二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.117 )
日時: 2013/01/24 23:01
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

       3.


「つまり、それって…」
 サンマロウ。一番の大きな屋敷の前で、多勢が輪を作る。
マルヴィナは、その屋敷に残された羊皮紙を指し、声を震わせる。
「お金…残ってないって、こと?」
「そういうこと、らしいですねぇ…」
 何とも居心地悪そうに、住民はそう言った。


 町一番の大富豪の一人娘マキナが誘拐された。
当然犯人の目的は身代金である。これと言った額は指定されなかったものの、
町の住民に何でも与え続けたマキナの家にもう財産はほとんどなく、
かき集めたところで大した金にもならない状況となっていたのである。
「らしいですねぇって。ちょっと、あなたたちはマキナに今まで、いろんなものもらってきたんだろ?
そのお金で何とかできないのか!?」
 マルヴィナは若干声のトーンを高くして、そう呼びかける。が。
「家計が…」
「お金じゃないからさぁ…ねぇ?」
「………………………っ!」
 マルヴィナは唇をかむ。そんな勝手な! 今まで世話になった者を、見捨てるというのか?
「なんでっ…」
(…これが人間なんだよ、マルヴィナ)
 キルガはマルヴィナの問いに答えるように、そっと思った。
それは守護天使として、彼女よりずっと長い実績をもつ彼だからこそ、言えることだった。
(天使は、恩義を決して忘れない。だが、すべての生き物が、そういうわけじゃないんだ…)
「くそったれ! 信じられねぇ。そんなに人の命より、自分の金の方が大事なのかよっ」
 セリアスの怒気混じりの声が聞こえた。町長の家から出てきたのである。シェナがセリアスの元へ走る。
「だめだった。町長も、話すら聞いてくれない!
確かに恩はあるけど、しょせんよその家の娘だからって…っ」
 どうやら、彼も彼なりに、町長に掛け合ってくれたらしい。が、それも無駄でしかなかった。
「…仕方ないわ」
 セリアスの報告を受けたシェナが、彼女なりの静かな怒りを、
目を閉じることで軽減させるとマルヴィナとキルガに叫んだ。
「埒が明かないわ。行きましょう! 先に、マキナだけでも救うのよ!」
「えっ、でも」マルヴィナはシェナを見た。
「仮に成功したって、金を求めて犯人がまた現れたら、パニックにならないか…?」
「マルヴィナ」
 キルガが呟く。こんな身勝手な言葉を聞かされてもまだ、彼女はこの街全体を守ろうとしていた。
数日の任務でありながら、確かに受けた守護天使の称号の名に懸けて。
 だが。
「…行こう。確かに、ここで立ち往生しているよりかは、助けに行った方がいい」
「後で犯人が来たとしたら、自分の行動を悔やむのね!」
 シェナがその怒りから、住民に冷徹な言葉を投げつけた。彼らにその言葉は伝わらない。
(…こんな街を…俺は、いつか…守ることになっていた…)
 セリアスは、手に込めた力を緩めないまま、そう思った。
もし自分が、キルガやマルヴィナのように、早期から守護天使になっていたとしたら、
この町を守り続けられただろうか。


(“人間はな、自分の行動の意味に、時に気付かないんだ。後のことを、考えなくなってしまう時がある。
そうして、後悔してしまうことがあるのさ。…だが、その悲しみから、守る…
それも守護天使の役目だと、わたしは思うのだ”)

 この町を守護していた、師匠テリガンの言葉を、思い出す。
(…自分の行動の意味…)
 今の住民たちは、それに、気付いていない。
いつか、彼らは、後悔するだろうか。マキナが犯人たちに殺されてしまったとしたら、死んでしまったら、
その時、彼らは、どうしようもないくらいに後悔するのだろうか…。

(…止める)

 阻止したい。そうなることは、本当は誰も望んではいないはずだ。
マキナがそのまま帰って来なくなることなど、誰も望んではいないはずだ——!
「…あぁ、助けに行こう! 無事に…」
 セリアスは先ほどとは違った声色で、叫んだ。
「…誰も、後悔させたくない。だから、行こう」
 それは、“次期”、“候補”という言葉にとらわれずに決意した、一人の守護天使としての声だった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.118 )
日時: 2013/01/24 23:05
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 北の洞窟。
 話し合いの結果、適当な布に四人が所持していた貨幣を詰め、セリアスが一人で誘拐犯たちに会い、
その後ろを三人がついてゆくこととなった。貨幣一枚ならともかく、何枚も詰め込めば、
一応は重量のある鈍器と化す。それを利用し、誘拐犯たちを昏倒させ、
その隙にマキナを救出——そんな作戦がたてられた。
 が。

「…どう考えても…これだけの量じゃ、武器にはならないぞ」

 セリアスは、布を持ち上げ、そう言った。中には数えるほどの小さな銅貨しか入っていない。
要するに四人も、大した所持金ではなかったのである。——ちなみにセリアスのカラコタ橋での戦利金は
殆どが新調した彼の鎧に飛んで行ってしまっている。
「…確かに、これで人を昏倒させるのは、厳しそうだな」キルガが呟くが。
「だからこそ、セリアスの出番じゃないの。無理だったとき、一番力があるのはあんたなんだし」
 シェナはそう言って肩をすくめた。
 セリアスが行くことになった理由は、
まず武装した自分たちが大勢で行くと逃げられるかもしれない、というシェナの意見、
相手を怒らせるのはまずいというキルガの意見(この時点でシェナは落ちた)、
そしていざという時に反撃できる人がいいというマルヴィナの意見から決まったものである。
 もっとも、マルヴィナの意見は皆に当てはまるのだが、鈍器という慣れない武器を手にしても
充分に戦えるのはセリアスくらいしかいないのである。
「まぁ確かに、キルガは槍以外不器用だしな」
「…面目ない」
「はっきり言われたな、キルガ」
 マルヴィナが苦笑した。


