二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.327 )
- 日時: 2013/04/03 23:28
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
【 ⅩⅤ 】 真実
1.
天の箱舟—— 一両目。
「んーなんで、ウチまで乗ってるわけ? いや乗れるわけ?」
唯一の人間であるマイレナが首を傾げた。マルヴィナからくっついて離れないサンディに代わって
久々の運転を務めるアギロが、振り返らずに答える。
「もともと天の箱舟ってぇのは、全ての種族に平等に見えるし、乗れる物だったんだ。
神が創り給うたものだからな、贔屓などなさらない。——だが、人間進化すれば、退化もする。
お前さんの時代にゃ既に、神のもとにいる聖職者を除いては、この姿は見えなくなっちまった。
乗れるってところは、今もまだ変わってはねぇんだがな」
「今はもう聖職者ですら見えないがな」チェルスも補足した。
「てか、マイがこれ見えるのは、どっちかっつーと“霊”の影響だと思う」
「あ、そなの?」マイレナ。「ってことはウチ、今から天使界れっつらごんなんだー」
今更かよ、と皆がずっこけかけた中で一人サンディは、マルヴィナから離れてマイレナの元へ急行。
「やっぱ『れっつらごん』って言うっスよね!?」なんて全く関係ない話を持ち出す。
「え、何キミもなの妖精ちゃん!」 ギャル
「妖精じゃないしっ! アタシはサンディ! “謎の乙女”サンディよッ」
「おー、キタねがっつり。ウチ“賢人猊下”マイレナ。よろ」
「あーやっぱ『よろ』もつかうっスよね!! テンチョーとかいっつもはー何コイツ的な顔してくるんスよー!」
「えーそりゃおかしいよアギロ。オッサンだからって言葉くらいベンキョーしなきゃ」
「ほらやっぱオッサンじゃないっスかテンチョー」
「オレは、オッサンでも、テンチョーでもねぇっ!!」
「いや前者は合ってるって」
「合ってるっスね」
「い…意気投合している…」
マルヴィナが最後に呟いた。
「…ねぇマルヴィナ」シェナが、小さな声でマルヴィナを呼ぶ。
「…もしかしてあなたは知っていたの? 私が…帝国に手を貸していたってこと」
「——え? …ううん」
じゃあ、あの言葉の意味は。
あの反応の意味は。一体、何だったのか。
気になって、どうしても聞かずにはいられなかった。マルヴィナは視線を落とし、考え込んだ。
「んー…わたし自身、何でそんなこと言ったのかは覚えていないんだよね。
ただ…なんか、ずっと…ずっと、会えなかったような…ずっと、別れていたような、そんな気がして…
あの反応も、よく覚えていない。…緊張していたんじゃないかな、わたし」
あはは、と肩をすくめて笑う。シェナは笑わなかった。緊張? そんなはずがない。
…けれど、きっともうこれ以上マルヴィナは何を聞いても答えられないだろう。シェナは黙った。
彼女らの後ろ、即ち運転席付近にいたチェルスが、黙って二人を見ていたことには、気付かなかった。
——天使界。
ようやく戻ってこれた——暗い雲に覆われた故郷だとしても、弾む思いだった。マルヴィナと、セリアスは。
「……………」キルガは顔を上げなかった。理由は言うまでもない。
「キルガ…」マルヴィナは控えめに、声をかけた。
キルガが顔を上げる。少しだけ、微笑った。悲しい顔だった。
「…その…ゆっくりでいいから、気持ちを落ち着かせてほしい。…ごめん。こんなことしか、言えなくて」
「いや…すまない」
顔をそらす。マルヴィナは完全に、かける言葉を失った。
「天使界…」シェナが呟く。「…立派な世界樹ね」
あたりを見渡して、シェナは心の底に感じた思いに首を傾げた。
(…懐かしい…?)
