二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.269 )
日時: 2013/03/17 00:36
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

        4.



「…説明を要求いたします」
「えーと…どこから?」

 二時_この世界で言う、二時間_、経った。
 ついに倒れて今は宿屋で安静にしているマルヴィナについてやっているキルガは、
頭を抱えるセリアスを後ろに超不機嫌顔のシェナを見て、苦笑していた。
「どっからでも来なさい」
「いや、そう言われても…セリアス?」
 困りながら、キルガは珍しく、少々非難がましく後ろのセリアスを見た。
「いや悪い…話すつもりはなかったんだが…」
 要するに——セリアスは、先ほど闘っていたことを、シェナに話したのである。
いくら寝ていたとはいえ、何故自分を呼ばなかったのか、まして故郷を守る戦いは自分が参加する義務がある、
熱なんてとっくに治まっているんだ寝ているのはケルシュがどーしてもって言って譲らないから仕方なしに云々、
機関銃のような勢いで参戦できなかった不満をまくしたてられ、セリアスがげんなり。
しかも、もう一つ——宿屋に寝ているもう一人、すなわち、ルィシア。
彼女の存在を見て、更に説明を要求され、説明下手なセリアスは遂に挫折しキルガに泣きついた——
とまぁ、大まかに現在の流れを説明すれば、このようなことである。
「話すつもりがないって言ったって、結果的にこうなっているじゃないか」
「イヤだって、ラスタバさん——いや、シェナ家か、に行ったら、起きてたからさ」
「…その恰好で行ったから、ばれたってわけか」
 セリアスは戦禍を被ってぼろぼろであった。
「…面目ない」
「せめて着替えろよ…」
「……メンボクナイ」
「ちょっと」シェナだ。「隠すつもりだったわけ?」
「…こんな感じになるだろうから説明は里の人に任せよう、ってことになっていただけだ」
 こんな感じ、つまり——説明を求められて、最終的にシェナチョップを喰らう確立を減らすための
男二人の(正確にはシェナチョップを最も恐れるセリアスがキルガに頼み込んで立ててもらった)案であった。
「…そーゆーこと」シェナは、第一段階は納得したように頷くと——いきなり身を翻して
セリアスの頭に容赦ないチョップを叩きいれる。
 奇妙な絶叫。マルヴィナが起きる、とこれまた珍しくキルガの非難の眼。
「い、いや、悪い」
「シェナもだ」
「え?」
 脱力。
「『え?』じゃない」
「………? …とりあえずゴメンナサイ」
 反省っ気のない、いやそもそもなぜ非難されているか理解していない様子で謝るシェナ。
「…まぁとりあえず——だったら襲撃の話は誰かから訊くわ。
…下で寝ている敵を介抱している理由、訊かせてもらえる?」
 彼らにとって、ルィシアは憎むべき敵だ。マルヴィナを狙い、ハイリーを殺めた、冷徹な少女。
敵を助けるという概念の理解できないシェナは、やはり不機嫌な顔になった。
「いや、どうせだからもう全部話すよ」キルガは椅子をずらしマルヴィナから少々離れた。
「…どこから話そうか…どこまで訊いた?」
「んー…戦って、勝って、そしたら襲われて、助けた。…っていう感じの話なら聞いたけど」
 大まかすぎる説明に再び脱力。スンマセンと再びセリアスが言い、首を引っこめた。亀かお前は。
「えっと、まず初めに言っておくが——今、この里にはマルヴィナの『記憶の先祖』がいる」
 シェナが目を開いた。あ、それ言ってない、とセリアスが思ったのは余談。
「それ、まさか…“蒼穹嚆矢”!?」
「あぁ。しかも、何故か実体で。その理由は知らないから説明は省くが、ともかくその人も一緒に戦っていたんだ」
 いきなり出てきたその名に驚愕を隠さないまま、シェナは部屋の扉の横に座る。セリアスは立たせたままだが。
「それで、戦いの途中でルィシアが割り込んできて、マルヴィナと一対一で闘ったんだ。
この前から練習していた剣技でマルヴィナが勝利したんだが、その影響で疲労して、こうやって寝ている。
…なんとか全ての敵を倒したところで、襲撃の首謀者——先日闇竜の上に載って箱舟を襲ってきた
帝国のゲルニックって将軍が現れて、恐らく処刑としてルィシアに一種の攻撃魔法を唱えたんだが、
“蒼穹嚆矢”がそれを庇って——けれど少しはその被害を受けたらしく、現在気絶。
助けると言い出したのは“蒼穹嚆矢”だ。ゲルニックが言っていたんだが、彼女はどうやら
天使だったらしい。恐らく僕らよりずっと上位だ。となると、掟に従い、
僕らは彼女には逆らえないということになる——以上が理由だ」
 感服してセリアスが「おー」と思わず拍手。さすがはキルガ、と呆れ半分、納得半分で頷くシェナ。
セリアスとは大違いだ——とは、思うだけにしておいたが。
「…そーゆーこと。…天使って義理堅いのね。…あ、皮肉じゃなくて」
 素直すぎた感想に慌てて補足をいれ、シェナは言った。
「…その掟が、こんなことを起こしてしまったんだけれどね」
 キルガが、マルヴィナを見る。箱舟の、二両目で起きた、あの出来事。
剣を向ける師匠に逆らえず、その剣を受け、悔咎に叫んだマルヴィナを思い出す。
 …あの日から、彼女は変わった。前より、笑わなくなった。ふと気づけば、哀しそうな顔をしていた。
 ——信じていた者に、裏切られたから。
 キルガの言った意味が分かって、セリアスもシェナも、言葉に窮した。…特に、シェナは。
「…僕らは、裏切らない。…絶対に」
「あぁ。もちろんだ」
「……………えぇ」
 即答したセリアスに対し——シェナは、すぐに頷けなかった。

 頷けない秘密を、それこそ今言ってはいけない真実を、まだ隠していたから。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.270 )
日時: 2013/03/17 19:33
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「いってぇ…」
 更に半時経った後の、チェルス。ゲルニックの攻撃を半分——いや、それ以上に受けていながら、
けろりとした顔で「いってぇ…」程度で終わらせているこの生命力。
(あの毒魔術師野郎…少しは腕を上げたってか。…)
 既に傷の治療は済んでいる。けれど魔法は、急所を撃った、あるいは打った。流石に急所は痛い。
胡坐をかいて、首を鳴らす。面倒なことに、先ほどマルヴィナは自分の正体を大声でばらしてしまった。
自分が消えた三百年前から今にかけて生きているものは少なくない。あなたがあの伝説の——云々、
かなり多くの竜族から声をかけられたが、あぁはいはいと受け流す程度に応じた。
ただ、妙なことに—— 一番問われるだろう質問は、誰も投げかけてこなかった。

 ——何故存在するのだ?

