二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.357 )
日時: 2013/04/13 17:11
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

       4.<キルガ>



 —— 一体何をしていたんだろう。
 マルヴィナがラフェットさんに呼ばれた後、二人の元を同じように離れ、
今は閉ざされた“星の扉”の前の長椅子に腰を下ろした。
 高い天井を仰ぎ、唇を結んだまま目を細める。口を閉ざしているのは、
そうでもしなければ溜め息を吐くのは確定だからだ。目を細めたのは…まぁ多分癖だ。
 その格好を保ったまま無駄に時間が流れた。
結局小さな溜め息を吐いてしまったことにこの時は気づかなかった。

 …本当、一体何をしていたんだろう。もう一度、思う。そんな自分自身に、嫌気がさしながらも。
 肝心な時に何もできない性質だということを、自覚していた。          サッキ
人間界に落ちたときだって、誰かが危険にさらされたときだって。それだけじゃない、先刻みたいな、
シェナとチェルスの対峙だって、どこかで圧倒されて、何も言えなかった。
シェナがチェルスに挑んで、セリアスが強く諭して。マルヴィナが、温かな言葉をかけて。
だというのに、自分ができたことと言えば、理解できた話に対して答えただけだ。

 …あのときだって。

 声を張り上げるだけで、何もできなかった。
叫ぶだけでは、人を救えない。マルヴィナが箱舟から落ちてしまったときに、学んだはずなのに。
なのに、同じことを繰り返すだけで、救えなかった。
何の得もないのに助けてくれて、世話を焼いてくれて、騎士道について教えてくれた、恩師を。
 記憶にあるよりもずっと静かなその場で、また更に時間が過ぎてゆく。
立ったとしてどこに行く当てもない。座っていてどうにかなるという確証もないのだが、
ただ何かが起こればまた動くのだろうな——と思うと、自分からは何もしないというこの状況が、
『何もできない』原因なのではないかと考えてしまう。
…考えることはできるのに。だったら何故、いつも動けないのか——…。


 ひょい、と、その時一つ暗い影がどこともつかぬ場所を見ていた視界を遮った。
その影に二つ大きな薄紫の目がくっついている。思わず目を瞠って、現状理解に少々時間を費やしたのち、
驚いて短く大きな声をあげた。…その拍子に少々仰け反った気もするから、
もし座っていたのがただの軽い椅子だったらひっくり返っていたかもしれない。長椅子で良かった。
 その目が離れ、次いで哄笑が静かな空間に響き渡る。言わずもがな、セリアスだった。
「やー、驚いたなキルガ。驚き方まで様になるな。ちくしょぉぉぉぉ!!」
「イヤ待て何で怒ってんだよ!」「理不尽すぎるー!」
 いつもの調子、いつもの安心感をもたらす笑顔の後に何故か悔しがられた。…何だったんだ一体?
 謎の親友から視線を外し、彼より前に出ながらセリアスの言葉に意見した天使たちを見る。
声を聞いた瞬間に分かった。幼なじみたちだ。
 右からアレク、フェスタ、ラフ、カルテ、リーラス。
後ろにはチュランとリズィアナ。皆、僕らが天使界に送られてきた四年後、
いわゆる『正常時期』に送られてきた天使たちだった。…あ、シェナもいた。
「…今私のこと気付いてなかったでしょ?」しかも気付かれた。
 答える前にチョップが飛んできて、咄嗟に避けたものだから、今は後ろにいる形となったセリアスに直撃した。
   ・・・
 未だ何かに怒っていたセリアスは相も変らぬ奇妙な絶叫の後撃沈する。
おー、とアレクとラフが何故か拍手を送っていた。
「あ、ごめん」
 反省っ気のない声をあげて、シェナは何故かそのまま戻ってゆく。…良かったのか? これで。
「さっきおれらが脅かしたらさ、すっげビビって叫んだんだよコイツ」セリアスを指しながら
にやにやと笑って言ったのは上級天使候補アレク。
「で、リズィーが恐ろしく素直にその驚き方を指摘したモノだから」チュランと同じく、
上級天使候補及び司書見習いのリズィアナの通称を呼んで説明を繋いだのは、上級天使候補リーラス。
リズィアナとは恋仲であり、その所為か多くの天使から御苦労リーラス、とも呼ばれていたりするが、
本人にしてみればそうでもないらしく、意に介さない様子だ。
「だって面白かったんだもん。そこの三人——」指したのはアレクとフェスタとラフ。
フェスタはあのエルシオン学院の守護天使候補だが本人は多分俺以外の奴がなる、と言っていた。
ラフはアレクと同じで上級天使候補だ。
「——が揃ってビビらせてさ。そしたらいきなり『ほぎゃーーーーーー!』だって。
ほぎゃーだよほぎゃー。超笑った」
「ちょっおまっ」早くも回復したセリアスが慌て止めようと騒いだが、
「ついでに石みたいに固まったまま横に傾いた揚句ひっくり返った」という、上級天使候補カルテの
清々しいまでの無視した言葉で一気にまた撃沈した。…感情の忙しい奴だな。今更だけれど。
「あー、確かに前よりかはちょっとこさ格好良くなってるかもね。女が騒ぐわけだ」
 シェナと話していたチュランが遠くで頷いている。…何の話?

