二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.337 )
日時: 2013/04/03 23:51
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

       2. <チェルス>



「チセーン。…おーい。チセン? …チェノー」
 もう、何年前かは忘れた。
 まだわたしに、“チェルス”の名のなかった時の話だ。
「…聞こえてるよ、マリ。だけど、ここじゃ“チェノ”って呼ばれなきゃ答えないって何度も言ったろ?」
 わたしのその返答に、マリという名の天使は、編み込んだ銀髪をもてあそびながら舌を出す。
「いやぁそーなんだけどさ。ほら。“チェノ”って、本名と全然違う名前じゃん? 忘れるんだよねー未だ」
「てかアンタが考えた名前だろ!」
「まね。でも、んなこと言ったらチセ——チェノだって、今あたしのこと“マリ”って呼んだじゃん。おあいこ」
        ・・・・
「…………確実にマリーナの方が本名で読んだことが多いと思うんだが」
「気のせーよ、気のせー」



 わたしたちは天使であり、その中でも“特別な存在”だった。
その存在である者は、自身を“騎士”と呼ぶ。それが、与えられた名だった。
だが、その存在を知る者は、“騎士”である者同士だけ。その他の天使は知らなかった。
厄介なのが、“騎士”に与えられた名は一般的な天使と比べて、異なる響きを持っていたことだった。
 そこで“騎士”リーダーが考えたのが、偽りの名を決めること。
本名と自分たちの存在を隠し、あくまで“一般的な天使”を演じること。
 だからわたしの呼ばれ名は“チェノ”、彼女マリの呼ばれ名は“マリーナ”とされているのだ。
…ちなみにわたしの、このあまりにも本名とかけ離れた名をつけたのはマリ、ーナである。
どっから拾ってきたんだこの名は。

 …これだけじゃ何のことかはわからないだろう。
 何故名前を偽ってまで自分たちの存在を隠す必要があるのか。
 それは、“騎士”に与えられた役目にある。
 その前に、“天使”が創り出された経緯について話しておこう。



 “天使”とは、全ての命を作り出した創造神グランゼニスが創った生命体だ。
そしてその前に、あらゆる動物よりも進歩したもの、“人間”を創り出した。
だけど、その進歩は、神ですら思わぬ争いを生み出した。一番大きかったのが、他の動物の殺戮。
これが創造神の怒りを買って、そのまま人間を滅ぼすことを一度は決めたらしい。
 ——何故できなかったか? …創造神の娘が、その理由に絡んでいる。
 これは、わたしたち“騎士”が知る、それまでにあったこと——
    ・・
 その、全て。




 “この世に人間は相応しくない”

 不穏な空気を感じ取って現れた女神を背に、創造神は言った。

 “嘘をつき、平気で他人を貶める。そんな人間のなんと多いことか”

 その右手を、ゆっくりと上げながら。眉をひそめる娘を、半ば気にかけ、半ば無視して。

 “——私は人間を滅ぼすことにした”

 ——破壊の赤。創造神の放った裁きの光は、慈愛の青、女神の放った守りの光に弾かれた。

 “お待ちください”

 女神の言葉に、少なからず創造神は驚愕した。“なんのつもりだ、そこを退かぬか!”
 まるでせめぎ合うように、まるで先を争うように。二つの声が、ぶつかり合う。
 “わたくしは人間を信じます”
 “何を言う。人間なぞ、庇ってやる必要などないではないか!”
 “いいえ。人間にも、清き心の持ち主はいます”
 “——ええい、邪魔をするな、セレシア!”


 ——ある意味これが、始まり。
 その怒りの貌は、不審と驚愕の入り混じるそれになる。
女神セレシアは複雑な文様をその手で滑らかに描き出すと、いきなりその背から何かを生み出した——







 見間違いではなかった。
 目の前に現れたのは、紛れもない——



 ——樹木。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.338 )
日時: 2013/04/03 23:52
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

“お父様がどうしても人間を滅ぼすと言うのならば、わたくしは世界樹となりましょう”
 神さまって言うものの考えることは、わたしには分からない。
 何でそこまでして人間を庇うのかも——それは創造神も同じだったらしい。
“やめろ、取り返しがつかなくなるぞ!”
“この姿を元に戻すのは、人間の清き心のみ”父神の言葉を聞き入れず。
“まだそれが残っていることを——言葉で伝えられぬならば、わたくしはこの身を以て証明してみせましょう”