 そのような言葉。
 三百年前、忽然と姿を消した者が、突然現れた。いくらなんでもおかしいだろう。
それなのに皆、三百年前に生きた自分の姿を見ているように、話しかけてくる。
(…まさかとは思うが…『未世界』を知っているのか?)
 腕組み、考える。いやまさか…だが、もしそうでないなら、他にどんな理由がある?
「………」
 が。早々に、考えを打ち切る。どう考えても分からないことを考えるのは嫌いだ。
根拠のない、すなわち推測しか得られない。情報は、真実だけで十分だ。
 脳裏で、マルヴィナに呼びかける。起きたか? …起きているよ。
答えが返ってきた。どうやら目覚めたらしい。チェルスはようやくかと、嘆息した。
早速だが、訊きたいことがある。マルヴィナが言った。申し訳ないが、来てほしい、と。
二つ返事で了解し、チェルスは手を使わずに立ち上がると、堂々と、颯爽と、その場を去る。



 宿の一階の、カウンターの前のテーブルに、マルヴィナ、キルガ、セリアスがいた。
シェナはというと——重要な話がございますと言われ、ラスタバについて行ってしまったため、今はいない。
チェルスは髪を後ろで無造作に束ねながらやってきた。…そうか、マルヴィナがざっくばらんなのは
この人の影響か、と、男二人はそろって得心いったような表情になった。
「えっと…彼らが仲間だ」
 マルヴィナは紹介する。
「“静寂の守手”キルガです」
「セリアスっす。“豪傑の正義”です」
 思わず敬語になる二人に、あー堅苦しい、敬語やめい、とばっさりいうと、
一応は、ということで自分も名乗り上げた——『記憶の先祖』、“蒼穹嚆矢”——チェルスの名を。
(それにしても…うん。納得。そっくりだわ、あんたら)
 自己紹介を終えてから、チェルスは思った。キルガと、セリアスを見て。
思い浮かべたのは、もう二人の仲間。“悠然高雅”アイリスと、“剛腹残照”マラミアのふたり。
だが、今言うべきじゃない。今言うと、ややこしくなる。とにかく、チェルスは彼らの質問に応じた。



 真っ先に尋ねられたのはやはり、ルィシアのことについてだった。
どうしてそこまで助けようとするのか。シェナが聞いておいてと言って立ち去ったためだ。
「んー…結論から言うと、マイのためかなぁ」
「…………………」
「…やっぱ結論からは厳しいか。説明ちょっくら苦手だから、分からんことあったら後から聞いてくれ」
 チェルスは足を組み、腕も組んで話し始める。

———“賢人猊下”のことは知っているか? …話が早いな。“賢人猊下”マイレナ・ローリアス・ナイン。
   三百年前までに実在していた僧侶だ。まぁ最終的には賢者になっていたが——
   そいつには正真正銘の妹がいて、それがルィシアなんだ。…そ、つまり、あいつは
   本来存在するべき人間じゃない——つまりガナンに甦らされた『霊』、わたしと同じ部類だ。

 この人は何故こんなにも重要な言葉をさらりと言う。
 驚愕の中に呆れを交えた表情をするマルヴィナ。先程覚えた違和感の意味が分かった。
彼女は自分をこう名乗った——
                     ・・・・・
“ —…魔帝国騎士、“漆黒の妖剣”ルィシア・ローリアス— ”

 そういう、ことだったのだ。でも、それなら。それなら、どうして。
「なんでマイの妹が、敵国にいるんだ、って話だよな。
…だがわたしも詳しいことは知らない。本人に聞くしかないな」
 深刻な話になりつつあり——と思った矢先、チェルスの腹の虫が鳴った。一瞬にして空気が冷める。
「…………チェルス…………」
「正直だろ。腹」短く笑声を上げ、腰に吊った麻の袋から胡桃のような小さな食べ物を取り出す。
ひょいと口の中に放り込み、食う? と差し出されたので、三人は遠慮なくもらった。
「…そうそう、マルヴィナ、あいつのピアス持っているか?」
「え。…ルィシアの?」
「そ」
 持っているが…と答えたマルヴィナに、見せるよう要求。マルヴィナは借り部屋に戻り、すぐに帰ってきた。
それをチェルスはしばらく観察し——「発信機は壊されているな」あの日マルヴィナが呟いたそれと
同じ単語を口にした。
「あぁそうだ、それ——」キルガだ。「その、『ハッシンキ』って…何なんだ?」
 マルヴィナがいきなり口にした単語を、彼らは聞いたことがなかった。キルガは音の響きを覚えていて
それを調べてみたのだが、やはりどの書にも『ハッシンキ』なる言葉は載っておらず、
マルヴィナにも尋ねてみたのだが、あの時は冷静じゃなかった、頭に血がのぼっていたから、
自分でも何を言っていたのかは覚えていない。そう、答えたのだ。お手上げだった。
「ははぁ」チェルスは言った。「それも『記憶の子孫』の影響だな」
「影響?」
「『記憶の先祖』の記憶が受け継がれている、ってやつさ」
「じゃあチェルスは——知っているのか?」
「だからさっき、名前を言ったんだろ」
 胡桃のような粒をもう一つ、口に放る。どうやらお気に入りらしい。
「『発信機』ってのは、まぁざっくばらんに言えばそれを持ったものの位置を特定する物だ。
帝国が獲物の動きを確認するための道具として密かに開発した物だから、世間一般には知られていない。
仕組みもよくは分からんが…まぁ多分、魔法の類だろう。——いや知らないから本当はどうかはわからんが」
「……」
「へぇえ」
 キルガは無言で考え込み、セリアスは感嘆の声を上げる。マルヴィナは頷いた。
「でもどうやら、今は獲物じゃなく、兵士に取り付けられている。
その理由なんだが——長いぞ。それでもいいな?」
「長いのは慣れたよ」マルヴィナ。
「何事も説明なしではわからない」キルガ。
「……我慢シマス」セリアス。
 チェルスはやっぱりな、とどこか疲れたような表情をしたが——

