二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.346 )
- 日時: 2013/04/04 23:08
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
——話し合う場所が外だなんて、変わっていることで——…。
しばらくの後、わたしを迎えにきた—って言うと聞こえはいいけど
ぶっちゃけ連れ戻した、って感じか— “騎士”たちについていって、
わたしは手すりにもたれかかった。 ・・・・・
…天使界頂上。世界樹になった女神の見守る場所での、最後の会議。
これで決まるな。後から考えてみればおかしなくらい冷静に、わたしは思っていた。
「…醜いね」居心地悪そうにして誰も口を開かないものだから、勝手にこっちから声をあげた。
「神が滅ぼそうとした人間と何が違うのやら」
「…同じにするな」低く言ったのは、やはりギルだった。「その神のために、我々は残り続けねばならぬのだ」
「へぇ、そうですか」まるで不良のように、棒読みで答えてやる。
「それは残れなくなるような原因を作ったやつに言ってやればいいんじゃないのか?」
「だから」原因を作ったやつその人が、自分からくちばしを挟んできた。「仕方なかったと言ってるだろう!?」
…この時には、これ以上ないくらいくだらない言葉だった。冷静すぎた感情は殆ど変わらなかったけど。
でも、その中に何か、別の感情が入り込んできたのも確かだった。ただこのどこまでも腐ったやつに、
一言刻み付けるために、その胸倉を掴んで引き上げたのはよく覚えている。
・・・・・・・・・・・・
「…誰もかれもが仕方なかったで済むと思うな。ただ力が強いだけの弱い長」
爆発を起こした理由に興味などない。言いたいのは、集団をまとめる者は、
自分一人のみの責任を負っていればいいだけではないということ。まとめられていた方はいい迷惑だ。
「離せっ」
喚くリーダーを軽く突き飛ばすだけにとどめた。殆ど揺らぎすらしなかっただろう。
そのままわたしはまた、背を向けた。
「…思ったより冷静なのだな。チェノ」
ギルの声色は初めから変わらなかったが、恐らく内心は相当訝しんでいただろう。
推測でしかないけれど、嫌な予感を働かせていたんじゃないかね。
「…『処刑』の意味を理解しているのか」
「あ、何? やっぱわたし一人が処刑される感じ?」
ばっさりと聞かれて、さすがのギルも反応しなかった。
まぁね、その通りだ、なんてさらっと言ったらもうこれ鬼だって。
「おおよそ天使界追放だろ。…姿の見えない天使が人間界に長くいて
生きていけるはずもない。——いわゆる、死罪」
分かっているのなら、何故——そこにいた皆、そんな表情をしていた。
たった一人。ギルが、その表情をようやく変化させつつあった。
「…まさか、チェノ——」声色まで、変化していた。「話したのか…!?」
…少し遅れて、その他大勢が騒ぎ始めた。まさか。言われたのか。俺たちのことを、騎士の存在を!
