二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.217 )
- 日時: 2013/02/06 22:08
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)
——x中編Ⅱx——
【 ⅩⅡ 】 孤独
1.
何もない。
空になったミルクのコップのように、
空気をなくした風船のように、
今、わたしの中に、感情というものは、何もない。
——落ちて、落ちて…終わったら、わたしは死ぬのだろうか。冗談じゃない。
こんなことで…こんな時に、こんな形で死んじまう天使なんか。
——————————————————だんっ!!!!
その村は、人の気がないように見えた。だが、それは間違いである。
皆が皆、ある一点に集まっているだけなのである。
ざわざわと、躊躇いの会話を交わし、きょときょとと、困惑の視線を彷徨わせる。
そして、結局は。目の前の、橋の上で血を流し倒れている、
少女から娘へと変わる年ごろを終えたくらいの歳の、闇髪の娘を見てしまう。
中にはその凝視しがたい血の量に、口元を押さえ嘔吐する者や、
気絶したふりをして目当ての男の腕を狙う若い娘までいた。
——ティルは、なんとなく住民たちの集まる個所が気になって、野次馬たちに近づいた。
背の高い大人と、太り気味の大人の腰と腰の隙間から、彼らの視線の先をたどった。
誰か、倒れている! しかも、血がかなり出ている。
今まで見たことがないほど大量のそれに、ティルはぞっとした。だが、人々を押しのけ、
ざわつく住民たちの前で、ティルは娘を恐る恐る、揺すった。動かない。けれど、息はある。生きてる!
「みんな、この人、すっごい怪我してるけど、生きてるよ! 急いで手当しなくちゃ!」
だが、少年の呼びかけに、答える者はいない。
彼らは、助けようとするティルに冷たいのではない。助けられる娘に、冷たいのだ。
「…何でみんな見てるだけなのっ!? いいよ、だったらぼくが助けるよッ!!」
ティルはそう叫ぶと、ぐったりしたままやはり動かない娘に、再び声をかける…。
…しゃり…じゃり。
嫌な音が、背後でした。
振り返る。何もない。そう思ったら、今度は正面からその音がした。
視線を戻す。何もない。右から。左から。何もない、何もない。上から? 何もない。下から?
「っ!!」
彼女の足元を、黒と紫と赤と、それらを汚く混ぜたような色の渦が音を立てていた。ぐしゃり、ぐにょり。
「ひ……………っ!!」
小さく、悲鳴を上げる。逃げようとする、が、足を何かにつかまれる。渦から、何かが生まれ出でている!
「だっ…」
誰か、と叫ぼうとした。だが、誰もいない。誰ひとりいない。必死に抵抗する、
だが足を封じられた身体は身動きをうまくとらせない。額に嫌な汗が流れる、動けない、動けない…!
と、誰か、人の形となって誰かが彼女の前に現れる。
誰かが、いつしか倒れこんだ彼女を見下ろしている。それは、キルガの形をしていた。
その後ろに、また影が。今度はセリアスだ。だが、その形も、動きはせず、ただ彼女を見下ろすばかり。
シェナの形もいた。同様だ。皆、動けない彼女を見て、それでも何もせずに見下ろすだけ。
と、その足が、反対側を向いた。皆、踵を返し、立ち去ってゆく。
渦に引きずり込まれんばかりの彼女を置いて。
「みんな? …ちょっと、ねぇ、どうしたのッ!?」
彼女の叫びは届かない、代わりに、機械で変えたような、
聞いていて心地よいとは決して言えない声が、あたりに響く。
まだ信じるのか、奴らを信じるのか。一番信頼していたものに裏切られたばかりだというに!
彼女は絶句した。身体に込めていた力が抜けてゆく。
信じて良いのか。信じるのか。奴らは自分をどう思っている? 利用するだけ利用して、
捨てる時は捨てるやもしれぬ、そんな奴らを信じて良いのか…!
やめろ、彼女は言った。やめて、そんなこと言うな! 声は笑う、一向に止めない。
考えろ…考えろ! お前は本当に、奴らを信じ切れるのか…!
「やめろぉぉぉっ!!」
最後まで叫ぶことはできただろうか。
渦に呑まれる、呑まれて、そして——あたりが暗くなって——…
光?
遠くに、光が見える…。
…その光を信じていいの?
