二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.510 )
日時: 2013/11/20 23:44
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: V4iGFt6a)

    サイドストーリーⅥ  【 月 】



「——あれ、キルガ…まだちょっと早いよ?」
「いや、いいんだ。どうせ寝られない」
 最早一パターン化した会話は、それでも互いを小さく微笑ませる。
そんな僅かなことでも彼女と同じ気分になれるこの瞬間が、キルガは好きだった。



 __居待月の夜



「明日、降るかな」
「かもしれない、ってところかな。まず晴れることはなさそうだ」
 十五の日を超え、不完全な円に戻り始めた月がまた、薄雲の背に隠れ始めた。
 天空でも風は強いらしく、お世辞にも綺麗とは言えないグレイの浮雲は、
ラピスラズリを散りばめたような深い夜の布をせわしなく縫いながら進んでゆく。
そのたびに動きの鈍い白亜の惑星は、その光を隠してはまた顔をのぞかせる。
同じ方向に只々流れてゆくだけの雲の動きを眺めるのは嫌いじゃない。
寧ろ気分を落ち着かせたまま、無の時を過ごすだけが殆どである不寝番の時は、
これが最も良い時間を潰す方法であり、退屈しないものであった。

 燃えて灰と化し、原型をほぼとどめていないまちまちの太さの枝。
かけられた砂が風の誘いを受けて、どこへともなく消えてゆく。
まるで駆け落ちした恋人みたいだと、キルガは思った。夜は静かで、穏やかだ。

「なぁ、マルヴィナ」突然キルガが話しかけた。「昨日の月の名前、知っているかい?」
「名前?」マルヴィナはキルガと不完全な円を交互に見た。「そんなのあるのか?」
「15の月を、十五夜、って言うだろ」
「あぁ…三日前だよね。——えっと、じゃ昨日だから…じゅう…十七夜?」
 なんて、そのまんますぎだね。なんて言って笑うと、キルガは滅多に見ない無邪気そうな顔で笑った。
「正解」
「え、ちょっと?」
「十七夜月。別名は立待月だ」
「…ねぇキルガ。さりげなく子ども扱いしていないか、今」
 ははっ、と、悪戯っぽい彼の笑顔は憎めなくて、マルヴィナはむくれながらも口角を持ち上げる。

「山の端に見える月を『立って待つ』から、立待月。じゃあ、今日は何ていうと思う?」
「十八夜」

 もう騙されないとばかりに即答した言葉は、あたかも予想されていたかのように即答で返された。

「残念」
「はぁ?」
「何故か十八夜とは言われないんだ。18の月は、居待月」

 ようやくからかわれたことに気付いて、今度こそマルヴィナはむくれた。
なるほど敢えて昨夜から訊ねたのはこう答えさせるためかと、キルガの思い通りになってしまったことに
子供じみた不満を表に出す。悪かったよ、と謝る彼の口調もいつも通り反省っ気がない。
傍から見ればそれでいいのかと不安になるようなそんなやりとりも、彼らの間ではそれでいい。
こんなところで必死に謝られたとしたら、マルヴィナは即刻キルガに今日はもうこのまま寝てしまえと言って
強制的にテントに押しやっただろう。

 時を過ごす方法には、こんなキルガの豆知識も一応はその一つとして含まれている。
覚えていて尊徳があるわけでもなしの、他愛もない話。
それでもマルヴィナは、キルガの話を聞くのは好きだった。彼は知識をひけらかすような性格ではない。
それ故に、こうやって雑学の類を話してくれることは滅多にない。一応は、と言うのはそれが理由だ。

 十六夜、立待月、居待月。臥待月、更待月…月の出は徐々に遅くなり、
待ち方が変わるから、そう呼ばれているという。じゃあわたしたちは今日だね、とマルヴィナが言った。
セリアスとシェナは明日かと言ったところで、ようやく意味を理解する。
座っている自分たちは座して月を待つ居待月、寝ている二人は伏して月を待つ臥待月。
待っているものは月の出ではなく日の出ではあるが…と言うのは野暮だろう。

 ちょっとした会話も、しかしすぐに尽きてまた沈黙が流れる。
気まずさなどの類はなかったが、今日は妙にその間がキルガには気がかりだった。
ゆっくりと西へ移動する月を瞬きもせず眺める彼女は、いつもと違って見えた。
気のせいだろうか。踏み込むだけの決意と度胸はまだ彼には欠けていた。
どう声をかけて良いのかわからない、不器用すぎる彼故に。

「…最近」その間に、小さな唇が動いた。
少しだけ掠れたマルヴィナの声に、覚えた違和感が間違いでなかったことを確信する。

「怖くなることが増えた気がするんだ」

 運ばれる、波が海面を打つ音。夜の鳥の控えめな会話。風と草木の合唱。
静かすぎる空間は、それらの音を鮮明に耳まで運んだ。
夜の闇に染められたマルヴィナの眸のインディゴ=ブルーが、愁いを帯びたように鈍い色を放つ。

 膝を抱えて顔を伏せた彼女は、必要以上に小さくなったようにしか見えなかった。
それが意味するものは果たして、彼女自身の心情なのか、それともそんな彼女を見ても
何もできない自分の不甲斐なさなのか。

「…いつまで、続くんだろう」

 消え入るようなその声を聴覚は鋭く捕らえ、意識はそれを手放さなかった。
彼の知る気高さと強さは、ない。中心に立ち仲間をまとめ上げる統率力も、
果敢に敵中へ攻め込む率先力も。何も見えずに、ただ今ここにいるのは、
夜と自身の闇に怯えて、蹲り震える、か細い少女としての、マルヴィナ。
一瞬のうちに思いついた言葉は、全てが拙すぎて、全てが意味をなさなくて。
理想より遥かに不器用すぎる彼は結局、声をかけることも行動で表すこともできなくて。
そうしてまたひとりよがりな罪悪感が生まれてくるのだ。

 こんなにも長く、共にいるのに。
 互いに器用さの欠けた二人は、今日も進めない。

「…ごめんね、いきなり!」何の意味もなさなかった沈黙ののち、マルヴィナは不完全な笑顔を被って言った。
「ちょっと疲れているみたい。…いろいろありすぎたから、かな。ごめん、気を遣わせちゃった」

 …そんなことはない。ようやく声に出せたこの言葉の正しい意味は、彼女に伝わっているのだろうか。

「——寝ないのかい」思ったことを言えない唇は、まるで逃げるようにその言葉を紡いだ。
こっちの方が落ち着けるから、と言った彼女は、しばらくしてからうとうとと舟をこぎながら
浅い眠りの誘いを受けてしまった。


 再び舞い戻る、夜の音。わたしたちは居待月だね。そう言った彼女を思い出す。
賛成だ。それは恐らく、彼女が考えているものと別の理由で。

 不完全な想い。不完全な感情。欠けた円の輝きは、もう大分傾き始めている。

(——大丈夫。いつかは、終わるから)


 あぁ、だから、せめてその時こそは。





 居待月、それはまるで。
 ただ座りながら、再び来る闘いの日々を待つしかない、彼らの象徴。












                                   __居待月の決意