二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.57 )
- 日時: 2013/01/19 21:54
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
3.
雨が降る。
悲しみの象徴。
辛さの形。
また一人、町の人間の命が、消えた。
忌まわしき病魔の、犠牲者。
たった一人の、彼女が。
雨が降る。
「エリザが、死んだ…!?」
名もなき王についての資料を取りに戻ってきたルーフィンは、
マルヴィナのその言葉を、震える声で復唱した。
マルヴィナもセリアスもシェナも、中でも守護天使キルガも、何度も嘘だとその事実を否定したかった。
…エリザもまた。
病魔の呪いにかかった人間の一人だった。
ずっと黙り続けていた。
ルーフィンの身を案じ続けていた。
病魔を封印しに祠へ向かったルーフィンの安全を、最後まで祈り続けた——
だが、彼女は、もういない。
病魔を封印した時——彼女は、もう。
エリザの葬式は、小雨の降る昼間に行われた。
空は、人の心をうつしていた。晴れない心、流れる涙を。
何故、気付けなかったのだろう。
何故、彼女はこんな時に死んでしまったのだろう。
…何故。どうして。
——後悔だけが、募りゆく。だが、それでも——事実は、変わらない…。
——夜。
(ルーフィン、来なかった…か)
キルガは、悲しみに沈む町を宿屋のベランダから見下ろした。そこから教会が見える。
当然、エリザの真新しい墓も。
ルーフィンはエリザの葬儀に来なかった。
マルヴィナがその事実を告げてから、研究室に閉じこもり、一度も出てこない。
(…守れなかった、命——)
「………………………」
エリザは。
…エリザは、幸せだっただろうか。
“— 守護天使さま、彼女に幸せを上げてくださいまし —”
かつて守護天使として働いていた時に、宿屋の女将が呟いた、言葉。
幸せとは、一体何なのだろう。
彼女は、幸せを感じていたのか——?
「—————————————」
と。
キルガは不意に、目をこすってみた。そして、教会——の隣を見る。
守護天使像。どこをどういじってもキルガには似なさそうな守護天使像に、人影が見える。
(エリザ、さん…?)
キルガは防寒着を羽織ると、急ぎ足でその部屋から出る——…。
宿屋から教会へ行くのに、長くはかからなかった。
それよりも驚いたのは、守護天使像のところにいたのが一人ではなかった、ということである。
キルガの思惑通り、そこにいた一人目は霊となったエリザだった。
すぐそこが墓だったから、おかしくはない。もう一人は。
「あれっ…キルガ?」
——マルヴィナだった。
「…マルヴィナ」
見たままのことを尋ね返し、キルガは戸惑う。さっきいたっけ、と考える。
「キルガも来たんだ。わたしもさっき、エリザに気付いてさ。あわてて来た」
…もろ呼び捨てであった。
マルヴィナもキルガと同じように、なんとなく外を眺めていたらしい。
ようは、気付く時間の問題であった。
『あ、守護天使様だぁ。やっぱそーだったんですねっ、キルガさん。ちょっと若いから、びっくりしましたよぉ』
霊となってもなお、エリザの笑顔は変わらない。胸につっかえていた不安がその瞬間消えた。
「安心しな。こう見えて290年は生きているからさ」
「それはマルヴィナもだ」
歳のことを女性に話すのは禁断行為に等しい(とキルガの師匠ローシャに聞いた)が、
マルヴィナは当然の如くたいして気にしていない。
マルヴィナがもしシェナだったら即チョップされていただろう、という考えは
とりあえず頭の隅っこに流しておく。
「ま、いいや。キルガ、今からルーフィンを助けに? えーと、会いに行くんだ。来る?」
「え。あ、あぁ…行くよ。…もちろん」
話が早すぎる。だが、キルガは理解する。
エリザの死を受け入れられないルーフィンを、
悲しみに支配された彼の心を、救う。
それは、今、エリザが望んでいることなのだろう、と。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.58 )
- 日時: 2013/01/19 21:56
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
エリザに言われた通りの、独特のノックをする。
エリザとルーフィンの、共通のノックを。
「エリザ? …っエリザ!!」
下手するとマルヴィナが顔面をぶつけるほどの勢いで、閉ざされ続けていた研究室の扉が開かれた。
昨日まで一緒にいたルーフィンは、恐ろしくやつれているように見えた。
(…やっぱり、受け入れられずにいる——) ・・・・・・・・・
彼が確認したのは、マルヴィナとキルガ——二人の姿だけだった。
彼らの後ろに立つエリザは、彼女の霊は、もう彼には見えることのない姿——
エリザは少しだけ哀しそうに、彼を見ていた。
「いまのは…あなたの仕業か?」状況を理解して、ルーフィンは憎悪とも聞こえる声で、そう言った。
「…………」マルヴィナは応えなかった。言わなくても分かることだったから。
「…っ悪い冗談だ!! もうやめてくれ…」
「っ!」
キルガは再び閉じこもろうとしたルーフィンの腕を、咄嗟に掴んだ。
「待ってください。エリザさんから、伝言があるんです」
キルガが言ったその言葉は、届いていなかっただろう。強く拒絶される。
「聞きたくないんだ! 今は…僕は」
手が振り払われた。
く、とキルガが呟き、言葉で引き留めようとしたより早く、マルヴィナが静かな怒りを表した。
「待ちなよ。それが何より自分を愛してくれた妻への言葉なのか?」
静かな口調の中に隠れた怒りを、ルーフィンも読み取ったのだろうか。一瞬、動きが止まった。
だが、やはり扉を閉めようとする。逃げている。マルヴィナは、勢いよく閉じられかけたその扉に、
足を滑り込ませた。つま先だけが挟まり、マルヴィナはその痛みに顔をしかめたが、足を戻しはしなかった。
そのまま、次第に声を大きくして、マルヴィナは言い続ける。
「自分の事しか見ていなかったくせに、何が聞きたくない、だよ。
エリザが何をあんたに求めたかくらい聞けないなんて、エリザはあんたにとって一体何だったんだ?」
マルヴィナの声に、住民たちが集まる。ケンカか? いや、説得じゃないか?