「はー。ここが天使界かぁ」マイレナ。「まさかマーティルの仮想が現実になっている世界に来るとはねー」
「なんすかそれ?」セリアス。
「ま、あとで。…あれ、サンちゃんどこ行った?」
「はいはーい。ちゃんといるよー」サンディがマイレナの頭に乗る。
「おいチェス、お前は行くのかい?」
チェルスは頷いた。無造作に束ねた髪が風になびく。
「…どうせ数千年前の話さ。もう、わたしを知る者はいないだろう。
…それに、天使界自体を嫌になったわけじゃない」
「…そうか。いや、んなら止めやしないさ。オレはただまたお前が死にたがりになんなきゃいいだけだからよ」
「……………………言うな」フイと横を向くチェルスに視線を転じたマルヴィナが、声をかける。
「チェルス? どうかした?」
「…いや、大したことじゃない。——…あれは?」
チェルスがあたりを見渡した——と言うより、吸い込まれたように一点に注目した。
頂上を囲う柵の一か所。天使界にのみ咲く、光の反射によって透き通った蒼に見える花が置いてあった、
否——添えられていた。
「…あれ? ——うぅん、知らない。…こんなところにあるなんて珍しい」
「どういう事だ?」
「あれは、天使を弔う花なんだ——って、チェルスは知らないのか?」
チェルスの顔がさっと険しくなった。同時に、あの日——はじめてチェルスに会ったとき、
天使界の名を出したときと同じ、憎悪の入り混じった眼をした。
「………っ」マルヴィナはぞっとして、思わず一歩、後ずさった。
が、制御するように、チェルスは目を閉じた。「…いつからあったか——分かるわけないか」
申し訳なさそうに、頷いた。自分がここを見るのは五回目。知るはずがなかった。
マルヴィナは恐る恐る、発言をする。
「…キルガなら、何か知っていると思うんだけど——今、あんな感じだから」
「…いや」チェルスは答えた。「…もう十分だ」
「………?」マルヴィナは訳が分からなくて、訝しげに首を傾げたのみだった。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.328 )
- 日時: 2013/04/03 23:30
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
天の箱舟にはアギロとサンディが残った。
サンディはマルヴィナについていきたいと猛烈にアギロに抗議したのだが、運転の仕方が違うだの雑だの
なんだのかんだのアギロに言われ、再び一から教え込まれる羽目にあっている。
マイレナはと言うと、来たはいいがウチはどーすれば? と言う尤もな質問を投げかけてきたが、
その旺盛な好奇心からついてくることになった。チェルスを除く天使三人が世界樹に祈りを済ませると、
彼らは階段を下り“癒しの泉”へと進んだ。
懐かしい。故郷の感覚。踏みしめる地。泉の周りに天使たちを寝かせる。と、中央から光が生まれ、
傷ついた天使たちに殺到した。少々ではあるが回復した天使たちが、うっすらと目を開け、起き上がる。
師匠の、天使たちの名を呼び、三人はそっと座り込む。
セリアスの師テリガンがセリアスの姿を認め、思わず目をこすった。
見違えるほどに立派になっている彼の肩をまだうまく開かない手で支えた。
キルガの師ローシャはまだ目を覚まさなかった。キルガは心配げに顔を曇らせたが、
ローシャが少々呻いているところを見ると大事無いらしい。キルガはそのまま待った。
まだ混乱中の天使たちに、事情を説明せねばならない。そこで二手に分かれることにした。
キルガとセリアスは師匠の身を案じ、この場に残る。もう一方は長老に報告をすると言うと、
シェナとマイレナはだったらこの場に残ると言った。
よって、泉に残るのはキルガ、セリアス、シェナ、マイレナ。
長老オムイの元へ行くのはマルヴィナとチェルスだった。
「…変わらないんだな。天使界ってのは」
チェルスがぽつり呟いた。
「そうなの?」マルヴィナが問い返す。「そう言えば…チェルスって、いつの天使?」
「……………………」チェルスは黙った。「多分知り合いはいないだろうな」答える。
「…長老オムイ様、分かる?」
「いや。記憶にはない」
「相当昔なんだ…じゃあさ、階級は何だったの? 守護天使? …見習い?」
「…」一瞬、間があった。「上級天使だ。これでも上位だったんだぜ?」
「そりゃ失礼——」言って、いきなりドン引いた。
「っっっじゃあわたし、こんな気軽に話しちゃいけないじゃないかっ!!」
チェルスはその反応に、苦笑を返した。
「よーやく気付いたか、って言ってやってもいいんだが。生憎そーゆー上下関係嫌いでね。
それにどーせわたしを知っている奴なんていないからバレやしない。てことでそのままでいな」
「…はぁ。……それなら」マルヴィナは恐縮した。
しばらく黙りこんで、マルヴィナは横目でチェルスを盗み見た。いつもの余裕の笑みはなく、
見慣れぬ緊張感漂う表情を続けている。…天使界から落ちた天使。…でも、なんか違う。
…上級天使だ。言葉の前の間は、一体何だったのだろう。気付いていた。チェルスは何かを隠している。
「…ここから落ちたって言っていたよね」聞いてはいけないような気がしながら、マルヴィナは聞いてしまった。
「どういう事? 事故だったの? …それとも、」
…本当は、落ちたんじゃないんじゃないの? そう——いうなれば——
突き落された、とか。
——何でいきなり、そんな考えが出てきたのだろう。マルヴィナはぞっとした。…これは記憶?
