二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.182 )
日時: 2013/01/29 22:02
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

    サイドストーリー  【 夢 】




 本当に、気が付いたら、そこにいた。
目を開けているのか閉じているのかがわからない。それほどまでに、真っ暗——違う。真っ黒な世界。

「…っキルガ? セリアス、シェナーっ?」

 仲間は、わたしの仲間はどこにいる? わたしはどうなっているんだ。ここは——どこなんだ?

「ッ!!」

 途端、わたしは震え上がる。鳥肌が一気に襲ってきた。      ・・・・・
思わず耳を塞ぐ——塞いでいるの? 同じ音量で、まだ聞こえる、まだ叫んでいる。誰の、何の叫び声なんだ…?
 …何かが見えた、何が? …あれは、なんだ…?


「 ——————————————————————————— 」


 音量が高まる、空間がびりびりと揺れる——
 もう無理だ、耐え き  れ     ———…










「——声?」
 …翌朝、アシュバルの地帯のとある場所で。
 次にエルシオン学院を目指すことが決定した四人は、海の状況を見てここ二日ほどは
船旅を避けたほうがいいと決め、テントを張り、そこで野宿生活をしていた。
カルバドでもらった野菜や肉を腐らせないよう、キルガは野菜を塩漬けにし、
適当な具でマルヴィナはシチューを作り(料理はリッカに教えてもらったため、何気に今は一番上手い)、
シェナはそれを手伝っていた。
 鶏肉と、ジャガイモと人参、カルバド特有の玉ねぎ、大豆、なんかよくわからない紫の物体、
それにそろそろ消費期限の怪しげなものになってきたパンを小さくつぶして混ぜ込んだものである。
食材を探しに行ってくれているセリアスが戻ってきたら、もう少し中身が増えるかもしれない。
 手伝いの手を止め、シェナはそう問い返した。
「うん。キルガは聞こえなかったって言っているけれど」
「珍しく寝られたからね。わからない」
 昨日の不寝番の担当はセリアスとシェナだった。キルガが知らないのも無理はないのである。
「んー…昨日は静かだったからねぇ。叫んだ奴といえばブラックベジターくらいだけれど、
きぃきぃ言っていた程度だし」
「ブラックベジター…?」マルヴィナはその名に覚えがなく、問い返す。
「紫色のキュウリみたいな、あるいはズッキーニみたいなやつ」
「あぁ…」
 マルヴィナは目をぱちぱちしばたたかせてから…ガッ、といきなりすごい勢いでシチューの中を覗き込む。
「ちょっとまて。さっきこの中になんか訳分からん紫色の物体放り込んだけれど…
それまさか、…まさかじゃないよな!?」
「え? いやマルヴィナ、それは——」キルガの言葉をさえぎって、
「あれ? バレた? いやーだってあまりにも美味しそうだったからー…☆」と、シェナ。
「『だったからー☆』じゃないっ!! ちょっと待てせっかくの食材がっ!!」
「だいじょーぶだってマルヴィナ」
「全然大丈夫なんかじゃ——あ、セリアス、…お帰り…」
 トーンダウンしたマルヴィナの視線の先は、戻ってきたセリアスの抱える紫色の——大きな玉である。
「……………何、それ?」
「そのシチューの中に入ってるやつ」
「…じゃなくて、その名前は?」
「…あぁ、ウドラーの葉っぱ」
「……………………………………………」
 しばらく固まってやはりすごい勢いでマルヴィナは再びシチューと対面し、中身をどうにかしようと手を伸ばし、
「紫キャベツだよ、マルヴィナ」
 ようやくキルガが苦笑して真実を告げた。
「……は? むらさききゃべつ?」
 問い返したマルヴィナが改めてシェナとセリアスを見ると、二人そろって笑いだすのをこらえている始末。
「あ…あんたら…」
 ようやくからかわれたと気づいたマルヴィナは、お玉を持つ手に亀裂を走らせんばかりの力をこめ、
頬をぴくつかせてほんのちょっぴり黒い笑顔で二人をにらみつけた。
「いや悪い悪い、なんかあまりにも面白そうな雰囲気だったんで」
「まさかここまで簡単に引っかかるなんて思わなかったのよ」
 ねぇ、と見合う二人に、マルヴィナは今度こそにっこり笑って一言、

