二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.203 )
日時: 2013/02/03 21:47
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

            3.




 深夜——
 マルヴィナは寝台の横の電灯を少しだけつけ、か細い光を頼りに着替えてそっと部屋を出た。
堂々と入口から出るとバレるということは勉強済みだったので、今度は屋上へ行き、周りを確認し、
そこから地面へ飛び降りることにした。人間界へ落ちてからまだそんなに年月がたっていないのに、
自分が天使であることを忘れかけていたマルヴィナだが、本当にこういう時
自分の生まれを嬉しく思う——まぁ、本当に天使なのかどうかは、分からないことではあるが。
 ともかく、屋上に出て、扉を閉める。雪がちらついていた。寒い。さく、さくと新雪の踏まれる音が響く。
マルヴィナはしっかりと校舎を見つめ、屋上の手すりに手をかけ——

「飛び降りる気か、マルヴィナ?」
「———————————ぃっ!!?」

 だしぬけに声をかけられる。マルヴィナは慌てふためき手をわたわたと振り
髪の毛が自分の顔を叩くほど凄い勢いで振り返り——
そしてそこに飄々とした様子で立っているその人を見てため息をついた。
「キルガ…」
「ごめん、驚かせて」
 いつもの通り、いまいち反省っ気のない声でさらりと言われて、マルヴィナは苦笑を返すしかなかった。
「…また寝られなかったの?」
「それもあるが…抜け駆けはなしだ、何があるかわからないんだから」
 つまり、心配して来てくれたのである。聞けば、セリアスとシェナはすでに校内にいるらしい。
そんな仲間たちに、マルヴィナはほっと安堵のため息をついた。




「おー。待ちくたびれたぞー」
 ——校舎屋上。
 普段にぎやかな場所が静まり返るのは割と恐ろしく、
やや足早にマルヴィナは階段を上った。キルガも後からついてくる。
そしてセリアスの呑気な声を聞き、シェナのいつものくすくす笑いを見て、そして、
「ホント、つくづくお人好しよネ」
 後ろからサンディの声。もう寝ているかと思っていたマルヴィナは驚き、振り返り、
その際頭をゴインとぶつけた。
「痛った…」
「サンディ、いつの間に?」
「イヤてか、今までどこにいたんだ…?」
「サンディちゃんなんかお久ー」
 四者それぞれ反応。…マルヴィナは自分自身に反応したのだが。
「てかこんな時間に外出るとか? マジひじょーしきって感じなんですケド。
夜更かしっておハダに悪いのよネ。知ってる? 遅くまで起きてると太るのヨ?」
「…と言われても」
 マルヴィナはいつものようにフードに入るかと問おうとして、
今は制服を着用しているので(ジャージには着替えなかった)それはできないことを思い出し、返答を曖昧にした。
「あのふりょー、もうすぐ来るっぽいヨ。てか呼ばれたのマルヴィナだけなのにみんな来るってどんだけ!」
 超ウケる、と最後に言って、マルヴィナの肩に乗る。
どこから手に入れたその情報、とツッコむ前に、サンディはそうそう、と付け足した。
「あのルィシアって超ジミなオンナさ、気を付けたほーがいいよ。剣とか凄い強いっぽいし」
「ルィシア…あの、殺気立ってた奴か?」
 セリアスだ。「すっげぇマルヴィナ睨んでた奴」
「せーかい。そいつ。ポニテの。ぜったいキケンだって——あ、来たんじゃネ?」
 言うなり、再びマルヴィナの肩に乗るサンディ。
…が、マルヴィナの伸びた髪が当たるのでこそばゆく、一回くしゃみをしてから避難した。
「おぅ、ちゃんと来てたなー」
 初めて言葉を交わした時よりも友好的に、モザイオは言った。
ちゃんと人を認められるところ、実際そんなに悪いやつではないのかもしれない。
「…なんかほかにもいるっぽいな」
「あぁ。…友達だ」
「ふぅん。ま、いいや。誰かよくわかんねーけど、行くぞ」
 モザイオ側も二人、ついてきている。
痩せぎすで歯の少し出ているものと、ガタイは良いがどことなく気弱そうな顔立ちの、いずれも男である。
「みんなビビりでよぉ。こんだけしか来なかったんだ。ったく意気地がねーよなー」
 モザイオは、暗闇でその腕を思い切り震えさせながら、そう言った。