“記憶の子孫”の影響なのか。この考えが出てきたのは——…。
「マルヴィナ! 帰ってきたんだ!」
はっと顔を上げた。上級天使だ。あまり話したことのない女天使。マルヴィナは慌てて笑顔を浮かべ、答えた。
「おかえり。オムイ様、待っていらっしゃるよ」
「はい、分かりました」マルヴィナは頷いて頭を下げ、横を過ぎた。
「…で、チェ——」質問の続きをしようとして、言うのをやめた。チェルスは先程より、深刻な表情をしていた。
「…わるいが、勘弁してくれないか」
「…あ…ご、ごめん」
返事はなかった。
マルヴィナの姿を確認した天使たちは、口々に声をかけてくれた。が、最終的に皆、マルヴィナの横で
飄々と歩くチェルスに威圧され、語尾が怪しかった。
マルヴィナは少しだけ肩をすくめてチェルスをもう一度盗み見た。…やはり表情がわずかながら、強張っている。
何を考えているのかは、分からなかったけれど。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.329 )
- 日時: 2013/04/03 23:32
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
——どれくらい帰ってこなかったのだろう。
天使界に住んでいた時間より、ここにいなかった時間は、ずっとずっと短い。
けれどなんだろう、この懐かしさは。
…その短い期間に、あまりにもいろんなことがありすぎた。
その短い期間に、あまりにも天使界は変わりすぎてしまった。
だからだろうか。長老オムイの前に立ちながら、マルヴィナはそっとそう思って敬礼をした。
オムイはゆっくりと頷いて、まず初めに言った——「おかえり」と。
キルガたちが今共にいない理由を告げてから、マルヴィナは思わずオムイを見つめてしまった。
「どうかしたかね」
「…いえ、申し訳ありません」
「素直に言えばよい」
オムイがもう一度頷いたのを見て、マルヴィナは失礼とは存じますが、と初めに言ってから、
言葉通り素直に感じたことを言った。
「少し…痩せられました?」
痩せた、と言うよりは、やつれた、と言うべきか。好々爺らしい安心感をもたらしてくれたあの姿は、
少々見ていて心配になりそうなほど小さくなっていた。
「優しい娘じゃな」オムイは笑った。「自身ですらようやく気付いた…その通りじゃ」
「………………」辛い思いをしていたのは自分たちだけではなかったのだ。
今更ながらに気付いた自分が情けない。自分は優しくなんかない。こんなことを考えてすらいなかったのだから。
…それに、今から話すことは。
報告することは、更に彼を、否、天使界の住民皆を、悲しみに落とすかもしれない。
そう思うと、心苦しい。こんな時に、仲間たちにすぐそばにいてほしかった。けれど——
「所で——少々遅くなりましたが、貴女さまは?」
オムイの目が、長老の前だと言うのに腕組みをしながら別方向を向いていたチェルスに転じる。
チェルスはぱっと気が付き、少々迷ってから、一つ敬礼をした。——天使界のものに似た、
けれど少しだけ異なった敬礼だった——オムイの目がわずかに開いた。
「遥か古代の天空の民。本名は事情があって控えさせていただきたい。敢えて呼ぶなら、チェルス、と」
「…………」オムイはしばらく黙っていた。
マルヴィナを含めた、そこにいる天使たちがオムイの様子に首を傾げる思いだった。
「…そうですか。貴女が——」オムイは誰に聞かせるわけでもない声量で言い、その場で頭を下げた。
「高い位置から申し訳ない。我々は貴女を歓迎いたしますぞ」
「……」今度はチェルスの目がわずかながらに開く。
互いに驚いていた——その間に、何の思いがあるのかは、皆にはわからない。
「…痛み入ります」チェルスはマルヴィナが聞く限りでは初めて敬語を使い、下がった。
報告を、とマルヴィナに言いながら。
マルヴィナは話した。七つの果実。そして、ガナン帝国のこと——
魔帝国の名を聞いたとき、天使たちは顔をしかめた。
初めて襲われたとき。四つ目の果実を入手した後だ。カルバドと、エルシオン学院、そしてドミールにて
