二次創作小説(映像)※倉庫ログ

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.41 )
日時: 2012/10/28 18:20
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)
参照: http://www.youtube.com/watch?v=WO-ERO1hIjo

はい、やっとこさ「眼」を投稿します。
URLでYouTubeの原曲様へ飛びますが(動画はありません)、かなりヘヴィな曲なのでご注意下さい。
扉絵は対談のURLに貼ってあります。
厨二くさいとか言わないでね。






 動乱と戦争と混沌の世界。
 蔓延る現代科学。
 その実験の末に産まれた、異常能力者に異常精神者。
 地上は恐怖の乱舞台だった。
 その最たる者。
 コードネーム『Me』。  
 確認されているのは、たった三人。
 しかし、それだけの人数でもこの世界を滅ぼすことが可能と考えられている異常能力者達だ。
 彼らの特徴は異常な破壊能力と、そして異常な愛。
 異性愛者であり、同性愛者。
 愛した者の、その身体と心に、異様なまでに執着する。
 爛々と威力を失わない眼の光で、相手を惑わす。
 その危険性故、三人は深い地下牢の奥に監禁されていた。
「あなたの瞳が欲しい——」
「動けないように縛り付け、跪いて泣き叫ぶ——」
「その顔に愛しいくちづけを——」
 日々、暗い牢をものともせずに不気味な笑いを湛えながらそんなことを呟いている。
 妖艶にしてサディスティック、そして破壊的。
 それが彼らを表す言葉に一番近い。
 魔力が宿ると言われるその片眼は刳り抜かれ、血の滲んだ包帯が巻かれ、間違っても看守を惑わさせないようにするためだ。
 今日も暗い地下牢の中で、不気味な笑い声と言葉が飛び交う。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.42 )
日時: 2012/10/28 18:14
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

 権力と暴力が支配する、闇の世界。
 隣の国からの侵入。
 それによって、今この地は朽ちようとしていた。
 向こうからやってくる人々も、実験によってDNAを改変された者達だ。
 その者達と正面から相対できる者は、たった三人。
 そう、『Me』の三人だけだ。
「やはり、『Me』を使うしかないのか……」
 円卓の周りに、一定の間隔を開けて椅子が儲けられている。
 そこに、いかにも権力によって人々を支配しているような男たちが何人も集まり、自分達が作らせた生物兵器に怯えている。
「しかし、あれは危険すぎる。いつ寝返られるかも分からないんだぞ」
「だが……、『LESS』に対抗できるのも『Me』だけなんだ。これをいつ使わずにいるのだ?」
「長……」
 今この場所にいる全員が、円卓の中心に座っている人物に視線を向けていた。
「……使わざるを得ないだろう。それとも、誰か他に良い案が在るというのかね?」
「……」
 沈黙だけが帰ってくる。
「……よし、では、防衛長、『Me』にこのことを伝えるのだ」
「……御意」
 議会は此処でお開きとなった。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.43 )
日時: 2012/10/28 18:17
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

