二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ 【移転】 ( No.47 )
日時: 2013/01/18 22:56
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

    【 Ⅳ 】   封印




         1.




 時は数日の後になる——
「マルヴィナっ」
 宴は終わり、少々だらけた雰囲気の漂うセントシュタインの城で、フィオーネはマルヴィナを呼ぶ。
「何?」すっかり立ち直ったマルヴィナは、笑顔で答えた。
「もう旅立つのでしょう? 東のほうに関所があるのは知っている?」
「関所?」
 フィオーネは頷く。どうやら、黒騎士騒ぎで、別の領域に逃げ出さぬようにと封鎖していたらしい。
だが、その騒ぎは終わり、問題もなくなったので、開放したという。向こうには、町があるとのことだ。
 そんな情報を、マルヴィナは仲間たち三人に話す。
どうかな、と言って話を終わらせたマルヴィナに、答えたのはセリアス。
「うーん…行きたいといえば行きたいんだがな。ほら、こんだけ星のオーラ集まったんだから、
今度こそ天使界へ行ける——ってあのハデハデ妖精が言ってたぞ」
「む。そっか。本来ならそうするべきだよな——で、サンディ何処?」
「摘み食い・厨房にて」
「…あぁ。…ま、とにかく、案内してくれよ。その、天の箱舟にさ。——ハデハデ引っ張り出してから」


 だがその二日後、四人が訪れたのは天の箱舟の元ではなく例の関所である。
 その理由は、簡単である。天の箱舟が動かなかったから、だった。
 名残惜しげに城をフヨフヨ飛び回るサンディを無理矢理つまんで峠の道へ向かったはいいが、
箱舟の様子は光る様子も動く様子も無く、ただしらーっとそこに突っ立っている(?)だけだったのである。
 それなのに何故四人がここにいるかと言われれば、これがまた複雑で。
箱舟の様子は変わっていなかった、だが、マルヴィナたちが何気なく中に入った時、
がこん、と一瞬動いたのである。マルヴィナがバランスを崩して尻もちをついていたから間違いない。
 その様子を見て、サンディはこう言った。
「やっぱ星のオーラでアンタの天使の力が少し認められたのヨ! 天使乗せりゃ箱舟ちゃん動くて
アタシの想像間違ってなかったんですケド! だからさマルヴィナ、関所てトコ目指すよ!
で、その町でガッポリ——」
 落ち着け、とマルヴィナが制したところで、サンディの興奮はおさまった——
という長ったらしい理由の元、今関所に立っているこの状況が出来たのであった。


「はー…ったく、ほんとにいつになったら帰れるんだろなー…マジで」セリアスが橋にもたれかかり、
「サンディ信じるのはこれが最後だっ」妙にマルヴィナが怒りマークを浮かび上がらせそうな勢いで言い、
「で、次の町って、何てトコなのかしら」シェナが弓の矢をもてあそびながら呟く。
ちなみに、その町の名と行き方を尋ねに関所の兵士詰め所に行っているのがキルガであった。
 橋の上で、マルヴィナは水面を眺める。不機嫌顔が、魚による波紋で揺れる…
と、川の中の魚が低く跳ねたとき。
「な…何だって!?」
 キルガの叫ぶ声がした。魚が一斉に逃げる。
 普段静かで、叫ぶことなど無いに等しいキルガのその声量に何事かと思い、三人は詰め所の中をのぞく。
そこではキルガが机に手をのせて(多分叩いたのだろう)、兵士をビビらせていた。
「ベクセリア…本当に、この先にベクセリアの町が…!?」
「あ、ああ。…兄ちゃんまずは落ち着いたらどうだ?」
「あ…」キルガはようやく気付き、更に仲間の覗き見にも気付き、姿勢を正した。
「すみません。取り乱してしまって」
 珍しいなキルガが、どんな会話をしたらあんな反応になるんだろう、と幼なじみ二人は会話。
「…で、ベクセリアって」
「キルガの担当地。守護天使の」
「やっぱそうか! へぇ、この先に」
 そんなセリアスに、マルヴィナは一言。
「…セリアス。ベクセリアと聞くとその語尾に“ス”を付けたくなるのは…わたしが冷めた天使だからだろうか」

