二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.105 )
- 日時: 2013/01/24 22:26
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
【 Ⅷ 】 親友
1.
マルヴィナのフードも、だんだんと重くなってきた。
なにしろ大きさにしては重過ぎる女神の果実が
三つも入っているのだ。…ついでにサンディまで入っているのだ。
「首が絞まる」
マルヴィナは、フェンサードレスの胸元のボタンを外す。
シェナがさっ、と妙に青い顔で振り返り、そこを見て、「…許容範囲ね」と呟く。
そして思わずその様子を見かけた(もちろん意味に気付いて慌ててそらした)男二人をひと睨みする。
「だから箱舟に入れておかないかって話だったのに」セリアスがカラカラ笑う。
「あ、それムリ」と、サンディが出てくる。…少し軽くなった。
「は?」が、そんなことよりその言葉の意味を問い返すマルヴィナと以外三人。
「今箱舟ちゃんないデスし。呼び出しでもしなきゃ来ないワヨ」
「……………………は?」もう一度、問い返す。
「呼び出せないのか?」
「だって知らないし、呼び方」
「……ちょっと、それじゃあ帰るとき、どーすんだよ…?」
「ま、そのトキはそのトキ」
「サンディぃぃぃ!!」
「みんなぁ、ちょっと」
シェナの声がした。デュリオ盗賊団に妙に気に入られたらしい一同はまだカラコタ橋にいる。
そろそろ出てかないとホントにダメ人間になるわヨ? とサンディに言われたが、
そもそも彼らは人間ではない。——と言うと蹴られたが。セリアスが。
けれど、様々な地域の者、訳ありの者、何でもござれのこの地は、
逆に彼らにとって良い情報収集場所にもなる。加えて、どうやらこの橋でも
なかなかの権力を持っているらしいデュリオに気に入られている彼らに不用意に近づく者もいない。
悪影響をもたらす者などいないので、心配は無用であった。
ともかく、盗賊団の男たちと腕相撲をしていたセリアスと、酒場のマスターに
料理を教えてもらっていたマルヴィナ、少し離れた位置で開けた窓から流れ込んでくる風に当たっていた
明らかに浮いているキルガは、酒場の中心、椅子にどっかり座り、
どっからどう見ても姐さん風格を醸し出しているシェナを見た。
「何?」
「デュリオに聞いたんだけど」
シェナが指を鳴らす。妙に情けない音だったが、言ってシェナチョップを食らいたくはないので
全員黙っておく。 ・・
「ここから南の港町。なんていうか忘れたんだけど、まだちゃんと船があるみたいね。
どうにかして譲ってもらえると助かるんだけど」
「サンマロウっすよ」
デュリオの苦笑の一言に、真っ先に反応したのはセリアスだった。
「サンマロウだって!」セリアスの腕相撲の相手が驚いて酒をこぼしかける。
マルヴィナも驚き、カウンターまでやってきたキルガが、
ほら、セリアスのお師匠さんの担当地、と言う。
「あぁ」マルヴィナは納得したが、デュリオたちやシェナがその反応の理由を知るはずもない。
「前、そこの舟にも乗りやしたんでね」
「…間違いないんだな…」
デュリオの言葉を復唱して、セリアスは興奮を明らかに抑えた様子で答える。
「と言うか、姐さんに初めて会ったのが、その時だったスからね、間違いないっす」
盗賊団の一人がそう言い、シェナ以外三人が「はい?」と問い返す。
「あはは。そういえば、その話まだしていなかったわね。——ひとまず、船を目指して、
サンマロウに行ってみましょうよ。——あ、そこの食料、詰めてもらえる?」
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.106 )
- 日時: 2013/01/24 22:30
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
ならず者の集落を出た一行は、暖かい風と、滝の小さな波音を耳に感じながらサンマロウを目指す。
「あれは、あの大きな地震があった二日後ね」
大きな地震、あのことか、とマルヴィナは思った。
