二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.78 )
日時: 2013/01/21 19:19
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

    【 Ⅵ 】   欲望





     1.



「あぁ…お前か」
 両手両足を鎖につながれた、ネイビーブルーの羽を背に持つ男が、独り言を言うように呟いた。
無論、一人ではない。お前、と言われたもう一人、王族の装の男は、低くしゃがれた声を出す。
「…仮にもお前は囚人だ。発言には気をつけるんだな」
「お前こそ立場を理解することだ。——で? 今度は何の用だ。
闇竜に、将軍三人に、多くの兵士——これ以上何を蘇らせたいと言う」
「——“蒼穹嚆矢”だ」
 囚人は、興味のなさそうな顔を少しあげた。
「…あぁ。あの、伝説の。…悪いが、そいつは出来ないな」
「何だと」               ・・・・・・
「彼女の力は強すぎる。おそらくその者は、人間ではない。…少しばかり、長い時をかけるが…
その間、別の者は蘇らせられない。それでも構わないと言うか? ——無理だろう。欲深いお前にはな」
 皇帝は舌打ちした。相変わらず、癪にさわる物言いをする。
「…お前が女神の果実を集めきれば…私の力を増幅させられれば、簡単だとは、言っただろう。
さて、いつになったら手に入ることか」
「黙——」
 れ、とまでは、言えなかった。
 皇帝の持つ杖の先の宝玉に、映像のように、どこかの景色がうつった。
 …その中に、四人の影がある。
 一人は、銀髪と金色の眸持つ美しい容姿の娘。
 一人は、紅の髪をぼさぼさにした、勝気な青年。
 一人は、漆黒の少し長めの髪を風に躍らせる青年。
 一人は、闇髪と蒼海の眸の、手に黄金に輝く果実を持った——


「……っな…女神の、果実!!」


 皇帝は叫ぶ。囚人が、くっ、と笑った。
「遅かったようだな。…どうすることか…」
「黙っていろ!」
 皇帝は怒鳴りつけると、その四人を食い入るように見る。
(こいつ、は——!)
「これは、あのイザヤールの、弟子ではないか…!」
 しかも、こっちは。いや、こっちは…。
「ほう」少しだけ、囚人の声色が高くなった。
「…奇遇なことだ。さて、どうする、皇帝。
求めているのだろう、その果実を…それも、喉から手が出るほどに」
「……………」
 今度は、怒鳴りつけない。しばらく考えて——考え続けて——
「ふん」
 …そして、短く邪笑った。
 杖の玉の中で、四人の若者が屈託なく笑う。が、その笑みがぐにゃり、と崩れ、
そして、一瞬にして、杖からフッ、と消えた…。