「…大丈夫かな、セリアス」
 マルヴィナが呟いた。洞窟内、こっそりセリアスの後ろについている途中である。
「責任重大」
「やり直しは聞かないしね…」
 ここにセリアスがいたら、あんたら俺にプレッシャーかけてんのか、と言われたことだろう。
『……ま』
「まぁ、セリアスは強いし。どうしてもまずい時は飛び出していくしかないだろうけど…
まず大丈夫だと思うわ」
『………さま………』
「それにしても…マキナも無事だといいけれど…ところで」
 マルヴィナ、一度声を潜める。
「…なんか、別の声、聞こえない?」

『…………天使さま…………』

「あぁ、今言おうと——えっ?」
 三人は顔だけ後ろを向き、つい声をあげそうになる。

 彼らの後ろに立っていたのは、十代半ばと思しき少女の——霊。そして、その面影は。

「マキナ…!?」

 まぎれもない、マキナであった。


 ウェーブがかった金髪、頭上にとどまる青色のリボン。すべてが透けている、マキナの霊。
「マキナ…死んじゃった、の…!?」いきなりの展開に、マルヴィナはたじろいだ。
が、彼女はゆっくりと首を振った。
『…わたしはマキナ、病気でこの世を去った者です。
そして、あの子はわたしの大切なおともだち…人形マウリヤ』
「っ!?」
「に…人形!?」
 マキナは——本当のマキナは、頷いた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.119 )
日時: 2013/01/24 23:07
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 マキナの話が、はじまった。
 一年前の、大地震——その後、マキナの家の使用人が、
商人曰く『万病によく効く果実』を買い取ったのである。
それは、黄金の果実。大きく、綺麗な実だった。だが、マキナはすでにあきらめていた。
もう、自分の病は治らない——そう、確信していた。マキナは思った。
もし、この果実を食べるなら、誰か、大切な友達と一緒がいい、と。両親はすでに他界していたし、
病気で引きこもりがちだった自分に友達はいなかった。いつも隣にいた、人形マウリヤ以外には。
 からくり職人…マキナは彼を、からくりじいや、と呼んだ。
彼に作ってもらった、自分にそっくりな人形。
 マウリヤが。この大好きなおともだちが、動いてくれたら。
普通の女の子だったら、どんなに嬉しいことか…いつも、そう思っていた。
その時、いきなり起きためまい…吐き気。
いつまでたっても、慣れない病魔の攻撃。果実がマウリヤの鳩尾に落ちる。

 光輝。

 マウリヤが、動き出していた。果実の力を得て…マキナの願いを聞き届けて。
マウリヤは驚いた。あぁ、幻覚まで見るようになってしまったのか。けれど、動き出したマウリヤ、
同じ顔なのにずっと元気な彼女は、マキナの姿を見て、完璧な所作でお辞儀したのだ。

「こんにちは、マキナ。わたし、あなたとようやく話せて、とても嬉しい!」

 マウリヤ。動き出したマウリヤ! なんてことだろう。願いは叶った。
なのに、自分はもう、この世から旅立つ身。
 幻覚ではなかった。確かにマウリヤはいた。けれど、彼女は人形。
正体が知られたら、この町にはいられない。だから…マキナは、言った。
 あなたがマキナとなるのよ、と。
 自分が持っていたものをすべて渡し、マキナと名乗らせ、
そして…たくさん、友達を作ってほしいと、彼女に言った。…それが、最期だった。


「…そんなことが」
 三人は立ち止まっていた。すでにセリアスの足音は聞こえない。ごめん、あとで行くから、
状況ヤバくてもしばらく耐えてね、と無責任なことを三人は同じように思っていた。
「それであのおじょーさまは街を騒がせちゃったってことかー…」
「サンディ」マルヴィナが少しだけたしなめるように、彼女の名を呼んだ。
『町の人たちを騒がせてしまった原因はこのわたし。どうかマウリヤを責めないで。
そして…どうか、あの子を助けて…』
 マキナが祈るように、目を伏せる。
そんな彼女に、マルヴィナはあえて明るい声で、「当ったり前だ」と言う。
「マキナでもマウリヤでも、どっちであろうとわたしたちは決めたんだ。マキナを助けるって!
…て、あれ? マウリヤなのか? …アレ?」
 どっちであろうと、と言った割に本気で悩むマルヴィナに落ちつけ、とキルガが一言。
マルヴィナは膨れる。マキナは微笑むと、『ありがとうございます、天使さま』と言う。
「ま、さ。お礼は、もう一人の奴にも言ってあげてよ。今、マキナかマウリヤのために、身代——」

