二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.281 )
日時: 2013/03/18 20:50
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

    サイドストーリーⅣ  【 僧侶 】



 かつて、アルカニア、と呼ばれる街があった。
 場所は現在のビタリ海岸の高台の上、ビタリ山の東の断崖絶壁にたった他との交流が一切ない街であった。
だが、その街は、魔法によって栄えていた。魔法によって作られた崖下への移動手段——
俗にいうエレベーター、というものを使い(円盤に乗り、上下を移動する仕組みだった)、人々は水を得た。
その魔力で火を起こし、光をつくり、生活をしていた。
 そう——いわば、魔法都市。
 ここはとある有名な二つの魔法組織の本部が構えてあった。

 一つは、その知識で魔術を操り、生活から護衛まで幅広くその力を発揮する魔法組織。
ホーリーウィザード
 聖魔術師・センディアスラを頂点とする、『魔術団アーヴェイ』。

 もう一つは、その精神で癒しを施し、傷の治療だけでなく人の寿命まで研究を続ける魔法組織。
法王・ルヴァルディスタを頂点とする、『僧侶団マーティル』。
 ——…僧侶マイレナの所属する、団体である。


「…む。ぐぅ……ふむぐぐぐ」
 初めて聞く人だったらまずそのうち全員が何の音だと考えるだろうが、この音——否、声は、いびきである。
真横から日差しがまぶしく射し、その顔を容赦なく照らしているのに、
一向に起きる気配のない姉を、妹・ルィシアは冷めた目つきで眺めていた。
じりじりじり、と耳元のベルを鳴らす。起きない。鳴らす。鳴らし続ける。じりじりじりじり。
起きない。鳴らす。じりじりじりじりじり。近所迷惑になり始める。鳴らす。じりじりじりじ

「起きんかいっ!!」

 遂に折れて、というかキレて、横を向いて寝ているために上になった脇腹に両手チョップを叩きいれる。
ほぎゃー、とベル以上に近所迷惑な大声を上げて姉・マイレナは起きた。
「わ、ルイ、何でここに」
「自分の家ですから」
「あーそっか」
 納得するのかよ。
言うだけ言ってまたふらふらぽてんと寝そうになるマイレナを、今度は殴って止めるルィシア。
「遅刻する新人なんて即首飛ぶよ。いくら頭いいからって」
「なー…? …今何時!?」
「紅玉と橄欖の間——よりちょっと過ぎたあたり(7時半過ぎ)」
 いきなりガバリと起きるマイレナ。「さんくすルイ、助かったぁ!」
 危ない危ない、今から準備すれば何とか間に合う!
 こんな時間に起こしてくれるなんて本当に良くできた妹だ。なんせ物語のよくある話では大抵、
親族や友人は遅い時間にしか起こしてくれなくて、主人公が「遅刻だー!」って叫んで痛い目に遭うじゃないか。
 瞬時にして起き上がり支度を始めた姉を見てルィシアは、呆れかえりながら床に落とされた布団を拾い上げた。



 僧侶団マーティルの入団試験が行われたのはつい八日前。
 合格発表があったのは一昨日で、出勤は今日からである。一昨日渡された法衣を身に纏う。新人の証。
大抵の者には絹のローブが与えられるが、入団試験上位通過の者にはそれより少々上等なものが与えられる。
マイレナは二位通過で、纏うのはヒュプノスガウンと呼ばれる眠りの神を冠した法衣である。
他国で絹は上物らしいが、この国ではそうでもない。
時々商人たちが内緒で外国へ行って売りさばいているらしい。
 このせいで、他国と係わりのないはずのこの国の情報は少しずつ外部に漏れ始めてもいる。
 二人暮らしゆえに、行ってきますの言葉をルィシアだけにかけ、マイレナは外へ出た。
 今日も魔法都市は活気がある。




