二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.259 )
日時: 2013/03/13 21:27
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

            2.




「…よく、似ています」
 セリアスは、ラスタバに言われた。
「…はい?」




 それは、翌日のこと。
 驚くことにセリアスはその日、彼にしては早い時間に起きたのである。目覚めの筋トレも終え、
加えてドミールの里を見ておきたくて、セリアスはひとり探検していたのだ。冒険者の好奇心だ。
 朝のいい時間にもなってきたので、セリアスはシェナの様子を確認すべく
里長の家を訪問しようとしていた。そこで、家の前に並ぶ墓に手を合わせるラスタバに、出会ったのだ。


「清涼の朝に、恩寵を。…おはようございます、セリアス殿」
「せいりょ…? …ええ、オハヨウゴザイマス。…お参りですか」
 古めかしい挨拶に慣れず、セリアスは精一杯困惑がばれないように応えた。
「えぇ。いつもは、昼ごろなのですが——シェナさまが無事お戻りになられたことに、感謝申し上げたく」
 言ってから、ラスタバはセリアスを見る。「もちろん、あなた方にも」
「いやぁ、俺らのほうが、シェナにお世話になりっぱなしでしたからね。
むしろこっちが、お礼したいくらいですよ」人の好い笑顔。ラスタバは思わず、目を細めて——
 気が付いたら、言っていた。

 よく似ています、と。




「私には、息子がおりました」
 セリアスが話を聞いてくれる体勢だったので、ラスタバは続けた。
セリアスはその言葉が過去形だということに、やや遅れて気付く。
「シェナさまと、大体同じ年でした…少々、息子のほうが年上でしたかな」
 遠くを見るように、ラスタバは目を細める。
セリアスは何処を見ていいものかわからず、曖昧に視線を彷徨わせた。
「息子さんに、俺が、似ているんですか」
 ラスタバは頷いた。「どこが、と問われると、困るのですが——どこか、重なって見えるのです」
 ラスタバは言ってから、セリアスに向き直った。
「いや、失礼。セリアス殿はセリアス殿ですな。勝手なことを申し上げました」
「い、いえ。…続けてください」
 なんとなく、その話を聞きたかった。自分に似た少年の話。
つい最近、シェナに言って空回りしたあの冗談。——あの時シェナが、放心したように自分を見ていた理由。
 彼女も、重ねたのだろうか。自分と、その少年の、面影を。
「…息子は三百年前——ガナン兵からシェナさまを助けようとして、返り討ちに遭い——
そのまま、息を引き取りました。…あなた方と、同じくらいの歳でした」
 ふたたび、ラスタバは遠くを見る。そこに息子が存在するかのように。
「…息子は、子供でした。ですが、それ故に、真っ直ぐだったのかもしれません——今でも、残っているのです」
 ラスタバの視線の先が、変わった。セリアスも、それを追う。   トンネル
 その先は——周りと比べるとどこか新しくもみえなくはない、一つの隧道。
「あの中に——息子の存在の証が。シェナさまに向けた、最後の伝言が——今も、まだ」

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.260 )
日時: 2013/03/13 21:35
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「伝言…」
 シェナは起きていた。
「…ディアのこと、訊いたんだ」
「あぁ」セリアスはベッドの横の椅子の上で胡坐をかきながら、頷いた。
「…ごめんね。私も、実は…ちょっとだけ、重ねたこともあるんだ。セリアスと、ディアのこと」
 シェナは顔を伏せた。
「凄く、凄く嫌いだった。私の悩んでること、何でもお見通しでさ。凄い不器用だから、
それを私に指摘してきて、でもそれ以上のことはできなくて…結局、私、怒ってばっかだった」
「うん」セリアスは相槌をうった。
「…ディアはさ、私を助けようとしてくれた。なのに、私は、何もできなかった。叫べなかった。
ディアを助けてって、叫べなかった。ディアは私のこと想ってくれたのに、
私は、自分可愛さに、何も言えなかった」
 シェナは拳を握りしめる。セリアスは、今度は答えなかった。答えられなかった。
…何だろう、この思いは。表現できるものではない。けれど——分かることは、
決して喜ばしい思いではないということ。
 こんな話を聞いていて陽気な気分になるはずがないことは分かっている。違う、そうじゃない。
そういう意味じゃない、じゃあ、一体——…。
「…怖い。…ディアの伝言…知りたいけど、でも、見に行く勇気がない」
「……………………」セリアスは黙った。考えた——そして結局、言った。
「…俺も行こうか」
 駄目だ。どこかで、彼自身が言っていた。ついていくな。駄目だ。
 けれど、一度言った言葉を撤回する自分は、いなかった。
「…え」
「ほら。勇気がないときは、誰かが近くにいると、安心するだろ」
「………………」シェナは黙った。セリアスの眼を見る。
無邪気な、純粋な、ばかがつくほど正直な眼。——そんなところまで、そっくりだ。
「…うん」
 シェナは頷いた。
「うん。…お願い」