「大変だぁっ」

 図ったようなタイミングで、いやに分かりやすい言葉が聞こえてきた。セリアスである。
「って、あんたら、何でこんな遠くに、いるんだよっ!? もっと、近くにいるかと、思ってたのにっ」
 荒く息をつきながら、セリアスは三人を睨めつける。
ちょっと事情があって、とシェナが答えてから、一体どうしたのかを問うた。
息を整え、セリアスは早口に状況を説明した。
「ま、マキナが、行方不明なんだよっ。何か知らない間に、逃げちまったらしい」
「マウリヤが…? って、セリアス知らないんだった」マルヴィナが口を押える。
「こっちには来ていないが…と言うことは、洞窟の奥に行ったんじゃないのか?」
 キルガの推測に、セリアスは「うわあぁぁ」とトーンダウンしながら頭を抱えた。
「何かこの洞窟、すっげぇ深いトコ行くと、ヤバい魔物が出るんだってよ。
ヘタしたら殺られちまうかもしれない」
 セリアスの息が深くなることは滅多にない。と言うことは、相当探し回ったのだろう。
にもかかわらず見つけ出せなかったということは、本当に奥まで行ってしまったのかもしれない。
 三人は素早く目を合わせると、「セリアス、まだ走れるか!?」「…任せろ!」一気に駆け出した。
「サンディ、ちょっと揺れるよ!」フードに戻ったサンディにマルヴィナはそう言ってから、
口を真一文字に引き締め、スピードを上げた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.120 )
日時: 2013/01/24 23:10
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「に…人形?」
 セリアスがオウム返しをする。
「マキナがもう死んでたって…それ、マジかよ」
「あぁ。毎日のように“天使が迎えに来る”類のことを言っていたらしい」
「あ…そっか」
 キルガの説明の後、マルヴィナが呟く。
「マウリヤは、一目でわたしを天使だと見抜いたんだ。
だから、“マキナを迎えに来たの?”って聞いてきたのか」
「…………………」三人が黙る。「…いつの話? それ」
「えっ? あぁ、そっか。屋敷から追い出される前。それが原因だったんだ」
「あぁ、マルヴィナが怒らせたわけじゃなかったのね…」
「さすがにそんな失礼なことはしないぞ!」
「どうだかねー…」
 余計なことを言ったセリアスに、マルヴィナはとりあえず肘鉄で答えた。


 セリアスの言った通り、中は相当入り組んでいた。
彼の記憶を頼りに、どうにか進み、遂に誘拐犯のアジトへ着く。
「ってーか、ユーカイしたらしたで責任もって見張ってろってーの! 何でアタシらが探すハメに」
 と言ったのは言わずと知れたサンディなのだが、
後ろからぶつぶつ呟かれるとかなりの悪寒を与えられたりする。壁を右に、足音に気を付けて進み続ける。
曲がり角で一度止まった。誰かいるだろうか。
大勢だったら厄介だなと思いつつキルガがそろそろと角の向こうを覗きこみ、
そこにいた誘拐犯たちと不幸にも目をばっちり合わせてしまった。
「やばいっ」
「ちょキルガ!?」
 思わずさっと隠れなおしたキルガだが、当然その意味はなさない。
「誰だぁっ」
「ちっ」
 聞き返された内容に、一度悪態をついてから、マルヴィナは、よく響く声で叫び返した。
「マキナを助けに来た者だ!」
「な…何だとおおっ」
 思った通りの反応だった。
仕方ない、身代金を貰う前に誘拐した相手の無事が分からなくなってしまったのだから。
とりあえず、大人数ではないらしい。四人は無言で、それぞれ姿を現した。
さっき会った青年セリアスにまず誘拐犯たちは驚き、そして。次に視線を定めたのは。

