二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.352 )
日時: 2013/04/08 23:51
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

       3.<マルヴィナ>




「…マルヴィナ………!!」
 大木の陰から、ゆっくりと出てきたわたしの名を、チェルスは信じられないような声色で呼んだ。
 おそらく“子孫”の影響だろうか、まるで映像のように流れ込んできたチェルスの過去に
気を失いそうなくらいの衝撃を受けながら、わたしは小さく、ごめん、と謝った。
 未だ怯えたように鳴る心臓をおさえて、わたしは改めて落ち着いて考えてみた。
「…わたしは、“未世界”の住民もどき、か」
 困ったことに。今まで、“霊”だらけの敵国と戦ってきて、
よく無事でいられたものだ、わたしも。——わたしたちも、かな。
「…知っていたのか」
「ううん。今初めて」
 多分今のわたしは、これ以上ないくらい穏やかで、冷静だと思う。
それがチェルスには驚くべきことだったんじゃないのかな。
「…でも、ありがとね」
 いきなりのわたしのその言葉に、チェルスはやはり何も言わないまま。
でも、不思議そうな表情には、なっていたけれど。
「…“わたしを創ってくれて”。ありがとう」
 重ねて驚いて目を見張ったのち、チェルスはその眸を少々険しくした。
「…どういう意味だ」
「どうって」わたしは思わず少しだけ笑った。「そのまま」
 何度もチェルスは言っていた。わたしは、彼女のなりかわりである、と。
 そう、それは即ち、わたしは彼女の記憶を受け継いで、彼女の生きた証を引き継ぐ者。
 けれど、わたしにとってはそれだけじゃなかった。わたしにはわたし自身の証を持っている。
この世に生きて、さまざまな出来事や天使、更には人間に出会った、生きている証を。
 …彼女がわたしを創ってくれなかったら、絶対になかった出会い。
 だから、理由が何であったって。わたしは、わたしを創ってくれたことに、感謝したかった。
「恨まないのか」どこか苦しそうに視線を厚い雲の向こうに向けながら、チェルスは言った。
「…何故中途半端な存在にしたのか——そう思わないのか」
 その意味を、少し時をかけて理解する。中途半端——先程の“不人間もどき”を指しているのだろう。
少しだけ言葉を選ぶ余裕も作ったから、答えるまでに大分時間をかけた。
「まぁ…普通に暮らしていれば、問題ないし。何を言ったって変わらない事実だから、さ」
 あ、でも、帝国の兵士って“霊”だらけとかいつぞやに言っていなかったっけ?
…戦えるだろうか。…多分大丈夫だよな——多分——…



「…変えられる」
 以前聞いた話と少々よぎった不安を掻き消すような言葉が、チェルスの口からこぼれ出た。
まるで気まぐれな、言う気がなかったのになんとなく口にしたような、そんな様子で。
 もちろんそれには、わたしも、そしてシェナも大きく反応した。
その様子にチェルスは、ふっと呆れたような、微妙な表情をした。
 ・・・・
「あの果実なら願えるだろ。“霊”以外の者になる——いわゆる、存在を変えることは」
「…あ…」シェナが小さく呟いた。「それは…そうだけど」
「それは無理だな」それに対して、わたしは笑った。「天使界の宝を、わたしがもらうわけにはいかない」
 それ以前に、先程流れてきた記憶によれば女神の果実が
女神セレシアさまを蘇らせる鍵になるはずだ。なおさらもらえない。
 チェルスはもう答えなかった。どこか疲れたようなその表情は、
普段のあの余裕綽々な風情との差が大きすぎて、別の誰かを見ているようだった。

