二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.307 )
日時: 2013/04/02 22:47
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

          4.



 …それは夜明け。
『情報通り牢獄の兵士は殆ど霊か面倒だなー。手加減することほどもどかしいことってないんだけどなー』
 凄く軽い声がした。はっとして入口を守る牢獄兵が辺りを見渡した。気付かない。否、知らない。
この声の主が一体誰なのか。牢獄を守る仕事を任されている程度の兵士では、縁のない声。
「なッ…き、貴様! 何者だ!」
『えー知らないの? ぶっちゃけ帝国には有名人になってたと思ったんだけどなー』
「答えろ貴様、何者だと問うている!」
『聞こえてるよ。あと、間違いね。貴様じゃなくマイレナ様。

           —————“賢人猊下”マイレナでありんす』


 今度は、答えの声はなかった。
 それは帝国にとって最恐の名であり、最も求める者の名。
だがもちろん、それを認めるまで時間がかかり、気付いたら気付いたで簡単に動けるはずは——


「捕らえろぉぉぉぉぉぉっ!!」
『動けるんかーーーーーーいっ!』


 叫んで、マイレナはくるりと踵を返して逃走開始。その場の兵士の一人が追い、一人が牢に急ぎ戻る。
夢の中にいた兵士たちは朝からのその大声に顔をしかめ(魔物の顔に表情があるのかと言われると
答えに窮するのだが)、そろって鈍重な動きで身体を起こしたが、“賢人猊下”の名で皆一斉に跳ね起きた。
武器も持たずに走るもの、鎧を着るか否かで悩むもの、それを急かすもの——
何も知らない囚人たちにはこれ以上ないほどの迷惑な騒ぎ用だった。…何も知らない者には。

(…来たようだな)

 マルヴィナは狸寝入りをしていた。
 おそらくこの騒ぎを起こしたのは、チェルスに自分がここに来たという合図を送るためだろうと予測する。
となるとしばらくすれば、チェルス本人から何かの指示が来るかもしれない。それまではしばらく寝たふりを、

「…っ?」

 ふと、何か妙な感覚がした。どういえばいいのだろうか。何かに見られているような、というべきか。
根拠のない、曖昧な感覚だった。けれど——確かに。何かに、監視されているような気がする。
(…何だ…?)
 寝返りをうったふりをして、マルヴィナは牢の外を見た。
少々わざとらしかったかもしれない。寝息を立てるふりもした。目が慣れてくる。
外の方が明るいので逆光になっているが——その影から特定できる。
 兵士だ。
 ——武器を持った。



 ——外で。スケスケのマイレナは、一体どこから集めてきたと言いたいほどの人数の兵士から
ちょこまかしゅたこら逃げていた。

『いえっさぁぁぁぁぁぁぁーーーーー』

 とか叫んでいる。どっからどう見てもふざけていた。当然のごとく後ろから、
「待たんか、“霊”がッ」
 という声が飛ぶ。もちろん待てと言われて待つ馬鹿は
『りょーかーい』
 ここにいた。
「!!?」
 思わず驚いて一瞬動きを止めたのを見て、
『はい時間切れー。いえっさぁーーー』
 再び妙な言葉を伴い逃げる逃げる。
「こっ、きっ、な、なめおって!」
 頭に血が上り冷静さを欠き始める兵士に、
『美味しくないでしょーがー』
 意図的に大幅にずれた返答をした。
 適当に兵士に答えていながら、マイレナは実に器用なことに脳内で別のものと会話をしていた。
そんなことをする相手は、限られている。

“ マイ、準備はいいな? ”

 ばっちりね。マイレナは、マラミアに答えた。

“ できるだけ不自然にならないように——いいわね? ”

 分かってるって。マイレナは、アイリスに答えた。
 このためだけに、一体いくつの作戦を立てただろう? 念には念を重ね、愚かしいほどに警戒して。
そして、その最後が。ようやく、来る。待ち望んだ、この時が——





 時    が        ———————————









(——————————————————————ッ!!!)



 その時が。
 今ここに、来た。







 目の前に、雷が走る。身体が燃え上がるような感覚。
 立っていられない。頭が締め付けられているような、痛み。その、煌き——…。
目の前の物がまるで波線を引いたように溶け、紅い煙が立ち込める。天地ひっくり返ってんじゃないのか。
心臓ひとつ一回転させられたような気味の悪い感覚。吐き気。なにこれ。
駄目だ、さすがにこれは、耐え、ら——