その焦りの声を、少しだけ心地よく感じながら。
「…こんな目にあわされて。何の復讐もせず受け入れると思う?」
「貴様っ」ギルの無表情が崩壊した。「何てことをっ…」
「どの口でそれを言う。勝手にわたしに罪を被せておきながら」
ちょっち、今の言葉にはキレかかったけどね。
「分かっているのか!? それはお前の親友も同じ目に遭うということだぞ!」
——ここにマリがいなくてよかったと思っている。
…本当に。
黙ったまま空を見て。誰にも顔を見せずに。
誰かが“騎士”のみが使う魔法的な攻撃を放つ。わたしは避けなかった。もう、意識は別の方向にあったから。
「それが復讐というのか!? 友を巻き込んでまで——それこそ裏切り、行ったことは我らと同じでは」
雷が一つ。ギルの言葉を、途絶えさせた。
底冷えしたような蒼炎を眸に宿し。
下ろしたままの右手に未だ残る小さな雷の音を立てて。
最後に一つ、同じ雷を、最も憎いものに向ける。
そいつがほぼ同時に、守備的な意味で、魔法的な攻撃を放つ。
過たずそれは直撃し、互いを焦がして。
もう、思いは、決まっていた。
そして、
「———————————————————————————サヨナラだ」
その腕を炎上させながら。
そのままわたしは、地面を蹴った。
何もない、地上に向かって。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.347 )
- 日時: 2013/04/04 23:38
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
—————————————————————感覚って、麻痺しやすいものだな。
無意識ながらに、そんなことを思っていた気がする。
さっきまで爆風が身体を包んでいたのに、今はほんの微風程度しか感じない。
しかも妙なことに、横から。何か髪の毛もちょっとなびいている気がする。
あー、ちょっと長くなりすぎたかな。そろそろ切ろうかな——何言ってんだ。どこで切るんだよ。
…天使って死んだら本当に星になるのかな? 嫌だな、結局空からあいつら見ていることになるんだろうか。
絶対嫌だ。あー、本当。わたし何やってたんだかねー。
…やっぱ切ろうかな髪。頬がくすぐったい。…横風。あー、太陽があったかいなー…。
「…イヤちょっと待ておかしいだろ!!」
何で叫んだのかは覚えていないけど、同時にばっと起き上がった気がする。
——で、貧血起こしてまたぶっ倒れた気がする。恐る恐る目を開ける。
太陽がまぶしくて猫並みに細めて。状況が分からなくて、しばらくそのまま時間を過ごす——…。
「——おーう、よかったよかった! 起きたんだな、やー本当よかった! これで約束が果たせたってもんだ!」
——あー、何か聞いたことある声がする。
箱舟に乗ってブイブイやっていたオッサンの声じゃないか。何でこんなところにい
「ちょっと待ておかしいだろ!!」
何で叫んだのかは覚えていないけど、同時にばっと起き上がった気がする。
——で、貧血起こして——何同じこともう一回やっているんだ。
ともかく、わたしはようやく気が付いた。
「……」気が付いたはいいが、この状況で言う言葉が何一つ見つからない。
間違いなかった。目の前にいるのは、さっきのあの声の主は、紛れもない——アギロだった。
「お前なぁ、いきなり落ちるんじゃねぇ! もっと上の方で受け止めるつもりだったのによ、マッタク」
長く沈黙した。何が起きているのか、全く分からなかった。
「…あー、駄目だな。まだ混乱してんな。…意識がはっきりしたらまた言えや」
「はっきりした」
「早ぇなオイ!」
ゆっくり、もう一回起き上がった。まだふらふらするが、さっきよりは大丈夫。
膝に赤い液体が時々落ちてくるが、これは無視した。
「…アギロ…だよな」
「おぅ。お前、状況分かるか。ここがどこか——分かるわけないよな」
その通りだ。まったくわからない。
だよなぁと頷き、目の前にいるアギロはついさっきあったことを初めから話してくれた。
——わたしがまだ長老の間にいたころ、アギロはマリに呼ばれて事情を聞かされていた。
もしかしたらわたしは、“騎士”によって天使界から突き落とされるかもしれない——
最悪の事態を予測していたらしい。
起こってほしくはないけれど。もし本当にそうなった場合、どうにかわたしを助けてほしい…と。