 語り出す、
 これから先に本当に重要になる話を。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.271 )
日時: 2013/03/17 00:50
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「ガナン帝国は三百年前に一回滅びたってのは知っているな?」
 つい最近だが、それは聞いた。それぞれの反応で頷く三人。
「それがまた現れたってことは、二つの可能性がある——はいキルガ」
「えっ?」いきなり話を振られ、困惑気味に答える。その二つを応えろと言う意味か。
「…末裔たちによってたてなおされたか、あるいはその—まだよくは知らないが—
『未世界』って所から蘇った『霊』によって成り立っているか…ってことか?」
「お前本当に凄いな」完璧な回答に若干退いて半眼で答え返すチェルス。
「正解。で、どっちだと思う?」
「本来なら前者だが…話の流れからすると後者だな」
「流石はアイの——」ついうっかりぽろりと素直な感想を言いかけて、チェルスは慌てて誤魔化した。
三人、特にマルヴィナが怪訝そうにチェルスを見るが、「続きだ」と言われ、首を傾げるだけに終わった。
「そ、んで、今の帝国には『霊』がごろついている。今日来た奴らもそうだ…
殆ど骸骨だのなんだのゾンビ系統だっただろ」
「あぁ…」マルヴィナ。「そうだったな」ファイアフォースを皆にかけたのだから、覚えている。
死してなおこの世を彷徨うものに効くのは、炎、そして光。
だから聖であり炎である空爆系統は浄化に適していると、シェナは言っていた。
単に殲滅するだけなら、火炎系統が最も効果的ではあるけれども。
「だが——兵士には二種類いる。ひとつは、『霊』。もう一つが——正真正銘の、今生きている人間」
「へっ?」
「……」
「…あ、ぁ」
 セリアス、キルガ、マルヴィナ—尤も喋っていないキルガをカウントに入れるかどうかの問題があるが—。
キルガは既に理解している。マルヴィナも思い出す。ようやくセリアスも気づいた。

 弟を探し、ナザムの村で、その生涯を閉じた女性の存在に。

「何でまだ人間集めてんのかはまだ調査中。だが——ようやく本題に戻るが、
この『発信機』はあの国のクサレ皇帝がそんな兵士たちを監視するために使われてんのさ。
もちろん、兵士には知らせないで。——あいつは気づいていたみたいだが」あいつ、というのはルィシアだ。
「監視」マルヴィナが復唱する。「そんなものを付けて高みの見物であれこれ命令ってか」
「…いや」キルガ。「多分…脱走しないためじゃないだろうか」
「お前は…」チェルス。「何でそんなに頭が働くんだ」
「…え? …む?」セリアス。完全に蚊帳の外。
「ハイリーさんみたいに、途中で帝国から離れたくても離れられない状況の人がいた。
…そう考えると、こっそり自分の故郷に戻って一般人のふりをする人が出てもおかしくはないだろ?」
「………」チェルスはかなり微妙な表情で苦笑いした。まったくこいつは。
「はいはい、じゃあもう一つはさすがにこの秀才でもわからない情報だ」チェルスはその表情のまま言う。
キルガは気を害する風でもなく、いやそもそもその『分からない情報』のことを自覚していて
そのまま尋ねるつもりでいたので、黙って話を聞く体勢に。どこまで誠実なんだこの男。
「もう一つ、『霊』に取り付ける理由だが——まぁ、人間と同じ状況も
予測されるっちゃあ予測されるが流石に三百年もたてば村町国の様子は変わる。
そんな故郷に脱走してまで帰るとは考えにくい」
 多分そいつ(キルガ)はそう考え済みだっただろうが——とは言わない。
                            ・・・・・・・
「結論から言うと——『霊』の何を監視するかっていうのは、消えたかどうかだ」

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.272 )
日時: 2013/03/17 00:50
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 やはり沈黙する三人組。
 だから結論から言うなっての。と思ったのはマルヴィナ、
 消えたかどうか…。とその意味を考えるキルガ、
 …………。頭の中でも黙るセリアス。そろそろ意識がぶっ飛びそうだ。
「はいそれでは——ここでいきなりですが『未世界』について説明をします。マイにまとめてもらった」
 そう言って羊皮紙を取り出すチェルス。字を書いたのはもちろん実体のある彼女だったのだが。

 『未世界』——仮名。本名? 知るか。
 何で存在するのか——そんな質問した奴、何でこの世があるのか説明してからにしなさい。
 世間一般が『あの世』と呼ぶものとは異なる
 住民は主に二種類、強く未練を残した実在していた者、即ち『霊』。
 もう一つは——人間としてこの世に生まれ出でられなかった者、即ち『不人間』(仮名)。
 降霊術師だの召喚士だの、そいつらが呼び出すのは『不人間』。
 この世を離れきってしまった『霊』を蘇らせるには相当の魔力が必要。
 しかも、本来存在する者ではない為、その身体が再び死を迎えたときその身体は消える。


 最後のは、マルヴィナも初めて聞く話だ。チェルスは段々疲れながらも話を続ける。
代わりに読もうか、と言おうとしたのだが——それは天使界のものでありながら古代文字であり、読めなかった。