 アユルダーマ島、神聖なる青い木の下にて。
「サンディ、調子は?」
 そこに停めてある、天の箱舟の中で、サンディはその修理をしていた。
「ん? アタシは上々。箱舟ちゃんはサゲサゲ」
「……」要するに、サンディは元気だが、箱舟は直っていない。
そう頭の中で解読したマルヴィナは少し悩んでから、「そう。…果実、一個目、手に入ったよ」
 ずっと手に持っていた果実を差し出した。意外と重い。
 サンディは、ん? と振り返り、マルヴィナの手中の黄金の輝きに目を留め、おっ、と短い声をあげた。
「やるじゃんマルヴィナ! ひとまずここに置いとく系?」
「いや、いい。自分で管理する」
「別にここに置いといても、人間には見えないわヨ?」
「…んー…でも、やっぱり警戒しておきたいんだ」
 ふぅん、とサンディ。まいっか、と足を組んだ。
「——で。これから、南のツォって浜に行って、東南の大地へ行くつもりなんだ。どう、来られる?」
「んー…」
 サンディは新天地への興味と箱舟への意地との二つの希望に悩み、結局、頷いた。
「ま、こんだけ引きこもって直ってくれないんだし。ここにいるの、いーかげん飽きたしネ。行く行く」
 マルヴィナの前まで飛んでくる。「…で、さっきから思ってたんですケド、何そのカッコ?」
 ん、とマルヴィナは目をしばたたかせ、自分の旅装を見た。
「…あぁ、これ? 魔法戦士の証の服。わたしだけ貰ったんだ。——あ、転職したんだ」
 話す順番が狂ったが、ともかくそう説明すると、
へぇと言う、あまり興味のなさそうな声が返ってくる。が、
「あ、じゃさ。アタシも転職できないかなー」
「ええ?」
 いきなりそんなことを言い出したサンディに、四人は同時に聞き返した。
見事にハモった。いつもなら、何ハモってんの? とツッコまれるところだが、今は気にしていないらしい。
「あのオシャレでゲージュツテキでカッコイイ仕事!! あ〜も〜アコガれるぅ〜〜」
 一人ハイテンションでくるくる回りだすサンディに、キルガは、苦笑して彼女の名を呼ぶ。
なぁ〜にぃ〜、と歌いながらごきげんで問い返す彼女に、一言、
「大神官にサンディの姿は見えないと思うよ」
「………………………………………………………………………………」
 サンディがピタッ、と止まった。乾いた空気が流れた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.79 )
日時: 2013/01/21 19:22
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 まっすぐ、南へ向かった一行を、鋭い眸で睨みつける者たちがいた。
 それは、血を吸ったかのような紅の鎧に身を包んだ、何処かの国の兵士二人である。
「奴らか」
「ええ、多分。…報告と、同じです」
「そうか。…」
 黙りこくった一人に、もう一人、若い方が訝しげに尋ねた。
「…いいのですか? 少尉」
「いいのか、とは?」
「…ですから、あの者たちを襲わなくても良いのかと」
「そんな指令は受けていないからな」少尉と呼ばれた男はさらりと言った。
「それに、勝手に例の果実とやらを奪うために奴らと戦って返り討ちにあうのも面倒だからな」
「…珍しいですね、そんな弱気——あたっ」
 すかさず殴られる。
「慎重、というんだ、これは。よく見てみろ。始めに報告を受けたあの黒——いや、紺か? 黒髪の女。
分からないか? あの眸、あの雰囲気。ただものじゃない…あいつは、戦闘に長けている。迂闊に近づけない」
「………結構可愛いですね」
「見かけに騙されるな。ホイホイくっついていったらゴキブリスプレーで吹っ飛ばされるぞ」
「…ゴキブリって、僕の事ですか?」
「私がそれに見えるか?」
「ヒドイですよ、少尉」
「…まぁ、私も初めは例の言葉に従おうと思ったがな、やめた」
「さりげなく無視しないでください。…あ、分かりましたよ。
“将を射んと欲すれば——”あれ、何でしたっけ」
 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、である。
 ともかく、真剣に悩み始めた若い男を無視して、少尉の男は目を細めた。
「…近くに、“あの方”がいればな…手も出せなくなる」
「あの方? …あの、どっち向いているんですか?」
 そちら方向にその“あの方”とやらがいるのだろうかと、首を伸ばす。
「——帰るぞ」が、いきなりそう言われた。明らかに不平な声を上げた若い男に一言、
「それともあの四人の中の綺麗な女二人でも眺めていたいか?」
「不埒者じゃないですか! 帰りますよ、うぅ…」
 若い男の方は、足取りに微妙な名残惜しさを加えつつ、帰路につく。



