二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.39 )
日時: 2013/01/17 23:00
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

     3.


 

 レオコーンを追い、四人は暴走する馬のスピードに何とか着いていけた。
こういうとき、本当に天使の仲間がいてくれたことに感謝したい。人間では、こうはいかないだろうから。
「ったく…勝手に一人ボーソーて、集団行動性がないっつーかさぁ」
 サンディの愚痴を無視して、マルヴィナは咳払いした。
「凄い霧…靄かな? …なんでこんなに」
「毒…かもね。…あったよ」
 ルディアノ国が、寂しく残されていた。



「…家が」
 破壊されている。瓦礫の下や周りには、タールがどろりと流れていた。
 辺りは紫の靄に包まれ、先の様子もほとんど見えない。
ネチョリ、と怖気を呼ぶ音が、タールの沼から聞こえてきた。
「なんで、こんな——」
 マルヴィナがあたりを警戒しながら呟いた。
「…風化…ではないわね。人為的な…いいえ、何か…人外の力が…」
 シェナがその破壊された建物の様子を見て言った。「…何があったのかしら」
「シェナ、危ないっ!!」
 キルガが鋭く叫んだ。え、とシェナが振り返る。盾と剣を持った小人が、シェナの背を狙っていた。
キルガが踏み込む。音を立てて槍を掲げ—— 一瞬、迷いを見せた。
が、小人はキルガの気迫に負け、慌てて退散する。
「あ、ありがとキルガ、助かったわ」
「い、いや…大したことは」
「それにしても、何でこんなところにまで、魔物が——」
「キルガ」
 セリアスが駆け寄り、キルガの前に立った。
「今一瞬、迷ったよな」
「……………………」見抜かれていたか。さすがはセリアスだ。
「…気持ちは分からなくもないんだがよ。…命を落とすときは、一瞬だぜ?」
「…まぁ、ね」
「でもっ」マルヴィナだ。「魔物だって、生きているんだ…」
「じゃあ逆に問うが」セリアスは今度は、マルヴィナに向き直った。
「マルヴィナは、餓えて人間を襲い始めた獣を、生きているからと見逃すか?」
 マルヴィナは黙った。そんなこと——
 …関係、ある。そう、それは暗喩。
 餓えた獣。魔物と同じなのだ。言葉の通じぬ者。放っておくべきではないもの——…。
「…すまない、臆病だった」キルガが自分の肩を掴む。
「…僕がこれでは、聖騎士としての役割を果たせない——今すぐに迷わないと言うことはできないけれど、
できるだけ努力しよう」
「………………………」
 ゆっくり、重く頷くセリアスと、少々居心地悪そうに視線をそらすシェナを見ながら、
マルヴィナは黙りこんだ。



