二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.133 )
日時: 2013/01/25 22:52
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

    サイドストーリー  【 聖騎士 】



「…ちょっと、だれか、手を貸してくれない!?」

 時は一年前、世界を揺るがせた大地震の起きた翌日のことである。
 世界の東側に、砂漠の大陸がある。その大陸を統治する国の名から、
その砂漠は、グビアナ砂漠、と呼ばれる。すなわち、国の名は、グビアナ。
その城下町には、聖騎士団がある。砂漠の安全を守る役割を持つ聖騎士たちは、
その日も大地震の影響を受けて砂漠に変化が起こっていないかを
落ちた針を探すような目つきで見まわっていた。

 叫んだのは、聖騎士団の女小隊長、名をパスリィと言う。男勝りで負けず嫌いな彼女は、
どちらかと言うと異性よりも同性に憧憬の目で見られている。
彼女は、持ち前の行動力と、槍術の腕前で、聖騎士たちから一目置かれていた。
…と言うか、一部は、パスリィの恐ろしさに負けて従う者もいたのだが、それをパスリィは知らない。
ともかく、彼女のその一声で、彼女の部下である聖騎士たちが四、五人集まってくる。
「この子、大怪我負っているけど、生きてるわ。とりあえず、修道院に運んで!」
 パスリィの指先には、黄砂の舞う中で、異国風な服を身に纏った、
十代後半あたりの整った顔立ちの青年がいた。だが、横倒れになり、全身に傷を負っている。
頬と頭から直視できないほどの血を流し、目は開かない。
「こ、これだけ怪我負ってて、生きてるんですか…?」
「あー、つべこべうるさい!
朝の教訓で聖騎士の誇り忘るるなかれ、って言ってるのは、アンタでしょうが!」
「わ、分かりましたよぅ」
 すっかりしぼんだ聖騎士たちに青年を担がせる。かなり華奢だ。
だが、言った通り、息はしっかりとしている。昨日の地震の被害者だろう。
だが、この生命力。もしかしたら、聖騎士の素質があるかもしれない。パスリィは、そう思っていた。


 その青年が目を覚ましたのは、一日と半分が経ったころである。
「…っ…」
 その呻き声に、やることがなくてぼーっ、としていた騎士たちは、即座に反応した。
「…おおおっ! ほんとだ、目、覚ましたぞ!!」
「なにぃ!? くそう、俺の有り金、ほとんどパァだ!」
「ばか、うるさいっての。…よう、兄ちゃん、大丈夫か? まだ痛いところはあっか?」
 聖騎士たちは、頭を起こし、呆然とした表情の青年に、声をかけていく。
「水いるか? 水」
「腹減ってないか? 賭けの勝利祝いだ、おごってやるぜ」
「何ならグビアナダンスホールのおねぇさん呼んでこようか? かなりたくさんの子が心配していたぞ」
「それ、お前が会いたいだけだろうが」
「えぇ、だって、最近入った子、知らねぇのか? かなり初々しいって」
「あー、コホン」最初に、痛いところ云々を訪ねてきた男が咳払いで関係ない話をする男どもを黙らせ、
未だ困惑顔の青年を見る。
「………………………」
 が、その青年の端整な顔に、だんだんと驚愕の色が見え始める。
青年は、急に、後ろ…否、背中を見、そして、不意に頭を押さえた。
「おぉっと、頭痛か? 鏡要るか?」
「え…あ、お願いしますっ」
 切羽詰まったような青年の声に—不思議な声色に少し驚きつつ—その騎士は
手鏡にしては大きなそれを差し出し、「ほれ」と言った。
「………………………………っ!!」
 青年は、鏡に映った自分の姿を見て、声を失っていた。
さすがにただならぬものを感じた騎士たちは怪訝そうな顔をする。
が、やはりその空気を消し去らせたのは、今は鏡を持っているその騎士だ。
「…とりあえず、な? 何かいろいろ混乱しているようだが…初めに、差支えなければ、
お前さんの名前を教えてくれねえか。ここはグビアナ城下町、そしてこの宿舎は聖騎士団のものだ。
俺はハルク。ハルク・テイストル、聖騎士団の副団長だ。お前さんは?」
 ハルクと名乗った聖騎士副団長を、青年はまっすぐ見る。
そして、名乗る前にとりあえず立とうとして、痛みが戻ってくる。
おっと、いいから、安静にしてな、と言われ、体制を戻し——青年は、名乗った。



