。しかし、相手に宿るものは狂気そのものであり、例えこちらに戦う意思が無いことを伝えても、許しはしないに違いない。
 戦いたくない理由は、体力の温存以外にもある。
 そう、属性だ。
 バクフーンが操るのは、熱や火炎といった力だ。それに対し、グレイシアである澪紗は、氷の力を操るため、相性が非常に悪いのだ。真正面から、それもお互いの能力を駆使した戦いとなれば、彼女が勝つ確率は絶望的である。
 だが、弱みを見せてはならない。澪紗は凛とした表情で、バクフーンの青年を見据えた。
「ククク……、そんなに怖い顔すんなよ、嬢ちゃん」
 そう言って、バクフーンの男は腰から得物を抜き取り、両手に構えた。すると、拳の先に肉厚の刃が真っ直ぐと突き出た。短剣のように思えるが、握る部分が鍔と平行に作られており、ちょうど拳の先に刃がくるような造りになっている。
 ジャマダハルと呼ばれる武器だ。拳を前に突き出すだけで絶大な破壊力を出すことのできる武器だが、その分、自分の手を痛めやすいために扱いが難しいと言われている。そんな武器を好んで使っているのだろうから、己に余程の自身があるに違いない。
「さぁ、楽しもうぜ?」
 ジャマダハルの刀身をぺろりと舐めると、バクフーンの男は澪紗に飛びかかってきた。すかさず彼女は相手を氷塊で牽制しつつ短剣を抜刀し、相手の一撃を刀身で受けて、そのまま勢いを殺ぐ。しかし、相手は両手に得物を手にしているため、次々と刃が襲いかかってくる。
 接近戦は然程苦ではない。今まで何度か、ハーヴィと剣の手合わせもしてきたため、人並みにはこなせることを澪紗は自負していた。
「何だよ何だよ、それが本気なのかよぉ、あぁッ!?」
 それは憤怒なのか、悦楽なのか。何とも言えない表情を露わにしながら、バクフーンの青年が叫ぶ。
「くぅっ——!」
 素早い動きでありながらも、一撃が重い。短剣で攻撃を受ける度に、全身に重圧がかかる。
 受け流しきれなかった刀身が、澪紗の頬を掠め、赤い傷跡を残した。種族の違い、また腕力の違いもあってか、全ての攻撃を完全に受け流すのは、やはり厳しい。しかも、相手の様子を見ると、実力の半分も出していないのだろう。
 このまま攻撃を受けて体力を削られては、ただでさえ低い勝利の可能性も無くなってしまう。澪紗の戦闘力は決して低くはない——むしろかなり高いのだが——相手が悪すぎる。戦闘において重要なのは、戦闘力や経験も勿論ではあるが、相性も大きく影響してくるからだ。
(まずい。接近戦でもこれだけの力を持っているなんて。あまり、余力を残そうだなんて考えるべきではないわね)
「駄目だ。お前つまんねー」
 バクフーンは攻撃を止めると、澪紗と距離を広げた。
「だから……、とっとと死ねッ! 灰にしてやるぜッ!」
 狂気じみた瞳が見開かれ、肌を焦がすかのような熱気とともに、渦巻く火焔がバクフーンの手先から放たれた。
 赤く光る炎は澪紗の周囲を包みこみ、彼女の逃げ場を完全に遮断してしまった。渦巻く炎は徐々にその輪の形を狭め、ゆっくりと澪紗へと迫っていく。
 炎の直撃はまだ受けていないものの、高熱を帯びた風が肌をチリチリと焼く。このままでは、業火に呑まれるのも時間の問題だろう。しかし、澪紗は諦めたわけではなかった。そもそも、このような場所で朽ちるつもりなどないし、相手が全力でかかってくるのならば、叩き伏せるしかない——そう考えていた。
「クックック……、俺サマの炎に焼かれることを、誇りに思いなぁッ!」
 恐らく、相手は属性の優越や己の力を過信しているため、火焔の渦の外側から傍観しているだけに違いない。勝機があるとするならば、そこに如何にして付け込むかが重要になってくる。そのためには、まず炎を突破しなければならないのだが、澪紗は既にその方法を実行しようとしていた。
 彼女の周りに、冷気を帯びた風が渦巻く。強力な冷気を帯びているのか、ところどころにキラキラと氷の粒が輝いているのが解る。
 炎に対して、氷そのもので挑むのは無謀だが、冷気の場合はその限りではない。実質、冷気を使った技には少なからず氷の魔力が宿っているものの、その実態は氷そのものではなく風が主だ。強力な風を起こせば、炎に対して挑むことは不可能ではない。しかし、風と炎の相性は、良くもあり悪くもある。風向きなどを間違えれば、自分自身の首を絞めることになりかねないからだ。
 澪紗は炎の内側から、逆向きの冷気の風を起こして対抗した。こうなれば、単純な魔力同士のぶつかり合いだ。
「ククッ、やったか」
 火焔の渦が狭まり、獲物に到達した。辺りに黒煙が立ち込める。
 全力で放った技だ。これで倒せない筈がない。バクフーンの青年は、悦楽に浸っていた。