マルヴィナに接触した恐らく下っ端の兵士と、恐るべき剣士ルィシア。先にガナン帝国のことから話し始めた。
三将軍のうち、一人目を斃したことも。
…そして。七つ果実を集めておきながら戻ってこなかった理由、
まだ旅を続けていた理由を、ついに言葉にする——
——師イザヤールに裏切られた、あの時の話を。
——が。その言葉に驚愕の波が広がることを想像していたマルヴィナは、訝しげに顔を上げた。
皆、困惑したような表情なのだ。イザヤールにではない。その対象は、マルヴィナに。
報告が終わったと認識したオムイは、まず一人、近衛天使をさがらせた。
そして、マルヴィナの名を呼ぶ。落ち着いて聞きなさい。そう言って。
「…天の箱舟で襲われ、果実を全て奪われた——間違いないな?」
「……はい」
きっとあれは、誰にだってわからない悲しみだろう。初めて、絶望する、という言葉の意味が分かった。
「…そうか」
杖を両手で持ち、ゆっくりと立ち上がる。近衛天使が支えた。
「…だがな」
オムイはマルヴィナに、振り返るように無言で指示を出した。マルヴィナは言われた通り、振り返る——
声を失った。
戻ってきた近衛天使の手にある、七つの輝き——紛れもない、女神の果実に。
チェルスでさえ、驚いていた。初めて見る、果実の姿に。
だが——その眼には、驚愕以外の何かも、含んでいた。
「…女神の果実は、全てこのように戻ってきておるのじゃ。——そして」
動けないマルヴィナの背中を見ながら。オムイは、言った——
「これらを届けたのは、他でもない——イザヤールなのだ」
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.330 )
- 日時: 2013/04/03 23:33
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
絶句するしかなかった。
どうしようもない、怒りのようで悲しみのようで、苦しい、表現しようのない感情。
心を貫き、身を震わせる。
「人間界でお前たちと再会し、共に果実を集めていた。だが、帰る途中にはぐれてしまった——
あいつはそう言っておった。——だが、それではおまえの話とは、一致せん。
…果たして、何があったのか——」
再び杖を両手で持ち、オムイは考え込む。
「だが確かに、その時のあいつは妙な感じがした。
…届けておきながら、そのまままた人間界へ赴いてしまったのだ。…そして、神の国へ行くのなら、
マルヴィナ、お前が戻ってきてからにしてくれと——そうも言っておった」
マルヴィナは震えていた。目を見開いた——そしてすぐに、俯いた。
—— 一致しない。話も、マルヴィナの中の師の姿も。
箱舟の中に現れた師匠、帝国の声に従っていた師匠、そして、自分に剣を向けた師匠——
けれど、天使界に戻って、果実を届けて。
自分が返ってくると言うことを信じて、待たせた神の国への出発。
…彼らしい行動だ。彼らしいからこそ——分からなかった。一致しなかった。混乱した——…。
「…マルヴィナ」
オムイの声がかかる。はい、と、無音に近い声で、マルヴィナは答えた。
「——我々は神の国へ出発しようと思う。無論、お前たちも含めてな——だが、すぐにとは言わん」
ゆっくりと、立ち上がって。立ち尽くしたままのマルヴィナの肩を叩きながら。
「…一度休んだらどうじゃ」
顔を上げられなかった。言葉が入ってこなかった。
「お前はまだ若い。こんな大役を押しつけて、苦しませてしまった。すまなかった——」
違う。マルヴィナは思った。
違う。果実を集めることだって、人間を助けることだって、苦なんかじゃなかった。
確かに苦しいこともあった。厳しいこともあった。
けれど、そのおかげで、強くなった——力じゃない、自分と言う一人の天使として。
…けれど。
けれど今は。
混乱していた。狂ったと言われてもいい、叫びたかった。師、イザヤール、貴方は一体何なのか!?
完全に信じなくなったわけじゃない、だが、どれだけ潔白を求めても、どれだけ邪を認めなくても、
真実は真実であり、変えられない。彼は確かに、ガナン帝国に手を貸していたのだ!
