二次創作小説(映像)※倉庫ログ

永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.3 )
日時: 2013/01/14 20:07
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

     【 Ⅰ 】   天使



       1.





 ——世界暦五の六八三四、八一二の年。
 ル・アリア
 安月小と呼ばれる世代の、九年目。世界の西の大陸、シャルララの造山帯。
 一年を通して、春のような暖かい気候に恵まれるこの地には、村や遺跡、遠くには国や町などが見られる。
例えば最西端。小さな村が、ひっそりと位置していた。

 大滝と名水で知られる、ウォルロの村。それが、その村に与えられた称号だった。

 そしてもう一つ。これは、世界に共通する存在がある。
古来より人々は、自分たちを守ってくれる存在というものを信じていた。
決して自分たちには見えない。けれど、確かに存在する者。いつも自分たちを、助けてくれる者。
 ——人々はその存在を、天使、と呼んだ。言うなれば、世界共通の宗教。
けれど、天使は。確かに、存在しているのだ。彼らは根拠を持って、信じていた。


 ウォルロ村、小さな集落。その地を守る、その守護天使の名は。



 ——リッカ・ロリアムは、十五歳にして宿屋の女主人でもある。
彼女の宿は、小さいながらも、大滝目当てにやってきた旅人たちに評判が広がるほどのものだった。
今は蜜柑色のバンダナをかぶり、太陽の反射によっては青く見える黒髪をはねさせ、
夕飯の食材を両手に抱えて走っている。
 仕事をこなしながら彼女は既に、次の仕事を考えていた。
ついさっき旅立った泊まり客の使用していた部屋の掃除である。先にやっておくべきだったなぁ、と後悔する。
今のうちに別の泊まり客が来たら迷惑をかけてしまう。
あまり連続してくることはないけれど——という考えは、商売人には関係ない。
 宿屋、と言いながら、従業員はリッカひとりであった。家族は祖父のみ。
母は自分を生んで間なしに天に召され、父は二年前に流行病でこの世を去った。
高齢の祖父に仕事はさせられない。過疎化で村に暇な人はほとんどいない。
…幼なじみに一人だけ、心当たりはあるが、とても任せられる人物ではない。
だからこそ、たった一人で働かねばならない。父の後を継ぐためにも。




 ——どうして嫌な予感というものは大抵当たるのだろう?
リッカは頭を抱えたくなったが、両手の食材を無駄にするわけにはいかない。
丁度今まさに、彼女の目の前で旅の吟遊詩人らしき人物が宿屋に入ったのだ。
部屋、先に掃除しておくべきだった。もう一度思うが今更だ。どうしようか。
清掃中ですと言って、あとで来てもらうか。失礼すぎる。
観光を勧めてみようか。…確実に時間稼ぎには足りない。この狭い村、自分で言うのも虚しいけれど、
見るものって言ったら滝くらいしかないんだから!
 うだうだあだあだ考えているあたり、自分はまだまだだと思う。
父さんならこういう時、うまく対応できるだろうに。
リッカは扉を開け、「申し訳ございませんお客様、——」結局言葉が見つからなくて
迷ってしまった彼女は見た、否見なかった。そこにいるはずの吟遊詩人を。
 きょとんとして、一つの可能性—危険性と言うべきか—に気付く。
即ち——先に部屋に行ってしまった、と言う事である。時々いるのだ。
自分がたまたま不在の時、先に部屋に上がっている泊まり客が。
 頭を抱えたかった。何度も言うが食材を無駄にしたくはないのでやらないが。
 恐る恐る部屋の前まで歩いてゆく。
どうしよう「♪おお 美しき滝に合わぬ 古き宿 部屋の管理も できていない」とか歌われていたら。
絶対嫌だ。肩をすくめながらリッカは、やはり恐る恐る扉の閉まった部屋をノックした。
「あ、あの、申し訳ございませんお客様——」小さな声で言ったときだった。

「んグレーーーーット、すんばらしい!! ♪おお 美しき滝に 美しき宿 その古さも却って 心安らか」

 …あとは聞き取れなかったがおそらく褒め言葉の歌を歌ってくれた。…上手ではなかった。
が、そんなことよりリッカは、目の前の光景に目を白黒させていた。

 ——片付いていた。ものの見事に。満足顔の吟遊詩人は調子っぱずれなマンドリンの音を背景に
陽気に歌い続ける。まず、この方ではない。となると。自分の仕事を、手伝ってくれたのは——…。



