二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.362 )
日時: 2013/04/15 23:22
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 …何だかんだと言ってしばらく過ぎれば、皆それぞれの仕事やその他諸々に移ってしまい、
あの騒がしくも楽しい時間は終わった。
 セリアスは既に睡魔の誘いに乗った。シェナも恐らく寝てしまっているだろう。
天使は人間よりずっと長く起きていられるが、眠らないわけではない。
こなす仕事がないのなら、ある意味時間潰しという意味合いもあって睡眠をとる。ひっそりとした夜。


 …故郷に帰っても、寝つきの悪さは相変わらずだった。身体を起こして、前髪を少々掻きむしる。
セリアスのいびきはやはりうるさかった。…布団から足がはみ出ている。
 とりあえず、その布団を引きはがしてちゃんと全体にかけてやった。
かける、というよりかは叩きつける感じになってしまったが、この程度では起きないので問題ない。
外套を羽織り、外へ出る。…何で扉越しなのにいびきが聴こえるんだ。


 眠れない時はとりあえず外に出る、ということがいつの間にか習慣となってしまった。
まっすぐに、一階のバルコニーへ出ても良かったのだが、そんな気分ではなかった。
少し足をのばして、二階へ上がる。長老の間の前の扉を抜け、逆方向へ歩を進める。
蔓草模様の扉を開くと、生温い夜風が外套の裾をはためかせた。
 完全に締め切るまで扉を見続け、顔を上げてはっとした。
 今、視界に入った者。間違えようもない。上への階段の脇で座り込んでいるのは、マイレナだった。
こんなところで寝ているのか、それとも時間を潰しているのか、考え事をしているのか。
そこにいる理由は定かではなく、またそれよりも心中にあの時のことが蘇ってきて、
他事を考えられなくなる。知らずうちに拳を強く固めていた。静かに、背を向けている彼女の方へ歩いてゆく。
そのあとに何をするわけでもなかった。ただ、本能のままに動いてしまったのだ。
 こちらに足音はなかった。相手は隙だらけだった。
もしここで彼女が敵から襲撃されたとしたら、絶対に避けられないだろうという程、