 黙り込んだまま、一行は警戒心を解かぬままあたりを見渡しながら歩いてゆく。
「…一体、どこに行ったのかしらね」
 シェナがぽつりと言う。三人は頷いた。

 ——と。
「…何?」
 セリアスがくるりと振り返る。
「は?」マルヴィナは反応した。
「今、呼んだろ」
「…いや? 呼んでないけど」

  ウィヒヒーン。

「そうか? 今も声が聞こえたんだけど」

  ウィヒヒヒーン。

「………………………………」
 そこでセリアス、その声の正体を理解し、引き腰気味になる。
当然の如くマルヴィナは、絵に描くとしたら怒りマークを五つほどつけて、つかつかと前に歩を進め、
「セリアス。どーやったら、わたしの声と馬の声が同じに聞こえるんだっ」
 そう言って、黒い馬をズビシ、と指差した。
「……。おい、これ——」
「聞けよっ」
「分かった分かった。——じゃなくてこれ、レオコーンの乗ってた馬じゃないか?」
 え、と呟いて、マルヴィナは怒りを忘れ改めてよく見る。
「……ホントだ」
「てことは、レオコーンはこの先?」
 シェナが再び辺りを見渡すが、やはりうまく見えない。
「あれ? キルガは?」
「いるよ。…あっちに城に入る階段がある。真新しい足跡もあった。おそらくレオコーンだ」
 やることが早いことで、とセリアス。
「…なんか嫌な予感がするな。…急ごう」
 マルヴィナの声に、皆が唱和した。
 緊張感より強く、とある決意を固めながら。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.40 )
日時: 2013/01/17 23:00
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「変ね」
 シェナが城に入ってから最初に話した。
「何が?」
 マルヴィナの問いに、シェナは一呼吸分溜めてから言った。
「おかしいと思わない? ここは滅びたのに…綺麗すぎるのよ」
「人骨が無いな」キルガも言う。「様子を見に行ったというエラフィタの人々はどこへ行ったのだろうか」
「色んなところに戦禍が残ってたしな…」
「人のいた形跡はあるのに、その人がいないってこと?」
「…説明の手間が省けたわね…物分かりのいいことで」
 シェナがクスリと笑って、視線を前に戻す。「…いた」レオコーンは近かった。
四人は歩くのを止め、近くの倒れた振子時計とタンスの陰に隠れる。レオコーンの前には、魔物がいた。
「魔物…? 違う…あれは、死者の魂じゃないか? ——骨に、乗り移った」
「ぐ」
 マルヴィナの一言に、三人は顔をしかめる。
「そういうことかよ。骨が無かったのは、魂が骨にのり移ったから、ってか」
「人も魔物に化する…欲望と、絶望と、憎悪によって…って聞いたことがある」
「いやあれはレオコーンと同じ類だと思うけど」
「しっ」
 キルガが唇に指を当てる。「話し始めた」


『よくお戻りになられました。レオコーン様』
 一人目、顔の形も分からぬ有様の骸骨が言う。
『しかし貴方は、遅すぎました』
『貴方は帰っては来なかった。その後、我らは死にました…全ての者が…』
 何故、というところは言わない。
「…では何故、地上に縛り付けられている? 何か思い残しでもあるのか。それとも…何者かが」
 何者かが呪縛しているのか。その問いを制し、骸骨は口の端だけでニッと笑った…ように見えた。
『…ある方の言伝を貴方に。役目を果たせば、無事昇天させてくださると仰っていましてね』
 そんな都合のいい話があるか、とマルヴィナは思う。昇天させる?
そんなことが出来るのは、天使か神官しかいないというのに。神官がこんなところにいるわけがないし…
「誰の、言伝だ」
 レオコーンの口調は変わらない。だが、

『イシュダル様です』

 その一言に、レオコーンは大きく反応した。盗み見続ける四人は顔を見合わせる。
「何だ…今の反応」
「知り合いか…?」
「イシュダルだと!? 何処だ…一体、奴は何処にいる!?」
 怒気交じりのその声に、四人は警戒の色を強めた。
『案内しましょう…』
 三人の骸骨の後ろにレオコーンが続く。四人は目を配せあい、小さく頷いた。






 たどり着いたのは、王座の間と思しき一室だった。

 ——パタ…ン

 ドアの閉まる音がする。
「しまっ」
 その扉の前には、しっかりと三人の骸骨が仁王立ちしている。侵入者を、拒むが如く。
「…レオコーン。確かにあそこに、入っていったよね」
「てことは、あそこがイスダルとか言う奴のいるところか」
「うん…ん? イシュダル?」
「あ、そーだっけ。確かに椅子と樽じゃ変だな、ってそんなことはどうでもいい。…まずいよね? この状況」
 お前が言うな、とか言われそうな言葉だが、この状況でつっこむ気にもなれない。頷いた。
「どうする? …強行突破する?」
「そう言うけどな。強行突破とか、そうそう出来るもんじゃ——」
「昇天させたらいいわ」制するように、シェナが答えた。「聖の呪文でね」
 マルヴィナとセリアスの会話と、キルガの思案を打ち切るように。
「どういう意味だ?」
「空爆系の呪文よ。あれは聖とされている。…ま、やってみたほうが早いわね…」
 シェナは手を合わせ、息を吐き、眸を半分、持ち上げる。そして、唱えた。


