二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.301 )
- 日時: 2013/04/02 21:52
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
3.
時は戻る——
マルヴィナが牢に入れられ、眠りにつき——その後のこと。
まだあたりは暗く、月がおぼろげに光っている頃。
——とはいえ、この地では空の色はいつも同じか。チェルスは、人の姿に戻り、着地した——
不毛地帯、そう——ガナン帝国領に。
普段から面倒がってそんなに梳かない髪を頭上にまとめ、適当にしばる。
一度だけ、死んだような風が吹いた。束ねた髪と、纏った法衣と大きめのズボンが翻る。
意味もなくおくれ髪をかきあげ、半眼になる。「…来たぞ」低く、始めに呟き、そして。
「…来たぞ、“毒牙の妖術師”!!」
しっかりと、はっきりと。よく通る声で、言った。
反応はない。ないが、殺気は生じた。チェルスは眉をすっと寄せた。ぐるぐると、廻っている。
笑い声がする。声が何十も重なり、チェルスを取り囲んでいる。
お得意のまやかしか。甘い。——けれどチェルスは、その表情を緩ませはしない。
八方向から、いきなり炎が生まれ出で、その中心、チェルスを狙って飛んでくる。
チェルスは目を細め——右に、動いた。炎が当たる! が、それはチェルスにぶつかった瞬間、
ぷすりと小さく音を立て、呆気なく散った。チェルスの左を横切った炎が一つ、
最後まで残っていて上空へ弾けた。このひとつ以外は全て、まやかしの炎だったのだ。
「その手は効かない」チェルスは鋭く言った。答えは再び、炎だった。
表情には出さず、口の中だけで悪態をつきチェルスは、今度はぎりぎりで、そして右に動いた。
だが、次の炎は全て本物だった。八つの炎が、それぞれ八方に弾ける!
チェルスの左を通った炎は言うまでもなく、避けた彼女を狙って——
その炎を、チェルスはいつの間にか手にしていた短剣で受けた。
短剣が燃え上がる、だがその時には既にそれはチェルスの手元にはなかった。
そのまま斜め前に向かって鋭く投げる——ぼっ、と音を立て、何もない場所が燃え上がる——否。
「ぬぅ!」
チェルスが炎を避けるのに失敗したと思い込み完全に油断していた、
加えてステルス効果で気配を隠していたゲルニックのローブを一部焦がした。
チェルスは右手を軽く振った。少々火傷を負ったが問題ない。ようやく姿を現したか、腐った妖術師め。
「…さすがは“蒼穹嚆矢”。相変わらずの腕前で」
「知ってのとおり、裏をかくのだけは得意なんでね」チェルスはそのまま腕を組んだ。
「ほう…そして今も裏をかいて、わざわざカデスの牢獄ではなく、帝国の前に現れた、と?」
チェルスが降り立ったのはマルヴィナが捕まっているカデスの牢獄から東、ガナン帝国——
すなわち敵の、本拠地。
世界地図上、北東の大陸の一部。断崖絶壁の地に存在する、常時闇に包まれた黒の土地である。
ほほ、と何を考えているのか分からない笑声を上げ、妖術師は首を傾げて少し鳴らす。
「あなたの考えていることは皆目見当がつきませんよ。
まぁ、そうでなければ裏をかいたとは言えませんが——」
「おしゃべりはいい。さっさとマルヴィナを開放してもらおうか」
「——孤独主義のあなたからそんな言葉を聞くとは…よっぽど重要な何かを握っているのですね。
わたくしにはただの小娘にしか見えませんが——」
「だからおしゃべりは——」チェルスは、はっと振り返った。顔をしかめる。
ずらりと並ぶ赤鎧。がっちがちに、隙がないものばかり。
「………」小さく、舌打ちをした。
「少々嘘を申し上げました」ゲルニックは楽しそうに言う。「皆目見当がつかない——訳ではなかったのです」
「つまり、わたしがこっちへ来ることも予測して赤鎧どもを集めておいたと?」苦々しげにチェルスは言った。
「えぇ。他にもあなたが来るであろう所には兵を配置しつくしております。
あなたの裏の手は、割と攻略しつくしたのでね」
「読まれていたってわけか」チェルスは舌打ちした。空を見上げる。——満月。そして、光る空。雷。
この土地の特徴だった。十五の月(この世界で言う月齢15)、すなわち満月の頃は空に雷が生じやすい。
雲のせいで月の光すら届かぬ、まさに暗闇の領土、それがこのガナン帝国領なのだ。
戦うことはできない。見ればわかる、ここにいる兵士は全て“未世界”の者だ。
戦って、斃したら——“未世界”への『扉』が開き、間違いなくチェルスもそれに巻き込まれる。
「この気候で空など飛べるはずもない。…あなたの負けですよ、“蒼穹嚆矢”」
「…っ」チェルスが歯ぎしりした。捕らえようと兵士たちが近づき、だが鋭く睨まれ硬直した。