「ふたりともシチュー抜きな」

 慌てて二人が頭を下げたのは言うまでもない話。




「声…?」
 幸いマルヴィナの機嫌が直って、温かいシチューにありつけるようになったセリアスは(シェナもだが)、
シェナと同じように問い返した。
「いや、確かに叫んだって言ったらこのシチューに入れたブラックベジターくらい」
「しつこいぞ」
「冗談。昨日倒したブラックベジターくらいだが…そんなに響かなかったしな。
夢に出てくるまでの声じゃあなかった」
「そっか…」
 マルヴィナは天を仰いだ。
「なんか、こだわっちゃうんだよな。すごく、鮮明に覚えていてさ…何だろう、
なんか…かかわるような気がしてさ、その魔物と」
「あぁ、やっぱり、魔物だったの?」
「多分」マルヴィナはすくった時に頭を出した紫の物体に若干顔をしかめかけ、だが平静を保って頷く。
「でも、あんなの、見たことがない。なんか、大きくて、角があって…目つきが悪くて——
そう、なんか、サイが服着て威張り散らしているような奴だった」
「…っ?」
 反応したのは、キルガとシェナだ。マルヴィナとセリアスは訝しげに首をかしげる。
だが、二人とも、まさかね——とでも言いたげな表情だった。どうやら二人が考えているのは同じものらしい。
相当あっぴろげなものだったのか、あり得ないことだったのか——その日は、
マルヴィナがいくら聞き出そうとしても、二人とも何も教えてはくれなかった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.183 )
日時: 2013/01/29 22:07
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 消えかかったたき火を見て、マルヴィナは体操座りをした。
 今夜の不寝番はマルヴィナとキルガである。先にマルヴィナ、後にキルガ、
日付が変わってしばらく経つから、あと半時余りでキルガが起きてきて交代するはずなのだが——
代わったところで寝られそうになかった。
寝られないのに寝ようとするのはこれで結構厳しいので、大抵そういう時は起きたまま不寝番を続ける。
今日もそうしようかな、と思っていると、キルガとセリアスのいる側のテントの幕の開く音がした。
「あぁ、キルガ…まだちょっと早いよ?」
 いつもの言葉だ。
「いや、いいよ。一度起きてしまったら、また当分寝られない」
 そして、いつもの言葉が返ってくる。言えてる、と相槌を打って、マルヴィナは座る位置を横にずらした。
「マルヴィナこそ、寝ないのか?」開けてもらった位置に座り、キルガは手を温める。これもいつもの言葉だ。
「うん、寝られそうにない」
「そっか」
 この五つの会話は最早パターン化している。けれど、それに対して特に何も言うわけでもない。
 キルガは天を仰ぎ、口をつぐむ。
「あのさ」
 マルヴィナはやはり、気になっていたことを聞き出したくて、声をかける。
「何でもいいんだ。何を知っているの? わたしが見た夢の…あの魔物について」
 キルガはまだ考えていたのか、と少し苦笑した。
「いや、本当にあり得ない話なんだ、気にしないほうが——」
「いい」
 一言で、瞬殺される。なおも説得しようとしたが、マルヴィナはあくまでも真剣だった。
「……………」キルガは困ったように視線を一度そらしたが、根負けした。
軽くため息をつき、本気にするような話じゃないことは分かってくれよ、と前置きをしてから、
ついに話し始めた。