 リッカは部屋を後にすると、言い表せぬ感謝と感動に、胸をおさえた。
こんなことができるのは、そんな存在は、たった一人しかいない。





「——守護天使さま」
 人々が信じ続ける、存在。
「天使マルヴィナ様だわ——…」
 ——マルヴィナ。



 いつの間にか彼女の後ろでその光景を見守っていた、年若き少女の天使。
肩までつくか否かの闇髪に、蒼海の眸。頭に光輪、背に翼。使命に眸を煌かせ、
そっと微笑む彼女の名が、マルヴィナ。

「…あぁ…ありがとうございます。本当に——」

 リッカが膝をついて祈る。感謝をこめて。彼女は知らない。その感謝は、結晶になるということを。
彼女の感謝の印、その結晶を、マルヴィナは受け取った。その輝きを手に収めながら、マルヴィナは言った——


『——どういたしまして』

 声は決して、聞こえないけれど。

永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.4 )
日時: 2013/01/14 20:12
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 天使界には、身分、もしくは階級がある。
簡単に説明しておくなら——以下の通りになる。

『長老』最上級の身分であり、天使界のトップ。
『上級天使』経験豊富な天使たちに付けられる。その中に、『近衛天使』や『師匠』という身分がある。
『守護天使』一人前となった天使に付けられる、天使界で重要とされるもの。
      人間界に赴き、人間を助け、守る仕事をする。
『守護天使候補』名の通り。
『上級天使候補』…名の通り。加えるならば、『守護天使候補』と階級は同じだ。
『見習い天使』……もちろん名の通り。加えるならば、生まれ出でた天使の初めての称号である。


 守護天使候補だったマルヴィナは、上級天使『師匠』イザヤールにより、
二日前に『守護天使』と認められたばかりの新人(新天?)だった。
 上級天使イザヤール。マルヴィナの師匠の彼は、天使界でも優秀な天使である。
生真面目で寡黙、剣術の腕前は天使界最強、厳しくも優しく、長老からの信頼が一番厚い天使だった。
(…そう。わたしだって、その弟子なんだ)
 マルヴィナは、年こそ若いが—人間界で言う十九歳、天使年齢は二百九十だが—、自分の使命には熱い。
ずっと憧れていた守護天使なのだ。当然である。が。


(…っはああぁぁぁぁが…)


 …いきなり溜め息である。語尾に妙なものがくっついていたが溜め息である。
(いや確かにこの結晶は綺麗だけど)
 感想は正直一つ、
(疲れた)
 と、誰も見えない事をいいことに、床にどへーん、と寝っころがるマルヴィナ。
どこかでちーん、という音がしたのは何かの偶然か気のせいか。
ともかくどう考えても師匠に追いつけないであろう情けない姿であった。
(何か、燃えないんだよなあ…あっちで手伝い、こっちで手伝い。
本来なら、魔物とか危機から守るって、そーゆー事するんじゃ? 少なくともそうだと思っていたんだけれど)
 腹筋を使って起き上がり、空を見上げる。
(…それとも、守護天使って、こんなものなのか? …平和なのはいいことだけれど、
これじゃ“守る”じゃなくてただの“手伝い”だ。…)
 マルヴィナは天真爛漫で、粛々としていることが苦手だ。
その割に賑やかなところが苦手と言う若干矛盾した性格だが、
ともかくそのせいで家事ごとよりは勝負事の方が好きだった。守護天使は人間を守るもの。
そう教えられていたからこそ、自分は剣術を学んできたのだ。とある事情があって、
その剣術を買われてイザヤールが師匠となったのだが——それは今は関係ない話。
(とにかく断言する。わたしは手伝いのために守護天使になったんじゃないっ!!)
 断言してもどうしようもないのだが。


 空を見上げる。ため息を吐く。…けれど、ここで守護天使の仕事を
サボタージュ(この世界では確か略されてサボる、と言われていたっけと思った)するわけにはいかない。
腰を浮かせ、マルヴィナは付着した泥や草を払った、

 その時だった。

 脳裏に走った、邪悪な気配。
 全身にざわめきたつ、燃え上がる闘志。

(…謀った? …やけにタイミングが、いいじゃないかっ…!)
 マルヴィナは、口元を引き締めた。腰の剣を抜く。あたりを警戒する。
確かにどこかで期待していたとはいえ、起こったからと言ってへらへら笑っている状況ではない。
しばらくして、人間の叫びが聞こえる——