 いきなり意識が両手を上げてぶっ飛びそうだった。
 おはよう諸君今日から君たちは誇り高き聖者マーティル様に仕え法王ルヴァルディスタ様の下で
聖職に就く素晴らしき僧侶たちださぁこれより僧侶団についてをうんたらかんたら、うんぬんかんぬん、
聴いていてうんざりするほど長ったらしい司祭の言葉をマイレナはほぼ聞き流していた。
隣の娘はかなり真剣に聞いている。頷いてさえいる。勉強熱心なこってと、肩をすくめる思いだった。
だらだらとした話が終わり、組織内部の案内に入った。上位から二十人ずつ五つの集団に分かれるらしい。
 そうか、合格したのは百人程度か——そうちらりと思って、マイレナは案内について行った。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.282 )
日時: 2013/03/18 20:58
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「ここが精神統一の場、己の精神力を磨くためにうんぬん、ここが治療室、
怪我を負った人をかんぬん、そしてこちらが、だらだらだら…」
 こいつの説明は何故こんなに長い。
 マイレナはげんなりしながらついて行った。だが、流石は20位以内、殆ど皆熱心に話を聞いている。
先程隣にいた娘は本当に張り切っている。聞けば彼女が今回の入団試験のトップらしい。
「そしてこの先が上位僧たちの部屋なのだが、君たちはまだ入れない。
そしてそれより先の先、この組織の最上階にいらっしゃるのが法王ルヴァルディスタ様。
…話を聞いてばかりではつまらんか? ——ではここで質問だ。ルヴァルディスタ様の本名は?」
 一瞬、空気が揺れた。試験に出る範囲では法王の名は
ルヴァルディスタ・ルーウィとされているが(イヤそもそも、何でそんなのが試験に出るんだよ、てな話だが)、
正式にはもっと長いということは大抵の人に知られている。
 ルヴァルディスタ・シュアティ・ラムス・テスカナ・ルーウィ、それが法王の本名だ。
 だが、そこまで覚える人はあまりいないらしい。分かる人、と言われ、手を上げたのは三人。
トップの少女と五位の少年、そして不承不承ながらもマイレナ。上げただけましだろう。
 少年に答えを要求した司祭は、彼の完璧な答えに満足げに頷いた。
「では、関係はないが——あちらの、魔術団アーヴェイの頂点の正式な名前はわかるかい?」
 今度ばかりはこの二人も黙った。えー何それさすがにそんなの知らないよ。分かるわけないじゃない。
周りから囁かれるそんな会話すら聞き流しながら、マイレナは必死にあくびを噛み殺していた——が、
司祭にはバレバレだったらしい。
「君、ちょっとたるんでいるのではないかね? …答えてみなさい」
 でた、と、マイレナは思った。
態度の悪い生徒に難問を押し付け、解けないのを見てほら見たことかという表情をする。優越感に浸る教師。
 ここは学校じゃない。そしてマイレナは、生徒でもない。
「ほら——やはり答えられないだろう」
 思った通りの反応をする司祭を前に——ちょっぴり小馬鹿にしたような表情で、言って見せた。
「…センディアスラ・ガウス・ファルシ・テスカナ・フィージャー。
テスカナの名で分かるように法王サマの血縁関係に当たり、昔から双方の相性は悪く、
現在もそれは同様であり、互いに住民の支持を集めようとして組織の本拠地の様子もどんどん良くなり、
今や魔法組織は入団試験を行い優秀な人材のみを集めるエリート職になった——」
 すらすらと、訊ねたこと以外のことまで言い切ってしまったマイレナに、
周りは思わず唖然として時を止める。そんな空気を解くごとく、マイレナは同じ表情で言う——