「ずっと前——そうだな、僕が守護天使になる少し前だったか…
酒場でディムさんに不思議な話を聞かせてもらってね」
 キルガは、師匠のローシャがよく行くために、
彼女を探すべく酒場に行く(あるいは行かされる)ことが多かった。そのため、
自然と酒場をよく利用する天使たちと交流が深くなったりするのである。
ディムという天使もそうで、彼は守護天使を引退した初老の天使である。
その年のおかげか、なかなかの情報通であったのだ。
「世界は、一つだけじゃない——さまざまな次元の違う世界がある…
いわゆる並行世界、ってものがあるといわれているんだ」
「並行世界?」
「あぁ。多分…マルヴィナの言っていた、“未世界”ってやつも、その種類なんじゃないかな」
 なるほどね…マルヴィナは肩をすくめる。
でも、訂正、言ったのはマラミアね、とツッコむところはツッコんだが。
「並行世界は、絶対に行くことのできない場所だ…行くべきでもない。
けれど、この世界の生物がそこに通じることのできる場所がある」
 マルヴィナは無言のままに話を促し、キルガはそれに応える。
「『夢の中』だ」
 マルヴィナは目をしばたたかせる。
「…じゃあ、わたしは夢を通じてその並行世界に通じていたってことか? …なんか言葉が被ったな」
 自分自身にツッコミを入れたマルヴィナに少しだけ笑ってから、多分、とキルガは答えた。
「で——次は、テトさんから聞いた話だけれどね」
「あぁ、アレクのお師匠さん?」
 マルヴィナたちの四年後に天使界に送られてきた幼なじみの一人である。
「そう。同じ、その並行世界の話だったんだけれど…やはり、未知の世界だから、さまざまな生物がいる。
言い出すとキリがないけれど——まぁ、代表的なものをあげれば、人間とか、ドワーフとか、
獣とか、人魚とか、霊とか——もちろん、魔物だってある」
「魔物…」
「かなりの力を持ったものだっている。…」
 そこで一度、キルガは黙る。
もう一度言うけれど、本気の話じゃないから、と呟いてから、最初の質問の答えを話す。

「…テトさんに聞いた強大な力を持つといわれている魔物に、マルヴィナが言っていたような奴がいたんだ」



 マルヴィナは笑わなかった。あくまで、真剣に受け止めた。
「まぁ、その並行世界自体、本当にあるのかどうかなんてはっきりしていない。
昔から伝わるものではあるけれど、すべて嘘だっていう可能性だってある」
「『煙のないところに火は立たない』っていうけれど?」
「まぁね——ん? …マルヴィナ、逆。『火のない所に煙は立たぬ』じゃないか?」
「え?」
「煙はなくても火は立つだろ」
 思い返して、マルヴィナは少しだけ固まってからあさっての方向を見た。
「ともかく」無理やりその言い間違いを無視し、マルヴィナ。「わたしはその話、ありかもしれないって思う」
「そうか? まぁ…信じるのは、その人次第だからね」
「キルガは信じていないの?」
 キルガは質問を聞いてから少し考え込み、天を仰ぐ。
「そうだな…信じるだけの理由はない。でも、信じない理由もないからね」
「…………………」
「答えになっていないか。まぁ、あえて言えば——」
 ふっ、と視線をマルヴィナに戻して——言葉が途切れる。
マルヴィナが、ぐらりと揺れた—あえて言うなら、そんな感じだった—瞬間、どさり、と横に倒れる。
いきなり気を失った彼女に驚き、言葉を失ったのだ。だが、容体は確認しなければならない。
「マルヴィ——」
 ナ、とまでは言えなかった。次いで、キルガもまた。
目の前が急に歪んだかと思うと、頭に重みが増したような気がして——彼もまた、気を失った——…。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.184 )
日時: 2013/01/29 22:10
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 きっかけは何だったのだろう…?
 寝ていたはずなのに、目を覚ましてしまったシェナはそう思った。
だって、周りは、真っ暗なのだから。
 何もない、何も見えない、黒い世界に、シェナは一人立っていた。

(…久々に見るわね、こんな夢)