話を聞いたアギロの憤慨は生半可ではなかった。何で黙っているんだ。マリにも喝を入れた。
彼女は答えられなかったらしい。それからすぐに、わたしたちが来たのだという。
アギロは一度悪態をつくと、やれるだけのことはやってやる、そう言って、箱舟に乗りこんだらしい——。
そして、本当に起こってしまった『起きてほしくないこと』を見て——アギロは箱舟で、
どうにかわたしを受け止めに走ってくれたのだという——。
「…じゃあ何。ここ、もしかして、人間界?」
「あぁ、そういうこった。——まさかお前さん自らいきなり落ちてくるとは思わなくてよ。
ちょっと受け止めるのが遅くなっちまった。——もしもうちっと早く受け止められりゃ、
お前さんもそんな姿にならずに済んだかもしれねぇのによ」
それには問い返した。あちゃ、やっぱまだ気づいてなかったか。そう言って頭の裏をかくアギロを見たとき、
ふとそう言えばいつもちょっと振り返っただけで視界に入るものがないことに気付いた。
気付いたが——すぐに反応はできなかった。さっと血の気が引いた。——簡単には、認められなかった。
——翼が、ない。
そして——光輪もまた、なかった。
「…何これ。冗談?」
「どういうのだよ。…悪いがこりゃ夢物語じゃねえ。まだ、悪夢のうちさ」
「……は」
訳が分からなくなって。笑いが込み上げてきた。「何だよ…何だよこれ!」
頭をおさえて、顔を伏せた。しばらく黙って虚空を見ていたアギロが、静かに言う。
「…天がお前さんに、まだ生きろ、って言ってんじゃねぇのか」
「余計な世話だ! こんな目に遭って…それで、よりによって嫌っていた人間の姿で生きろだと!? ふざけんな!」
火傷を負った腕に爪をたてる。脆くなった肌から血が流れてきた。…痛い。本当にまだ、自分は生きている。
「…誰に向かって言ってんだ、そりゃあ」静かだった声色が、重さを伴った。
爪を立てていた手を振り払わせて、アギロは真正面からわたしを見た。
「人間が嫌いだの、生きるのが嫌だの、くだらねぇこと今更うじうじ言ってんじゃねぇ。
てめぇは何を見てきた!? ちょいとばかり寿命が長えって言ったって、世界の全てを見れるわけじゃねえ。
ほんのちいとの、たった一部を見ただけで何もかも判断するな。ちっぽけな範囲で人間を判断するな。
生きてきた中で起こった一部のことで自分の命を左右させるな。
簡単に全部捨てて逃げ出すんじゃねぇ!」
——悔しくて、哀しくて、辛くて。
自分には縁がないと思っていたのに。気付かないうちに、涙がこぼれてきた。
…何も考えられなくなって、けれどその言葉は深く刺さって。
ぼろぼろと泣きながら、わたしは頷いていた。
…もし、こんな考えを持った者が、神さまだったなら。
そしたら、わたしたちは、何か変わっていたのだろうか。
——そうであって、ほしかった。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.348 )
- 日時: 2013/04/05 17:09
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
大分落ち着いたのちに、わたしも自分の身に起こったことを全部話した。
今更ながらに、本来もっと早く生じていたはずのどうしようもない怒りがこみあげてきて。
何度も吐き出しそうな憤怒の言葉を抑え込みながら。
「…何か一つくらい、見合った代償を払わせたかった」
地面に向かって息を吐いて。目を細めながら呟いた。
ずっと黙って話を聞いていたアギロが目を見張る。「お前まさか——言ったのか。お前らの正体のことを」
それの意味を理解しているのか。確かに、自分に罪を着せた“騎士”には、最悪な代償と言えるだろう。
だが、それは。…否、しかし——…。
「…本当に、言ったのか」
わたしは顔を伏せたまま黙っていた。無感情で、その先の言葉を紡ごうとして。
いっそのこと、笑い飛ばしながら、言おうとして。
「——言ってやれば、よかったのに…ね」
…けれどそれは、叶わなくて。
・・
「——できるわけないじゃん。マリが、いるのにさ」
笑いながら、泣きながら。
最悪の事態に備えてくれていた天使を思って。
憎むべきものたち何十人に復讐するより、二千年の親友を、守りたかった。
結局——わたしは、こんな目に遭っていながら、何もできなかったんだ。
情けないとは思っている。
けれど、それに対してだけは、悔しいとは思わない。
・・・・
…多分、それは、この先も。