 さてここで世界の真実です。
 霊関係の仕事している人には有名だよ〜僧侶とか「しまった、マイの言ったことそのまんま書いちまった」
 人が死を迎えたとき、魂はどうやって別世界に行くのか? って話。
 まぁ、死者の扉が開くんだろうって考えが最も有力らしいけれど。実は、正解。
 もち名前は違うけれど、ごく小さな扉的なものが開いて、そこから魂は別世界に飛んでいく。
 『霊』も同じで、死を迎えた瞬間その扉を通って『未世界』か『あの世』とかいう世界に戻っていく。
 その時身に着けていたものも一緒に消えちゃう。発信機だって例外じゃない。
 だから、『霊』に取り付けた発信機が消えた時点で、その『霊』が死んでしまったかどうかが分かるって仕組み。


「…マイの説明はいちいち軽いなマッタク」
 重要なことを何でもない顔してさらりと言うお前が言うな、…とは流石に三人も言わなかった。
「そのための発信機か…納得した」
「やっぱ異世界っていうのは不思議だな。この世も天使界も説明し始めるとキリがなさそうだな」
 キルガ、そしてマルヴィナ。セリアスは口から魂が抜けそうである。
「…でな。——これで最後なんだが——ちょいと厄介な話があるんだ。——“霊”が複数
ほぼ同時に消えた場合、その扉ってのはやっぱ結構大きく開くらしい。
——そうすると、別に死んだわけじゃない“霊”まで一緒に消えちまうんだよ。とばっちり受けてさ」
「…それ、凄い迷惑な話じゃないか」マルヴィナがぼそりと呟いた。
「……」チェルスは一度黙った。「…あぁ、本当にな」
 その言葉を、マルヴィナの目を見て言っていたことが、少々気になったが。
「…説明は以上。よろし?」
「わたしは大丈夫」マルヴィナが答えたが、キルガはまだ何か考えている。
一体どこからそうも疑問が出てくるんだ。
「…まぁ、さすがに説明はもうこれで勘弁してくれ。言った通り説明は苦手なんだ」
「だってさ、キルガ」
「…あぁ」
「分からないことがあったらまた訊きに行けばいい」マルヴィナの助け舟。
不承不承、キルガも頷き、長い説明の時間は終わった。
 ちなみにセリアスは寝ていた。




「——あぁ、本当に迷惑な話なんだよ」
 宿を出てから——チェルスは、呟いた。
「——あんたにとっても、さ」
 チェルスがその脳裏に思い浮かべていたのは、自分の“子孫”とシェナの姿だった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.273 )
日時: 2013/03/17 01:00
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「シェナ、何かあった?」
 ——夕方から夜になるような、そんな時間。
マルヴィナは、里長の家の前の墓に手を合わせるシェナを見つけた。

「マルヴィナ」
 シェナは応え、まぁね、と顔を曇らせた。両親と、祖母。少し離れた位置にある、ひとりの少年の墓。
「…ドミールに伝わる『真の賢者』ってね」
 シェナは、心配してくれるマルヴィナの優しさに甘え、思っていることを話し出す。
「生まれる前に父親を、生まれたときに母親を亡くす…って言われがあったみたいなの。
その子に宿った魔力が、吸い取ってしまうからって」
 そう、そしてシェナは、まさにその境遇にあった。
「私が…その『真の賢者』と呼ばれる者」続ける。
「…どうしても、そう思えなくて…ううん、思いたくなくて」
 ゆっくり首を垂れる。
「…どうして?」
「だって」シェナは唇を噛んだ。「私が生まれたことで、二人も死なせたのよ? しかも、両親を…
それに、そんな称号があったって、未熟なのには変わらない。…未熟だったから…だから…っ」
 シェナの視線が転じる。その先——ディアの眠る墓へ。離れない。あの光景が。
 あの姿が。
 あの思い出が。

 ——あの言葉が。

    ア イ シ テ ル   、  シ ェ ナ
“ 無上の恵愛を、貴女に——  優美なる人へ ”



 古の言葉を使うことを好まなかった彼が、シェナに示した最後の存在の証。
 どれだけ必死に考えたのだろう。
 どれだけの想いを、言葉に込めたのだろう。
 だが、その若さゆえに率直に刻むことのできた言葉は、もう昔の出来事。
 昔だからこそ、もう戻らないからこそ、シェナは辛かった。
 …あの時私に、もっと力があったなら。
「…称号ほど立派な存在じゃない」シェナは震えた。
「犠牲の上でしか生きていないのに。…何が、何が、『真の賢者』よ。…私は」
 私は、……。

「…今のままじゃ、そうかもしれないな」
 不意に、マルヴィナが言った。重い、低い声で。
「確かに今のままじゃ——シェナは誰かの犠牲の上で生きていることにしかならない」
 ——否。それは、厳しいというのが一番合っている——そんな声だった。
少し驚いて、シェナはマルヴィナを見る。真剣な目を、見た。
「…いや…それだけでしかない、というべきか。…事実は変わらないかもしれない。
でも、だからこそ——ってものが、あるんじゃないか」
 思わず、問い返した。蚊の鳴くような、小さな声ではあったけれども。
「そんなことがかつてあった、そう思うだけじゃ、何も変わらない。
…もう、そんなことを起こしたくない、だからこそ強くなって見せる、前を見てみせる——
そう思わないと、本当に『犠牲の上の者』でしかなくなってしまう」
 黙って聞くシェナの手を握った。
「シェナは頑張っている。わたしたち仲間を守ってくれる。
そんなことは思うな。この方たちを、犠牲者で終わらせるな。
…そうじゃないと、可哀想な人で終わってしまう——そうなってほしくないだろ?」
 どうして彼女の言葉は、ここまで心を軽くしてくれるのだろう。
 それはきっと、彼女だから。
 マルヴィナという、ひとりの人格だからこそ、ひとりの戦友だからこそ、紡ぎ出せる言葉。
 ——マルヴィナ、私は、貴女が羨ましい。
 でも、貴女に出会えたことに、感謝したい。