「て、て、て…てめぇ、はっ……!?」

 視線の先には、シェナである。一方のシェナもまた、相手をまじまじと見ていた。
そして、ほぼ同時に、「……ああああああっ!?」叫ぶ。
「あ、あんた、デグマ! サンマロウででかい顔してた、ものを盗まれる盗賊!」
 叫びながら痛いところをグッサリと突く。改めて末恐ろしい。
「でかい顔? …もしかして前に話していた、デュリオと初めて会った時のアレ?」
「そう。まさか盗賊から人さらいに転職していたなんてね…」
 イヤ転職は違うだろ、と胸中で突っ込みつつ、マルヴィナはデグマと呼ばれた
顔も頭も名前からしても悪そうな目の前のあらくれを、じっと睨んだ。
「や、やっぱりそうかっ! どっかで見たことあると思ったんだっ。
くっそう、オトシマエきっちりつけておきてーが、今日は見逃してやる!
てめぇらもお嬢さんを探せ!」
「命令? またあの惨劇繰り返す?」
 これ以上恐ろしい笑顔があろうか。
「……………………………さ、捜して、くだサイ」
「はいよしよし。人にもの頼むときはちゃあんと敬うんですよー」
 思いっきりバカにされた口調でさらりと言われ、デグマは肩をいからせ口をパクパクさせる。
が、隣でマルヴィナが若干見せつけるように剣の柄に手をかけたのを見て、すごすごと引き下がる。
若いとはいえど実力はある、と言うことを見極められるのが、デグマの唯一の美点ともいえるだろう。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.121 )
日時: 2013/01/24 23:12
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 デグマやクルトを残して、四人はさらに奥へと足を進めた。
一行を待ち受けていたのは、魔物の大群である。
侵入者発見用の機械メタルハンターや、水中の殺し屋オーシャンクロー、
闇の呪文使いメーダロードに、その師、邪に祈る祈祷師。感想は。
「多すぎだろっ」
 当然これである。
「あ〜、うっとうしい。そこを退きな——さそうね。これは」
 人間相手ならともかくさすがに魔物相手にシェナの脅しが効くはずもなく。皆散って、戦闘開始。
 魔法戦士となって、敵の弱点を見極められるようになったマルヴィナは、
ざっと見積もって光に弱い敵が多いことに気付く。
(光…ライトフォースか、…って)
 一番難しい奴じゃないか!! とマルヴィナは心の叫びを漏らす。
ダーマ神官と戦った時はたまたま発動したものの、常時で使うのはかなり厳しい。
こう考えると、あのとき涼しい顔をしてライトフォースを発動させた嫌味男が
少し、微妙に、ほんのちょっと、凄い奴なのかもしれないと思ってしまう。
——名前は腹が立つので出さない。
 まぁそれはいいとしてと、変人男の浮かびかけた顔を黒板消しでさっさと消して、
マルヴィナは脳裏に複雑な文様を描いてゆく。魔法文字を完成させ、
意識をオーシャンクローを相手に闘うキルガに向けた。ダークフォースが宿る。
ダークフォースはある程度経験を積んだ魔法戦士しか使ってはいけないと言われている。
だが、ライトフォースのように難しいからと言うわけではない。ダークフォースの持つ力は、土と闇。
使い方を間違えれば、宿った者はその闇の力にむしばまれる。
宿す者の力量を判断する力がないと扱えない——それが、経験豊富な魔法戦士しか扱えない理由である。
 もっともマルヴィナは仲間の力量を信頼しているし、闇に食われるわけがないと知っているので、
初めから使えるようになっていたのだが。
(さて、と…次は、シェナだな)
 先ほどとは違う、今度は比べればやや簡単な模様を思い浮かべる。
魔力を温存するべく弓を使うシェナは、同じ弓使いメタルハンターと戦っている。
そんな彼女に、マルヴィナはストームフォースを送った。
(…よし、次はセリ)
「っうっ、わっ、わっ、わわわわわぁがっ!?」
 セリアスには援護ができなかった。
しようとはしたのだが、その前にメーダロードに見つかったのである。
(や、や、やっば、見つかった、ゴメンセリアス頑張れ!)
 文様の代わりにかなり無責任なことを思い、マルヴィナは大股で三歩跳び、魔物と距離をとった。
「む…」
 そして、リッカからもらった剣——    プラチナソード
この前の石の番人戦で刃こぼれの目立ち始めた白金剣を油断なく構え、一気に踏み込んだ。
「せぇぇぇぇえいっ!!」
 が、相手は浮遊体、ふぅわりとやけに優雅にかわされる——優雅のくだりで少し腹が立った。
「このぉっ…」
 悪態をついて、もう一度踏み込もうとした時、
「気をつけろ、マルヴィナ!」
 セリアスからの叱責がかかる。
「攻撃は捨身と同じだ! 相手に近付けば、逆に相手からの攻撃も受けやすくなることを忘れるな!」
「おっと…了解!」
 叫び返しながら、さすがセリアス、と思う。戦いの猛者の名は伊達ではなかった。

 が、マルヴィナはその後、メーダロードによってその言葉すら意識できない状況に陥るのである——。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.122 )
日時: 2013/01/24 23:16
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「ひいいいいいいいっ!!」
「マルヴィナ——っ!?」
「大丈夫か———!?」
「無理! 無理! 無理!」
 現在、こんな感じである。
マルヴィナは珍しく、否、初めて敵から脱兎の勢いで逃げていた。
その理由は相手がメーダロードということと、朝の起こされ方にある。

 セリアスからの助言を受けた後、マルヴィナが相手を観察していると、
メーダロードの触手が怪しげな動きを見せたのである。    ドルマ
む、と注意深く次の行動を待つと、その視線の前に闇の魔法、闇固呪文が現れたのである。
「うわ、わわ、わっわわわわっ」
 朝シェナにその呪文で起こされたマルヴィナは不幸にも闇呪文系恐怖症となっていたのである。
きゃーきゃー逃げ回る(実際にきゃーきゃーと言っていたかは定かではない)マルヴィナに対し、
           ドルクマ
さらに追いかけながら闇力呪文まで唱えてくるのだからもうたまったものじゃない。

 原因者の一人であるシェナは、
(ごめん、マルヴィナ! 一応はんせーしてるから、頑張れー!)
 というこれまた何とも無責任な思いをマルヴィナに向けていた。が、
(いや、あれは頑張れはしないだろう…)
 シェナの思いを読み取ったわけではないのだが、キルガは偶然にもそう思っていた。
マルヴィナが苦手とするものは無に等しいが、ないわけではない。
以前天使界でそいつを見た時のマルヴィナは異常なほどに怯えていた。怯え、と言うよりかは——強い拒絶を表していた。あの時よりはずっとましなものの、
放っておいて良い状態でもなさそうである。
(…ダメだ、こっちはこっちで手が離せない。となると…)
           マホトーン
「……っマルヴィナ、呪封呪文だっ!」