高い空で、見覚えのない鳥が大きく旋回した。
先程まで頂点にあった太陽は、既に傾き始めている。
「…ようチェノ。お前さんこれからどうする気だ?」
アギロは何の気なしに、けれど内心本気で心配している質問を投げかけた。
が、わたしは質問とは別の側に反応した。
「…その名前、やめてほしい。…どうも疼くんだよ」腕をおさえながら、顔をしかめた。
「あんだ、新しい生き方と共に名も新しくするつもりか?」呆れたようではあるが、
決して咎めているわけではない声に苦笑する。
「ま、簡単に決められるモノじゃないけどな」頭をおさえて、だらりとその重みに任せながら天を仰ぐ。
「…とりあえず、こんな傷じゃ野垂れ死にがオチだ。…しばらく傷が完全に言えるまで『寝る』ことにする」
もちろんこの『寝る』というのは夜にオヤスミ朝オハヨーの簡単なモノじゃない。
何に使うか分からない“騎士”の能力のひとつ。命に係わるくらいの傷を負ったとき、
自分を何年も何十年も眠らせ、ゆっくりと治療すること、と聞いたことがある。
もちろん過去に誰もやったことはないし、全く理屈も理解できない。
…まぁ動物で言えば冬眠に似たようなものでしょ、とかマリは言っていたっけ。
「傷が癒えたら…ま、のんびりと旅でもすることにするよ。目的が見つかるまではさ」
「のんびりと、ねぇ。ようやくお前さんらしいこと言うようになってきたな」
茶化すようなその言葉に、へなちょこな肘鉄を喰らわせる。
今更ながらにさっきのことを思い出して赤面しかけたのを慌てて誤魔化した。
「…なんか。いろいろ、世話になった」
ゆっくりと、立ち上がる。まだふらふらだ。思えば逆に、何でまだ意識があるんだってくらいひどい状況だ。
早くもぼやける目の前の景色を必死に睨みつけながら。せめて礼を言おうとした——
「“チェルス”だ」
低い声が、謎の単語を紡いだ。
「…は?」
「“チェルス”。お前の、名だ」
振り返る。完全に傾き始めた太陽を背にした大男が、立ち上がった。
「神の国の言語で——その意味を、絶望、という」
思わず唖然とした。何を言っているのか分からなくて。
「…そしてその対の言葉を——希望、という意味を、“チェス”、という」
似た響きを伴っているくせに、対の意味を持つ単語。ぼやけていた視界が晴れてくる。
「…何だそれ。ぴったりじゃないか」思わず笑った。「…決して忘れるな、って…そう言う意味だろ?」
「分かってんじゃねえか」説明の手間が省けたアギロは大きく頷いた。
「…いつか必ずお前の名が、“チェス”になることを祈るぜ、チェス」
「…なんでアギロはいきなりそう読んでんだよ」
「馬鹿ヤロウ。オレはお前の名を略してこう呼ぶんだよ。文句は言わせねぇ」
目を細めながら、軽く息を吐く程度に笑った。そろそろ、声をあげて笑うのも厳しそうだった。
「…感謝する」
たった一言だったけれど。その中に詰め込んだその意味を持つものは、計り知れないほどたくさんある。
「…聖なる魂に、永久の光を」
最後の挨拶を残して。
力強く頷いた神の運転手を背で見送り。
そして、何千年の、時が過ぎた——…。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.349 )
- 日時: 2013/04/05 17:37
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)
思った以上に目覚めが遅かった。
まぁ、何百年程度はかかるだろうな、って思っていたらどっこい、
わたしはざっと七千年程度も『眠って』いたらしい。寝坊した。
起きたら目の前異世界。本当にここ人間界か。…あ、人間いた。…商人か。
感覚的には、あんなことがあったのはつい一、二年前って感じなのにね。
…あいつらいったいどうなったんだろう。そんな考えがちらっと頭をよぎったが、早々に振り払った。
もう痛くない右腕を見て、抑えて。…何だちょっぴり火傷のあと残ってんじゃないか。
ま、これはこれでいっか。…軽く運動をする。やはり、背に翼は、もうない。
目的が見つかるまで、のんびり旅でもするさ。言った言葉を思い出す。
さて、それはいいが、まずはこの空腹をどうするかな——…腰を捻って背後を見た時だ。
何かでっかい、青くてぷるぷるしていてなんか偉そうに王冠かぶったぎょろ目の謎の物体が一匹——
何故か敵意むき出しにこっちを見ている。…イヤ待て、何か用か軟体動物。…動物?