「うっ…あぁぁああああああああああッ!!」





 その声に。
 自分の意識を、取り戻した。


 その大地に、彼女は立っていた。
 一人の存在として。
 三百年の、時を超えて。


 手も、足も。頬に触れた、短髪も。        ・・・・・
 雷が鳴る。暗い帝国に、一瞬だけ差した光。足元に、影があった。

「……来た」

 呟いた。声は間違いなく、はっきりと聞こえていた。

 今ここに。
 三百年前の伝説、“賢人猊下”マイレナが、復活した。

















 ———と同時に、いきなり兵士に囲まれた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.308 )
日時: 2013/04/02 22:51
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「ちょ、もうちょっと格好つけさせてくれたっていいっしょーー!?」
 もちろんマイレナの主張が通るわけはなく、四方向から槍が突きつけられる。
一瞬だけ不満げな表情になってから、マイレナは腰に手を当てた。
「手を上げろ」
「復活したばっかだってのに、武器なんか持ってるわけないじゃん」
「問答無」
「あーはいはい」
 槍が少々近づいたので、全てを言われる前に答えた。
「…我ら帝国につけ」
「あのさー、それ分かって言ってるよね? ウチがそんなことするわけないじゃん」
「貴様に拒否権はない」
 マイレナはじとっ、と気だるげに兵士を見る。
「…貴様の妹は我らの監視下にある——同じく復活した、あの娘がな」
 マイレナは応えなかった。…待て。まだそれを、実行するな。
 ——もう少し、時間を稼がねば——
「もう一人、人質はいる」
 その言葉に、マイレナは。
 ・・・・・・・・・・
 驚いた表情をつくった。
「…貴様の戦友——“蒼穹嚆矢”だ」
「…どういうこと」思ったより棒読みになってしまったかもしれない。
演技は苦手だ。そう、演技とは、所詮嘘。マイレナは、嘘のつけない性格なのだ。
「…何ならその目で確かめてみるか? あの牢獄にて」
(あ…マズイ)
 マイレナは思わず顔に出した。
今ここを離れるのは、まずい。             ・・
 マイレナが立っている位置は、そろそろマルヴィナの仲間三人が到着する予定の場所に近かった。
なるべくそうなるように走り回っていたのだから当然だが——言われた通り今から牢獄へ移動すると、
彼らと合流できなくなってしまう。紛れもなく新天地、更にお尋ね者の三人は
なすすべもなく捕まってしまうだろう。そうすれば作戦は失敗、その後に待つものは——
(…ちょ、マミ、アイ、何やってんの!? さっさと三人連れてこいっつーの、このままじゃ失敗するって!)
 素直にその焦りまで表情にでる。
連行することが“賢人猊下”にとって何らかの不利があるようだ——そう読み取ってしまった兵士は、
右手を大きく振った。槍が動いて、手荒にマイレナを誘導する。
「…もう一度言う、我らにつけ」
(…く、ど…どうにか、ならな)
 辺りを見渡して。そして——不意に、天を仰いだ。いきなり止まった“賢人猊下”は——笑っていた。

「…遅かったね」

 謎の言葉を呟いた——時。



 ————————————————








「むがっ!?」
「ふげっ!?」
「うぐっ!?」
 三つ、珍妙極まりない声が重なった。

 目の前で起こっている現象を、短文で説明するなら。

『 空から落ちてきた二人の若者が、ひとり兵士を押しつぶした。 』

 我ながら完璧な答え。と、あまり自慢できることでもないことを勝手に考えて、
マイレナはにやりとした。そう、即ち。
 唖然とする兵士たちの前で——ひとり先陣切って歩き出した兵士の上に、
ようやく到着した彼らが運悪くも、あるいは良くも、落ちてきたのだ——

 キルガと、セリアスの二人が。




 マイレナはいきなり腰を落とすと、唖然とする一人の兵士の足を引っかけ、その手を鋭く蹴り上げた。
槍が天高く弧を描いて飛ぶ。別にその兵士一人に恨みがあるわけではなかったが、
倒れかけたついでに(ほんのちょっぴりだけ申し訳ないかもと思いながら)その背を踏み台に飛び上がる。
槍をはっしと掴み、兵士の輪の外へ着地、その間もなしに右腕を払って兵士たちの膝当ての上を一気に薙いだ。
 誰がこの速さについて来ただろう。マイレナが攻撃を始めたのに気付いた時には既に、
太ももあたりに生じた傷の痛みに呻くことになっていた。
「答えがまだだったね」
 槍をひとつ振って、マイレナはもう一度不敵に笑った。

「その誘い、——断る」

 今度こそしっかりはっきりと決めると、マイレナは未だ困惑顔の二人の青年を振り返った。
「…ん? 一人足りないね」
「え、と…え? な、何が」セリアスはまだ座り込んだままだった。つまり当然、未だ兵士を下敷きにしていた。
「はいはい初めまして。元僧侶にして現在賢者、石頭の“蒼穹嚆矢”の唯一の戦友
“賢人猊下”マイレナと申す。…これくらいの説明で理解できるね?」

 二人の青年は、その言葉でようやく現状を把握した。
 もちろん、驚愕に叫びはしたけれども。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.309 )
日時: 2013/04/02 23:01
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 シェナはいない。
 彼女は、来なかった。
 一瞬、目の前の景色が歪んだ気がして。
 気が付いたら、この地にいた。
 そして目の前に、『もう一人の伝説』がいた。“賢人猊下”マイレナ。

 宣言した。
 彼女は、敵になるつもりはないと。

 ——自分たちの、味方に付くと。

「なんかそっちにもいろいろ事情がありそうだけど」
 マイレナは一人足りないことをそう解釈すると、もう一度槍をびゅんびゅんと鋭く振り回した。
一見危なっかしい動き。だが、キルガの——槍使いの彼の表情が、大きく変わった。
…使い手だ。紛れもなく、相当の。賢者だと言うのに。
「…まずはここを一掃するよ。それから、あの二人を助けに行く。異論は? 認めないけど」
「……それ訊く必要あるんスか?」
 セリアスが尤もなことを尋ね、キルガは素直にありませんと答えた。
「はいはい。——あ、でも、死なせんなよ? さすがに復活早々戻りたかないしね。
…さぁーて、ひっさびさにかっとばすよ!」
 最後の気合いの声はともかく、要するにこの兵士は全て、“霊”である。
そう言っているのが理解できて——彼らは、マルヴィナの存在を思い出す。