 ベクセリアス。

「…俺の名前か?」
「そうだ。——どうしても頭の中でぐるぐる回っているんだ…はぁ」
 かなり落胆して言われ、しかも溜め息までつかれ、反応できないセリアスであった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.48 )
日時: 2013/01/18 23:04
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 一同は、関所から北にあるそのベクセリアの町まで歩き続けた。
関所を発って二日目の朝方、ようやく見覚えのある土地まで来たとキルガが言っていた。
だが、それから約一日歩くことになるだろうと言われ、三人は一気に脱力した。
「遠すぎ」
 というのがベクセリアスの感想。
「ベクセリアス言うな」
「だって面白いし。…それにしても、疲れたわね」
 後半はセリアスのツッコミを思いっきり無視して、シェナが溜め息。「マルヴィナは?」
「わたし? 別に平気」
「……」
「…………」
「………………」
 会話が続かない。
 平気な顔をしていたのはマルヴィナとキルガだが、何故かキルガは
自分の担当地へ行けるはずなのに何かをずっと考え込んでいた。
少々、追い詰められたような顔をしている。けれど、こんな時彼に話しかけても意味がないことは
やはり長の付き合いで分かっている。となると何かを話せるのはマルヴィナだけなのだが、
「……………………」
「…………………………」
「………………………………あ、えーっと。ほら、紅葉が綺麗だ。ひらひら落ちてきて、
エラフィタの桜みたい——」どさっ。
 全員、再びの沈黙。
「………。今、やけに大きな紅葉が落ちてこなかったか?」
「…ああ。——魔物じゃないかっ」
 半分キレた状態のマルヴィナが、足をドガンと踏み鳴らし、紅葉型の魔物を睨みつけてやる。
それだけで魔物は怯え、退散していった。
「おー怖」とは、セリアスの余計なひと言である。






 何だかんだ言って、その日のうちにベクセリアの町に着いてしまった。
着いたら宿で鎧も靴も脱いでベッドで横になりたいなーなんて考えていたマルヴィナの考えが、
瞬時に消えてしまった。人々に、生気がない。前を向いて歩く者がいない。
皆、地面を見て、狭い歩幅で歩いている。
「…本当に、ここ…?」
 以前ルディアノを訪れた時以上の不安を声に出して問う。
「…あぁ。間違いない」
 キルガは、重苦しく言った。やけに寂れた感のある町並み。夜だから、というわけではない。
おそらく、朝も昼も、この町は『眠った』ような状況なのだろうと、推測できる。
 キルガは顔を伏せて——変わり果てたよく知る町の現状を、伝える。
「…今は——通称“流行病の町”ベクセリア」
「は…流行病…!?」
 言葉を聞いて、ようやく理解した。
乏しい生気。当然だ。病に苛まれた人々、いつ我が身に降りかかるか分からぬ恐怖。
…これだけ消沈してしまうのも、無理はない。
「どーだろー。ビョーキ治す薬でももってきたら、感謝されんじゃネ?」
「…どうかな」
 サンディの意見に、キルガが即答で否定する。サンディがその行為に愚痴る前に続ける。
「この町には、ルーフィンという名の学者がいる。そしてその妻エリザは町長の一人娘なんだ。
彼も流行病のことは彼女を通して知っているはずだ。だから」
「薬で治るなら、とっくに見つけ出して病も無くなってるはず——て感じ?」
「…仮定はね」
 キルガは肩をすくめた。
「よほど難しい病なのか——まだ、分からない。とりあえず、話を聞いて行こう。——まずはそれからだ」
「キルガ…」
 努めて平静を保つような、キルガの声色。幼なじみたちはそっと、キルガから視線を外した。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.49 )
日時: 2013/01/18 23:06
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 その日は遅いので宿をとり、翌日彼らはベクセリア町長の家に赴いた。
「あ…お客様ですか?」
 使用人のような風体の、飴色の髪を持つ若い女性が一人、恭しく頭を下げた。
「私、リアンダート家執事の代理、ハイリー・ミンテルと申します。ようこそお越しくださいました。
本日はどのようなご用件で?」
 こういった堅苦しい雰囲気が苦手なマルヴィナ&セリアス、引き下がる。シェナまで知らん顔なので、受け答えはキルガがする羽目に遭う。
「…この家のご主人はお見えですか。お会いしたいのですが」
「少々お待ちください」
 ハイリーと名乗る女性は、二階へ上がってゆく。…足音がほとんどしなかった。
「あの人」
「ん? ああ、身のこなしのこと?」
 マルヴィナの呟きに、シェナが答える。
「…執事の代理って、その執事も病気なのかな?」
「あー、そうかもねぇ…って、そっち?」
 ノりかけて脱力する。
「冗談。…あぁ、割と隙がなかったね」
「…あぁ、マルヴィナって、つくづく旅芸人よねぇ…」
「どういう意味だそれは」
「そりゃエラフィタで川にドボン落ちしたからねぇ」
「言うなそれをっっ」
「あの、二人とも。話がどんどんそれているけれど」
 キルガがそこそこのところで止めたおかげで、話は戻る。
「えと。うん。…確かに、なんつーか鍛えている感があったよね。
もしかしてあの人、正体女用心棒なんじゃないの?」
「…それは本気? 冗談?」
「本気」
「…………どんなよ、女用心棒って…あ、来た」
 話が長引いていたのか、それとも町長を探すのに時間がかかったのか、
あるいは町長の部屋まで長かったのか。少々長かった。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
 そしてもう一度、階段へ向かった。