「すみま…せん」マルヴィナは、言った。「それでは…失礼いたします」
マルヴィナはのろのろと敬礼し、立ち去った。
チェルスが少し辛そうに、視線を落としていた。——思い出す。忘れたい記憶を、消し去りたい過去を。
………。
・・・・
一体、あいつらは、どうなったのだろう。
わたしがいなくなってから、奴らは一体。
「長老どの」チェルスは静かに言った。「天使記録書物室へ入る許可をいただきたい」
驚いたオムイは、一度固まってから頷いた。
許可をもらったのち、チェルスはあの独特な敬礼をして、立ち去った。
痛いほどに静かな空気が、あたりを支配し続けていた。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.331 )
- 日時: 2013/04/03 23:36
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
「…おかえり。マルヴィナ」
マルヴィナは、ゆっくりと頷いた。
親友のチュランは、ずれていた眼鏡を直した。
「惜しい。ラフェット様、ついさっきここを出ちゃったよ。マルヴィナのところ行ってくるって言って。
…多分バルコニーに行っちゃったんじゃないかなぁ」
すれ違いになったという事か。そう思って、はっと顔を上げる。
チュランは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「…ごめんね。聞こえてたよ、さっきの話」
「…そっか」
マルヴィナは呟いただけだった。すとん、と椅子に腰を下ろす。
「紅茶でも飲みなよ。淹れたげるから」
ありがと、と呟いて、視線をテーブルに落とす。
「…師匠。なんか、言っていた?」
マルヴィナは視線を変わらず落としたまま、そう言った。
師匠、の言葉に、チュランは驚いて振り返った。
…名を呼べぬほど、落ち込んでいると言うことに、改めて気づかされる。
「………」チュランは少しだけ迷って、言った。「…ラフェット様へなら、ね。…当たり前だけどさ」
紅茶の種類を選びながら、言う。
「よく、分からなかったけど——『マルヴィナのことを頼む』って…
さすがにラフェット様もおかしいって思ったみたいでさ、どうしたのか聞いたんだ。
…でも、あんまり話してくれなかったみたいで…でも、最後に、言ってたんだよね——」
“自分はもう、マルヴィナの師匠でいる資格はない”
マルヴィナは顔を上げた。立ち上がっていた。ラズベリーの甘酸っぱい匂いにようやく気付いた。
…自分の好きな紅茶の種類を、覚えていてくれたのか。そう思いながら。
「…すっごい、辛そうでさ。何があったのかは、教えてくれなかったけど。
喧嘩とか、そういうのじゃなくて…もっと辛いことがあったんだって、そういう事くらいしかわかんなくて。
…今、ようやく分かったんだ…何であんなこと言っていたのかってことを、さ」
「……………………………っ」
マルヴィナはテーブルの上で拳を固めていたが、だんだんとその込めた力を緩めていき、
最終的にまたすとんと腰を下ろしてしまった。
ますます分からなかった。聞くべきじゃなかったかもしれない、とまで思ってしまう。
「はい。…たぶんまだすごく熱いから、ちょっと冷ました方がいいかも」
チュランはゆっくりとマルヴィナの前に紅茶を置いた。
テーブルとカップがぶつかり、コン、と小さく音が鳴った。
「…一致しないんだ」
マルヴィナはカップの取っ手を握りながら、言った。
「みんなが見た師匠と、わたしが見た師匠——全然、違う天使に見えてならないんだ」
「でも、つながるよ」チュランは言った。
「マルヴィナを裏切ったこと——後悔しているのなら、あの言動だっておかしくない」
「でも」マルヴィナは吐き出すように続けた。
「それでも、認められないんだ。あんなことがあって——
それをいまさら後悔しているなんて言われたって、認められるはずがない!!」
食いしばられた歯、握られたままの右手、壊れそうな眸。苦しい。辛い。痛い。怖い。寂しい。
伝わってくる思い。声にならなくとも聞こえる叫び。
けれど、このままでいいはずがない。
「…じゃあさ」
チュランはマルヴィナの前に座った。顔を上げない彼女の前で、問う。
「マルヴィナは、どうしたいの?」
質問の意味が分からなくて、マルヴィナはのろのろと顔を上げた。
チュランは眼鏡越しに、しっかりとマルヴィナを見た。
「イザヤールさんのこと。信じたいの、信じたくないの」
…どうなのだろう。信じたいのだろうか。信じたく、ないのだろうか。
感情なんか入れるな。彼の行動を思い出せ。言動の意図を、探り出せ——…。