 ——待ってろ、今助けに行くから。

 二人は武器を構え——
 そしてその地を、強く蹴った。






 不覚だった。
 チェルスは、紅鎧と対峙しながら、一人の人質を見ながら、そう思っていた。

 マイレナの存在が牢獄の兵士に知れ渡る。
 兵士がマイレナを追う。捕らえて——帝国側に従わせるために、自分を人質にするだろう。
 思惑通りだった。つい先ほど、自分は兵士のだみ声で起こされ(もともと起きていたが)、
兵士を三人後ろに、床に座って身動きをとらせられなかった。だが、それでよかった。
そのまま待っていれば、復活したマイレナは再びこの牢獄に来る。
 兵士の予想に反した存在として。
 ・・・               ・・・・・・・・
 三人の、マルヴィナの仲間を連れて——歯向かう者として。
 その時が、勝負時のはずだった。戦力を大幅に上げたところで、反乱を起こす。
そのつもりだった。上手くいっていたのだ。そう、さっきまでは。

 ——まさかの展開となった。
 マイレナは復活したらしい。そののち、抵抗をし、従わないことを宣言した——

 その情報が、牢獄に入ったのである。
 そう、つまり。
マイレナが従わないという情報を耳にした兵士に、戦友チェルスを人質にとる理由はもうない。
 仕方がない。それならそれで、こちらも反乱を起こすだけだった。戦力が不安だったが、
こうなった以上やるしかないか——チェルスがそう思っていたときに、それが起こった。
 紅鎧が、次にとった人質は——マルヴィナだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.310 )
日時: 2013/04/02 23:02
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 賢人猊下が従わぬなら、蒼穹嚆矢を従わせる。そう考えた上での行動だろう。
 マルヴィナは、じかに触れる邪悪に意識を朦朧とさせながら、意識をどうにか繋いでいた。
 見覚えがある。この紅鎧、あの日ゲルニックと共に闇竜の様子を見にやってきて、
倒れているマルヴィナに槍を突き付けた——その時マルヴィナの真正面にいた、あの兵士だった。
 だから知っている。マルヴィナが何者であるのかも、チェルスにとって重要な存在であるということも。
でなければ、こんな行動に出られるはずがないのだ。あくまでマルヴィナは、この牢獄に、
グレイナルと共に帝国に戦いを挑んできたただの旅人、として入れられた者だったのだから。

 他の囚人たちが、恐る恐る顔を出していた。
 間に入れば瞬時に見えない何かによって焼き払われる。
そんな根拠のない考えが浮かぶほど、両者の間には痛いほどの緊張が走っていた。
 マルヴィナの、敏感に者に反応する能力が、ここで仇を成している。
あまりに敏感すぎて——邪悪が近すぎて、彼女は意識を失いかけていた。
 動けなかった。こんな時に、いつか——遠い昔に交わしたとある会話を思い出しかける。
そんな場合じゃない。チェルスはその思い出を打ち払う。答えない。帝国に従えだと?
 だが、それでは。
 それでは———…。



「しっかりしねぇか、“蒼穹嚆矢”チェルス! “天性の剣姫”マルヴィナっ!!」



 鋭く響いた、低い声。チェルスの頭に重く響く。マルヴィナの後ろにいた兵士が、彼女ごと吹っ飛ばされる。
が、そうなる前に——がっしりと、支えられた。

 ——アギロである。

「な、…ッ」思わず驚いて言葉を発せないチェルスに、アギロは視線を転じた。
「…ったく、お前さんらしくもねぇ」マルヴィナをしっかり立たせて、アギロは言う。
ばちんと彼女の目の前で手を叩く。マルヴィナははっと顔を上げた。
「あ、アギロさん…っ」囚人たちが青ざめて、彼の名を呼んだ。「な、なんてことっ…」
「問題ねぇよ」アギロは答えた。「ちと、突然になっちまっただけだ」
「てことは、まさか…?」
 ぽつぽつと上がり始めた、困惑と、恐怖と、少しだけ入り混じった期待の声。
「あぁ」答えるように彼は言った。「ようやくだ。オレたちの自由を勝ち取るときは、今を置いて他にはねぇ!!」
「で、でも、結界は、どうするんです!?」
「そいつも問題ねぇ」
 意識を取り戻そうと頬を叩くマルヴィナに(若干見ていて大丈夫かと思うほど強く叩いていた)視線を転じ、
アギロは力強く叫ぶ。
「こいつはあの結界を通れる」
 どよめきが起こった。不信の声も上がる。無理もない。今度は手をぱたぱた振って、
叩きすぎて頬に生じた熱を必死に冷ます彼女は(この行動から少々変人に見えるが)、
腕も腰も細いどこにでもいそうなか弱い娘だ。
 アギロがその名を呼ぶ。マルヴィナ。
その名は、先程アギロの呼んだ“天性の剣姫”の本名だということに、囚人たちはようやく気付いた。
帝国の兵士が恐れていた名。まさか、彼女が。
 ——変わり始めた彼らの目を見て、アギロはもう一度言った。
「オレたちは囚人じゃねぇ、奴隷でもねぇ。ひとりの、人間だ! 今こそオレたちは、自由を掴みとるんだ!!」
 そのいきなりの状況に。
 予想だにしていなかった、反乱の始まりに。
 囚人たちは、戸惑いを見せたのち——それを払うように、叫びあがった。
 今まで散々虐げられてきた、憎き帝国兵に立ち向かうべく。
「大丈夫か、マルヴィナ」
 声をかけられて、マルヴィナはようやくアギロを見た。
「あ、あぁ、大丈夫…すまない」
「なに、いいってことよ。チェスがちんたらしてっからこういう事になったんだ」
「…面目ない」
 チェルスは意外にも素直にそれを認めた。マルヴィナは驚いて彼女を見た。
「まぁ、ともあれ、計画は始まったんだ——マルヴィナ、わりぃがいっちょ、頼まれてくれや」
「結界」マルヴィナは確認するように言った。「…だな?」
「あぁそうだ。頼んだぜ」
 マルヴィナは頷くと、だっと駆け出した。