「これで満足ですか?」






「姉さん、一体何やったわけ?」
 同日、後翠玉の刻を少し過ぎたあたり——家に帰ってきたマイレナに開口一番、ルィシアはそう言った。
「何が? ——ただいまルィシア」
「そのままの意味よ。——お帰り姉さん」
 テーブルの洋灯に火を灯し、出来上がった少なめの料理を並べてマイレナを見る。
「なんかすごい噂になっていたんだけど」
「…なんて?」
「色々。凄い頭いい人が来たー、とか、司祭を唸らせた新人がいるー、とか、
なんか魔術団と僧侶団の架け橋になるんじゃないかー、とまで言われていたんだけど…何やったの? 一体」
「いや別に何も——」
 何じゃそりゃ、てか架け橋て、と反論しようとして——思い当たる。あさっての方向を見た。
「…やったのね?」
「………ハイ」
「な、に、を?」
 妹の厳しい目。この表情になるとはぐらかせない。下手に言い繕うとすぐさまレイピアの餌食になる。
鍛錬用なのでもちろんさして危険ではないが、好んで痛い目に遭おうとも思わない。
…剣術に長けた妹をもつというのも考えものだ。
「…単に質問に答えただけだよ、魔術団の頂点を答えろって言うから」
「それだけじゃないでしょ」
「…えーと。ついでに昔っから相性悪いことを指摘しました」
「…で?」
 まだ聞くのか。
「…司祭殿が凍りついた」
「解凍させた後は」
 まだ聞くか。てか解凍させた後って。
「…爆笑されてこりゃあ面白い奴が来たって言われた」
「…そーゆーこと。得心いったわ」
 解放された。やれやれとマイレナは肩をおろす。
「あぁ、あと——」まだあるのか。「ひとりじゃ『爆笑』って言わないってことはわかってるわよね?」
「…分かってるよ?」だけど仮にも上位の人指して『馬鹿笑いしていた』とは言えないだろう。
「わかってんならいいわ」ルィシアは踵を返した。「そこで馬鹿扱いされるのも面倒だから」
 そんなに信用ないのかなぁ、とマイレナは椅子に腰かけながら苦笑した。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.283 )
日時: 2013/03/18 21:03
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 僧侶団に入職してから、半年が過ぎた。
 僧侶団本部東棟五階特別研究室前第二控室という長ったらしい名前の一室にて——

「…ふ、ぁぁぁぁ…」

 マイレナ、乙女のたしなみもなくがばぁと口を開ける。
「まったく君は。もう少し緊張感というものがないのかね? ついでに言うと淑女の姿というものは」
「あいにくながら」
「…ちなみに何回目か自覚しているか?」
「6854回よりは少ないかと」                          ・・
 例によって大あくびをかますマイレナに、司祭は—そう、あの日マイレナが唸らせたあのである—、
言葉で咎めながらも笑っていた。

 司祭の名はファンデ・ホウス、正式な名はもっと長いらしいが試験に出るわけでもないし
そもそも興味がないので覚えない。
「まぁ、君は優秀だし、多少は大目に見られるだろうがね——芝居でも態度を改めるふりをする気は」
「ありません」
「言い切ってくれるなよ」
 やれやれと肩をすくめる。が、先に少々述べたように咎めているようには見えない。
「僧侶団とて完璧な人材ばかりは集められん、中には反抗的なものもいたが——いやはや、
成績優秀なものは皆品行方正だったからな——あぁいや君がそうでないと言っているわけではないのだがな、」
「給料は実績で決まったでしょう」再び何回目かと聞かれるのも面倒くさいので今度はあくびは噛み殺した。
「態度によって加算されるという話も聞いていません。よって別に飾るつもりはありません」
「…完全に否定できない理由を立てたな。尤もといえば尤もではあるが——」

「聖者マーティル様の恩恵を。——お早いですね、司祭ファンデ様、同士マイレナ」

 途中で、別の声が遮った。そしてその声が慌ててもう一言。
「お話し中でしたか? 非礼をどうかお許しください」
 その声の主は、マイレナと同じく僧侶団本部東棟五階特別研究室前第二控室に呼ばれ、
まさしく淑女の振舞いをし、必要以上に丁寧で必要以上に勉強熱心で、なおかつ僧侶団入団試験トップ、
そしてその位置は未だしっかりと守り続けている——

