二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.381 )
- 日時: 2013/06/16 22:07
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 9ikOhcXm)
———断章
うなされていた気がする。
イザヤールは、いつの間にか閉じていた目を半端に開き、顔をしかめた。
どうやら眠っていたらしい。座っていた床も、翼を閉じてもたれかかっていた床も、
ひんやりとしてひどく硬かった。身体の節々が微妙な痛みを訴えている。
目は腫れぼったく、喉もいやにいがらっぽい。
どう見ても良いとは言えない目覚めに心当たりはありすぎた。その日からずっと、
脳裏に焼き付いて離れない光景、過去の所為。
師匠の二の舞にはさせたくない。失いたくはない。そう思っていた己の弟子に剣を向けた、あの日のこと。
あの貌を、声を、忘れることはなかった。あの絶叫を思い出す度に、
胸を掻き毟りたくなるほどの自分への憎悪と後悔が押し寄せてくる。
強く食い縛った歯を震えさせながら、目を閉じ、ただ一言、その言葉を口にする。
そこに彼女はいない。届かない。声も、言葉も。真実も。思いも。何も届かないのに、繰り返してしまう。
愚かだと分かっていた。分かっているからと言って、それが止まる理由にはならない。
「何をしているのです? こんなところで」
この状況で、最も聞きたくない者の声が飛び込んできた。正面から現れなかったのは幸いだった。
疑り深く、厄介なこの男は、今の小さな嫌悪感にすら敏感に反応するだろうから。
「…少々眠っていた」
「あまり良い場所とは言えませんね。よほどお疲れで?」
「…いや」イザヤールは背を向けた。「問題ない」
「そうですか」
背を向けられたことにも大して気分を害した様子無く。ゲルニックは淡々と答えた。
「…あぁ、そうでした」
明らかに用意されていた話を、いかにも思い出したという風に続ける。
「…ゴレオン将軍が敗れた話をお聞きになりましたか」
「…いや」少しばかり驚いて聞き返す。先刻、妙に帝国の魔物どもが慌ただしかったことは知っているが、
幹部一人落ちたというところまでは知りようがない。しかし、そんな力が囚われた者たちにあったのだろうか。
「囚人ではありませんよ」まるでこちらの心境を読んだかのように、ゲルニックは続けた。
恐らく、一番話したかったであろう内容——「あの小賢しい天使どもにね」
ちょうど今考えていた弟子を表す言葉に、その反応は隠しきれなかった。
その名を呼び掛けて、辛うじてとどまった。そうか、というので精一杯だった。
天使ども——弟子と、同時期のあの二人。もう一人仲間がいるとは聞いていた。
かつて帝国に捕まっていた賢者の娘。…帝国に迫る脅威として、
有名だった者たち。…まさか、そこまで成長しているとは。
…だが、そこまでだ。
それ以上来てはいけない。ここにいる魔物どもは、今まで派遣されたものとは桁違いの猛者ばかりだ。
もう、怪我では済まされない。間違いなく、命に係わる。
…この男と、三人目の将軍、何より、この国の皇帝には、絶対に会わせてはならない——…。
「そろそろわたくしも我慢の限界でしてね」
面白がるようなその声色が苛立ちを増幅させる。
「摘むべきものを摘む時期を逃しすぎました。…次にあいまみえたときは、
わたくしが直々に出ようかと思いましてね」
再び、その言葉に反応してしまった。
こいつは、心境を読み取ることができるのか。あるはずのない考えまで引き寄せてしまう。
もう、答えることはできなくなった。背を向けたまま、手に力を込める。
今ここで、止めるべきか。それとも——…。
「…夜風は冷えます。天使といえども、お気をつけくださいませ…」
反応を待つのをやめたのだろうか、踵を返し遠ざかる音が聞こえた。
鳥のような顔をして、蛇のような男だった。こちらの動揺を誘い、顔色を窺い、
本心を引き出してくる。本当に厄介な者。
…動いてはならない。間違いなくゲルニックは、イザヤールという天使を疑っていた。自覚していた。
だが、今ここで動くわけにはいかなかった。それでは、意味が無くなってしまう。
今までの時間も、そして、あの日の意味も。
「………………」力を込めていた拳を、ゆっくりと開く。顔を歪めて、歯を食いしばった。
目を一度閉じてから開き、天を仰ぐ。暗雲の向こうの世界と、たった一人の弟子を思いながら、
天使は再び、その一言を、小さな声で発した——…。