Re: Atonement【ポケモン二次創作】 ( No.37 )
日時: 2012/09/02 19:06
名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)


 だが——
「そう簡単に……斃れないわ……」
「なんだとッ!?」
 斃すには至っていなかった。それなりにダメージを与えたのは間違いないが、仕留めた筈の獲物が、ふらついた様子もなく立っているのだ。
「でも、あなたの技、結構効いたわよ……」
 炎を打ち破ることはできたが、無傷というわけにはいかなかった。戦闘に支障はないものの、服のところどころが焼け、そこから痛々しい傷が顔を覗かせている。
 バクフーンの青年は、澪紗がまさか技を打ち破るとは思っていなかったようで、驚愕を隠せずにいた。
「畜生ッ、この死に損ないがッ!」
 冷静さを失ったのか、バクフーンは次々と直線状に炎を撃ってくる。どれも強力なものであるのには変わりがないものの、正確さを大きく欠いている。そのため、俊敏な動きがあまり得意ではない澪紗にとっても、回避するのは容易かった。
 こちらから攻めなければ戦いに勝つことはできない。しかし、やはり相手が炎で挑んでくる以上、冷静さを失っているとはいえ勝つのは難しいだろう。
 それならば、策を用いて戦い、属性での相手のアドバンテージを打ち消せばいい。そう判断した澪紗は強く念じ、己の冷気を一気に解放した。
 ちらちらと白いものが、祭壇の間に舞い始める。その白いものは徐々に勢いを増し、強い風を伴って吹きつけた。バクフーンはそれが雪であることにすぐに気付いたが、特に気にせずに攻撃を続ける。
「ハハハハハッ! もがけ、もがけ、もがけェッ!」
 気が狂ったかのように、次々と炎を連射するバクフーン。狙いなどは定めておらず、ただ闇雲に乱発している。
しかし、彼はすぐに異変に気付いた。
「ハハハハハ……ハ……?」
 澪紗の姿が見えない。今まで手当たり次第に炎を撃っていたが、手ごたえもなかったため、仕留めたわけではないだろう。
 辺りを見渡すと、強い雪が降っている。
 まさか——
「チィッ、くだらねぇ小細工をしやがって!」
 グレイシアという種族は、雪が降るとその姿をとらえるのが難しくなると云われている。澪紗はその特性を生かし、雪を降らせることによって姿を隠したのだろう。
 逃げたのか——いや、気配はまだ近くにある。だが、吹き荒ぶ雪のせいで、己の五感が鈍っていることに、バクフーン自身は気づいていた。
 こうなれば、今までのように手当たり次第攻撃するしかない。そう判断すると、再び火炎を放とうと、彼は手を構えたが——
 背後からの一撃だった。鋭い冷気が背中に突き刺さり、全身が凍りつくかのような感覚に見舞われる。すぐにバクフーンは振り返り、攻撃が飛んできた方向に炎を放つが、手応えがまったく感じられない。
 属性で有利とはいえ、氷や冷気による攻撃を完全に防げるわけではない。当然、当たれば痛みはあるわけで、それが蓄積していけば、いずれ致命傷となる。だが、今のバクフーンに打開策はなく、ただ手当たり次第に炎を放射することしかできなかった。
「ぐ……かはぁッ……」
 遠距離からの攻撃を受けるたびに、呻き声を上げるバクフーン。しかし、苦痛で顔をゆがませるわけでもなく、ただ単純に攻撃を繰り返すだけだ。
 いや、顔は歪んでいた。
 苦痛による歪みではなく。
 狂気だ。
 そう。この青年を支配するのは、狂気だけだ。
「ぐはぁ! おもしれぇ! おもしれぇぞッ! 俺サマの血が滾るッ! フハッハハハハハハハハハァァァアアァァァッ!」
 笑っている。常人からすれば、気が触れてしまったかのように思える笑い方だ。
 恐らく、このバクフーンの青年は、何者かと戦うことを生甲斐としているのかもしれない。どちらにしろ、あまり関わりたくない相手だと、澪紗は思った。
 そんな厄介な相手を再起不能にすべく、澪紗は更なる攻撃を加えた。手元に冷気の球を宿らせ、そこから直線状に青白く光る光線を放つ。そして、そのまま降っている雪を利用して身を隠し、今度は氷で作られた刃を拡散させた。
(頭は悪そうだけど、厄介な相手ね)
 このまま何とか押し切りたいものの、相手もなかなか引き下がらない。狙いは滅茶苦茶とはいえ、炎の軌道を気にせずに戦うわけにはいかない。如何に雪を利用して身を隠しているとはいえ、澪紗は己の力を過信してはいないのだ。
 また、可能であるならば、接近して相手の喉元をダガーで掻っ切り、勝負をつけたかった。しかし、炎による攻撃が激しいため、接近できないというのも事実だった。それならば、少しずつでも、遠距離からダメージを蓄積させていったほうが安全であるし、確実だ。