…疑っちゃだめだ。彼女は、思った。ここで疑ったら、さっきの声に惑わされているのと同じ。
絶対に裏切らない。仲間たちは。キルガや、セリアスや、シェナは。サンディは、絶対に裏切らない。
…じゃあ、何で、師匠は。
違う。違う——! 何が違う? そうじゃない、そうじゃなくて…!
光に手を伸ばす、伸ばして、その先に見えたものは…
「あっ、お姉ちゃん、気が付いたんだね? よかったぁ!」
彼女が、マルヴィナが見たもの。
それは、見覚えのない古めかしい民家と、十も満たないような歳の少年の、屈託のない笑顔だった。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.218 )
- 日時: 2013/02/06 22:14
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)
マルヴィナは茫然とした表情のまま、しばらく目を開けたり閉じたりする。
ピントが合ってきた——そして、先ほどの声の主の少年を見る。
「…大丈夫?」
マルヴィナはしばらくそのままその少年を見て——そしていきなり状況を若干理解して勢いよく起き上がり、
「っ」
頭の痛みによってそのままぱたんと倒れこむ。
「あっ、だめだよ、まだ起きちゃ! けが、治ってないでしょ」
言われて、改めて気づく。頭に、いかにももうすぐ外れそうな包帯が緩めに巻いてあった。
きっと、慣れない人が手当てしてくれたのだろう。マルヴィナは少しだけ苦笑した。
もしかして…と、マルヴィナは思ったことを尋ねてみる。
「これは…君が?」
「あ、うん。…やっぱり、下手かな?」
聞かれて、まさか子供とはいえ親切に手当てしてくれた人に対して悪い意味での正直なことを
言うわけにもいかず——と思っていると、いきなり包帯がずるりと滑り、二人の間にポサリと落ちた。
二人は呆けた表情でそれを見、そして顔を見合わせ…ぷっと吹き出す。
が、少年の表情が、マルヴィナの晒された頭部を見て曇る。そんなに思わしくないのだろうか、と
マルヴィナは自分の背嚢を探し、鏡を取り出して(シェナにせめて女の子は云々と言われて持っているのだが、
せいぜいが太陽に反射させて火を起こすのを手伝うのに利用される程度である)傷を確認し…顔をしかめた。
晒されていたその頭部に見えたのは——右の眉の上から、
左の髪の生え際までざっくりと深く刻まれた、生々しい傷である。
これはさすがに、治らないかもしれない…マルヴィナは、大袈裟でもなくそう思った。
まず、傷の具合からして、負ってから二日ほどは経過しているだろう。にも関わらず、塞ぎ切っていない。
それほどまでに傷は深いのだ。しかも、炎症を起こしかけている。まずいな、とマルヴィナはそっと思った。
よく考えれば熱っぽさもある。相当ひどい打ち付け方をしたか、妙なところに当たったか、
天使の力が薄れてきているのか…いや、最後はないだろう。
なんだかんだ言って、こんな傷を負いながらも生きているのだから。
「…大丈夫?」
同じことを言って、少年が再び覗き込む。マルヴィナは慌てて頷くと、
簡単に手当てし、包帯を巻きなおし始める。
「えっとね…ぼくはティルっていうの。で、ここはナザム村だよ」
ここは何処かと、その途中に聞くと、少年ティルは親切に教えてくれた。
ナザム村——確かエルシオン学院の抜き打ちテストで、マルヴィナが埋められなかったところだ。
確か地図の南西にあり、さらに西に行くと、崖の上に里があったはずだ。
ドから始まったのは覚えているのだが、頭がぼうっとして考えがまとまらない。
次いでマルヴィナは、ほかに三人、旅人がいないかと、ティルに尋ねた。
一人だけいるよと言われ一瞬ほっとした表情をしたが、その一人とは
数日前から滞在しているという全くの別人だった。となると、皆とは完全にはぐれたことになる。
…別々になった時、セントシュタイン城のリッカの宿に集まろう。いつか決めた約束を、思い出す。
マルヴィナも名乗り、挨拶を交わす。そして、感謝の言葉をティルに向けた。
素直な気性らしく、少年特有の純粋な笑顔を見せる。
「えへへ、どういたしまして。それにしても、マルヴィナさんって、きれいだね」