「…とにかく…これで全部だ」
 その言葉は、シェナに言ったものだった。シェナはゆっくり、静かに頷くと、その前に、と前置きから始めた。
「…マルヴィナには、見えたのよね? ——彼女の過去に起こったこと」
 一度問い返したのち、頷く。その質問の意味が分からなかった。
「…二人は?」次にシェナが向いたのは、キルガとセリアスだ。揃って困惑顔で首を横に振るのを確認して、
シェナはどこか確信したような眼になった。対して、何かを待つように、
何かを期待する半面焦っているような、信じがたいとでも言いたげなチェルスの表情。
ますます何のことかが分からないわたしの視線を受けてシェナはひとつ笑うと、改めてチェルスに向き直る。
「…私にも。記憶が、見えたの」
 それぞれの驚愕の意を表す視線を受けながら、彼女は言った。
「…ドミールの民には、一般の者には教えられていない、とある秘密がある」
 代々の里長にのみ伝わる話。あの日—チェルスが現れた翌日、ルィシアが宿屋に運ばれたのちのこと—、
シェナが、ラスタバさんによって知らされた話らしい。
「前置きはいい」チェルスはどこか急かすように言った。
「…彼らにも知っておいてほしいの」けれど、シェナはそれを拒んだ。
「——ドミールの民が、人間と違い生命力が強い理由。それは、全ての民の先祖の影響」
 シェナは後ろに控えたわたしたち三人を振り返る。
「民の殆どすべての先祖は、天使だった」
「——え」驚愕の声が、先程より大きくなったことに気付く。
一度、はかったようにわたしたち三人は顔を見合わせ——もう一度、ほぼ同時に叫ぶ。
 チェルスの拳が強く握られていた。変わらない表情。その頭の中にある考えは、
今からシェナが言う言葉と一致していることが、少なからず想像できる。
 けれど、その考えがわたしたちにはまるで分らない——あ、何かキルガだけ分かりかけた表情している。
 何だろう、と、軽く考え込んだとき——シェナはようやく、本題を口にした——



              ・・・・・
「わたしたちは、天使マリの、本当の子孫よ」


 今までで一番信じられない、言葉を。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.353 )
日時: 2013/04/10 00:22
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 …これは全て偶然なのだろうか。
 驚くより早くわたしは、そう思ってしまった。
「…えと。…発言、いいか?」
「何、改まって。——どうぞ」
 セリアスのよく言えば控えめな、悪く言えば情けない声色に微笑しながらシェナが促す。
「…“本当の”ってのは——“記憶の”じゃなくて、ってことだよな」
「ええ」
「…人間界で言う、家系を繋いでいく、ってやつだよな」
「そう」
「…つまり——」
 言葉に詰まったセリアスの言葉を、長い間ずっと黙り続けていたキルガが引き継いだ。
「…天使が、子を成した」
 にわかには信じがたいような声色で。
 チェルスは呆気にとられていた。二の句も告げない彼女の前で、シェナは銀髪をかきあげながら話を続けた。
「先に言ったように、これは代々の里長しか知らない話。
ずっと残され続けてきた手記があるの。——もちろん、天使マリが書いたものもね」
 ひゅっと、チェルスの喉が鳴った。シェナは少しだけ悩むと——「でも」と続ける。
「天使界の言葉みたいで、私たちも完全に解読できているわけじゃない。
それに、その手記は、貴女自身が読んだ方がいいと思うの。
——そこに、貴女が知りたがっていた、全ての真実があるはずよ」
 チェルスの震えた唇から、小さく息が漏れた。と、それは次第に声になってゆく——笑声。
「…なんだ…」
 よろめくように、バルコニーの手すりにもたれかかりながら。自分の目を隠して、小さく笑う。
「何だよ…無事だったのか。…はは…っ」
 くるり、とわたしたちに背を向けた。時々こぼれ出てくる声は、
何かがにじんでいた。鼻をすする音が聞こえてくる。
 …やっぱり、心残りだったのか。
 自分が落ちてから、そののちが分からなくなってしまった親友。調べても出てこない記録。
歴史からまで、存在を抹消されてしまったのか。一体どうなってしまったのだろうか。
分からない、ということは不安を煽る材料にしかならない。
 ——けれど、ようやく、分かった。
 望み続けていた、彼女の無事が。
 …ちょっと格好つけた物言いだけれど。わたしはこの時、思った。