「あぁ、ここにい——」
 突然、後ろの階段から、月を背にしたチェルスがやってきた。いつの間にか空は暗い。
マルヴィナは振り返り、その名を呼んだ。シェナは噂の人物が現れたと、同じように振り返って——

「「!!?」」

 そして、二人は見つめ合った。
 シェナと、チェルス。驚いたように、戸惑ったように、弾かれたように。
「…え」
 マルヴィナが困惑して、二人を見比べる。「どうしたの?」
「え? う、ううん」
「い、いや」
 だが、マルヴィナの言葉に、同じような反応を見せると、互いに目をそらした。
 じゃあ、時間も時間だし、と言って、シェナは戻った。
最後に、ありがと、という言葉は、忘れなかったけれども。



「どうかした?」
 訊ねたのはマルヴィナだった。チェルスはその質問が今の反応について聞いているのか、
訪れた理由を聞いているのか分からなかったが、とりあえず後者の答えを言った。
「まぁ、ちょっくら暇潰し——体調は?」
「良好」
「問題なし」
 にやりと笑って、チェルスは一本の棒——否、剣をマルヴィナの足元に放って寄越した。
「…え」
「一本、勝負してみないか」
 見れば、チェルスの手にも同じような剣が握られていた。拾い上げ、観察する。
それには鍔らしいところがなかった。握りの部分を例えるならば——篭手。
篭手の装飾のようなものから、剣身が生えている——といった感じだろうか。
「一回、あんたの実力を見てみたいんだ」
 鍛錬というからもちろん刃はないが、それにしては威力が高そうだ。しかし、ひどく持ち辛い。
「パタ、って剣が基だ」チェルスは言った。「持ちにくいだろ。下手すると手首を痛めるから気をつけな」
「ちょっぴり厳しい鍛錬にはおあつらえ向きってか」マルヴィナは苦々しげにも笑って言った。
「そーゆーこと」びゅんびゅんと重く振り回しながら、チェルスはぴたりとマルヴィナに向けた。
マルヴィナも感覚をものにし、ゆっくりと持ち上げ、構えた。
「…いくぞ」チェルスは静かに言い、鍛錬にしては少々荒っぽい一戦が始まった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.274 )
日時: 2013/03/17 01:03
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 篭手を腕に固定されたまま扱う、今までにない剣の持ち方だった。
ナザムの村にはドラゴンキラーと呼ばれる剣が売られていたが—竜殺しの名を着けていたのは
光竜を崇める思いよりも闇竜を厭う思いの方が強かったからだろうか—、
その剣の種類はジャマダハルと呼ばれる剣の中でも群を抜いて特殊なものであった。
このパタ—をモデルに鍛錬用に改造した剣—は、ジャマダハルの亜種であり、共に使いにくいのが特徴だ。
 マルヴィナはどちらかというと斬撃のほうが得意だ。天使界では鍛錬は
レイピアもしくはフルーレを使っていたためほぼ刺突を学んできたが、人間界に落ちてからは
主に両刃の剣を扱い、斬撃のほうが自分にはあっていると思ったのだった。
一方でチェルスは、斬撃・刺突両方を見事に使いこなした。腕を固定された状態で、ここまで自由に動く。
 剣を交わし、互いに笑う、だが目は真剣そのもの。
全身を使って攻撃をかわす、狙い時を見計らって動く。攻防一体。
 ついにマルヴィナが、刺突体勢になった。斬撃だけでは勝てない。
この剣を使いこなせ、剣と一体になれ。

 武器の力を、見極めよ!



「…こんなもんかね」
 そして、半時余り過ぎ——
 地面に寝そべるマルヴィナに、チェルスはカラカラ笑いながら言った。
「…負けか」
「いや、中断だ。さすがのあんたでも最初でこれだけ長時間使うのはまずい」
「…続けていたら確実に負けだった…いやそもそも、チェルス、本気出していないだろ」
「あらー。ばれてやんの」ちっとも悪びれず、軽く舌を出して素直に認めるチェルス。
「でもンなこと言ったらマルヴィナこそ。まだ本気じゃあなかったろ?」
「…わたしはいつだって本気でやる」
「冗談じゃねぇ。初めてで本気なんざ出したら今頃あんたの腕はガチガチだ」
 だよね、と、今度はそれを認めた。確かに、本気でやったつもりでいた。
そう、あくまで、つもり。恐らく、本気は出さなかったのではない、出せなかったのだ。
扱いづらい剣、というものに、初めて会った。
「まっ、あんまこれは気にすんな。今時こんな剣、殆どないから——まーやっぱ
バスタードソードとかレイピアとか、そのあたりの鍛錬が一番だろうからね」
 …じゃあなんでこの剣を選んだ、…とは言わなかった。
多分答えは、そっちのほうが面白そうだったから、だろう。
「それにしても、マルヴィナは斬撃派か」
「刺突はキルガに任せる。…それだけはかなわない」マルヴィナは素直に言った。
「それに、もう一本の剣は、両刃だからさ」
「もう一本…? 二刀流ってやつか? …両刃で?」
「や、…今は使うことができないんだ。錆びていて、さ。…使いこなせるかどうかも分からない、
でも…できたら、本当に使えるようになったときに、剣に相応しい腕を持っていたらいいなって思ってさ」
「自分に剣を合わせるんじゃなくて、剣に自分を合わせるってか? ——…ちょっとまて。それ——」
 何だそりゃ、と言おうとして——引っ掛かりを覚える。…まさか、いやまさか…ちょっと待て。
「オイそれ、まさかとは思うが…名前、『銀河の剣』とかだったり、するか? …違うよな?」
「そうだよ」
 あっさり言われ、チェルスは久々に自分が驚いたことに気付いた。もし今が夜で、
さらに場所が人里でなければ——間違いなく叫んだ。叫んだ拍子に魔物三匹程度吹っ飛ばす勢いで。
「おまっ、ちょっ、それ、何でお前が持ってんだ!?」
「へっ? …え」
「それ、今どこにある!?」
「宿の中」
「…う。…む。ん」
 チェルスは一度落着き、咳払いをしてからふぅーーーっ、と息を吐いた。
「その剣、どこにあった?」
「え? と、ウォルロ村だけれど」
「うぉるろ?」
 この大陸の崖を超えて北側にある、大滝の名所だと説明した。さすがに村の守護天使だけあって、
説明は余裕だ——何度も言うようにたった五日間のことではあったが。
 滝、の言葉でチェルスは納得した。
「当時あの大滝の傍には一つ宿屋がぽつんとあった——恐らく村はそのあとにできたんだろう」
「え。…そ、そう、なのかな」マルヴィナは考え込む。大師匠エルギオスの消息が途絶え、
師匠は守護する場所をナザムから変更していた。もしかしてウォルロを選んだのは、
村としてできたばかりで守護天使がいなかったから?
 …さすがにそこまでは分からない。マルヴィナは考えを振り払った。
「そういや言っていたな——昔旅人が、宿賃代わりに置いて行ったって」
「…オイなんだその話。まるっきり違うぞ」
「へっ?」
 凄く真面目な——通り越して、若干不機嫌な顔をされ、マルヴィナは目をしばたたかせて訊ね返した。
「まるっきり違うって…何だ、知っているみたいに」
「知っているからな」
「は?」
 聞けば聞くほど話が分からなくなっていく状況に——チェルスが、ついに終止符を打った。
「だって、その旅人、わたしだから」
 爆弾発言——いやもう大砲発言並みだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.275 )
日時: 2013/03/17 01:09
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ——ここに来てから驚きっぱなしだな。
 翌朝、マルヴィナはふっと笑った。
シェナの出生の秘密、傷の完治、現れた『記憶の先祖』、“蒼穹嚆矢”のその実力、
ルィシアの正体、『未世界』の新たな情報、そして、銀河の剣——