 ベクセリア町長、ラオン・リアンダートは、机に分厚い本を積んだ状態の部屋で待っていた。
「おお、あなた方が旅人の方、…ですか?」
 語尾の音が上がる。問われたのだ。
 マルヴィナは一瞬眉をひそめる。ラオンの、“こんな若造が”という声が聞こえたような気がした。
「えぇ。少々お伺いしたいことがあります。よろしいでしょうか」
 …だが、ここでもキルガが活躍する。あっさりと、大人びた口調で用件を言う。
その様子にラオンは明らかに唖然とし、そして、「…どうぞ」と気を許してしまった。さすがはキルガである。


 そんなわけで。
「はぁ、流行病、ですね。実は、原因は分かっておらんのです。それでルーフィンの奴に——
おっと、失礼。私の娘の夫の学者に、昔の治療法を調べさせておるのですが…
そろそろ結果が分かってもよい頃。…しかしこっちから聞きに行くのも、…シャクじゃな…
むぅ、どうしたものか」
 説明してくれていると思いきやいきなり悩み始めたラオンを、冷めた目で見るキルガ以外。サンディ含み。
「それなら、僕が行きます」
 あっさりと言ってのけるキルガ。マルヴィナは“僕が”に反応、
「ちょ、わたしも行くぞっ」
「だー、俺も行くって」セリアスも続き、
「どーしよーかなぁ」シェナがおどけて、
「アンタも来る!」マルヴィナツッコミ。
「やっぱ旅芸人」シェナが頷き、
「関係ないっ」マルヴィナが再ツッコミ、
「…それでは、行って来まーす」セリアスがそれの会話を背後に、ラオンにそう言っておいた。



 ちなみに、
「あ、名前聞くの忘れた」
 というラオンの呟きを聞いたのは、黙って廊下を掃除していたハイリーだけであったという余談もある。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.50 )
日時: 2013/01/18 23:09
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 その装置から、高い音が鳴った。
「うわっ」
 マルヴィナが身を引いた。
「何だこれは? 音が——」
『はぁい』
 さらに女性の声がして、マルヴィナは数歩逃げた。ちゃっかり腰の剣に手を伸ばしている。
「なな何なんだこれは!? 物から人の声がするなんて聞いたことないぞっ」
 キルガは装置及び物——インターホン越しに、中の女性と話していたため、説明役はシェナとなる。
「あれは“インターホン”って言って、機械の一つよ。家の中と外で、通話できるの」
「そっ、…そうなのか? てっきりあの中に人が閉じ込められているのかと…」
 マルヴィナの返答に、セリアスが吹き出す。
「剣に手なんか伸ばして…ウォルロ村にはなかったのか、インターホンは」
「あるわけないじゃないかっ」
「何気に失礼だぞ、ウォルロ村に」
 マルヴィナは真っ赤になりながらセリアスをジト目で見る。
 キルガの話し声が聞こえなくなり、しばらくして家の扉が開いた。
中から現れたのは、先ほどの声の主と思しき女性。
 緑の、艶のかかった髪と、幼く見える笑顔を持つ——彼女が、エリザだった。