二日後と言えば、リッカに助けてもらったばかりで、意識もまだない状態である。
「私、セントシュタインに用事があってね。
…ある場所から、サンマロウで乗り継いで、そこまで言ったんだけど」
「……?」
マルヴィナは、その時何かに違和感を覚えた——が、何に対してかは分からない。
「船がちょっと遅れちゃってさ。ようやく到着したちょっと前に、
セントシュタイン行きは出発しちゃったのよ。だから適当にふらついてたんだけど、
そしたら何かいかにもガラ悪そーな男どもがでかい顔して歩き回ってんのよ。
盗賊みたいな格好の割に、いろんな人にハバきかせているでしょ、
意味ないし、とか思って横通ってやったわけよ。そしたらね——
ドンッ! シェナはその男どもにぶつかる。しれっとした顔で通り抜けようとするが、
当然そのガラの悪い男たちがそれを見逃すわけもなく。
「おい、そこの姐さんよ」
肩をつかまれる気配がしたので、その前にクルリと身をひるがえす。
声をかけてきたのは、頭も顔も悪そうな筋肉ムキムキの荒くれ男だった。分かりやすい奴、と思いつつ、
「何?」
と答えてやる。
「ナニ、じゃねぇよ。人にぶつかっておいて、礼もなしか?」
「ばか言わないでよ。ぶつかってきたのは、そっちでしょ。こんな町中で、真っ昼間からでかい図体して
威張り散らしてんだもの、石像にぶつかって謝れって言ってるよーなもんでしょうが」
シェナがさらりと言って鼻を鳴らす。
「る…るせぇっ、このアマが」
「喧嘩?」
シェナがにやりと笑って、ひょい、と短刀を見せる。
「武器は?」
荒くれは答えようとして——シェナの右手を見る。そこにあった短刀は、まさしく荒くれの物であった。
つまり、盗賊が物を盗まれていたのである。
荒くれはしばらくぽかんとする——シェナの質問の答えは、突進だった。
「おっと」
シェナはそれをほとんど無駄なく右に避け、唖然としながら見守る群衆に笑いかけてから身をひねった。
突進の勢いが収まりきらず前へよろよろステップを踏む男の足を払ってやろうと思ったが——
さすがに動かない。あら、と一言、次の瞬間、シェナはその足より少し上、脛の部分を思いっきり蹴り飛ばす!
「どわぁっ」
地を揺るがすほどの音を立てて、荒くれ、うつぶせにひっくり返る。
シェナが短刀を荒くれの眼先に投げ返し、
刃が地面の金属部分にあたってちーん、と音がした。試合終了にして制圧完了。
群衆からどよめき、続いて拍手。まんざらでもないシェナ、恭しくお辞儀をして、
自分の前に向かってくる別の盗賊らしき男に目をとどめる。まだいるのか、と思ったが、
その男はそれにしては親しげに、お見事、と言った。
そして、人々の拍手に重ねて、ぼそりとシェナに呟くように話しかける。
「いや、うちの馬鹿がご迷惑おかけして、すんませんでした。
俺はデュリオ、そこの奴らを束ねる盗賊っす。
普段から派手な真似はするなと言っているんですが、どーも聞き分けの悪い奴らで」
「弁護は結構。そんな暇あったら、そいつらを説教してやりなさいな」
「了解です。また会えることがあれば、何か借りは返しますぜ」
「はいはい。それじゃ」
——ってな感じよ」
「怖ぇー…」
セリアス一言。
「……」
キルガはあえて反応しない。
「てか、シェナ、いつの間にそいつの短刀盗んだわけ?」
マルヴィナはどうやらそっちに興味があるらしい。
「うん、すれ違った時。短刀なきゃ、大きな顔はできないだろうって思ってね。
ま、拳って武器もあったけど、さすがに拳は盗めないでしょ」
「「………………………」」沈黙男組。
「……………前から思っていた…」
「ん?」
マルヴィナの呟きにシェナが問い返し、マルヴィナ、神妙な顔つきで、シェナの肩をポンと抱く。
「シェナ、あんた、」
「うん」
「はっきり言って、」
「うん」
「……………賢者より盗賊の方が似合っている」
「……………………………………………………………」
答えは当然シェナチョップだった。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.107 )
- 日時: 2013/01/24 22:33