 日が間もなく変わる。マルヴィナは、静かな緊張感を覚えた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.204 )
日時: 2013/02/03 21:51
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 自分たちの腕をおさえながら寒さに耐え、彼らはあたりを見渡した。
 しばらく待ったのち、日付が変わったことを意味する、低い、本当に低い鐘が鳴った。
モザイオはにやりとし、守護天使像に手を伸ばした。
 外の風は冷たかった。それはおそらく雪のせいだけではない。
何かが起こる、凶兆のように思えてならなかった。ぺし、と音を立てて、モザイオは像を叩く。
像に刻まれた天使の名はキルガが知っていて、思った通り彼は珍しく
眉をひそめてその行動を不快そうに見ていた。
 三回叩いたのち、モザイオはあえて乱暴に、威張ったように叫ぶ——「出てくんなら出てきやがれ」
 ——その声に、反応は——あった。怒りに満ちた低い声が彼らに降り注ぐ——

『このような夜更けに、悪戯をしおって』

 マルヴィナが、ひゅっと音を立てて息を吸い込んだ。
三人の不良たち、否、モザイオの後ろに——白く、青く、ゆらり揺れて、現れた影。
紅い眸を、憤怒に歪める。いかなる力が働いてか、その声は不良たちにも聞こえたらしい。震え上がり、
モザイオについてきた二人は焦って足をもつれさせた。影は—眼鏡に、厳格に締まった顔立ちに、
きっちり着こなされたスーツ、見る限り教師であろう—顔を引きつらせて半歩下がったモザイオに
焦点を合わせた。マルヴィナは咄嗟に叫んだ——「危ない!」

 だが、声より先に身体は動かなかった。

「————————ぁがっ!!」

 影は消え、代わりにモザイオが呻いた。虚ろになった眼、開かれたままの口。
ぐらりと揺れる頭。予想だにしていなかった状況に、誰ひとり動けない。
二人の不良はすでにしりもちをついて後退りしていたし、その二人に道をふさがれ、
マルヴィナ以外三人もその場を動けなかった——仮にふさがれていなかったにしろ、動けなかっただろう。
 時間を止めた六人の目の前で、モザイオが人並み外れた跳躍で、フェンスの上に立ち、そしてそのまま——

「っ!!」

 そのまま、転落した。

「くっ!」
 それを見てようやく動けるようになったマルヴィナは短く悪態をつくと、躊躇うことなく
そのフェンスを越え、自分も下へ飛び降りる。サンディの抗議の声がキルガたちの耳にも聞こえた。
着地。が、それより先に、モザイオは東へ人ではあり得ない速さで走って行ってしまう。
「マルヴィナ! ——くそっ!」
 キルガは悪態をつき、来た道を戻る。
セリアスも続き、シェナはその前にしりもちをついた不良二人を振り返り、
「そこから動かないかさっさと寮に戻るかしなさい! とにかく追いかけることだけはしないこと!! いいわね!?」
 早口で叫んで、反応も待たずに彼らを追った。



 学院長に頼んで隠してもらっておいた武器や鎧を素早く装着し、三人は外へ出た。
二人が向かったのは東だった。幸い雪が降ったことにより新しく積もったそれには
二人分の足跡しかついておらず、向かった場所がすぐに分かる。だが、その途中で、妙な点に気が付く。
…足跡は、三つに増えていた。誰かいる…? 三人が感じたのは、同じ不吉な予感だった。