 いつもは暗い地下牢に、淡い光が灯る。
 靴の底が、固いコンクリートの床を穿つ音だけが響き渡る。
 迷路のように枝分かれした地下の、一つの奥へと辿り着いた。
 そこに眠っているのが、『Me』の一人、たった十四歳の少年である。
「防衛長さん、俺達は、戦うのは嫌だよ。だって何も貰えないんでしょ? 俺達が何が欲しいのか、貴方なら知ってるよね」
 やって来た男はどきりとした。
 口調は確かに年頃の少年の物なのに、言葉の重みが桁違いだ。
 確かに自分は防衛長で、今、自分は相手の国のDNA改変者と戦えと命令に来た。
 彼が驚いたのは、まず、自分は『Me』とは初対面で、またこの少年は自分以外にも『Me』が存在しているということを知らないはずだ。
 『Me』は迷路のような地下牢の奥にバラバラに収容されていて、会う機会など一度も無いはずなのに。
 ましてや、『Me』を今度の戦争で使うなどと言うことはついさっき決まったことなのに、何故この少年はそれを知っているのか。
 不思議で堪らなかったが、ここはそのまま答えた。
 その方が懸命だと考えたからだ。
 彼は、技と虚勢を放って答えた。
「そうだ。君に、隣国の兵士達と戦って欲しい。君が欲しいものがあるのなら、出来るだけ優遇しよう。それでは、駄目かね?」
 すると『Me』の少年は訝しげに言った。
「おじさん、頭悪いんじゃない? 俺が欲しいものは、決して許されない物だって、俺だって知ってる。それとも、おじさんはそれを知らないのかな?」
 可愛らしげに小首を傾げる様は本当にただの少年のようだ。
 こんな子供が世界を滅ぼすことが出来るなんて、想像だにできない。
「……それは私の知るところではない。上層部の決定によるものだ」
 途端、少年が妖しく口元を綻ばせた。
「可哀想なおじさんだねぇ。上の人は、『やむを得ない』とか言って俺に与えておいて、そいつが都合悪くなったと思ったら全部おじさんに押しつけて、『あいつが悪者だ。あいつが全部独断でやったんだ』って世間に公表されて、おじさんはあっという間に失脚。職を無くして路頭に迷って、まあ今の地上は危険だから、直ぐにのたれ死んじゃうだろうね。そんなのも気付いてないの?」
 くすくすと声を立てて笑う。
 少年は鉄格子の向こう側にいるというのに、この威圧感。
 たった十四歳の少年が放つ物とは思えない。
「……そんなこと、私だって分かっている! いいか、お前は国のために働くんだ。これはかつて無いほどに名誉な事なのだぞ!」
「はぁい」
 薄く笑みを浮かべながら、驚くほど素直に答えが返ってきた。
(これで、この国が救われると良いのだが……)
 その彼の切実な願いは、叶ったとも言えるし、叶わなかったとも言えよう。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.44 )
日時: 2012/10/28 18:21
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

「俺達は、何が欲しいんだと思う?」
 と、十四歳の少年は言った。
「僕達が何を考えているか、知っているでしょう?」
 と、二十歳前後の青年は言った。
「私達は、何を望んでいるんでしょうね?」
 と、二十代後半の青年は言った。
 彼ら全員が『Me』であり、この世界上で最強の遺伝子を持つ人間だった。
 それに対して、議会の者達は沈黙することしかできない。
「いいよ、行ってあげる」
「その代わり、僕たちの欲しいものをちゃんと用意して下さいね」
「私達が、この世界を救うのですから」
 三人は示し合わせたように同じことを言った。
 一度も会ったことも無いというのに。暗い牢の中で。
 そうして、初めて暗い地下牢の中から、日の照らす地上へ出たのである。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.45 )
日時: 2012/10/15 21:10
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

「やあ」
 初めて出た外での彼らの第一声はそれだった。
「はじめまして」
「こんにちは。私の兄弟」
 初めて会ったというのに、どんな人物かも伝えていないのに、彼らはそう言ったのだ。
 彼らには破壊本能、異常恋愛、サディズム、そして相手の思考を読む能力まであるらしい。
「さて、行きましょうか」
「危ないからおじさんたちは帰っていいよ」
「お気をつけて」
 一番年上の者には心配までされてしまう始末である。
 変な気分のまま、本部に戻っていった議会のメンバー達だった。
「……で、敵って、何処にいんの?」
「さあ?」
「たぶん、国境近くにいるんでしょうね」
 なんとも気の抜ける会話ではあるが、それは彼らの全てを表しているとはどうしても思えない。
 指先を切り詰めた手袋を填めつつ、穏やかに微笑みながらの会話である。
 完全武装とは言い切れない彼らの軽装は、これからの激しい戦線はとても想像できない。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.46 )
日時: 2012/10/18 19:07
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