あれは、あの旅人さんたちじゃないか。そんな声が聞こえる中で、マルヴィナはなおも続ける。
「エリザはあんたにこう言った。幸せになってほしいと。そうすれば、自分も幸せだと」
キルガは目を閉じた。幸せ、かつて自分も悩んだ事柄の一つ。
“— どうか幸せになれますように —”
“— 守護天使さま、彼女に幸せを上げてくださいまし —”
そう願う人々に、どんな行動を示せばいいのか。
だが、エリザには、行動で示す必要はなかった。
相手が何を思っていても、
自分に興味を持ってくれなくとも、
彼女にとっては、ルーフィンがそこにいるだけで、幸せだった——
「エリザはあんたのことをずっと見ていた。でもあんたが見ていたのは自分のみ。
エリザの死から、周りから、現実から——結局は逃げているだけじゃないか、目の前から!」
観客が静まり返る。マルヴィナのつま先がじんじん痛み出す。
「あんたまでエリザから目を背けたら——彼女は本当に、消え去ってしまうだろう!?」
『ルーくん』エリザは聞こえない声で、言った——『私ここにいるよ。ちゃんといるよ…!』
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.59 )
- 日時: 2013/01/19 22:01
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
「…この町の人たちが、あんたに感謝していることは、知っているか」
少しだけ声を落とした。ルーフィンの、息をのむ音がする。
「…知らなかったみたいだな。——誰が病気にかかっていたのか…
それはわたしらの方が詳しいんじゃないか?」
「…………………」
マルヴィナはふっ、と息をつく。くるり、と顔の方向を変え、観客に話しかける。
思ったより、注目を集めてしまった。けれど。むしろこれは、好都合だ。
「みんなは、どうなんだ? わたしの足がこの扉を開けているうちに、言いたいこと、どうぞ。
…つか、痛いから、なるべく早くね」
観客から、小さな笑い声が聞こえる。
「あぁ、マルヴィナさんのいうとおりだ! おれ、先生にすっげぇ感謝してるんだ」
「娘が元気になったの。あのままじゃ、あたしも倒れてたかも…」
「儂ぁ年貢の納め時か思たぞい。生きとんのも、ええもんじゃ思たわい」
「先生、ありがとうっ」
ありがとう、ありがとう、ありがとうございます…周りから、その言葉がルーフィンに向かってゆく。
まぎれもない、感謝の言葉。彼には最も縁のなかっただろう、その言葉が、いくつも。
扉にこめられた力が、緩んでいく。きぃ、と小さく音がした。
マルヴィナはひとまず、空中に浮かせていた足をおろす。
「…現実を見ていなかったあんたは、もう過ぎたころの話。
今から、見てゆけばいい…この、ベクセリアの人たちとさ」
マルヴィナがあたりを見渡す。
「…エリザの望みを、叶えるためにも、さ」
扉は、開いた。ゆっくりと、しっかりと。
「……マルヴィナさん」
「ん」
ルーフィンの久しぶりの発言に、マルヴィナは一文字で返答する。
「…ありがとうございました」
彼が受け取った言葉を、少女へ。
そこにいたルーフィンは——
笑っていた。
その下、宿屋にて——
シェナとセリアスが、それを見ていた。
「いーこと言うじゃん。マルヴィナ」
「うん。…これでキルガもますます惚れたかなぁ?」
「何の話だ?」
——エリザは昇天した。ルーフィンに、自分の想いを伝えられたから。
ルーフィンがベクセリアの町で幸せとなることを望んだ天真爛漫な女性は、最後まで笑っていた…
まだまだだな。そののち、自分の借り部屋に戻ってから、キルガはかぶりを振った。
共に行ったのはよかったが、結局何もできなかった。
マルヴィナの方が、彼を救えた。彼女がいなかったら、今頃どうなってしまっていただろう?