 静止の訴えは、虚しく響いたのみだった。
神の玉座の前には、先程までの女神の姿はなかった。ただ、淡く光る世界樹の大木のみ。
 先程の赤と青のせめぎ合いでもわかると思うが、女神の力はある意味では父神を凌ぐところもあった。
自力で元の姿に戻すことが非常に困難となった創造神は
女神の出した条件—人間の清い何某が女神復活の条件—に従うしかなかった。
自分の力で女神を元に戻せるまでは——


“——よかろう。お前のその愚かさに免じて、今しばらくは人間を滅ぼすのを止めよう。
ただし制限時間を設ける。私の力でお前を元に戻せるまでにその人間の清き心とやらでお前が蘇れば、
人間は滅ぼさぬ。だが、私が先にお前を元に戻せたならば——その時こそ人間は終わりだ”


 ——そう。その世界樹が、天使界の頂にある、アレだ—アレって言うとまずいかな。一応神さまだし—。
 つまり、“天使”とは、創造神が力を蓄えるまで女神の条件となるそれを集める役割を担ったもの。
 そして対照的に、“騎士”とは、創造神が女神を蘇らせたときに、
恐らく力をほぼ使い切った創造神に変わり人間を滅ぼす役割を担ったもの。

 天使とは、相反する存在。故に、正体を知られてはならぬ者たち。
 ——それが、わたしたちだった。




 …どっちかと言うとわたしは、自分たちを魔物だと思っている。
魔物も、人間を滅ぼすために放たれたものだからね。
 まぁ、今人間に絶滅されたら困るからって、弱体化させたり封印したり
眠らせたりしたらしいが——まったく何でもアリだな神さまってのは。
 でもま、そうやっていろんなところに力を使ったわけだから、思った以上に創造神サマは長い時間をかけて
大きな力を蓄えなきゃならなくなったらしい。その時まで魔物も“騎士”も生き続けなきゃ意味がない。
そのせいか、“騎士”は自分の時を止める妙な力を持っている。——平たく言えば、
成長を止めることができる。イヤ、これどう使えって言うんだ。成長しなかったら明らかに
“天使”から存在不審がられるだろ! ——なんて今更だけれどさ。
 他にも、何だこれ的なあらゆる力を備えているんだが——別に語っても役には立たないだろう。
 ちなみにマリーナは、『やっぱ若くて美人な今で止めるべきだわ〜♪』なんて謎の歌で、
何十年前かに既に自分の成長を止めている。それだけ経ってんだから、
いい加減フツーに、『チェノ』って呼べよ、って思うんだけれど。







 あの頃は、女神の果実が生ればいい、って状況で、天の箱舟が来ればいい、ってわけじゃなかった。
だから箱舟は普通にブイブイ飛び回っていたし(運転手よりこの言葉に苦情が何回も来たが
わたしもマリーナもこう言うことはやめなかった記憶がある)、運転手アギロとも知り合いだった。
 妙な能力のおかげで“騎士”は皆エリート扱いされていて、上級天使の立場を与えられていた。
わたしは剣、マリーナは—えぇ面倒くさい、今はマリでいいや—弓の腕が妙にずば抜けていたせいで
ほかの天使から弟子にしてくださいって何度も頼みこまれたけれど、全部断った。
“天使”は“騎士”の敵ではないけれど、“騎士”は“天使”の敵。
とてもそんな奴らを師匠にできるはずがない。
それに“騎士”は、何度も集まって何度も会議を開いているから、“天使”にその会議の内容を
知られるわけにもいかなかったしね。

