二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.168 )
日時: 2013/01/27 22:33
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

         2.




 マルヴィナは同日、深夜になりかけたその頃に一度宿を出た。
もちろん、アイリスの言う『もう一人の同胞』——マラミアを探すためだ。
草原の民たちの習慣は規則正しいらしく、この時間に外をうろつくものなどはいない。
だから、人気のないこの場所でその人物を探すのは簡単だろうと思っていた、が、
しばらく歩き回って探してみても、一向に見つからないのである。
(…っかしいなぁ。確かに、ここのはずなのに…)
 本当に、何者なのだろう。どうして、わたしのことを知っている?
 でも、やはり——自分の存在の方が、分からない。

 わたしは一体何なんだ?

 考えるたびに、平静でいられなくなる。腕が震える。怯えているのだ。
今まで、滅多に怯えなかった自分が——最近、度々何かに恐怖を覚えている。
 自分の存在が怖かった。
自分は。本当は天使ではないのかもしれない。アイリスと同じ種類なのかもしれない、
否、もしかしたら、魔物であるかもしれないのだ。
自分が幾度も葬ってきたものの、仲間かもしれない。もし、そうだったら。
そうだったとき、わたしは——…。


「…………………は」


 自嘲気味に、短く笑い飛ばした。
 そんなはずがない。もしそうだったら、世の中から邪悪とされているものの気配を
こんなに敏感に感じ取れるはずがないじゃないか。
 …そう、もしそうなら、真っ先に自分の邪悪に気付くだろう? 何を怯えているんだ。
わたしはわたしじゃないか。
(…疲れているな。相当)
 弱気でいるわけにはいかない。マルヴィナはかぶりを振る。
目的は明日に回し、宿へ戻ろうと、踵を返しかけた



 その時、



「————————————————————————っ!!?」







 後ろから突如現れた気配に、口を塞がれた。






(………っ、く、あぁっ!!?)
 触れられるだけで、激しい脱力感に襲われる。
(ま…魔物かっ…!?)
 振りほどこうにも、身体が消耗しかかって、思うように力が入らない。
必死に、後ろのその正体を探る。が、先に、その声によって、正体を知らされる。
「ほほ…そんなに抵抗するでない。ちと、尋ねたいことがあっての」
 高飛車な口調、艶っぽい声色。魔物じゃない。シャルマナだ。
マルヴィナは目つきを険しくし、必死に睨みつける。
「大声を出さないことじゃ。…わらわとて、考えがあるからの」
 シャルマナの標的がマルヴィナか、あるいは仲間たちに向かっていることが、その口調から分かった。
 口を塞いでいた手が、マルヴィナの首を絞める格好になる。悔しかったが、言うことに従った。
「…そなた、黄金の果実を求め、この地に参ったと言うたな。それは何故じゃ?」
「………っ」マルヴィナは唇をかみしめ、努めて冷静に答える。「…大事なものだからだ」
 首にかかる力が増した。マルヴィナは声を上げず喘ぐ。
「問いの意味を理解しておらぬのか? そんな答えを欲しているのではない…
まだ何か、隠されし秘密があるのであろう」
 やはりそうだ、と思った。シャルマナは、女神の果実の情報を欲している!
マルヴィナは薄れゆく意識の中で、必死に考えを巡らせた。
「その果実を探さねばならぬ理由はなんじゃ?」
 なるべく情報を漏らさず、諦めさせるだけの納得できる情報。それは、一つしかなかった。
「……あれは」
 マルヴィナは潰れかけた声で言う。
「手にした者の身体を、破壊する」
 シャルマナの腕の力が、若干緩んだ。
「己の欲望と邪悪に蝕まれ…全てを意思から離してしまうもの」
 間違いではなかった。実際、果実を喰らったものは、皆そうなってきたのだ。
だが、それを知らない者にとっては、脅しの台詞としては大いに有効だった。
 呆けたようにシャルマナの動きが止まる。今なら抜け出せそうだった。
だが、マルヴィナは、もう既に意識が無くなり始めていた。ほとんど足に力が入っていない。