「——イオ」

   イオ
 空爆呪文、浄化の効果もあるというそれが、
『ぐおっ』
『がぁっ!?』
 三人の骸骨たちを、暴れさせた。だが、その魂が、一瞬安らかな表情を作り——煌き——昇天する。
「…ま、こんな感じ…って何よあれっ!?」
 シェナが一息つき、…だがその瞬間その声に反応したのか、城に巣くっていた魔物たちがわらわらと現れる。
「………………………………………………………………………………………………………」
 長い沈黙。
「…二手に分かれるか」
「…だな」
 すばやく視線を交し合う。
「…マルヴィナ、キルガ。ここは俺たちに任せろ。…レオコーンを頼む」
「了解した」
 二人は頷き、扉を一気に押し開いた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.41 )
日時: 2013/01/17 23:04
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 そうしたわけではないのに、扉は乱暴な音を立てて開かれた。
「う、ぅぐっ!?」
 その瞬間、ひどい臭気がマルヴィナとキルガの鼻を刺す。
「…な…に、これ…っ」
 目の前がゆがむ。涙だ。ぐっ、と手でこする。目をパチパチとしばたたかせ、マルヴィナは前を睨んだ。
 レオコーンがいる。そして、その先にもう一人。玉座に高飛車に座る女がいた。
マルヴィナが警戒して、剣に手をかけた。彼女の前に、キルガが緊張した面持ちで立つ。
「…マルヴィナ、キルガ」レオコーンが反応して顔だけで振り返る。
「あぁらぁ…邪魔が入ったみたいだねぇ」艶っぽい話し方のその女が低く笑う。
マルヴィナの警戒心が更に脈打った。
「知り合いなのね、レオコーン? ——いいわ。最期に話す機会でもあげる」
 そのまま、玉座へ座りなおす。罠はないようだ。それでもキルガはその警戒心を解かずレオコーンに尋ねる。
「…奴は?」
 レオコーンは一瞬だけ視線を彷徨わせてから、答えた。
「名は、イシュダル。魔女だ。私が、かつて討つはずだった魔物だ」
「かつて…? レオコーン、まさか」
「ああ」頷く。「思い出した…私は奴を討ち、そして帰るつもりだった…メリア姫の元へ」
 マルヴィナとイシュダルの視線が合う。相手は嫌な笑みを浮かべた。マルヴィナは睨み返す。
「だが、あの日、私は敗れた。奴の率いる魔物の数に翻弄されて、な」
「そして、貴方は私の呪いを受けた…私と貴方、二人きりの世界を作る呪いにね」
「………」キルガが顔をしかめる。「…ドロドロだな」
「どろどろ?」マルヴィナが首を傾げる。説明する気にもなれないキルガは頷くだけにとどめた。
「呪いが解けたとて…貴方は私の下僕に過ぎない。今も、昔もね」
「…黙れ…っ」小さな呟きから。
「貴方が尽くすのはメリアじゃない。この王座に座るのはメリアじゃなく、私——」
「黙れっ!!」
 レオコーンがついに叫ぶ。イシュダルはどこか楽しげに、妖しく笑う。
「…貴様の…貴様のせいで」その怒りに、震えながら。「…メリアはっ…!」
「まだ、気にしているのねぇ…居もしない女のことを」
 音無く立ち上がったイシュダルの眼が、黒光りする。マルヴィナが、キルガが、目を見開く。
「鬱陶しいこと…いいわ、もう一度かけてあげる。今度こそメリアを忘れるほどの、強い呪いをねぇ!」
「——っ危ないっ!!」
 キルガが叫んだのと、イシュダルの瞳が赤く光ったのは、ほぼ同時だった。
眸から放たれた閃光が、レオコーンに突き刺さり、倒れさせる。
「っ!?」
 レオコーンの周りに、黒い蛇のような妖気が巻きつく。
電気のような、嫌な光がレオコーンを苦しめる。微動だにしていなかった、否、出来なかった。
「レオコーン!」                 ホイミ
 マルヴィナとキルガが素早く目を合わせ、同時に応急呪文を送る。
だが、レオコーンへ向けて放たれた回復の呪文は、黒蛇によってはじかれ、散った。
「な…ッ」
「ふふ…私の呪いが、それ如きに破られるはずが無いでしょう?」
 嘲笑うように、言いながら。イシュダルは、立ち上がる——


「——さて…次はお前たちの番だよ。邪魔者たち」


 イシュダルが向けた視線の先は——マルヴィナ。
「うっ…」
「…お前だけが、私の目には違ったように見える…お前だけ、周りとは違う光を帯びている。
ここに光は必要ない!」
 イシュダルの目が、再び妖しく光る。レオコーンに巻きついていた黒蛇が、低く唸った。
ズルリ、とレオコーンからはなれる。
そして、ありえないスピードで、イシュダルの眸の閃光と共にマルヴィナに狙いを定める——!