そこに、二人の思いの、真実がある。
「…わたしは」
マルヴィナは歯を歯に何度もぶつけながら、呟いた。
「わたしは———…」
紅茶の湯気が薄れてくる。マルヴィナは一口、喉に通す。
紅茶と共に言葉は飲み込まれてしまった。けれど、思いは流されない。
——信じたい。
たった一人の、弟子として。
「…答えは見えたみたいだね」
「………」マルヴィナは、後片付けを始めたチュランの背中を見た。
「…その。…ありがと」
「はいはい。紅茶くらい淹れ慣れてるんだから。ラフェット様の酔い覚ましには意外と効くんだよねーこれが」
マルヴィナは笑った。マルヴィナが紅茶のお礼を言ったわけじゃないと知っていながら
チュランはそう言ったのだ。
ラフェットが戻ってきた。心配そうにマルヴィナを見て——そして、きょとんと目をしばたたかせる。
「あ、ラフェット様。飲みます? いつもの」
笑う二人を見て、ラフェットは戸惑いながらもマルヴィナの様子に安心した。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.332 )
- 日時: 2013/04/03 23:38
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
「正体?」
マイレナは問い返した。
シェナは頷いた。「貴女なら知っているのでしょう?」
「いやまぁ、知ってるっちゃあ知ってるけど。
こりゃウチが喋っちゃあいけないことだと思うんだよねーてか喋っちゃいけない。さすがのウチでもわかる」
「………………」シェナは黙りこんだ。「…気になるの。なんか…知っている気がするのよ。あの人のこと」
「何、それ? …もしかしてシェナってチェスの関係者の“記憶の子孫”?」
「…さすがにそこまでは分かんないわよ」
「てか、ずっと思ってたんスけど」セリアスだ。「その『チェス』っての、チェルスのことっスよね?」
「え? あぁ。そだよ。ウチらの愛称。——あれシェナどこ行くの?」
シェナは立ち上がった。真っ直ぐ、外に向かう。
「チェルスに会いに行くの」きっぱりと、言い切った。
「これから彼女に協力してもらうことは多いはず。だから——その上で、彼女のことを知っておきたいの。
彼女は何かを隠しているはず…何か、とてつもない何かを」
「……………………」マイレナは黙った。一度目を閉じて——「待った」それを止めた。
「…あんたの勘は正しいよ。アイツは簡単には言えない秘密を持っている。
けど、それを探るなら——あんた自身のことについて、知っておかなきゃなんないことがある」
間違いなく、本人は気づいていない、自分のこと。
先に、それを言わねばならない——…。
「…よく聞いときな。あんたは————————」
キルガとセリアスは、長老オムイに帰郷を報告した。
マルヴィナの行方を尋ねると、オムイは首を横に振った。
「今は、そっとしておいてあげなさい」
そう言って、マルヴィナに与えた情報と同じそれを彼らに話した。確かに平静でいられる話ではなかった。
彼のたった一人の弟子であるマルヴィナにとっては、特に。
彼らはオムイの言うことに従った。そして、チェルスを捜しに回った。
見つかるまでに時間はかからなかった。彼女は一階の外で、分厚い雲に覆われた空を見ていた。
三人が声をかける前に、チェルスは振り返り、何だ、と言ってまた背を向けた。
こちらは無意識に気配を消していたのに、バレバレだったらしい。相手は隙だらけだったと言うのに。
「…チェルス」
シェナは小さな声で、彼女を呼んだ。返事はない。
「聞いたよ…マルヴィナのこと」
「———」
「そして…私自身のことも」
“未世界”の霊であること。自分は、かつて捕まっていたガナン帝国で、死んでしまっていたということ。
「…貴女のことを知りたいの」シェナは続けた。
「貴女は何かとてつもないことを隠している。マルヴィナのためにも…それが知りたいの」
チェルスは応えなかった。何の表情もなかった。怒っても、焦ってもいなかった。
「マルヴィナが言っていたわ。貴女は強い、強いけれど、貴女の中には闇がある。
天使に対して、人間に対して、何か見えない闇を持っているって」
時々見せる、強い憎悪の眸。それを見るたびに、不安になる。
彼女は、共に戦ってくれる人なのだろうかと。
「貴女は隠しているんじゃない。話そうとしないんだわ」
それでもチェルスは、黙ったままだった。——先程より少しだけ、手に込める力は強くなっていたけれど。
そんなチェルスに、ついシェナは叫んだ。
「私は全部話したわ。ちゃんと、自分で覚悟を決めて!