 先頭に立ち、天真爛漫な若奥様エリザは、両手を広げながら、身振り手振りで話してくれた。
「ルーくん…あ、夫のルーフィンのことね。ルーくんは人見知りなの。
で、研究室に行きたい人はみんな私のところに来るんですっ。…あまりいませんけど」
 こんな状況なのに、この人は前を見ている。マルヴィナはそう思った。
誰か一人は、前を見て、希望を見出していなければならない。
そうしないとこの町は、本当に死んでしまう。
研究所に着くなり、彼女は妙に独特なノックをする。中から、声が返ってきた。
「…エリザかい? こんな時間に、珍しいな」
「うん。パパのお使いの人だよー。病気の原因のこと、知りたいんだって」
 しばらくの沈黙ののち、声は返ってきた。
「…入ってもらってくれ」
 許可の意味を表す言葉で。


 ルーフィンはぼさぼさ頭をさらに無造作にかきむしって、
椅子ごと振り返ってから眼鏡越しにエリザと四人を見た。
 なるほど、変人そうだ。
 マルヴィナはそっとそう思う。
 まず部屋。窓は本棚の後ろだ。薄暗い照明が机にぽつんと立っている。その下には書類。机の下にもある。
多分、もう必要のないものなのだろう。だったら捨てればいいのに、と思ったらゴミ箱の中は満杯だった。
 次いで服装。もろ白衣。何の科学者かと思ったが、そういえば学者でした、
…あれ、学者と科学者ってどう違うんだろう…とかなんとか思っていたりするが、
じろじろ無遠慮に見ることの失礼さくらいは常識として分かっているので、そこで観察をやめる。
「えっと…あぁ、原因でしたね」
「いやいやいやいや。ルーくん、自己しょーかい自己しょーかい」
 エリザのツッコミに、ルーフィンは
「もう知っているんだろう、この人たちは」とかなんとか言う。
 そういえばエリザにすら自己紹介をしていなかったことを今更ながらに気付いた四人は、
(ルーフィンへの皮肉も込めて)勝手に自己紹介を始める。
「…。わたしはマルヴィナ」
「えっと、セリアスっす」
「シェナでーす」
「…キルガです」
 最後に紹介された名に、エリザは反応する。
「えっ、キルガさんっていうんですか? すごい、守護天使様と同じ名前——けほっ」
「…?」
 シェナがエリザの言葉の語尾に混じった音に眉を寄せた。一方キルガは少しだけ俯き気味となる。
「…偶然でしょう」
 苦しそうに言う。そして、黙った。
「…まぁ、いいとして。本題の病気ですけど、原因、分かりましたよ」
 微妙にスルーされて、マルヴィナはむ、と眉をひそめかけ、…止まる。
「…え」
「原因。聞きに来たんでしたよね」
「…そ、そだけど」
 早ぇ! と言いそうになるのをどうにか止めるマルヴィナ&セリアス。
一方嬉しそうに両手を合わせたのはエリザだ。
「さっすがルーくん! で? 原因は、何なの?」
 研究室の中が静まり返る。外の住民たちの声だけ、わずかに聞こえた。
そんな中で、ルーフィンは眼鏡越しに四人をざっと見——




「原因は…呪い、です」




「…はっ?」
 だが、そのとき、なぜか外の声も途切れた…ように感じた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.51 )
日時: 2013/01/18 23:11
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「呪いぃ?」
 べクセリア町長ラオン、出したのは素っ頓狂な声。
 戻ってきた四人は手分けして、以下の内容を説明し終えた。


・ 病の原因は呪い
・ 病は数百年前にも起こったことあり
・ 当時の原因は西の封印された祠の中の壺を住民が不用意に開けたため
・ その中には病魔がいた。それが病気を発生させた
・ 住民はあわてて封印した。
・ おそらく今回は、以前起きた大地震のはずみで壺の封印が解けたものと思われる
・ つまり、再び病魔が現れた可能性あり