「——うぁ」
「マルヴィナっ!」

 その一瞬——




 マルヴィナが、腕で顔を覆う。しかし、時間が経っても何も起こらなかった。
そろそろと、腕を降ろす。何かの影がある…その影が、崩折れるように倒れた。


「……………——っキルガ!?」

 そして、叫んだ——

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.42 )
日時: 2013/01/17 23:14
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 影は、キルガだった。
その一瞬のうちに、キルガがマルヴィナの前に立ちはだかり——そして、身代わりとなったのだ。
「な…キルガ、何で…ちょ、しっかりし——ぐっ!?」
 触れようとした手が、稲妻にはじかれる。
「マルヴィナ!? どうしたっ!?」
 扉が開く。シェナ、セリアスの順に入ってきて、同じように悪臭に鼻を押さえた。
「キルガが…キルガが呪いにっ…!」仲間の姿に焦り、マルヴィナはつい敵への警戒心を解いてしまった。
イシュダルの目が細まる。だが、何の言葉も発さないまま、再びマルヴィナを狙った。
叫ぶ仲間たちの目の前で、今度は、抵抗することも出来ず蛇に身を縛られる。体が重い。足が動かない…!
「…美しいわね。身を挺して人を守る姿は…でも、他人の美しさなどいらない、私は私のみの美しさを持つ。
マルヴィナとやら、お前は私の前に姿を見せるべきでは——むっ!?」
                  ・・・
 イシュダルの声が途切れた。そして、苦しむ少女の様子を見直す。
 マルヴィナを取り巻いている蛇がもがいているように見えた。しかも、マルヴィナは。
少し、本当にわずかだが、抵抗していないか? 動くことさえままならない、この呪いにかかりながら——

 と。

 マルヴィナが、ニッ、と笑った…。




「…なっ!?」
「…く…っはぁぁあああっ!!」

 叫びと共に——マルヴィナは、ガラスの割れるような音を立てて、その呪いを払いのける!
もがき苦しんだ蛇が散々のたうちまわった後、元の妖気に戻る。
そして、レオコーンとキルガを縛り付けた呪いまでも——消えさった。
「な…何っ!!」
 その驚愕に、イシュダルはこれ以上ないほど目を見開いた。イシュダルだけではない。
キルガも、セリアスも、シェナも…マルヴィナでさえ。
「何故だ…何故、私の呪いが効かない…! 何者だ、お前は!」
「…わたしは…マルヴィナ。いや…天空の民、天使マルヴィナだ!」
 ニヤリ、と笑い、言い放つ。
呪いを消し去ったのが天使の力ではないような気がしつつも、はっきりと、堂々と。
「……天使…だと!? 天使が、いらぬ邪魔立てを…!
許せぬ、こうなったらこの私が、あの世へ葬り去ってくれる!」
「やれるものなら、どうぞ。…みんな。——いくよ」
 三人が頷いた。