 キルガは間一髪、オーシャンクローの攻撃をかわすと、そう叫んだ。
マルヴィナは若干の涙目でキルガの方向を見る。
「な、何ーっ!?」
「マ・ホ・ト・ォ・ン!!」
「まほと…? あっ!」
 かなり区切れ区切れに叫ばれ、ようやく気付く。マルヴィナは一度速度を速めると、
踵で急ブレーキをかけ、もう片方の微妙に震える足をダン、と無理矢理地につける。
素早く空中で魔法文字を描き、人差し指と中指をくっつけて立たせ、びしとメーダロードに突きつける。
「マホトーン!!」                  ドルクマ
 高らかに、その呪文を唱える。魔法封じである。再び闇力呪文を唱えようとした
メーダロードの触手からは何も生じない。緊張していたマルヴィナはだぁっと肩の力を抜き、
         マホトーン
「これがわたしの呪封呪文だ! ありがとキルガ!」
「え、何っ!?」
 いきなり呼ばれて話の内容も知らずキルガは思わず反応。
ごめん、後でいい、とマルヴィナは慌てて頭を下げる。
 呆気にとられたメーダロードは、やがて、ふぃぃぃぃん! と情けなく鳴くと、
持ち前の素早さでさっさと逃げてしまった。
「うん。わたしはあんたと違って、追いかけはしないよ」
 来る者拒まず、去る者追わず、である。最初は単にイザヤールを真似ただけなのだが、
今ではマルヴィナはそれを誇りとしている。
(…さて。それじゃ、シェナを手伝ってやるか)
 別に恐怖症が増えたのはシェナのせいじゃないよ、多分、きっと、おそらく、うん、…、と、
いまいちはっきりと断言できないマルヴィナではあったのだが。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.123 )
日時: 2013/01/24 23:18
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 さて。キルガは既にオーシャンクローを追い詰めた状態なのでいいとして、一方のセリアスは。
祈祷師を相手に、攻撃呪文を受けないようにと俊敏に動いていた。が。
「げげっ!?」                              ラリホー
 攻撃ではない、状態変化を起こす呪文までは避けられなかった。あっさりと睡眠呪文を食らい、
かくん、と頭を垂れ、そのまま
「くかー」
 と規則正しい寝息を立て始める。口が半開きである。
「ちょっ!? 戦いのツワモノがグースカ寝てるってどゆコト!?」
 戦闘中はいつもマルヴィナから離れ遠くから応援係と化すサンディ、
当然のごとくこのセリアスの状況に文句を言う。
「この面倒者…」
 キルガがぼそりと悪態をつき、オーシャンクローにとどめを刺すいなや、
祈祷師に反撃される寸前のセリアスをかばいつつ遠慮容赦なくゆする。
が、セリアスは目覚めが悪い。一度寝たら全然起きない。
キルガはここで、祈祷師の攻撃とセリアス起こしの両方と戦う羽目にあう。
(何の罰ゲームだ…あぁくそっ、さっさと起きろセリアス!)
 もちろんそこで「はーい」と言って起きるほどセリアスは単純ではない。はず。
「くっ!?」
 祈祷師の攻撃は止まらない。今ここで祈祷師を相手に闘うべきか? 否。別な魔物が現れた時、セリアスが狙われない保証はない。
となると、さっさと起こすしかない。が、セリアスはちっとも目覚——

「っ! サンディ!!」
「は?」

 目覚める、の言葉でキルガは思い出す。昨夜のサンディの話を。
サンマロウの花屋でもらったと言う名の盗んだ第一感想ド派手なコサージュ代わりの花。
思い出した、確かあの花は、あの花の本当の名は——!
「貸してくれっ」
「えーっ!? 何そのいきなり——て、ま、マジすか!?」
 サンディの文句を一切聞き入れず、キルガはするりとサンディのコサージュをとっていた。
「アンタ盗賊!? あーあアタシのコサージュがぁ…」
「これで…どうだっ!」
 鮮やかすぎる花びらを指先でこする。と、何とも強烈な臭いが辺りに漂う。
う、と若干顔をしかめ、キルガはそのままキルガの鼻先にやはり遠慮容赦なく突きつける——
叩きつける、と言った方が正しいかもしれない。
 目覚めの花。そのままの意味で、その花はそう呼ばれていた。
普通に飾っていればただド派手なだけの花、だが花弁をこすった途端に漂う匂い(匂い)は
どんなに目覚めの悪い人間でも必ずや起きると言われる最恐の花である。
もともとは、もちろん寝起きの悪い人のために開発された花なので、
使い方はこれにてようやく正しいものとなったのだが、