(——あれ?)
 そして、その途中に思った。
(何で、わたしの称号を——)
 先程のアギロの言葉に疑問を覚えながら。



(あれが——)
 そして、もう一人。
(あれが…“天性の剣姫”っ…!!)
 その称号に、反応した兵士がいた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.311 )
日時: 2013/04/02 23:06
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 駆け出したマルヴィナを庇うように、アギロとチェルスは後退りしながら結界に近付いた。
兵士はマルヴィナを警戒した。先ほどアギロに、その正体を知らされたからである。
後から彼はそのことを—この状況でマルヴィナの正体を叫んでしまったことを—謝ったが、
ともあれ兵士たちは彼女を狙おうとして、そこを囚人たちに逆に狙われていた。
「よし…行けっ」
 チェルスが言うより早くマルヴィナは、結界を通り抜けた。一瞬、どよめきが起きる。
囚人たちは、驚愕と歓喜。兵士たちは、驚愕と焦燥。
「とっ…止めろぉっ!!」
「させねぇよ!」
 彼女を止めるべく慌てて結界の方向へ走る兵士を、網にかかった獲物を見るような目つきで
アギロとチェルスの二人が迎え撃つ。この二人の連続した攻撃を避ける者などまずいないだろう。
アギロが対応しきれなかった敵は全て、チェルスの前に倒れて意識を失う者ばかり。
帝国本拠地の兵士に比べれば大したことのない奴らばかりか——
 そう思った。
 たった一人、それを躱した者が現れるまでは。

「ッ!?」
 チェルスは思わず驚いた。自分の動きが読まれていた!? 重装備をしているとは思えぬほど
軽やかな動きをした兵士は、そのままチェルスの横をかいくぐり、結界へ走る。
 チェルスはすぐさま振り返ると、そのまま腰を落として足を引っ掛けようとする。が、兵士は
そのまま前へ飛んだ。つまり、再び躱したのである。動きを見ていないと言うのに——そしてそのまま、
「しまっ」
 結界を越え、解除に走った彼女を追った。マルヴィナの名に、最も反応していた、あの兵士だった。


 階を駆け上がり、マルヴィナは結界の装置を見つけた。
「うわ…」
 そして、思ったより複雑そうなそれに、ついため息交じりの声を上げる。
セリアスならこういうの得意そうだけれど、ここに来られるのはわたしだけだしなぁ、と考えるが、
それは思っても仕方のないことである。ともかく、早く解かねばならない。そして——
 仲間と、合流する。
(…よし。…じゃあまず、これがえっと、…ん? えーと…、…………)
 早くも挫折しかけるマルヴィナ。
 なんだこれ全然わからない。どうせ作るなら脱獄者にもっと優しい装置にしろってんだ!
 ツッコミどころ満載のことを考えるマルヴィナの横から剣がのびたのは、その時だった。

「っ!」
「…………っ、………、……………は、ぁっ……」
 しばらく息を吐くその兵士は。チェルスの二度にわたる攻撃を躱した彼は。
「あなたは…あの時の」
 唯一の人間である彼は。
 昨日、あの神父に命を助けられた、あの青年兵だった。