 …魔物だ、と。

  永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.5 )
日時: 2013/01/14 20:20
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「ままままままま魔物ののだだああぁぁぁああっ!!」
「あ、あ、あんたぁぁっ!! 逃げんじゃないよっ! 向かってくるじゃないかっ」
「てっててか、な何で、村に近づいて来るんだっ!?」
「ニードさんだ、ニードさん!! 村長の息子だからって、威張り散らして、魔物まで怒らせちまったらしいぞっ」

 これ以上間抜けな話があるか。
 ご丁寧にも説明をしてくれた村民たちの言葉に呆れつつもひょいひょいと人ごみをかわして
騒ぎの元のところまで飛ぶ。いた。三匹の魔物。無論、知っている。
このあたりの地形も、周りに生息する魔物も。
(苦瓜ズッキ—ニャと、スライムが二匹…)
青、緑、青。…第一感想・華がない。


「あぁんの、人間がああぁっ!」
 叫んだのは、ズッキーニャ。ちゃちな槍を右手に、ぶんぶんぶんぶんと振り回して、走る走る。
「ず、ず、ズッキ〜〜。待って。早い。ギブギブ」
 へばった声をあげるのは、スライムのうち一匹——仮にスライム1。
「なさけないっぺ。最近のスライムっちゅーのは皆そういうもんばっかだべ」
 微妙に人間ナイズな言い草をするのは、もう一匹のスライム——仮にスライム2。
「あの、ニードサマとかいう人間、あの村に入ったよな!?」
 噂の人間は自分の名を上げたらしい。しかも様付きで。
が、そんな敬称を知らないズッキーニャはご丁寧にもそんなことを言っていた。
「は、は、入、ったぁぁねぇ、ひいひい」
「んだんだ。おいら、眼のよさだけは一スライム前だっぺ。確かにあの村だぁ」
 遠くで、ぎゃあぎゃあと、人間の叫ぶ声がする。普段威張って、見下すくせに、
こっちがちょっと本気になると怯えて焦って騒ぎ出す。魔物の、最も好きな声である。
「へんっ…いっ、くぜぇぇぇぇええげっ!?」
 有頂天に達したズッキーニャが叫んだ、そのタイミングで——


 マルヴィナは、三匹の前に降り立った。


「あ、え、っは…?」
 困惑顔(だと、あくまでマルヴィナはそう解釈した)のスライム二匹をちらり、と見て。
だがまばたき一つの間の後、風に踊っていた闇色の髪はそこにはなかった。
 いきなりの乱入者に肝を抜かれたスライム二匹は、…その瞬間、

「おこぺっ!?」
「ふんだらっ!?」

 …奇妙この上ない悲鳴を上げて、昏倒した。後ろで闇髪が揺れた。手に、銅の剣。
言うまでもない、マルヴィナが、疾風となって剣で気絶させたわけだ。
 マルヴィナは体勢を整えなおすと、凶悪な笑顔で、残されたズッキーニャに見向かう。
「村を襲おうとする身の程知らず、成敗」
「…………………………………………」
 ズッキーニャは、つま先から一度ブルってから、あわあわと槍を構えた。
「…帰りはしないか」
 マルヴィナは嘆息した。
「…うう、うるせいっ。貴様、天使だなっ!?」
「少なくともモーモンには見られることはないと自覚している」
「て、天使なんかに、負けるかぁっ!!」あ、スルーされた。
「負けると思うよ。その槍じゃ」
 マルヴィナはそっけなく、言う。ぎくり、として、ズッキーニャはぱっと槍を見た。
…異常は、ない。何がまずいと——