 イシュダルが強く念じた。一瞬。黒い波動。中から現れたのは、魔物。
レオコーンが言っていた、妖艶の魔女、真の姿。
「…邪魔立てするものは許さない…まとめてここで死ぬがいい!」
「断る! その言葉、後半だけそっくり返す!」
 最初に動いたのはセリアスだ。手にしたセントシュタインの兵士の剣で斬りこんでいく。
「ヒャド!」
 イシュダルとて無反応ではない。すぐさま唱えた氷の呪文が、セリアスを弾き飛ばした。
「いってぇ…!」
 だが、セリアスもセリアスで、四人の中で一番丈夫だ。
その身を襲った冷気と刃に少量の血を滴らせながらも、様子はさほど変わっていない。
      ホイミ
 シェナが応急呪文を唱えた。彼女は回復に専念するらしい。
その彼女に狙いを定めたイシュダルの横様から、キルガは疾風突きを繰り出した。
魔物と化したことを証明するかのように、イシュダルの腕から黒い液体が流れる。
血であることが、しばらくして分かった。
「…いきなり実戦、か」
 セリアスは呟き、腕の痛みに悶え隙を見せたイシュダルに再び斬りかかる。
 剣が届く。そのまま、もう一本の腕を裂く。セリアスは無理矢理、躊躇いを捨てた。
——先程、キルガやマルヴィナにはあんなことを言ったけれど。

 この手で、魔物といえ、何かを殺める。セリアス自身、そんな覚悟はついているわけではなかった。






 無論。
それは、まだ一度も動いていないマルヴィナも同じだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.43 )
日時: 2013/01/31 22:01
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

「面倒な人間だこと…」
 イシュダルが低く唸ったように聞こえた。まだ黒い液体を滴らせたまま、邪笑う。
「侮りすぎたようねぇ…だったら、これでどう!?」
 はっと身構えた四人はその瞬間、赤く光ったイシュダルの瞳を真正面から見た。そして、衝撃が走る。
「うぁっ!?」
 胸を強打されたようなその感触に、気が遠くなる。だが、それだけでは終わらない。体が、動かない。
「な…何…ぐぅっ…!」
 体が麻痺する。痛い。動けない。
「…さぁ、て…動けない? 動けないのって、苦しいわよねぇ…」
 回復呪文を使うシェナが一番厄介だと思ったのだろうか、イシュダルはシェナに向かって刃を走らせる。
シェナは悲鳴をあげない。小さく、呻いただけだった。だが、同時、何かが抜け落ちるような嫌な感触がした。
「あぅっ…!?」
「シェナっ!?」
「へぇ…」魔女が嗤う。「喋る余裕が、まだあるなんてねぇ。…あんたの命、少しもらったよ」
 気付けば傷つけたはずのイシュダルの左腕の傷が浅くなっていた。
…こちらは動けない、それなのに相手は回復していく傾向。
       ・・
 不利だ。——三人はそう思った。

「…これも、呪い、…なのか?」

 …不利の状況に似つかわしくない、呑気ともいえるマルヴィナの声がした。
「だったら…これも、解けるのかな…———っ!!」
 無音の、気合。大きく払った腕と共に——再び、その呪いが払いのけられる!
そのままの姿勢で小さく吐息をもらし、マルヴィナは不敵に笑って見せる。
「形勢逆転、ならず」
 すっく、と立ち上がり、イシュダルの呆気にとられたその時間を利用してマルヴィナは薬草の一つ、
まんげつ草を取り出す。どうやら今回は、仲間の呪いは同時に解けなかったらしい。
「任せるよ!」
 自分で飲め、という意味でそう言って、マルヴィナはレオコーンを呼ぶ。

(躊躇っちゃいけない)

 マルヴィナは目を閉じる。
(今は、必要な時だ…必要な時は、躊躇わない。…そう、教えてもらったじゃないか)
 状況は、振り出しに戻る。
 否、レオコーンが、戦いに加わる。
 マルヴィナはそっと、決心した。




 何とか自分自身を回復させることに成功したキルガ、セリアス、シェナの三人が立ち上がる。
ゆっくりと、だが、しっかりと。
「…今度こそ、油断しないからな」
「そうね——ちょっと、油断してたかもね…」
 セリアスとシェナが、小さく声を交わす。
 そして、駆け出した。