「———————————————————」
…もし、彼女が哀しんだとき、誰が声をかけられるだろう。
セントシュタインでは、何もできなかった。何も言ってやれなかった。
けれど、いつか。
彼女を支えられるような、そんな存在に、なりたい。
- Re: 永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.60 )
- 日時: 2013/01/19 22:06
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
——翌日。
昼あたりに、マルヴィナたち四人はサンディ・キックにより蹴り起こされた。
「ついに! ついにつーいーにーやってくれたネ!
星のオーラ、たっぷりがっぽりあんたのフードに入れたヨ!
これで、ぜぇぇぇったい戻るハズ! ほらほら、ダッシュで戻る! 戻る!」
かなりの勢いでまくしたてたサンディに、まずセリアスが一言、
「う…サンディ、静かにしてくれ…昨日は遅かったんだ…」
と、大あくび。
「いかどーぶん…」
シェナも言い、
「右に同じ…」
珍しいことにキルガまで言い、
「…………………」
同じく珍しいことにマルヴィナは何も言わなかった。——立ち寝していた。
サンディの予想はついに当たる。
かれこれ数日かけて徒歩で峠の道に戻った後、
休むことも許されずマルヴィナたちが箱舟に乗った(乗らされた)瞬間、
黄金の舟はしっかりと反応を見せた。エンジン全開、と言わんばかりに。
「おぉっ、すげぇ! これで、帰れるんだな? 帰れるんだな天使界に!」
なぜか元気なセリアスに、サンディ一言、
「えー、セリアスは置いてこーと思ったんですケド」
「笑えねーぞ」
「ウケ狙ってないしー」
キルガが横で笑った。ようやく、か——そう声をかけようとして、気付いた。
「シェナ?」
…シェナだけが乗っていないことに。一人、立ったままである。
「シェナ? 来ないの?」
マルヴィナがそんなわけないと思いつつ、あえて言う。だが、その答えは、肯定だった。
「…私は…戻れない」
えっ、と、驚きを表す言葉が三重になって聞こえた。
「私は、セントシュタインに戻るわ。ごめんなさい。——またどこかで」
シェナは、そう言って——走る。追って来られるのを、拒絶するように。
「何で…シェナ……?」
まさかの、あるいはいきなりの展開に、マルヴィナは立ち尽くした。
それから、しばらくの時間がたつ。
ピッ ピポパッ ピッ がしゅ、 ピポペパッ ピッ、
「…………………………………………………」
ピッポッ ペパポッ ウィーン がしゅん ピッ ピッ、
「…………………………………………………。サンディ…………」
ピポ パッ ピプッ パペッ ウィィーン ポッ ペッ、
「…腹減った」
「早くネ?」
「あ、薬草持ってきちゃった。必要ないのに…」
「あー、確か、こここここ…ココをこーして、こーして、こーしてたっけ?」
「知らんわ」
「聞ーてないし」
「んじゃ聞くなよ」
「だから聞いてないし!!」ピコッ
「おっ!?」
サンディが適当なボタンを押した途端、箱舟が、宙に浮いた。
「ようやく当たりのボタンを押したか」とマルヴィナ、
「長いぞ」とセリアス、
「本当に運転士か…?」とキルガ、
「あー、ソコ三人。ブツブツうるさい。アタシはバイト! ちゃんとテンチョーがいるんだから」
というサンディの言葉に、全員沈黙。しかしすぐに、
「バイトかよっ!」
というセリアスの声でその空気は散った。
「別にいーじゃん。運転できるんだし」
方向性の微妙に違うことを言って、サンディはボタンをピッ、と押した。
「うっわわわっっ」
箱舟が、がくん、と揺れ——景色が動いていく…否、天の箱舟が、動き出した!
「動いた!」
「へぇ…一応できるんだな」
「ヨケーなお世話っ。——んじゃまぁ、道草食いまくったことだし、一気に行くよ。
天使界向けて、レェェッツ・ゴーッ!」
「おー」
セリアスは元気に、マルヴィナは棒読みで、キルガは苦笑して。
それぞれ胸に抱く興奮を隠しながら、そう言った。
天の箱舟は、青空を裂いて上ってゆく。
懐かしの故郷へ。
待ち望んだ、空の上へ。
【 Ⅳ 封印 】 ——完。