——もともとそれは、わたしも貰ったものだったんだ。…だが、昔——ナザムとか言う村だったかな、
  そこの武器屋のじいさんに、「お前には使えない」って言われたんだ。
  実力とか、そういうのじゃなくて。ふざけんな、って思ったけどさ、まぁ、
  あんな錆びちまっているし、持っていてもしょうがないじゃん? だから、信用おける奴に渡したんだよ。
  …いつか、誰か本当の持ち主が来るだろうってさ——…何で宿賃代わりの話になってんだか。
  …噂なんてそんなもんか?

 大体そんなことを言ったチェルスに、マルヴィナは笑った。ナザムの武器屋のじいさん。
それはもしかして、マルヴィナに銀河の剣のことを語ったあの青年の、先祖なのだろうか。



「…首尾は」
 時は少し戻り、深夜から早朝に差し掛かる頃。
チェルスが、静かに闇に尋ねた。
『ばっちりだ』
 否、闇ではない。二人の陰。だが、実体は、ない。
『少々厄介な情報よ』
 ——マラミア、アイリスの二人だ。役目を終え、二人は現在、
魔帝国を探っている。つくづく頭の下がる二人だ。
「聞こう」チェルスは眉根を寄せ、静かに言った。
『兵士どもは殆ど魔物にされちまっている。どーやら奴ら、未だに“あの実験”を繰り返してるっぽいな』
『しかも、殆ど全てが霊よ』マラミアに補足を入れて、アイリス。
「となると…一気に攻めることは無理か」
『そうね。…無茶は禁物よ、一度に斃せば』
「分かっている」チェルスは打って変わって気だるげに答えた。

 先に説明したとおりだ。
 ——同時に大勢の『霊』を屠れば、それだけ大きな『扉』が開く。
あまりに開きすぎると——屠られていない、関係のない『霊』まで、消えてしまう。
  ・・・・・・・・・・・・・・
「…消えるのはわたしだけじゃない、その辺は頭に置いているさ」
『そう』安堵でも納得でもない、ただ無感情に頷くと、話を続けた。
 魔帝国ガナンの、現在の状況。国全体にバリアが張り巡らされていて、近寄れない。では、そのバリアとは?
 そのバリアを張っているのは、皇帝ガナサダイである可能性が極めて高い。
そして、今分かっているのは、そのバリアは、魔物兵に関係があるらしい。
『ここまでだ、こっからはまだ調査できてない』
「了解した」チェルスは頷く。「…で、前から思っていたんだが——」
 そして——いつも思っていたことを、口にする。
「…それだけの情報、いつもどこから仕入れているんだ?」
 その質問には、二人同時に、同じ言葉で答えた。