 ようやくチェルスは、長い苦しみから、解放されたんじゃないかと——…。




 一人にさせてくれというチェルスの希望にこたえて、わたしたちは建物の中に戻った。
 それぞれの方法で、短い間に聞いた初めての情報を整理していると、シェナが思い出したように付け加える。
「…私たちが出会えたのはね」
 その一言だけで、思い出す。
「…あれは偶然じゃないわ。何かがひかれあったんだと思う。——特に、私とマルヴィナはね」
 ちょっと恥ずかしい言い回しに照れながら、シェナはわたしの肩を叩いた。
 覚えている。サンディと共に来たセントシュタインの街。
人間の旅の仲間が必要だろうかと悩みながら歩いていた道、
何かにひかれるように足を運んだ裏路地、そしてそこにいた彼女。
 偶然じゃない。必然だった。
「だってこれが偶然だったら、果実集めだってもっとすんなりいっていたはずでしょ?」
「それ同意」
「はは、確かに」
 苦労しながらも楽しかった日々が、ふんわりと甦る。
「天使の子孫だったんだ」
「うん。ラスタバがね。教えてくれたの。…まだ私は里長になる気なんてないのにね」
 ま、いつかはならないといけないんだけど、と溜め息を吐く彼女がなんだかおかしくて笑った。
「言われてみれば、人間界で銀髪って言うのはあんまり見ないな」とキルガ。
「目、金色だし。シェナって何か豪華だよな」とセリアス。
「それ褒め言葉? ——でも、天使界でも銀髪ってあんまりいないわよね」とシェナ。
「あ、それはそうだ」頷くセリアスの前でわたしは思わず苦笑した。
 キルガがどうかしたか、と聞いてくる。笑いが止まらないまま、
わたしは多分この二人すら知らないだろう情報を言葉にする。
「昔ラフェットさまに聞いたんだけれどね。…イザヤールさまって、凄く小さいときは銀髪だったんだって」
 少々——というにはちょっと長い時間をかけたのち、ふたりは絶叫した。
キルガは慌てて口を押えたけれど、セリアスは口をかぽーんって開けたまましばらく叫び続けて、
シェナに「だから、大人数のところで大声出さないっての!」とチョップを叩きこまれていた。
 まぁ、早いころから剃り上げちゃったらしいんだけれど、と続けたわたしの前で、
頭にたんこぶをつくった状態でかぱーん、とセリアスは口を開け続けていた。
「…想像つくか?」
「…いや。何分あの印象が抜けないもので——って」
 二人そろって真剣な顔で悩み始めたのちに、キルガがはっと顔を上げた。
「マルヴィナ、今——」
「マルヴィナー」
 その言葉を掻き消したのはラフェットさまの呼び声だった。あ、はい、と声をかける。
「ごめんちょっと用事。——何だった?」
 キルガの言いかけた言葉を聞いておこうと思って振り返ると彼は、いや、いいよ、と首を振った。
何だったんだろうとは思ったけれど、ラフェットさまを待たせるわけにもいかない。
じゃあ、またあとで。一度三人に別れを告げてから、小走りでその場を離れた。

「…気付いたよな」
「もちろんだ」
 シェナがそちらを見る。そこには、どこか安心したような、ほっとしたような表情の二人がいた。

「…今。ちゃんと、イザヤールさんの名前を呼んだだろ」
 セリアスの言葉で、シェナは気づいたらしい。
「立ち直れたらしいな。…今回のことからだけじゃなくて、あの日から」