「マルヴィナ」
 イシュダルの狙い先が変わったのを見て、レオコーンはマルヴィナを小声で呼んだ。
マルヴィナは振り返り、無言のまま話を促す。
「前と、後ろだ。挟み撃ちにする。私が奴の前に立つ。奴の狙いが私にそれたときに、奴の急所を刺せ」
「——!」
 マルヴィナは言葉に詰まった。反応が遅れる。
(…駄目だ。躊躇っちゃ、いけな、い——)
 再び、決意、…しようとする。
 決意しなければ——
「——レオコーン、逆にしてくれ。わたしが前に行く。
あんたが次にまともに攻撃を受けたら、身が持たない」
 だが、結局、そう言った。レオコーンの答えを聞かず、マルヴィナは駆け出す。
「おいっ、マルヴィナ…!?」
 届いていない、否、無視された、というべきだろうか。それ以上の反論を拒絶する雰囲気があった。
レオコーンはそれ以上何かを言うのをやめる。
「…む…?」
「こっちだ!」
 いきなり戦いに参加したマルヴィナに、やはりイシュダルは狙いを定める。
自分だけに見えるという、周りとは違った光。それが、狙われる理由。
逆に、注意をそらすには、一番適したのが、自分——


 それは、本当に理由だろうか。


 違う。やはりまだ、覚悟が無い。
 前にも同じことを考えた。
『勝負』は好きだ。力と、力の、真正面からのぶつかり合い。それが、勝負だ。
だが、『戦闘』は、嫌いだ。命を懸け、死と隣り合わせとなる。それが、戦闘だ。
(…こんなことして、本当に…何かになるんだろうか?)
 マルヴィナは走る。イシュダルもまた、真正面になるように、動き続けた。
明らかに、マルヴィナを狙っていた。だが、その時、マルヴィナは動きをピタリと止めた。
口を真一文字に結び、両足でしっかりと、仁王立つ。
動かない。諦めたか? ——愚かな! 代わりに動いたのは、イシュダルだ。殺戮の眸と、冷静な眸が、交錯する。

 刹那。



           ————ッィインッ……



 二つの、短刀と剣がこすれる、金属音が響く。
 イシュダルの短刀、マルヴィナの剣、
 完全に他に対しての隙を見せたイシュダルを、金属音を合図に、レオコーンが狙う。漆黒の剣を唸らせて。
 だが。

「っ!?」

 マルヴィナの剣が、空を凪いだ。触れ合っていた短刀が、消えたのだ。
イシュダルはマルヴィナから背を向けていた。
(な…まさか、気付いた!?)
 マルヴィナの予想は当たる。レオコーンの気配に、イシュダルは気付いていた。
後は止めを刺すだけだったはずのレオコーンめがけて、イシュダルは刃を走らせる。
(危、な————!)








 ——ドスッ、と。

 嫌な音がする。
 手に、重みを感じていたのは——マルヴィナだった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.44 )
日時: 2013/01/18 09:51
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 イシュダルは呻く。自分の手にした短刀は、何にも刺さっていない。
代わりに、自分の体に突き刺さったのは、マルヴィナの剣。
「…な…」
 そのまま、崩折れる。マルヴィナがはっとして、手の剣を見て…そして、急いで引き抜いた。
信じられないように、赤黒く染まったそれを見て、取り落とす。
後退し、イシュダルを見て、震えた。イシュダルは笑っていた。憎悪をこめた——邪笑。
「ク…ククッ…レオコーン…あなたは、何を…求め…る?
愛する、メリアは…もう、どこにも、いな、い…のに。そう、この世の、どこに…も…」


 ——黒い波動。風のようなそれがイシュダルの周りを包み、そして…フッ、と消えた。
跡形も無く。


「…レオコーン」
 セリアスが、剣を収めて一呼吸置いた後、躊躇いがちに名を呼んだ。
だが、反応は無い。レオコーンを苦しめるのは、絶望。
「三百年…私は…私は、帰ってくるのが、遅すぎた…メリア…っ!」
 愛しい者を呼ぶ声、何よりも辛い痛みが、言葉の刃となってマルヴィナたちに伝わる。
何を言えば良いのだろう。こういう時、どうすればいいのだろう——
















「——遅くなどありません」













 静かに響いた、涼やかな声に、四人は、レオコーンは、ゆっくりと扉を見る。刹那、奇跡が起こる。
 そこにいたのは。
 純白のドレスを身にまとい、首に紅の宝玉の首飾りをつけた、美しい女性。
       ・・・・
 フィオーネに似ている、その人は。