『『秘密』』



 マルヴィナは問い返した。   ・・・・
「えーと、スミマセン。もう一回、ゆっくり言ってもらえません?」
 里長の家の前、ドミール火山へ続く入り口付近。
 背の高い、マルヴィナよりずっと年上の婦人が、口を押えた。
「あらやだ。これは失礼いたしました。…グレイナルさまからの言伝です」
 それは聞き取れた。そのあとだ。
「どうやら、あなたさまの話をお聞きしてくださるみたいですよ。ですが、条件があると——」
 え、と問い返し、だがそのあとの言葉に脱力しかける。条件て。
「条件は、あなたさまおひとりで向かうこと。
さらに、『竜の火酒』を持ってくるように、とも仰っていましたわ」
「『竜の火酒』」マルヴィナは復唱した。
「あの通路の地下にある酒蔵で製造されている特産品ですわ。
…では、確かにお伝えいたしました。勇気と信頼の証に、祝福を」
 やはり出てきた不思議な挨拶に慣れないマルヴィナは、ありがとうございましたー、と苦笑しながら応えた。
(…まいったな。わたし一人、か)
 よりによってああやって啖呵をきったわたしが呼ばれるとは。と内心でため息を吐きつつ、
宿屋に戻り武具を装着する。まいったなと思うのには、もう一つ理由がある。
というのは——マルヴィナは、未だ『職』が魔法戦士なのである。
ひとりでまた、あの火山を登らねばならない。回復魔法が使えないのは厄介だった。  ルーラ
しまった、このくらいだったら山頂の様子をしっかり覚えておくんだった。そうしたら転移呪文で
一発で着いたかもしれないのに。
 キルガにグレイナルのところへ行ってくると伝え(そして心配され)、
セリアスが見つからないので仕方なしに隧道の地下へ向かう——と、セリアスはその中にいた。
 マルヴィナが声をかけると彼は驚き、いやなんでもない、と
言い訳としては実に下手な言葉ではぐらかしたが、マルヴィナは敢えて何も言わなかった。
 その表情が、チェルスと初めて会ったあの日と同じだったから。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.276 )
日時: 2013/03/17 01:13
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 『火酒』と呼ばれるだけあって、それはきつい酒の匂いがした。
 どうやら里の民たちは、これを水や炭酸で割って飲むのが通常らしいが——そのまま飲んだら確かに、
燃えるくらいに熱くなるか、火を吹くくらいのことももしかして、うまくいけば、ひょっとしたら、
実のことを言うとできるんじゃないか——とマルヴィナは思った。…飲んでみたいかもしれない。
 が、最初に飲むのはグレイナル様だ一番初めにできた一番上等な物しかお渡ししないんだからな
いいな絶対に飲むんじゃねえぞと酒職人のこの里には珍しいちょっぴり荒っぽい親父さんに
凄い勢いで釘を刺されマルヴィナはとりあえず頷いた——創っているあなたは味見のために
グレイナルより先に飲むんじゃないのか? …と内心言いたくて言いたくてたまらなかったが、
その酒の匂いに、酔いに強いマルヴィナでさえもくらりとしかけたので、反論はやめておいた。
 酒を守りながら火山なんて登れるかなぁと思っていたが、周りの人は言った、
大丈夫、そのお酒は魔よけの効果もあってね、それを持っているときは魔物は殆ど襲ってこないから、心配無用!
 …そんなまさかと思っていたら、ところがどっこい本当にあまり襲われなかった。…襲われなかったが。

(いやこれ魔よけっていうか…この匂いに魔物が酔っているだけなんじゃ…)
 近付く度にふらぁりぽてん、と倒れてゆく魔物を見ながら、マルヴィナは一人苦笑していた。



 ようやくマルヴィナが山頂に着き、流れる汗を振り切ると、光竜——というより今や老竜グレイナルは、
そんなマルヴィナを労わる風でもなく初めに「遅い」の一言で切って捨てる。
「遅いぞ。何をぐずぐずしておったか」
「か、勝手に呼び出しておいて失礼な。…で? わたしらのことガナンの手先呼ばわりしたあなたが、何の用で?」
 やけに大きな壺だと思っていた火酒も、グレイナルの前に置くとかなり小さく見える。差。
嬉しそうに酒に首を伸ばすグレイナルに、マルヴィナは半眼になり、さっと壺を退けてしまった。
「先に答える」
「…つくづく恐いもの知らずな娘じゃな」
「お褒めの言葉をどうも」
 ふん、と、グレイナルは不服そうに鼻を鳴らす。「そのガナンの兵士を斃したのは貴様ではないか」
 マルヴィナの眉が上がった。「聞こえていたのか」
「竜の耳をなんだと思っておる」
「…逆に問うが、あなたの耳はどこにあるんだ?」
「…いちいちずけずけものを問うな、貴様は」
「尤もなことを聞いただけだ!」
 相性が悪そうな者(?)とも漫才ができるということを知った。
「まぁ、あの“蒼穹嚆矢”が珍しいことに認めておるしの。とりあえずは信用してもよいと言う事じゃ」
「へぇ…信頼しているんだ」
「世話になったしな」
 チェルスに!? とマルヴィナは思った。言いはしなかった。…本当に、一体何者なんだあの人は。
「…いつまで退けておる」
「はいはい、どーぞ」
 マルヴィナは呆れて火酒を差し出した。長い口を突っ込み、豪快に飲む。
 顔を上げて、ふいー、と声を上げる。酔っ払いか。
「しみるのぅ。…飲むか」
「いや、結構だ」
 水割りにしていないのに飲んだら冗談抜きで火を吹きそうだ。
わたしはまだ竜にはなりたくない。…一生なる気はない。
「おぉ、そうじゃ、忘れるところじゃった」
 少々上機嫌になったグレイナルが、ぽん、と何かを放って寄越した。
マルヴィナは右手でそれを掴み、しげしげと眺めた。紫を基調とした、旗型の小さな紋章である。
だが、それには見覚えがあった。この模様は。
「…ガナンの物か?」
「そうじゃ。奴らにゃ大事なモンらしいが、儂にはガラクタ同然。まぁ売ればそこそこの値に」

 ——マルヴィナとグレイナルの表情が、ほぼ同時に緊迫したものになる。
同時に、空を仰ぐ。空から感じる、気配。

 敵意。邪悪。脅威。危険。嘲笑。

「あれはっ……!」
 刹那、闇の渦が、吸い込まれているように迫ってくる。






 ————————————ざがしゃぁぁぁぁんっ!!
 敢えて音を言葉にするなら、キルガにはそう聞こえた。渦が直撃したのは、階段の横の崖だった。
その崖の上にいたキルガは反動で、思い切り吹っ飛ばされた。
「ってぇ…」
 だが、うずくまっている暇はない。同じように被害を受けた人々を助け起こし、怪我人を任せ、
キルガは戦慄して空を見上げた——闇竜!!
 闇竜バルボロスが、里を襲ってきた!!
「諦めの悪い奴らっ…」
 キルガは悪態をつき、周りを見渡した。このままでは、里の民が危ない。
だが、妙なことに、闇竜は一発放っただけで、何もしてこなかった。追撃を行わなければ、
向かってくることもない。何故だ…? キルガは訝しみ——そして、まさか、と思った。
思った矢先、もう一発が来た。今度は、さらに上——頂上付近に向かって、である。
間違いない。振ってきた岩を巧みに避けながら、キルガは思わず言った。
「誘き…出している」
 ——マルヴィナ、と、唇が動く。危ない——危ない!
「…くっ」
 キルガは急いで、腰鞄からキメラの翼を取り出そうとした。中に入れていたものは
ほぼぐしゃぐしゃになっており、翼も羽が無残にはがれ使い物にはならなかった。
「キルガー!!」
 こちらの名を呼び、瓦礫を避けながら走ってくるセリアス。「悪い、キメラの翼を貸してくれ!」
 キルガは首を振った。こちらも使えない、と返す。
眼を見開いて、セリアスは歯ぎしりした。「こうなったら、直接——」
「落ち着け」
 と、チェルスが二人のもとにやってきた。驚いて彼女を見る二人。
「こういう時程、冷静になる——バトルマスターと聖騎士は、そういうものだ」
 静かに諭し、チェルスは目を閉じる——
「アイツのことはわたしに任せろ。できることをしな」
 短く、鋭く言うと——チェルスは、一つ翼を、放り投げた——…。