「…あなたも堕ちましたね。まさかこんなにあっさり捕らえられるとは思いませんでしたよ」
ゲルニックが饒舌になり始める。ようやく汚名返上できたのが嬉しくて仕方ないのだろう。
「さて、参りましょうか—— 一度入ったら出られる者はいない、かの牢獄へ」
ゲルニックは最後まで嗤っていた。この調子なら、“賢人猊下”を従わせることは可能だ。
かの僧侶——否、賢者の唯一無二の戦友を人質にとった状況なら——。
「問題です」
突然、チェルスが声を上げた。兵士に囲まれ、両手を上げた格好で。
ゲルニックに背を向けて。
「裏の、裏って——なんだと思う?」
だから妖術師は、気付かなかった。
・・・
チェルスが今この場で——初めて、いつものあの余裕の表情を浮かべたことに。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.302 )
- 日時: 2013/04/02 22:05
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
——昼ごろのこと。
ドミールの襲撃が終わり、シェナが倒れ、キルガとセリアスが底なしの喪失感を覚えていた頃だ。
酷い拒絶感を覚えて、あの謎のタービンのようなものを回す仕事を
アギロに代わってもらったマルヴィナが取り組んでいたのは、何が入っているかもわからない重い袋を
ひたすらに運び続ける作業だった。大人の男でも一つずつしか持っていけないような重量であったが、
マルヴィナの、天使の能力なら二つ同時に持って行くのはたやすかった。
だが、なるべく自分の力量を悟られないよう彼女は、あえて一つずつ持っていった。
天使だとばれたら—感づかれたとしても信憑性のない話だが、
あの単純そうな将軍は気にせず疑うだろう—非情に厄介なことになる。
それにしても。こんな仕事、何の役に立つと言うんだ。これじゃまるで奴隷だ。
…でも、シェナが、言っていたっけ。国というものは、何だって階級の下にある、と。
王、王族や貴族。神官。騎士や商人。町民、農民。乞食や、奴隷。
哀しいけど、身分の差はどこにでも生じているものよ。シェナはそう言っていた。
…帝国も同じなのか。今まで、兵士の姿しか見なかったけれど。
帝国にも、皇帝に逆らえず暮らす人間たちが、いるんだろうか…。
「——新しい囚人だ!」
それは、休憩時間の終わりがけのことだった。
唯一気を抜けるのはこの時間しかねぇと息を吐くアギロの横で、マルヴィナはずっと考え込んでいた。
昨日の将軍ゴレオンの言葉が気になってしょうがない。
天使狩り。地上で一人として見なかった天使たち。…皆、ここにいるのか?
だとしたら、助けなければ——そう思っていたときにかかった言葉だった。
「…む? 珍しいな」アギロが顔を上げた。「二日連続か——ここんところ、帝国も忙しいな」
「珍しいのか?」マルヴィナが問う。
「あぁ。…どれ、またオレの出番か」
「お疲れ様。…後でわたしにも合わせてくれ。なんか気になる」
了解、という言葉を受け取り、マルヴィナはアギロを見送った。
兵士の荒々しい声がかかり、休憩時間が終わる。のろのろと、諦めたように腰を上げる囚人たちと共に、
マルヴィナはゆっくりと、黙ったまま立ち上がった。
この訳の分からない重労働は、何も考えなくてもこなせる仕事であるために、不謹慎ではあるが
マルヴィナにとっては好都合でもあった。ただただ無表情であれば良いために、まさか考える気力を
失った囚人に紛れて脱獄だの天使救出だのを考えている娘がいるだなんて兵士は気づきようもない。
どのくらいの時間が過ぎただろう。
…視界に、蹲る誰かが入った。ぱっと顔を上げる。体調不良かと思ったが、そうではない。
蹲っていた——否、屈んでいたのは、今は薄汚れた、かつては高貴な朱色だったであろう
神官の法衣を纏った鳶色の眼の男性の老神官であった。
彼が噂の治療師だろうか。そしてマルヴィナが次に見たのは、彼の前で横倒れになった、一人の紅鎧だった。
鎧の色ではない、別の赤が付着していた。それに気づくのに、少々時間を有した。
「…何が…」あったのかと、問うつもりだった。神官は先にマルヴィナに気付いた。微笑む。
こんなところにいるのに、暖かい笑みだった。すべてを平等に愛し慈しむ、父なる神官。
「…彼の仲間に、傷を負わされたようです」
マルヴィナは言葉が思いつかなかった。同士討ち。ここまで荒んだ場所なのか、ここは。
「…だから私はその治療をしている。それだけですよ、お嬢さん」
命を救う。だがそれは、その対象は、敵だ。それを気にしない。
境遇は皆異なる、だが命は全て同じである——彼はそう言っているのだろうか。
「——やめろ」だが。それを拒否したのは、他でもない傷を負った兵士だった。
半壊した兜の下のその顔は、苦痛に歪んでいる。だが、それは。間違いない、青年の——