 天の箱舟が襲われたあの日。
 わたしの中の何かが壊れ去ってしまった日。
 けれど、壊れても、別のものを創り出せた。


 それをきっと一般では、希望、というのだろう。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.354 )
日時: 2013/04/11 21:40
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 しばらくすぎてから、わたしは長老オムイさまの元へ向かった。
 さっきとは大きく違った様子のわたしに、近衛天使の方々は少し驚いている反面、
ほっとしてくれているみたいだった。心の中でチュランに大きなお礼をしてから、姿勢を正し敬礼する。
「神の国のことか」
「えぇ」頷く。
「わたしが出立を遅らせる原因になるわけにはいきません。天使皆の念願を背負っているのですから」
「——そうか」オムイさまは目を閉じ口元をゆるませると、天を仰いだ。
「…それでは、出立は明後日。おまえたちにも同行してもらいたい。…あとは、あの女性にも」
「チェルス…ですか」
「左様。…なに、儂がゆくというのに彼女が残るというのも奇妙な話であるだけのこと」
 あぁ、なるほど…と理解しかけて止まる。
…ちょっと待って? わたしにはその言葉が奇妙に思えたのだけれど——
 と、オムイさまがゆっくりと立ち上がる。
支えが必要かと動きかけたが、どうやらいらなかったらしい。
 わたしの疑問を察知したのかは定かではないけれど、オムイさまは
そのまま進み出て、着いてくるように促した。
 首を傾げるわたしを後ろにやってきたのは、天使記録書物室だった。



 そこにいる上級天使の皆さんに一時的に出るように言い、オムイさまは
杖の音を小さく高く響かせながら奥へ進んだ。初めて見る書物室に、はしたないとは思ったけれど
どうしても興味がわいてしまって見渡す。凄い量だ。
ここに、全ての天使の記録が書かれている——あ、キルガの名前見っけ。
 セリアスの名前は…と考えていると、それを見つける前に別方向へ曲がってしまった。
ごめん分かんなかったと、なんだかセリアスがここに居たら突っ伏して嘆くか
ちくしょーとか言いながら壁に正拳突きを叩き込みそうなことを考えながらついて行く。
外から見たらわからなかったけれど、妙に広い部屋だ。

「…今更だが、これは他言無用じゃ。…この先にあるものは、長老となった者にしか知らされぬことなのだ」
 わかりました、と答えたのち、そういうのばかりだな…と思う。
ドミールでも里長のみにしか伝えられないことがあった。案外知らないだけで、
一般の者には知らされない、特別な者にのみ受け継がれる秘密というものは
どこにでも転がっているのかもしれない。
 ありがちなのは王家だよなぁ、そう言えばフィオーネ元気かな、
グビアナってどうなったんだろう、また会いに行きたいな——そんなことを考えている間に、
ようやくそこに着いた。

 …棚の死角、鍵で厳重に閉ざされた小さな部屋。明りはなかった。
カンテラを持ってくることを忘れていたらしいオムイさまは、戻るか、と言い出したので、
わたしは一つだけあった燭台を前に炎の気を集め、小さな火を灯した。
「魔法、か…もしかすればおまえたちは、もうこの天使界で
誰にも負けぬほどの強さを持っているかもしれぬな」
「わたしなんてまだまだです。剣しか取り柄がないですから」
 ともかく、わずかながらも明るくなった部屋で、オムイさまは一冊、
薄くもなく厚くもない古めかしい書物を取り出してわたしに手渡してくれた。
中を見たい衝動に駆られたが、さすがにここまで厳重に管理されていた物を
安易に覗かないだけの常識と我慢はある。
これは何の書ですか、という問いに、「チェルス殿が知りたがっていることが書かれている」と
少々遠まわしに言った。
 …“騎士”のことだ。確信して問うと、オムイさまは驚いたようにわたしを見たのちに頷いた。
話を聞いたことを察知したらしく、読む許可をくれた。
 少し落ち着きを取り戻してから、そっと、まるで壊れ物を扱うかのように、
本当にそっと、それを開く——…。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.355 )
日時: 2013/04/11 21:45
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 ——初代長老エルーファの名が乗っている。が、これはどうやら三代目長老の書いたものらしい。
その筆跡を見てわたしは思わずぞっとした。
 忌々しい、という感情を必死に抑え込むかのような跡。時の流れによる影響だけではないのだろう、
たくさんの折れ曲がり線、汗の黄ばみと、よれよれになった羊皮紙。
言うまでもなく、天使界にとって異端の存在、“騎士”のことが、これ以上ないほど酷く記されていた。
 ただ、事実とは少々異なっていた。“騎士”は、正式に創造神グランゼニスさまからその名を与えられて
生み出された集団だけれど、これには人間を快く思わない者たちの集まりが“騎士”である、と書かれている。
読書をそう好むわけじゃないわたしがここまで吸い込まれるように読んでしまったのは、
書いてあることがあまりにも深く胸に突き刺さってくるからだったのだろう。
 …夜闇が辺りを支配し始める頃、曝された“騎士”の存在。
よく言えば勇気があり、悪く言えば無鉄砲なとある守護天使が、これより以前から
滅多に姿を見せなくなった“騎士”たちの会議を聞いていたのだという。
前々から怪しまれていた彼らの存在にいい加減な噂ばかりが立ち、
必要以上に大袈裟なほどその存在を悪とされていた。
 そののち彼らは度々尋問され、責め立てられ、とうとうチェルスと同じ道を
辿ることになってしまったという——生死は、何も書かれていないことから不明なのだろう。