「——へっ?」
面と向かって言われ—やはりまだ自覚しきれていないが—マルヴィナは、頓狂な声をあげる。
もちろん先に述べたように、ティルは十あるかどうかに見える少年。
深読みする言葉ではないのだが…それでもマルヴィナは、その言葉を曖昧ながらにも受け止めた。
そういえば。ティルの歳のことを考えたときに思った。ここまで運んでくれたのは誰なのだろう。
まさかこの少年一人ではないだろう。マルヴィナがいくら軽いといえども、
少年の力で運ぶことは天使でない限り不可能である。
がちゃ、ぎぃぃ…と木のきしむ音がした。扉が開いている。その先は外らしい。
扉は一つ。一部屋しかない家のようだ。古めかしいとは思っていたが、予想以上に昔からある家らしい。
入ってきたのは、いかつい顔立ちに、妙に多いしわと目立ち始めた白髪、口ひげを蓄えた、
四、五十代の初老の男。深緑のシャツというには長い服の上に、黄土色の使い古したベストを纏っている。
ティルの父君だろうか、とマルヴィナは幾分か姿勢を正した。マルヴィナが口を開くより早く、
その男は、マルヴィナを無遠慮に睨んでから「…ようやく起きたか」と低く鋭く言った。
その声の中に含まれた敵意、あるいは、歓迎されない何かに、
マルヴィナは少しだけ困惑したように眉を動かした。
「あ、はい、おじさん」
「そう呼ぶなと何度言ったらわかる」
ティルの言葉への反応にも、同じような響きがあった。
親子じゃない…? マルヴィナはそのまま、会話を黙って聞き続ける。
「…ごめんなさい、村長さん」
村長。…村長か。静かに、納得する。…長がこれなら、住民はどうだろう。
マルヴィナはなんとなく想像がついて、だがそれでも、家に上げてくれたことへの感謝は述べる。
だが、村長はマルヴィナの言葉を無視し、あくまで厳しく、冷たく言う——それは命令口調。
「今夜、寄合を開く。紅石の刻(この世界の約午後7時)、教会に来い。
それまでならこの村に留まることを許してやる」
さすがにここまで傲慢に言われると、マルヴィナの性格上言い返したくなる。だが、今は怪我の身、
自由に動けない。下手に反論して新天地でもあるこの大地に放り出されては、元も子もない。
マルヴィナひとりに向けられた言葉でもある。…自分が抑えれば、それで良い。…良いのだ。
「分かりました」マルヴィナは返答する。「けれど…仲間がいます。彼らと連絡を取ることは」
「出したのは滞在許可のみだ。他の者を連れてくることなどなおさら許さん」
「…………………」
なんとなく想像していた答えに、マルヴィナは口をつぐんだ。
ティルは居心地が悪そうに、先ほどから村長とマルヴィナを上目づかいに交互に見やり…
そして結局は、どこともつかぬ場所に目を落とした。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.219 )
- 日時: 2013/02/06 22:17
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)
夕方近く、マルヴィナは村の外に出てみた。
小さな門、近くにある看板。いかにも不愛想に、そっけなく書かれた『ナザム村』の文字。
川が流れ、井戸があり、こぢんまりとした家々があり、畑があり。
歩き慣れたものにしか通れそうにない小道があり、水車があり、
少し綺麗な教会があり、酒場があり、武器屋があり。
そして、血の跡の目立つ桟橋が、あった。マルヴィナは顔をしかめる。
どうやら自分はそこに倒れていたらしい。…その周りの柔らかくなった地面に集中する、数々の足跡。
物見。だが、誰も助けない。
本当にあったことが、マルヴィナには容易に想像できた。
住民たちも、マルヴィナを異様な目で眺めてくる。分かりやすく顔をそむける者までいた。
それは、村が余所者を異常に嫌っていることと、あれだけ死にそうな怪我を負っていた娘が
短期間で歩き回れるようになったからだ。
ウォルロ村で、リッカに助けてもらったばかりのころを思い出す。嫌悪、好奇、不審、侮蔑、恐怖。
それらの、決して受けて気分の良いものではない目を受けたあのころに似ている。
「余所者が。さっさと出てけよ」