 さて、そんな中、何も知らない四人は、ようやく潮風が鼻に届く位置につく。
「うわぁ…海だ。すごい、こんな近くで見たの初めてだっ!」
 マルヴィナが、同じ蒼海の瞳に海を映し、叫んだ。
太陽に反射し、きらきらと輝く波が眩しい。
「うおおおっ! ほんとだっ! つか俺海見たのすら初めてだ!」
 それはそうだろな、とキルガ。彼は天使界すら出たことがなかったのである。
「あ〜〜、どーせなら超イケメンと二人だけで来たかったー」
 サンディの、キルガの斜め後ろでの発言である。
彼女の言う“イケメン”にキルガは含まれていないらしい。
「ついでに、サンディちゃんの姿が見える人ね」
 シェナの言葉に、マルヴィナが笑った。潮風にマルヴィナの髪が膨らんで梳ける。
キルガは海よりも微笑むマルヴィナの横顔に見とれていた。
シェナがさりげなーく、とん、と肘でつつくと、彼は見事に、面白いようにバランスを崩す。
「…………シェナ…それは、からかっているのか…?」
「せいかーい」
 風が、あたりに吹き渡る。


「さて、ツォの浜は…ここから、西の位置だ」
 セリアスが地図を広げ(アユルダーマ島だけを描いた小さなものである)、つつっ、と指でなぞる。
「う…浜辺って歩きにくいんだ…」歩き出して早々、マルヴィナが情けない声を上げる。
「そぉ、みたい、ねぇ…わ、砂が入ったっ」
 じゃりじゃりと足に伝わる感触に、シェナが顔をしかめる。しかめたついでに、何気なく海を見て——

 そして、気付いた。
 さざ波だったはずの海が、いきなり大波を生み出したのを。
 あたりが揺れ、暗くなった海の奥で、二つの黄色い星が光ったのを——
「なな、なんかあれ、近付いてない!? てかこっちに来るわよっ!? 波!!」
 普段ないシェナの焦り声に、三人はそろって海を見て、
サンディが顔をマルヴィナのフードから出した瞬間に、「…逃げようっ!」同時に駆け出した。
 が、辛うじて村の中に入った瞬間、一行は大量の水を頭からかぶることとなる。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.80 )
日時: 2013/01/21 19:25
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「はぶくしゅん!」
 というのは、水をいきなりかぶったマルヴィナの相も変らぬ珍妙なクシャミである。
「…マルヴィくしゅんっ、髪の毛、髪の毛。怖いよ」
 シェナがマルヴィナの海水をたっぷり含んでだらりんと柳の木のように垂れ下がった髪を見て言ったが、
そういう彼女の銀髪も目や頬にぺったりくっついてだらーん、と垂れ下がっている。二人とも十分に怖かった。
セリアスのぼさぼさ頭はぺったんこになり別人を見ているようである。
キルガはというと、美青年の特権か、『水も滴る何とやら』の状態である。
当然それを見て悔しそうな顔をするのはセリアスである。
ちなみに、サンディも海水をもろにかぶっている。マルヴィナのフードに再び戻ったことから、
化粧がすごいことになっていることが大体想像できた。