 彼は兜をかぶってはいなかった。半壊したまま、使い物にならなくなったのだろうか。
 ——けれど、そんなことは、今はどうでもいい。
 マルヴィナは結界装置を背に、自分に突き付けられたままの剣と彼を交互に見やった。
感づかれぬように息を整える。相手の呼吸を探る、そして。
「ふっ!」
 器用にも相手の腕を蹴り上げ、剣を弾き飛ばす。
落ちる前に拾ってやろうかと思ったが残念ながら柄ではなく刃側がマルヴィナに向いて落ちてきたので、
完全に落ちてから拾い上げる姿になってしまった。少々格好悪いが仕方ない。
ともかくマルヴィナは、その剣を突き付け返し、にやりと笑った。
「わたしの称号は聞いているだろう。“天性の剣姫”にとっちゃこいつはただの獲物だ」
「…くっ…!」
 青年兵は腕をおさえた。だが、その眼は変わらない。じり、と後ずさる。
「!」
 背後に、立てかけられた槍が見えた。この狭い部屋で槍を使われるのは避けたい。
考えるより早く、マルヴィナは動いた。その標的、槍。先に真っ二つに斬ってしまった。
 穂先から落ち、乾いた音を立てる。
「…これでもまだ、諦めないか」
 彼の答えは変わらなかった。間違いない、と思った。彼は武器を使って自分を脅そうとしているのではない。
 ・・・・・・・・
 命を奪う気でいる。
「…あなたは、救われた命をもつ」
 少しだけ祈るように、彼女は言った。
「けれど、もしあなたがわたしの…わたしたちの障害になると言うのならば、
わたしはあなたを斃さなければならない」
「私は」青年に似合わぬわざとらしくつくり上げた声色で、彼は言った。
だが、その言葉の続きは、出てこなかった。
「わたしを殺す気か」
 無言が肯定を表した。青年兵がいきなり右の手でマルヴィナの首筋を薙いだ。
驚き、身を引く。彼の手には短刀があった。
(…どこに持っていたんだ。意外と、油断も隙もないな)
 いつの間にかふきだしていた汗を指で払い、マルヴィナは剣を構えなおす——…。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.312 )
日時: 2013/04/03 22:28
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「おっしゃ効いたぁ!」
 雄々しく叫び、チェルスが指を鳴らした。
 彼女らの前では、魔法によって混乱した兵士たちが固まっていたり逃げ回っていたり叫んでいたりしていた。
     メダパニーマ
「ほぅ、混乱呪文改か。相変わらずの悪人だな」攻撃の手をようやく休められるようになったアギロが
その言葉に呆れたような、苦笑したような表情をつくるチェルスを見た。
「それは褒め言葉でいいのか? これでも対象を絞って呪文をかけるのって大変なんだぜ?」
「生憎オレはそういうのは分からんのでな。まぁお疲れさん」
「はいはい。…そろそろ来るかな」
 ん? とアギロが反応する。マルヴィナのことかと思ったが、違う。すぐさまあぁ、と納得する。
  マ イ レ ナ
「あの天然娘か。…そいやぁ、“剛腹残照”と“悠然高雅”の二人は元気にしてっか?」
 相変わらずだよ、と返す。それ以外にあの二人は答える言葉がない。
「——ところで遅いな」
 ともかく、まだ解かれていない結界に目を移して、呟く。「…さっきの奴にやられていなけりゃいいんだが」
「おいおい、珍しく弱気だな。復活してちと昔よりは怯えるってことを知ったか?」
「残念ながら知らないな。怯える前に動くタチだってことは知っているだろう」
「お前も充分相変わらずってか。だがな、アイツなら大丈夫だろう。
ちゃあんとお前の強さを引き継いでっからよ」
「根拠のないものが嫌いなんだよ。…あいつだって完璧じゃない」
 そう、完璧じゃない。彼女は、“霊”と同じ存在になってしまったのだから。
 それだけが、唯一の、心残りだ。


 だがチェルスのその考えとは逆に、マルヴィナは少々辛くも勝利を飾っていた。
「ここまで攻撃が通用しなかった敵は初めてだ」マルヴィナは息を吐き、剣を持つ手をおろした。
それでもなお殺気を放つ青年兵に、「…っと。悪いけれど、ここまでだ」
 剣と弾き飛ばした短刀を自分と青年兵の二人から遠い位置に放り投げた。
「帝国に連れてこられさえしなければ今よりずっと幸せに過ごせていた命を奪いたくない」
「!」青年兵が顔を上げた。
言葉は発さなかったが、分かりやすい表情をしていた。驚愕。『何故それを知っている?』——そう言っていた。
「大体あなたの考えは想像ついているつもりだ。大方、わたしを亡き者にして、
願いとして帝国を抜け出す許可をもらいたいんだろう? ——あたりだな」
 ハイリーと同じだった。彼もまた、帝国の兵士に強制的につれてこられた、人間。
 そしてだめもとの願いを持ったもの。
「それにしても、何でこんなことしているのかね…わたしには分からないな」
 人間を集める帝国に向かってマルヴィナは呟いたが、その言葉を
帝国から抜け出すために彼女の命を狙うものに呆れたものと勘違いして、彼はかっしてと視線を上げた。
「…一体」そのまま、声を出す。
「何なんだよっ…。何なんだ、君は!? 何故、こんなところに来て、
こんな状況で、ずっと平気でいられるんだ!」
「そうだな」ようやく年相応の話方をした青年に、マルヴィナは素直に答えた。
「これより辛い絶望は既に体験したから。…だから、どうってことはない——それだけかな」
 元から理由など何も想像していなかったが、この答えはあまりにも想像から外れていた。
答えに窮するが——最早自分には関係のないことだった。終わりだ。自分は負けた。情けなどかけてくれるな。
「…抜け出したいんだろ。ここを」
 完全に彼が諦める前に、マルヴィナは確認するように言った。
「…何もその好機を、無理矢理作らなくたってもいいじゃないか。
訪れた好機に乗って見るのだって一つの手だ。たまにはさ——この意味分かるよね?」
 青年兵がゆっくりと顔を上げる。今度は、呆れたような、驚いたような眼で、黙っていた。
「結界が解ければ、あとは自由。どさくさに紛れて逃げてしまえばいい。…ほら。一緒のことだろ?」
「そう考えるほど、簡単なことじゃない」きっぱりと、どこか吐き捨てるように言った。
「奴らにはわかるんだ。誰が抜けだしたか…そいつがどこにいるのか…簡単に抜け出せるのなら、
とっくに逃げ出しているさ」                      ・・・
 マルヴィナは黙った。少し考えて——あぁ、と納得した。思い出した、その仕組みに。
「それなら」マルヴィナは髪を耳にかけ、どこか小悪魔的に笑って見せた。「交換条件だ」
「な」何のことかわからなくて、問い返した。
「わたしが、あなたが無事にここを抜け出せる方法を提供する。その代わりに、この結界を解いてほしい。
わたしじゃこの仕掛けは解けないからね」
「そんなこと、できるはずが」言いながら、その表情は期待と希望を表している。
本当に分かりやすいなぁ、とマルヴィナはそっと思った。
「…頑固だね。じゃ、質問を変える。味方になるか、ならないか」
「………あまり変わっていないじゃないか」
「あなたがうじうじ考えているからだろ。——あぁもう、煮え切らない人だな…っ」
 そろそろ時間が勿体ない。マルヴィナは先ほど放り投げた短刀を握りなおすと、
「失礼」青年の背後にまわり、首の後ろを左の手で軽く突いた。
「かはっ!?」
 バランスを崩した隙にマルヴィナは彼の耳のピアスを少々手荒に取った。
 …これ、やられたらめちゃくちゃ痛いだろうなぁ、と想像し、心中で深く謝りながら、
マルヴィナは視線をピアスに戻す。
本当に軽く突いた程度なので、目の前が少々チカッとした程度だった青年の前で
マルヴィナはそのピアスを固定、柄を思い切り叩きつけて粉々にしてしまった。
「…悪かったな。けれどこれで、提供終了だ。…こいつが、どこへ行っても
帝国には居場所が分かった理由だ。…『発信機』ってやつさ」
「…は?」
 やはり知らないか、とマルヴィナは肩をすくめた。しかし、説明している時間はもうない。
マルヴィナは幾分か厳しい目を彼に向けた。
「いつまで悩んでいる。間違った帝国に従うのは嫌なんだろう。ならば決断しろ。
自分で機会が作れないのなら、最初だけは訪れた機会を利用すればいい。
決断すらできぬものは、いつまでも自分で好機をつくることなどできない」
 一体彼女は何歳なのだろう。今は関係ない考えが頭をよぎる。彼女は一体何者なのだ。
その歳で、帝国から恐れられる剣士。けれど、彼女が強いのは、剣の腕だけではない。
その眸が、その心が、計り知れぬほど強い。