 もう、学院の生徒ではない。
三人は、数多の修羅場を切り抜けた歴戦の戦士の目をして、足跡を追った。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.205 )
日時: 2013/02/03 21:54
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 モザイオの足跡を頼りにマルヴィナは走り、そして一点に目を止めた。
 ・・・・・
 ひとり分の足跡が、そこに向かっている——それは、学院から少々離れた場所、
創立者初代エルシオンの墓である。驚いたことに、その墓は以前見かけたときよりも位置がずれており、
しかもその前に地下へと続く階段があったのである。
「……………………………………」
 マルヴィナは息を吐き、白くなったそれが空気に溶けて見えなくなるのを見てから、眸を険しくした。
 そして、後から仲間が来ることを信じて、ひとりその先へ向かう——
 その彼女を見て、実態ある影が、にやりと不敵に笑っていた——…。



 モザイオを探し回り、埃だらけの地下を彷徨うマルヴィナ。驚いたことに、地下は校舎だったのである。
が、どこから入り込んだのか、魔物の巣窟と化している。窓もない、電灯もない—あるとしたら
頼りないろうそくやカンテラのみ—、それが却って夜の校舎以上の不気味さを醸し出す。
 ちなみに、落ちたが怪我はない。なんせ天使だし、
天使界から、グビアナ城から、学院寮から、何度も落ちているのだ。…慣れたのか?
 あまり嬉しくない慣れに嘆息しつつ、マルヴィナは行き止まりに当たって再びため息をついた。
 何度も道に迷い、何度もいきなりヌッと出てくる魔物に驚かされ、何度も左腰に手を伸ばして、
そこに剣がないことを思い出させられる。そしてつくづく自分は武器に依存しきっていると思わされるのだ。
そう。今は何の武具も身に着けていないのだ。

(何処だろう…でも多分、ほかの行方不明者と同じだろうな…無事だと、いいんだけれど)

 だが、モザイオはともかく、ほかの人々は行方知れずになってから随分時間がたっている。
果実を食べたわけではない彼らが無事だという保証はどこにもなかった。
(…もし、無事じゃなかったら。どうやって、報告すればいいんだろう——)



『だれか、いるの…?』
「———————————————っっっ!!?」



 急にそんな、細くて眠たげな声がマルヴィナの耳に飛び込んできた。
びくんっ、と肩を震わせ、マルヴィナ急停止。
「だっだっだ誰っ!!?」
 驚きのあまり声が微妙にひっくり返った。情けない。
 暗く、カビと埃の混じったにおいがする教室の教団あたり——青白い“何か”がぱっと浮かび上がる。
用心深く、その影に近づく。暗闇に慣れた目は扉や壁の場所を正確に見分け、目的地へ導いてくれる。
「…誰だ、あなたは…?」
 先ほどの失態(とはいえ単に声がひっくり返ったごときのことではあるが)を振り払って、
マルヴィナは静かに問うた。影は長い髪をふらぁ…と持ち上げ、マルヴィナを見る。
その瞬間、無理矢理作ったマルヴィナの冷静さがしっぽを巻いて逃げだした。
『私…? 私は、ユキサラ…短刀専門の、教師の一人…貴女、この地下校舎の、生徒でいらして…?』
             ・・
「いっ、いえいえ、わたしは地上校舎の生徒だ! ここに連れられた生徒を、その、よ、呼び戻しに来たんだ!」
『呼び戻しに…? 何故………?』
(こっこ怖っ!! こんな先生いたのかっ!?)
 マルヴィナの脳裏に、非行を起こした者を眉根一つ動かさずその肩に手を置いてぎりぎり爪を食い込ませ、
凄く冷めた目で見据えて離さないユキサラとその生徒の姿が浮かび上がる。
…あくまでマルヴィナがこの教師に対して抱いた妄想であり、
実際にそんなことがあったのかどうかは定かではないのだが。
 ともかく、何故と問われてマルヴィナは焦った。長時間考えていては怪しまれるだろうし、
かといって無視すれば先程の妄想が現実になる可能性も否定できない。
何かないか——と思った矢先にマルヴィナの頭に出てきたのは、なぜか今日——否昨日のグリルチキン。
ぱっと目を開いて、慌てて言った、