表向きにはマルヴィナと同い年か、それ以上ほどの歳の、若い青年の顔だった。
こんな若い人まで兵士になっているなんて——マルヴィナがそう考えている間に、詠唱が終わった。
傷がふさがり、血も止まり、兵士ははっと意識を取り戻した。
「気が付きましたね」神官は再び、笑った。マルヴィナは黙って、それを見ていた。
だが。いきなりその青年は—兜が落ち、隠されていた顔の半分の見えた彼は—、
怯えたように、信じられないように後退りした。歯を鳴らし、傷のあった場所を見下ろし、そして——
「危ないっ!!」
そしてマルヴィナが叫んだ。だが、声で人は救えなかった。
——槍が、横から神官を貫いていた。一瞬の出来事だった。
マルヴィナが、兵士が、目を見張る。神官はゆっくりと自分を見下ろした。
振り返る——「哀れな」——哀しそうに言い、そして——倒れた。
別の赤鎧だった。無情に、淡々と。
まるで何でもないように、ひとりの命を奪った——マルヴィナの中で、炎が揺らめいた。
すっくと立ち上がり、袋を放り投げて。
「…何、しているんだ、あんたは…っ」
赤鎧は応えない。マルヴィナを見てすらいない。
「あんたらの仲間を助けた彼を…何故、殺したっ!?」
「魔法は、暴走を生む」次は答えた。低くて冷たい声だった。
「何が起こるかわからぬのが魔法というもの。それを扱うものを生かしてはおけまい?」
勝手な基準を何でもないように話す兵士に、マルヴィナは拳を固めた。
同時に、理解した。 ベホイミ
チェルスが然闘士に戻らせてくれなかった理由。回復呪文を使えるマルヴィナは、
間違いなく傷ついた人々に癒しの呪文を施しただろう。だが、そうすると、殺されてしまう。
帝国の、身勝手な考えの下で。
——念には念を。そういうつもりだったのだろうか。
マルヴィナが捕まることを、なくはない可能性と見据えて——
「ふざけるな、納得できるか! そんな理由で、」
理不尽な考えに、最後まで反論することはできなかった。
二たび、槍が動く——咄嗟にマルヴィナは躱したが、突然のことだったためにその腕を深く切り裂かれた。
「あ、がっ…」
全身から急速に力が奪われ、マルヴィナは膝をついた。腕を押さえるが、血は止まらない。
「…、…っ…!」
「——最初から黙っていればよかったものを」同じ口調で、兵士は言った。
マルヴィナの反応はない。否、できない。
それを確認し、だからと言ってやはり表情を変えることはせず、兵士は青年に目を向けた。
「——おい、そこの」
ぎくりと、青年兵は顔を上げた。
「無駄に生き永らえおって。——まぁ、こいつらに免じて今回は見逃してやる。だが、次は無い」
何処までも無感情に。青年兵は震えたまま動けず、赤鎧は立ち去り、眠るように倒れる神官、
彼らの様子を確認することもできずマルヴィナは、ただ悔しさと痛みに、歯を強く食いしばる——…。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.303 )
- 日時: 2013/04/02 22:19
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
「——おい、マルヴィナ!?」
—— 一瞬意識を失っていたかもしれない。
アギロの声が耳元で聞こえたとき、マルヴィナは薄く眼を開け、歯を食いしばっていた。
「おいって!? 何だよその傷は! 出血が半端じゃねえぞ!」
焦点が合わない。声が聞こえづらい。頭が痛い——
「何だ、何があったんだ? ——兵士か、って、ちょ、おい、な」
アギロの言葉の語尾に妙なものが混ざった。状況を訝しむ前に、別の——
「——ベホイム」
今最も頼りになる、その声がした。
傷の塞がったマルヴィナは意識を瞬間的にひき戻し、がばりと身を起こした。声の主を見る、それは。
「——チェぶほっ」
「ど阿呆」
その名を完全に呼ぶ前に凄い勢いで口を塞がれ——というか、口にツッパリを決め込まれた。
何とも乙女らしからぬ声だったが気にせず、声の主は——
「アホかお前は。今叫んだら注目浴びるだろうが」
チェルスは、変わらぬ様子と、変わらぬ不敵な表情をしていた。
それを見た瞬間、マルヴィナの中に、何にも代えられない安心感が生じた。恥ずかしくて言わなかったが。
目を見張り、そして額を横チョップで突かれ、マルヴィナは慌てて意図を理解して仰向けに倒れた。
「…で。なんでこんなことになってんだ?」改めて、アギロが問う。
マルヴィナはようやく事を思い出し、慌てて周りを見渡して——
あの神官がもう、そこにいないことに再びようやく気付いた。
「…あれ」
「何だ?」アギロ。
「…血の跡があるな。——真新しい」気付いたのはチェルスだ。