 ・・・             トンネル
 あの日に丁度出来上がったという、隧道。
 自分も携わった、開通作業——けれど、こうして通るのは初めてだ。
 足音が響く。大体の中間地点には、酒蔵があった。『竜の火酒』——この里の名産で、
毎年の祭りで解禁される非常に濃い酒だ。
 そっか、ここに移されたんだ。…確かに、ここなら日が当たらなくて、良い酒が作れそうだ。
「え…と。ここじゃないか?」
 セリアスが指したのは、少々荒い壁のくぼみの一つ。なるほどそこだけ、
何かが隠されているように、盛り上がり、微妙に色の異なった部分があった。
「…うん。多分…」シェナは近づき、それに触れかけて——躊躇う。
セリアスが、大丈夫、というように、後ろから頷いた。シェナは、決意を固め、壁に触れる——










「………………………………………………っ!!」


















 …知っていた。
 彼は、ディアは、少女が好きだった。


 好きだからこそ、彼女の悩みに気付き、励まそうとして、不器用ゆえに失敗して、怒らせていた。
 けれど——好きだからこそ、あの日、危険を顧みず、少女を助けようとした。

 だから、だからこそ、彼は。

 それなのに、私は。



 ——好きだったからこそ。



















            ア イ シ テ ル   、  シ ェ ナ
        『 無上の恵愛を、貴女に——  優美なる人へ』


















 だから、彼は——

 そっと、この挨拶を、ここに書いたのだ。







「…う」
 シェナはもう、我慢しなかった。
「う、うぅ」
 汚れるのもいとわず、膝をつき、その壁に額をこすり付けて。
「う…うぅ、うぁ…」
 その双眸から、涙を流して。
「あ、あぁぁぁぁぁぁああっ…………!!」
 絞り出すように、小さく、小さく、呟く——…。







「ごめ、ん……っ………ごめん、…ディア……っ!!」









 あの日言えなかった、その言葉を。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.261 )
日時: 2013/03/13 21:40
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ——行くんじゃなかった。
 セリアスは、表現できない思いを巡らせながら、外へ出た。

 泣き崩れたまま動かないシェナにかける言葉が見つからなかった、否、かけるべきでないと思った。それ以前に——彼女を、ひとりにしてやるべきだと、思ったのだ。
…そう、行くべきでは、なかった。


 “ —凄く、凄く嫌いだった— ”


 シェナの言葉に、偽りはなかっただろう。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 その前に言葉が足りなかっただけで。

 そう。
 彼女も、ディアのことを、どこかで好きだったのだろう。
 ・・・・・・・・ ・・・・・
 好きであるゆえに、嫌いだった。
 好きになってしまう彼が、嫌いだったのだ。


「………っ」
 セリアスはかぶりを振った。里長の家の前、少し離れた位置にある小さな墓。
そこに刻まれた名は、ディスティアム。
 その前にしゃがみ込み——セリアスは、その名を、じっと見た。
 ディアの面影が——彼にも、見えた気がした。
 …お前、あいつを、どう思ってんの?
 影は、そう言っているようにも思えた。

「…俺は、」
 彼が紡ぎだそうとした言葉は——しかし、声にはならなかった。





 ——その日の深夜。

 …………………………………………。
 何かが、呼んでいる。

 …………………………………………。
 何かが、呼んでいた。

「……………………………………………っ」
 マルヴィナは、眸を閉じながら——その『呼び声』が気になって、寝付けずにいた。
むくりと起きて、頭を振る。睡眠薬は全く効かない。…耐性でもついたのか?
 マルヴィナは立ち上がり、羽織物を着て部屋の外に出た。足音を立てないように、階段を下りる。
いつもは聞こえてくるはずのセリアスのうるさくも安心感のあるいびきが聞こえなかった。
彼にしては珍しく、起きているのだろうか。
 帰ってきた彼は、これもまた珍しくどこか元気がないように見えた。
気になって声をかけると、いや、大丈夫、と答えられたが、何でもない、とは言わなかった。
 …いつも明るい彼が見せたあの表情——心配するなという方が、無理だった。
だが、その表情に隠されたのは、訊かれることを拒絶するような、何かの思い。
 訊けるはずが、なかった。