「いや、気にせずとも良い、修行僧ティナ」


 ——少女ティナ・オーリウスレイである。


「勿体なきお言葉です」
 マイレナはその言葉にうんざりと顔をそらした。どうもこの少女は苦手だ。
いちいち言動がへつらっているようにしか思えない。
「あのぅ…わたくしは、遅かったのでしょうか?」
 自分より先に二人が来ていたことに戸惑って、ティナは訊ねた。ファンデの言うような
『品行方正な』彼女にとっては上司を待たせてしまったように思えるのだろう。
                ・・・・
「いいや、早いくらいだ。わたしはたまたま早く来てしまっただけなのだ」
 嘘を吐け、ウチに説教たれるのが目的だったんだろうが——とは言わない。
あくまで『品行方正な』ではなく、『面倒くさいから』ではあるが。
「それでも、お待たせいたしました——お詫び申し上げます」
「あぁティナ、君は少々力を抜きたまえ。そうへりくだられると相手はかえって居心地を悪くする」
 了解したように応えるティナ。やっぱり好きになれそうにない。




 だが、好きになれそうにどころか、根本的に嫌いになりそうな事実を、マイレナは目の当たりにしてしまった。
 司祭ファンデが失礼、と言って一時的に部屋をたった時——
ティナは空気漏れしたようにいきなり力を抜いたのである。
「ふー。肩イタイ」
「………………」マイレナは腕を組んで横目で見た。
「…あら? 驚かないのね」
「何の話」
「態度。普段こんな『いい子』なのが、こんな様子になるなんて」
 思いっきり、良く言えばのびのびと、悪く言えばだらけたティナの面白がるような声に、
だがマイレナはほぼ反応しない。
「別に——驚くことでもない」
「流石ね」ティナはニッとした。「あたしのこんな態度を見せるのはあなたが初めてよ」
「それ誇れること? 私に得があるようには思えないけど」
「…ふふっ。あなたは誰に対しても態度を変えないのね」
「それほど器用じゃないからね」で、何が言いたいんだこいつは。
「…ねぇ、何であたしたちがここに呼ばれたか、分かる?」
 おしゃべりな少女はそのにやついたような表情のまま問う。
「さぁね」
「…分かってるくせに」
 面倒くさいやつ。
「…どうせ——」黙っている方が面倒になりそうだと思い、仕方なしに答えてやろうと口を開いた瞬間、
ティナの姿勢がいきなり正しくなった。「あぁ、ありがとうございます。もう結構ですわ」
 いきなり口調を元に戻した——その理由はすぐに分かる。
「失礼、…司教様はまだお見えでないですかな?」
 その扉が開き、別の司祭が入ってきたのである。
この人も呼ばれたのか、と横目で見る。          ・・・・・
一方ティナは完璧な所作でお辞儀し、まだですわ、と先ほどの素晴らしい態度で応えた。
 その司祭と話すべくティナは進み出た。

 呆れ果てて無言を通すマイレナを、少し離れたそこから、ティナは含み笑いをして見た—— 一瞬だけ。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.284 )
日時: 2013/03/18 21:13
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 ファンデが戻ってきて、他に司祭たちも集まり——僧侶団本部東棟五階特別研究室前第二控室には
マイレナを含めて七人が集まった。マイレナは知らない顔ばかりであったが、
高司祭たちは反対に知っているらしく、ほう、この娘が、あの——といったような納得顔をし、
それを見たティナが高司祭たちには分からないような程少しだけ不機嫌そうに眉をひそめた。
多分成績トップの自分よりマイレナのほうが注目されるのが気に入らないのだろう。
さっきの様子から恐らく、この娘はそういう性格だ。けれど、こちらだって何も注目を集めたくて
こうなっているわけでもない。そっちに注目を寄せてくれるのならこちらとて大いに願っていることだ。
 ——が、何も高司祭たちもずっと無遠慮にじろじろ見ているわけでもない、
しばらくすれば会話をしたり精神統一したりと、それぞれの思うままにして待った。
マイレナは始終あくびをしていた。




 呼ばれた理由は想像通りだった。というか——部屋の名の通りだった。
 特別研究。
 そう、その研究員として任命された者——それが今ここに集う者たちである。
問題のその研究——それはもう先に述べてある。

 “傷の治療だけでなく人の寿命まで研究を続ける魔法組織”

 そう、つまり人間の生命を研究する、そんなことをもこの僧侶団はやっていた。
それはヒトの進化につながる、進化につながれば人間は更に良くなる、そして——
 その先をやたら態度のでかい研究員は言わなかったが、恐らくその先は
いつか魔術団アーヴェイより支持を集められるだろうとかそんな程度の話だろう。
そう思った司祭たちやティナはしっかり、はっきり頷いたが、マイレナはそもそもその研究内容から呆れていた。

 ——人間の進化が良いものだって?