 ともかく、一気に幼なじみたちが集まってきたところを見ると、
セリアスがここまで連れてきたということらしい。…再会の仕方はともかくとして。
「たく、お前まで元気無くしてどうするよ。久々に帰ってきたんだからさ」
 彼らの近くへ歩きながら、セリアスは七人とシェナには聞こえないくらいの小声でそう言った。
すまない、と少し笑いながらも、複雑な思いだった。セリアスはすぐにこういうことに気付く。
気付くだけじゃなくて、そのあとの、場合に応じた行動までできる。

 …本当に、羨ましかった。こんなことを言うとこいつは、笑うだろうけれど。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.358 )
日時: 2013/04/14 01:08
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 彼らの前まで歩を進めると、いきなりアレクは腕をつついてきた。
「聞いたぞ、スゲーじゃん! 今や世界の守護天使並みの活躍! ってさ。くぅー、シビれるー!」
 天井に向かってガッツポーズをするアレクを、フェスタがつついたというには強すぎる力で押した。
「何言ってんだよ。世界の守護天使って誰のこと言ってんのか分かってんのかよ」
「しらねーよ!」
「イザヤールさんだよこの知ったかぶり!!」
 フェスタは凄い勢いでアレクの腹部を殴りつけるが、昔から変わらない光景なので誰も止めず、
今や勝手にやっていろという雰囲気だ。ちなみに僕も例外ではない。
「へぇ、イザヤールさんって、そんなに凄いの?」唯一彼をそんなに知らないシェナが
隣にいるチュランに尋ねた。——が、それに答えたのはリズィアナだ。
「凄いに決まってんじゃん! マルヴィナのお師匠さまだしー、頭いいしー、オムイ様からの信用
めっちゃ厚いしー、カッコいいしー、ちょっと厳しいけど優しいしー、世界中をまわってるしー、」…等々
イザヤールさんのことを語らせたら止まらないリズィアナの機関銃説明。シェナが驚いて仰け反った。
「シェナちゃんを困らせるなボサボサ頭!」
「ボサリズィー」
「あんたら表に出ろぉ!!」
 すぐさまアレクとラフの守護とリズィアナの絶叫。珍しくシェナは困ったように笑っていた。
ラフが逃げたため、アレクが怒りの餌食になっている。…さっきから殴られてばかりだな、アレクは。
「でもま、なんてーかさ」アレクの相手をリズィアナに任せ、フェスタがぱしっ、と肩を叩いてきた。
昔は冗談でもそれだけでかなり痛かったのに、今は何ともない。
「何か不思議な感覚だよなぁ。ついちょっと前まで、よく一緒にいて競ってたってのに、
今じゃいろんな人間助けてんだろ? 何か俺まで鼻が高いってかさ」
 短く笑声をあげながら、フェスタは鼻の下をこすった。昔からの癖だった。
彼らは変わらない。けれど、自分たちはこの短い間で、かなり変わった。
…不思議な反面、少しだけ遠のいてしまった感覚もある。
 ラフがやれやれと肩をすくめながらフェスタの横に並ぶ。…何か妙なことを考えている顔だった。
「お前、人間界じゃそれを“狐の衣を狩る虎”って言うんだぞ」
「逆じゃない?」「三ヵ所違う」「それはおかしい」
 シェナ、カルテ、僕の順に、けれどほぼ一斉に指摘する。
格好つけたはずが格好悪いところしか見せられなかったラフだが、シェナにまぁまぁ、と目尻を下げつつ
芝居めいた笑い方をしている。妙に顔を強張らせたままセリアスが一歩進み出たと同時、
カルテが横からラフの首根っこを掴んだ。
「『虎の威を借る狐』だ。衣でもないし狩りもしない。使い方も微妙に違うし」
「苦しいな! なんだよ、虎だってたまには狐の恰好したいって思うだろ!」
「とりあえず黙れ」
 相変わらずだな、と思わず苦笑した。
人間界にいる時のように武具を纏っていないと、まるで自分は天使の姿に戻っていて、
変わらぬ生活を送っているような気がしてならない。
 …けれど、以前は彼らのこの騒がしい会話ですら気にならないほど賑やかだったここは、
今では大声が響くほど閑散としていて、哀しいほど静かだ。
床に入っている亀裂は一本二本の話ではない。こんな調子でも、彼らだって本当は辛いはずだ。
未だ戻ってこない天使だっている。ずっと元気でいられるはずがない。