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
ビタリ山のふもとを通り過ぎてしばらくした頃、風に乗って甘い香りが漂い始めた。
バラやサイネリア、ラベンダー、本来手入れをすることで咲く植物も、
この辺りでは何をしなくともその時期となれば咲くらしい。
「あと、サンマロウ地方限定で咲く花もあってな。一回咲いたら、短くても三年は持つ長寿の花。
この辺りの気候は一年通してあったかいし、まず気候変化で枯れることはない。
で、そいつがあるおかげで、サンマロウは“花の町”って呼ばれてるわけだ」
この三百年足らず、セリアスにここまで長文の説明を受けたことのないマルヴィナとキルガは唖然とし、
シェナは目をしばたたかせてから、「…詳しいわね」と呟く。
「あったりまえ。サンマロウ時期守護天使、伊達じゃないぜ」
「候補じゃなかったか?」キルガがツッコみ、
「セリアス、初めて天使らしく見えた。見直した」
マルヴィナが大真面目に褒めているのかけなしているのか分からない言葉で頷く。
セリアスがその言葉に喜ぶべきなのか起こるべきなのかに迷い、
シェナにそのままでいなさい、と言われた時、四人からは見えない位置で、草むらががさりと音を立てた。
当然、四人は、気付かない。
時は少しばかり戻る。
薄暗い大きな部屋、明かりと言えば燭台の上でちろちろと頼りなく燃える蝋燭の光のみ。
皇帝は、その中で一人、埃のかぶりかけた古めかしく分厚い本を読んでいた。
蝋燭の炎の中で、何かの焦げた音がする。虫でも入り込んだか、と考えた時、
独特なリズムで扉をたたく音がした。
「入れ」
どうやら、扉は若干開いていたらしい。ノックの主がそれに答え、
そのまま扉を開けると、いきなりの風に一本の蝋燭の火がふっと消えた。
「何用だ」皇帝は本から目を離すことなく、目の前の剣を携える若き将軍に尋ねる。
ゴウリキ
「“強力の覇者”に代わりご命令の結果を報告しに参りました」
皇帝の目が不愉快気に本から離れる。
「例の四人は南南東の大陸の町サンマロウへ向かう模様。現在、果実は三つとのこと」
「ご苦労。…だが、何故お前が来た?」
「若輩者であります故」将軍である剣士は答える。
まぁ、確かに、と皇帝は頭の端で思う。この国の三将軍の内、この剣士だけは若い。
“強力の覇者”の二分の一ほどだったかもしれない。
が、剣士は、明らかに他二人の将軍よりも戦いにおいての実力者であった。
年の差さえこれほどまでになければ、明らかに立場は逆となっているだろう。
そんなことを三秒ほどで考えつつ、皇帝は鼻を鳴らす。
「三個目か。なかなか優秀ぞろいではないか。——“高乱戦者”を呼べ」
「は」
剣士は短く答えると、本を二頁読んだほどの時間でそれをこなす。
「お呼びでしょうか」
という、自分が呼び出した者の声に、あまりの速さにさすがの皇帝も驚いたものだった。
が、それを表に出さないように、皇帝はわざと笑いをこらえるような声色で、低く、一言、命じた。
「…実行せよ」
先日彼に伝えた、ある事柄を。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.108 )
- 日時: 2013/01/24 22:37
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
サンマロウは大きな町である。
町の入り口からすぐの位置にあるこれまた大きな宿屋は、五年に一度開催される
世界宿王グランプリの二位の実力である。ちなみに、一位はセントシュタインらしい。
この町が発展したのは、ある商人の夫婦のおかげである。
若くして亡くなったその二人は、生涯をこの町に尽くしていったという。
彼らはこの町の住民の誇りでもあった。
「彼らには娘がいたんだよ」
やはり説明はセリアスである。何故か記憶力に優れている彼は、
師匠テリガンに教わったことをほぼ余すことなく三人に伝えている。
「だけど、何か病弱らしくてな。
テリガンさまも、サンマロウに降り立ったら、まずその子の様子を見に行ったんだってよ」