 マイレナは嘆息した。研究の詳細を聞かされてさらに呆れた。
やれ人が空を飛ぶだの、読心術だの。不老不死だの。それを自慢顔で話す研究員はもちろん、
それを熱心に聞くこいつらもこいつらだ、とマイレナは思っていた。
そんなことが本当にできるようになれば、必ず最終的には混乱を招く。
人間が良くなったと思うのは最初だけだ。慣れぬ力を持ったとき、その使い道を誤れば混乱し、
焦り、待っているのは負の連鎖。少なくともこいつは、分かっているはずだ。ティナ・オーリウスレイ。
 …では、分かっていながら、何故協力する?
 ——分からない。


「外に出るなんて初めてよ」
 研究内容を聞かされつくし、再び二人だけになった時、ティナは含み笑いをしてそう言った。
 …よくもまぁ、ここまで態度を分けられるものだ。
 見習いたくもない様子を目の当たりにして、マイレナは今日何度目かのため息を吐いた。
「乗り気じゃないみたいね。まぁ、いつものことだけど——」
 ティナは鼻で笑って、髪をかきあげた。
「…それとも、外国へ行くのが怖いの?」
 ——二人が課せられたのは、外国、即ち世界を巡り、生命学を学べと言うようなこと——そう、旅だ。
巡礼の旅じゃない。おかしな僧侶だ——とは思ったが、それを口に出さないだけの常識はあった。
だが、一つだけ気になった。
 ——妹のルィシアのことである。
 世界を旅するのが怖いわけではない。彼女を置いて行くことに抵抗があるのだ。
確かに妹は既に一人で生活できるような力はある。だが、だからといって心配しない理由にはならない。
 黙ったままのマイレナを前に、ティナは「…つまんないの」と見せつけるように頬を膨らませた。
「…何がしたいわけ?」
 不意に、マイレナが言った。ティナは少し驚いたように、マイレナを見返す。
「…何のこと?」
「頭のいいあんたが気付いてないなんてことはないはずだけど?
なんでこんな研究に手を貸す気満々なのか——それが分からない」
「あなたにもわからないことがあるのね」ティナは少しだけ嬉しそうに言った。
「別に、飛行能力だの、読心術だのには興味がないわ。あるのは、別——」
「…“不老不死”か」
 正解、とティナは言った。「人間の長年の研究よ? 楽しそうじゃない」
 ——ますます分からなかった。が、予想はついた。多分、この娘は——…。
「教科書通りのことしか頭にない天才か」
 マイレナのその言葉に、ティナはその顔をはっきりと不愉快さに歪めた。
ここまで表情が変化したのは初めて見た——もっとも、普段から笑ってばかりで、
笑顔以外の表情すら今日初めて見たのだが。
「…どういう意味」
「そのまんまだよ。あんたは、教科書しか頭に入っていない、少し足りない考え方の持ち主ってこと」
「…言ってくれるじゃない」ティナは無理矢理笑った。「そうね、あなたは勉強しない天才ですもんね」
「私は関係ない。…飛行、読心…それが仮に成功したとして、その先に待つものは?」
「…言っていたじゃない。進化だって」
「——本当に分かっていなかったのか…」マイレナは嘆息した。流石のティナも怒り、
少しだけマイレナに詰め寄る。「…何が言いたいのよ」
「——生じるのは、混乱、破壊」淡々と、言葉を続けた。
「極めつけに、不老不死——この三つを重視する、その意味がまだ分からない?」
 黙ったままのティナに、マイレナは——教科書を読まない天才は、あの時のように、説明をした。