明日、いきなりですがnatsuPが動画を投稿されるそうです。
うわぁ楽しみだなあ/////



「どうする?」
 あまりに無邪気な質問だが、これから戦場に向かうという者の声でもない。
「取りあえず、夜まで待ちましょう。流石に昼間では人数の差が激しく不利です」
「はーい」
 頭の後ろで手を組み、遠くを見渡す。
 荒れた遠くの大地の上を埋め尽くすのは、夥しいほどの量の人だ。
「うへぇ、俺達、あれと戦うの?」
「そのようで」
「だから夜まで待ちましょうと言ったのです。あれだけの量を、明るいうちに全て捌く自信がおありなら、止めはしませんが」
 暗に、暗い内にならやれると言い切ったようなものである。
「流石に、アレは多いなぁ……」
 そう言いつつ、顔は笑っている。
 これから、どれだけの血が流されるのだろう。
 そして、それを苦とも思っていない彼らは、どんな人間なのだろうか。
 楽しげに衣服の隙間等に武器を仕込んでいる彼らは、一体何を考えているのだろうか。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.47 )
日時: 2012/10/28 18:23
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

 深夜。
「……」
「此処でいいの?」
「恐らく」
 暗い闇の中、草木を掻き分けて三つの人影が出てきた。
 辺りは静まり返り、聞こえるのは虫の音だけ。
 その中で、三つの目が光っていた。
 動物でもあるまいに、青と紫の目が爛々と輝いている。
「さて、もうそろそろ俺達の出番かな?」
 懐から取り出したナイフを、楽しそうに舐める。
 そして、そのナイフを無造作に敵地に投げ込んだ。
 少年の手を離れた凶器は、吸い込まれるようにして敵兵の背中に突き刺さったのである。
「敵襲だ!」
 突然倒れ込んだ同士に、辺りが騒然とざわめく。
 彼らの敵—隣国のコードネーム『LESS』—は、個々の能力は果てしなく強いのだが、協調性が無く、統率がとてつもなくし辛いと言うことだ。
 それ故、こうして場を乱してやれば殲滅も容易い。
「さあ、行きましょうか」
 今までいた茂みの中から飛び出し、彼らは戦場へと侵入した。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.48 )
日時: 2012/10/25 21:00
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

「うああっ!」
「ぐっ……!」
 暗い闇の中、見えない何かが自分の命を削っていく。
 ナイフを両手に一本ずつ握り、楽しげに笑みを浮かべながら敵を殲滅してゆく。
 返り血も殆ど浴びていない。
 まさに神業としか言いようがなかった。
 この場にいる全ての敵を倒すまで止まらない。
 政府は、大変なものをこの世に放ってしまったようである。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.49 )
日時: 2012/10/28 18:25
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

 少年は敵の本拠地であるテントの中まで一気に走り込むと、大将であろうと思われる男の首にナイフを突きつけた。
「あんたが『LESS』の親玉?」
 単身敵地に乗り込んできた少年に、男は大層驚いたことだろう。
 横に控えていた二人の側近のような男たちも驚いた顔をしている。
「お前……!」
「もしや……コードネーム『Me』か!?」
「だったらどうする?」
 口元に笑みを浮かべるこの少年は、世界を破滅に追い込む事さえ出来る。
「馬鹿な……! この周辺を、何人の兵士が取り囲んでいたと思っているのだ!?」
「馬鹿はそっちでしょ? そんなの、全部倒しちゃったよ」
「何!?」
「お前のような子供にか!?」
「やっぱり馬鹿だねぇ。俺は『Me』だよ? 『LESS』なんてメじゃない。勿論、おじさんもね?」
 そう言うと、ナイフを男の首に突き立て、思い切り手前に引いた。
「がっ……!」
「大将!!」
 叫ぶと、悔しげにこちらを睨み付ける。
「貴様……こちら側の大将がこのお方だけだと思うなよ」
 『Me』の少年は、ゆらりと立ち上がると、にこりと笑って言った。
「おじさん、じゃあ俺も言わせて貰うけど、『Me』が俺だけなんて思わないでね?」
 その次の瞬間、二人の側近の喉に小さなナイフが飛んでいく。
 小さな凶器は真っ直ぐに宙を横切ると、綺麗に二人の喉に突き刺さる。
 ナイフを回収すると、少年は至って普通にテントから出てきた。
 まるで近所の店から出てくるような、気軽な仕草だ。
「終わった?」
 誰もいない空間に話しかけると、二人が暗闇から現れた。
「ああ。大方、片付けた」
「こちらもです」
 そう言う彼らの回りには、累々と死体が横たわっている。
 目にも止まらぬ早業だった。
「では、帰りましょうか」
 とても戦場から帰るときの台詞ではないが、彼らは頷き合い、自ら議会本部へと戻っていった。