「そ、そう! 夕飯がそろそろで!!」

 聞くからにアホな理由。

(って何言ってんだわたしは———ッ!!)
 ここまで来て夕飯はないだろう!? と今更ながらに自分にツッコミを入れる。
まさかぱっと思いついたそれが呑気に飯食いだったなんて、ボケもいいところである。
が。ユキサラは『あらそう』とさらりと一言、そして細ーい指でマルヴィナから見て
右側をつっ、と指して見せた。
『そのコたちなら、あっちの階段の下の、学院長室…早く行っておあげ。
でないと夕飯…逃げていっちゃうわよぉ…?』
(わたしが逃げたいぞ!!)
 夕飯云々の言い方にかなり悪寒を与えられ、マルヴィナは機械的にびし! と頭を下げると、
走って逃げようとして、
『廊下は走っちゃいけないわよー』
「はは、はいぃっ!!」
 幽霊に細かいところを指摘された。
「マルヴィナっ!」
 そしてまたしてもびくんとさせられる。
なんでこの先生わたしの名を知っているんだ!? …とはさすがに思わなかった。
声は低く、またはっきりと聞こえた、この声は、
「せっせ、セリアスっ…?」
「だいじょーぶマルヴィナー? なんかやたら叫んでたから見つけやすかったよん」
 シェナが呑気に言い、キルガは苦笑して視線を横に向けて、ユキサラの姿を見て若干固まっていた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.206 )
日時: 2013/02/03 21:57
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ばしっ、と——教卓を、指示棒で叩く音がした。
びくりとするのは、数人の若い人間たち。その中に、モザイオはいた。
気が付いたら、この暗い、生気に乏しい仲間たちのいる部屋に連れ込まれていた。
足は動かない。目の前にいる、明らかに亡霊である男に封じられたのである。
仲間たち——特に長いことここに閉じ込められていたのであろうナシルやリュナは、
近くで見ても彼らだと分からないほどにやつれていた。
 目の前にいる教師は、初代エルシオンである。
勉学に励まさせるためならどんなことでもしたと言う、最恐の鬼教師。
それ故に彼らは本来疲労死してもおかしくない今まで、そんな暇はないとでもいうように
生命をつながれていたのかもしれない。
 ——それは、良いことなのか? それとも——…
 そんな考え事をしていたため意識が飛んでいたモザイオは、その指示棒の音に一番驚いた。
そして、後悔に顔を引きつらせる——
『貴様、まだ分からんか! いつまでぼさっとしておる、生徒の自覚を持たんか!』
「ぐ…っ、いや、違、そ」
 意味のある言葉にならない。
モザイオはその場から逃げようとして、足が動かないことを改めて思い知らされる。
『言い訳か、腑抜け者! それでも貴様誇りあるエルシオンの——』
 棒を振りあげ、モザイオめがけて降ろす——その前に、初代エルシオンは扉の外を見た。
無意識に目を閉じていたモザイオが、連れ去られていた生徒たちが、そろそろと同じ場所を見る。
 そこにいたのは、剣を携え、眸を閃かせ、じっと初代を見据えた、剛き少女の影——

「マルヴィナっ!?」
                 ・・・・・・
 仲間として認めた、剣の腕に冴えたクラスメイトの姿だった。
「…大丈夫か、モザイオ。みんな」
「だ…」
 モザイオはその答えは言わず、慌てて叫んだ。
「駄目だマルヴィナ、すぐ逃げろ! こいつの変な呪文みたいなやつが——」
 びしっ! 振り下ろされる棒、呻き声が響く。モザイオの名を呼ぶ、意識のまだしっかりしている生徒たち。
「その手を止めろ!」マルヴィナは叫んだ。
「暴力に訴えて、何になる。罵って、何になる。体に付けた傷はいつか治る、
だが重ねればそれは心をも傷つける。心についた傷は簡単には治らない!」
 マルヴィナは剣を構えた。キルガが盾を持ち上げ、セリアスが体勢を低くし、シェナが祈る。
 初代エルシオンが何かを早口に言った、だが彼らはそれを聞き流した。
彼らの前で、その姿が変わってゆく。煙を上げ、それがその霊体を取り巻く。黒と紫と、赤い波動。