「っ!!」

 思わず、驚いて息を吸い込んだ。
 目を瞠るしかなかった。あと数歩、という距離で。取り出したことに気付く間もなく、
眼先に槍の穂先を突き付けられていた。—— 一瞬の、ことだった。
 マイレナは動けない僕を一瞥すると、「襲われる趣味はないよ」と、変わらず軽い口調で言った。
「…こっちもそんなつもりはありません」
「殺気剥き出しにして来た奴の言葉か、それが」
 呆れたように笑い、穂先を一度天に向けてから右に下ろした。
そのまま左へ半半回転し、胡坐をかきながら横目で見上げてくる。「何だ、イケメン君か」
 何とか先程は気力で反論したけれど、今はもう圧倒されて口もきけなかった。
彼女の霊気にではない。あの、一瞬の早業に。その、格の違いに。
「何か用? ——だよね。こんな時間帯に訪ねてくるくらいなんだし」
 用事があって来たわけではなかった。偶々外に出たら、見つけた程度だったのだから。
…けれど、来た理由にはならなくても、用がないわけではなかった。
「やっぱ、あの人のこと?」
 答えられなかった。奥歯を噛んだまま目をそらすと、「ま、座ったら」と促してきた。
少し躊躇いつつも、距離をとって地面に座す。
「そんな警戒しなくても。あれはただの癖。…反射神経、って言った方がいいのかね」
「…気付いていたんですね。隙だらけだったのに」
 マイレナは笑った。「隙のない奴には負けないよ」——どういう意味だろう?
 胡坐をかいたまま上半身を後ろに傾け、マイレナは両手を地面について天を仰ぐ。
 対照的に僕は前かがみに、片足だけを抱え込んで欄干を見ていた。
 …何から話せばいいのか。何から言いだせばいいのか。
 勝手に先走りそうな幾多もの考えを、必死に抑え込みながら。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.363 )
日時: 2013/04/16 00:31
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「恨んでる?」不意に、そう聞かれた。
「…いいえ」少し間を開けて、冷静に、気持ちを落ち着かせてから短く答えた。
「…あの状況では…仕方なかったことだと思います。逆の立場だったら、僕だって同じことをしていた」
「そ」
 マイレナはもう少し、頭を後ろに傾けながら、更に短く答えた。
「…納得できなかっただけなんです。結局は、肝心な時に動けなかった僕自身にも原因があるのに、
認められなくて、誰かのせいにしてしまった」
「…以前にも、おんなじことがあった、って口調だね」マイレナのさりげない言葉は知らず知らず、
ぐさりと心臓を突き刺されたような気分にさせた。もちろんこれは相手が悪いのではない。
そう感じ取ってしまったのは、こちらなのだから。
「理想と現実の差はそれこそ天と地だよ。月並みな表現だけどね」
 胡坐を解き、座ったまま伸びをしてから、話を続ける。
「限界のない生物なんていない。天使だって完璧じゃないんだ、できることとできないことがある。
…話は聞いてるよ。何でもアリの天才君だったんでしょ?」
「…たまたまです」自分ではそんなことを考えたことはない。ただ、守護天使になるための勉学に励んだだけ。
何も特別なことをしたわけじゃない。だから、周りからのその過大評価は、僕にとっては苦しかっただけだ。
「でもま、現にそう言われてきたわけだ。…言葉じゃ否定するかもだけどね、
もしかしたらその要領のよさでいろんなことを成功させてきた影響で、どこかで自分自身に
期待をかけ過ぎたのかもしれない。——気付かないだけでさ」
 相変わらずあっけらかんとした口調なのに、その言葉の重みの方が強かった。
あるいは、その口調でいるからこそ、言葉がはっきりと染みこんでくるのだろうか。
「自分をね。評価しすぎちゃだめだよ。もちろん、全くしないのもだめだけどさ。
何かができなかったとき落ち込むのは、自分がそれをできるって、根拠のない考えを
知らないうちに信じているから。できないことはできない。辛いけどね」
 …それとも、敢えてその口調にしているのは、過去の彼女に思い当たることがあったからなのだろうか。
相槌すら打たなかったけれど、聞いていないわけじゃない。
「一発で何もかもできるようにはならない。できないからこそ、できるように何度も失敗を重ねてゆく。
…ウチはそうやって強くなったんだ。何十回も失敗して、それでようやく、少しずつ何かができるようになる」

 風が一つ吹いた。何も運ばない、静かな風。
 マイレナはこちらを一瞥すると、印象のなかった微笑を浮かべる。

「あんたよりは年下だけれど、あんたより長く生きたマイレナ姐さんからのありがたい言葉。
できると信じて落ち込むことがあるなら、できないと思って頑張って、できたときに喜べるようになればいい」

 …つかめない人だった。あんなに気の抜けた表情で、発言で、行動で、
チェルスにその暴走を止められているマイレナと、今ここで妙に説得力のある話をしているマイレナ、
どう考えても一致しない像なのに、疑うことなく同一人物だと思える。
賢者だったと、チェルスやマルヴィナ、本人からも聞いた。
初めはまさかと疑ったが、こうやって話を黙って聞いていると納

「あ、生きてないか。“未世界”で過ごしていただけだしなー。
生きてたわけじゃないな。んー。…どう表現したらいいんだろ?」
「…はぁ?」

 虚を突かれて、自分でも驚くほど間抜けな声で問い返してしまった。
…何故そこでいきなりあの気の抜けた像に戻るんだ。…やはりつかめない、この人。
「んー、まいっか。あんま細かいこと気にするとハゲるし」
 …なんだかどこかで似たような言葉を聞いたことがある気がする。
…セリアスがそう言われていた記憶がある。…今は関係ないが。

 とりあえず、まだ自分の中で素直に成程と完全には思いきれていないにしろ、
良いことを教えてもらえたことには感謝しておきたかった。…礼を言うべきか。…礼?
 礼というよりかは、感謝の言葉か。了解の言葉か。…何と言えばいいのだろう?
 少し考える時間をとって、

