二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.514 )
日時: 2013/11/27 21:59
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: V4iGFt6a)

「ねーチェスさんチェスさん」
「何だ、手短に言え」
「んー。…地味に強くなってない?」
「…あぁ。同感だ。…先行きが暗いな」

 何体を相手にしたのかはもうわからない。マイレナは自分の右頬を二度指し、チェルスに合図を送る。
彼女の頬には黒ずんだタールのような血が不恰好な波を描いてべたりと付着していた。
が、手を振りかえしただけで、チェルスは背後の敵の足を引っ掛けると同時に前方の敵の平衡感覚を失わせ、
そして一閃した。気付いていても放置しているらしい。
いつも後からとれないとか言ってふてくされるくせにと、肩で息を吐いたついでに、
マイレナは倣ってもう二体ほど屠った。

「で、さ。気付いた?」
「愚問。敢えて乗ってやったんじゃないか」
「あは、やっぱし? …でも、大丈夫かなー」

 さぁ、と返す。

 妖術師が、勝てるはずのない雑魚どもを二人にけしかけた理由も、ずっと二人の様子を窺っていた理由も、
二人は初めからその意図を完璧に見抜いている。ゲルニックは二人を相手に戦わない。
お互いよく知る者同士だ。天使たちと同時に片付けられるほどやわではないことは初めから知っている。

 自分たちがゲルニックから遠ざからないと、攻撃を開始しないだろう。同時に、あの守りも崩れない。
 だからこそ二人は、敢えて遠ざかったのだ。
 尤も、裏の裏をかかれている可能性もなくはないが、そうすることでの
妖術師にとっての決定的な利点が見当たらない。まぁ、予想外のことが起きたら適当な対応をすればいいかと、
大して重要視もしていない。道を踏み外したら、戻ればいい。別の道を探せばいい。
終点が同じであれば、何だってかまわないのだ。

 チェルスの握りしめている大剣の銀色が、魔物どもの濁った泥のような液体に塗れ始める。
そろそろ拭いた方がいいかな、なんて余裕を持った考えを持ちながら、チェルスは四人を一瞥した。

 ——そいつには、お前らの力でちゃんと勝てよ。

 じゃないと、彼には勝てない。三将軍最強のあの剣士とは、戦いにすらなれない。

 ——…あぁ、でも。一瞬だけ馳せた思いは、同じ時間だけその剣の冴えを鈍らせた。
纏った藍の長衣の裾に、真一文字とは言えない太刀筋が走る。
細めた眼が、きつく色を放つ。マイレナが見ていなかったのは幸いだった。

 できるなら。もう一度刃を交わすのは、自分でありたかったんだ。
抱いたその考えは、小さく丸めて隅へ追いやられはしたが、消えるということはなかった。


                               バギマ
 生じる真空の力。吹く風を刃に変えて襲う、真空呪文中位魔法、風荒呪文は、妖術師の両手から襲撃者へ。
        マジックバリア
 咄嗟にシェナは魔耐呪文改を張った。                マホバリア
遅れて、キルガも魔法耐性の薄いマルヴィナのセリアスの両者にそれぞれ魔耐呪文を重ねる。
盾を持たない二人を守る術は今の所補助呪文しかなかった。
火炎呪文系統とは違い、風は数えられるような個体を持っていない。避けようのない術は、
程度は違えど彼らに複数の傷を生まれさせた。相対していた黒鎧も被害者のうちに入っている。
厄介だとシェナは思い、最低だとマルヴィナは思った。自分たちを葬り去ることができるなら、
敵も味方も関係ないという考えが理解できなかった。あくまで、マルヴィナには。

 これは戦だと、箱舟の中でマイレナは言った。時に甘い考えを捨てきらねば生き残れない世界だと。
 仲間の安否と敵への攻撃の好機、後者をとることができなければ終わるという彼女の言葉は、
この時間ではこれ以上ない正論であり、これ以上なく残酷な意見だった。
戦闘の合間に仲間の行動まで読み取り、邪魔にならぬよう動けるほど、彼らについてきている実力は高くない。
キルガが渋い表情をしていたのを見た。彼の脳裏には、この時折深刻な話をさらりと述べる賢者を
まだ警戒していた頃、交わした会話が流れていた。自分が守りたいのは、一人だけじゃない。
そう宣言した時に返された言葉は、「それが弱点にならないことを祈っているよ」——理解できなかった言葉が、
その時ようやく分かった。そしてそれは、言葉通りの祈りも虚しく、
ある意味では彼の弱点と言える状況だろう。前者を優先してしまう、未熟な聖騎士の。

 セリアスが駆け込んだ。一人離れた位置へ後退してゆく妖術師を追う。別方向からマルヴィナが援護した。
シェナは悟りを開き、天を仰ぐ。澄んだ翠緑を帯びた雫が、四人の頭上から降り注ぐ。
肌や鎧を濡らし、淡く光ったと同時、彼らの追った傷が僅かながらに塞がってゆく。
癒しの雨。賢者特有の技である。キルガは慣れ始めて間もない相棒を右手に、黒鎧との間合いを計った。
剣士だ。槍と剣なら、リーチに関してはこちらの方が有利。敵もそれが分かっているのだろう、
なかなか思い切りの良い行動はしてこない。焦るな、落ち着け。
ここでへまなんかしていては、この先は進めない。

 一対一なら。仲間に気を遣うことはない、自分と、相手のみに集中できる。
 この聖騎士にとって、今の最善策は、これしかなかった。