「誰かが兵士に斬られたんだな? で、そのとばっちりを受けた——ってところか」
マルヴィナは首を振った。言い辛そうに周りを見る。
「…ちょいと場所を変えるか。…アギロ」
「おぅよ」
なんだか申し訳なかったが、マルヴィナはアギロに担がれながら移動した。
もう一度当たりを確認し、身体を起こして腕をおさえたのち、マルヴィナは
起こったことを説明する——アギロが顔をしかめた。
「そうか。あの人が——」呟いて、アギロは目を閉じ黙祷した。
それが終わったところで、マルヴィナはチェルスに尋ねる。
「…新しい囚人て、チェルスのことだったのか」
「あぁ。…何だ、わたしが捕まっちゃあ悪いか?」
「イヤそうじゃない」即答。「ただ、チェルスなら、捕まらずに逃げられたんじゃないかって思ったから」
「………」チェルスが微妙な表情で黙る。「…とりあえず、夜、起きていな。話がある」
訳が分からず呆けた顔で問い返したマルヴィナの前で、
チェルスはアギロににやりと笑い、アギロも頷き返した。
——夜が来る。
疲れすぎて眠くなってはいたが、マルヴィナは何とか起きていた。
しかし、マルヴィナとチェルスの牢はかなり離れている。話があるとは言っていたが、どうやって話すと——
「やっほー」
なんか来たー!!
——とはさすがに言えずマルヴィナは、びくりとしてその場でドン引きした。
「なっ、ななな、何で出ているの!?」
「何でって…だから、話があるから」
あわてすぎて少々間違えた。
「違、な、何で出られるの!?」
「ん? ——あぁ、鍵外した」
恐ろしくあっさりと答えられ、マルヴィナは更にドン引いた。
「ちょっと待って、この鍵凄い複雑っぽいのに、な、ど、えぇ!?」
「ちょっと落ち着け。看守どもに見つかる」チェルスは制してから、少しだけ自慢げな表情になった。
「わたしは当初『職』は盗賊だったのさ。つまりこのくらい、お茶の子さいさい、ゴキブリホイホイだ」
ゴキブリホイホイってなんだよ、とかなんとかそちら方面にツッコみそうになって、
完全に関係ない話をしていることに気付く。マルヴィナはようやく鉄格子に近付き、座り込んだ。
「——まぁとにかくだ」どっかり腰を下ろし、チェルスは本題に入る。
「わたしがここに入ったことで間違いなく帝国も動く。隙を見てこっから出てやりたいんだが、
生憎わたしじゃ例の結界は通れない。——でな、…アギロ、起きているだろ。話してやってくれ」
「おぅよ。漫才は終わったんだな」
隣から聞き慣れた声がする。あぁそう言えば、アギロって隣だったっけとマルヴィナは思った。
それにしても妙に親しいなこの二人は、もしかして知り合いか?
——そんなわけないよな、チェルスは三百年前の天使だし、
つい最近甦ったばっかりだし——ちょっと待てなんだ漫才って。「遅いなオイ」
「いいか、声を落とすからよーく聞け。実はオレたち囚人の中ではな、前々から脱獄の計画が練られてんだ。
計画っつっても、奴らの武器を奪って反乱を起こすってぇ雑なもんだがな、
もともと頭数はこっちの方が上なんだ、成功の余地はあると思っている」
「うん」マルヴィナは頷いた。確かにかなり雑だ。だが、言われた通りできなくはないだろう。
「だが問題は例の結界だ。あれがある限りオレたちはこっから出られねぇ。——そこでお前さんだ。
実は今日お前さんが通った結界、あの先にゃあ結界を解く装置があるんだ」
「つまり、その間に、わたしが結界を解けば、脱獄成功——というわけか」
「そういう事だ」
マルヴィナは納得した。「了解した。任せられた」
「つっても、別に今日明日決行しようってわけじゃねぇが——」
「いや、近いうちに行動する」チェルスが割り込んだ。アギロが問い返す。
「明日、アンタの仲間三人がここに来る。はず」その言葉にマルヴィナが、ぱっと表情を明るくした。
「で——これは願望でしかないが——うまくいけばマイが復活するかもしれない」
マルヴィナとアギロ、壁越しに同時に目をぱちくりとさせた。叫びそうになって慌てて口を塞ぐ。
——壁越しだったからマルヴィナは知らなかった。アギロの、その反応を。
「ちょ、ま、なん、何でそ、えぇ?」
「落ち着け」チェルスが手をひらひらと振る。
「あくまで願望さ。だが、間違いなく近いうちにあいつは復活する。——させる。
わたしがここに入ったのも、そのための計画に過ぎない」
何を言っているのかわからなくて首を傾げるマルヴィナに、また説明してやるからとカラカラ笑い、
チェルスは以上だと言ってさっさと立ち去ってしまった。
——マイレナが、復活する。
今、わたしたちにとっても帝国にとっても、そこまでとんでもない状況になっているのか——
今更ながらに、重大な状態であることを自覚し、マルヴィナは胸に疼く闘志を、そっと抑え込んだ。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.304 )