(…魔物…?)
思わずその腰を捻った状態で固まったわたしめがけて、いきなりそいつは犬歯むき出しに飛びかかってきた。
驚いてその妙な格好のまま横転し、必死の思いで避ける。
ちょっと待て。魔物は別の種族を襲わないように神が止めたんじゃなかったのか。
驚いて腰の刀を抜こうとしたが、気付けばそこになかった。
訊き慣れぬ雄叫び、気の抜けた顔からはとても想像できない獰猛さを醸し出す殺気。
その辺に落ちていた木の棒を拾い上げるが、せいぜい子供のチャンバラに使えそうな程度の代物、
殺傷能力はない。おまけに相手は殴ってもぐんにゃり変形する程度。隙を見て逃げようとしても、
相手は巨体の割にすばしっこい。イヤ待て目覚めの体操にしちゃ荒っぽいなオイ!
「——使え、そこの姐さん!」
背後より何者かが大声を上げていた。誰かいるのか、と頭の隅でちらっと考えたとき、
足元で金属音がした。はっと地面を見る。太陽に反射して光る、磨き抜かれた刃の眩しい鋼の剣。
振り返ると、全身妙に傷だらけの商人らしき風体の男がわたしを見ていた。
さっきの声の主か。…それ以前にさっき見た人間か。
考える間もそこそこに、その剣を拾い上げる。——手に、馴染みやすい。魔物を見る目つきを少々変えて。
とびかかってくる巨体を、真一文字に—— 一撃、切り払った。
「強いな姐さんよ。いやぁありがたい。助かったよ」
よくよく考えれば目の前にいるのは人間だった。不思議な感覚だ。
人間が、わたしに話しかけている。
本当にわたしは、光輪を失っているんだな…今更ながらにあまり嬉しくない実感をする。
「こちらこそ。…助かった」
借りた剣を、魔物の水気を払って突き返そうとして、改めてそいつが商人の恰好をしていることに気付いた。
あ、これ、一度使ったものは商品にできないから買えとか言ってくるぞ…
予感がしてついその手を止めてしまったが、その商人は何を思ったか、使えとそのまま受け取らずじまいだった。
あんた旅人かい? このご時世、武具も持たずにいるなんてとんでもねぇ根性だ。
別にこちとら商人、金に困っているわけじゃあねえ。それにあのでけえ魔物を打ち倒してくれたんだ、
礼ってことで受け取ってくんな! …とか言っていた気がする。簡単に言えば。
名をティガーとか言ったあの商人は、確かそののちに宿屋を始めたはずだ。わたしが初めて話した、人間。
「姐さんは何ていうんだ?」
訊いていないとはいえ相手が名乗った限り、こちらも答えるのは義務ってものだ。
わたしはその問いに、少しだけ戸惑い——その少しの間に、いくつもの遠い過去を思い出しながら——
一言で、答えた。
「——チェルス」
覚えている、
マイに会ったあの日のこと。
あまりにもあっさりとした理由で共に旅をするようになったこと。
いつの間にか、唯一無二の存在の人間であったこと。
初めて、“チェス”と呼ぶことを認めた者。
そして、あの日——
究極魔法を完成させて死した、彼女の最期、
その名を呼んで、そして消えた、自分の存在。
呆気なさ過ぎて。
あまりにも、認められなくて。
あの日以上に、悔しくて。
——まだ生きていない。わたしは、まだあの日に誓ったほど、生きていない!
何のために、わたしは——
何のために——…。
もし、この力を——“騎士”の力を、ありったけ使ったら。わたしはまた、生きられるだろうか。
…わたしじゃなくていい。わたしの思いを継いだ者でも何でもいい。
ただ——わたしは、まだ納得していないだけなのだ。
わたしは本当に、生きていられたのか? ——と。
必死に思いを巡らせて。
ただただ自分の中にある意地を認めてほしくて。
そして、
「…マルヴィナ………!!」
——わたしはあんたを創ったんだよ、マルヴィナ。