 ——辛いのは自分たちだけじゃない。悩んでいるのは自分だけじゃない。
ここにまた賑わいを取り戻せるのは、きっと僕ら四人だけだ。
…僕にはまだ、できることがある。落ち込んでいる場合じゃない。
 気づかず拳を握りしめていた。ところで、とリーラスが声をかけてくる。
「マルヴィナはどうしたんだ? …さっきから姿が見えないけど」
「ラフェット様のところ」チュランがずれた眼鏡を人差し指の第二関節で上げながら答えた。
「…あいつやっぱまた強くなったか?」剣術仲間でもあったフェスタが少々声を潜めてセリアスに訊ねたが、
小声にした意味もなくしっかりと聞こえている。
「あぁ、大分」
「やっぱかー…」ぴしゃっ、と音を立てて額を叩く。その拍子に
トサカみたいに立った髪の毛までしおれたように見えたのは気のせいか?
「や、でも、そんな変わんないっしょ。最後に会ってからまだ二年しかたってないんだし」
「いーや、その二年間でキルガがまたカッコ良くなってんだからマルヴィナだって変わってる。絶対」
 アレクとリズィアナの妙な真剣な会話。…さっきまで殴り合いしていなかったか、この二人。
 唯一マルヴィナと既に会ったらしいチュランは少々唇の端を持ち上げながら黙って聞いている。
僕らはつい顔を見合わせた。…リズィアナの意見は正しい。確かにマルヴィナは、
この二年間で外見や印象がかなり変わったように思える。けれど、どういえばいいかが分からず、
結果皆何も言わなくても大丈夫だろう、と判断した表情をしていた。
「…しばらくしたら来ると思う」
 結局、アレクの問いに答えたチュランの言葉に補助を入れるだけにした。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.359 )
日時: 2013/04/13 20:54
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「ねぇ、今更だけどさ。マルヴィナって、イザヤールさんに会えたの?」
 リズィアナの何の気なしのその言葉に、思わず僕らとチュランは凍りついた。
…そうだ。皆は、知らないんだった。…師弟の間に起こった、その出来事を。
 マルヴィナはその落ち込みから何とか回復したみたいだけれど、だからと言って
軽々しくあのことを話していい理由にはならない。答えに窮していると、シェナが助け船を出してくれた。
「…いつも一緒に行動しているわけじゃないから…ちょっと分かんない」
 会ったとも、会っていないとも言わない、曖昧な、けれど今は最適な答え。
シェナはそっと僕らに目配せした。小さく頷く。チュランも理解してくれたのか、何も言わなかった。
「会えてるといいけどな」カルテがぼそりと呟いた。
「なんかね。ずっと前、イザヤールさんが女神の果実を届けに来てくれたんだけど」
 どうやら、マルヴィナと共に果実を捜していたという彼の嘘を皆知らないらしい。
だからこそ、イザヤールさんに会えたのか、と聞いてきたのだ。
「何ていうのかなぁ。いつもより追い詰められたような顔してたんだよね」
「追い詰められたって…」
「普段はそんな表情してないだろ」
 リーラスとカルテの冷静な言葉を黙ってなさいの一言で封じると、リズィアナは再び考え込んだ。
「で、マルヴィナとなんかあったのかなぁ? って思ってさ」
「聞いてみればいいじゃん」ラフの言葉に、つい慌てた。
 それはやめておいた方がいい。何か適当な理由を考えてそう言っておこうとして、

「チュラーン! リズィー! アレクにフェスタに、ラフ、カルテ、リーラス! 久しぶりー!」
 …本人が来てしまった。




 イヤ待て何で今、と額をおさえるチュランを除いて幼なじみたちがそちらを向き、そして、
「なっ…マルヴィナぁっ!?」
 …示し合わせたのではないかと疑うほど見事に同時に言った。「なっ…」までもだ。
                   ・・・・・・・
 走り寄りながらぶんぶん手を振ってくる大きく変わったマルヴィナを見て、
目をこすったり口を開けたままだったりする彼らの様子から、恐らくイザヤールさんのことは
頭から抜けてしまっただろう。…結果オーライ、というのはこういう時に使う言葉だろう。