- 日時: 2013/04/02 22:25
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
——遠く離れて。
ドミールの里、夜。
「……」
もうどれくらい、放心していたかわからない。
はっと気づけば、思い出してしまう。なぞってしまう。あの言葉を。
——シェナが——…
あの言葉に自分が、どう思っているのか、何を考えているのか、わからなかった。
怒っているわけじゃない。悲しいわけじゃない。悔しいわけじゃない。許せないわけじゃ——
——わけ、じゃ。
「………っ、くそっ…!」
セリアスは、頭を振った。抱える。…何度目だろう。この行動も、この言葉も。
ゲルニックの言葉は嘘ではないだろう。シェナのあの反応、あの動揺。
真実だと、事実だと語った、あの姿。考えると、わけがわからなくなる。
無理矢理考えを放棄して——結局は、同じことの繰り返し。
辺りが夜になっていることも、空腹を訴える音も、何も気づかないほど。
———アス。
何も聞こえないほど、放心状態にあった。
——セリアス。
——はずだった。
「——え」顔を上げる。
『セリアス。聞こえるな』
しばらく壁時計のあたりを無意味に眺めたまま、硬直した。と、弾かれたように辺りを見渡す。今、確かに。
「な…あ…?」
『聞こえたようだな。——突然だが、アタシが誰だかわかるな? 分からんとか言ったらシメる』
「マラミア」セリアスは少し上ずった声で言った。「…なのか?」
『アンタもいきなり呼び捨てかよ…まいーや。せーかい、んで、一応初めまして』
「…は。はじめ、まして——な、何で」
そこにいないのにセリアスには、見えた。炎髪と紫の眸の、その人が。——ところで『も』ってなんだ?
『何でって——まぁ、アタシにようやく気付かれたから、かね。
遅かったねー。あの色男くんはかなり早く気づいてたぜ。ま、アタシじゃなく、アイにだけどさ』
「む? ぬ? …キルガ?」
『そ。ちなみにアタシは色男くんには見えないし、対称的にアンタはアイのことは見えない。
まぁこれはどうでもいいんだが——』
マラミアは本当にどうでもいいように軽く流すように言ったのち、少しだけ真剣な顔になった。
『…時はきた、ってやつさ。教えに来たんだわ。帝国に殴り込みに行く前に
知っておかなきゃなんないこと——マルヴィナと、アンタらの、“本当の正体”ってやつをね』
「っ!」セリアスは大きく反応した。
『ただ、時間がない。チェスに——チェルスに呼ばれたらアタシらはすぐ行かなきゃなんない』
「チェルス——あっ、チェルス、無事な」
最後まで言う前にマラミアは制した。片目を半分開けて笑うという不思議な表情でマラミアは言った。
『あいつがそう簡単に敵の手中に入ると思うか? 無事も大無事さ。
大体、あいつが捕まること自体が、作戦だったんだし』
セリアスは三回まばたきした。
『まぁ、その話は本人に直接聞いてくれや。とにかく本題に入る。
まず、アンタと色男くん——キルガの正体について』
「…ん」セリアスは姿勢を正して集中した。
何故正座? とマラミアは思ったが、指摘する時間がもったいない。
どうせすぐ足が痺れるだろうと勝手に思い、マラミアはいきなり事実から言った。
『アンタはアタシの“記憶の継嗣”だ』
さっそく混乱した。
「…へ? …は?」
『念のために——マルヴィナはチェスの“記憶の子孫”。アンタはアタシの“記憶の継嗣”。
キルガもそうだ。ただしアイツは、アイのね。——傾いてるぞ、セリアス』
既に正座は崩れかけている。集中力切れるの早っ。
「——えと、」
『その違いだな。…最初に言っておくが、これは一応話しておくだけで、理解すべきもんじゃない。
…でも、とりあえず、聞いときな』
同じ時、キルガもまた、セリアスと同じ現象を目の当たりにしていた。
ただし、彼の前にいるのは、言うまでもなくアイリスである。ただ彼はセリアスほど混乱しなかった。
同じタイミングで、同じ話をするアイリスの前で、静かに気持ちと話の内容を整理する。
——初めて見るのに、懐かしい、自分はこれをどこかで見たことがあると感じることが人間にはある。
“未世界”ではそれを、デジャヴ、と呼んでいる。それは、“不人間”が係わっている証。
自分の記憶を人間に与える——それは“不人間”の一種の仕事でもあった。
そして、記憶を与えた者を“記憶の渡者”、与えられた者を“記憶の継嗣”と呼んでいる。
『何故そんな仕組みができたのかは答えられない。これは昔から続くもの、儀式。理由などない』
人間にはそれぞれ得意不得意がある。それも渡者の影響である。渡者の力が強ければ継嗣の力も強くなり、
頭が良ければ継嗣も優秀になる。足が速ければ継嗣も俊足になる。