 けれどそれからさらに千年ほど、何も起こりはしなかったんだ。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.339 )
日時: 2013/04/03 23:52
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 いつからマリと行動を共にするようになったかは覚えていない。
 だけど、大抵彼女とは一緒にいた。周りが能天気コンビと呼ぶたびに一緒にすんなと同時に言ったっけ。
 ともかく、二千年も経てば天使もさすがに年をとる。
初めから天使界に住む者は同時に生み出されたから、大抵皆人間界で言えば30〜40代くらいだ。
創造神もどこにそんな余裕があるのか、新しい若い天使だけは創って律儀に送ってくれる。
だが、わたしら“騎士”は新しい生命じゃない。
普通に考えればわたしらだっていい年になっているはずなのに、殆ど皆若い姿のまま。
本当に妙な力をくれたもんだ。おかげで天使たちはうすうす、“騎士”の集団を訝しみ始めている——
“騎士”リーダーは無視しておけとか言っていたけれどね。
 まぁそんなわけで、不審な眼を向けられるのも結構面倒くさいからって、
よくわたしたちは人間界に降り立っていた。やはりマリも隣にいる。
ここは、のちにアルカニア、マイやルィシアの出身地になる魔法都市のできあがる集落だった。
かといって、守護天使でもないわたしたちにできることなんて何もない。
ただぶらぶらと歩きまわるだけ。今でいう無職。暇。
「ねーチェノー」
 さすがに生み出されて二千年も経てばマリもちゃんと偽名をさらりと呼ぶようになった。
まぁ、前に言った通り本名とあまりにもかけ離れているもんだから、時々本名なんだっけと
真面目な顔をして聞かれてその顔面に肘を叩き込んだりするんだけど(ちなみにそのあとは
決まってチョップがかえってくるんだけど)。
「今更だけどさぁ…あたしたちって、“騎士”なのよねぇ」
「オイわたしの本名以上に忘れるのマズイことだぞソレ」
 ふみゅー、と謎の溜め息を漏らしてマリは身体を横に反らした。
「なーんかさぁ。結局あたしたち、いる意味あんの? って思って。
だってもう二千年よ二千年。オジンオバンの時代よ」
 さりげなく失礼な発言だぞソレ。
「別にアンタは若いんだからいいじゃん」
「疑われてんじゃんあたしたち! てかチェノもでしょーが!」
 わたしも成長は止めた。人間界で言う二十歳ちょいくらいだろうか。
天使は幼少期は成長が早く、歳を重ねるにつれて遅くなっていくから、二十歳とは
三百年程度しか生きていないのと同じだ。たしか四百年になる前で止めたから——まぁ、二十三、四くらいかな。
「さっさとセレシア様元に戻してあげてよ創造神様ー! って感じじゃん?
んでさっきも言ったけど“天使”からのすっごい疑ってる目。焦れてんだよねぇシャウルとか」
 ——シャウル、とは、本名をショウと言う“騎士”の一人にしてマリの恋人だ。
穏和な性格のはずだから、この言葉は少しだけ意外だった。
「へぇ…シャウルでも焦れるんだ?」
「そりゃそうよ。創造神様もちょっと勝手なんじゃないかって」
「——あぁ、そっちか。そりゃ同感」
 でしょ、とマリが肩にもたれかかってくる。わたしは椅子か!
「そっちかって…どっちだと思ってたのよ」
「んあ? いや、てっきり焦れて無差別に人間絶滅を計ろうとしたのかと」
「しゃ」
 いきなりマリが体勢を元に戻したかと思いきや、
「シャウルが簡単に掟を破るわけないでしょーーーーー!!」
 いきなりチョップを叩きこんできやがった。45のダメージ。
「ちょっおまっいきなり何すんだー!」
「いきなりなんてこと言い出すんだ返し!」
「意味分からん!」
 後から考えれば超絶くだらんやり取りをしたのちに、マリはくるんとまわってため息を吐いた。
「…でもねぇ」
 退屈そうに空を見上げていたのを覚えている。
「いるっちゃあいるんだよね」
「何が?」
「焦れてる奴。リーダーとか、もうすっごい」
 リーダー・ルフィンのことだ。その名の通り、“騎士”の代表。
本名は——なんだっけ? 「ルフウ」そう、ルフウ。
 とんでもない。流石に二千年も経てば、“騎士”の名を持つ者がよく集まっているということは
天使たちに知られている。その会議の中心にいるのがルフィンだということも含めて。
 だから、もしルフィンが人間を滅ぼそうって暴挙に出た場合、間違いなくわたしら“騎士”全員疑われる。
お前ら実はそういう集団なんじゃないのか!? ってな具合に。冗談じゃない。
シャウルだとか他の奴らだとかがそういう問題引き起こしても多分何とかできるだろうけれど、
仮にも代表のあいつにそんなことを起こされちゃあ関係ないわたしらまで
とばっちり受けることになっちまうんだから。
「…いや頼むよ間違っても早まんなよリーダー。あたしそんなので死にたくない」
「同感だ。これだけは切実に」
「どうしたのチェノ。何か今日弱気じゃない?」
「誰に向かって言ってんだシャウル命」
「ほにゃー!?」
 またしても謎の抗議っぽい声をあげて、マリーナチョップ体勢。負けじとこっちも肘鉄体勢。
 ようし決着をつけるか——と、やはり後から考えてみれば阿呆なやりとりをしていた——はずが、
「忘れてたぁぁぁ! シャウルに呼ばれてたんだったー!」
「イヤ待ておま今さっきあいつの話していただろ! 気づけよ!!」
 期待(?)させておいて何だこのオチは。
「真面目にごめんシャウルあたしのこと嫌いにならないでぇぇぇぇ」
「…まさか今から戻るとか言わないだろな? 一応こんなナリでも見回りは見回りなんだぞ」
「…あぁぁぁあ非情な親友を持ったばかりにあたしは大好きな恋人に見捨てられるかもしれないのね…」
「あぁ分かった分かった戻れ! 後のことはわたしがやっておくから!」
 けろっと表情を元通りにさせるマリ。畜生この常習犯!
「さんきうチェノぉう。今度埋め合わせするからー」
「……………期待しないで待っておく」
 はーい、って、聞いていたのか聞いていなかったのかわからない反応をして、マリ帰宅。…帰界?
 まったくあいつは、って大きくため息を吐いて、わたしは翼を畳んだまま東へ歩いた。