 嘲るように、笑って見せる。昔は、ずっと前は。
小さなころは、終わりのない闇、出口のない世界に、怯えて、震えて、泣いていた。
皆に会ってから——マルヴィナたちと出会ってから、しばらくして——こんな夢を見ることはなくなった。
溜まっていた不安、恐怖、失望心が薄れていったからだろうか。
(…やっぱり、動揺はこんな形で出てくるのかしら)
 ガナン帝国…度々現れるようになった、忌まわしい者たち…
これは奴らの影響から引き起こされた夢なのだろうか——
(………………………?)
 思って、気づく。夢?
どうして、そんなことがわかる? なぜ、夢の中にいるなんて…思ったのだろう?
 自分の意識がある、夢世界——違う、ここは夢じゃない。

 今更、昨日のマルヴィナの話から思い浮かんだ一つの名詞が言葉となって出てくる——

「並行世界…!」


 そこは、マルヴィナの言っていた世界——。


「う…」
 マルヴィナは、頭を振って、視線を上げた。そして、目を見開く。
(ま、まただ! また、この世界だ…っ)
 確か、確かキルガの話だと…そう。
 『並行世界』。
(ど、どうしよう。不寝番だったのに…え、ちょっと、ここ、出口はどこなんだ!?)
 オタオタと、あたりを見渡す。どうすればいい? どうやって戻れば——
「マルヴィナ!?」
 突然、自分の名を呼ばれたことに驚き、次いでその声にも驚いた。
「えっ、シェナ!?」
 同時に駆け寄り、無意識に互いの手を合わせる。感覚がある。
「マルヴィナなのね、よかった。なんだか安心したわ」
「わたしもだ。…ところでさ、シェナ、…ここ…」
「えぇ」シェナは頷く。「まさか、あんな有り得ない推測が当たっているとは思わなかったわ」
「並行世界…ってこと?」
 シェナは目をしばたたかせる。「なんだ、知ってるの?」
「キルガに聞いた」あっさりと答える。「で、そのあと気が付いたらここにいた——」
「マルヴィナ、シェナっ」
 タイミングよく、二人の名前を呼ぶ者の声がする。今度は驚かず、またその声にも通常通り反応した。
「キルガ…え、セリアスも!?」一部を除けばの話だが。
「いやいやちょっと待て」セリアス、ツッコミ。「なんで俺には驚くんだよ」
「ごめん、まさか一緒にいるとは思わなかった」
「僕も驚いた」苦笑して、キルガ。「セリアスにはもう説明はしておいた」
「マッタク訳分からんけどな!」
「言い切ったな…で」
 マルヴィナは頷いてから、順に皆を見回す。
そして、これからどうすればいいのだろう——そう言おうとした時だった。


「 ——————————————————————————— 」再び、あの咆哮が轟いたのは。

「「「「っ!!」」」」

 シェナが耳をふさぎ、キルガとセリアスが頭を押さえ、マルヴィナは目をぎゅっと瞑った。
 例の声だ、マルヴィナの説明がなくとも、三人は直感的にそう思った。
 余韻は長かった。聞こえなくなっても、記憶という形でその音、否声が耳に響いて、動けなかった。だが、
「みんな、行こう! きっとあっちに居る」
 マルヴィナは、その正体を突き止めようと、促した。
「待て、マルヴィナ!」が、セリアスが止める。
「得体が知れない奴に無理に突っ込んでいくのは危険だ!」
「でも、ここでこのまま立っていても、何も変わらない!」
 即答された言葉に、セリアスは言い返す言葉が見つからなかった。
それは、セリアスの中で、行かないほうが良いという思いと、行ったほうが良いという思いが、
もやもやとした形で互いを押し合っていたから。
「…行こう、セリアス」
 キルガがセリアスの肩を叩く。
「そうね。ここに居ても何かが起こる確率は極めて低いでしょうし。
それに、何かあっても、私たちなら何とかできる——でしょ?」
 シェナが笑い、セリアスは黙る。考える必要はない。…どこかで、肯定しているのだから。
「……分かった」
 セリアスは一度目を閉じ、そういうと、視線を上げて、
「——行こう」
 自分を奮い立たせるように、三人に頷いて見せた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.185 )
日時: 2013/01/29 22:13
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 どういう仕掛けがあってか、視界は晴れたように思えた。
そもそも真っ暗なのに仲間の姿は見えているし、無い道を平然と走れる時点でおかしいのだが、
そんなことはただひたすらに走る彼らの考えのどこにもなかった。