【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.50 )
日時: 2012/11/02 19:43
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

「ただいま、防衛長さん」
「お望み通り、『LESS』は全て倒してきました」
「私達の望を叶えていただける約束でしたよね?」
 楽しげにこちらを見つめてくる三人は、今は大人しくしてるが、実は羊の皮を被った狼だ。
 油断は、決してならない。
「……いいだろう。連れて行け」
 そう横にいた秘書らしき男に言うと、男は黙って三人に付いてくるように促した。
 自分達が居た所とは別の地下牢へ導かれる。
 その先には、たくさんの女達が眠るとも無しにそこに居た。
 正気を保っている者や、保ちきれずに奇声を上げている者もいる。
「何、これ?」
「この中からお好きな者をお選び下さい」
「へぇ?」
「これを選んだら、僕達は一生牢の奥で二人きり?」
「……此処にいる者は、何らかの事情があって此処に居ります故……」
 面白げに一つしかない眼を閃かせる彼らは、本当に喜びしか感じ取っていないかのように見える。
 鉄格子に顔を近付け、暫く中にいる女達の顔を楽しそうに眺めている。
 やがて、一人の少女が涙を流しつつ近づいてきた。
 歳は少年と同じくらいだろうか。白い肌に、ただ涙を零している。
 その少女の細い顎をとってまじまじと眺め、少年は言った。
「決めた。俺、この子にする」
「……」
 男は無言で頷くと、他の二人にも促した。
 二人もそれぞれ報酬を選ぶと、以外にも大人しく自分の牢の中へ戻っていったのである。

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.51 )
日時: 2012/11/23 14:44
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

「で、看守さん」
 少年は鉄柵越しに看守に言った。
「向こう、行っててくれる?」
「——それは、自分の業務に反します故……」
 すると、今度はにっこりと笑って言った。しかし、その言葉は甘さも何も感じられない。
「でもさ、君、ここで起きる惨劇を眼にしたいの? あんまり良いもんじゃないと思うけどね」
 看守は突然青くなり、深く一礼してその場を去った。
 その姿が遠くに消えると、少年は口を開いた。
「……あんた」
 少女の身体がビクリと震える。
「どっか遠くに行って良いよ」
「……?」
「俺達『Me』は、本当は精神異常者でも何でもない。そりゃあ実験によって戦闘能力なんかは桁外れだけど、もとはあんたらみたいな人を救う集団だったんだ。それを政府は邪魔に思ったから今みたいになってるんだ」
 捕らわれの少女は茫然と呟いた。
「……そんな……こと……」
「初めて聞いた? そりゃそうだ。今の議会の奴らも知らないことだから。『Me』しか知らない。俺達はもうDNAに刻み込まれてる記憶だから、決して消えることはない。あんたに言ったのは、誰かに知って欲しかったからだ。それに、俺はあんたを救いたい」
 真っ直ぐに見つめてくる瞳には、嘘や冗談は感じられない。
「……でも……」
「多分、もうすぐ他の奴らが連れていった女達がこっちに来るはずだ。だから、あんたはそれと一緒に逃げろ。大丈夫、看守は居ない」
「……でも……」
 もう一度呟き、少女は俯いた。
 冷たいコンクリートの床に熱い涙が落ちる。
「……私に、家族も、帰る場所も、有りはしません……」
 次々と流れる涙が、床に不規則な模様を創っていく。
(奴隷貿易、か……)
 大方、戦争で家族が死んだか、継母に追い出されたかしたのだろう。
 この時代、少ないことではない。
 やがて、少年がパンと膝を打った。
「よし、じゃあ俺らと逃げようか」
「……?」
 少女が濡れた頬を上げた。
「俺も、ここから脱獄する。そして、あんたらを無事なところまで送り届けよう。それじゃ駄目か?」
 片方しかない眼がこちらをじっと見つめている。
「……いいえ……」
「よかった」
 そう言って笑うと、年相応の可愛い顔になる。
「でも、貴方は……」
「俺は、あんたらを送り届けたら此処に戻る。どっちみち指名手配されて此処に戻るしかないんだから。なんせ、俺は世界一危険な生物兵器だからな」
 困ったように笑う顔はどこか寂しげで、儚く淡い。
「……駄目です」
「え?」
「駄目です! 私だけ逃げるなんて! みんな、みんなで逃げなきゃ……!」
 少女の目に再び涙が堪っていく。
「あんた……」
 『Me』の少年は何も言わずに少女の頭に手を伸ばした。細い指が、涙をすくい取っていく。
「分かった。俺達も一緒に行こう。でも、俺達は特異能力者には変わりない。それでも良いのか?」
「良いです。むしろ、その方が好都合です。追っ手からは逃げやすいでしょう?」
 少年よりも獰猛に笑うその顔は、もう絶望は見えなかった。
 彼女の心を、今は希望が満たしている。
「じゃあ、行こうか」
 少女の手を取り、立ち上がる。
「え? でも、鍵は……」
「忘れてない? 俺は『Me』だぜ?」
 その言葉の通り、手で触れると冷たい鉄格子の戸はいとも簡単に開いた。
「すごい……!」
「さあ、早くあいつらと合流しよう」
 少女と手を繋ぎ、終身刑の囚人は堂々と牢の外を歩いていく。
 その仕草に少女は、嬉しそうに笑って繋がれた手に力を込めた。