「…これを、チェルスに届ければいいのですか」
 ちょっぴり震える声で聞いたわたしに、オムイさまは頷いた。
「我々が持っていても仕方のないもの…望まれるのならば彼女に差し上げても良いが…
こんなものを受け取るいわれはないな」
「…確認してみます」そうかもしれないなとちらりと考えて、そう答えた。
「…オムイさまは、チェルスをご存じなんですか」
 迷いも間もなく、すぐに頷かれた。「後の方にな。書いてある」
 “騎士”の中にたった一人、既に処刑として天使界から落ちた者がいるという——
そんなことが書いてあった。
    ブルーオーシャン・アイ
 闇髪に、蒼海の眸を持つ者——特徴まで書かれていたが、そのおかげで誰かは一目瞭然だった。
「…正直な。初めてお前を見たとき、少々驚いたものだ」
 初めて、の言葉に戸惑ったのち、自分が天使界に送られて間もない頃を話していることに気が付いた。
…よく覚えている。やはり異常な時期に送られたからか、天使たちがたくさん集まっていて。
夜になりたての空だったから、建物の中からこぼれる光の影響もあってみんな真っ黒だったから正直怖かった。
…実は幼少のトラウマだったりもするが、それは言わないでおこう。——あれ、言っちゃった?
「あの書物を眺めていて間もない頃だったからの。…まさか数千年の時を超えて、
その天使が我らのもとに戻ってきたのではないか——そう思ってしまったのだ」
 すぐには答えられなかった。…あながち間違いじゃないかもしれないな、と思ったので。

 …話しておくべきだろう。おそらくオムイさまは、少なくともわたしとチェルスには
弱くはない関係があるものとみなして、これを見せてくれたのだと思う。
長老のみにしか閲覧を許されなかったという、この書を。
ならばこちらも、それに見合うだけの情報を提供するのが妥当というものだ。
 わたしは、チェルスたちが時間をかけて話してくれた自分たち三人のことを、
順に整理しながら伝えた。チェルスとの関係性。天使界から落ちて、三人ともが翼と光輪を失った理由。
そして、わたしは、創造神グランゼニスさまによって創られた生命ではないということも。
 ——言うなれば。“騎士”とは別の意味で、わたしは“天使”じゃなかった——のかもしれない。
簡単に認められる考えじゃないけれど。