 シェナの容体はよくなってきている。また、これからの予定を考えなければ——
思っているうちに、外に出てしまった。空を見上げる。真っ暗な空。火山の光で星は見え辛い。

 …三百年前。シェナがガナンに捕まり、ラテーナも狙われた。
恐らく、ガナンがナザム村に来る前に捕らえた賢者というのが、シェナ。
 …それから、三百年、彼女は何処も変わっていない、とラスタバやケルシュは言う。
空白の時間? 一体、何があったのだろう。聞くところ、竜族の時間は天使とほぼ同じだ。
となると、五百五十年生きた者は、師匠やキルガの師ローシャ、
そしてラフェット—師匠を思い出したとき、また暗くなった—よりも若く、
自分たちよりも年上であるくらいである。そう考えると——どう考えても、歳が合わない。
何があったのだろうか。…でも、訊いても、いいのだろうか。
そこまでずけずけと、訊いてしまってもいいのだろうか。ガナン帝国絡みのこととはいえ。
 …そう、ガナン帝国。すべての元凶は、ここだ。三百年前の悪行を、多くの人々から聞き出した。

 内戦。革命。戦争、戦争、戦争———…。争いばかりの、国。ドミールの民は帝国を、別称で呼んだ。

『魔帝国ガナン』

 あの国の皇帝は、魔物だ。
 そう言って名づけた、異名。


“ —願い下げなのは、こっちも同じだ— ”
“ —仲間を…わたしらの大事な仲間を侮辱する者に、もう用はない— ”
“ —どうだっていい、とにかく仲間を侮辱する者に、手など借りない!— ”

 光竜グレイナルに、そう啖呵をきったことは、後悔していない。けれど。
 けれど、本当に、自分たちの力だけでどうにかできるのか。
女神の果実を七つも奪われ、師匠が手を貸し、完膚なきまでに打ちのめされた闇竜がいる、あの帝国に。


 …でも、もし。
    ・・・
 もし、あの人がいたら?
       ・・
 額に触れる。彼女がいたら。   ・・
 この傷をあっさりと治して見せた、彼女がいたら——

 ————彼女?

 あれは、女だったのか?

「…………………………え?」
 マルヴィナは顔を上げ、あたりを見渡した。何のために? 分からない。けれど、何故か、そう、何故か——…。




「————————————————————!!」




 ぴん、と。何かが、弾かれた。
 否、何かに、弾かれた。
 そんな感覚。そんな気配。だけどそれは、それは——…!!



 振り返る、風が吹く、髪が躍る、暗闇の中、目を見開き、四肢を封じ、警戒をして、対峙する。



 ——そこに立っていた、黒外套と。







「あなたは———…!」
「あぁ」


 黒外套は、口元だけで、










「初めまして、か——わたしの名は、チェルス」










 笑う。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.262 )
日時: 2013/03/13 21:47
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 今まで、いきなりの展開、なんてことは何度もあった。
けれど——ここまで本当にいきなりすぎる状況は、なかったと思う。
 そう思えるほどに、マルヴィナは混乱していた。