 と、急にその腕が離れる。マルヴィナはそれと同時に、前のめりに倒れた。視界がぼやけている。



 まずい。



 今、気を失うわけには、 いか  な     ———…
















 目の前が、暗くなる。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.169 )
日時: 2013/01/26 22:36
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 キルガが戻ってきた。
「…どうだったんだ?」
 セリアスが尋ねる。
「あぁ、気を失っているみたいだ。シェナが言うには…魔法的な力で、強制的に」
「そっか」
 セリアスは溜め息をついた。


 昨夜、例によって寝つけなかったキルガは、いつものように外の空気を吸いに外へ出たのだった。
そこで驚いたのは、その目の前に、無造作に置いて行かれたように倒れているマルヴィナがいたことだった。
ますます目が覚めてしまったキルガは、容体を確認し、宿へ運んだのであった。
「お姫様抱っこでもしたの?」
「なッ!!?」
 朝、その話をしたシェナにはそう言われたが。


 とりあえずマルヴィナをシェナに任せ、彼らは出発を後らせた。
もとから今回の依頼は気の進むものではなかったし、全員一致の意見の結果であった。
そして、セリアスに様子を報告しに戻ってきた——それが今の状況である。
「何かマルヴィナって、狙われやすいよなぁ」
 セリアスがぽつんと言う。「人間にも、魔物にもさ」
「今回は意図的にマルヴィナを狙ったものだろう」キルガも言う。「…あまり歓迎されていないようだ」
「悔しいか?」
 セリアスは静かに、そう言った。キルガは訝しげにそちらを向く。
「好きな奴が、何度も危険な目にあわされている…悔しいか?」
「………」
 キルガは黙りこむ。数秒考えて——答える。
「悔しくはない」
 目線を上げて、もう一言。
「——許せない」
 セリアスはその反応を聴いて、安心したように笑う。
「でも、この感情は、マルヴィナだけじゃない。誰であっても、許せなかっただろう」
「…よし」
 満足げに頷くセリアスを見て、試されたのだろうかと、少しだけ首を傾げた。
「でさ、キルガ」
「ん?」
「いつ告るんだ?」
 いきなりさらりと言われた言葉に、ついキルガは吹き出してしまった。
「なな、何をいきなり——」
「いつなんだ?」
 冗談を——そう続けようとした言葉は、セリアスの再びのその言葉に遮られる。
気付いた。冗談ではない。背を向けられてよくは分からないが、表情は茶化してはいないだろう。
真剣に、真面目に言っているのだ。
「…い、いつって」
 重い沈黙が辺りを支配する。答えは出てこなかった。
あまりにも長すぎたので、セリアスは長いため息をひとつつくと、口を開いた。
「…いつまでも待ってくれると思うなよ。今のままじゃ、マルヴィナ、どんどん遠ざかっていっちまうぜ?」
「…ちょっと待て。何でセリアスまで同じことを言う!?」
「ん?」
 セリアスはまさかのそんな反応に振り返った。目が「何のことだ?」と言っている。
「スカリオと大体同じことを言っている…」
「はぁ!? 俺があの変態野郎と!?」
 最初は思いきり嫌そうな顔をしたセリアスだが、しばらくして、
まぁ、仕方ないかと、再び溜め息をついた。
「言われても仕方ないことだしな」
 どうやら原因がやはりキルガにあるかららしい。
「…確かに俺だって、今すぐ言って来いなんて言えないけどさ。
…お前、早く想っていること伝えなきゃ、マルヴィナはどんどん違う方向を見て行っちまう。
あいつは、そう言う奴だ」
 キルガは黙った。今度は、本当に悔しかった。


 …マルヴィナが好き。その気持ちは、本物だ。
嘘も偽りもない、どんなことを言われようが変わらない想い。
     ・・・・
 だが——それだけのような気がしてならないのだ。


 僕は、マルヴィナの、何を知っている?


 スカリオからも、セリアスからも言われた。キルガの気付いていなかった、マルヴィナの性格。
知らなかったこと、だが、傍から見れば分かりやすいこと——それに気付けない自分。

 何故気付けない?
 何故分からない?

