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Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.391 )
日時: 2013/06/23 22:15
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 9ikOhcXm)

        断章Ⅴ 【 花言葉 】



 ただ見える景色はいつも真っ暗で、けれどそれに対する違和感など何もなかった。
 たいして年月を生きていないとしても、誰もがその世界の真理を理解している。
 ごく単純なことだ。あの世界で空が、海が青いものだと、夏が暑いものだと、雪が冷たいものだと、
言われずとも当たり前と考えられているのと同じように。この世界では、
この陰鬱な景色がずっと続いて当たり前だと、当たり前すぎて考えもしないと。明るいものなどありはしない。

 希望なんてない。
 幸せなんてない。
 ただ、淡々と過ごすだけの、意味のない世界。
 それが、『不人間』。
 人間になれなかった者の、集まり。





 …また、だ。
 アイリスはそっと、心中で小さな息を吐いた。
 最近増えた気がするのは、ただの思い込みではないと確信していた。
 圧倒的に『不人間』の多いこの世界に、送り込まれる別の種族。
 ・・・・・・・・
 人間であったもの。
 うつぶせのまま動きもしないその男から、興味を外して立ち上がる。
手助けをする気が瞬時に削がれ、何の情も持たぬままにその場から離れる。
「そいつ」
 音も無く現れた者——マラミアが、ただ一言発して、男を見下ろした。「いいのかい?」
「…“霊”を助ける義務なんてないわ」
「まぁ…それはそうなんだけどね」
 マラミアは溜息を交えて、小さく肩をすくめた。「なんだかね」
「救いたいのなら救えばいい」変わらない口調で言った。「私には関係ないわ」
「ちょ…アイリス。…頑固だなー」
 止まる気配もない女を見て、溜息は嘆息と変わる。あまり女性的とは言えない座り方で姿勢を調節すると、
マラミアはその男の表情を見て遠慮も容赦も手加減もなくひっぱたく。
乾いた甲高い音のみを数度響かせて、また静かになった。
 うたた寝をしたとき、どう考えても起こすより起こされることの圧倒的に多い状況を持つマラミアにとって、
簡単な起こし方というものはいかなものかということが全く分からない。
もう一度アイリスを呼ぼうとした声は、既にこちらを睥睨する本人の眸に全て喉の奥に引っ込んだ。
 結局去っていないんじゃあないか。そんなことを心中でちらりと思いつつ、マラミアは再び男の頬を叩く。



 やはり感情を持つ者の扱いは面倒くさい。
 アイリスは腰を浮かせて警戒表情をつくる男を遠目に見て、幾度目かの溜息を吐く。
「ここは——」彼の第一声は何の色気も独創性もない、
極めて普遍的でつまらないものだったが、それで十分だった。
 別に問われているわけではなかろう。それはただの自問だ。
よくある光景。今に始まったことではない。自分の死すら気づかず、ただ目を覚ましたら
今までいたはずの場所と異なる世界——困惑の仕方としては一般的だった。
「想像通りだよ、おにいさん」あくまでも女性的ではない恰好でしゃがみこみ、
真正面よりやや斜め気味からマラミアは答えた。「ここはおにいさんの世界じゃない」
 男は答えなかった。ただの一般人とは思えなかった。遠目からも充分アイリスには見て取れる。
完全に実力をはかり知ることができるわけではないが、どこかで戦の経験を積んだことがあるのは確かだった。
隙がないとか、そういうところではない、もっと根本的なところ。即ち——独特の殺気。
もし目の前の灼熱の髪の女が敵であれば容赦なく斬る——とでも言いたいのだろうか。
武器も持たないくせに。気付いていないとしたら相当の鈍感だが。
「よかったら、おにいさんの名前教えてよ」
「マラミア」低く、小さいが、決してか細くない、むしろ威圧を漂わせる声でアイリスは非難した。
異なる存在に係わろうとする理由がない。だが、一方で、どれだけ非難しようと威圧しようと、
この『未世界』には珍しいほどお人好しであるマラミアがそれに応えないことは既に知っていた。
この言葉に対する彼女の反応も分かっている。「まぁまぁ、ちょっと待ってて」——いつも通り、
笑って軽く受け流すだけだ。のちに長くも係わらないというのに。
 初めに青年を見て以来、アイリスは一度も彼を見なかった。必要最低限。
いつも行動を共にしているマラミアのみ視界に入れ、その他に目を向けすらしないのは、興味がないから。
自分は『不人間』、生まれることすらできなかった者。ただこの何の変化もない混沌の世界で、
ただ自分の存在の役目を続けるのみ。それ以外に興味を持ったところで、無駄でしかないのだから。
「アタシはマラミア。この世界の住民。おにいさんとはちょっと違う存在だけど」
 遠くから聞こえてくる言葉はすぐに反対の耳へすり抜ける。
まるでこんな世界にも吹く何も運ばない風のように。
 いくつかの間があった。アイリスにとっては大した時間ではなかったが、
後から訊けばマラミアには「固まったんじゃないかと思ったよ」と笑い飛ばされるほどに長かったらしい。
 そんなどうでもいい時間を経て、彼は答えた——

「ラーク」

 黒髪に、灰色の眸を持つ青年は、ただ一言だけで。