「彼らを助けるには、彼と一勝負しなければならないようだね」
 キルガが波動に巻き込まれぬよう身構えて言った。


 ——変わり果てたその姿こそ、魔教師の名に相応しかった。
あらゆる魔法をその身に宿し、高い攻撃力を誇る…

「彼もそうだ。…彼もまた、欲をかきすぎた、犠牲者の一人——」

 完璧な教育を求めるその欲望が生み出した、地獄の魔教師エルシオン——…。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.207 )
日時: 2013/02/03 22:01
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 赤黒い血飛沫が舞った。急所をざっくりと斬られた魔物が、それに気づかないまま絶命する。
(は…馬鹿馬鹿しい、雑魚の分際であたしを仕留めようなんて)
 闇色の長髪、高い位置で結えてある。眸は翠緑、それはルィシアであった。
                    ・・・
 だが、その身に纏うのは、女性用の鎧——紅い鎧。

 正体、ガナン帝国の騎士、“黒羽の妖剣”ルィシアである。


「“黒羽”様」
 後ろから、鎧をガチャつかせたやせ気味の男がやってくる。——カルバドでマルヴィナが逃がした者、
そしてもう一度のチャンスと言われてこの学院にルィシアと同じころに送り込まれた者と同一人物であった。
加えて、シェナが訝しんだ者——彼女を、そしてその後日
マルヴィナの様子を見に行った三人をつけていたあの生徒である。
 なんかまた来た、とルィシアはそのままため息をついた。隠しはしなかった。
「何しに来たの」
「いっ、いえ、その、や…やはり、奪い返しに行かれるので?」
 まだ言っているのかと、ルィシアは苛立たしげに前髪をかきあげた。
「必要ないと言ったでしょ。しつこい配下などいらない」
「あ、や、で、では、何故…?」
 すべてを言われる前に、ルィシアは抜き放ったままの剣をピタリと男に突き付けた。
冷徹なその眼、斬ろうと思えば躊躇うことなく斬るであろうその体勢に、
男は大げさでもなく終わりを見た気がした。
「…あぁ、そういえば、言っていなかったかしら」
 ルィシアはその口元に、ぞっとするような冷笑を浮かべて、言った。
「貴様の処分は、あたしが自由に決めて良いことになった」
「!!」
 男の眼が、これ以上ないくらいに見開かれる。ルィシアは逆に、その眼を細めた。
「分かったようね。貴様の任務は終わったの。もう、帝国にはいらない。
あたしのピアスを落としたとかどうとか、それを取り戻すとかもう関係ない。
貴様はもう用済みよ。生き永らえたくばせいぜい、あたしの癇に障らないようにでもしておくのね」
 どう考えても、ルィシアのほうが年下だった。
自分より若き娘に左右される生命だと? ふざけるな——よっぽど、言ってやろうかと思った。
 だが、できなかった。自分はまだ、死の恐怖に、支配されていたから。

 …地下から、金属音が聞こえ始める。




 腕を振り上げて、呪文を唱えて。思ったままに、本能的に攻撃を続けて——ふと、思った。
何故、自分は、戦っているのだろう? 何故、ここまで彼らを憎く思っているのだろう?
 目が覚める、変わり果てた学校、熱意のない教師、やる気のない生徒、だらしのない恰好、
非行の数々、落書きされた黒板、おしゃべりする学生、寝ている者たち、紙飛行機になったテスト用紙——
 自分が作り上げた学校を荒らされたみたいで、衝撃的だった。
衝撃的——否。歯を食いしばって、この学院を創立した若いころ。
周囲から無理だ、無駄だと冷やかされ馬鹿にされ、それでも立ち上げ、
立派に生徒を育て上げてきた自分の歴史を汚されたような——侮辱されたような、怒り、憎悪。
 自分を突き動かしたそもそもの原因は、その自分勝手な思いからではないのか?
 そんなやる気のない者たちを諭し、育てるべき者が、
自分の苛立ちを優先したからこのようなことになったのではないか?