 と。ある程度歩を進めたあたりで、周りが黒く眩く、光る—矛盾しているが、
言い表すならそういった感じだった—。目を瞑ったかどうかは覚えていない。
が、気づいた時、その場の景色は大きく変わっていた。
「な、なにこれ…」
 マルヴィナは足を止め、目を見開いてその景色を見渡した。無論、仲間たちも。
 天井は見えないほど高く、壁に埋め込まれた獰猛そうな獣の頭は今にも動き出しそう。
趣味の悪い髑髏の柱が何本もたっていて、四人を冷酷に、不気味に見下ろしていた。
涼やかさを通り越して、死の冷たさを感じさせる濃い藍色の床や壁。敷かれた赤絨毯。
「宮殿…か?」
 マルヴィナの問いに答えたのはキルガだ。「…少し、…いやかなり、趣味の悪い」
「この状況で笑わせネタを言えるなんて進歩したわね、キルガ」とシェナ。
「いや別にそういうつもりは」とキルガ。
「シェナ、こいつは冗談も本気も真顔で言うやつだから」とセリアス。
「いや本気は真顔じゃなきゃ説得力ないだろ」とマルヴィナ。
 明らか怪しい場所でこんな呑気に話せるのは、訳が分からないなりにも
景色のある場所に来られた安心感と、いつも通りでいられる仲間のおかげだろうか——
マルヴィナがそう思った、瞬間。

「—————ッ!!!」

 マルヴィナは、いきなり現れた邪悪な気配に大きく反応し、思わず腕を押さえうずくまった。
「マルヴィナ、どうした!?」
 セリアスが真っ先に声をかける、が、マルヴィナの反応の意味が分かる。
邪に敏感なわけではないマルヴィナ以外三人まで、その生じた気配に身を震わせた。
「なっ…」
 赤絨毯の向こう、気づかなかったが、そこにあったやはり趣味の悪い玉座の前に、黒い渦ができていた。
それは次第に何かの形を作り上げる。
「うっ…ぐぅっ」
「マルヴィナ、しっかりしてっ」
 シェナは、身体を縮め、歯を食いしばって震えるマルヴィナの肩に触れ、立ち上がらせた。
シェナの支える手に少しだけもたれかかりながら、マルヴィナは前をしかと睨み付けた——。
 シェナとキルガが、固まる。
「ま、さか…嘘だろ」
 キルガが、若干震えた声で、話す。
「本当に、居たの…!?」
 シェナも同じく、呟いた。