「…僕の名は…————キルガ、です」














   漆千音))もうヤダサイストの存在すっかり忘れていたあーもうわたしって馬鹿…

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.134 )
日時: 2013/01/25 22:52
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 半日が経つ。つまり、翌日の、朝。
 キルガは、起き上がり、頭を押さえた。結局眠れなかった。無意識に、鏡を見る。
そこには、血だらけとなった天使界の服ではなく、    ・・・・・・
グビアナの兵士の予備のシャツを纏った、翼も光輪もない、人間のような青年が映っていた。
「……………っ」
 キルガは悔しげに、顔を歪める。眠れなかった夜を使って、いろいろ考えて——
そして、自分に起こったことを、大体理解した。

 天使界、世界樹に、女神の果実が実った。
 言い伝えの通り、天の箱舟が姿を現し——だが、刹那、人間界から放たれた邪悪な波動によって、
天の箱舟は砕け散り、そして自分は、天使界から投げ出された——。
(マルヴィナも)
 脳裏に浮かぶのは、その時隣にいた、恋しかった天使。
彼女もまた、同じように、投げ出されていた。
片手で、天使界の柱に掴まっていた。彼女を助けることはできなかった。
自分の方が、先に落ちたのだから。

(…助かったのだろうか)

 そう、思う。助かっていれば、嬉しい。だが、二度と会えない。それが…悔しい。
 キルガは頭を押さえていた手を降ろした。もう痛くない。傷は残っているが、そうたいしたことはない。
生命力は、天使のままのようだ。ということは、翼と光輪を失っただけで、自分はまだ天使なのだろうか。
 もしそうだとしたら——自分は、これから先どうやって生きて行けば良いのだろう。
人間と言う、天使に比べ生命の短い種族の多く暮らすこの世界で——どうやって。


 しばらくの時間が過ぎてから、キルガは立ち上がって扉を開けた。
声のする方へ向かい、開きっ放しのドアから部屋を覗く。
「ん? …おぅ、キルガ。って、起きてて、大丈夫なのかよ?」
 声をかけてきたのはハルクだ。えぇ、と軽く答え、おはようございます、と挨拶する。
「ええ——っ、もう回復しちまったのか!?」
「こんな短時間だって誰も考えてないぞ!」
 騎士たちがそろって頷く。また賭けの対象にされていたのか、とキルガは苦笑した。
「ふぅむ…お前さん、そんなナリしてっけど、なかなかの生命力じゃねぇか。ただもんじゃねぇな」
「ちくしょう、うらやま憎らしい! 丈夫でしかも女にモテモテなんて、そうそういるもんじゃねぇぜ!」
「うるさいっての。お前、今37だろ? そろそろ身を固める覚悟をもちやがれ」
「覚悟はあるぞ!」
「相手がいないだけで、だろ」
「それを言うなそれを!!」
 騎士たちがどっと笑う。“女にモテモテ”のくだりがいまいちよく分からなかったのだが、
とりあえず、助けてくれたことへの礼を述べる。
「ま、それが仕事でもあるからな。それに、助けたっつーか、
見つけたのは、パスリィだしな。いいってことよ」
「おぉ、そういや、パスリィの奴、兄ちゃんの目が覚めたら呼ぶように、とか言ってたな。呼んで来いよ」
「えぇーー、俺がかぁ!?」
「俺も勘弁だー!」
「情けない奴らだなぁ」
「じゃぁお前が行けよっ」
「それとこれとは話が別であ〜る」
「逃げるなぁ!!」
「——あの」
 ほとんどキルガそっちのけの討論に、キルガ本人が口をはさむ。
「…僕自ら行って来ます。助けていただいた人に、来いとも言えませんしね」
 何故か沈黙が落ちた。戸惑うキルガの前で、聖騎士たちが震える。——感動に。
「っおおお、兄ちゃん、よくぞ言った!!」
「くぅ、丈夫でイケメンで丁寧で優しいなんて、完璧すぎんだろぉ!」
「……はぁ」
 どう反応しろと言うんだ、とは、キルガは言わなかった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.135 )
日時: 2013/01/25 22:52
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 そんなわけでキルガは、ハルクに案内されて、噂のパスリィを尋ねる。
「まぁ、見てわかると思うが、こっちは女騎士の宿舎だ。女といえど強いからな、気をつけろよ」
「…えっと、何にです?」
「襲われんなよってことだ」
「………………………………」
 反応のしようがない。