いうなれば、人間になれなかった者たちが人間に能力を託す——自分のなりかわり。
説明をするのは難いが、生まれ出でなかった自分の存在を、
生まれ出でた人間に渡すことで自分の存在を見せつける、と考える者もいる。
『けれどそれは人間の話。天使には通用しない。——けれど貴方たちは、我らの継嗣』
『決して存在するはずのない、天使にして“記憶の継嗣”なる者』
壁越しに、キルガは考え込み、セリアスはまた傾いた。だが、その胸に宿った疑問は同じ。
もちろん——ならば何故、自分たちは“継嗣”とやらになったのか。
理由は単純だった。
——先に創られたマルヴィナが、天使だったから。
彼女の仲間として、或いは彼女を守る騎士として。記憶を継いだのが、即ち——
『アンタら二人、ってことだ』
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.305 )
- 日時: 2013/04/03 21:43
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
セリアスは言うまでもなく首を傾げていた。キルガでさえ追いつくのに時間を有した。
結局、マラミアが初めに言った通り。異世界の理を理解することなど、愚挙であるのかもしれない。
この反応は想像済みだった二人の女はそれに大した反応は見せない。
「…あの。マッタク分からんのですが」
セリアスが妙な声色で呟いた。マラミアは短く笑声を上げ、だろうな、と言った。
『頭痒くなるような小難しい話をひっくるめて簡単に言うとしたら——“お前らは特別だ!”』
「イヤそれは分かったよ!!」
『それだけでいいのさ。単に今までのは、本題を伝えるにあたってまぁ
適当に知っておけばいいだろって感じで話したことだし』
言いたいことはこれではない。そう、本当に伝えるべきことは。
『即ち、マルヴィナを含め貴方たち三人は“特別な天使”だった——
これが異常な時期に天使界に送られた原因』
キルガの眼が少しだけ驚愕に開いた。だが、まだ。話は、続いている。
『加えて、それが原因で——天使界から落ちたとき、翼と光輪を失って、その身を守った』
セリアスが息を呑んだ。そしてすぐさま——首を傾げた。
『これが本題。以上しかじかの特別な力を持っていたおかげでアンタらは助かったって、そう言いたかったわけ』
「…あー、結論は多分分かったけどさ。なんでそれが、身を守ったことになるんだ?」
『ん。逆に。もしアンタらが、天使の姿で落ちてきたら、アンタらはすぐさま——』
『『“天使狩り”の手に落ちた』』
「っ!?」「はっ…!?」
二人とも、同時にその言葉をなぞった。アイリスは頷いたのみだったが、マラミアは説明を加えた。
『そ。ガナン帝国がさらに力を欲して行っているのさ。…ほら、帝国の兵士、霊だから。天使が見えるだろ』
「知ってる。…けど…」
それなら。もしかしたら——セリアスの中に生じた考えを、今すぐ確かめたかった。
けれど今は叶わぬこと。消息の知れない自分の師匠を捜すのは、今はまだできぬことだ。
今は話を聞かなければならない。訳の分からないことだらけでも、何か一つくらい、分かることがあるはずだ。
…けれどそれは。
信じたくはない、真実だった。
『——次いでマルヴィナのこと』
先にアイリスは、もう一人の天使の話を出した。
キルガの頬が緊張する。アイリスは傍目には気づかないほど少しだけ微笑む。
“記憶の子孫”とは何か? ——それは、“霊”の記憶を受け継いだものを表す。
先に述べたとおり、記憶を受け継がせることができるのは“不人間”のみである。
だが、天使であるがゆえに、否、
・・・・・・・・・・・・・・・・
天使以上の力を持つ者だったために。
チェルスは、“霊”でありながら、“不人間”と同じことをして見せた。
そこで創り上げられたのが、言わずとも——マルヴィナ。
だが、理を捻じ曲げたことによる代償があった。
所詮は真似、完全に同じにすることはできなかった。その代償。重すぎる、それは——
存在は、“霊”と同じであること。即ち——命が尽きれば、その存在は、消えると言うこと。
「!!」「なッ…!」
キルガは先にその話を聞いていた。セリアスは今初めて聞いた。けれど、受けた衝撃は、同じだった。
覚えている。“霊”の共通点。
その存在が、“消える”原因になるものを——
「それって——じゃあ、まさかッ…」
彼らは気づいているだろうか。
問う自分の声が、これ以上ないほど、震えていることに——
「もし、同時に大量の“霊”がマルヴィナの近くで消えたら——」
駄目だ、訊くな! 訊いてはいけない、答えられたら——…制御する力は、足りなかった。
「マルヴィナは、消える——…!?」
——嘘だ。
そんなことが、あるはずが—————!