だれかが、ぼそりと、だが聞こえるように言った。
「この村に変な空気を持ち込むな、余所者が!」
「………………………………………」
マルヴィナは反応しなかった。あくまで、しなかったのだ。
理不尽な言葉に、相手かまわず言い返し、正しいと思ったこと、自分の正義を貫いていた頃の面影は、ない。
「………」「……!」「……………」
ひそひそと、かわされる内緒話、意地の悪い笑声。
すべて、余所者の一言で済まされた、娘に対しての言葉。
けれど、もう辛くない。これより辛いことは、もう経験してしまったから。
「よぅ、アンタ」
いつの間にか伏せていた顔を上げる。
辺鄙な村には珍しいと思っていた酒場の方面からやってきたのは、体つきの逞しい、
筋肉のかなり引き締まった男がいた。
その肉体を隠すことなく、むしろ自慢するように晒しているのだから、よっぽど自信があるのだろう。
…この状況で戦うことは、絶対に避けたい。マルヴィナの近くにかろうじて残っていた剣は、
何があったのか前の白金の剣以上に刃こぼれしていて、どうしようもなかったし、
また無事だったとしても素人は素人である者に刃を向けることはしたくなかった。
だが、その心配は不要だった。男はマルヴィナを一度ざっと眺めると、挨拶をする。
「…あれだけの怪我負って、もう動けるのか。…俺は武器職人のスガーってんだ。
アンタ、普通の旅人じゃねえな。…俺の創った武器を使いこなす自信があったら、ちょいと来な」
また命令口調の人間か…と思ったが、マルヴィナは少しだけ笑った。
初めて、旅人と認められた。余所者ではない、ひとりの旅人。…マルヴィナは、素直に相手の誘いを受けた。
好奇や嫌悪のひそひそ話は、驚愕の内緒話と化した。あの武器職人が、余所者と一緒にいる!
いったい何があったんだ…住民は困惑したように互いの顔を見合ったが、
その状況を答えられるものは当然ながらいなかった。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.220 )
- 日時: 2013/02/06 22:22
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)
そしてその後、マルヴィナは目をしばたたかせることになる。
驚いたことに、店員たちは、マルヴィナに意外と親切だったのである。
加えて、マルヴィナを村長の家まで運んでくれたのは彼ららしい。
マルヴィナは感謝の念でいっぱいになった。
いやだって、久々のお客じゃないですか! せっかくカウンターに立ってても、誰も来ないんだもんね。
若い店員たちは、そう言って笑った。そっか、とマルヴィナは思った。
村人に武具を売りつけたって、何にもならない。使われないのだから。
余所者には何も売りつけるなと村長は言っていたけれど、それじゃあ経営は成り立たない。
それに、スガーさんが言うように、ただの旅人じゃないみたいだ! 彼らはそう言って、
自慢の品ぞろえを見せてくれた。
「実は私たち、村長様のお考えに納得がいかないんです。
だって、来る人皆が、不幸を呼ぶわけ、ないじゃあないですか」
「まぁ…不幸?」
あ、そっか、と、店員は問い返された理由を悟る。村人でない人と話したことなど滅多にないので、
つい知り合いと話しているような言葉選びになってしまうのだ。
「古い話さ」
スガーはマルヴィナの剣を研いで打ち直してやりながら答えた。
「昔、そうさな、三百年くらい前か——村の娘が助けた男が原因で、この村が一回滅びかけたんだとよ。
で、そっからもう余所モンを寄せ付けないようにしたんだとさ。…村長は、代々続けてやってっから、
特に耳ダコになるほど聞かされてるらしいしな」
「…そう、だったのか」
マルヴィナは頷きながら、そっと眉根を寄せた。また、三百年前だ。
最近聞く言葉は妙に、この単語が多いような気がする。
「でも、僕にすれば、いつまで昔のこと引きずってんですか! なんですよね。
怯えすぎなんですよ、村長様も。ティルも、可哀想に」
「三百年前のその娘だって、良心で助けたのに! それが原因なんて、可哀想すぎるわ」
そろって頷く店員二人。