「ってことです」
「…な、なるほど」
 ラオンが得心いったように頷く。若干未だ信用していないような表情ではあったが。
「それでー、壊れたツボってー、すごい複雑らしいですよー。
直せるのはルーフィンさんみたいな考古学者だけみたいですー」
 語尾を伸ばしながら、シェナがくすくす笑ってそう言った。この小悪魔。
「む、むぐぅぅぅぃ。あ奴に任せるのか…しかし、これ以上被害を出すわけにもいかんし…」
 さっさと決めろ町長。とマルヴィナが半眼を送る。
「お、そうだ! あなた方は若いが、腕が立つとお見受けしました。どうですかな、
それなりの報酬は出します、ルーフィンの護衛を頼めませんかな?」
 あ、認めた、とシェナ。
 皆黙っていた。頷く準備はできているが、何故かキルガを盗み見てしまう。
「…キルガ、答え、任せる」
「キルガ?」
 マルヴィナの言葉に答えたのはラオンだった。
「あ、あなたは、キルガさん…とおっしゃるのですか?」
自分の慣れ親しんだ名、けれど今は、無意味と分かりながらも責めずにはいられぬ名。
「…ええ、まぁ」キルガはその視線の意味を理解していた。
だからこそ、絞り出すような声でしか答えられなかった。「…わかりました。引き受けます」
 キルガはほぼ独り言のように言う。マルヴィナは安心したように笑った。
「…では、この鍵を奴に渡してください」
 ラオンは言いつつ机の引き出しをやや時間をかけてずりずりと引っ張った。
小さな箱を取り出し、開けて、キルガに渡す。銀色をなしていたのだろうその鍵は、
長い時をかけたせいかすでに灰色と化した本当に小さな鍵だった。
キルガが天井の電球にかざす。反射して光ることはもうない。
「あの祠は、かつて名を奪われた王の閉じ込められた場所なのです。
あ奴は、そのことについて研究しており、何度も入れろと言われておったために、
意地でも開けてやらんと思っておったのですが…」
「頑固なんだ」
 シェナがポツリ。あわててマルヴィナがシェナの口をふさぎ、
「そ、それでは行って来まーすっ」
 なぜか敬語でいい、ハイリーに見送られてそそくさと逃げた。


「名を奪われた、王…」キルガはそっと呟いた。
小さな鍵を、握りしめながら。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.52 )
日時: 2013/01/18 23:19
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 町長の家から出て、最後にいたセリアスが扉を閉めた。
「なあ——天使界を襲ったあの黒い光。あれと同時に、この世界では地震が起こったろ」
 突然のその話に、皆驚いた
「そのせいで、魔物も増えて、世界のあちこちでも異変が起きてる。
あの地震…何か、とんでもないことが起きる前触れってことはないよな?」
「その考え、間違ってないかもしれない」キルガは答えた。
「僕たちの知らないところで、何かが動き始めているのかもね」
「なにかって…あれ、シェナ、どーしたの?」
 シェナ。妙に青ざめた顔になっていた。しかも、少し震えている。
「…ちょっ!? 流行病がうつったの!?」街の雰囲気が肌に合わないとずっと隠れていたサンディが、
よく遊んでもらっているシェナの一大事かと慌てて飛び出てくる。
マルヴィナはイヤさすがにそれはないだろうと思って、
「いや、口ふさいだ影響で窒息とか? それとも食べすぎで痛っ」
 シェナチョップ炸裂。
「何でそーなるのよ。食べすぎはあんたでしょうが」
「いってぇ。誰がいつ食べ過ぎたっていうんだ」
「毎日」
「………………………………」
 言い返せなくてマルヴィナが微妙な敗北感をもらった時のこと。
 何かが、風を切る音がした。その何かは——
「っ!」
 音を伴い飛んできたそれは、キルガのこめかみにあたった。
 石。大きくはない、だが、小さくもない。つぅ、と、血の玉がキルガの頬を伝った。
半歩下がり、彼はそのまま頭をおさえて前を見た。
「キルガ!? ——っ、誰!?」
 そのマルヴィナの言葉に、反応した者はいた。
 それは、小さくて六歳ほど、大きくて十歳ほどの子供たちだった。
全員そろって、キルガをにらみつけている。
「何だ? いきなり危ないじゃないか」
「お前のせいだっ!」
 一人の少年が、マルヴィナ——を通り越して、キルガを指差した。
「てんしなんて、いないじゃんかっ! ママを、あんな病気にさせて——」
 キルガは悟る。涙をためた少年の心の内を。頼れる者のいない辛さを。
何かに怒りをぶつけなければ気を済ませられない、彼らの心境を——
 無防備なキルガに、再び石が飛んでくる。マルヴィナは舌打ちした。
「——仕方ない」
 その瞬間、マルヴィナは剣を引き抜いて、そのまま石つぶての、
向かってきたものだけを瞬時に見分けてそれを全て弾き返した。
子供たちが呆気にとられる。そして、手中に残っている石を全て落とした。
 マルヴィナは剣を鞘に納め、口を開きかけて何も言えなかった。神父が来たのだ。
「これ、子供たち。お客様方に、失礼をしてはなりません」
「っで、でも」子どもは慌てた。「そいつのせいなんだっ」
「シャルロロ」神父は静かに、けれど少々厳しい口調で言った。
「彼は確かに、守護天使様と同じ名前です。ですが、彼は守護天使様とは違うのです。
そして、この病気も、守護天使様のせいではありません」
 うわ、それ、言っちゃダメな言葉だって——と思ったが、
セリアスは言わない。言ったら話がややこしくなる。
 思った通り、キルガは悔しげに両手を握りしめた。
「…彼らを責めないでください」キルガは言った。「…彼らの言葉は、………」
「いいえ。彼らの成長のためにも」神父はキルガの言葉には応じず、そう言った。
「さぁ、謝りなさい。そして、八つ当たりなどというみっともない真似は二度としてはなりません」
「……………ごめんなさい」
 その子の言葉に続き、それぞれ違った声の“ごめんなさい”が聞こえる。
そして皆、返事も待たずに逃げるように去っていった。
「…申し訳ございません、旅人さん方。…あの子は、人一倍情報入手が得意でしてね…
あなたの名前を聞き、居ても立ってもいられなくなったのでしょう。
あの子の母親は先日、天に召されたのです」
「そう、なのですか」
 走り去る子供たちを、凝視できなかった。悔しかった。
「お怪我をされたでしょう。教会にぜひいらしてください」
「いえ」キルガはその言葉に、丁寧に答える。
「ありがとうございます。ですが、大したことではありません」
 この町の人に比べれば。そう、呟く。
「…そうですか」彼の言葉の奥に秘められた静かな悲しみに、あえて触れないでくれた。
「…あなた方に、強運と健康の神のご加護のあらんことを」
 神父は、べクセリア特有の祈りをささげた。