『——————————そうよ』
…非情すぎた。
どうしてそんなことを言うのだ。
何故そんなことを聞かせるのだ。
「…嘘、だろっ…!?」
思わず呟いた言葉の答えも、変わらない。
「なんでだよ、何でいきなりそうなるんだよ! 今まで、そんな予兆、なかったじゃないか!」
『あぁ』マラミアは最初よりずっと言い辛そうに、答えた。『アンタらから見ればな』
「な」
『あったのさ。アイツには——いや、アイツらには、というべきか』
後半の言葉に反応するより早く、マラミアは言った。
『訊けば一発だが——アイツは、“霊”が昇天した時、このあたり—そう言ってマラミアは、
自分の心臓を押さえた—が、…なんて言えばいいかね、脈打った、っていうのか…
そんな現象? が起きてたらしい。…それが“扉”の開閉に反応した証。“未世界”に戻りかけた証さ』
いきなり言われて、はいそうですかと納得できる話ではなかった。マルヴィナが消える。信じたくない。
——信じられるものか!
『否定は気付かぬうちの肯定』アイリスは淡々と言った。『そうであると思うからこそ、否定せずにはいられない』
「嘘だ。何で、何でそうなる!? どうして彼女だけ、そんな存在になってしまったんだっ…」
アイリスは答えない。答えは、既に説明したとおり。それが、真実だ。
理解したからこそ、理解したくなくなる。同じだ。人間と、同じ。
「アイリス!」
『——残念だけれど』まるで何かにすがるような、祈るような声に答えず、アイリスは言った。『時間よ』
『時間だ』
「おい、ちょっ…」焦ったままセリアスは無意識に引き留めようとした。無駄だと、分かっていながら。
『…考えるんだな。ガナン帝国と戦えるのか』
『儚き存在と共にあることができるのか。——彼女の騎士として』
同じ時に言い、同じ時に消える。
同じ時に——騎士たちは、拳を握りしめた。
そうすることしか、できなかった。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.306 )
- 日時: 2013/04/02 22:41
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
——拳を握りしめながら。
聖騎士は、闘匠は、顔を上げた。
なんのために、聖騎士となった?
なんのために、闘匠となった?
なんのために、ここまで来た?
——仲間を、守る。
対にして同じ立場。何かを守るもの。
そう、仲間だ。今は、仲間だ。過去など関係ない。
——シェナ。
昔ガナンに手を貸していたと言ったって、今はそうじゃない。共に並び、魔帝国に立ち向かう者。
——あぁ、何を迷っていたのだろう。
マルヴィナだって。
彼女の本性を理由に共に戦うことを拒否したところで、彼女は絶対に承諾しない。だろう、ではない。
断言する。最後まで戦い抜く。彼女の信ずるものに誓って。
ならば、答えは決まっている。
自分たちの過ごしてきた時を、結ばれた絆を、敵の人間などに壊されてたまるか。
「「————戦う」」
——これが自分たちの、答えだ。
(——キルガ、セリアス、シェナ——)
牢の中で。
マルヴィナは、寒さに震えながら、それでも強く眸を閃かせた。
アギロのいびきを壁越しの右に聞きながら、ぎゅっと腕をおさえた。傷を負わされていた、腕を。
…自分ひとりじゃ何もできない。自分は弱い。少々頼るということはしても、決して依存なんかしない。
幼き頃、その境遇—異常時期に送られた天使—より一部から煙たがられていた過去を持つマルヴィナは、
いつしか無意識にそう考えるようになっていた。
——はずだったのに。
こんなにも、心細いなんて。
——あなたたちは、こんなわたしを、どう思いますか。
勝手に先走って、敵の手に落ちて。そんなわたしを、どう言いますか。
無謀だと、馬鹿だと、言うのでしょうか。思うのでしょうか。
——それでも、一緒に戦ってくれるでしょうか。
…それとも。
この考えが、馬鹿でしょうか?