「…敵を読心し、飛行能力で攻める。決して死なない身で——そしてその敵が、
長年いがみ合ってきたという、『魔術団アーヴェイ』」

 ようやく気付いたように、ティナは目を見張った。
 だからマイレナは、口を閉ざし、心中だけで残りの言葉を紡いだ——




 ——戦争を起こす気なのさ。二つの、魔法組織の。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.285 )
日時: 2013/03/18 21:17
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 あの日から三年が経過した。
 僧侶団の真の目的を知っているとはいえ、それを指摘し食い止めるまでの力、
即ち身分を持っていなかったマイレナは、仕方なしに従うふりをして、密かに別事情を探っていた。
命じられていた生命学の勉強はざっと大まかに済ませた。
そちらはあの『教科書通りのことを覚える天才』に任せればいい。適当に覚えておいて、
あとはアルカニアの他国から見た歴史やマーティルとアーヴェイの昔からの関係性など、
さまざまなことを探った。先に述べたとおり、アルカニアは他との交流のない街、
情報は限りなく少なかった。だが、この三年で、四人の協力者を味方に付けた。


 一人は法王の二十三番弟子(正しくは二十二だがマイレナは勘違いして覚えていた)の従兄の荒っぽい戦士、
 一人は法王の何番か弟子のさらに三番弟子の親戚の軽薄気味の魔法使い、
 一人はただの好奇心からアルカニアを調査しているという理由からわかるようにかなりズレた武闘家。


 ——そして、もう一人は。





 そのもう一人と会ったのは、現在のカラコタ橋付近の大地だった。
 マイレナがそのあまりの村町国のなさにいい加減疲れ始めていた頃見つけた、その無謀な女性。
マイレナと同じ闇髪、眸は海の蒼。以前どこかで見かけた外套を纏い、なかなか良い大剣を振るっていた。
 ——魔物相手に。
 だが、その数が数である。三匹四匹の話じゃない。十匹、だろうか。もう少しいるかもしれない。
その剣の腕は素晴らしかったが、身を守ることは苦手らしい。
いろんなところから不意打ちを食らってはその外套を赤くしている。
(何つー無謀な…逃げりゃいいのに)
 この頃魔物はそうたいした強さではなかったが、旅人はほとんどいなかった。
いたとしたら商人の類だったが、あの女性はどう見ても商人ではない——あ、また不意打ちを食らった。
(…大したもので)
 マイレナは呆れたが、その逃げ出さない根性は慰労の言葉をかけてやりたくないこともなかった。
それに、このまま見逃すのも少々人が悪いように思える。さすがにそこまで無情ではない。
 仕方ねぇ、ちょっくら助けてやっか——と思ったとき、その大剣がその場で円を描いた。
マイレナが目を見張る。あのぼろぼろの状態で、まだそんな体力があったのか。
お世辞にも綺麗な円だったとは言えないが、それは周りを囲んでいた魔物を切り裂き、怯ませ、絶命させる。
 一発逆転。
 …勝ちだ。あの女性が、勝った。
(…凄っ)
 素直に驚いた。あれでまだ立っている。凄い体力だ——と思った矢先から、背中からぶっ倒れた。
(………あー………)
 前言撤回。


 ぶっ倒れたままその女性は自分の袋をあさっていた。多分薬草を取り出そうとしているのだろう。
いや、それ、薬草で治るような傷じゃないから—— 一応は僧侶、治療師であるマイレナは苦笑して、
治してあげようか? …といきなりいうのもつまらないので——