 …何か言われたわけではない。だが、そう気づかせてくれたのは——何故か、彼には、
目の前の揺らぎない真っ直ぐな眸で見据える、剣を手に挑みかかる少女ではないかと、思わされた。
 …思った途端、急激に彼の中から、戦意と言う戦意がみるみる喪失していった。
それが見て取れたから、彼らはその戦いの手を止めた。武器は構えたまま。
だが、その手は、降ろしている。
 初代は、自分の姿を—無論他に目があるわけではないので、自分の見える範囲だけではあるが—見下ろした。
何とも醜いその姿は、自分の心のように思えた。情けない。目を閉じる。
落ち着いて、昔を思い出す——純粋な生徒たち、真面目な教師たち、彼らを見守る、若き自分。
マルヴィナたちにはすっかりお馴染みとなった変化の煙が、初代を取り巻く。
四人はほっと溜め息をつき、それぞれの武器を所定位置に戻した——




「………………………………………」
 ルィシアは黙ってその様子を盗み見ていた。
あの怪物が、元の姿に戻って、彼ら四人にとつとつと自分の状況を語っていた。
 自分はただ元の学院に戻したかっただけなのだとか、自分の精神が一番腑抜けていたのだとか。
学友のために命を懸けて救いに来る彼らは自分の誇りだとか。
ルィシアにとっては、何の道化芝居だと思えるほどの言葉にしか聞こえなかった。
(…どうかしら? あいつらだって、本当は果実を求めるためだけにここまで来たのかもしれない。
…よくあそこまで、奴らを褒め称えられるものね——)
 ルィシアは一つ、冷ややかな視線を彼ら、特に——マルヴィナに向けて。
そして、音も立てずに、後ろをついてくる配下に目もくれず、その場を立ち去った——…。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.208 )
日時: 2013/02/03 22:03
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ——こうして。
 学院を騒がせた、生徒行方不明事件は、
最後の行方不明者が出たことを知られる前に静かに幕を閉じた。
仲間たちの奇跡的な生還に涙する者も、抱き合って喜ぶ者も、さまざまな形で、事件の終わりを祝った。
 だが、何も知らない生徒たちが一番驚いたのは。
モザイオ率いる学院きっての有名不良たちだった彼らが、戻ってきたいなや、勉学に励みだしたことである。
何があったのか。何故、彼らは変わったのか。それを知るのも知らないのも、初代のもとで
厳しすぎる現実を何とかでも耐えしのいだ彼らがありのままに話すかどうかに、かかっているのだった。