 …チェルス。
 マルヴィナの出生の鍵となった者。



 …の、はずだった。
 人目を気にするようにかぶられた頭巾、ざっくりと切りそろえられた前髪は——黒?
 辺りが暗すぎて、よく見えない。けれど、見えないけれど——

 ・・・
 見える。
 彼女の姿が、見える。
 …霊であるはずの、姿が、はっきりと。

「あなたが、わたしの——…」
「ようやくだね、マルヴィナ」
「…………………………」
 マルヴィナは、答えなかった。だが——胸中では、はっきりと言った。

 ——違う。

 何か、違う。分からない、何か、だけでははっきりしない。けれど、これだけは言える。…彼女は、
 目の前にいる者は、チェルスじゃない!
(………)
 胸中でも黙り、マルヴィナは相手に気付かれぬよう、深呼吸した。
           ・・
「…あぁ、初めまして。マミから訊いている。あなたのことは」
「…む」  ・・  ・・・・
「…だから、マミ——マラミアだよ。…まさか、仲間の通称、忘れていたりしないよね?」
 いきなり、鎌をかける。大胆に、切り込んでゆく。
「…あぁ、マラミアか——そういえば、そんな通称だったな。正直、忘れかけていた。
その名を聞くのも何年ぶりかな」
(…………ちっ)
 内心で、舌打ち。綺麗にかわされた。…本当は、チェルスのことを教えてくれたのは、マイレナだ。
けれど、マイレナより、マラミアの名を出した方が、相手の反応をうかがいやすいのではないかと——
そう、咄嗟に考えた。だが、所詮浅知恵だと思い知らされる。これじゃ駄目だ。何かないか。
いや、そもそも、相手が偽物なら—偽物だと、確信はしているが—狙いは何だ?
 自分に最も関わりがあるだろう者の名を語る奴は、何者で、何が目的なのだろうか。
 考えろ。考えろ——奴の化けの皮を剥がす何かはないか。何か——
(…駄目だ!)
 何も、思いつかない。こういう時、頭の回転の速いキルガやシェナを羨ましく思う。
自分は、何も思いつけない。どうする。どう、する——…?
「…あなたのことを、訊いていいか」
「…ん? …あぁ、だけど——記憶は曖昧だよ。さっきみたいにね——
こっちにも聞きたいことがある。できれば手短に」
「…………っ」マルヴィナは唇を噛んだ。

 —— 一か八か!!

「あなたは——」










「はいはい、茶番劇はそこまで」

 マルヴィナが言葉を発するより前に——上空から、気の抜けた一つの声がかかった。

 マルヴィナが驚く、だが、黒外套の驚きはもっと大きい。「なっ——まさか!!」
その声が低くなっていて、マルヴィナは連続してぎょっとなる。
「アンタ帝国の奴? 人間? ま、下っ端だろうね。わたしの『子孫』から何聞き出したいのかは知らんが——」
 マルヴィナは、その姿をようやく見出した。教会の上、竜を模る像の横。
もう一人の、黒外套——だが、そちらは。

「あんたはお呼びじゃあない、さっさと帰って叱られていなッ!!」

 言うが早いか、その黒外套は右手を勢いよく払った。ごう、と音がする。刹那生じた、それは真空波!!
「がっ!!」
 過たず偽外套を襲った真空波が消えたとき、マルヴィナはみたび、驚きの声を上げる。
「あなたは…カルバドの!」
 たった一撃で傷だらけとなったそいつは、カルバドでマルヴィナが逃がしたガナンの者だった。
そいつは悔しげな、自棄になったような表情をすると、這う這うの体でそこから逃げ出した。
「ちょ、待——」
「追わなくていいよ、マルヴィナ」
 ばさりと外套を翻し、黒外套はそう言った。「あの女装野郎は、もうそろそろ見捨てられる」
「え、でも」
「最後のあがきさ。何かあんたから情報を絞り出す気でいたんだろうね。平静保っているように見えて
中身はガチガチだった。多分後がなかったんだろうね。だが、助けるべきじゃない。——奴は魔物さ」
 その言葉に、自分の言葉を、飲み込んだ。訪れた静寂を境に、マルヴィナは、教会の上を見た。
 ——見える。彼女も、見える。けれど、今度は、今度こそは——…!




「“マタアトデ”——」




 その、言葉は。




       ・・・・・
「…今度こそ、初めまして。わたしが、“天性の剣姫”マルヴィナの“記憶の先祖”にして
“蒼穹嚆矢”の称号を持つ者——」
 その頭巾を、おろして。




「——名は、チェルス」

 本物は、そう言った。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.263 )
日時: 2013/03/13 21:50
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 マルヴィナは、改めて絶句した。
 教会の上にのんびりと座る彼女は、確かにそこに存在している。
 霊ではない。
 実体で。