 彼女のことを知らなさすぎているのに、好きになって良いのだろうか。

「———————————————————…」

 分からない。人の感情には、鋭い方だと思う。けれど——自分の感情は、何一つ分からない。
 そんなのでいいのだろうか。
 このままで、いいのだろうか——




「ふたりともっ!!」

 いきなり、幕がばさりと音を立ててあがる。
驚いてそこを見ると、なんと起き上がったマルヴィナが立っていた。後ろにシェナもいる。
どこか呆れたような、安心したような、微妙な表情で。
「ま、マルヴィナ。大丈夫なのか!?」
「問題ない、心配感謝する! それより、」
 あまり感謝していないような口調できっぱり言い切る。どうやら用事の方が格段に重要らしい。
「時間がない。わたしが無駄にしてしまったんだ、取り返さないといけない。
今すぐナムジンのところへ行く!」
 今すぐ、の言葉に二人は同時に硬直する。
「…ちょっと待て、なんでそんなに」
「待てない。…あぁあ、もう結論から言う。
わたしたちははめられたんだ、今すぐここを出てナムジンを追う!」
 今度はシェナまでも硬直した。が、わけが分からないなりにも、三人は急ぎ出立の準備を始めた。
「嫌な予感がするんだ」マルヴィナはうずうずしながら言う。どうやら本当に回復しているらしい。
「気にかけすぎてるだけじゃないの?」シェナは言うが。
「わたしの嫌な予感が外れたことがあるかっ?」
「………ないわね。いいわ、行きながらちゃんと話してよね」
 分かっている。言い切るマルヴィナの、決意するような横顔を見てから、キルガはそっと目を伏せた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.170 )
日時: 2013/01/27 22:36
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「ずっとあんな調子だべ」
 従者の一人が、そう呟いた。
「あれじゃあ、いつまで経っても終わんねえだ。何としてでも魔物退治に行ってもらわにゃ」
 そろって頷く——が、結局何もできず、遠くにいるナムジンから目をそらした。
 ナムジンは一人、頭を抱え震えていた——

 と見せかけて、険しい目で考え事をしていた。

(…どうする…予定が狂った。あの旅人らも、余計なことをしてくれる。
…このままでは、準備も満たぬまま、あの魔物を討伐することに…!)
 ナムジンは聞こえぬよう溜め息をつき、そして立ち上がった。再び、従者の目がナムジンに向く。
「………」
 だが、あえて何も言わず、ナムジンは外へ出た。
そして、訝しんだ従者が追って外に出てくる前に、死角になる位置に身をひそめた。
 静かになると、ナムジンは、そっとその地を離れた。
 そして、まっすぐ北へ向かう——。



「あいつかよっ」
 マルヴィナの昨夜の説明に真っ先に反応したのはセリアスだった。
「やっぱあいつ、怪しいんじゃないのか!?」
「見た目通りだと思うけれど。…で、果実のことについて、訊いてきた」
 一瞬の間をおいてから、今度はシェナが発言する。
「…果実の情報を欲しているってこと? となると…奴も手にしたがっている一人?」
「あるいは」口を挟んだのは、キルガ。「既に喰らっているか」
 マルヴィナは頷いた。
「おそらくはね。キルガと同意見だ」
 ちくしょう、やっぱりあったんじゃねぇか——言おうとして、セリアスはふと気づく。
「…ん? じゃあちょっと待てよ。…え? あれ? …何がどうなってんだ?」
 混乱し始めたが。
「…えっとつまり」キルガは軽く考えてから、短く言った。

「今回の黒幕は、あのマンドリルではなくシャルマナではないか——そういうことだよ」

 あぁなるほど——言いかけ、再び言葉を飲み込む。
「マジかよっ!?」
「気付いていなかったんかい!!」
 マルヴィナの即座のツッコミ。なんだかいいコンビネーションだった。
「まぁ、何しに草原に居座っているのかは知らないけれど——おそらくあのマンドリルを狙う理由は、
マンドリルが自分の正体に気付いているのが分かっているからだと思う」
「あー…なるほどな。魔同士だから、気付けるってわけか」
 その言葉に、マルヴィナは一瞬だけピクリと反応してから——平静を取り戻し、頷く。
「で」
 話に区切りができた為、その合間を縫ってシェナが再び発言。
「話してくれない? 朝の——『はめられた』の意味を」
 マルヴィナは三秒ほど目をしばたたかせてから、あぁ、そういえば、という。
忘れていたの? と言う視線を送るシェナ。
 適当に受け流し、マルヴィナは多分、という。
「わたしたちに邪魔をさせないためだと思う」
 マルヴィナの推測が、静かに伝えられてゆく。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.171 )
日時: 2013/01/27 22:38
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ナムジンは、北の橋を渡ったところで、身体を西に向けた。歩き慣れた庭のように平然と進む彼の姿は、
どう見ても昨日魔物一匹に怯え震えていた彼と一致しなかった。よく見れば、右手は、
腰に吊るした短刀の近くにあり、いつでも抜けるようになっているのだ。
が、そこへ着くまでに、短刀を抜くことも、使うこともなかった。
 ——そこは、木の葉や茂みによって巧みに隠された小さな洞穴だった。