 …ドバコ、



 と、微妙に鈍い音がして、ズッキーニャはよろめきひっくり返る。
 ズッキーニャの意識が槍に向かったその瞬間に、マルヴィナの攻撃。しかも剣ではなく肘鉄である。
仰向けにひっくり返ったズッキーニャを見て、マルヴィナは一言。
「悪い。見間違いだったっぽいわ」
 抜け抜けと、剣先を抜かりなくズッキーニャの鼻先(これもあくまでマルヴィナの解釈である)につけながら。
ズッキーニャが慌て、横のスライム二匹に助けを請うようにちらり、と横目をくれたが、
青の物体は未だ昏倒中であった。
 マルヴィナはその三匹を見渡した。状況は有利。この三匹をどうするかは、自分にかかっている。
危険なものとして排除するか。それとも——
「いいか?」
 けれど。マルヴィナは諭すように声をかける。ついでに、
「ふだっ!?」
「はぴょ!?」
 再び奇妙な声をあげさせて、青の物体、スライム二匹を起こしてやる。ちなみに殴って。
「な、な、なにぐぁ、何がどうなってどうしてどういうわけでその、」
「落ち着け」マルヴィナは涼しい顔で言った。
 事を察して身を引く、微妙に変形しているスライムたちを確認して、マルヴィナは静かに言う。
「…あんたたち、人間は嫌いなんだろ」
「…ふぇっ!? い、いや、…えっと」
「いや、いい」マルヴィナは言う。「分かっている」
 しばらく沈黙が続いたが、のち、スライムの一匹は、小さく「んだ」とだけ答えた。
「人間った、すぐ暴力に訴えっぺ」
「野蛮だよね!」
「おい」
 ズッキーニャも同じ事を考えているのは丸見えだったが、目の前の天使を見て、慌ててそれを止めた。
既に引き腰になっている。——具体的にどこが腰なのかと問われると悩むところではあるのだが。
「そうだな。人間は、そういう生き物だ」
 が、その天使は。意外なことにも、賛成してくるのである。三匹は顔を見合わせた。
「だが、あんたらは? わたしが止めに入らなかったら…今頃は?」
 沈黙した。想像に反して、穏やかな表情の天使を見ながら。
「嫌いな人間たちと、同じになっていただろ?」
「……」
 マルヴィナはふっ、と笑う。この説得で、通じなかったら、悪いけれど。そう思った。
 だが、
「…うん」
 答えは肯定だった。声に出さず、(約一匹渋々)頷く二匹も。
その約一匹にマルヴィナは苦笑したが、認めてやることにした。

「行きな」

 マルヴィナは、剣を収め、手をひらりと振った。ぽけらん、として、
状況を理解できていない三匹に、追い討ちをかけるように一言。
「だが、次、同じような光景を見たら…容赦せず、斬る」
 青一色の顔が、ぱっと桃色に染まる。命拾いした三匹は、後を見ずしてさっさと森の中に消えた。

 見えなくなった彼らに対して、残された天使は一言、
「…ほんとに反省しているのかなぁ」
 風に消えた言葉を残した。





 落ち着きを取り戻した村の様子を確認して。マルヴィナは、空を見上げる。
綺麗な茜色。明日も晴れそうだ。マルヴィナは眩しそうに目を細めると、一気に空へ飛びたった。

 白い羽が太陽に反射して、きらりと光る。が、それも地面に着いた瞬間に、ふっと消える——…。

  永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.6 )
日時: 2013/01/14 20:29
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 ——天使界。
マルヴィナは、手にした『星のオーラ』を見て、にやっ、と笑った。


 ——『星のオーラ』。それこそが、人間の感謝の気持ちの形。人間には、決して見えない。
守護天使の仕事とは、人間を守り、助けることでその『星のオーラ』を手に入れる。
そして、それを天使界最上階にそびえたつ世界樹と呼ばれる大木に捧げることであった。
 そして、捧げ続ければ、いつか世界樹に果実が実ると——それを彼らは、『女神の果実』と呼ぶ。
それが実った時、天使は天使界のさらに上空の都、『神の国』へ戻ることが出来る…
 言い伝えにしか過ぎなかったが、天使たちは何千、あるいは何万と年月を重ね、今に至って捧げ続けていた。



「おっかえりぃ、マルヴィナ」
 マルヴィナがにやにや笑っているところに、呑気な声がかかって慌てて口元を引き締める。
「ただいま、セリアス」
 振り返って、笑った。
 赤みがかったボサボサの髪に、薄紫の少しつり気味の眼を持つ彼の名は、セリアス。
マルヴィナと同時期に送られた天使である。また、つい最近までは同じ『守護天使候補』であった。
それを先にマルヴィナが『守護天使』となってしまったために最近の彼は何かというと、

「…俺はまだなれん」

 とばかりグチってブーたれていた。
「ははっ、まあまあ。直、なれるだろ」
 と、軽く受け流してやるのも最近の日課。
「キルガと同じ事言ってんな…一言一句」
「そうなのか? …キルガは?」
「あの天使界史上最年少守護天使クンは武器の点検中です」
「相当悪意こもっているよ、セリアス」
 とは余談。
「ともかく、報告行って来るな?」
「あいよ」
 マルヴィナは、憮然とした表情の彼を気遣い、少々ばかり申し訳なさそうにその場を去る。
 『守護天使候補』セリアスは、その背中を見送り、見送り続け、見送り終わって、
深い深い溜め息をつくのだった。