「まぁ、その男ってのが、噂によりゃ人間じゃなかったんじゃねぇかって話もあるがな…むぅ、こりゃ無理だな」
スガーはその手を止め、剣を持ち上げ、首をふった。
刃こぼれがもう目立たないほど、綺麗に研ぎなおしてある。素晴らしい腕だったのだが——状況を見て、
マルヴィナも納得した。
「これじゃあもう研ぎ過ぎだ。細すぎる。折れるのは時間の問題だろう。
…よう、言った通り、俺の創った武器を見て来いよ」
ありがとう、と、マルヴィナは男性店員のほうに案内されて、武器を眺めた。
一つだけしかない、見たことのない剣を手に取る。細身の、レイピアである。
やけに軽い。あまりにも軽すぎて、重くは振れそうにない。だが、刃はしっかりしているし、
加えてその軽さを逆手に、瞬時に二回の攻撃を繰り出せそうである。
ひゅ、ひゅん、と空所に向かって鮮やかに剣を振り手懐けるマルヴィナに、店員二人と、
スガーまでもがしばらく唖然と見守った。軽さゆえに、空回りさせるものもいる。
そんな剣を、マルヴィナはいきなりその手に馴染ませてしまったのだ…マルヴィナや、
仲間たちには見慣れた光景でも、やはり赤の他人には目を見張るものがあるらしい。
「…大したもんだな。そいつぁ、たまたま出来た、魔物専用の武器だ。…よし、それ、アンタにやろう」
「…………………………え? …無料!?」
マルヴィナは動きを止め、レイピアを見、そしてあまりの驚きに次はスガーを見るという
若干忙しい動きをした。
「そんな、助けていただいたうえに、そんな——」スガーはマルヴィナの驚愕をさりげなく無視して続ける。
「見込んだ通りだ、アンタは熟練の旅人だ。…そいつだって、そういうやつに使われたほうが喜ぶってもんよ」
マルヴィナは金額について何も触れず、ただ武器の使い道に真剣な武器職人に、
苦笑しながらも大きな感謝をした。
「カッコつけちゃってぇ」
女性店員がはやし、スガーがうるせぃ、と反応しながらもまんざらでないような顔をし…
そして、マルヴィナの腰の、もう一本の剣——ぼろぼろで、朽ち果てかけているのに
なぜか無事だった妙な剣に、目を止めた。
「そういや…それ、その剣。そいつぁ魔剣か何かか? あんたが落ちてきたとき、すげぇ光ってたんだが」
「え」
マルヴィナは言われてから気づく。そう言えば、また妙に前より小綺麗になっているような気がする。
「…さぁ、わたしにもわからない。大切なものであることには、変わりないんだが」
この剣に守られてきたことが、どれだけあっただろう。リッカに、大切な親友にもらった、お守り。
でも、この剣の正体を、彼女は知らない。
「む…ちょいとそれ、俺に見せてくれねぇか?」
マルヴィナは、驚いて相手を見たふりをして、目の色と方向、そして相手の呼吸を窺った。
そして、ただ単純に観察したいだけだということを判断し、鞘ごと差し出した。スガーは、
壊れないように—まぁ、実際マルヴィナが大怪我を負い使っていた剣もひどいことになっていた状況で
明らかに一番被害を受けそうなところを受けていなかったのだから、壊れないだろうが—、
ゆっくりと剣を受け取った。そして、観察。うーむと唸り、ぶつぶつと何かを呟き。
あまりにも空気が静かになったものだから、店員たちもマルヴィナも気を使って、何? さぁ…などと
かなり短い会話を小さな声で交わしていると。
「————————あぁぁああああッ!!!」
いきなり、建物ひとつひっくり返すのではないかというほど大きな声を上げて、スガーが叫ぶ。
驚いてスガー以外三人、そろって飛び上がって二歩下がる。
が、お構いなしのスガーは、その筋肉をぶるぶる震わせ、あわわと口をパクつかせる。
「お、おおおいアンタ、これ、ああアレじゃねえかその、ぎ、ぎぎ、ぎ」
「お、落ち着いてくださいスガーさん。なんでいきなり機械みたいな声出してんですか」
「ぎ…ぎっ、…おい待て誰が機械だ」
「いやぎーぎー言うもんですから」
「で、どーしたのよ?」いさめたのは女性店員。なんだか板についたようなその光景にマルヴィナは今度は笑った。
ともあれスガーが落ち着き、話は元に戻る。
「…これ、なんか凄い剣だったりするのか?」
マルヴィナは尋ね、スガーは頷く。
「凄いってもんじゃねぇぜ。そりゃ最早伝説だ」
「伝…」