「ということは、町長は別の人か…」
セリアスの話から、求めてやってきた船がその商人夫婦の物であるらしいと分かった。
船を譲り受けるには、町長と商人、二人の許可がいるだろう、
同一人物だったら話は楽なんだが、とまで考えていたキルガだったのが、
やはり現実はそう彼らに甘くはなかった。
「ところで」
マルヴィナがポツリとつぶやく。「船着き場って何処? これだけ広くて賑やかだと分からない」
「賑やかなのは関係ないと思うんだが」キルガが冷静に指摘。
「あぁ…」シェナは人差し指を頤にあてて考え込む。「セリアス知らないの?」
「来るのは初めてだからな」セリアスは肩をすくめる。
「町の様子だけで形が想像できるほど賢くないんでね」
「ま、そりゃそうよね」
「………………少しくらい否定してくれ」
「断りまーす」
即答であった。
マルヴィナはその様子を見て、まさか覚えていないんじゃ、と思ったのだが、
シェナの危なげな案内でひとまず大きな船の前につく——紛れもない豪華客船であった。
やべぇこんな豪華じゃなくていいからもっとちっちゃなやつでいいから
安ーい値段で売ってくれるような船をくれと、セリアスはカラコタ橋での盗賊との腕相撲勝負での
勝利金を思い出して考える。…でもこの金、さっき店で見た防具に使いたいんだよな。…どうしよう。
本気で悩み始めるセリアスを訝しげに見るキルガの横でマルヴィナがぽつり一言、
「…でかいな」
「そりゃ船ですからねぇ」
何でアンタが自慢するんだ、とマルヴィナは言おうとしたがやめておく。
「さてどうする? 見に来たはいいけれど」
「と言われても——」キルガは答えつつ周りの船員らしき人々を順に眺め、…一点に目を止めた。
腕周りほどにもある太いロープを肩に巻きつけ、船着き場まで運ぶ体格のいい男だ。
が、キルガが目を止めたのはロープではなく、その男の右頬の、獰猛そうなピラニアの刺青。
それは。
「ジャーマスさん!?」
それは、一年前にキルガをグビアナからセントシュタインに送り届けた漁師ジャーマスだった。
「いやぁ兄ちゃん、久しぶりだなぁ! 何だ、前より逞しくなったんじゃねぇのか?」
どうも、と曖昧に答えつつキルガは笑った。
驚く三人を置いてジャーマスに挨拶しに走って行ったので、
マルヴィナがすぐさまキルガを追いかけて「えっと…」呟く。セリアスとシェナも来る。
「一年前にお世話になったんだ。セントシュタインまで送ってくれたのが、彼なんだ」
マルヴィナが頷いた。ジャーマスが二人を見比べ考えていると、マルヴィナは彼に手を差し出した。
「キルガがお世話になった人ならいい。わたしはマルヴィナ、キルガの旅仲間にして戦友だ。よろしく」
「おうよ、俺はジャーマス、昔は漁師だったが、今はただの船乗りだ。よろしくな——で」
がっちり握手したのち、ジャーマスはキルガにずずいと顔を寄せる。
「本当に戦友止まりなのか、キルガ」
「…………………はい?」
いきなりの質問の意味を理解していないまま、キルガは問い返す。シェナとセリアスが同時に吹き出した。
・・
「だから、コレじゃねえのかって」
小指を立てて振る。 ・・・・・・
「………………………?」こういうことには疎いキルガ、本気で首を傾げるのだが、
シェナにぼそりと「彼女かってこと」と呟かれ、ようやく理解し…慌てて「えええぇぇぇっ!?」と
らしからぬ悲鳴らしきものをあげる。
「おおキルガ、学んだな」セリアスが頷き、
「マルヴィナのこと言えないわよ、…ってマルヴィナはそれ以上に疎いんだった」シェナが半ば呆れ、
「………………………………。…?」
当然マルヴィナは何の話か理解していないまま無言で笑っていた。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.109 )
- 日時: 2013/01/24 22:39
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
「船?」
偶然の再会の喜びはそこそこにし、一行は本題である船の交渉をしにサンマロウ町長の家を訪れていた。
「そ。船。もらっていいかな」