「…あ、そだ。そういや、キルガってマルヴィナのこと好きだよね」

 吹き出した。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.364 )
日時: 2013/04/17 23:17
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「ちょ、ちょっ待ってくださいちょっと待ってください!」
「何で二回も言った?」
「こちらとしては何ですかいきなりですよ!」思わず大声を出してしまったことに気付き、
人差し指の関節で口を押える。夜だった。大声は迷惑以外の何物にもならない。
「で。で。どうなの。好きなんだよね。ほら吐け。田舎の母ちゃんが泣いてるぞ」
「いません。なんでいきなりそんなに話が飛んでいるんですか」
「んな? いつもこんなんだよ。やー、よくチェスにもツッコまれてたなー。
話いきなり変えんなァ! って。無理無理。話したいことができりゃ言うってのが筋でしょ」
 …本当にこの人は賢者なのか? …疑いを解いて間もないというのに、再び初見の印象が舞い戻ってくる。
「…ストレス溜まらなさそうですね」
「それ、アイにも言われた。流石継嗣。——で、どうなのそこんところ」
 必死に話を逸らしているのに喰いついてくる。こういう時にこそ話題を変えてくれよ!
 結局観念して、「…そんなに分かりやすいですか」と、はいともいいえとも言わずにそう聞いた。
…ほぼ『はい』と言っているに等しいことにはこの時は気づかなかった。
「いや、ちょー分かるよ。誰か見る時多分四、五回に一回はマルヴィナ見てると思う」
「えぇえ!?」思わず大声を出してまた口を塞ぐ。
駄目だ、こういうことを話されるとどうしても動揺してしまう。…平常心。平常心戻ってこい。
「ごめん適当」適当かよ!
「でもま、分かりやすいっちゃ分かりやすいね」
 やはりそうなのか、と今更ながらに頬に熱を感じる。何度もこう言うことがあったのに、慣れない感覚。
…決して慣れることはない、これを、恋というのだろうか。
——分からない。けれど、これは分からなくていいことなのかもしれない。
「キルガは聖騎士だったよね?」マイレナが尋ねてくる。…何ですかその妙な凄い笑顔。
「もしかして、あの子のこと守りたかったわけ?」
 何でそう直接的に聞いてくるのかなぁ、と顔を逸らしつつ、「原因を作ったにすぎません」とだけ言った。
今この状況ではまともに名前も呼べなかった——と思う。
「いざという時、誰かを守れるように——彼女ももちろんですが、今守るべき者は、仲間皆です」
「ん。…それが弱点にならないことを祈っとくよ」
「——?」まただ。また、真剣な謎の言葉を言った。…どういう意味なのだろう。
『隙のない奴には負けない』——その意味も含めて問おうとした、時にまた先手を取られる。
「まぁねぇ。結構大変そうだね、あの子を好きになるのは。気付いてもらえてないっしょ」
「………えぇ、まぁ」待て、今更だが、何でこんな話になったんだ? ——なんてこの人に言っても
仕様がないのだろうけれど。「というより、そう言うことは彼女、知らないんでしょうね」誰もがそう言う。
こういうことについての知識は彼女からは欠落しているのだから——


「…そんなことはないと思うけど?」——不意に、あっさりとしたように聞こえて
少しばかり真剣みを帯びた声が帰ってきて、思わずそちらを見た——後に、
何で真剣になったんだ、と声に出さずツッコミを入れた。
「…どうしてですか?」少し哂って、ついでの感覚で問うた。流石に真剣に聞く話ではなかった。
この時だけは、マイレナの言うことが正しいとは思わなかったから。この時だけは。
「…知らないんじゃなくて、気付いてないだけだと思うよ」声色は変わらなかった。
「少なくとも、あの時の反応を見ればね」
 ——あの時? いつの事「アギロに吹っ飛ばされたマルヴィナをぎゅーしたとき」
「その言い方やめてください!!」「はい、大声出さない」…この人、話のペース泥棒だ。絶対。
 何度目か分からない火照りを、意味がないながらにも擦って誤魔化しながら、幾分か真面目に話を聞く。
この人の話を聞いていると気が休まらないなと、ちらりと思いながらも。
「多分ねー。あの子自身気付いてないと思うけど」前置いてから、マイレナは遠くを見た。


「あの子、いるんだろうよ。それこそ、心の底から愛する人が、ね」

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.365 )
日時: 2013/04/18 22:06
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「——————————」
 驚きすぎて。