 ——何に使うか分からない妙な力なんていらなかったから。
 ただ、その代わりに、未来を少しでもいいから見られる力が欲しかった。
 嫌な予感を察知できるような、そんな力。

 ——この後に起こったあの出来事を思い出す度——わたしはいつだって、そう思ったものだ。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.340 )
日時: 2013/06/11 22:47
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 9ikOhcXm)

 ——それは突然のことだった。


「っう、あ!!?」
 気が抜けるほど平和な集落の外、変わらないいつもの光景——
いきなり巻き起こった、普通では起こりえない爆風。
一斉に響き渡った悲鳴が、風の音にかき消されてゆく。誰かが吹き飛ばされて、動かなくなった。
思わず目を見張った。直感が働いた。同じ者の気配。同じ者の能力——
                       ・・・・・
 何の冗談だよ。知らずうちに、そう思っていた。あんな話を——つい先ほど別れたばかりの
マリと交わした会話の通りになっていた。           ・・・・・・
——そう、これは明らかに、自然の爆風ではない。人間界で言う、人為的なもの——


 “騎士”の誰かの仕業だ。
 誰かが、焦れていた誰かが、本当に人間を攻撃したのだ。



 理由が分からない。今まで耐え続けて、何故今更こんなことを起こした?
 そしてそれは、一体、誰なのか——!?
 周りで、次々と人間が動かなくなっていった。二人分、青年の焦燥の声が響き渡る。
救助にあたっているらしい。わたしは爆風の発生地をさがした。風の奥へ。
煙が邪魔くさい。天使は俗に言う幽霊とは違うから、人間界の自然のものには触れられる。
それは時々、こうやってわたしらの邪魔をする。

 ——いた。天使が一人——放心したように、信じられないように立ち尽くしていた。
 そして同時に、自分の目なのに、それ自体を疑いたくなった者を見た。
 二番目に、そこにいてほしくなかった者———

 “騎士”リーダー・ルフィンが、そこにいた。




 わたしらしくもなく。つい、同じように立ち尽くしてしまった。
と、相手がこちらに気付いた。慌てたような表情。
お前、何勝手なことをしてんだよ。何で早まった——叫ぼうとする前に、
相手はいきなり—おそらくその動きから、咄嗟に—もう一度、爆風を起こした。
間違いなく、狙いはわたしだった。
 動きが咄嗟っぽかった割に、運悪くもそれはわたしに直撃した。こちらも受傷をおさえるために
壁を張ろうとしたが、集中しなかったために完全じゃなかった。目の前が訳分からないくらい揺れて。

 ——それから、目を覚ました時には、薄れた煙の中で、感情豊富なはずの人間とは思えぬほど
憔悴しきって無表情になったその種族が、何をすることもなくただその場に座りきっていた。