 朝の見張りに立つ女騎士に朝の挨拶をし、パスリィを呼んでくれ、と言う。
見張りの騎士はキルガに見惚れること少々、いそいそと扉を開け、若干上ずった声で「小隊長〜」と呼ぶ。
「何? 朝から」
「あの、副団長さんが」
「ハルクが? 何だってのよ…」
 小隊長と言えど副団長の名を呼び捨てにしていいのか、とキルガは思ったのだが、
その考えを読み取ったのか、ハルクが横から小声で説明を入れる。
「パスリィは敬語使うのが嫌いでよ。団長以外はいつもあんなんだ。
まぁ、その代わり、部下にも自分を呼び捨てで呼ばせてっけどな——
ついでにあいつはまぁ、遠い親戚みたいなもんなんだ」
「そうだったんですか。…いますね、そういう人」
 パスリィは短い髪をガシガシ掻き、面倒くさげにハルク——の横の青年を見る。
たちまち目を見開き、ざかざか大股でやってきて、キルガをじ———っ、と品定めするように見る。
「………ふぅん。もう、歩けるんだ」
「…はい?」
 開口一番がそれか、とは言わないが。
「名前は?」
「…キルガ——です」
「本名は?」
 ぎく、とキルガは内心で目をそらした。
本名——そうだ、この世界には『苗字』というものがあるのだ。天使界にはそんなものはなかった。
だが、今の彼は『人間』。——仕方がない。
「…キルガ・ティガージュです」以前何かの書物で読んだとある登場人物の名を借りた。
さすがに分かりはしないだろう。
 ひとまず、第一喚問は突破した。——出身は、とか聞かれたらどう答えようか。
とりあえず、ベクセリアと答えるか——いや、それは危険だ。
 だが、そんなキルガの思考内容を読み取れるはずもなく、次の質問もされることはなかった。
が、パスリィはいきなり、「あんた」とか言う。名乗った意味がない。
 開かれた扉の奥で、数人の女騎士たちが物珍しげな視線を扉の外に送る。
そして小声で、だがしっかりと騒ぎ出す。
「見える? 見える?」
「うん、分かる分かる! かっこいー!」
「えぇ、見えないよぉ。副だんちょーさん、ちょっとどいてー!」
 誰をネタにしているのかは言うまでもない。
 ともかく、パスリィは相変わらずキルガを品定めの目で見続けつつ、次なる言葉を言う。
「聖騎士になりなさい」
「………………………………」
 その言葉を正しくとらえるまでに少々かかった。
「…………………………は?」
 答えたのは、ハルクだ。
「アンタはいいから。キルガ、ね。聖騎士になりなさい、っての。返事は」
「ちょっと待ってください。…何で、いきなり、…それなんですか?」
 一応は反論の義理はある。
会ったら真っ先にお礼を言おう、とキルガは考えていたが、どうやらその余地はなさそうだ。
「分かってないわねぇ。あんた、あの大地震の被害者でしょ?
あんたこの砂漠で、血だらだら出して倒れてたのよ? どー考えても、普通助からないような
怪我負ってたのに、二日で歩けるほど回復したなんてまずありえないでしょ?」
 まさか天使ですから当たり前ですと言うわけにもいかないキルガ、
「そうなんですか」と言うことでわざと詳しい説明を逃れる。
 横で黙らされていたハルクは、たまりかねて助け舟を出す。
「いや、おいパスリィ、ちょっと待てよ。そりゃいくらなんでも唐突すぎ——」
「ま、それはそうね」
 あり? とハルクが首をかしげる。何かやけにあっさりと引き下が——
「だから、今からあたしが聖騎士についてみっちり教え込んであげるわ」