 民家一つ分ほど、大きい。渋めの緑と紫の法衣と外套、胸には鮮やかすぎる紅の宝玉。
肌は鉱石の色、そして——サイのような顔。

『…遂に来たか』
 呻くように、それは言った。

『この大魔王に逆らおうなどと身の程をわきまえぬ者たちじゃな』
 傲慢に、嘲笑うように。

『ここに来たことを悔やむがよい』
 そして、自らを誇るように。

『再び生き返らぬようそなたのハラワタを喰らいつくしてくれるわ!』
 自分に酔いしれるような言葉を吐いて、それは笑う———







「「魔王——バラモス」」







 キルガとシェナの叫んだ名を持つ、そいつは。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.186 )
日時: 2013/01/29 22:16
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 剣も、槍も、斧も、弓も。
 全て、既に構えてある。既に戦闘体勢に入っている。
 だが——誰も、動きはしなかった。
 なんとなく、ここでこの魔物を斃さねば、
このおかしな世界から現世に戻ることはできないような気がしていた。
だが——それにしたって。どうやって、こんな大きな魔物と戦えるのか。
「…どうする…?」
 セリアスの問いは、だが誰も答えることができず、ぽつり消えただけだった。
 魔物、バラモスが動く。ずん、と前に出、腕を振り上げる。それだけでも、ぶわりと風が巻き起こり——
「っ!」
 そして、床に叩きつけられたとき、それを避けていながらも巻き起こる風の強さに耐え切れず、
マルヴィナとシェナは吹っ飛ばされる。
「このっ」
 セリアスが思わずいきり立ち、その腕に攻撃を仕掛ける。が、切れ味の鋭いはずのその斧さえも、
つけたものはかすり傷程度でしかなかった。
「なっ!?」セリアスは思わず叫び、バラモスの注意を引く。
 狙いを向けられたセリアスは思わず動揺し、じりと後ずさった。キルガはまずい、と思った。
(セリアスが焦っている…このままでは、まずい)
 戦いの時こそ冷静になれと教えられ、それを違えることなく守り続けてきたセリアス。
だが、今はそうではない。彼は焦って戦うことの危険さを頭で知っているだけで、身体では知っていないのだ。
 となると、その焦りから動きが鈍化し、無駄に傷を増やす原因になりかねない。
 だが、冷静になれない状況であるのも確かだ。
マルヴィナが立ち上がる。シェナが次いで身体を起こし、一気に気合いを溜めた。
「…っスクルト!」     スクルト
 気合を込めて発動させた守増呪文改も、正直なところ、気休め程度にしかならなかった。
マルヴィナが息を吸う。ゆっくりと吐く。そして、また吸う。八分目あたりで止め、
一気に「はぁっ!!」斬りかかる。
 剣が当たった。傷はない。また振るった。かすり傷程度。またしても斬りつけた。何かの音がした——
 セリアスは気付く。マルヴィナは、一見無謀な行為をやっているように見えて、
地味に、だが確実に、敵にダメージを与えていた。
 いかに硬い体を持つものも、一か所を集中的に狙われてはかなわない。
マルヴィナは、それを狙っていた。
 あるいは、必ずやどこかにあるであろう弱点を探し出すか——

 無謀すぎ、そして時間がかかりすぎる、それでも、やらないよりはましだと判断したのだろう。

「…加勢する!」
 落ち着きを取り戻したセリアスが、その無謀行為に乗った。
マルヴィナはにやりとし、素早くセリアスの耳に口を寄せて囁いた。
セリアスの表情が一瞬変わり——だが、すぐに呆れたような、納得したような表情となる。「了解だ」
 マルヴィナは頷くと、セリアスにその位置を任せ、シェナのもとへ。
そして、セリアスに言ったことと同じ内容を伝え、最後にキルガにまた同じことを言った。
「…いつからそんな大胆になったんだ?」キルガがセリアスと同じように苦笑し、
だが槍を持つ手に力を入れる。
「セリアスにも言われた」マルヴィナが笑った。「目でね」
「それなら——奴の気を引いておく。…指示を頼む」
「頼まれた」
 マルヴィナは頷き、そして敵に向かって再び駆け出した。マルヴィナだけではない。
こんな作戦に乗ろうとする、自分たちもまた——セリアスも、シェナも、自分も。
皆、旅を始めたころに比べて、さまざまな意味でかなり大胆になっていた。

 それは、あのときより、互いを、皆を信用できるようになったからだろうか。

 キルガは目を細め、少しだけ笑うと、ひとり敵と対峙し、相手の動きに集中した——…。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.187 )
日時: 2013/01/29 22:18
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 キルガは敵を睨み付けた。
指を口に当て、高らかに口笛を吹く。挑発。バラモスの巨体が、ゆっくりとキルガの方を向く。
その隙に、マルヴィナとセリアスが突撃。シェナが援護する。これだけ体格に差があったら、
もう足元から攻めて、傷を負わせ、動きを鈍くし、
欲を言えばうずくまるか倒れるかしてくれなければ確実に急所を狙えなかった。
 安直すぎ、単純すぎる、だが今の彼らにはそれしかない作戦であった。
 ——持久戦。
 果たして、どこまでもつだろうか。