 そう、これは、アルカニアに二つの魔法機関ができたきっかけとなったあの事件。
 原因不明の大爆発——
 皮肉にも、マイと出会う理由の一つになった、出来事だった。





 ——この時天使界で何が起きていたのかは知らない。だけど、後から知った。
 …知りたくなかった。この時初めて知った。自分がいかに幸せな考えを持っていたのかということに。
 天使だって、創造神が忌み嫌う人間と変わらぬ存在。感情を持つ生物なのだと——

 マリは“星の扉”の前で苛立っていた。
 天使たちはざわめいていた。殆ど皆、バルコニーへ行って下界の様子を心配げに確認しようとしていた。
集落の付近を守護する天使の数名が先ほど、扉を通って人間界へ降りている。
だが、マリが待っているのは守護天使たちではない。
 ——いやな予感がした。わたしと交わした先程の会話を思い出していたらしい。わたしと同じだ。
予兆だったとでもいうのか。あの会話は。起こってほしくないことを話していた傍からそれが起こるなんて。
本当にこれはただの偶然だというのか。
 ——今ここにいない“騎士”はふたり。わたしと——ルフィンだ。
 マリの後ろに、“騎士”たちがいた。正確に言えば、“騎士”の前に、マリが進み出たのだが。
 膠着状態が続いた。“騎士”はわたしを疑い始めていた。——否。
そう言うよりかは、ルフィンがことを起こしたのかもしれないということを信じたくないがために、
別のものに押し付けたがっていたのだ。
 …もしルフィンがその罪を犯した者ならば、先程話した通り、自分たちの存在が危ぶまれるから。
 …そうならぬように、マリはわたしが先に戻ってくることを祈っていた。だが——その頃のわたしは。



 期待とはいつだって、大抵裏切られることにかけられるものだ。
 先に戻ってきたのは、間違えようもない。ルフィンだった。
「リーダー!」
「ルフィン! どうだったんだ、人間界は…!」
 マリはギッと、鋭い眸で“騎士”たちを睨み付けた。ルフィンは爆発の起きた人間界を
確認しに行った者であって、爆発を起こしたわけじゃない。そう思い込みたい者たちに対して。
「…何、言ってんの…!?」
 明るく笑う天使だった。よくボケて、よくツッコんで。笑いを誘う天使だった。
そんな彼女が、感情の奥底から、怒っていた。