「え。…え?」
「反応が遅い。何今更驚いてんだ」
 いや、驚くなという方が無理だ。だって—こんな言い方もどうかとは思うが—何で存在しているんだ?
「あーもしかしてまだ疑っているとか? んじゃあ証明してやる——周りに敵の気配は?」
「え? い、いや、…ない、です、はい」
「何故敬語? …そうだな、知っていることを簡単に——まずわたしの名はチェルスだがこれは仮の名、
本名は事情があって秘密だがわたしの唯一の戦友の名はマイレナ、本名マイレナ・ローリアス・ナイン、
元僧侶で最終的に賢者になった“賢人猊下”、それから“不人間”として“剛腹残照”マミことマラミア、
“悠然高雅”アイことアイリス、前者が武闘家で後者が魔法使い、相当の実力者で
わたしは色々職を転々としていたけれどまぁ最初は盗賊だった、んで最後にマイは言った通り賢者で究極呪」
「わかった、分かったもういい! 本物だ、さすがにそれは分かる!」若干暴走し始めたチェルスを
どうにか止め、マルヴィナは慌てて制した。何処が簡単だ。…しかもまたなんかキャラが濃い。
 何故か聞いていた側のマルヴィナが疲れ、チェルスは「あ、そう?」とちゃっかりしている。なんだこの関係。
「あの、驚いたのは、本物かどうかを疑ったわけじゃない。…その…なんか言い方失礼になるが、
何であなたはこの世界にいるんだ?」
「おぅ、確かに失礼だな」
「先に言った!」
 即座にツッコミを入れて、マルヴィナは更に顔を上げた。
 隙だらけの、無防備な様子。男装ということを除けば、どこにでもいそうな女性だ。
 だが、その実力は。
 先程の真空波の、威力——…咄嗟に伏せなかったら、今自分はどうなっていただろう…?
「…ま、ね。一応最近までは、えっと、“未世界”って呼んでいたっけ? そこにいたんだがな。
面倒なことに、ガナンの野郎に甦らされちまったのさ——帝国に手を貸せってね」
「な…ッ!?」マルヴィナは驚愕した。だが、チェルスは変わらず、まるで世間話のようにのんびりと話す。
「わたしの復活に、帝国のヤツラの派遣——いよいよ必死だな、帝国も」
「え、で、その——」
「ばか、誰があんな腐った国に手を貸すか。サッサか逃げてきたっての」
 別の意味で絶句するしかなかった。マイレナよりは
ずっと常識人に見えるが—マイレナの抗議の声が聞こえてきそうだが—別の意味で、常識外れだ。
なんだこの人。…人?
「…あの」
 マルヴィナは、そっと呟くように言った。んあ? と、やはり気の抜けた声で、問い返してくる。

 いったいあなたは、何者なんだ。
 そしてわたしは、なんなんだ。

 言いたいことが伝わったかのように——チェルスは、にやりとした。
「話してほしいんだろ」
 屋根の上に、立ち上がる。不安定な足取りのそこで、だが気にした風もなく続ける。
「ちょいと長い話になるよ。…それでもいいな?」
「……………………………うん。構わない」
「了解」
 チェルスは満足げに頷くと——いきなり、爆弾発言をした。



「わたしは天使だ」

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.264 )
日時: 2013/03/13 21:55
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 『わたしは天使だ』——マルヴィナの耳と訳し方が正常であれば、チェルスはそう言った。
 うん、天使。天使だろうな、なんせ——



「っええええええええええええええ!!」
「はい近所迷惑ーーー!!」



 マルヴィナの叫びを叫びで封じるチェルス。「何だったんだ今の間」
「いやあの、完全に、天使界に住んでいるノリで答えかけました」
「言うまでもないがここ人間界な。わたしは天使だ。…さっきも言ったが本名は敢えて秘密な」
「敢えて?」
「敢えて」
「敢えた」
「敢えた。…何だこのやり取り」
 傍から見てどう考えても変な会話をし、チェルスは一度わざとらしく咳払いをすると、
屋根の上で伸びをする。危なっかしすぎて見ている方が背筋が凍る。
「えーとね。大体あんたと同じだよ。わたしも落ちて翼と光輪消えた感じ。
…ま、わたしの場合は、原因分かんないんだがな」
「ふぅん…ん?」                    ・・・・・・・
 答えかけて、チェルスの言葉に引っ掛かりを覚える。——わたしの場合は?
「ちょっと、今の」
「で、こんなナリでのらりくらり旅して、マイに会って、…で、ちょっくらいろいろあってね。
あぁさっき遮られたけれど、あいつ『究極呪文マダンテ』覚えたんだよね」
 あっさりと、とてつもないことを言ってくる。
「でもさ、賢者ってのはなんか複雑で。その究極呪文は名の通りすんごい力持っているからさ…
アイツ、自分に流れ込んだその力に耐えられなくってね。…爆発したんだ」
「…爆、発?」
「そ。…あいつ自身が」                              ・・・ ・・・・
 ————————————————っ!! 叫びにならない叫びをあげる。そんなまさか。人間が、爆発する?
(シェナ—————!!)
 脳裏に浮かんだのは、仲間の姿。彼女は、彼女は———!!
「で、その爆発に巻き込まれたのが、わたしってわけだ。——早い話、その影響でわたしは、死んじまったのさ」
「………………」
 それほどまでに、強い魔法。強すぎる、魔法。