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.52 )
日時: 2012/12/09 15:01
名前: 月森和葉 (ID: ngsPdkiD)

「なんだ、君も来たのかい?」
 難なく牢から抜け出していた、二十代後半の青年が言った。
「みんなで此処を出ようぜってなったんだ。もう一人は?」
「なんだ、僕が最後か」
 後ろを向くと、もう一人が至って普通に立っていた。
「やっぱりそうなる?」
 『Me』の三人は、示し合わせたように同じ事を彼女らに言ったようだった。
 それを聞き、彼らが本当に危険であるはずはないと、普通の精神を持った人間なら思うだろう。
 しかし、それを世間に公表することは危険すぎる。
 肯定派の人々が、否定派の人々に『悪人を庇う』と言われ、自分の居場所をなくすことにもなりかねないからだ。
「いいか、あんたたち。俺達は、これからあんた達三人を逃がすために脱獄する。俺達と一緒にいるとあんたらも追われることになるが、恐らく俺達と離れれば追われることはない。それで、あんた達に頼みがあるんだ」
 少年は、これまでにないくらい真面目な顔で三人を見つめた。
「あんた達がいつか、自分で生きられるようになったとき、さっき牢の中にいたような女達を二度とつくらないで欲しいんだ」
「私達は自分が楽しむために人を殺すのではない。自分が生きるために、人を殺すのです」
 一番年上の青年は、握った拳をじっと見つめて呟いた。
 それは、彼らの本心だったようで、『Me』達は黙ってしまった。
 冷たい地下牢に充満した、濃密な死の臭いと沈黙。
 それらが猛然と彼らに襲いかかる。
 誰も何も言わない。
 嫌と言うほど覚えがある雰囲気の中、彼らはのろのろと行動を再開した。
「……とりあえず、地上に出よう。俺達はこの前上に出たから、道は分かると思う……多分」

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.53 )
日時: 2013/01/06 11:21
名前: 月森和葉 (ID: PdhEocoh)