 天使界は、例えるなら塔のような造りである。下には、人間界と天使界をつなぐ“星の扉”と、
天使の祈りの部屋、資料室、休憩所、見習い天使の部屋と、鍵のかかった部屋云々。
その上に、長老、つまり天使界の長である長老オムイの部屋・長老の間と、守護天使記録書物庫、
司書室、武具管理室、宝物庫などなど。
 さらに上に行くには、上級天使あるいは守護天使でなければならない。ちなみに、“癒しの泉”と呼ばれる、
傷を癒す効果のある泉や、さらに上、簡易な部屋を除き、最上階に、世界樹はある。


 天使界の掟の中に、『人間界から戻ったら長老に報告する』というものがある。
星のオーラの数に弾む気持ちをどうにか抑え、マルヴィナは歩く。
 この時間帯、長老の間は極端に込んでいるか、極端に空いているかどちらかである。
空いているといいな——というマルヴィナの希望を完璧に打ち砕く長蛇の列であった。
「…ふん、並ぶか」
 とりあえず忌々しげに呟いておく。
 うずうずわくわくしているところにこれかと、マルヴィナはひそかに溜め息をつくと、素直に最後尾につく。
 上級天使候補たちがろうそくに火を灯し始めている。どうやら夜になったらしい。





 マルヴィナの師匠イザヤールは守護天使記録書物庫にいた。
歴代の天使たちの情報が記され、管理されている。
もちろんイザヤールも、マルヴィナたちも、ここにある書に自分たちのことが書かれている。
生真面目で厳格な彼は、その性格からか上級天使の中でも上位である、というのは説明したとおり。
常に『近寄るな』的なオーラ(弟子曰く)が出ているような彼に、当然話しかける者は、

「よぉ〜っす。相変わらずだねぇ、イザヤール」

 …いないわけではなかった。

 イザヤール本人も、まさか声をかける者がいるとは思わなかったのだろう、珍しく驚く。
「…ラフェット」そして、呼び手の名を呼びかえす。
彼女はイザヤールと同時期の上級天使である。弟子曰くの例のオーラのせいで
あまり話しかけられることのない彼にここまで気軽に話しかけることができるのはマルヴィナと長老オムイ、
そして彼女——ラフェットくらいしかいなかった。
「…どういう意味だ」
「どうって…そのまま。相変わらず他人を寄せつけねぇって感じだしさ」
 それには答えず、イザヤールは取り出した書を戻そうとする。
「え、ちょっと。なによ、私が来たから戻すって、感じ悪ー。何見てたのよ」
 答える必要もなく、ラフェットは自らイザヤールの手元を見る。
 守護天使の書。守護天使記録書物庫だから、当たり前だ。手にしたその書には、
天使界の言葉で、一人の名が書かれてある。

【 エルギオス 】

「………………」
 ラフェットは、少し眉をひそめ、だがすぐにかぶりを振った。
「…やれやれ。結局、いつもあんたって、そう。一人で抱え込んじゃって」
「関係のないことだ」
「それも“結局いつもそう”」
 イザヤールは悪意なくクスリと笑うラフェットを見た。はた目から見たら睨んでいると思われるかもしれない。
「まあねぇ。マルヴィナが普通より早く守護天使になっちゃったんだから、心配なのも分かるけどさ、
史上最年少のキルガもいることだし、だいじょーぶっしょ」
「マルヴィナは未熟だ」
 即答されて、ラフェットは腰に手を当て前傾姿勢をとった。
「じゃーどうして認めちゃったのよ? ——あ、もしかしてオムイ様が?」
 “そうさせたの?”とまでは言わず、ラフェットは聞く。ほぼ無音に近い声でイザヤールは肯定した。
「まだ、話してないんでしょ。エルギオス様のこと。——確かにタブーにしちゃったのはあんただけどさ、
マルヴィナにくらい、言っておくべきだと思うよ?」
 反応は、ない。ついに溜め息をつくと、ラフェットは挨拶もそこそこに立ち去った。
(…分かってるわよ)
 そう、思いながら。
(分かるわよ…あんたの心配事は。でも、だからって、どうしようもないでしょ)
 決まったことなんだから。


 蔓草模様の扉を開く。守護天使記録書物庫には、生真面目な天使だけが取り残された。

  永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.7 )
日時: 2013/01/21 19:13
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 ——その頃のマルヴィナはというと。