超がつくほど単刀直入に言ってしまったマルヴィナに他三人は何故かたじろぎ、
町長は両手いっぱいの宝石付き指輪を見せつけるようにぴらぴらと振った。
「ほっほ、何とまぁキレのいいお嬢さんだ」
うるさいこの青ダコ、というシェナの呟きが聞こえたような聞こえなかったような。
「そぉですねぇ。アレはアタシの物ではなくてねぇ。マキナさんに頼んでみたらどうですかぁ?」
「…いちいち粘っこい話し方をするわね。きっとここから砂糖がたくさんとれるわよ」
甘ったるい、という意味の言葉を遠回しにシェナは言ったのだが、
そりゃさすがのアタシも無理でして、と意味を理解していないまま真面目に反論される。
「…悪いけど、私このネバ甘男と喋りたくない。マルヴィナ、頼んだわよ」
本人の前でよくこれだけ言えるなぁ、とマルヴィナは苦笑し、「マキナって?」と尋ねる。
「お屋敷のお嬢様ですよ。例の商人の娘さんです」
「あぁ」
納得したのを確認し、町長は続ける。
「マキナさんなら、気前良くくださるでしょう。
来客全員を“おともだち”などと言って、ホイホイ物をあげていらっしゃるくらいですから」
「…何それ?」
「マキナさんの“おともだち”になれば何でも手に入るのですよぉ。妻なんて、
毎日のようにマキナさんをカモに、いえ、マキナさんと遊んであげてますよぉぉ」
明らかにわざと間違えた町長の言葉に、四人はあからさまに顔をしかめた。
「つまり、あれってさ」
町長の家を出た四人は一度同時にうなり、その後セリアスがぽつりと呟いた。
「船が欲しいなら、マキナと友達になれ、ってことだよな?」
「…そう、ね」
「なんか、後味悪りぃよ。だましてとったみたいでさ」
「確かにね」シェナは嘆息する。「そもそも私、そういうの、嫌いなのよね」
「とにかく」キルガが、赤くなり始めた空を見て言う。
「時間も時間だ。今日は、泊まろう。明日様子を見て…考えた方がいい」
「だね」
最後にマルヴィナが同意し、服の砂埃を払う。「久々にまともな部屋で寝られそうだな」
世界宿王グランプリ第二位の宿屋は、その名に恥じぬ豪華な部屋、美味の食事、従業員のもてなしであった。
これらに四人はとっさにカラコタ橋の宿屋と比べてしまい、苦笑し合った。
なにせカラコタ橋では大切な果実が盗まれないようにと宿屋で不寝番をするという矛盾した行動までしたのだ。
「やー、凄いな」宿の露天風呂で、空を見上げながらマルヴィナが言う。
「これだけにしては宿代も安いし。あの町長だったから心配だったんだ」
「ねー。ヤな奴だったよねぇ。もう少しでチョップ三発きまるところだったわ」
シェナが言うと冗談に聞こえない。
「ま、今は風呂入ってるし、威力も落ちてるけどね」
「どんなんだ?」
マルヴィナ、ぼそりと呟く。水音で幸いシェナには聞こえていなかった。
「それにしても、ホント気持ちいいわね。最近旅続きだったし、今日くらいはゆっくりしよーっと」
「わたしは早めに寝たいんだけれど…というかここで寝ちまいそう」
「珍しいわね、マルヴィナが眠くなるなんて。風邪ひくわよ」
その言葉に、マルヴィナは今度は目をしばたたかせた。
「…なんか、かなり普通なツッコミだったな」
「はい?」
シェナが問い返す。どうやら、もっと別の言葉を期待していたらしいが、
ちなみにどう答えてほしかったのかを聞いてみる。
「いや、欲したわけじゃないんだが。だってシェナなら、『明日のぼせたころに起こしてあげるわ』とか
『他の泊り客に湯けむり事故と見てほしいなら構わない』とか言いそう——痛っ!?」
またしても答えはシェナチョップであったが、正直言って、
ちっとも威力は落ちていなかった(むしろ上がった)ような気がしたマルヴィナであった。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.110 )
- 日時: 2013/01/24 22:43
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
風呂を出て着替え、服を洗濯し、シェナの長すぎる銀髪を乾かしているとき、
「あれっ?」マルヴィナは、一人の従業員に視点を合わせた。