マルヴィナは言いかけて、止めた。スガーが、もう一言——
「そりゃ、銀河の剣だ。この世界において、最も優れた——いわば、最強の剣さ」
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.221 )
- 日時: 2013/02/06 22:25
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)
夕日が差し込む茜色の武具店。
その中から、計三人の驚愕の絶叫が村中に響く。
あまりにその声が大きくて、畑を手入れしていた農夫は鍬を落とし、
夕飯準備を終えて皿を並べていた主婦は料理をこぼしかけ、
呑み過ぎて夢の世界を彷徨っていたのんべえは現実世界に帰省し、
水車の近くに紛れ込んでいた魚を眺めていたティルは危うく落ちそうになる。
そして、肝心の大声を上げた三人——店員の男女二人とマルヴィナは、空いた口を塞ぐことのできぬまま
衝撃の事実を発表したスガーとその手の剣を凝視していた。
「…えと、あのな。まずは、ちょっと座ったらどうだ。お前らも」
口を開けたまま何も言えずかたかた震えているか、口を開けたまま完全に動きが止まっているか、
口を開けたまま——とにかく一つだけ間抜けな共通点を持った三人は、スガーに促され素直に座る。床に。
「いや、せめて椅子に」
「いいからさっさと話してよ」
女性店員。「私は防具しか興味ないけど、なんか面白そうじゃない」
「面白いってレベルじゃないけど」男性店員。「これは、今凄い瞬間に立ち会っているかもしれない」
「…銀河の剣、なのか、それは」マルヴィナが、未だ震える声で、言う。「本当に?」
剣士として、マルヴィナはそれの名を知っていた。知っていたが——スガーの話を、黙って聞く。
「突然変異——と言ったら妙だが、この剣はそうしてたまたま偶然、出来上がったものだ。
今は廃れたが、錬金術の結果だな。…アンタ、刀は知ってるかい」
「あぁ。剣と違い片刃の武器…サーベルともいうもののことだろ?
何度も焼きなおすために、剣よりはずっと丈夫な」
「やはり知ってるか。話が早いな。…そうだ、強度は剣より刀のほうが上だ。
だが、そんな常識を覆しちまう。…コイツの丈夫さと、鋭さは、肩を並べる者がねぇどころか、
ずば抜けている。決して刃こぼれしねぇ、まさに神秘としか言いようのねぇ究極の剣だ…今はこんなだがな」
「……………………………………」
マルヴィナは、スガーから受け取って、そしてまじまじと見つめた。…手が、震えていた。
史上、最強。
目の前にある錆びた剣が—とてもそうと見えない剣が—、この世界においてただ一つ、
最高の称号を得たもの。錆びても、壊れることのなかった剣。窮地を救ってくれた剣。
「…スガーさん、これを元に戻すこと、できないか?」
マルヴィナは改めて、素晴らしい腕を持つ鍛冶屋を見た。だが、スガーは、顔を伏せてむぅ、と唸った。
「…多分それは、人の手を加えて戻るもんじゃねぇ。魔法的な力がかかってんだ。
俺ぁ魔法の類は、トンとさっぱりなんでな」
「魔法的な…」マルヴィナは復唱して、ふ、とため息をついた。まぁ、そんな簡単に行くはずないか、
でもどうにかして、甦らせてあげたい、そう考えていたところ。
「む、ちょっと待てよ」
スガーが、ぱっと顔を上げた。その眼がいつの間にか希望の光を奥に秘めていることに気付き、
マルヴィナもまた顔を上げる。
「確か…おい姐さん、ちょいと手伝ってくんねぇか」
「え? えぇ、いいけど」
女性店員が立ち上がり、スガーと一緒に店の奥へ消える。残された男性店員とマルヴィナは、
剣を挟んで顔を見合わせた。
「…その剣」
男性店員は、言った。
「その剣は、主がいると思うんです。ちゃんと使いこなせる、ただ一人の主——
その剣がこの世界にただ一つしかないように、使いこなせる者もこの世界にただ一人しかいないと思うんです」
「主」再び、復唱。
「今はそんなですけど…それでも、その剣は、マルヴィナさんを認めています。
…もしかしたら、って、思いませんか?」
マルヴィナは改めて、彼を真正面から見た。
「…………………………………………………………わたしが」
わたしが、この剣の、主?