 …そして、もうひとつ。影の英雄、マルヴィナたちは——
「〜〜〜〜〜っ」
「——————」
「く、ぅーーーーーーーー」
 身を縮め、感情を抑え込むようにして——
「っ、やっ、たぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 そしてその喜びを、一気に爆発させた。
「やったやった、ついにそろった!!」
「これでようやくだな!」
「長かったぞ!! やりきったぞぉぉっ!!」
 もちろん——七つ目の果実を、手に入れた喜びからくるものである。
 シェナは一人苦笑して、元気ねぇ、と言った。だが、その眼はあまり笑っていない。
その奥に、戸惑い、焦燥…その類が混じっているのは、とにかく喜ぶばかりの彼らには見えなかった。
「アンタたちよくやったよ、ウンウン。ま、ソレに免じて、このアタシをかーーーってに置きっぱにして
さっさとうすっ暗いトコ行っちゃったあのマジありえねぇおハナシはパァにしといてやるワ」
 そのサンディの、称賛の中に入り混じった超未練がましい発言に、
そろって明後日を見るマルヴィナたち四人。
 モザイオを追って屋上から飛び降りて、マルヴィナが着地した時にはサンディは吹っ飛ばされ、
それに気づかぬまま残りの三人はマルヴィナを追ってしまったためにサンディは一人さみしく
夜の学校を徘徊していたらしい。…いったい何しにうろちょろしていたのかは謎ではあるが。
「まっ、そーゆーことで、よーやくアタシの出番って感じ? さっそく箱舟ちゃんのって天使界に——」
「あ、待った」
 よし、と頷こうとして——セリアスは、マルヴィナのいきなり真面目になった口調に
サンディと一緒に目をしばたたかせた。
「悪いが、それ、一日延ばしてもらえないか。別用があるんだ」
「はぁ?」サンディは呆れ、セリアスは思い出してあぁ、と納得する。
「ちょ、何勝手に納得してんのヨ。なに? なんか用事?」
「いやだからそうだって。…会わなきゃならない人がいるんだ。だから、待ってほしい」
 サンディは一度、『どしたのこのコ?』とでも言いたげな若干気味悪げな、
不安げな表情をしたが、ほか三人はそういえばそうだったとか、そうしてやれとか、
そんな雰囲気だったので、仕方なしにわかったわよ、とマルヴィナの願いを受け入れたのだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.209 )
日時: 2013/02/03 22:06
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「マルヴィナ」
 最後に学校内を見ておきたくて、夕方、マルヴィナは一人校舎を歩き回っていた。
彼女がいた教室の前の廊下を通った時、その部屋の中から呼び止められる——声の主は、もうわかる。
「あぁ、モザイオ」
 マルヴィナは笑いかけた。初めて会った時の表情は、微塵も残っていなかった。
「その…しっかり、言っていなかったからな。その…えっと、…ありがとよ」
「…………………」マルヴィナは目を一度ぱちくりとさせ、くすりと笑った。
「どうしたの? 急に。…熱でもある?」
「どういう意味だ? …いやだから、…しっかり、言ってなかったから…」
「気にすんな。みんな無事で良かったよ」
 ばっさりと言い、にっこり笑うマルヴィナの顔が、夕焼けで赤く染まる。
モザイオは知らずうちに、顔を背けた。
「お前…本当は、ただの学生じゃないだろ。お前だけじゃない、…一緒にいた、…キルガってやつも」
「うん」マルヴィナは隠すことなく、あっさりと肯定した。
「わたしたちは…旅人だ。今回、探偵と間違われて、誘拐騒動を調べていた」
「そんなこと知らず色々、悪かったな」
「ちょっと、どうしたの? いきなり。この数日わたしが見てきたモザイオは、そんな性格じゃないはずだろ?」
 マルヴィナは髪を耳にかけて、モザイオを改めて見る。モザイオは慌てて、話を逸らした。
「明日、発つのか」
「うん。…帰らなければならない場所がある。だから…今日でみんなともお別れだな」
 モザイオは黙った。まだ、認めてそんなに時間がたっていないのに。
それはなんだか、長年の友を失ったような感覚だった。
 ——いや、違う。それは——その思いは——…。
「えっと…その、だな…」
 モザイオは何故か若干混乱しつつ、思ったことをぱっと口に出してしまった。
「お、俺さ——」


 夕焼けに染まる、教室前の廊下で。
 彼は、言った。

「俺、この学校、変えてやろうかなって、思ったんだ。あの初代が、こんな俺にも目をかけてくれたからよ。
…ちょっとこさ、その恩返しみたいな…その」
 言いたいことがまとまらず、一気にしゃべった。だが、マルヴィナはあっさり、本当にあっさりと、言った。

「頑張れ」と——

 できるとも、できないとも言わない、ただ、頑張れと。
その言葉は、今まで言われてきたどんな言葉よりも、力があるように思えた。
 マルヴィナが手を差し出す。モザイオは戸惑ったようにそれを見て——そして、その握手に応じた。
マルヴィナがニッと歯を見せて笑う。モザイオは慌てるようにその手を離し、
やり場に困って結局ズボンのポケットの中に突っ込んだ。そして、少しだけ距離をとる。
そのまま、手を少し上げて——

「じゃあ——気を付けてな!」

 叫んで、そのままマルヴィナの横をすり抜けて走って行った。
「あぁ、ありがとう」


 マルヴィナの声を最後に聞いた彼の顔が赤かったのは、夕日だけのせいではなかった。






 そんな青春を、

「ふふっ。キルガにライバル、とうじょーう」

 シェナは陰からこっそりと眺めていたりする。