 そして、空に現れたのは——蒼い鳥。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.277 )
日時: 2013/03/17 01:17
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「あいつっ…また来たかっ!!」
「…ふむ。紛れもない、確かにバルボロス——蘇ったとでもいうのか。恥晒しが」
「——え?」
 ハジサラシ、の言葉にマルヴィナは訝しげにグレイナルを見たが、
それより先にグレイナルは壺を咥え横に退け、マルヴィナを見た。
「すまぬが話はあとじゃ。付きおうてもらうぞ」
「…戦うつもりか」
「当たり前じゃ、里を襲うとは卑劣極まりない。この空の英雄が直々に制裁を加えてやろうぞ」
 さすがだな英雄、と答えようとして、む? と首を傾げる。
「ちょっとまて、付き合ってもらうって、どうやって?」
「儂の力を蘇らせる役を担ってもらう」老竜は即答した。
「今から貴様に竜戦士の防具を授ける。それを纏い儂の背に乗れ。そうすれば儂はまた飛べる!」
 そういうこと。マルヴィナは納得した。了解だ——そう言おうとした時、空から別の
邪悪な気配が飛んできた。風を巻きちらし、マルヴィナの前に立ちはだかる。はっとして、そちらを見る。
「くく…そうは、させん」
 まるで自分自身の力を誇るように、そいつは言った。
「何だ、お前はっ!?」マルヴィナは剣を抜き放ち、身構えた。
「名乗るものでもない、ただ竜戦士の防具とそれを纏うものを始末せよと皇帝より命を受けた一介の兵士」
「どうやらただの馬鹿だということが分かった」しっかり名乗った魔物兵士に剣を向ける。
「ふむ。狙いは貴様か…ちょうど良い、奴を蹴散らし、竜戦士となるに値する者かどうか、儂に証明してみよ」
「お安い御用だ」
 マルヴィナはにやりとする。自分に酔っていた魔物兵士は明らかに                イオラ
馬鹿にされた会話にピシ、と青筋をたてると、いきなり折り畳んでいた翼を広げ、呪文を詠唱した——爆発呪文!!
「ッ」
 マルヴィナは小さく舌打ちすると後転し、身を低くして着地、爆発に巻き込まれるのを免れる。
ウイングデビル
(羽の悪魔——魔力の根源は、翼か!)
 マルヴィナは目を細め、踏み込んだ。つま先で地面を蹴り、飛び込むような形で敵の懐を薙ぐ。
魔物が凍える吹雪を吐いた。マルヴィナははっとし、急ぎその体勢のまま右に倒れこみ地面を転がった。
辛うじて、回避。ちょこまかと動く小娘に苛立ちを覚えた魔物は再び、羽を広げる——
刹那、その羽の付け根が、断ち切られた。

「根源を、」
 ほぼ同じタイミングで、もう片方も。
「——叩っ斬る!!」

 魔物の背後に、風を纏い現れたマルヴィナが、剣を地面に突き立てて叫んだ。
「…こ」
 憤怒に、あるいは、醜態に、その顔を歪める魔物。
「小娘ぇぇぇえ」
 感情を押し殺し、マルヴィナは魔物の急所を刺した。そこから波動が生まれ、魔物の姿をかき消してゆく。
「…ふん、やるではないか」
 グレイナルが満足げに笑い、マルヴィナは頬に着いた血を指で拭い、「お安い御用といったからな」応えた。
剣の血もふき取り、腰の鞘にぱちりと納め、マルヴィナはグレイナルに近づいた。
「おっと、その剣は、置いて行ったほうが良い。落としたら敵わんじゃろう」
「む…」
 若干不服ではあったが、仕方ないと嘆息した。確かに、武器を失うのは辛い。
二本の剣を外し、火酒の横に置く。グレイナルが鳴く。マルヴィナを、淡い光が包み込んだ。
はっと驚く間もなく、マルヴィナを、純白の鎧が覆った。鎧だけではない、篭手も、膝当ても、ブーツも。
純白に、高貴なる赤のマントが映える。兜をかぶる。
頭はもちろん、口元まで覆われた兜の下で、マルヴィナはニッと笑う。
「…似合うではないか」
「あぁ、ありがとう」
 マルヴィナは応える、三百年前の英雄に祈る。グレイナルではない、かつてこの鎧を纏い、
グレイナルと共に戦ったであろう英雄に——どうか、力を貸してくれ、と。
 ひらりと、グレイナルの背に跨る、その角をしっかりと掴む。光輝——グレイナルの咆哮。
「——ふむ。懐かしい——かつての力が戻ったようだ」
 言われずともわかる、竜は、幾分か若々しさが感じられた。
「行くぞマルヴィナ。奴を蹴散らしてくれる!」
 マルヴィナは頷き——どこかで、あれ、わたし名乗ったっけ——と首を傾げつつ、空を見上げる。
 襲い来る魔物、雄叫びを上げる光竜。
翼は空を切り裂き、魔物を叩き落とし、闇の渦巻く空へ、今再び飛び立つ——



 ——空の英雄の名のもとに。