 必要以上に重くなってしまった空気の中、六人は固まって移動を開始した。
「……俺達は、両親の記憶がないんだ」
 唐突に、少年が語りだした。
「気が付いたら、身体中に管が繋がれて、ガラスの筒の中に何かの液体が満たされた所に浮いていた。俺達に、遺伝学上の親は居ない。居るのは、精子と卵子の提供者のみ。俺達の外見はそのDNAによって決まるけど、結局の所、性格なんかの固体情報は遺伝しない。科学者達は今までの研究通り、決められた情報を刻んでいく。だから、俺達の意志は消えない。研究者達が馬鹿で、助かったよ」
 そう言って心底馬鹿らしそうに笑った。
「ほんと……助かってるよ……」
 再び静かになる。
 何を思ったか、少女は『Me』の三人に問うた。
「あのっ、もし、ここから出られたら……何をしたいですか?」
 少年は蒼い眼を見張り、次に嬉しそうに微笑んだ。
「どうしてそんなことを聞くのかな?」
「だって……貴方達だって生きているんです。望がないはず、無いじゃないですか」
 少女が言うと、三人は思っていた以上に真面目に考え出した。
「うーん……」
「あ、あの……」
 驚いて少女が声を掛けようとすると、少年は年相応の顔になって言った。
「そうだな、俺は、別の国へ行きたいな。観光とかしたい。あ、でも今は世界情勢的に無理か……うーん、いや、どうだろ……」
 真剣に考え込む姿が面白くて、思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ……」
「いえ、だって……」
「貴方が年相応に見えたので嬉しいのですよ」
 年上の二人が眼を細めて答える。
「では、私達は貴方達の為に最善を尽くすとしましょうか」
 『Me』の中でも最年長の青年がそれを言った女性を抱き上げると、一気に駆け出した。
 他の二人もそれに続く。
「え……!?」
「きゃ……!」
「ちょおっと我慢しててね。飛ばすよ!」
 まさに風のようで、六人はあっという間に遠ざかった。
「すごい……!」
 初めて見る高いところからの景色と、全身を激しく打つ風が言いようもないくらい気分が良かった。
「どうだい!? 綺麗だろう!」
「ええ!」
 風に負けないように大声を張り上げる。
 なんと綺麗な景色だろう。
 遠い森の向こうから差し込む朝日も、飛び立つ鳥の群も、何もかもが眼に新しい。
「綺麗……」
 それを見つめる瞳も、口から思わず溢れる言葉も、全てが輝いている。
「こんな世界があったのか……」
 その言葉を発したのは、『Me』の、二十歳ほどの青年だった。
「私達は戦場以外は殆ど外に出たことがないからね。美しいものだ、この世界とは……」
 青年もそれに賛同する。
 六人は暫くその場に立ち止まると、美しい朝日に心を奪われていた。

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.54 )
日時: 2013/01/06 15:35
名前: 月森和葉 (ID: PdhEocoh)

「長! 『Me』達が脱獄しました!」
「捜査網展開! 防衛班、至急捜査にまわれ!」
 議会の頭脳室では、あちこちから警報が鳴り響いて、止まる様子もない。
「鎮まれェい!!」
 首長の一喝で、途端に辺りが静かになる。
「貴様ら、一体何をしていた! 貴様らには脳も眼も無いのか!? 防衛長、隊を率いて捜査に出ろ!」
 返事は帰ってこない。ただ警報の赤いランプだけが哀しく回っている。
「どうした! さっさと行かんか!!」
「は、はっ!」
 慌てて一人の男性が走り出ていく。
「職員は皆、『Me』の確保に急げ! あまり時間はない。何としてでも監獄にぶち込むのだ!」
 全員の返事が返ってきたところで、首長は苦い溜め息を吐いた。
「何としてでも、連れ戻すのだ。彼らを外に出してはいけない……」

「さ、じゃあ行くか」
 少年が大きく伸びをすると言った。
「あ、でも……」
「宛はあるんですか?」
 女性達が心配そうに問うた。
「だーいじょうぶ。俺達が前に見つけた小屋があるんだ。まずはそこに行こう」
 三人がほぼ同士に少女達を抱えると、また走り出した。
 風が頬を切ってゆく。
 この朝日が沈んでしまうのが、とても悲しくて、心をきつく締め付けた。
 彼女が抱きついた青年の首に、痛々しい傷跡がいくつも覗いていた。

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.55 )
日時: 2013/01/06 19:29
名前: 月森和葉 (ID: PdhEocoh)