「——っメリア姫!?」

 四人が、ふっと目を見開いて、彼女を見る。
その前で、姫は驚きを隠せないレオコーンの手を優雅な仕草でとる。
「私は、ずっと貴方を待っています。そう言いましたね。
私は約束を守りました。貴方も約束を守りました。——さあ、残るは一つ。
黒薔薇の騎士よ、わたくしと一緒に踊ってくださいますね? 交わした最後の約束——婚礼の踊りを」
 …答えは、言葉にあらず——レオコーンの立ち上がる音、そして、一礼。
そして、二人は踊りだした。
 三百年の時をこえた、婚礼の踊りを。



         ・・・・・・
「やるじゃん。——フィオーネ姫」
 セリアスは目を細めて、笑った。
 時は流れる。レオコーンの身体が光りはじめる。光り、そして…消えかかってゆく。
 ・・・・・
 フィオーネが、はっともう一度レオコーンの手を握る。まるで、この世にとどめるように。
だが、それはかなわない。レオコーンは笑う。そっと握り返すのみ。
「ありがとう、異国の姫君——そして、愛するメリアの意思を継ぐ子孫の姫。
貴女がいなければ、私はずっと、絶望の淵をさまよい続けていたでしょう」
 正体を知られていたことにも驚かず——フィオーネは、頷いた。
「やはり、貴方は、黒薔薇の騎士様でしたのね…そして、わたくしが、メリア姫の、子孫」
 フィオーネの目に、うっすらと涙が浮かぶ。レオコーンは頷いた。
そして、マルヴィナたち四人に向き直る。
「そなたらのおかげで、私は悔いをなくした。——感謝する」
 レオコーンは胸に手を当て、挨拶をする。紛れもない、ルディアノの騎士の敬礼を。
「…ありがとう」
 最後に、その言葉を残して——


 そして、レオコーンの魂は、昇天した。


「……」
 フィオーネは、溜めていた涙を流す。一瞬の間をおいて、マルヴィナが駆け寄った。
そんな彼女に、フィオーネは笑いかける。
「…マルヴィナ、ありがとう。お父様に内緒で、ついここまで来てしまったわ。
——でも、良かったと思うの。きっと、メリア姫も…喜んでくれると思ったから」マルヴィナが頷く。
フィオーネは次いで、キルガに向かい直った。
「そう、キルガさん——本当は、おばあさまからメリア姫の話はよく聞いていたんです。
嘘をつきました。ごめんなさい」
「いえ、構いません」キルガは首を横に振った。
「こちらこそいきなり失礼しました。…ところで、どうやってここへ?」
 キルガの尤もな問いに、フィオーネは、にっこり笑った。
涙の後は、もう残っていない。立ち直ることが、彼女の強さ。
 身を優雅に翻したフィオーネは、扉との対面、…ではなく、
そこにいる妙に涙目の兵士二人との対面を許してくれる。

「彼らと一緒に。実は、行くことに反対されて。だからつい、彼らの頭に」
 そういってフィオーネは、右手を出し、…チョップする仕草を見せる。
「…………え。…ま、まさか」
 旅立つ前のマルヴィナとの会話を思い出す。まさか、いやまさか——…。




「そう。つい、頭に、です」
 恐ろしい。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.45 )
日時: 2013/01/31 22:03
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 こうして——

 マルヴィナたち四人の活躍は、歴史書に綴られるほどの大事となった。内容は、黒騎士退治ではない。
 何を、どのように書かれるのかは、分からない。
そもそも、四人にとってそれは興味のあることではなかった。
 城中の歴史書を引っ張り出し、学者たちは
セントシュタインの国とルディアノの国についてを調べ上げようと意気込んでいた。
王は黒騎士を誤解し、悪く言ったことを反省し、またマルヴィナたちの栄光を賞賛し、祝った。
セントシュタインの国では、数日に渡る宴が開かれ、城下町の人間や旅人までもが浮かれ、楽しんだ。
だが、その宴の主人公たるマルヴィナ、キルガ、セリアス、シェナの四人は、
何故か割と浮いているという結果であった。