 …賭けても良いだろうか。
 彼女の、その強さに。



「答えを聞こうか。あなたの」
 もう一度、マルヴィナが言った。
「…クレスだ」
 ようやく、彼は答えを出した。
「俺の名は——クレス」
 少しだけ驚いた彼女の前で——彼はようやく、答えを出した。
 その結界装置に、手をかけて。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.313 )
日時: 2013/04/02 23:31
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「なぁるほどね」

 兵士を一掃、難なく牢獄前に着いたキルガ、セリアス、マイレナ。
 ここまでの道のりから今にかけて、何故二人しか来なかったのかをマイレナに説明した。
 マイレナはシェナのことを知っていた。『賢者』の知識として——『真の賢者』たる彼女の存在を。
 火山の里、ドミールの地に住む、魔術者の血を色濃く守る者たち。
何らかの理由で、人間とは寿命が桁違いであり、丈夫である。
そして、魔術師と、聖職者の結婚によって—大抵聖職者の結婚は許されていないはずだが、
この地の信仰は神ではなく竜であるため、他の宗教とはそれも含め異なる点が幾つかあるのだろう—、
稀に生まれ出でる存在、両者の血を受け継ぐもの、賢者。
 そして更に稀に生まれる、賢者の中でも群を抜いた力を持つ者を、“真の賢者”と呼ぶ、と。

「…となると。ウチと同じ、ってことだね」
「同じ?」セリアスは思わず聞き返した。
「ん。——ウチもさ。従っちゃったこと、あるんだよね。奴らに」
 ルィシアから聞いていた。かつて、“賢人猊下”は帝国に従ったことがあると。
そして帝国は自分を——“賢人猊下”の人質にしたということも。
「…シェナも」キルガが呟く。「里の人たちを、人質とされたんだろうか」
 根拠はなかったが、おそらくそれで間違いないだろう。セリアスが拳を固める。
「…でも、結局来れなかったってことは、やっぱり厳しかったのかね」
「来る」そのままセリアスは、鋭く言った。
「シェナは来ます。…自分で、決意したんだ」
 その答えに、マイレナは少しだけ眉を持ち上げた。視線を前に戻す。
「…そんなことがあったって言うのに、なかなかの信頼だね。ある意味で尊敬するよ」
「起こったことなど関係ない」キルガも、口を開いた。「過去で彼女を評価したくない。…それだけです」
「あー、皮肉ったわけじゃないのよ」マイレナは苦笑気味に補足をいれた。
「…あんたらは無駄に友情ごっこしてるわけじゃないみたいだし。それを尊敬したってこと」
 伝説に尊敬され、二人は曖昧な嬉しさを覚えて礼を言った。
…結界は未だ解かれていない。手こずってるなぁ、とマイレナはうずうずした。
「…装置が三百年前のままなら、そう難しくもないはずなんだけど」
「てか、強行突破しないんすか? そっちの方が早そうだけど」
「言うは易く行うは難しって言葉知ってる? ——なんならやってみ」
 意地悪にもそう言い、まぁまさかやらないだろうと視線を転じて


「ほぎゃ—————ゃ」


 その妙な叫び(がいきなりぷっつり切れた)声を聞いて視線を元に戻す。
 そこには口をかっぱあと開け、白目で仰向けにひっくり返っているセリアスがいた。
「おい」とキルガ。
「本当にやったんかい!!」とマイレナ。
 もちろんセリアスはマルヴィナと違いガナンの紋章を持っていないので、普通に結界のびりりを喰らったわけである。
「…どうします?」
「起こす。おまかせあれ」
 マイレナが指をさし、とある呪文を唱えようとしたとき——
 何ともタイミングよく、セリアスを撃沈させた結界が姿を消した。ようやく解かれたわけである。

「「——あ」」
 二人は同時に呟き——





「おっしゃ入れる!」
「先にどうにかしてください!!」



 セリアスのことを忘れて入ろうとしたマイレナを必死にキルガが止めたのだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.314 )
日時: 2013/04/02 23:36
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