 重装備を気にせず俊敏に動き回るキルガに苛立ちを覚えたのか、バラモスは先ほどと同じように
腕を振り上げ、叩きつける。キルガは辛くもそれを避ける、だが、状況は先ほどとほぼ同じとなった。
 すなわち——再び、マルヴィナとシェナは吹き飛ばされたのである。
しかし今度は、その位置がまずい。殆ど敵の眼先である。
「しまっ——」マルヴィナの声は、最後まで紡ぎだせない。
 バラモスの雄叫び、威嚇、そして、息を吸う。四人、身をすくませる——
 火炎が、巻き起こる。
 マルヴィナは咄嗟に身構え、キルガは盾を振りかざし、セリアスは後ろに跳び、シェナは逃げ遅れる。
「————————————ッ!!!」
「う————っ!!?」
「シェナっ」
「マルヴィナ!?」
 セリアス、キルガが叫ぶ。吹き飛ばされて体勢の崩れていたマルヴィナもその行動に意味はなく、
シェナと同じく大火傷を負う——しまった、と両者は思った。回復役が一気に、二人動けなくなった。
この場で回復呪文を使えるのは、もうキルガしかいない。だが——シェナはすでに動かない。
マルヴィナも、小刻みに震えるのみである。
 それでも、二人を回復させねばならない。キルガは集中する、が、敵の動きは迅速だった——
させまいとするように、再び、腕を振り上げる——

(…—————————間に合わ—————!!)












 ____________________ざっ!!






「ちょっと、何でこんなところにいるんだよ!?」
「不思議はないわ。どうせ、ここは並行世界——私たちにとっても、彼らにとってもね」




 …回復は、間に合った。敵の攻撃をさえぎった者たちのおかげである、そしてそれは———
 顔は見えない、だが、灼熱の長髪と、金色の結え髪の女性二人は——…



「ま、やばそうだし、さっさと斃すか」
「そうね。そのあとに、『現世』に送り返せばいいわね」
 灼熱の長髪が、跳躍。その手にしていたツメが翻る。紅い波動、雷音。
 金色の結え髪が、詠唱。掌から、冷気がほとばしる。蒼い巨氷、割音。
 回復したマルヴィナが、キルガが、セリアスが—シェナは依然として目を覚まさないが、
どうやら息はあるようだ—、呆気にとられたまま、その光景を眺める、
目の前で起こる激戦が、信じられないとでもいうように。
 あれだけ苦戦していた敵が、反撃すらできないまま、一方的に押されてゆく。
「やりぃ! 奴さん、足痛めてんじゃないか!」
「大分楽に進められるわね。彼らに感謝する節もあるみたいだわ」
 余裕そのものの声を聞いているうちに、——いつの間にか、敵はゆっくりと後ろに倒れていた。
その身体が、徐々に消えてゆく。
 …早い。三人は、同時に思った。こんなに早く、しかもたった二人で斃せるほどの実力者——

 その二人の名は—————…!






「はい、そこまでだ」
 灼熱の長髪が言う。
「今回何でこの世界に来れたかは知んないが、ここはまだあんたらが来るところじゃない」
「まだ足りない」金色の結え髪も言う。「実力をつけること。できるなら、二度と来てはいけない」
 あまりにもいろんなことが起こりすぎて、何も言えない三人は、その状況を崩すことのないまま、
窮地を脱させた二人の女傑の放った白い光に包まれる——






 意識があったのは、そこまでだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.188 )
日時: 2013/01/29 22:24
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ——————————「…で」

 翌朝、残ったシチューを温めながら、マルヴィナは呟いた。
「結局のところ、何だったんだ?」
 だが、その問いには、う——むと悩むほか三人。
 もちろん、昨日あるいは今日の、『並行世界』という名の夢についてである。