 ——っていなかった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.136 )
日時: 2013/01/25 22:53
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「おう、お帰り」
「おつかれさん〜。これ食うか?」
「…ありがとうございます…」
「声が死んでるぞ、キルガ」

 夕方、ようやくキルガはパスリィに解放されて戻ってくる。
「んで? どうすんだ兄ちゃん。お前さん、聖騎士になんのか?」
「はい」
「そっかそっ…はい?」
 納得しかけて、問い返す。
「…もう一回言ってくれ。最近耳が…耳掃除してねぇからか」
「きたねぇな、オイ」
「はい、です。聖騎士になります、ということです」
「……………………………………」
 普段騒がしい詰所にはあり得ないほどの沈黙が落ちた。
「…ま、マジか?」
「パスリィに言いくるめられたか!?」
「いえ、僕から言い出したんです。理由もありますから。彼女が言った言葉は、一つしか関係ありません」
 きっぱりと言い切ったキルガに、聖騎士の男たちは沈黙。
代わりに、朝は寝ていたらしい彼らの精霊がそれぞれの主人の周りを飛び始める。
『おぉぉお、男だねぇ、あのパスリィを相手に引かなかったってのが伝わってくるな』
『マリレイよりずっと頼りになるぞ!』
「オルン、それは余計だ」マリレイと呼ばれた騎士がツッコむ。

 精霊。当然、パスリィから説明は受け済みである。聖騎士に宿り、主人を助け、
行動を共にするパートナー、それが精霊だ。主人に似るという精霊たちだが、
それはパスリィの相棒、ラーミーと言う口が悪く喧嘩っ早い精霊を見て一発で納得した。
『ところでキルガ、おめぇの精霊は? おれっちには見えねぇんだが』
 精霊オルン、いきなり痛いところを突く。
「って、キルガ、まだ聖騎士にはなってないんだろ? そりゃ宿るわけが——」
「いえ、なりました」
「は?」
 即座に聞き返される。
「先程、洗礼…とかいうものを受けて、聖騎士になりました。
実は、これからお願いします、って言おうとしていたんです」
「………………………もう?」
「はい」
「仕事が早ぇぇパスリィ————!!」
『ここの誰よりも男らしいな!』
「いやパスリィは女だが…」
「ですが」苦笑しながら、キルガ。「…どうやら僕には、精霊は宿らなかったみたいです」
「そうなのか? 兄ちゃんの精霊なら多分モテるだろうに」
『あー悪かったな相棒。…まぁ、てことはあれだ、キルガは精霊の助けがいらねぇってこった』
 オルンがあっさりと言う。
「いらない?」
『それほどまでに強いってことさ』
 強い…か。キルガは、そっと自分自身を嗤った。
この僕が。大切な人を助けられなかった僕が、強いって。

 キルガが聖騎士となることを望んだのは、パスリィの説明の一言にある。

(“大切な人を守る、博愛の騎士——それが、聖騎士”)

 …守りたい人、守るべき者は、ここにはいない。分かっている。だが、キルガはその言葉に反応した。
二度と、あの悔しさを、感じたくはない。感じないために、聖騎士となることを選んだ。
たとえ、一生その大切な人に出会えなかったとしても…それでも、この道を選びたかった。