 見通しの悪いそこでも、躊躇うことなく、枝をかき分け、ナムジンは進む——そして、中に入る。
そして、そこにいた茶色の生物に——

「きたよ、ポギー」

 あの、マンドリルに、話しかけた。



「あんなやり方では、先にお前が殺されてしまう」
 ナムジンはマンドリルに近付き、そう言った。
「命を粗末にするな。お前が死んでは、母上も悲しむ」
 右を見上げる。そこにある、大きく美しい石碑——ナムジンの亡き母パルの眠る墓を、哀しそうに。
おそらくは伝わったのだろう、マンドリルはうなだれるようにひと声鳴く。
が、その瞬間、何かを感じ取ってか、顔をいきなりあげた。
ナムジンもまた、はっとし、洞穴の入り口を見て——絶句した。

「…それがあんたの本性か」

 そう、感情の読み取りにくい声で言ったのは、昨日の、あの旅人の内の一人だった。
黒髪——否、闇の色か。信用しにくい色を伴っていることだ。今ふっと、そう思った。
 言わずと知れた、マルヴィナである。
「…まさか、こんなところまで来るなんて…あなたは一体何者なんだ?」
「奇遇だな。わたしもあんたにそれが聞きたい。目的は大体見当がついているからいいとして、
何故そんな臆病者のふりをしているかが——」
 言い終わらぬうちに、ナムジンは動いた。走り様に短刀を抜き放ち、マルヴィナの首筋を狙う。
だがマルヴィナは、慌てず騒がず、右膝を曲げ足を壁に付けると、ナムジンとの距離が
二の腕ほどとなったその一瞬で強く壁を蹴り、それをかわす。マルヴィナは剣を抜かなかった。
そのまま半回転し、ナムジンとの間合いを詰め、そのまま彼の右腕の関節を鋭く突いた。
「っ!」
 寸分違わず決められ、手が痺れる。ナムジンの短刀が音を立てて落ちた。
「くっ…」
 悪態をつきかけて、止める。「…何が目的だ」静かに、尋ねる。
「そうだな。強いて言うなら——あんたの手伝い、かな」
「冗談はやめてくれ」ナムジンは嘲るように笑った。
「何を理解して、そう言っているのかは知らないが、僕は僕一人で目的を果たす」
「勇ましいな。それでよく、あんな演技ができるもので…
まぁ、それも、薄々シャルマナには感づかれているみたいだが?」
 ナムジンの目つきが変わった。「…シャルマナが? 何故…」
「あんたが自分の命を狙っていることに、気付き始めたんじゃないか?」
 ナムジンは口を噤む。警戒するようにマルヴィナを見つめ——言う。
「…あなたは一体どこまで知っているんだ?」
「何も」即答する。「推測ならかなり立てたてたけれど、全て根拠がない。誰かから聞かない限りね」
「…………」間違いなく今の誰かはナムジンだろう。
信じていいものか否か。ナムジンはそっと考え——気付く。

 マンドリル、名をポギーという彼が、警戒していないのだ。彼女の霊気を、彼女の存在を。
むしろ、歓迎しているようにも見えなくはない。
魔に鋭い、人外の力——…。信じるポギーが、信じる者。