みんなに隠し事なんか通用しないって、もともと必要ないって——」
シェナは拳を握りしめた。「ちゃんと、信じてくれるから」
しゅっ、と。風を鋭く切り裂く音がした。
「ッ!!」
シェナがはっとした時には、その腕に生じた痛みに蹲ることとなっていた。
切り裂かれた腕、大きな傷。短刀がシェナの後ろで音を立てて落ちた。
——チェルスがいつも持っている、シーブスナイフだった。
驚いてキルガが、チェルスに何かを叫ぼうとした。できなかった。
先ほどまで何の感情も抱いていなかっただろうその眸には、爛々と燃える怒りの焔が宿っていた。
「…随分お綺麗な言葉を言ってくれるな。だが生憎だ!
わたしはあんたらに話す気もないし、信じてもいない!」
「シェナっ」セリアスがシェナの肩に触れる。「シェナ、大丈夫か!?」
「…えぇ。何とか…」シェナは呟いて、キッと前を見た。
ゆっくりと、立ち上がりながら。しっかりと、対峙しながら。
「…そう。そうよね」呟いて。「だったら、こっちから言うしかない」
チェルスの眉が寄った。キルガとセリアスが、怪訝そうに見る——
目を閉じて。
静かに落ち着きながら。
シェナは、言った。
「貴女は、創造神グランゼニスが放った——
・・・・
人間を滅ぼすために存在した特別な天使のひとりでしょう」
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.333 )
- 日時: 2013/06/11 22:41
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 9ikOhcXm)
「なッ!!」
「え…!?」
キルガとセリアス、二人がほぼ同時に目を見張った。チェルスが後退りした。と、その一瞬、
チェルスの剣が、シェナの眼先に突き付けられていた。
「ッ!!」
シェナが硬直する。遅れて、ようやく自分も後退りする。
「お前…ッ」チェルスの声は震えていた。それはまるで、強く復讐を誓った者の居場所を問いただすような、
憎悪と狂気に満ちた者の声色だった。
「どこで、それを——ッ!!」
シェナは震えながら、真っ直ぐに見返した。キルガが動けないながらに、はっとした。
“どこでそれを”——否定の言葉ではない、むしろそれは、肯定。
“蒼穹嚆矢”チェルスはかつて、人間を滅ぼす使命を与えられた天使である———!!
「あの長老にか!?」 ・・・・・
「……………いいえ」シェナは低い声で、否定した。「思い出したのよ…貴女のことを」
誰一人、声を発せ得なかった。何を言っている? 思い出した?
「お前、まさか——…」チェルスが剣をおろした。おろしたが、まだその柄に込める手の力は変わっていない。
「話すわ」シェナは言った。「私が思い出したこと。貴女に話す。けど——先に貴女のことを言ってもらう」
「……………………」チェルスは黙った。そして、はっ、とどこか自嘲的に笑った。
「…まんまと、乗せられたってわけか。わたしの正体を知っていながら…
わたし自身に語らせようとしたってか」
大した策士だ。流石、帝国にいた頃に“才気煥発”の名を持っていた者、伊達ではない。
知っているのだ。シェナの記憶、それが、自分の求めている情報の一つであると言うことを。
それを知るための——交換条件を出されたのだ。
二歩ほど、下がった。剣を突き立てる。悔しげに、笑いながら。「…話せばいいんだろ」視線を合わせずに。
けれど、その眸に、異様な光を灯しながら。
「わたしの本名は、『チセン』——創造神が天使界を創った時、始めに送られた天使の一人。
だが、『女神の果実』を実らせるものとは異なった存在——人間を快く思っていなかった創造神が
本当に人間を滅ぼそうとした時のために創った、“騎士”と呼ばれる特別な天使の一員だ」
チセン——チェルスの本名は、珍しい響きを伴ったものだった。
天使界至上、初の天使——そして、天使とは相反する存在——
けれど、天使である二人は、その存在——“騎士”を知らなかった。歴史書を好んで読むキルガでさえ。
「…けれど、そんな存在、聞いたことすらない」彼は発言した。「歴史から、消されていると言う事か?」
チェルスは曖昧に肯定した。その中途半端な答え方に、シェナは腕をおさえながら目をそらす。
「…記録は、残っていなかった。最終的にどうなったのかは知らない。
知る前に——わたしはこの世界から落ちた。他でもない、“騎士”の奴らに罪人とされて…な」
その説明では、何があったのかはわからなかった。
けれど、つまりは——裏切られたのだ。自分の、同胞から。
蘇る、忌々しい過去。思い出すだけでどうしようもない怒りが全身を震わせる、あの出来事——
気付けばチェルスは、吐き出していた。自分の怒りを、その考えを。
「所詮は天使も神も、人間と変わらない。
勝手に期待し勝手に失望する、勝手に信じ勝手に裏切る、何も変わらない存在だ!」
三人ははっとする。苦しさが、その言葉に紛れ込んでいる。その苦しさが、波となって押し寄せてくる。
チェルスはようやく、彼らを見た。
「何故信じることができる。何故自分を包み隠さずいられる。何故、いつ手のひら返されるかわからぬ者に
易々真実を告げる! 人間も天使も神も、結局は同じ、聖と邪を自己のみで判断し押し付ける!