言おうとして、先にそんなまさか、という考えのほうが出てきた。
まだまだ、自分より強いものはいる、強い剣士はたくさんいるはずだ。
…実際に、知ってもいるのだから。
「強いだけじゃ駄目なんです。剣を認め、剣に認められる、そんな人が主なんですよ」
だが、マルヴィナの考えを察したように、男性店員は言った。驚くマルヴィナを前に、一つ頷く。
マルヴィナは、剣に目を落とし——そしてまた顔を上げ——「貴方は、一体…?」
「はーい、お待たせー」
「あったぜ、剣再生の当てが!!」
その時、はかったかのようなタイミングで、女性店員とスガーが戻ってきた。
男性店員は、静かに笑っていた。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.222 )
- 日時: 2013/02/06 22:36
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)
二人が持ってきたのは、ずいぶん古びた辞書のようなものである。
表紙は殆ど文字がかすれて読めないが、昔はさぞ立派な本だったのだろう。
「俺は学がないんでな。こういうもんは読まねぇんだが、俺のご先祖様が鍛冶屋たるもの
この程度の知識は身に着けとけって残してってくれた代々伝わる武器のための本だ」
読めねぇから意味ねぇけどな、と言ってからから笑う。
イヤそんなんでいいのか、とツッコみたくなる言葉だった。
そんなスガーを横に、女性店員はしばらく頁を大雑把にめくり、
しばらくしてから一枚ずつ確認して唸った。
「んー…もしかしてこれかしら? えと…げん…じゃない…ぎん…? ぎん、が…あった、これよこれ!」
子供のようにはしゃぎながら、女性店員は三人に見えるように広げて床に置いた。
瞬時に、三人が頭を寄せ合う。
決して人の手ではどうすることもできないもの——いわゆる“神器”と言う名のあるものが、
書き綴られていた。銀河の剣はどのようにしてできたのか、いつからあるのか。
そして、いつその力が失われたのか——そのようなことが書いてある、と思う、と彼女は言った。
よくよく見れば一世代前の言語である。マルヴィナにも読めるかどうかは怪しかった。
キルガの影響でようやく単語が少々読めるようになった程度である。加えて、殆ど色あせて
何が書いてあるかを読み取るのは困難な状況であった。
「むぅーん。もう殆ど読めないなぁ…あ、これだっ、呪文…呪文だって!」
「「呪文?」」マルヴィナとスガーの高さの違う声が重なる。
「うーん…封印、されてて、で、それを起こす…とかなんとかで、…ちゃんと呼んであげなきゃで…
剣は生き物か!! って突っ込みたくなるわね」
「少なくともこいつは生きもんだろうよ」と、スガー。「魔法ってのは全部生きもんだろ」
「…そうかなぁ…」
「とにかく、えーっと…読むわよ…」
『目覚めよ』
「目覚めよ…?」
『目覚めよ、この剣に』
「剣に——」
『汝と共にある者のもとへ戻れ、—————————』
そこで女性店員は、「むー!?」と明らかに不満を表す唸り声を上げた。
「な…」幸か不幸か、その先の言葉を解読できたマルヴィナも、思わず声を上げた。
「どうした」と、スガー。
「何かあったんですか」と、男性店員。
マルヴィナは本に顔を近づけ、頁をめくって透かし…悔しげに、口を開いた。
「そのあとの言葉が、分からない」
「わからんだぁ!?」スガー。
「ちょうどここが、見えないのよ! 一番肝心なのに!」
「まって、もう一回見せて!」マルヴィナはもう一度試みるが、やはり駄目だ。
女性店員も食い入るように睨み付けるが、しばらくしてかぶりを振った。
「ダメだわ。“空の英雄”の“空”の字は見えるんだけど…それだけ。これじゃあ分からないわ」
「…くっ、せっかくここまで来たのに…!」
「焦っちゃだめです」男性店員。「きっと、いつか見つかるはずです。マルヴィナさん」
「…………………………………………………………」
そうか、とすぐに答えられることではなかった。マルヴィナは唇を噛み俯く。
だが結局、ため息をついた。最早自分の一部と言っても等しい剣を蘇らせる手立てが見え始めたことよりも、
あと一歩届かないと言う事への悔しさの方が大きくて。
けれど、もうこれは手詰まりだ。いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないと、マルヴィナは本を閉じた。
そして、世話になった三人に、丁重にお礼を言って、窓の外を見る。紅石の刻まで、あと少しだった。