「…信じて…いいんだな」

 ナムジンは小さく言う。マルヴィナもまた、小さく笑い言った——

「当然」
 と。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.172 )
日時: 2013/01/27 22:43
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 マルヴィナは壁に背をつけ、改めて自己紹介をした。
「わたしはマルヴィナ、とある果実を探してこの地にやってきた然闘士だ」
「…改めて。カルバドの族長ラボルチュの息子ナムジン」
 マルヴィナは右手をすっと前に出す。ナムジンは戸惑い、躊躇いつつもその手を握り返した。
「…さて。どっちから、どこから話そうか」
「その前に…君には仲間がいたはずだろう。彼らは一体どうしたんだ?」
 言った後、返答は穴の外からくる。
「はいはーい。ここにいるぞー」
 ちなみに、セリアスであった。
「…はい?」
「まー、この穴は小さすぎて、入れそうなのはわたしとシェナくらいしかいなかったんだ。
で、わたしだけが入った」
 あっさりというマルヴィナに、ナムジンは閉口した。全く知らなかった。
質問の答えがすぐ返ってきたということは、このやり取りは彼らにもしっかり聞かれていたのだろう。
当然、ナムジンがマルヴィナを狙ったことも——が、彼らは落ち着きを乱すことなく、
気配を消し続けたままだった。彼女が無事であることが、分かっているから——
だとしたら、なんという信頼感だろう。
 …そう言うこともあるのだな。ナムジンは、そっとそう思った。
「大した信頼感だな」
「ありがと。…あんたたちも、そんな風に見えるけれど?」
 ポギーのことである。ナムジンは笑って、傍らにしゃがみ込んだ。
「…こいつは、母上が見つけたんだ」
 マルヴィナが奥の墓を見る。


   “愛しの母上此処に眠る。
       その気高き魂は草原を流れる風とならん”


「…元から病弱なひとだった。けれど——本当に、強い、強いひとだったんだ。
こいつを見つけて…ここで育てた。僕の大切な友達だ」
「なるほどね。だから気付けたのか。シャルマナの邪に」
 ナムジンは頷く。
「あいつを討つべく——僕らは、いや…ポギーは、草原に現れた。
けれど、あいつの術は、恐ろしく強かった」
 初めて実行したのは、シャルマナが一人でいた時だった。が、シャルマナはポギーに気付き、
いつもその手にしている杖を向け、ポギーにしばらく動けなくなるほどまでの傷を負わせたのである。
「ようやく最近その傷が治り、僕は作戦をたてなおしたんだ。僕は臆病者のふりをして、
奴の警戒心を解こうとしていた。…これが、理由だよ」
 満足したように、マルヴィナは頷いた。
「じゃぁ、わたしの番だな。…実はわたしは、昨日、シャルマナに襲われた」
 いきなりのその発言に、ナムジンが一瞬目を見開く。
「まぁ、理由は二つあったんだが…その内の一つは、わたしに睡眠薬を嗅がせ、
あんたを追っての出立を遅らせるためだったと想像している」
 おかげで気分は最悪だったよ、と溜め息を吐く。
「…何が言いたい?」
「さきにも言ったけれど」マルヴィナは続ける。「おそらく、あんたを殺すためじゃないか?」
 ナムジンが自分を疑っていることに気付いたシャルマナは、本性がばれる前に、
魔物討伐を良い盾に、ナムジンを亡き者にしてしまおうと考えたのではないか。
おそらく、それは前夜、咄嗟に思いついたものに違いない。詰めが甘いのが、そう考える理由である。
そして、わりと戦闘能力のある旅人たち四人が彼のそばにくっついていては邪魔となってしまうだけである。
見れば、旅人は、今回の依頼にあまり乗り気ではない様子。
誰かが足止めすれば、きっと出立を遅らせるであろう。

「——ってーなことを、考えたんじゃないかと。
まぁ、全体的に詰めが甘かったから幸いにしてこうやって再会できたわけだけれど」
「今のは…本当に想像か?」
 呆気にとられたようなナムジンを見て、それにマルヴィナは少し哀しげに笑った。
「わたしもそう思う。想像したことにしては、詳しすぎるって。…最近、わたし自身が、妙なんだ。
わたしのことが、分からなくなるほどに。…でも、わりと想像しやすいことだろ?」
「言われなければ分からなかったと思う」ナムジンは溜め息をつく。
「よくは分からないが…たしかに、しっくりとくる推測だ。
となると——こちらもはやめに手だてを講じなければならないな」
「で、本題」マルヴィナはそこで、さっぱりとした表情に戻り、言う。
「わたしらに手伝わせてほしい。奴を討つ、その計画を」
 関係ない人に手伝わせられない——と、また言いかける。あぁ、そうだった。思い直す。
先ほど、自分は彼女を信じたばかりだった。