「てことはなんだ、明日、広場で紹介されるってことか」
 聖騎士として砂漠を守るものは、必ず砂漠の民に紹介される。
朝、広場で行うのが決まりとなっているのだが、
「…ちくしょー、キルガ。お前、絶対明日騒がれるぞ。せめて第二ボタンは守れよ」
「はい?」
「イヤそれ去る時だろ。来るときに奪われてどーすんだよ」
 男たちに羨望と同情の目で頷かれ、キルガはわけが分からないなりに頷き返しておいた。


 これが、キルガの聖騎士生活の始まりだったのだが——

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.137 )
日時: 2013/01/25 22:56
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ————ざっ!!
「っなぁぁぁぁああっ!?」
「しょ、勝負あり、第七回戦、勝者キルガ!」
 翌日のことである。
 聖騎士となったキルガは、起床予定の時間の二時間前に起きてしまった。
そして、圧倒的に女性の多い広場で新たな砂漠の守り手として紹介された。
 これは、その後のことである。

「ほう。やはり、思った通りだな」
「あの、ハルクさん。あのキルガってやつ…まだ怪我してるんじゃなかったんですか?」
「あぁ、している。だが、槍術を相手にすると、気にならなくなるらしいな。
現に今、休みなしで七人打ち負かしやがった。思った通りだ。あいつは、槍術にかけて天才的だよ」
「ぐぅぅ…完璧すぎますよぅ…いるんですねそういう人」


 なんとなくキルガが気に入ったハルクは、親切にも、聖騎士の生活から、
仕事内容、掟、さらには鍛錬についてまで教えた。
格技場で槍の練習試合をする騎士たちの様子を見せたハルクは、
キルガがその時闘っていた二人の動きをしっかりと観察していることに気付いた。
あまりの集中力に、こいつ、ただもんじゃねぇな、と思い、ハルクはなんとなく声をかける。
「動きが見極められるのか」
「はい。…この調子だと、今体勢を低くした人の方が勝ちますね」
「同意見だ」
 間違いない、と思った。こいつは実力者だ。それも、相当の。
「槍は、やったことがあるだろう。お前さんは強そうに見えるが?」
「…どうでしょうか。やってみないことには分かりません」
 自慢も謙遜もしないように、さりげなくキルガは答えた。…が。

「んじゃやってみな」

 というハルクの声で、瞬時に目をしばたたかせる。
「…は?」
「ちょっくら興味があるんだ。なに、怪我してるやつでも無理がないように、
そこそこの実力を持つ奴しかださねぇよ」
『どーだかー? ハルクってこーゆーの悪趣味だから気をつけなよー?』
 ハルクの精霊ミルケのいたずらそうな声がする。…確かによく似ている。
 そんなわけでキルガは、ハルクの名指しでいきなり試合に駆り出されたのだが、

「しょ…勝負あり、第八回戦、勝者キルガ!」

 …ぶっ続けの試合でこんな調子であった。
大して息の乱れていないキルガに、当然騎士たちは両手を上げて降参せんばかりの視線。
いつの間にか格技場の窓の外で試合を観戦していたダンスホールの女性方々が騒ぐ。
「…よう、どーするキルガ。もうちっと続けるかい?」
「いえ、正直言うと…これで勘弁です」
「まだ戦えることは戦えんだろ?」
「まぁ。ですが、僕は乱入者ですからね。ずっと居座っているわけにもいかないですし」
『まー誠実。ほんと完璧なモテ男ねぇ』
 ミルケの視線が格技場の窓に向いていることは言うまでもない。
「いやな、でも…確かに、パスリィの目に狂いはなかったようだな」
「はい?」
 槍を元の位置にかえし、一礼してからキルガは問い返す。
「聖騎士の素質がある、ってことさ」
「——戦うことが、ですか?」
「あぁ。それ以外に何がある?」
 キルガは首を傾げる。戦うことが…何故?
「聖騎士は…全てを守りにかける、と聞いたので…何か、違うのではないか、と思ったんです」
「ほう」ハルクはニヤリと笑い、
『考えんじゃん、新米くん』ミルケも訳ありな声色で続ける。
 わけが分からなくて話の続きを促すキルガに、ハルクは表情を変えずに、言う。
「お前さんはまだ、聖騎士というものを完全には理解していないようだ。だから、無理はない。
ヒントをやる。だが、答えは教えない。自分で考え…答えが分かった時に、お前さんは本当の聖騎士となる」
「…本当の」キルガは、復唱した。
 ハルクは頷く。そして—— 一言で、言った。