 “星の扉”の前に立つ、“騎士”。
 虚ろになった眼。異様に早い息遣い。震える腕。止まらない、歯と歯がぶつかる音。
 誰が見ても一目瞭然だった。



 “騎士”リーダーが、何らかの理由で、人間を大勢攻撃したというのは。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.341 )
日時: 2013/04/03 23:55
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「マリーナっ!」
 自分の名を呼ぶ“騎士”たちを無視して、マリはルフィンの胸倉を掴んだ。
「…一体何をしたの。何勝手なことしてんのよ。あんたの勝手な事情であたしたちまで巻き込まないでよ!」
「…何がっ…」
 ルフィンは乱暴にそれをはねのけた。バランスを崩して、マリは背中から倒れ込む。
シャウルが驚いて一歩進み出かけたが、結局それ以来足は動かなかった。
「何が分かってそんなことを言う? 仕方なかったんだ! 今回ばかりは…!」
「何があった、と訊きたいところだが」マリの後ろから、唯一成長を止めなかった“騎士”が
諌めるように進み出た。ギル。本名ギン。“騎士”サブリーダーだった。
「時間がない。マリーナの言うとおりだ。このままでは我々の正体が知られるのも遠くない」
「知られるのも、って——もし知られたら」他の“騎士”たちがざわめきだす。
「——処刑、だろうな。俺たちは“天使”とは対の存在…代表が人間を攻撃したと気づかれれば、
間違いなく俺たちまで罰を受ける」
「罰で済むかよ。どうにかしないと…!」
「……………………………っ」マリは唇を噛んでいた。何故わたしが戻ってこないのか。
何故こんなに遅いのか。それを知らずに、ずっとわたしを待っていた。
「…チェノはどうした」
 ギルが低く呟いた。「こんな時だというのに、どこをほっつき歩いている」
「——あ」
 ルフィンが上げた声は、小さかったのに、その場によく響いた。全員の目が、一斉に奴に向いた。
「まさか、あいつ…」
 やはり気づいていなかったらしい。煙の中に見えた天使の陰。
ばれないようにと咄嗟に放ったもうひとたびの爆発。その、天使とは。
「チェノだったって、いうの…!?」
 マリの声は、恐ろしく底冷えしていた。
聞いたことのない彼女の声色の連続に、殆どの“騎士”たちが息を呑んだ。
 と、マリがルフィンの腕を強く掴んだ—本当はもう一度胸倉を掴んでやろうと思ったらしいが、
先に察知されて腕になってしまったらしい—。
「——っざけ、ないでよ…そんなことする奴なんだもの、何するか分からないわ!」
「マリーナ、やめろ!」
「どうせ人間を攻撃したのだって、あたしたちの立場なんて気にしない、自分のわがままが原因なんでしょう!?」
「マリーナっ!!」
 シャウルがようやく動いて、マリを引き離した。だが、マリは止まらない。
「だって、だって、どうすんのよ。チェノがそれで死んじゃってたらどうすんのよ!?
もしかしたら、全部チェノのせいだって、誤解されちゃうかもしれないじゃない!
こいつが原因なのに! そんなの嫌よっ!!」
 ——空気が、変わった。マリはシャウルの前で顔を伏せていて、気付かなかった。
ギルは目を細めていた。それを見たシャウルが、はっと目を見張った。ルフィンが驚いてギルを見た。
 マリを除く全員が、ギルの考えをほぼ察知した。
ギルがルフィンに何かを素早く話した。ルフィンが小さく、頷く。
「…痛み入る」
 その言葉を聞いたシャウルは、ぐっと奥歯を噛みしめると、マリを抱えてその場を離れようとした。
「…シャウルっ?」困惑したマリがシャウルを見る。そこにあった表情は、とても辛そうだったらしい——

 わたしが戻ってきたのは、その時だった。
 守護天使たちに抱えられながら。




 わたしの意識は朦朧としていた。むしろ、あの爆発に耐えられただけよかったものだ。
悔しいが、わたしよりずっと強い力を持っているから、ルフィンはリーダーなんだ。
そんなコイツの力を喰らって何とか無事だったのは認めてもらいたい。
 ——なんて言っているけど。実際、本気で力が抜けきってどうしようもなかった。
顔も上げられない。耳に聞こえてくる音場も、途切れ途切れだった。
「…ご…労。チェ…いた…当……な?」
「…。我…つけ…に…意識……て…」
「…ふむ…間違…ない…だな……」
 少しずつ、意識が戻ってくる。顔は上げない。無駄な労力だ。
話だけ聞いておく。現状を、確認しなければ——…。







 …違う。
 こんな言葉を聞くために、意識を取り戻したのではない。





「…ならば、チェノ…奥の部屋…繋いでお…もらおうか」
「え…何故…です…?」





 …わたしと、マリを含めて。
 “騎士”以外の者は驚愕に目を見張った。






「——チェノが、爆破を起こした張本人だからだ」












「「……………………………な………………」」
 わたしとマリがようやくそれだけ声をあげたのは、ほぼ同時だった。
 わたしは情けないことに、そのまま再び意識を失っちまった。
 マリはシャウルの取った行動の意味を、ようやく理解した——
「卑怯者!!」マリは叫んだ。悔しい、という言葉だけではおさまらない感情が流れて、
溢れてきそうなのに、言葉にならない。何を言えばいいのかが分からない。最早言葉では表現できないのだ。
 シャウルの足が速くなる。
 ギルは動じなかった。むしろ反応しなかったことで、
マリの言葉はわたしに向けられたものだと、“天使”たちは勝手に誤解した。
「——卑怯でなければ救われない時もある」ギルが呟いたその同情の欠片もない言葉は、
ルフィンにしか聞こえなかった。
「…シャウル! なんでっ…何で何も言わないの!? 何で、ねぇ、どうして!」
「………………っ…」シャウルは顔を伏せたまま、奥歯を噛みしめたまま、その足を止めない。
「シャウルっ!!」
 マリの叫びに。
 悔しげなその表情で。
 ようやく出したその言葉は——…。



「——仕方ないんだ」



 その時マリの中で、何かが消える音がしたという。