綺麗な飴色の短い髪、化粧っ気のあまりないさっぱりした雰囲気の女性、マルヴィナはその人に声をかける。
「あのぉ…ひょっとして、ハイリーさん?」
いきなり名を呼んだ泊まり客に、従業員は驚き、頷いた。
「え、えぇ…あの…?」
「やっぱり! ベクセリアで、町長サン家で、『お客様ですか?』って聞いてきた、
執事代理の、ハイリー・ミンテルさん…って」
「…マルヴィナ。あなた一体何者?」
余計なほど覚えていたマルヴィナに半眼を向けるシェナ。
「…うん。わたしも、今思った」
(大抵あなたがこれほど覚えている相手って、怪しい人間のはずじゃ)
マルヴィナはどこか疑わしい人物のことはよく覚えている。
実際、黒騎士の馬の鳴き声、ツォの魚窃盗未遂男、第一印象的に怪しかったらしい
カラコタ橋のメダル—開き直ってそう呼ぶことにしている—を今でもよく覚えているのだが、
(…ハイリーさんが、怪しい人物だって言うのかしら)
そういえば、初めて会ったベクセリア、そこで見た彼女の動きには素人らしくないものがあった。
それと関係あるのだろうか。…いや。
(…考えすぎか)
シェナは止めていた手でタオル越しに髪をぐしゃぐしゃにかき回し、髪の隙間から二人を見る。
どうやらハイリーもマルヴィナのことを思い出したらしい。二人は楽しそうに話していた。
やっぱり、考えすぎねとシェナは自嘲気味に笑った。
「それにしても、どうしてここに? ベクセリアで働いていたのに」
「あれは出稼ぎみたいなものです」ハイリーは笑う。
「生き別れた弟がこの街に残っているって聞いて帰ってきたんです。
…残念ながら、とっくに親戚の家に行ってしまったみたいなんですけれど」
「そう、だったんだ」
姉弟か、と思った。天使界に兄弟の存在は珍しい。が、親は誰にもいない。
天使にとっての親は、創造神、創り、天使界に送る、全ての生命の父創造神グランゼニスだから。
「それで、今はここの宿で働いている、ということです」
「ここの人たち、感じも良いし、真面目そうだし、ハイリーさんにぴったりかもね」
シェナが髪をもてあそびながら笑った。
「あはは、私はそんな真面目じゃ——コホン。…従業員が礼儀正しいのは、
以前町の中央のお屋敷で働いていた、使用人たちだからですね。
どうやら、一年前に、全員やめさせられたみたいなんですけど」
「やめさせられたぁ?」
マルヴィナ、復唱。「全員?」
「あ、すみません! こんな話」
「い、いや、続けて」マルヴィナは言った。ハイリーは驚いて、つい頷いた。
「は、…はぁ。お屋敷のマキナさまに、そうおっしゃられたと」
「じゃあ、何? マキナって、今、あの屋敷に…一人暮らししているってこと?」
ハイリーの答えは、肯定だった。
「一年前、病弱だったマキナさまのご病気が、
ある万病に効くという果実のおかげで治ったということでして。でも、それ以来、
どことなくマキナさまは変わられたみたいだと、おっしゃっていました」
そうなんだ、と頷こうとしたマルヴィナ&シェナ、その視線を素早くばっちり合わせ、
同時に「「果実って!?」」とすごい勢いで尋ねる。
「は、はい? い、いえ、よくは存じませんが、
手の平にしっかりと乗るような、大きな金色の果物だったそうです」
金色の果物——! マルヴィナは叫びそうになったが、何とか抑えた。もしかしてこんなのか!? と、実際に集めた三つの果実を見せてやりたかったが、
さすがにそうするとこの町の長の、『あのオヤジ』に目をつけられそうなので、
行動に移すわけにはいかなかった。第一、今は部屋の中である。
それにしても、どこへ行っても果実がすんなり手に入らない。
行く先行く先、狙ったように果実があったということが、唯一の救いではあったが。
「でも、やっぱり、マキナさまのことが、心配になってしまうんです」
ハイリーは深々と、ため息をつく。
「何でも人にあげてしまうから…だから、欲望だらけの町の人に、いいように使われてしまうんです」
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.111 )