「“攻撃こそ、最大の防御”———」

 と。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.138 )
日時: 2013/01/25 23:00
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

(“大切な人を守る、博愛の騎士——それが、聖騎士”)
(“攻撃こそ、最大の防御”)

 二つの言葉が、あの日から、キルガの頭を離れなかった。

(攻撃が…最大の、防御?)

 言葉としては、聞いたことがある。だが——意味は、よく分からない。
(…何かを守るために、攻撃をする…?)
 なんだか矛盾していないか? と思う。攻撃なら、『職』バトルマスターの専門ではないか、と。
(…先手必勝、と言う事か…? いや、そんな単純なはずが…)
 キルガは起き上がり、窓の外を見上げる。夜、宿舎。仲間のいびきがよく聞こえる。
もともと夜すぐに寝られないのだが、さらにいびきの大合唱が耳に飛び込んできているこの状況で
どうやって寝ろというんだ、というのがキルガの感想である。
(…星空、か)
 人間界へ落ちて、そろそろ一週間がたつ。姿は人間のまま、変わりはしない。
もう、一生戻らないかもしれないな、と苦笑した。諦めたのだろうか。
自分の感情も、分からない。

「………………………?」

 と、キルガは、不意に広場を見た。守護天使像の前。誰かいる。キルガは声をあげそうになった。
 長い金髪を頭上で結わえる、キルガと同じ灰色の瞳の、神秘的な女性。   ・・・・・
彼女は守護天使像の前に立っていた。だが、像は見えた…すなわちその女性は、透けていた。
見たことはない。だが、キルガは知っていた。誰なのかが分からないというのに——知っている。
(…何、だ?)
 彼女はキルガをまっすぐ見ていた。が——目があった瞬間、ふっと笑い——そして、消えた。
「っ!」
 無意識に、呼び止めようとして…かなわないことを理解する。
 キルガは口をつぐんだ。今のは、何だったんだろうと、考える——当然、何も思いつかなかった。
何重ものいびきを背音楽に、青年は一人たたずむ。




 …そして、翌日、彼はグビアナ城を離れた。
 理由は、単純である。修道院を追われたのだ。朝、聖騎士団長から、厳しい話があった。
グビアナの女王から修道院への寄付金が送られなくなった、と。
よって何人かが、修道院を後にすることとなった。
新米のキルガは当然その内に入っていたし、なんとあのハルクまでもが追われる一人となっていた。
「まぁ、な。決まったことだ。仕方ねぇよ」彼はどことなく寂しげに、そう言った。
「よう、キルガ。これからも聖騎士で居続けるかどうかは、お前さんの勝手だ。
だがな…俺の言った、あの言葉だけは、忘れんなよ」
「…“攻撃こそ、最大の防御”…ですね」
「あぁ。…んじゃ、元気でな」
 初めて出会ったとき大きく見えた背中が、今は小さく、頼りなさげに見えたのは、
きっと気のせいではないだろう。





 そして、数日の時が流れ、彼は奇跡的な出会いを果たす。
 同じように人間界に落ち、翼と光輪をなくした戦士セリアス、
 そして、また同じように、翼と光輪のない恋しい人——マルヴィナに。


 あの日以来、聖騎士は、考え続ける。
 自分の戦友たちを守る役目を持つ青年は、ずっと。











              サイドストーリー 【 聖騎士 】———完