「お見事ー。よく逃げなかったものだね」

 凄い形相で睨まれた。怖っ。
「…アンタ何?」イヤそこ普通『誰?』じゃないのか? と思いつつ、マイレナは制するように両手を振った。
「まぁまぁ。…お客人、魔法の力は——まぁ、受けたことあるよね。旅人だし」
「アンタ何?」また言われた。『誰?』じゃなく『何?』と聞かれた場合——どう答えるべきなんだ?
「んー、言ってもいいけど、その前にパタンキュしないでよ?」
「…じゃあ話しかけるな」
 お、この人ウチに似てるかも。気が合わなさそうだ。笑。
「まぁまぁ、せっかくタダで回復してやろーと思ってんのに」
「結構だ」即答かよ。
「んー、怪我の割に元気そうだね」思いっきり無視して、マイレナは傷に手を当てる。
あまり集中せずに言った——ベホイミ。               ベホイミ
 マイレナの口から紡ぎ出されたその呪文を聞いた時、一瞬彼女の顔が再生呪文ごときで直るかよ——と
言いたげな風になったが、舐めてもらっちゃあ困る。マイレナが手を離す、傷を見る——完璧。
「…て、えぇえ!? な、なおで!?」
 …多分『治った』と『何で』が混合したのだろう。
 その後、あんた何者!? とかなんとか聞かれ、適当に答えて、そして律儀にも彼女は、恩は返すと言った。
普通ならそんなもん必要ない、と返すような性格だ。…けれど、何故か、即答していた——
 旅に付き合って、と。




 彼女のあの時のこれ以上ないくらいの呆けた顔は今でも覚えている。
 実はあんた詐欺師だろう、と呆れ気味に言われたのも覚えている。
 名前は忘れない。何があったって、そう、たとえ死んだとしても。


 闇髪、蒼海の眸。剣士。無謀な女傑。
 ——初めてできた、親友。



 ———その名が、チェルス。
 後に、唯一無二の親友となる者。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.286 )
日時: 2013/03/18 21:27
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 チェルスに出会ってからアルカニアへは三度、戻った。
 チェルスに初めてで会ったときすでに入手していた情報に、彼女はかなり反応を見せていたのだ。
 マイレナが探っていたのは、まず何故二つの魔法機関がいがみ合っているかだった。
かなり古くからそうだったことは知っていたため、アルカニアの歴史から調査していたのである。

 ——それは大昔のこと——よくその頃のことが分かったなと思われるほど昔の話だ。
 このアルカニアは一度、突如生じた暴風にて壊滅的な状況となった。
当時は風などの天候を読む力がなかったのか、その原因は一切不明。
その時の被害に対し復興に尽力したのはその頃の最高権力者の兄弟。兄が魔術師、弟が治療師。
人々を癒し、火を熾し、二人は少しずつ街をたてなおした。二人が年老いてからはそれぞれ、
若者に魔術を教え込んでいった——それが発展したのが、今のマーティルとアーヴェイだ。
 そこまでしかわからず、なぜ今仲が悪いのか——その情報はつい最近、仮説としてなら出始めたのだが。
 チェルスが反応したのは、『突如現れた暴風』のくだりだった。
その話をするまで気だるげでほぼ無言で話を思いっきり聞き流していて
あくび満載だったのに(お前が言うな)、いきなり眼の色を変えて食いついてきたのだから驚いた。
今に至ってまだ共に旅をしているのは、チェルスもマーティル調査の協力人となったから——
だから『四人目の協力者』なのだ。


 ルィシアはマイレナの話を聞いた時、眉を少し上げ、だったら自分はアーヴェイに入ると言い出していた。
マイレナが驚いて彼女を見ると、そっちの方が情報交換しやすいでしょ、とにやりとした。
なんだかんだで危険なことが好きなのはマイレナだけではないようだ。流石姉妹である。




 三回目の帰国では、ルィシアはなかなか興味深い情報を探り当てていた。
さすがルイ〜、と言うと鼻で笑われた。お前今馬鹿にしたな?
「アーヴェイもマーティルと戦う気満々よ。知能を上げる研究、なんてものがあるのだけれど——
ぶっちゃけ集中せずに魔法を唱えるようになりたいだけ。先手必勝って」
「似たよーなことやってんな」チェルス。「どっかで手ぇ組みゃ凄い発展しそうだけれどな」
「同感」マイレナも。「根本は同じなんだし」
「しかも」ルィシアはそこそこに聞き流して続けた。「別の国が手を貸してるみたいよ」
 これにはマイレナが眉をひそめた。「…アーヴェイに?」
 何度も言うように、アルカニア自体他との交流を避けているために、これは珍しい話である。
…しかも、今——『国』と言わなかったか?
「…国なのか」チェルスも気づいたらしい。
 現在世界に確認されている国はセントシュタイン9世を王とするセントシュタイン、
 ホウレリウス王治めしルディアノ、
 ガレイオウロス王を頂点とするグビアナ。
 ——そして。