…思ってもいいですか。
きっと共に戦ってくれると。
厚かましく、自惚れてもいいですか。
・・・・ ・・・
マルヴィナは顔を上げた。何もない天井を見て、無感情に、笑った。
いつから自分は、これほど弱くなったのだろう?
腕をおさえ続け、寒さに歯を鳴らしながら。マルヴィナは目を閉じた。
涙とは一体、どこから生まれるのだろう。
どうしてこんなに流しても、無くならないのだろう。
けれど、涙が枯れることが、怖かった。
枯れたら、消えた涙とともに、感情も消え去ってしまいそうだったから。
でも、涙を流すことも、怖かった。焼き付いて離れない。
自分を守るように倒れた騎士の姿、自分の目に付着した赤。頬に伝った、紅い涙。
頬を伝って顎から落ちる水が、真っ赤ではないかと思ってしまうから。何度も、擦ってしまうから。
——まるで。後悔が波となって押し寄せて、その波が瞳から零れ落ちているようで。
だから、止まらない。後悔は、止められない感情だから。
——だから——
「——シェナ!」
肩が震えた。それは今は聞きたくない声の一つだった。強く歯を食いしばり、シェナは耳を塞いで蹲った。
嫌だ。聞きたくない。怖かった。何よりも、怖かった——
「シェナ、開けてくれ」
シェナは動かなかった。開けるべきだと思っていながら、開けるのを拒みたかった。
——声は聞こえていた。自分が、耳を塞ぎ切っていなかったことに、彼女は気づいていなかった。
感情が矛盾しすぎて、もう何がどうなっているのか、わからなかった。
「…このままでいいのかよ。あいつらに好き勝手させておいて、このまま終わっていいのかよ」
…いいよ。答えてやろうかと思った。実際に口は開いた。けれど、言わなかった。
怖い。何もかもが、怖い。もう、戦いたくなかった。
「ケルシュさんが言ってたじゃないか、希望だって。ケルシュさんの思いをないがしろにする気なのか」
「勝手に押し付けないで!」気付いたら、反論していた。「…やめてよ。…もう、やめてよ」
答えはなかった。どうして何も言わないのかと思ってしまった。
答えてほしくないはずなのに。このまま放っておいてほしいはずなのに。
それなのに、涙の代わりにずっと溜め込んでいた言葉が、溢れ出してくる。
「お願いだからもう放っておいて。押し付けないで! …なんなのよ、貴方だって聞いたでしょう。
私は帝国側に着いたのよ。敵だったのよ!」
「関係ねぇだろ!」ずっと大きな声で封じられた。「過去の話だろ。今は一緒に戦っているじゃないか!」
「信じないで」シェナの声が今度は小さくなった。「…戦えない。もう、一緒に戦うなんてこと、できない」
「…じゃあ、帝国側に居たら、戦えるって言うのかよ」
「そうじゃない!!」今までで一番大きな声だった。「あんなところ、戻りたくない」
扉越しに。セリアスは、黙った。キルガはいない。セリアスが頼んだのだ。
シェナの説得は、自分一人でさせてくれと。もちろん猛烈に抗議されたが、セリアスは引かなかった。
膝を地につけて、頭を下げて——ようやく、不承不承認めてもらったのだ。
セリアスはそのまま目を閉じて。考えた。間違いない。シェナは今、即座に反応した。
帝国の中では戦わない。声に、帝国を本当に厭う響きがあった。シェナは帝国を憎んでいるのだ。
そして——それに対して、本当は戦おうとしているのだ。
けれど。失いすぎた彼女は、それを実行する勇気までもを、失ってしまっているのだ。
もし言うとおり、シェナをこのまま放っておいたら——間違いなく彼女は今以上に大きな後悔を抱く。
大切な人を失った原因に立ち向かえなかったことを。
——もう、これ以上後悔させない。
「…行こう」
セリアスは問いかけるように、言った。けれど、無言が、否定を表していた。
「…怖いのよ」
代わりに聞こえたそれは、涙声だった。聞いていられないほどに。
「…戦うのが怖い。もう、失いたくないの。何も失いたくない! もう、行きたくない——」
「じゃあマルヴィナを失ってもいいのかよ!!」
弾かれたように、顔を上げた。震えていた。思い出す、戦友の顔を。
凛とした表情、屈託のない笑顔。喪失感を抱いた眸、それでも前に進んだ、強い仲間を。
——ぞくり、とした。それは何よりも、今まで覚えたなによりも強い恐怖だった。
———失いたくない。
私は、
私は—————…。
「…時間をちょうだい」
その言葉を言ったとき、自分に意識はあっただろうか。
「…今じゃ、まだ駄目だから…少し、待って。…お願い」
セリアスは静かに答えた。半歩下がって——最後に、問うた。
——来れるか、と。
答えが返ってきた。
その言葉は、表していた——
静かな——————肯定を。