「未練はかなりあったよ。多分、だから『未世界』に飛ばされたんだろうな…
わたしは、やり残したことがあった。叶わなかったことがあった。…だからわたしは、なりかわりを創った」
 いきなり彼女は、天を仰ぎ、口調を変えた。見上げるマルヴィナには、その眸の色は窺えなかったが——
その眸は、はっきりと、強く何かを憎む色をしていた。
「わたしは、ちょっとばか特別な天使の一員だった。割と大きな力を持っていたのさ。
どういうわけか、その力は残っていた。でも、自分を蘇らせるのは無理だった——だから、『創った』」
 マルヴィナの心臓が、脈打つ。それは、その生命体は———!!

「————————あんたをね」



 ——それが、マルヴィナなのだ。




 途方もない話だった。だが、嘘をついているとは思えなかった。天使でさえ驚愕する、異能の力。
世界はとてつもなく不思議だ、不思議だが——この話は群を抜いていた。
「で、その影響で、あんたはわたしの記憶を若干受け継いでんのさ。
あんたが本来知るべきじゃないことを知ってんのは、それが理由」
 沈黙の末、カクッ、と—正確に言えば、カ、クッ、と言ったテンポだった—首を傾げたマルヴィナに
チェルスは思い切り脱力。屋根から転げ落ちそうになりマルヴィナは慌てた。が、落ちなかった。
「あのねぇぇ。あんた、自分が何でこんなこと知っているんだ的なこと妙に知ってんだろ? それのこと」
「え、と———」
「あぁもう! 天の箱舟が蒼い木に停められるのを知っていたのはわたしが調べたことがあるから!
ガナン帝国を知っているのはわたしが係わったことがあるから!
箱舟の呼び出し方を知ってんのは最初に同じ!
グレイナルが竜だと知ってんのはわたしが会ったことがあるから!!
…どう、分かった?(ちなみに何のことか忘れた人は>>66>>128>>211>>254に飛んでくれ)」
 一気にまくし立てて一息つくチェルス。この持久力は褒めるべきか。
「えーっと、一応理解」
「一応かよ」
「あぁ、だからわたしは昔の天使界のことを少し知っていたんだな!?」
 得心いったようにマルヴィナが応えると——チェルスの眸は、またあの色を成す——そう、それは憎悪。
 え、とマルヴィナは、少し身を引いて呟いた。それは凶暴な、餓えた獣すら怯む、殺戮の眸。
 が——その眸は、彼女自身によって閉じられる。
「…どこまで知っている?」
「…えっ…いやその、…自分では思い出すことができなくて、でも誰かがなんか言ったら、
あぁそんなことがあったっけって思い出す感じで…そんな感じ」
 焦って、慌てて、けれどちゃんと言った。いつの間にか俯いていた。
「…そうか」
 短く答える。が——その声は、通常に戻っていた。そろそろと、顔を上げる。
 が、そこでマルヴィナが見たのは。


「ふ————————…うぁぁあ、ねっむ」
「………は?」


 いきなり伸び上って大あくびをする姿。
「あー眠。なぁなぁそろそろ眠くないかー? わたしは寝るのが趣味なんだよー」
「そ、それは趣味と言っていいのか!!?」
 さっきの様子の欠片もない、思いっきりだらけた様子である。一体さっきのは何だったんだ。
「いつでもどこでも寝られるぜ。ぶい」
「自慢する事じゃない、なんだぶいって」
「あー眠いそろそろ寝るお休み」
「ちょ、ちょっと待った!!」
 棒読みでさらりと言ったチェルスに、マルヴィナは慌てて静止の声をかける。危ない危ない。
「あのさ、明日、急にいなくなるとかやめてよ? …まだ聞きたいことは山積みだ」
「えー積むのかよーまーいーけどさー」
 やはり棒読み。
「まーそろそろガナンがこの辺くるだろーしさーその時は加勢してやっから安心しなー」
 変わらず棒読み。…って待て!!
「ちょっ今なんて!?」
「あー眠いそろそろ寝るお休み」
「どこまで戻ってんだ!!」
 マルヴィナはツッコみ、急いで復唱する。ガナンが来る?
「ちょ、そんな呑気な」
「はいお休み。お腹すいた。備えて寝な。まぶた重い。問答無用。お休みー」
「………………………」

 マルヴィナはむしろもう呆れて、何も言えなかった。



(…なるべく、里の人は巻き込みたくない)
 だが、強い決意は、抱いたけれども。