 …特に、マルヴィナは。





「マルヴィナ?」
 夜の事。
 キルガは、何となく冷たい風に当たりたくなって、城のバルコニーへ足を運んだ。
…先客がいた。戻ろうとはしなかった。それが、マルヴィナだったから。
「…あぁ、キルガ」キルガの姿を認め、マルヴィナは顔だけで振り返った。
「どうしたんだ? こんなところで」
「…うん。ちょっと、ね」
 セリアスは町の大男と先を競うように料理を食い尽くしていた。
サンディも似たようなもので、人の目を盗んでつまみ食いをしていた。
シェナはというと優雅な淡い色の(貸してもらった)ドレスを身にまとい、
悠然と女性たちとおしゃべりをしていた。ちなみに、宴の中に咲くシェナの姿に一目惚れした男共の
熱烈な告白の言葉を即答で拒否することでことごとく返り討ちにしていた…というのは余談で。
 そこそこに浮き具合から立ち直った二人とサンディに比べ、マルヴィナとキルガはまだこんな調子である。
 マルヴィナはそれを知っていながら、それでも一人になることを望んだ。
むしろ、宴に対し、苦々しい思いを抱いていた。
「それにほら、わたし、賑やかなところ苦手だし。あはは」
 無理矢理に笑うマルヴィナを、キルガは見ていられなかった。彼女らしくない。彼女は笑顔を創らない。
「——殺したことか?」
 遠慮もなく言ったキルガの言葉に、マルヴィナは小さく反応する。マルヴィナが悩む時は、
その原因を単刀直入に言って認めさせないと、後からずっと引きずることになるというのは
長い付き合いから理解していた。だから、辛いことだと分かりながら、言う。
マルヴィナは少し困ったような、辛そうな表情になった。
「…分かっている、か」
「…」
 キルガは黙って、マルヴィナが何かを言うのを待つ。
「…おいでよ」マルヴィナが言う。キルガは少しだけ緊張して、マルヴィナの横に並んだ。
そっと横を見る。暗闇に包まれた哀しい表情が、そこにあった。
「…正解。…何も知らないのは当たり前だし、責めてもしょうがないんだけどね…どうしても、思うんだ。
こっちは、生と死の狭間を潜り抜けて、何かを殺すことまでしてしまったのに…
何故、こんなに、華やかな場が作られるんだろうって」
 やはり気にしていたのか、とキルガは思った。戦場での震え、躊躇いの色…それが、見て取れたから。
自分はもう吹っ切れた。あの戦いで、自分は。
 けれど、彼女は。                           アイツ
「…どうして、こんなに距離を感じるんだろうね。見えるんだ。目を閉じると…魔物が、
何度でも蘇ってきて、わたしは逃げることが出来なくて…」
 自嘲気味に笑うマルヴィナに、なんと言えばいいのか。キルガはそれが分からない。
これ以上何かを言うと、かえって彼女を傷つける事になるような気もした。
だが、そんなキルガの頬が、いきなり横に伸びる。マルヴィナが軽く握って、引っ張っていた。
「ひ——ひたいいたい。ハル——ヴィナ、…いきなり何?」
 解放してもらい、キルガは頬を押さえる。マルヴィナが今度は、二カッと笑った。
今度は作り笑いじゃない。本当の笑顔だった。
「変な顔」
「いやそりゃ引っ張られれば誰だって」
「違うよ。珍しいなキルガが同情するなんてさ。…でも、いいんだ。
わたしは、わたしなりに立ち直るから…でも、ありがとね」
 まさかマルヴィナからお礼を言われるとは思わず、キルガは曖昧に返事した。
だが再び、その頬が横に伸びる。
「やっぱ面白いなこの顔。もうちょっと伸びるかな」
「ひ、ひはいって、ちょ、——遊ぶのは止めてくれ」
「だって面白いし。意外と伸びるんだね」
「…僕はどう反応すればいいんだ?」
 最初とは違う、笑い声。
 彼女もまた、フィオーネと同じ強さ、立ち直るというそれを持っていた。

 それがある限り、彼女は決して絶望をしないと思う。
レオコーンがなるかもしれなかった、あの姿には。





















            【 Ⅲ 再会 】  ——完。