 ばしん、と。
「痛っ!?」
 …しばらくの後、セリアスの右手がキルガの背中にヒットする。
「な、…何?」
「何? じゃねーよ、この落胆症候群。勝手にひとり悩みやがって」
「…はぁ…?」
 よく分からない単語に空返事をするキルガに、セリアスは腰に手を当て真正面から睨み付ける。
「お前なぁ。なっに今っさら後悔してんだよ。後悔したところでなんか変わるか? 誰かが蘇るか?
そんなのは叶わない。だったら今生きている人を守る方法を実行するんだよ! お前、守護天使だろーが!」
「…………………………………」
 セリアスの言い切った言葉に、しばらく反応ができなかった。
だが、言われたことは間違っていなかったし、何より言葉の内容はキルガに最も必要なことであった。
「返事!」
 ずばっと言われ、
「…ああ。……そうだね。ごめん」
 キルガは応え、力強く頷いた。
その眸に映っているのは、誰かを守る、ひとりの守護天使としての決意。




「——えぇぇーーっ!? パパがルーくんにっ!?」
 ——後。
エリザは、鍵のことを聞いた瞬間に口をぱっくり縦に開いて驚いた。
「ん〜、まぁ、しゃーなしに、って感むが」
 シェナが言って、いや言いかけて、またもマルヴィナに口をふさがれた。
「…わかりましたよ。えーえー行けばいーんでしょう行けば。それじゃ、僕は先に行ってますんで、あなたたちもすぐ来てくださいよ」
 というわけで、説明を終えた四人に言われたルーフィンの言葉がそれである。
 やれやれといった割に、妙に張り切っている感じがしなくもない。
彼にとっては、ツボを治すことよりも封鎖され続けていた祠に入れることのほうが重要なのだろう。
残された計五人、初めに沈黙を破ったのはエリザの咳だった。
「…あ〜、もう。やんなっちゃう。この部屋、ホコリ凄いから…けほっ」
「大丈夫? …ほんとにホコリのせい?」
「ええ、だからだいじょーぶですっ。…でも、ルーくんのほうが心配だな…病魔って、なんなのかな。
…お願い。ルーくんのこと、しっかり守ってあげてください!」
 エリザは、本当にルーフィンのことが好きなんだな…
 キルガは、そう思った。誰も死なせない。病魔封印を手伝うこと。
それが、今自分にできることだった。