 大体のことを話し終えて、静寂が落ちた。少々居心地が悪くなる。長く話したのちの沈黙は痛い。
少し迷って、「…と言うわけです」と、多分先程の話の終わりに言った言葉と
同じことを言って間をどうにか埋める。
「…そうか…」
 短く声をあげたきり、オムイさまはまた黙ってしまった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.356 )
日時: 2013/04/11 21:50
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 …困ったことに、ますます気まずい雰囲気になってしまった。
 会話を繋ぐべきかそれとも沈黙を守るべきか悩んで、とりあえず何か動いて時間を稼ごうかと、
もう一度書物を読もうとした時だった。
「——イザヤールはな」
 不意にとびだしてきた師匠の名に、少なからず驚いたことを自白する。
はっと顔を上げたと同時に、書物を広げようとした手も止まってしまった。
「決して弟子をとらず…師匠になることを拒み続け…怯えておった」
 ——怯え? いつも真面目で堅くて堂々としていて、ちょっぴり厳しくて、でも時々優しくて、
そんな彼に似合わない言葉に首を傾げた。

「…あいつの師匠——『大いなる天使』エルギオスを知っておるか」
 迷わずに、はい、と一言答えた。彼に憧れていたラフェットさまからも聞いた。
彼を捜し続けるラテーナからも聞いた。
「…イザヤールがまだ守護天使にもなっておらぬ時に、行方をくらましたきり、戻ってこない——
おそらくあいつは、自分の弟子が師匠のように消えてしまうことに怯えていたのじゃよ」
 そこまで言われて、ふと思い出した。
 ラフェットさまも、初めてエルギオスさまのことを話してくれた時に、
似たようなことを言っていた気がする。


——“ …イザヤール、恐れてたんだよ。マルヴィナまで、もう戻って来ないんじゃないかってね。
   人間界に降り立った天使はみんな戻って来ないし、あいつにまで何かあったら
   まずいって思ったんだけど…ダメ。言っても聞かないんだよ。
   あいつ、見かけによらず弟子思いだからさ ”——


 …何で彼を疑ってしまったのだろう。
 百何年、彼の弟子になって。ずっとお世話になっていたというのに。
 彼が起こす行動には、必ず何か意味がある。そう、知っていたはずじゃないか。

「…おまえの師匠になることを言い出したのはイザヤール自身じゃ。…他の者に言われたのではなく、な」

 身じろぎもしないまま、わたしはずっとその話を聞いていた。
 何も知らなかった、陰に隠れていた出来事。

「無論、我々は皆驚いた。ずっと弟子をとらなかったはずのあいつがまさか
そんなことを言い出すとは思わなかったからな…皆、何があったのだ、本当に良いのか、
何者かも定かではない少女だというのに、と問うたほどじゃ」
 あ、やっぱりそう思われていたんだ。って、思わず苦笑した。
今はもうどうってこともないけれど、やっぱり昔は奇異なものを見るような周りの目つきが怖かったから。
 けれど。彼はそこで言ったらしい。

——決意したまでです。天使を弟子にとるのは当然、なのでしょう。

 何を今更、なんて言われそうな言葉だったけれど。
 わたしは天使である、と。そう、はっきりと言ってくれたのだという。

——私があの少女を、守護天使にしてみせます。

 言葉の通り、強く決意した、そんな声色で。


 …思わず唇を噛んだ。目を閉じて、気持ちを落ち着かせる。
…何も考えていないわけじゃなかったけれど、何の言葉も思いつかなかった。思いつけなかった。
「…お前は天使だ。そして、紛れもない、守護天使だ。——あいつはまだお前には早すぎると言っていたが、
本当にそう思っているのなら何が何でも否定する。なんせ儂が言っても
何十年も弟子をとらなかった男だからな。…内心では、認めていたのだろう」
 何故なら、嬉しいとか、感動したとか、そんなのじゃなくて、
もっと強くて、もっとあったかい感情が流れてきて、だからこそ言葉で表せなかったから。
「…どんな姿になったとしても、どんな出生であったとしても——
お前たちは天使で、そして帰るべき場所はここじゃ。…忘れるな」

 唇を無理矢理引き締めて、真面目な表情をつくった。
はい、と、今までで一番大きな声をあげて、敬礼する。


 けれど実は、誰が見ても笑っている表情だったというのを、わたしは知らない。