  ザ メ ハ
 覚目呪文というらしい魔法で強制的に起こされたセリアスは(この呪文はセリアス起こしに使えるな、と
さりげなく考え込むキルガであった)、呆れ顔のキルガと共に牢獄内へ走って行ってしまったマイレナを追った。
血と、死の臭い。けれど、今は混乱したように意味のない動きを繰り返す兵士たちと
希望に満ちた表情の薄汚れた服装の人間たち大勢が目に入る。
「これは…どういう状況だ?」セリアスが呟き、キルガが目を細める。
「チェス、一体これどういう状況?」
 そして、久々に実体で再会した二人の伝説は、それに感動——するわけでもなく現状況についての話し合い。
まったくここまでさばさばしていると却って清々しい。
「やースンマセン。最後の最後で予想外が起きやした」
「作戦ミスか…現実ってやっぱ厳しーねぇ。ま、実はウチもさっきちょっくら…あ、マルヴィナだ」
 ちょーめんどくさい状況になりかけて——と言おうとして、先にマイレナは“子孫”に気付いた。
チェルスの向こうを見る。その名に反応したキルガとセリアスが、ようやく表情を緩めた。
走ってきている。無事だ! それに安堵しかけ——はっと、後ろを追っている兵士の存在に気付く。
「時間かかったなぁ…で、誰あの男? 人質?」
「イヤどう考えてもマルヴィナを狙っているだろっ」チェルスに、セリアスが間髪をいれずツッコんだ。
マルヴィナの様子からして、彼女は後ろに兵士がいることに気付いていない。
マルヴィナ、後ろ——走りながら叫ぼうととびだしたキルガより早く、大きな声が飛んできた。

「マルヴィナっ! 兵士だっ! 危っぶねぇぞぉぉぉぉ!!」

 マルヴィナはきょとんとする。後ろを振り返り——理解。兵士、即ちクレスもまた、
状況理解のために固まった。   クレス
あーそれ誤解…と言う前にアギロが兵士に体当たりすべく身体をひねり突進。
が、相手はチェルスの攻撃を二度にわたって躱したうえ、マルヴィナの剣技が
なかなか通用しなかったほど身躱し術に長けた青年、難なく避けた——が、もともといた位置が悪い。
クレスが避けたとなると、アギロの前に立つのはマルヴィナと言うことになる。
互いに慌てたが時すでに遅し、綺麗に吹っ飛ばしてしまったマルヴィナを、


 …がしっ、


 と、走り込んでいたキルガが咄嗟に抱き止めた。

 が、何分突然の話。
 状況を再び理解するのに数秒を有し——…。

「ひゃわわぁわっ!!?」クレスが頭を下げ、アギロが手を合わせ、セリアスが石化、
マイレナがくつくつくつくつと笑い始め、チェルスがそんなマイレナに半眼を送っていた頃にマルヴィナは、
ようやくその状況を理解した。
 慌ててキルガから離れ、「ごっごごご、ごめふっ!!」と何故そこを噛む、と言われそうな場所を噛み、
マルヴィナは真っ赤な顔で謝った。が、キルガもキルガで、
「あ、いやそうじゃなく! なっ何分急で! えっと、」
 傍から見て若干哀れになるほど慌てていた。
(…あれ? マルヴィナ)
 ようやく石化が溶けたセリアス、そんなマルヴィナの様子を見てにやりと含み笑いをする。
(ほほ〜う。…春)
 若干台詞がオヤジくさかったかもしれない。

「あっ、そ、そうだアギロ、違うんだ。この人、クレスっていうんだけど、味方だから!」
 未だ心臓がすごい速さで動いている。どうしたんだ、自分。
 ただ驚いただけじゃない。緊張? 何故? 違う、緊張でもない。じゃあ、今のは——。
「んあ? 敵じゃねぇのか? …一体どーいう?」
「平たく言えば、クレスが結界を解いてくれたんだ! とととにかく、
これで準備完了だし、そろそろ——あれ? シェナは?」
 ようやく周りを見渡せるほど落ち着いたマルヴィナが、はっとして言った。セリアスの表情が曇った。
「…そのことなんだが」
 だが、それだけ言って、マルヴィナに、シェナを何も知らないまま信じる彼女に
言える言葉が見つからなかった。どういえばいいだろう。彼女が、実は敵の一員になっていたことを。
自分たちはそれの過去を認めた。だが、マルヴィナは、どう反応するだろう——そう思って。
「…来なかったものは仕方ない」だが先に、チェルスがその空気を打ち払った。
「そろそろ奴もこの騒ぎに気付いているだろう。ここに出てくる前に攻めに行く必要がある。話はあとだ」
「……」異議を申し立てることはできなかった。キルガもセリアスも不承不承頷き、黙った。
「…じゃあここからは、三手だ。将軍“強力の覇者”の元へ行く者、奴の周りにいる兵士を一掃する者、
ここで待機、監視する者——悪いが将軍の所にはあんたたち三人に言ってもらいたい。
わたしはここに残る必要がある。だからかわりに回復役として、マイ、あんたが———」














「———私に行かせてください」

















 ——待っていた。
 その声を、その言葉を、
 その眸を。
 解かれた結界の外に立っていたのは、強い決意に瞳を閃かせ、
堂々と、しっかりと唇を引き締めた——シェナだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.315 )
日時: 2013/04/02 23:44
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 三人の声が、重なった。
 頷く彼女は、熱で溶かされたからこそ打たれて強くなれた鉄そのもの。
その意思が、心が、強くなっていた。

