二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.539 )
- 日時: 2013/12/19 23:35
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: nkm2s9o8)
魔力を解き放つ準備は既にできていた。
敵の崩れた平静を、できる限りまで破壊して、そうして終わらせる。
戦うことに誇りを持つような、もう一人の将軍とは違う。勝てば良い。
無駄な矜持や誇りや、お遊びのような連携など、弱さを見せるきっかけを作るに過ぎない。
妖術師はほくそ笑んだ。あぁ、馬鹿の扱いは簡単だ。
「聞きましたよ、あなたあの天使の、唯一の弟子だそうで。さぞ慕っていたのでしょう?
刃を向けられていながら何もできなかったとは…」
遠まわしに話されているのは、七つの果実を奪い取った時のことだ。
歪んだマルヴィナの表情を滑稽に思いながら、妖術師は続けざまに語る。
「彼は実によく仕事をしてくれました。特に貴女の情報を流していただきましたしね。
…いや、実に見事な裏切り者ですよ。再会の喜びにひたしたのちに、絶望の淵に落とす…
わたくしたちでもなかなかできぬ芸当ですね。…お気付きですか?」
眸を隠す瞼の奥には、必死の思いで封じ込める憎悪と混乱が閉じ込められているのだろう。
伏せられた顔。あと一押しとばかりに、憐れな小娘が壊れるのを促進する。
「…あなたはもう、師から見放されているのですよ」
…反応は、なかった。妙な静寂の間に、妖術師は眉をひそめた。…とどめとしては、弱かったか。
まぁいい、なんとでもいえる。嘘でも真実でも、何を言ったとしても、
この小娘が本人に確認する術はもうないのだ。ここで、殺してしまうのだから。
「———」
別の息遣いが生まれる。顔を伏せたままのマルヴィナの吐息だった。
半分、眉を持ち上げて妖術師は再び娘を凝視する。娘の瞼が、動いた。
何だ、反応が鈍かっただけか——かすめた考えはすぐさま、誤りだと認識した。
同時に、久しい困惑を覚えた。
顔をも上げ、他者を射抜く眸を閃かせる。憎悪も混乱も、怒りも、その光には宿っていなかった。
この戦場に立って以来変わらない、戦士の眼。冷静に相手の動きを見極め、
無駄な感情を寄せ付けない、揺らぎない眸だ。
「…言いたいことは、それで終わりか」
発せられた声は、虚勢や意地を張っているわけではなかった。
そこにいたのは、妖術師と違う、仮面を被らないありのままの彼女自身。
表情を崩されたのは妖術師の方だった。完全な予想外に、右手への集中力が切れていることに
一瞬気付かなかった。マルヴィナは親指と中指を唇に触れさせた。甲高い、掠れた音が戦場に鳴り響く。
彼女の呼びかけに応じた聖狼が二匹、忠実に彼女の両脇をすり抜けて敵へと突進する。
目を瞠った妖術師は咄嗟に火球を投げつけたが、集中できていない状況下での魔術が
思い通りの威力を発揮するはずがない。妖術師は反射的に腕を振った。
偶然、その腕は鋭く白狼の背を強かに打ち付け、二匹は地面に叩きつけられる。
はっ、と嘲り笑い、改めて敵を視界に入れようとして動いた眸は、先程以上に見開かれた。
まるで疾走する豹。低い態勢から一気に間合いを詰めて踏み込んできた剣士を、
あり得ないほど近くに捕らえていた。状況を整理した時には既に遅かった。
右腰から、左肩へ。迷いなき一閃が、妖術師ごと切り裂いた。
一瞬だけ見えた剣士の強く輝く眸が、すぐに赤く塗りつぶされる。なんてことだ。
ゲルニックは初めて目に見える焦燥を、仮面を剥いだその貌を露わにした。
焦りを見せた自分に苛立ち、焦らせたマルヴィナに嫌悪感を抱く。
「小娘ッ…!」
「その手はもう、効かない」
崩した態勢を整えられるような間を与えるような腑抜けな真似をマルヴィナはしなかった。
本能的にゲルニックは、一太刀浴びる際に身を引いた。与えた斬撃は浅くはなかろうが、
致命傷には程遠いだろう。翻弄されず、理性を保ったまま。
麻痺した罪悪感が戻ってくる前に、全てを終わらせなければならない。
小癪な真似を…! 距離をとる目的で、風の刃を起こした。
マルヴィナは頬に感じた小さな痛みに反応してしまった自分を恨めしく思う。
折角の好機を逃したことに、表には現れない不快感を呼び起こした。
「…大層な口を叩けるほどにはなった、ということですか…現実だと割り切ったのですか?」
「逆さ」油断なく剣を構えたまま、はっきりと答えを返す。
「他人の言葉が自分にとってどこまで正しいのかを考えるより、自分の考えを信じることにした。それだけ」
——ああ。
最も安っぽい言葉が、きこえた。
「もう、惑わされない。疑わない。——」
これ以上、彼を悪く言うのを許したくなかった。けれど、それは言わない。
言えば、妖術師は間違いなくその考えを利用するだろう。
惑わされない為に必要なのは、一切の言葉をはねのけるブリキの人形の心だけじゃない。
一片も疑わない、ただ一途に誰かを信用する心で、十分に対抗できるはずだ。
不気味なほどの静寂が待っていた。お喋りを望んでいるわけではなかったが、
この途切れ方は不自然に思えた。同時に、外したことのない嫌な予感が、
マルヴィナの心臓をまるで警鐘のように打ち付ける。何かに怯えたような低い音が、
すぐ耳元で聞こえた気がした。どんどんとその速度を上げていく自分の鼓動。
・・・・・ ・・・・・・
警戒しろ。集中しろ。間違いない、目の前にいるのは、正真正銘の“毒牙の妖術師”だ。
幾数も重ねた厚い貌と余裕を取り払った、本物の奴自身。マルヴィナの手に、じっとりとした汗が滲んだ。