「え」
 しばらく、声が出なかった。

「あの子の事見てまだ短いけどね。ずっと一緒にいたからこそ
却って気付かなかったんじゃないかとは思うんだけど。あの子は誰かが好きなんだ。
少なくとも、気付いてないだけで、恋慕の情はあると思うよ」
 ——あのマルヴィナが? 流石にすぐさま信じられる話ではなかった。
…信じられなかったなりにも、どこかで焦っていたかもしれない。微妙な感情が疼いたからだ。
「ウチはこういうこと、結構当たるよ。きつい話かもしんないけど、
今その気持ちが向いてるのは、キルガじゃないことは確かだね」
「———————————————…」…何で黙って聞いているんだ。
 何が分かる? ずっと一緒にいたからこそ却って気付かなかった?
…そんなことがあるのか。いや、それにしたって、マイレナが彼女を見てきたのは
僕らより遥かに短いじゃないか。百歩譲って、僕もセリアスも気づかなかったとしよう、
だったら、シェナが気付くはずだ。そんなことを言ったことなどなかったじゃないか——…。
「…セリアス、ですか」けれど、考えとは逆に、その質問が口をついて出た。
先ほどの、マイレナの言葉に対する、質問を。
「…どうだろうね。まぁ、可能性はなくはない」
 …小さかった。けれど、確かに感じた。
 感情を表すと言われる心臓に、小さく哀しい痛みが走ったように思えた。
「…分かんないよ。違うかもしれない。ほら、諦めたら終わりでしょうが。そんな簡単な思いなわけ?」
「——何も言っていませんよ」いつの間にか伏せていた顔を少しだけ上げて、そう言った。マイレナは短く笑った。
「ま、とにかく泣かせないことだ。女を泣かせる男は
ただの最低だっていう印象しか与えないからね、気をつけなさい」
 当初のあっけらかんとした、唐竹を割ったようなからりとした口調に戻った。
「ま、マルヴィナは強いし、滅多にそういうことないと思うけどさ」
「——えぇ」それには少し、別の意味で顔を曇らせる。「…ない、ですね」
 思ったより表情は変わっていたのだろうか、マイレナがこれに気付いたらしく、どうかしたかと聞いてきた。
 流石にここまで言ってもいいものか——そうは思ったけれど、今更だ。
膝を浅く抱えて、目の前の欄干を眺めたまま、低く呟いた。


「——マルヴィナ。泣いたこと、ないんです」


 一瞬だけ、静寂が訪れた。「…一回も?」マイレナの声には幾分か驚愕が混ざっていた。「…本気で?」
 頷く。この三百年足らず、彼女は一度として泣いたことがなかった。
 百何年も師匠が決まらず放置され、周りから奇怪な眼で見られ、実力者とはいえ剣術で何度も怪我を負い。
人間界でもそうだった。サンマロウの洞窟で、彼女が拒絶反応を起こすほどの生物を目の当たりにしたときも、
そして、自分の師匠に剣を突き付けられたときも。
 普通に過ごしていれば、決して遭わなかった境遇に何度も遭っていながら、彼女は泣いたことはなかった。

 ——だからこそ、恐れていた。

「…だからこそ、彼女が本当に泣いたときは、別の何かまで壊れてしまいそうで、怖いんです」


「——ん…ちょっとこれは驚いたかな」マイレナは姿勢を変えた。唇に小指を当てて天を仰いでいる。
よく分からない仕草だったが、彼女自身は気にしてはいないだろう。
「…そうかもね。人間の病気と同じ。幼いころに病気になっておかないと、
歳をとった時同じ病気になったとしても、それは重症になる」
 上を見るマイレナと、目を伏せ気味に欄干を見る僕と、違う場所に目を向けながら、考え込む。
「…壊れるだろうね。あんたのいう、その『何か』は」
「—————————————————————」
 さっきから、何も言えないことが何度あっただろう? けれど本当に、何も考えつかなかった。
 こういう時、なんて言うべきなのか。それとも、何も言わないべきなのか。

「でもさ、そう言うことから守ってあげること——」

 風が一つ吹いた。木の葉を運ぶ、小さな風。
 いつの間にか、日が東の空から顔を出していた。



「——それも、好きになる、ってことじゃないの?」



 …また、朝が始まる。