「……どうだ?」
 少女達を庇いつつ、古びた倉庫を覗き込んだ。
「大丈夫のようです。政府の気配はありません」
「奥も大丈夫だ。寝台があったよ」
 倉庫の暗闇から短髪の青年が戻ってきて言った。
「さ、早く入って。俺達はともかく、君らはちゃんと休んだ方が良い」
「あ、はい……!」
 中は薄暗く、埃臭かった。
 外は昼間の明るい太陽が照らしているというのに、此の場所だけが太陽の恵みから取り残されたように暗い。
「……なに、ここ……」
「気持ち悪い……」
 そう呟く。
 と、その時だった。
 気持ち悪い、と言っていただけなのに、最年少の少女がその場に倒れ込んだ。
「……!?」
「どうした!?」
「わ、わかりません……! 急に倒れて……!」
 途端に二人も倒れ込む。
「お、おい! どうした!?」
 少年が三人に駆け寄る。
「おい! 返事をしろ! おい!」
 長髪の青年が四人を庇うようにして、腕を伸ばした。
「どうやらもう追いつかれてしまったようだね。私達も鈍ったかな?」
「どうだかね?」
 いきなり吹き抜けになった倉庫の二階部分から声が降ってきた。
「君達が鈍ったのではなく、私達が腕を上げてしまったのかもしれないじゃないか」
 三人が、睨み付けるように声の主を見上げた。
「……君だったのかい」
「通りで、ね……」
 青年二人は苦い溜め息を吐いた。
 少年は一人何が何だか分からない。
 少女達を抱え、奥の寝台まで運び、慎重に鍵を掛けた。

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.56 )
日時: 2013/01/07 19:05
名前: 月森和葉 (ID: PdhEocoh)

「君達の目的はなんだい?」
 上を見上げつつ、口元に笑みさえ浮かべて言った。
「おや、分からないのかい? 僕の目的は昔から変わってなどいないさ。分かるだろう? 君達がここに来ることは見当がついていた。だから僕が来たんだよ」
 眼鏡を掛けた顔を歪に歪めて笑ったようだった。
「君らは——いや、君達と言った方が良いかな。前は二人だったが、今は三人だからな。前にもまして、色々なことが出来るね? 今度は何をしようか?」
 その時、少年が戻ってきた。
 そして、その言葉を聞いてしまった。
「何が良いかな? 三人も被験体がいるのだから、なんでもできそうだ」
「被験体、だと?」
 少年がゆらりと影から姿を現した。
「ようやく分かった。なんであいつらが全身傷だらけなのか。お前がその実験とやらに使っていたからか」
 青年らは苦笑した。
 彼らが場所を共にしたのは一晩ほどしかなく、しかも薄暗い暗闇の中に居たのに、そこまで見ていたとは。
 男は、なんの澱みもなく返した。
「そうだよ。実は、君達は今回の作戦で初めて会ったんじゃないんだ。十四年前、君が製造された年に一度会っているんだよ」
『Me』は、七年に一度製造が許されている。
 が、しかし、『Me』の危険性について危ぶまれたため、彼らを最後とする『Me』は製造されていないというのが表向きだ。
「実際はそうじゃないだろう? 俺達も知らない地下牢の奥深くに七歳の『Me』が居るはずだ」
 眼鏡の男は、なんの悪びれる様子もなく、淡々と喋る。
「そうなんだよ。そして今年もまた製造許可が降りた。するとね、分かるかい? 君達はもう用済みなんだよ。だからね、僕が実験と称して極楽浄土へ送ってやるのさ。ま、君達の罪は重いから、浄土へは多分行けないだろうけどね」
 青年はふと横を見て、自分の肌が恐怖に粟立つのを感じていた。
 後ろを振り返り、短髪の青年に言う。
「……君は彼女たちについてやってくれ。流石に、これを私だけで防げる気はしないのでね」
 頷くと、小走りに倉庫の奥に消えた。
「さあて、大変だよ。怖いのなら早く逃げた方が良いな」
 上を見上げ、男に言う。
「何がだい? 何も怖くなど無いさ」
「それは、どうかな——?」

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.57 )
日時: 2013/01/10 19:52
名前: 月森和葉 (ID: PdhEocoh)