- 日時: 2013/01/24 22:46
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
シェナは一人、部屋の外のベランダで夜風にあたっていた。ほてった頬を風が撫でていく。
(懐かしいな。この町)
眠り始めるにはまだ早い夜、民家や酒場から、人々の笑い声が聞こえた。
・・・
シェナは目を閉じる。この町は、あの日を迎えてから、初めて来た町だった。
私が目覚めてから、初めて来——
「あれっシェナ?」
と、いきなり自分を呼ぶ声がする。びくんっ! と体が大きくはね、
勢いよく振り返ると、そこにキルガがいる。
「な、あ、き、キルガっ?」
「どうしたんだ? こんなところで、風邪ひかないか…って、そんなわけないか」
・・・
天使が風邪をひくなんてありえないよな、とキルガは苦笑した。
が、それよりもシェナは自分の今の反応の不自然さを彼に気付かれなかった、
あるいは気にされなかった事の方が重要であった。助かった、と思った。
「ええ。大丈夫。…マルヴィナなら、あっちのベランダよ」
「あ、そっちか。——いやいや、訊いてない訊いてない」
キルガが納得してから、あわてて否定する。が、最初に言った言葉は明らかに本音である。
その様子にシェナはいつもの調子を取り戻し、
「はい、無理しない」
と言ってやる。当然返す言葉のないキルガ、シェナに「いってらっしゃい」と見送られ、
溜め息をついていることがまるわかりな足取りでその場から立ち去る。
と言いながら向かい先がシェナの言った方向なのだから何とも言えない。
だが、真っ先に会ったのはマルヴィナではなく、サンディであった。
「やぁぁぁぁっと見つけた——っ! マジ探したんだからーっ!」
探されていたのはこっちなのか? と胸中で突っ込みつつ、
キルガはとりあえず「…サンディ」と名を呼んでおいた。
「あれ、キルガじゃん。マルヴィナかと思った」
「視力は?」
「両眼7.0」
「どんなんだ…? どう考えても見た目に無理があるだろう」
というキルガの正論は、当然ながらサンディを凹ます材料にはならないのだが。
ともかくマルヴィナを探していたらしい彼女に、マルヴィナならあっちのベランダだと、
シェナ情報をそのまま伝える。が、彼女はいるならイイ、とあっさりした答えを返し、そのままくるんと回る。
「とっこっろっでぇ〜、このアタシ見て、な〜んか気付くことナイ〜?」
「あぁ、コサージュか?」
「分かってんなら先に言いなさいヨっ!!」
サンディがいつも髪を飾っているコサージュである。
が、今は恐ろしいほどに色鮮やかな強烈ピンクの派手な花に変わっている。
なんだかどこかで見たことがあるような気がしたが、それにしてもサンディの好みに
ぴったりあった花だな、と思った。見ているだけで目を覚ましそうである。
「どうしたんだ? それ」
「ふっふ〜ん。そこの花屋的なトコからもってきた〜」
いやそれ花屋だろ、と言いたかったが、それよりもキルガが意見を付けたのは、
「つまり万引き?」
ということである。サンディは即答で反論をする。
「人聞き悪っ! フツーに、んー、まぁもらった的な?」
「万引きだな」
当然キルガもツッコむ。
サンディがぷううううっ、と頬を膨らませ、キルガが後で代価を払っておくかと苦笑した時、
「あれ、キルガ、何やってんだ?」
という、捜していた人物の声が後ろからして、頭の上に何かが乗っていたら
確実に吹っ飛ぶような勢いでキルガは慌て振り返った。その様子にマルヴィナは驚き、目をしばたたかせる。
「…何?」
「あ、いや…驚いた」
何ともそのまんまな感想に、マルヴィナはあそ、と気の抜けた返事をする。
サンディがマルヴィナの姿を確認し、シェナのいる方向へ行き、そしてマルヴィナは逆方向、
つまり少し緊張したキルガの方向へ歩いて行って、そのままその横を、
…通り過ぎる。
「ま、いいや。おやすみ」
「…は? あの、マルヴィナ」
「あー眠…今日は寝られそう…じゃ」
「……………………………」
一人残されたキルガを、シェナはもちろん笑いをこらえながら眺めていたりする。
ちなみに、セリアスはとっくに寝たらしかった。