その考えを貫き通すためには、信頼だのなんだのを、普通のように裏切るじゃないか!」
叫んで、チェルスははっと息を吐いた。ここまで激昂した者を、初めて見た。
かつ、あのいつも余裕を見せていたチェルスが、追い詰められたような様子だった。
けれど。彼女は、気付いているだろうか。
怒りに隠しながら。彼女は、自分の考えを、自分の本性を、三人にぶちまけた——その意味するものに、
彼女は気づいているのだろうか。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.334 )
- 日時: 2013/04/03 23:41
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
「——それじゃあ」
沈黙が落ちたのちに、セリアスは言った。ゆっくりと、落ち着いた声で。
「…チェルスは、誰も信じないのか?」
答えはない。その質問の意図が分かったのだろう。チェルスは我に返った。
…感情に流されすぎてしまったことに、今更ながらに気付いた。
「違うだろ。ちゃんと信じてる人がいる。だってさっき、名前、呼ばなかったからな」
何のことだと思った。キルガとシェナも、彼を見た。
「…シェナが言った言葉。誰から聞いたのか訊いたとき——姐さん——マイレナの名前は、呼ばなかった」
何故なら、彼女は。 ・・・・・・・・
マイレナが話すはずがないと、信頼しているのだ。
マイレナは、チェルスの本性を知っていると言った。けれど、チェルスはその名を上げなかった。
「俺らだって、無駄に信頼し合っているわけじゃない。
ちゃんと時間をかけて、培ってきたものの上に成り立っている。…チェルスたちと同じだ」
「……………………」どこか悔しそうに、チェルスは顔を背けた。どうした、自分。何を黙って聞いている?
いや…待て。自分は今、何をしていた? 一時的な感情に流されて、何をした?
「何があったのかは知らない。たしかに、勝手な奴はいるかもしれない。
でも、全員が、そういうわけじゃない。…本当は、分かっているだろ?」
「——————————————————」
そうだ。自分は、意地を張っていたのだ。自分の嫌いなものを、けれど、
どこかで羨ましいと思っていたものを持っている、この四人に対して。
…知っている。悔しいが、セリアスの言っていることは間違っていない。
分かっていた。分かっていたけれど、それでも、あの日以来——自分のねじ曲がってしまった
ものの考え方に、意地を張ってしまったのだ。
「マミそっくりだ。あいつも、いつもそうやって、」…いつもねじ曲がった感情を元に戻した。
黙りきったチェルスを見て、シェナは—ようやく腕の傷を治した—もう一度、前に進み出た。
「…ありがと。話してくれて」
きつい皮肉だ。
「…あんたらこそ。隠し事なんか通用しないとか、何とか言ってたけどさ」
どうも自分は意地っ張りだと、改めて思う。
「じゃあ、マルヴィナには話したのか? …あいつが、本当は…“不人間”と同じ存在だってこと——誰だ!?」
落ち着きを取り戻して、ようやく気付いた。今の今まで、気配をずっと消し続けていたその影に。
恐らくは、今までの話を、そして、今自分が言ったマルヴィナの本性をもずっと効き続けていた、その影に——
だが、三人は。落ち着き払っていた。
一連の会話を盗み聞きしていた存在を、まるで初めから知っていたように。
当然だった。
その影とは——
「…マルヴィナ……!」
紛れもない。
自分の、子孫だったからだ。