「それは、どうかな——?」
 途端、青年が後ろに勢い良く飛び退いた。
 その場にいると危険だと、前もって知っていたのだ。
 何が起きたのかと少年を見ると、まさに彼が危険物質だったのだ。
 肌が裂け、下から人間のものではない皮膚が盛り上がってくる。
 黄色い髪は逆立ち、耳は先が尖ってゆく。
 丸い水色の瞳は爛々と輝き、獲物を狙っている。
 これはまるで——。
「獣人化……?」
 男の、部下の一人が呟いた。
 まさに獣人だ。
 しかし、『Me』に獣人化能力は備わっていないはずだ。
「馬鹿な! 何故『BELL』でないものが獣人化を起こしているのだ!」
 後ろに静かに立っていた青年が、少し面白そうに言った。
「知らなかったのですか? 『BELL』の獣人化現象はもともと『Me』の能力なのですよ。そして、この翼も——」
 バサリと音がして、青年の背中に黒い翼が現れる。
「それは……『Line』の……」
「そう。飛翔法。『BELL』も『Line』も、所詮『Me』から産まれたものに過ぎないのですよ。貴方はそれを知らなかったのですか?」
 軽く地面を蹴り、宙に浮き上がる。
「で、では、もう一人はどうなるのだ!? 『Me』はもうひとり居ただろう!?」
 青年は軽く嘆息した。
 これは研究熱心なのかただの好奇心なのか。
「さてね。彼が変化したところは私も見たことがない。ただ、私が知っているのは、彼が『geek』であること。それだけだ」
 そう言うと滑るように獣人化した少年に近寄り、耳元で何かを囁いた。
 驚いたことに少年は気絶するように膝を折った。
 気がつけば姿ももとに戻っている。
 そのまま少年を抱き込み、奥へと一直線に飛んでいった。
 追ってきた男たちは呆然とそれを見ていたが、我に返って後を追った。
 しかし、その時にはもう遅かった。
 奥の窓から青年が五人を抱えて飛んで行くところだった。
『Me』は一見ひ弱そうに見えるが、実は怪力な上にとてつもなく精神力が強いのだった。

Re: 【VOCALOID】眼【VanaN'Ice中編集】 ( No.58 )
日時: 2013/01/14 10:50
名前: 月森和葉 (ID: PdhEocoh)

「……連中が彼女らを眠らせてくれたのは有り難かったな」
「そうだな。この能力はとても誉められたものじゃないから」
「実際のところ、君は何に変身するんだい? 君は本当に『geek』なのかい?」
 青年は笑っただけで答えなかった。
 少年と少女達が起き出したのだ。
「ここは……?」
 道がいくつにも分かれ、それ以外の場所は全て緑の野原である。
 彼らは今そこに居た。
「大丈夫です。ここには私達の敵はいません」
 やがて全員が目を覚ますと、長髪の青年は言った。
「ここが他国への分岐点です。この道をずっと辿っていけば、貴方達は自分の国へ帰れるでしょう」
「あ、でも……」
 そうなのだ。
 彼女らは奴隷貿易で売られてきた。
 自国に戻っても帰る場所などない。
「じゃあさ、帰るところを作れば良いんだ」
「え?」
「俺達には帰る所なんかないだろ? だから、君達が俺達の帰る場所を作ってよ」
 他の五人は呆気にとられた顔をしたが、直ぐに破顔した。
「それは、大層素敵な考えですね」
 あはは、と声を立てて笑った。
 では、と言うように、長髪の青年が言う。
「——で、私達はどうしますか?」
「そうだな……。僕たちは無用の長物らしいからね。戻れば殺されてしまうだろうし……」
 すると、少年が立ち上がって言った。
「じゃあさ、どっか別の国を見に行こうぜ。前もそう言ってたし、する事ないし」
 青年二人は顔を見合わせたが、やがて笑った。
「そうですね」
「政府がこちらに接触してきたら、逆に政府を叩き潰してやりましょうか」
 少年は満面に笑みを浮かべると、両腕を突き上げて叫んだ。
「よっしゃ! 決まりー!!」
 全員が笑顔を浮かべた。

「では、ここでお別れです」
「ええ、有り難うございました。私達も、もう二度とこんな事が起きないよう尽力します」
 青年は嬉しそうに笑うと、期待しています、と言った。
「じゃーなー!!」
「さようならー!」
『Me』達の姿が見えなくなると、彼女たちもそれぞれに別れを告げ、各々の国へと歩いていった。


                     〈〈 終 〉〉