「ごめん。勝手に、ふさぎ込んで。…もう、大丈夫。だって」
 戦ってくれるのでしょう? 一緒に——恥ずかしくて言えなかった。
けれど、伝わる、その声なき声。キルガが、セリアスが、強く頷いた。
マルヴィナがシェナの前まで走ってきた。手を握る。笑う。シェナは変わらない彼女を見て、
強く、けれど少しだけ哀しく——笑った。
「…シェナ。ようやく、来てくれた——…」        ・・・・・・・・・
 マルヴィナが呟いたその言葉に、シェナは違和感を覚えた。ようやく来てくれた?
 だが、それに首を傾げる間はない。シェナは手を握り返し、静かに言った。
「…マルヴィナ。聞いてほしいことがあるの。…あいつの——“強力の覇者”のところで」
 マルヴィナの表情は変わらなかった。疑問に目を見開くことも、深刻な様子を訝しむこともせず、ただ頷いた。
「分かった」



「あの子。話すつもりらしいね」
 マイレナが呟いた。そして、当然返ってくるだろうチェルスの反応が——なかったことを訝しみ、
視線を転じる…そこにいたチェルスは、驚愕に目を見開いていた。
「…チェス?」
 目の前で手を振って、ようやくチェルスはマイレナの声に気付いた。
「うわ」
「…何? どーかした?」
 チェルスは答えに窮した。
「……」少し黙って、答える。「…思い出したくないことを思い出した」
「忘れな」マイレナは言った。「終わったことだよ。やな思い出をいつまでも覚えてる必要はない」
「それ、何回目だっけな」チェルスは自嘲気味に笑った。
 マルヴィナの声が聞こえる。次に頷いたとき、チェルスの表情は、いつも通りに戻っていた。



「——嫌な風だ」
 本拠地の、城の頂上で。
 三人目の将軍が、まだ年若き剣士が、呟いていた。虎の如く鋭い眸。鎧と、剣のみしか携えていない。
(…来るのか)         ブルーオーシャン・アイ
 覚えている。同じ剣士。闇髪に、蒼海の眸を閃かせ、
互いに数え切れぬほどの傷を負いながら剣を交えた一人の女傑。
 待っていた。再び戦う日を。着かなかった決着を、着けるために。
そう、戦う。そして、勝つ。自分のために。そして、己が守るべき主のために。




「…妙な予感がしますね」
 同じころ、将軍“毒牙の妖術師”ゲルニックが呟いた。
「いつまで“賢人猊下”を追っているのやら——そろそろ復活したはずでしょう」
 使えぬ猫たちめ——捕らえるべき者、獲物と言う意味で、天使たちや二人の伝説を『鼠』、
それを狩る者として、帝国の兵士を『猫』と呼ぶゲルニックは、嘆息しながら毒づいた。
この男の称号はある意味ここからきているのかもしれない。
いつまで待たせる気なのか。苛立たしげに考えていると、猫が一匹、戻ってきた。
「しょ、将軍! ごほ、ご報告、申しあげます!」
 その言葉に、既に不機嫌さを出しながら、妖術師は耳を傾ける。
「か、カデスの牢獄にて、反乱がおこった模様——結界は解かれ、“賢人猊下”も——だ、脱走——」
 言葉がだんだんと、小さくなってゆく。将軍と呼ばれる男の、痛いほどの殺気に圧倒されて。
「…やってくれましたね。“天性の剣姫”…!!」
 やはり、殺しておくべきだった。まさかここまでやるとは。
 めりめりと、触れた杖が音を立てる。
「…仕方ありませんね」
 口調からはとても想像できぬほど凶悪な表情と声で、妖術師は言った。
「次にあいまみえたときは——このわたくしが、直々にその息の根を止めてみせるとしましょうか——!!」
 その指先から、杖が音を立てて、二つに砕け折れた——…。





「——とりあえず、作戦立て直しだ」      メダパニーマ
 チェルスが周りの状況を確認。少し眉をひそめ混乱呪文改をかけなおして言った。
「アギロ、将軍の周りにいる兵士を一掃するのに行ってほしい。それから、——クレス」
 指を鳴らしながら彼を指し、チェルスは半眼でちょっぴり危険に笑って見せた。
「マルヴィナが信用してんだ。——裏切ったら、ひどいぜ?」
 クレスは少し嗤った。「承知した」あの口調に戻って、答えた。
「ここの兵士を監視、及び待機するのはわたしとマイレナ」
 マイレナがりょうかーい、と気の抜けた声で言った。「復活早々暴れられたし、文句はないよ」
「…そして、親玉を斃すのが」
 少々格好つけた物言いで、チェルスはにやりと笑った。


「“聖邪の司者”シェナ、回復及び補助、余裕があれば攻撃に転じよ」
 シェナが静かに答える。

「“豪傑の正義”セリアス、終始攻撃に集中」
 セリアスが拳を握る。

「“静寂の守手”キルガ、守備重視、状況に応じて攻撃」
 キルガが確と頷く。

「そして——“天性の剣姫”マルヴィナ、攻撃及び回復——以上四人」
 マルヴィナが強く笑う。



 異議は? ——聞かれて、誰も答えない。
 チェルスはいつもの、あの余裕の笑みを浮かべる——

「——作戦…開始っ!!」

 チェルスの号令のもと、八人の戦士は走りだした。