 …そう言えば、長いこと忘れていたような気がする——人間を、信じることを。



「…もう一度聞く。信じていいな?」
「もう一度言う。…当然」
 便乗して、マルヴィナはからかうように、だが真剣に言った。

 ナムジンは頷いた。




「手伝ってほしい」

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.173 )
日時: 2013/01/27 22:46
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 マルヴィナは、ずっと考え込んでいた。
口数が少ない彼女に戸惑いながらも、三人は割といつもの調子で草原を進んだ。



 翌日の話である。ナムジンの協力者となれた四人は、ナムジンの話を聞き、
そして現在、行動に移している。彼が言うには、シャルマナの正体を暴ける何かさえあれば、
草原の民たちで総がかりで倒せるのではないか、というようなことだった。
だが、その『何か』がなかったために、いろいろな討伐方法を考えていたとも。
が、草原の民ではない、自由ある旅人がいれば、話は変わってくる。その『何か』を、
もしかしたら手に入れられるのではないかと。
「いや簡単に言ってくれるな。まずどこにあるかが分からん」
 セリアスはそう言ったが、やらないわけにはいかない。
そろそろ時間がまずいからとナムジンが狩人の包に戻った後、四人はそこに残って
そろって唸っていたのだが、そこに姿を現したのは——霊体であるナムジンの母パルであった。
彼女は助言をくれた。正体を暴く『何か』——それは、この辺りの地にあると。

 ——ここから東、パルの故郷、及び魔物に滅ぼされた洞窟の中の村カズチャ。
その奥に生える守り神ならぬ守り草を、彼らは名の通り、アバキ草、と呼んでいた。
 邪悪の正体を明るみにする、魔法的な力を持つものである。それさえ手に入れることが出来れば、
シャルマナというもの——その果実を喰らった魔物の偽の姿を解ける。彼女は、そう言ったのである。
 …もちろんここで四人が思ったのは、やっぱりあったんじゃないか
しらっとした顔で「知らん」など言いやがって——類のことではあったのだが。



「えーと…マルヴィナ。どうしたの?」
 遂にシェナが、問う。マルヴィナは視線を上げ、何が? と問い返した。
「何がじゃないわよ。何か、マルヴィナが静かだと、調子狂っちゃうんだけど」
「そんなこと言わ——ちょっとそれどういう意味だ?」
「うん、いつもの調子は機能しているみたいね」シェナは頷き、で、何か悩んでいるの? と聞く。
「いや、そうじゃなくて…うん。果実のこと、考えていてさ」
「果実」拍子抜けしたように、言う。
「ここで入手できたら、六つ目だろ? で——七つ目は、一体どこにあるんだろうって思って。
ほら、今まで、あまりにもいい調子で見つけてきただろ? まだまだ世界は広いのに…
最後の一つを探すのに、時間がかかるんじゃないかって思っちゃってさ」
 確かにそのとおりである。が、それは今言っても仕方のないことだ。
それよりも重要なのは——見つかった時、である。
「まぁ、仮に手に入れることができたとして——七つ、揃ったとして。
その時、一体何が起こるのか——心配なんだ。言い伝えが本当なら、天使は神の国へ戻れる。
けれど——わたしたちは? 翼も光輪もないわたしたちは、一体どうなるんだ?」
 彼らの中に、沈黙が落ちる。そういえば、考えてもいなかった。
けれど、何故考えていなかったんだと言われるほど、単純かつ重要なことである。
誰も何も言えず、しばらく沈黙が続いた。マルヴィナはその空気に焦り、
最終的にゴメン、と慌て口調で謝る。
「いま、考えるべきことじゃないな。ゴメン、雰囲気暗くしちゃって。えっと…うん、……」
 気の利いた言葉が思いつかず、やはり結局黙った。それでも昼頃になると、ようやく普段と
同じようなテンションとなったのだが、マルヴィナの言ったその言葉を忘れることはできなかった——…。