Re: Atonement【ポケモン二次創作】 ( No.38 )
日時: 2012/09/02 19:08
名前: Tαkα ◆DGsIZpFkr2 (ID: BS73Fuwt)

 しかし、次の攻撃を加えようとしたときに、異変は起きた。
「え……?」
 雪が雨に変わっていた。熱気により雨になったのかと思ったが、それを上回る冷気を操り雪を降らせていたため、その筈がない。では、相手が雨を降らせる術を使ったのかということになるが、バクフーンが雨を操るなどといった話は聞いたことがない。
 相手のバクフーンも突然雪から雨に変わったことに戸惑いを覚え、攻撃を中断していた。仮に攻撃をしていたとしても、この雨の中で炎の技を使ったとしても、充分な威力は発揮できないだろう。
 澪紗はすぐに我に返り、相手が攻撃を中断した隙を突き、冷気の光線を放った。狙いも定めたため、これで終わらせられる——
 筈だった。
 冷気を帯びた光線は、バクフーンの目の前で四散し、完全に無力化されてしまった。
「チィッ、邪魔してんじゃねぇよッ!」
 バクフーンの青年は、後ろを振り返って悪態づいた。
 澪紗はすかさず攻撃を放つが、冷気の光線も、氷の刃も、バクフーンの目の前に展開されている見えない壁のようなものに無効化されてしまう。それならば、と雪を降らせようとするも、雨を降らせている者の魔力が強いためか、周囲の天候を変えることすら出来なかった。
「そこまでです。退きなさい、ダイン。あなたのパートナーから、連れ戻すように言われているわ」
 バクフーンの後ろから、水色のドレスに身を包んだ一人の女が現れた。まるで、水が人の形を象ったかのような、そんな出で立ちだ。
「な……」
 澪紗は、彼女を見て驚愕を隠せずにいた。
 ウェーブのかかった青い髪に、それと同じような色の美しい瞳。耳元には鰭のようなものが突き出しており、スカートの裾からも魚の尾鰭とみられるようなものが僅かに見える。身体全体は華奢な感じで、鰭のようなものの存在もあってか、人魚を連想させるものがある。
 シャワーズという種族、その亜人種であることを、澪紗はすぐに悟った。
 何処か雰囲気が似ているのは、当然のことと言える。グレイシアとシャワーズは、イーブイという種族がそれぞれ力を得たものであるためだ。
 無論、それだけではない。
「嘘……」
 何が起きているのか、澪紗は自分自身でも解らなかった。
 ただ、解ることは。今、目の前にいる亜人種のシャワーズは、自分のよく知った相手であり——
「ねえ……さん……?」
「…………」
「姉さんなの……?」
 今までずっと探していた相手——唯一の相手——に、問いかける澪紗。
「死にたくなければ、此処から立ち去りなさい。あなたは……いえ、あなた達は何も分かっていない」
 だが、帰ってきた言葉は肯定でも否定でもなく——
「そんな……、姉さんなんでしょう!?」
 普段の自分なら有り得ないだろう。思わず感情的になり、大きな声を出してしまっている。そして、シャワーズの女に向けて、思わず走り出していた。
 シャワーズは冷ややかな——しかし、何処か哀しげな瞳で、澪紗を見つめた。
 そして——
 手元から、水の弾丸を、澪紗へと向けて放った。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁっ——!」
 本来なら、命中精度も高い技ではないことを、澪紗は解っていた。しかし、今の彼女は冷静さを欠いており、その技を回避する余裕などなかった。正面から水の弾丸を受け、弾き飛ばされて、壁に叩きつけられてしまう。
「くはぅっ……うぅ……」
 全身に走る痛み。傷は負ってはいないものの、衝撃と激痛で動くことが出来ない。
「ダイン。あなたも上の命令を無視しないように。これ以上繰り返すようでは、あなたを粛清しなければならない」
「うるせぇッ! いつも上から目線で——がぁッ!?」
 喚き散らそうとするバクフーンに、シャワーズの女は至近距離で水の弾丸を直撃させた。バクフーンはそのまま気を失い、がくりと崩れ落ちた。
「待ってよ! お願い、待って、姉さん」
 フラフラとしながらも、澪紗は何とか立ち上がった。だが、そんな彼女に再び水の弾丸が容赦なく放たれる。
「あぐっ!?」
 再び吹き飛ばされて壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちる澪紗。
「うっ……あ……っ……」
 痛みに喘ぎ蹲っている澪紗を余所に、シャワーズの女は気絶したバクフーンを背負い、その場から去って行った。
「姉さん……」
 残された澪紗は、ただ姉のことを想いながら、呻くだけだった。