二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.511 )
日時: 2013/11/24 01:30
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: V4iGFt6a)

 一方で妖術師は遠くを見た。他者へ見せることの無くなったその顔は、
それでもつかみどころがなく、一方でどこか憂えているようにも見える。
だが、その思考は決して無駄な感情に支配させているわけではない。
どこともつかぬ場所を見ているように思える眸は、しっかりと“蒼穹嚆矢”と“賢人猊下”を捕らえていた。
 ——そろそろだ。ローブの裾を持ち上げて、指先に意識を集中させる。

「…それにしても、ゴレオン将軍も迂闊な…おかげで私まで皇帝陛下に大目玉だったのですよ?」

 黙ってマルヴィナの指示に従って話を聞いていたセリアスの眉根が寄った。
シェナは背筋に悪寒が走るのを確かに感じた。
まずいかもしれない。その声色の微妙な変化に、セリアスは直感的な危機感を覚えた。
奴はこちらの期待する情報を提供してくれないかもしれない。というよりかは、提供する前に。

「人は私を感情変化に乏しい者と言いますがね」

 ——もしかしたら、先に動くのは、こちらじゃなく。

「…こう見えて私、相当頭にきているんですよ? ——それこそ」

 四人の視線に入らぬようにしていた右手に集まる、異様な光。
攻撃魔法を使う者には慣れ親しんだ輝きを確認する。口元を歪ませた。

 ゲルニックは例えるなら梟のような男だった。梟の食性は、動物食である。
大人しそうな仮面の下に隠した獣の本性。
獲物を近くにしたその眸は、狩りをする前のそれとひどく似ていた。

 ——セリアスは、息を呑んだ。同時に呑みこまれた言葉。駄目だ、全員、早く。

「——全身の血が煮えたぎるほどにね…!」

 振り返るいなや、ゲルニックはその右手に溜めた力を解放した。「——、せ、ろッ!!」セリアスの声は
呑まれたまま完全には表に出てこなかった。帝国の門の両側に備え付けてあった松明が揺れた。
                          メ ラ ミ
 炎の“気”を集め、球に変え単体に襲いかかるそれは、火球呪文、否。

「——…、あ、」

 火炎の対象者はマルヴィナだった。「——ッ!!」地面に貼りついた足を引きはがし、
辛うじて避けた彼女は、背後で土を燃やす炎の波を見て、呟いた。
     メ ラ ミ
 違う。火球呪文じゃない。集められた炎の“気”、それを膨れ上がらせたのは術者の実力。
言葉にした通りの怒りの量をそのまま表したかのような、巨大で、獰猛な、劫火。
 紛れもないそれは、火炎呪文系統、上級魔法。
    メラゾーマ
「——火炎呪文」

 その声は、震えていた。

「——あぁ。避けましたか。何と可哀想に——何も知らぬまま逝った方が、いくらか楽でしたでしょうに——」

 完全に虚を突かれたマルヴィナはただ、黒い世界を照らす赤を見つめていた。
あまりにも唐突すぎ、あまりにも激しすぎる開戦。戦慄する全感情。
…もし、今、避けられなかったとしたら。揺れる緋色の奥に、マルヴィナは別の記憶を映し出していた。
目の前に迫る鉄球と、戦友の背中、飛び散った鮮やかすぎた、紅。

 がしりと細い腕を強い力が掴んだ。びくりとしてマルヴィナは視線を転じた。
そこにあったのは、驚いたような戦友の姿。たった今まで思い出していた、あの紅の持ち主の、青年。

「…あ」

 彼の驚いている理由が僅かながらに分かった。マルヴィナはその理由を隠すように目を閉じた。
 ——大丈夫。根拠のない虚栄心を張り、再び視線を上げた時には、その眸に当初の闘志を取り戻していた。
キルガが口を開いて、また閉じる。セリアスは下がり、シェナは少し進み出た。
ゲルニックの壊れた笑顔が揺れて見える。

 ——行こう。追憶を振り切り、守りから攻撃への態勢となった黒い兵士たちを睨み付ける。
マルヴィナは一度背筋を震わせると、小さな声でサンディを呼んだ。
おずおずとフードから顔を出す彼女は、記憶にない恐怖をその表情に貼っていた。

「ま、マルヴィナ。…だいじょぶ、なの…?」
「——分からない。けど、ちゃんと終わらせる。…離れていて」
「…分かった、…えと…」

 了解したにもかかわらずまだ何かを言おうとするサンディに、ますます違和感を覚えた。
栗色の眸は下を向き、小さな右手は心配げにお気に入りであるはずのワンピースの裾を握って、
皺を作らせている。滅多にない——否、間違いなく初めて見る姿に、マルヴィナは戸惑う以外になかった。

 …死なないでね。最終的に小さく呟かれた一言は、重く受け止めたと共に、
拭いようのない不安をも植えつける。…大丈夫。死んでたまるか。マルヴィナはそう返して、踏み込んだ。

 なりそこないのグレイの空は、時折生じる白い筋をより映えさせた。
雷は嫌いだ。闇竜に襲われた日を思い出す。
天使界でも、そこへ行く道中でも、襲われたときには必ず雷を見た。上司を失い、相棒を失った。
消えゆく姿は稲光に掻き消されていた。ねぇ、お願いだよ。これ以上、奪わないでよ。
雷の光に似た怪鳥顔のぎらつく眸が見える。大っ嫌いで、怖い。
 その眼に捕らえられた相棒、雷の眼が、また彼女を奪ってゆくのか。
ぎこちない体運び。緊張じゃない。自分と同じだ。マルヴィナもまた、失うものを恐れている。

 …ああ、駄目だ。こんなんじゃだめだ。戦えない自分ができるのは、こんなことじゃなかったはずだ。
不安を狩りたて、焦らせる役目じゃない。アタシに、できるのは。

「——マルヴィナっ!」

 驚いた表情を張り付けて、戦況を読み取っていたマルヴィナの顔がこちらを向く。
 強くて、弱くて、頼れて、情けない。
 そんな相棒にかけるべき言葉は、死と隣り合わせの状況を比喩する後ろ向きの単語じゃない。

「…っ絶対、そのアホ鳥面、ケッチョンケチョンにしちゃいなさいヨッ!!」

 いつもみたいな、他人事で、高圧的な言葉。
 それでも彼女の迷いを振り切り、あぁやって力強く笑わせるのは、こういう言葉じゃなきゃダメなんだ。
 ——当然。勢いをつけて叫び返したマルヴィナの声色は、
サンディの中に渦巻いていた恐怖と不安を、まるで一つの風を吹かせたようにさらっていった。












漆千音))公式でゲルニックの台詞(バトル直前)に「せいねん込めて」って言う言葉がありましたけれど
    せいねん、って検索しても出てこないんですよね。何か文脈的に精神の精と念じる、って
    感じがしたんですが、辞書にもないんですよ...
    まさか『盛年』なわけあるまいし...(そんな若くないでしょうこの人)
    まぁ、そのあとに続く台詞が少々過激なので独断で割愛させていただきました。