「っ、っっっっっっっっっ!!?」

 …セリアス、さすがに目を覚まし、がばっと頭をあげ、その拍子に不幸にもキルガの顎に強かに打ち付けた。
「「痛って…」」
 同時に呟くが、セリアスはそれがスイッチとなったのか、
先ほどまで戦っていた敵を見つけるなり相手を成敗する。
「大丈夫ー? お疲れさーん」
 セリアスの戦闘が終わったことを確認したシェナは言い、
「あぁ、サンディ、これ助かった——」
「ちょっ近づけないでよ!!? や、ヤバ、く、く…」
 サンディは息も途切れ途切れのキルガに無意識のうちに返されたその花の臭いに目を回していた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.124 )
日時: 2013/01/24 23:20
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 思わぬところで時間を食ってしまい、四人は奥へ急ぐ。
一体マキナ、否マウリヤは、どこへ行ったのか。見つからないことに対する不安が募る。
が、それだけにはとどまらなかった。
「っ——」
 マルヴィナの歩みが、だんだんと遅くなっていた。重たそうに引きずり、顔色を悪くし、息をあがらせる。
先ほどから心配にはなっていたのだが、ついにマルヴィナはふっと洞窟の壁に身体を預けるように倒れこんだ。
「マルヴィナ!?」
 シェナが叫び、セリアスがあわてて助け起こす。先頭を歩いていたキルガは若干遅れて駆け寄った。
「いきなり、どうしたんだ?」
「…う、ごめん」マルヴィナはゆっくり呟く。「なんか…身体が、重い…」
「まさか」シェナだ。「朝言ってた睡眠薬の影響じゃないでしょうね!?」
「睡眠薬?」キルガが反応する。
「どういうことだよ。そんなもの飲んだのか?」セリアスもまた尋ねるが、
分からないらしいわ、と代わりにシェナが答える。
「ご…ごめん、大、丈夫…」
「そうには見えない」キルガはきっぱり言い返し、腰の鞄から薬を一錠取り出す。
「何それ?」
「気付け薬」
 シェナの問いに一言で返し、マルヴィナに渡す。
あぁ、アユルダーマ島で言っていた——と、セリアスは納得した。
「この一件が解決したら、休んだらいい。とりあえずはこれ飲んで、少し我慢してほしい」
「当たり前…わたしだけひとり、残るわけにはいかない…」
 受け取り、マルヴィナはそのまま喉奥に放り込む。立ち上がり、再び歩き出す。
が、そのしばらくした後—— 一度休憩をとった時、彼女は眠りに落ちた。


「本当はこれも睡眠薬なんだ」
 マルヴィナがすっかり寝てしまったのを確認して、キルガは彼女を負いながらそう言った。
「あのままじゃマルヴィナ、絶対無理をするからな。それでよかったんじゃないか?」
 セリアスは納得し、そう言う。咎めはしない。一回休んだ方がいい、と言う意見に賛成していた。
「それ、キルガがいつも使ってる薬よね?」
 念のために、シェナが確認する。キルガは頷いた。キルガもキルガで寝つきが悪いため、
どうしても休養をとらないといけない時に使用するらしい。
「あぁ、だから目覚めは悪くないとは思う」
「ならいいわ」シェナは嘆息した。「本当に、誰が混ぜたのかしら」
「やはり、自分で飲んだわけではないんだな?」キルガが確認し、シェナは多分ね、と答えた。
「偶然入っちまった、ってことならいいんだけどよ。…まずないよな」
「ないわね」
「…ちなみに根拠は?」
 あまりにもきっぱりとシェナが言ってしまったので、セリアスは一応尋ねる。答えは簡潔であった。
「女の勘よ」


 それからは幸い、魔物には見つかることなく奥へ進むことができた。
が、歩を進めるごとに、嫌な気配を感じる。ツンと鼻を刺す臭いまでしてきた。
「…あれ?」
 セリアスが久々に口を開く。ここに来るまでずっと黙っていたせいか、若干声が上ずった。
「…あそこにいるの、マキナ…じゃなくて、マウリヤじゃないか?」
 金色の髪と朱色のリボン、間違いない——洞窟の最深部、マウリヤは一人そこに立っていた。
「あー…ようやく見つけた…これで解決ね」
 シェナが苦笑した。
「ここの空気、身体に悪そうなのよね。正直さっさと退散したいわ」
「あぁ、そうした方がいいな」キルガも頷く。

 が、ここでもやはり、現実は彼らに甘くはなかった。


 セリアスは先ほど、こう言った。
(“何かこの洞窟、すっげぇ深いトコ行くと、ヤバい魔物が出るんだってよ”)
 その姿、形は、誰も知らない。
 だが、彼らには分かった。

 目の前に現れた、八の脚と髑髏の顔を持つ巨虫——それが、セリアスの言った魔物だということに。
そして更に、キルガとセリアスは気付く。
                          ・・・
 その魔物の姿は。マルヴィナが闇呪文以上に苦手とするそいつと同じであったことに——。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.125 )
日時: 2013/01/24 23:23
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「っ危ないっ!!」
 キルガは鋭く、叫んだ。が、走ることはできない。
仮にマルヴィナを負っていなかったとしても、この距離では、間に合わなかった。
 不用意にも毒虫に近付いたマウリヤは、そのままその細長い脚に弾き飛ばされ——

 ………しゃっ……………

 …嫌な音を立てて、身体を地面に叩きつけられる。
「くそっ!」
 セリアスは悪態をつくと、真っ先に飛び出す。
「邪魔だ、退けっ」毒虫を、斧を振るって怯ませ、セリアスはマウリヤを揺する。
 が、マウリヤは虚ろな目をしたまま—果実の力か、まるで人間のように—、
身悶えもせず横たわっている。ネジの切れたロボットと同じように。
(くそっ…ちくしょう!)
 セリアスは強く唇をかみしめた。正体が人形であったことなど、関係ない。
マウリヤは、サンマロウの住民だ。自分が守るべき者だったのだ。
 それなのに。
「セリアス!」
 うなだれるように顔を伏せるセリアスに、シェナは叫んだ。
「まずは逃げましょう! とてもマルヴィナとマウリヤ残したままじゃ戦えないわ!」