 一番初めに目が覚めたのはキルガで、次いでマルヴィナ、シェナ。
例によってセリアスはシェナがブッ叩いて起こすまでぐーすかぴーすか寝ていたのだが。
 マルヴィナとキルガは不寝番の途中、二人して湿地帯その場で意識が途切れたために服がかなり濡れていた。
だが——『並行世界』で負った傷については、これが何にもないのである。
 夢なのか。本当に別の世界とやらで現実に起こったことなのか。
どちらの結論にしても、同じくらいに疑問が残った。
 さらに疑問の幅を広げているのは、途中で助けに来てくれたあの二人である。
 顔は見えなかった、声ははっきり聞こえた。だが、あの二人は、紛れもない。
現在マルヴィナを最も混乱に陥らせている者——“剛腹残照”マラミアと“悠然高雅”アイリス、
この二人に間違いなかった。


「だ——————————、もうだめだ。パンクする」
「ぷしゅー」
 セリアスの降参の声に便乗して、シェナ。あまりにも気の抜けた発言に、マルヴィナは思わず吹き出す。
緊張感漂っていた空気が、少々晴れたような気がした。
「…それにしても、強かったな。あの二人は」
 キルガだ。誰に言うわけでもなく、ぽつり呟くように。
 これには皆、頷くほかなかった。圧倒的、なんて言葉では表せない。
「なんというか…うん。…………………」
 言葉を見つけようとするが、マルヴィナには無理であった。その代わりに、言う。
「…わたしたちは、まだまだ…ってことだよな。まだ強くなれる。多分…」
「今回は運が良かったんだな」セリアス。
「でも、次もこう行くとは限らない」キルガも言った。
「“あれば”の話だけどね」シェナが笑った。だが、その眸は、暗かった。
(…できるなら、二度と起きてほしくないけど)
 マルヴィナに会うまで彷徨い続けた、何もない、何も見えない、真っ暗な世界。
 あの“夢”を、二度と見たくはなくて———…。




「今度さ、攻撃の回避方法、研究してみようかと思うんだ」マルヴィナがいきなり立ち上がり、言った。
「今回の一戦で、割と改善点を見つけたんだ。…わたしは、まだまだ強くなってみせる」
 彼女の前向きな姿勢に、キルガは応じ、セリアスは気合を入れる。
「よっしゃあ! 俺ももっと鍛錬を積むか!」
「同じくだ。呪文側も強化したいな。シェナ、また頼むよ」
「あ、わたしもお願い」
 屈託なく笑う三人を見て、シェナは一度まばたきをする。
「…………………………」       トコシエ
 真っ暗な世界。自分さえ見えなかった、永久の闇。
 それを切り裂いた、一縷の光——

 それは、いつか暗闇を大きく照らすだろうか。

「…………………………了解よ」
 その光を、見たかった。
 だからシェナは、笑った———





「さて、じゃあまずはエルシオン学院に出発だな」マルヴィナ、
「あぁ。思ったより海が良くなってきてる、そろそろ出られるかもしれないな!」セリアス、
「シチュー、どうするんだ?」キルガ、
「あ、私飲みたいかも」シェナ、
「むー…そうか。じゃあ俺も飲む」セリアス再び、
「かなり少ないよ。足りるかな…てか昨日より減っていないか?」マルヴィナ、
「セリアスが盗み飲みしたからだろう」キルガ、
「何でバレた!!?」かなり驚いてセリアス、
「適当に言った」悪びれずキルガ、
「キルガ…お前実は超能力者だろう」セリアスが大真面目に言い、
「もしそんな力があったらまずセリアスを止めただろうな」キルガも大真面目に言い返し、
「「……………………………………」」残る女二人はホクホク顔で温かいシチューにありついていた。










「ちょ、俺の分は!?」
「欲しかったらブラックベジターでも入れて食え」














 四人の旅は、今日も続く。












             サイドストーリー 【 夢 】———完