二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 【カゲプロ】人間冷凍ショコラ【オリジナル】 ( No.12 )
日時: 2012/10/21 21:12
名前: noeru (ID: 8Iser8UO)



血に染まる掌をぼーっと眺めながら思い出す。

確か、こんな風に血に塗れたことは初めてじゃないなって。

最初はただ歓喜に満ち溢れ。

最後はただ絶望に呑まれて。

そして今。

思い出すのは、久しぶりに恐怖を味わったついこの前のこと。


     ・   ・   ・


ぎゃーぎゃーと騒がしい怒鳴り声で目を覚ます。手をぶんぶん振り回してスマホを探し、時間を確認する。ただ今午前3時。寝返りをうって初めて、隣で寝ているはずの人間の不在に気付きそのまま転がって、まあ簡単に言うと落下した。何故か布団があったのでまったく無傷で音も立っていない。私の起床に、怒鳴られている幼なじみ・如月シンタローと怒鳴りつけているその母親、ディスプレイの中で必死に笑いをこらえている少女・エネは気付いていない。
(またエネの悪戯だ…。)
覚束ない意識でベッドによじ登り、スマホを元あった場所に置いたつもりで、意識が飛んだ。

真夏日らしい。シンタローと違ってネットではなくゲームの方が性分に合っている私は、もう2年近く世の中のことに関わらないまま(新作ゲーム情報は誰より早くシンタローから仕入れている)で、今の首相が誰とか何があったとか去年の漢字はなんだったとかもう何も知らない。
暗い部屋で2人きりで2年間、というと世の中の女子諸君はたいそう大好きな恋愛ジャンルの場面を思い浮かべるだろうなあ。きっとそうだろうと思う。その言い方ならそれが正しい。でも正しく言い換えると———光のささない自室で2年間勤務している、それが現実、なんだよね。
カーテンを開けば日の光は入ってくるけど、そうすると室温が容赦なく上がるから締め切っている。私のライフスタイルは、常に部屋着で右手にお菓子、左手にPSPや3DS等の携帯ゲーム機。口には大量の食糧が詰め込まれているのが通常。これで一日当たり通算8時間は固まっていられる。指先だけは秒速で動き、画面上で敵をなぎ倒す。めっちゃ快感。
隣人である幼なじみの家に逃亡、自宅警備を名乗り出たのはもはや2年前だった。代わりに一応一通りの家事はするという、条件付きだけど。人前には絶対に出ない、それがルール。
如月家は現在2名が警備しているので、泥棒・空き巣、窃盗犯、殺人犯、誘拐犯、立て籠もり、なんでもこいって感じ。もし外部の人間が許可なく入ろうものなら、この自慢の声で鼓膜をぶち抜き、今すぐにでも護身用のナイフを(室内なのになんで持っているかは忘れた)その懐に投げ込むことなんて容易い。
ちなみにこの職に就いて2年目だけど、いまだこの家の人以外人間の目撃はないんだよね。

ちやほやされたいだけで同人音楽制作に燃えるシンタローのそのやる気がどこから出てくるのか今だに理解不可能。その間、私は黙々と食べ続け、エネとシンタローの日々の戦いを観戦しつつ、画面上のゾンビを容赦なく撃ち続けその肉を抉り取ったり、2足歩行の猫とやたらでかいモンスターの腹をハンマーで殴るまたは双剣で刻み、ある時は世界規模という設定のサッカーチームの凄腕監督として選手の育成に励み、シンタローが2年間作り続けている同人音楽のリズムゲームで新記録を叩き出し、気が付けば太古から足が生えた世にも奇妙なキャラクターの顔に合わせてボタンを連打しまくって、ヤンデレ・ワカメ・ロリ出演のホラーゲームのシナリオを進めて…それだけ。

おばさん作のサンドウィッチは今朝の件からか私の方が圧倒的に量が多かった。ううん、常に如月家の食費の8割は私が補っちゃってる。居候の身だけど、これだけは減っては今すぐにでも死ぬ自信があるんだよ。

やけに意気揚々とPCに向かうシンタローは今日は絶好調なようで、にやにやしながらぶつぶつ呟いている。基本会話は…しないかな。シンタローはエネとの喧嘩に忙しいし、私が喋ったらもはや人災。そんなことすれば私が居座ってるシンタローの部屋は大惨事だもん。元はモモの部屋にいたけど、なによりファンからの粗品で本人すら別室に避難している状態なので(それでも私は入りきらなかった)元々ゲーム等を配置していたシンタローの部屋に移動になったんだよね。移動と言っても腕一杯に食料を詰めた紙袋とスマホ、数冊のマンガと衣類のみの移動。

エネが来たのは1年前くらい、自宅警備の新米時代の頃だ。送信者不明のメールを勢いで「まあネタにはなるんじゃない?」くらいの心意気で開けてしまい、シンタローの武者修行状態が始まるんだけど。
当時はRPG(私の専門業)の主人公のイスがシンタローに配られたかのような勘違いをさせていたエネ。今更ながら、IQ168の18歳がそんなことを考えていたと思うだけで腹筋が崩壊する。私みたいなゲーム中毒ならまだしも、ネット中毒の現実主義者の、しかも男子。誰か私の腹筋を回収しに行ってくれなかな、いや本当に。実際は何も変わらなかった。

1週間ほどでエネはシンタローのPCのみならず、オンライン接続済みの私のPSP、3DS、Wii、PS2、PS3、Xbox360、PSvitaの全権限を握った。昨日高校入学時に親に黙ってネットのオークションで高値で購入した初代ファミコンの寿命を告げられた(というか寿命を縮められた)時は、もう泣いた。DQ初期が出来ないのは、徹夜で竜王を倒した日の努力が泡になることで、思い出しただけで涙が…。
「ぎゃあああああああ!!!」
「にゃあああああああ!!!」
突如上がった叫び声っつか無念の嘆きに変な声を上げちゃった。
シンタローは気付かないけど。
「そんなわけで第1問!これに正解すると1つ目のパスワードを教えま——」
「お前は馬鹿なのか?!死ぬのか?!これ!!曲!!これ!!」
シンタローは椅子から立ち上がりディスプレイに向かって大声で叫び散らしてる。エネが作成中の曲のウィンドウを綺麗さっぱりお掃除したみたい。
「はぁあぁ〜……」
あっと声を上げたが遅かった。それはスローモーションのように、シンタローの腕に当たって傾いて一直線にキーボードとマウスへと、
「あぁ!!ご主人ご主人!!飲み物!!」
一瞬のエネと私の硬直・沈黙。キーボードが残りわずかな命のファミコンに見えて動けなくなっていた私ではなく、エネの方が先にもとに戻った。
「え?」
「ああああああ—————っつ遅かった。」
やっと声が出た時にシンタローが見たもの。

——キーボードとマウスに飲み掛けの炭酸飲料が注がれていた。