『ま、そりゃそーだわな』
 いつかの、誰にも聞こえない“声”がした。
かつてベクセリアの封印の祠でサンディが聞いた、あの声が。
『ま、ここで逃げられりゃそんでいいんだけど。…あいつが相手じゃ、キツそうだしな』
『あの魔物を知っているの?』
『ま、アイツに聞いたことがあってね。…それにしても、
お見事アイツの弱点、マルヴィナに受け継がれてるな』
『…そうね。彼女は、虫は平気だけれど、あの生物だけは異常に苦手だったものね』
『ここでマルヴィナ起きるとまずいだろうな。足手まといになるだけだ』
『…そうね。もし、そうなったら…また、私たちの出番…ね』
『しゃーないな。…死なせるわけにはいかない、って奴だからね』


 三人は意識のない二人に気を配りながら、走る。
                   リレミト
「もう少し! もう少し余裕がないと、脱出呪文は使えないわっ」
 シェナは叫ぶ。瞬間移動式の呪文は、落ち着きを持って             リレミト
慎重に作動させないと、時空の狭間に飲み込まれてしまう、と言われていた。とくに脱出呪文は
高度な魔法であった。
 が。
「お、お、お、おいっ!! あ、あ、あいつはっっ………!?」
 その時、反対側から、誘拐犯たちに出くわす。そこで気付いた。
今ここで逃げたら、追いかけてくる毒虫が、洞窟の外に出るかもしれないと。
近くの町を狙って、人間を襲うかもしれないと。
(…ダメだ)
 キルガが、セリアスが、シェナが、同時に思った。
(ここで、逃げるわけにはいかない——!)
 毒虫が迫る。固まった三人と意識のないマルヴィナたちを狙う。が、その一瞬——
 彼らは武器を手に、振り向き様にその攻撃に対抗した。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.126 )
日時: 2013/01/24 23:28
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 シェナの指先が空を切る。
「上手くいきますようにっ…」集中力を込めた指先が、淡く光る——
        イオラ
 轟いたのは、爆発呪文。妖毒虫が人には決して発せない声で叫んだ。
が、苦しみは、怒りへ変わる。妖毒虫は身を縮めたかと思うと、白く太い糸を吐き出す。
それは一つの網となって、魚を捕えるようにシェナを締め付けた。
「ぐっ!?」歯を食いしばり、抵抗する。が、糸の締め付ける力は増す一方だ。
「シェナっ」
「………………………っ」
 目を強く閉じる。声が出ない。ぎりぎりと、嫌な音がする。
「い…とをっ……」
 シェナが、辛うじて絞り出すようにセリアスに言う。
「な、何だって?」
「き、…ぃ…って……、ぃ、…っとをっ!」
「この辺りかッ」キルガが槍を持ち替える。
 毒虫の背である。そこから糸は出されているらしい。
「糸が戻っていっているのか——セリアス、手伝ってくれ!」
「任せろ!」
 セリアスは一閃、見えない糸に向かってまっすぐに斧を振り下ろした。
ブツリ、と言う音がして、シェナの少し抜けた声がする。
「げほっ…あー、いったぁ…」
「シェナ、大丈夫かっ。気分はっ」
 音と声的に大丈夫だとは思うが、とりあえず尋ねる。
「身体的には大丈夫だけど、気分は最悪よ…私虫嫌いなのよね」
 そりゃ見ればわかる、とはさすがに怖くて言えないが。
 ともかく、状況の立て直しを終えた三人は、もう一度攻撃体勢に入る。
八の脚は、相変わらず不気味に抜かりなく動いていた。相手は宙吊りである。
ゆえに、どの位置から攻撃しようがすぐ方向転換をされ、隙を作り出せなかった。
(…とにかく、マルヴィナが起きる前に、勝負を終わらせなければ…)
 それにしても、マルヴィナはなぜあんなにコイツが苦手なのだろう? と思う。
否、これだけではない。脚が多く、長いものはすべて苦手なようなのだ。
ムカデなら脚は短いからいい、と言っていたのだが、つまり、あの形がダメだというらしい。
でも——その理由が、分からない。いやまぁ、知りたいとは思わないが。
(でも、理由もないのに…っていうのも、おかしいよな…)
「っ!!」
 と。三人に、長い脚が刃となって襲ってくる。切り裂かれる前に三人は飛びのき、距離をとる。
虚しく空を切った脚はそのまま洞窟の壁に激突し、揺るがせる。細かな石がぱらぱらと散り——
 不幸にも、マルヴィナの身体に当たる。
「…?」
 睡眠薬の効果は短く、意識がなくとも薄々と邪の気配を感じとり、
かつ石があたり——マルヴィナは、目を覚ましてしまう。
「マルヴィナっ!?」
「見るなっ!!」
 キルガ、セリアスと叫んだが、もう遅い。
マルヴィナはその目を開き、咄嗟に絶叫する。耳をおさえ、うずくまり、がくがくと震えて。
(しまった…!)
「えっ? マルヴィナ、一体どうしたのっ?」
「ダメなんだ、マルヴィナはこの形を見られないんだ…!」
 セリアスの悔しげな声に、シェナは驚きを隠さず、小さく呟く。
「拒絶反応…?」
 あのマルヴィナが、どんな魔物にも臆すところを全く見せなかったマルヴィナが、怯えていた。
しかも、異常なほどに。
 今にももう一度叫びそうなマルヴィナの名を呼び、シェナは安心させるようにその肩を抱く。
「マルヴィナ、大丈夫…大丈夫よっ…!」
 あやすように、そう語りかける。暗闇の中で、シェナは、マルヴィナの恐怖に虚ろになった瞳を見た。
(…どうしたの? 何があったというの…? マルヴィ——)
「「危ないっ!!」」
 二人分の声に、シェナはギクリと身をすくませた。はっと気づき、勢いよく振り返る。
そこに、髑髏の顔があった。
(やばっ——)
 シェナは目を見開き、あまりにも唐突すぎて、そのまま固まってしまう。毒虫の脚が振り下ろされる——







『作動』
 瞬間。





          ——————————————カッ!!