「多分想像ついたと思うけど——魔帝国ガナンよ」

 ——四つ目は、皇帝ガナサダイの居城ガナン帝国。
「…あの国、国内戦争が起きたって今有名じゃん。…大丈夫なの?」
「じゃないでしょうね」ルィシアはあっさりと言った。「父親を暗殺した皇帝よ? まともなはずがない」
「で、そいつを背景に、戦う気満々と」再び、チェルス。「ここでも内戦を起こすつもりなのか」
「幸いにしてまだ、街には知られていないけれどね——内戦の気配は」
「そっちの方がいいよ」マイレナだ。
「まぁ、得られた大きな情報はこの辺かしらね。…姉さんがマーティルの人間だからって、
お偉方の偏見であんまり上の方行けないから情報集めにくいのよ」
「あー…なんかごめん」
「後からあたしが入ったんだから姉さんが謝る必要はないでしょ。…ま、次までにはもっと位を上げておくわ」
 助かる、とマイレナは言った。チェルスは初めてルィシアの笑った顔を見た——気がする。






 ——だが、『次』は訪れなかった。
 最近世界に普及し始めた『キメラの翼』とやらを使って戻ってきたアルカニアは、そこにはなかった。
否、マイレナの知っているアルカニアは、というべきか。
 身分証明書を見せるたびお疲れさまです、と元気に言った明らかに年上の門番が、いない。
いやそもそも、門がない。あくまでも開放的に、とは言えない。
 破壊され、寂しげな風が吹き込んでいる——という雰囲気であった。
マイレナは目を見張り、チェルスを半ば置いていく形で故郷に入った。
崩れた家、焼かれた木、広がる毒の沼。座り込む人々。知り合いがいた。
マイレナの姿を確認すると皆、喜んだように顔を上げたが、その顔に生気はほぼ見られなかった。
喜ぶことにさえ、疲れてしまったかのように。
「何があったの?」
 マイレナがきくと皆、俯いて答えた、「敵襲だ」「戦争」「攻め入られた」。
 ルィシアの姿を探す、だが彼女はいなかった。
はっきりと、住民からも言われた——彼女はもういないと。姿を、消してしまったのだと。
 何故いない、何故こんなことになった。マイレナは思わず感情的になった。
マイレナは、あの少女を——もう娘となったあの天才を、見つけた。

 ティナ。

 たまたま戻ってきていて、不運にも戦禍を被り、だがその状況でも人々に癒しを施し、疲労し、
横たわる彼女に、マイレナは問うた。内戦が本当に起きたのかと。こうしたのはマーティルか、アーヴェイかと。
 彼女は途切れ途切れに、答えた。

 ——どちらでもない。
 攻めてきたのは、魔帝国ガナンだと。

 故郷を、妹を失ったということに、悲しみはなかった。
 あったのは、言い表せぬ怒り。

 初めて、感情のままに動くことがどういう事なのかが分かった気がする。
 ティナはそれを見て、言った。
 目的を持ったのなら。どうしても叶えたいことがあるのなら、人を欺くべきだと。
あたしは、そうやってきた。いつもへりくだって、へつらって、欺いて信用を得た。
それが敵を油断させる。人を見極められる。あたしのやり方はそうだったと。

 マイレナは頷かなかった。遺言みたいな話し方をするなと言った。
 ティナは笑った。最後に、マイレナにだけ見せた、あの小悪魔的な笑みで。
 その後、彼女がどうなったのかは、マイレナは知らない。


 けれど、
 その言葉を胸に刻み。
 戦友に協力を要請して。
 力強く頷いた彼女と共に。
 妹を探し、魔帝国を目指す。





 マイレナの闘いは、ここから始まった。









             サイドストーリー 【 僧侶 】———完