 焦りが抜けて、彼らの様子が確認できる余裕ができた。セリアスもそれは同じで、
両手を頭の後ろで組んで笑っている。セリアスも人間に似てきたなぁ、と頭の端で思った。
基本、天使は手を頭の上に持ってゆく習慣がない。光輪があるからだ。
やはり、たった三年と少々とはいえ、人間界という別世界で過ごしてきた影響は強く出てしまっているのだろう。
 マルヴィナも同じで、大分人間の影響を受けつつある。恐らくそれも、
この短期間で大きく変わった原因だろう。そんな彼女を、アレクとラフは口を大きく開け、
フェスタは凄い速さで目をしばたたかせて見ていた。
この三人に比べてそう騒がしくもないカルテとリーラスですら驚いている。
チュランは諦めたような笑顔になり、リズィアナは何を思ってかガッツポーズをしていた。

 最後の一歩を小さくして、マルヴィナは軽やかな動きで幼なじみたちの前まで来ると、もう一度笑った。
昔のような、幼く見えた笑顔と違って、淑女然とした穏やかな笑顔。…確かにかなり変わっている。
「赤いわね」シェナがくすくすと笑いながらチュランに言い、
「ま、ちょっとは予想してたけど、ね」チュランも片目を瞑りながら彼らを眺めていた。
「みんな変わんないなー。まぁ、まだ二年だしね」
 …マルヴィナが言っても説得力がないと、恐らく彼女以外の全員が思っただろう。
反応に困り切って動けないリズィアナ以外を見て、マルヴィナは小さく首を傾げる。
「…どうかしたのか?」
 …自覚のない言葉ほど恐ろしいものはないなとも思っただろう。
「何でもないって!」リズィアナがぽん、とマルヴィナの肩に触れた。
「何さマルヴィナ。前より可愛くなっちゃって」
「そうなのか?」
 …自覚のない、以下は略する。
「うんうん。絶対。だってさぁこいつら、絶対今マルヴィナのこと」
「だぁ言うなリズィーーー!!」アレクが絶叫し、
「今なら間に合う! 今なら間に合う頼む言わんでください!」フェスタが懇願し、
「リズィー、リズィアナ様。俺ら全員何でも言うこと聞くからっっ」ラフが口走り、
「何で俺らまで含むんだよ」カルテが嘆息する。
 …哀れラフ、その指摘でようやく気付いたらしい。リズィアナは裏のある笑顔になる。
「よぉし契約成立。チュランとリーラス以外全員言うこと聞きなさい」
 阿呆、と言われながら、三人、特にカルテから殴られる始末。
 かわいそーに、とけらけら笑うセリアスにアレクが半眼を送る。と、フェスタが動いた。
「お前も道連れじゃあ!」セリアスの襟首を掴んで引き寄せつつ。
「ちょっ待て何で俺まで!」
「契約成立。セリアスも」
「イヤちょっと待てぇおいキルガ助けろっ」…とりあえず無視した。
「やっぱり相変わらずだなー」マルヴィナが変わらない笑顔で言った。
「赤いわね」シェナがくすくすと笑いながらチュランに言い、
「赤いね。キルガ」チュランが——え、僕?
「で、本命は?」リズィアナのからかうような声が聞こえてきた。…待て、一体何を聞いているんだリズィアナ!?
「ほんめい?」
「だ・か・ら! 誰が好きなの? ほら、言っちゃう言っちゃう」
 ここでいつもみたいないまいちよく分かっていないときの返事が来る——はずが、
その言葉を聞いたきりマルヴィナは黙ってしまった。…え、本気?
 騒ぎながらも、アレクたちはマルヴィナたちの会話に耳を傾げている模様だ。
ちょっと待て、何でこんな話になった?
「んー…」マルヴィナの唇が動き、一瞬だけ間ができ——「みんな」と、聞き逃しそうなほど
あっさりとその答えを言った。…誰もが納得する答えを。
「…ハイ? …今、なんて言った?」…あ、ひとり納得していなかった。
「みんな」
 もう一度そう言うマルヴィナを前に、リズィアナは「あー、そう。そうだよねーあはは」と、
誰が見ても落胆と脱力と期待外れの呆れに表情を支配されて手のひらを振った。
「肝心なところは変わってなかったか…」
「マルヴィナだもん」
 これ以上ないほど適した答えを言って、チュランはマルヴィナに笑った。
 と、シェナが僕の肩をつついた。何か用事かと振り返る——あのくすくす笑いがそこにあった。
「赤いわよ。キルガ」
 …それはもういい。