 声の後、またしてもあの剣が——眩く、輝いた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.127 )
日時: 2013/01/24 23:30
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「っっ!?」
 その瞬間、シェナは宙を浮いた。否、何かに引っ張られたのだ。
…何に? 今触れているものといえば、マルヴィナ。
(まさか…この、剣、が…?)
 そしてマルヴィナも——剣に引っ張られるように、この攻撃をかわしたのだ。
(ど…どういうことっ?)
「隙ありっ!!」
 セリアスの声がする。驚愕していたのはシェナだけではない、毒虫もだった。
その一瞬に見せた隙を——キルガとセリアスが見逃すはずもない。
 二人は何の打ち合わせもなく、ピタリと息を合わせて毒虫に突っかかる。
一思いに脚は切断され、急所には聖なる槍が深々と刺さっていた。
 断末魔の叫びを耳にこびりつかせ、魔物は、深い闇の波動を起こして——消えた。

 攻撃した後の体勢を元に戻し、二人はマルヴィナに駆け寄る。なおもまだ、彼女は震え続けていた。
もう一人、意識をなくしたマウリヤへは、隅で震えながら観戦していた誘拐犯たちが駆け寄る。
「お嬢さんっ」
 が、反応はない。デグマはそれを確認し——冷や汗を流し——静寂の中で、呟く。
「やべぇ…お嬢さん、……死んでる」
「あ…兄キぃぃぃっ」
 マルヴィナを二人に任せ、セリアスは立ち上がる。
いや、マウリヤは死んではいない、正体人形だから…とまさか言い出せるはずもなく、
とにかく落ち着くようにと声をかけようとした、その時。

「…あぁ、びっくりした」
 …マウリヤはまばたきし、ゆっくりと立ち上がったのである。

(やば)

 思っただけでは間に合わない。遅かった。誘拐犯たちはその顔を恐怖にひきつらせ、そして…気付いた。
妖毒虫に切り裂かれたはずの首筋は、傷はあっても——血が一滴も出ていなかったことに。
「うっ」
 デグマは呻き、そして…叫ぶ。
「うわぁぁぁぁっ、化け物だぁっ!!」
「化け物だー!」
 調子よく最後を合わせ、クルトも叫ぶ。洞窟には、その悲鳴と、二人の逃げる音が四方八方から響いた。
「………………………っ」
 マルヴィナがようやく顔をあげた。まだ不安げに首をすくめながら、マウリヤを見る。
「…もの」呆けたように立ち尽くす、マウリヤを。
「…ばけもの。みんなから嫌われる、悪い生き物…」
「…!? 言葉の意味を、知っているのか…?」
 おそらくは、初めてまともな反応を見せたのだろう。
今までものの名を知らず、頓珍漢な返答をしていた彼女が、
誘拐犯の言葉の意味をはっきりと理解し、感情を出していた。
「わかってるの。みんな、ものが欲しいだけなの。マウリヤはほんとはいらないの」
 涙の出ない瞳——だが、マウリヤは泣いている。涙を流せず——泣いている。
「マキナのためにおともだちたくさん作りたかった…けど、わたし化け物だから、むりなんだ」
 違う…! 叫びたかった。だが…言ったところで、彼女を救えるか?
マウリヤにとっては全くの第三者である者が言ったところで…彼女を。




 ———違う。あなたは、化け物なんかじゃない———

『大切なおともだちよ。マウリヤ』
 その時、マキナの声が響いた。






 はっとしたのは、マウリヤも同じだった。
「マキナ! お帰りなさい。ねぇ、今までどこにいってたの?」
 人形であるがゆえに上手く表現できない感情。偽りのない笑み。
だが、それはマキナの心を痛めつける。こんなわたしに、笑ってくれる…。
『マウリヤ…ずっと一人ぼっちだったわたしを、あなたは支えてくれた…でも、今は、あなたが』
「なぁに?」
 意味を理解することなく、マウリヤは無邪気に問い返す。
そのマウリヤを、するりと抜けてしまうのにもかかわらず、マキナはきゅうと抱きしめた。
『ごめんなさい…ごめんなさい。もう、わたしの願いに縛られないで、自由になって。
わたしはマキナ、あなたはマウリヤ。マキナは遠い国へ、天使さまと旅立ちます。
だからあなたも、元のお人形に戻って…』
 マウリヤはゆっくりと、まばたきした。
『マウリヤ…わたしの大切なおともだち。…』



 ——————————————ありがとう。




 最後の言葉を残して、マキナは昇天した。







「わたしはマウリヤ。マキナは遠い国へ旅立つ…」
 マウリヤはマキナの言葉を復唱した。
「…マキナが旅立つってこと…みんなに言わなきゃ」
 虚ろに呟くと、マウリヤは、ふらふら、一人洞窟の外へ向かう——…。