「キルガぁー」

 セリアスの言っていた通り、武具管理室にて武器の点検をしているキルガに声をかけた。
「ああ、おかえり、マルヴィナ」
 キルガは右手に持った槍から眼を離し、身体ごと振り返った。


 眉目秀麗、頭脳明晰、と言う言葉がある。
 漆黒の少し長めの髪と灰色の眸もつ彼はまさにその名の通りの天使であり、また先に述べたように
マルヴィナやセリアスの幼なじみでもある。そして、セリアスや、イザヤール、ラフェットの会話通り、
史上最年少で人間界を守護する役目を与えられた誇りある天使でもあった。
更に、マルヴィナとセリアス、二人と同時期に送られた天使。昔からこの三人で行動していた。
同時期に送られた天使は、大抵共に行動する。身分が変わって、今はなかなかそうとはいかなかったけれど。

「どうかした?」
「うん。オムイ様に報告してきて、で…これ」
 右手を出し、そこにあるものを見せる。
「ああ、星のオーラか」
「そ。今から捧げに行くんだけど、オムイ様がキルガに案内してもらえって。お願いできるかな」
 キルガは少しだけ驚いたが、すぐに笑って答えた。流石長老、親しい間柄を理解してくれている。
「いいよ。——けれど、少し待ってくれないか。あと少しなんだ」
「あ、急かしてないから。頼んでいるのはこっちだし」
 キルガは頷くと、先ほどより倍以上作業のスピードを上げる。
「武器の管理か…」
「守護天使の仕事だからね。いずれマルヴィナもやることになるだろう」
「ん。その時はまた教えてくれ」
 再び、頷く。そして思った。
(マルヴィナも…守護天使、か)
 嬉しかった。仲間として、そして何より——…。


「…結構種類あるんだ」

 …と、その時、マルヴィナの声がすぐ近くで聞こえた気がして、キルガははっと我に返り、
ついでにいつの間にか手が止まっていたことに気付く。というのはこの際キルガには関係のないことで、
それよりも彼には、いつの間にかマルヴィナが何故気付かなかったのかというくらい
近くにいたということのほうが重要であった。
「なっマルヴィナ!? いつそこに!!?」
「いつって、さっきからいるじゃないか。何を今さら」
 ズレた事を大真面目に言い返すマルヴィナに若干のめまいを感じつつ、キルガは慌て言い直す。
「そ、そうじゃなくて、“この位置に”いつ…!?」
「ああここに? 今さっき。——んな事聞いてどうすんだ?」
 いやその、と口の中で呟き、視線をサッと逸らせた。
少し赤い顔をして頬のあたりをこする。素早く眼をしばたたかせた。
「?」
 マルヴィナはらしくないキルガのその慌てように首を傾げた。
「…えっと。終わった。…行こうか」
「ん。意外に早かったな」
 実はやりかけなのだが—— 一応何も言わず、板に槍をかけた。





 マルヴィナは、キルガを案内役に階段を上り続ける。
 蔓の伸びた階段、古めかしい石造りの塔、きらりと輝く満天の星。新鮮な空気。
「っ大きいなー! それに、すごい綺麗」
 そして、天空に伸びる、美しい世界樹。
「ずるいなキルガ、わたしらよりずっと前から見られたなんてさ」
「それについては何とも言えません」
「あはは、冗談。ここで、星のオーラを捧げればいいんだよな」
「ああ。やってみなよ」
 マルヴィナは頷き、両手を出す。
結晶は、ひとりでにすぅと浮き、世界中に吸い込まれるように——ぱっと、消える。
 途端、世界樹は、神々しく、金と銀の輝きによって、空間に明かりを灯した。
まるで粒子のようにいくつもの光が取り巻き、夜空と二人の顔を照らす。
 光が消えるまでそれに見とれる。キルガも後ろから、目を細めて見ていた。マルヴィナはようやく声を出す。
「鳥肌たった。すごい綺麗、さっきも言ったけれど! ずるいなキルガ以下略」
「ははっ、それについては以下同文」
 互いに冗談を言って、ほぼ同時に吹きだした。
「とにかく、報告してきなよ。道は覚えた?」
「最初の方で迷いそうだけれど…多分。でも、戻るのは同じだろ?」
「まあね」
 キルガは踵を返した。前を弾んだ足取りで歩くマルヴィナを見て、笑う。…振り返る。静かにたたずむ世界樹。黙ってそれを見る——
「キルガー? どうしたんだー?」
 マルヴィナの声が階段の下から昇ってきた。今いくよ、と声をかけて、キルガは視線を転じた。