 …ともかく、クシャミを連発しつつ、マルヴィナは(八つ当たりしても仕方がないのだが)海——の
向こうに去る物体を憎らしげに睨む。その先には、その海の中に膝まで入った少女と、
さらに奥へ戻る黒く大きな物体があった。
 浜辺には大量の魚がぴちぴちと威勢よくはね、
その周りでは人々が我も我もとばかりに先を争って魚を手にしていた。
「……なに……アレ………」
「おや、旅人さんかい?」
 マルヴィナたち四人が黒い物体に絶句しているところに、魚を籠に入れた老人が声をかけてくる。
茶色で、ところどころ継ぎ接ぎの目立つ、お世辞にもきれいとは言えない服を着た男である。
七十代くらいだろうか。老人は、マルヴィナたちの返事を待たず、話し始める。話好きなのだろう。
「驚いたろう。今のはぬしさまってぇ海の神さまだ。この村は、ほれ、見たとおり貧しくってなぁ。
だが、今は、ぬしさまに祈りをささげりゃああやって魚を届けてくださるのさ」
「…祈り?」
「ほれ。あの子だ」
 老人の指先をたどる。先ほど、海の中に入っていた少女だ。
太陽に煌めく桃色の髪を、低い位置で二つ結びにしていた。
あちこちにつぎを当てた皮のワンピースを纏っている。
海水で濡れた足についた白い砂を払いながら、たちまち減っていく魚をおどおどと見つめていた。
「オリガって名でな」老人が続ける。
「あの子の父親は、少し前に漁に出て、一年前の地震で嵐に飲み込まれて帰らぬ男となったのじゃ。
一人になったオリガを憐れんだのじゃろう、それ以来ぬしさまが現れて、まぁ、こうなったわけじゃ」
 話好きの老人は、一人うんうんと頷く。
 …一年前の地震。…あぁ、あれから、もう一年がたっているのか。
 マルヴィナはいまだ海水を含んだ髪の毛を絞ると、眉をひそめた。
「一つ思うんだけれど」
 手についた海水を払い、降ろす。
「…あのぬしさまとやらを呼んだオリガの分の魚は? あの子一匹も獲っていないじゃないか。
呼んでもいない人間が魚をしこたま取っているって、どういうことだ?」
 最後にマルヴィナは、老人に一瞥をくれる。
ビクッ、と震えた老人は、あさっての方向を見て、乾いた笑声を上げた。
「あ、あぁ〜…いや、さぁなぁ…ははは」
 そしてさっさと逃げ出してゆく。…意外と速かった。
「自分だけ良ければ、か…」
 キルガが呟いた。セリアスとシェナが、頷き、ため息をついた。
「闇」マルヴィナが突然、呟いた。「欲望は闇。やがて人の心をむしばむ…悪魔だ」
 昔、自分の師匠に教えてもらったことだ。
「…光は、あり続けなきゃならない」
 マルヴィナは言った。
「ただ、輝いちゃいけないんだろうな…光が輝くということは、必ずどこかに闇があるってことだから…さ」
 マルヴィナのその言葉に、む、と異なる意見を持つ者の声がする。
「…てことは俺は、マルヴィナとは違う意見なんだな」
 セリアスだった。驚いたように、マルヴィナは彼を見た。
「俺は、逆だ。輝き続けないといけないって思う。もしやめちまったら、光は輝くことを忘れる。
大きな闇ができた時…輝けなくなる。
…少しの闇は必要、じゃないかもしんないけど…いや、そう言ってるのと同じか」
「…成程ね」マルヴィナは言った。「一理ある。でも——わたしは意見を変える気はないよ」
「俺もだ。…ちなみに、二人はどう思う?」
 頷いたセリアスにいきなり話を振られ、キルガとシェナは驚いた。
だがゆっくりと、噛みしめるように答える。
「…僕には、分からない。どっちが正しいのかは」
 先に言ったのは、キルガだった。
「私も同感」続いて、シェナが。「二人の意見、どっちももっともなんだもの」
 沈黙がおちた。波の音が、静かに流れ込んでくる。
「いつか、答えがわかるのだろうか」
「…さぁね。…分かるといいね」
 物悲しい、波の音が。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.81 )
日時: 2013/01/21 19:27
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 浜の桟橋に停められた舟に向かって、四人は歩く。
が、人影がない。舟は憂鬱そうに、寂しげに、波の動きに身を任せてゆらりゆらりと揺れていた。
藻がいっそ見事なまでにへばりついていた。
「…どういうこと?」マルヴィナが不満げな声を上げた。
「大体、想像はついていたが…もう、海には出ないつもりなんじゃないか?」
 キルガ、ぽつり。
「え」マルヴィナ、即座に反応。
「あの海神に頼り、魚をもらっている…食べ物があるからって、漁をやめたんじゃないか?」
「……な、なんか…東南の大陸に行けないことより、そのぐうたらさに腹が立つ…」
 マルヴィナが露骨に顔をしかめる。
「いやマルヴィナ、予想だから。とりあえず、村長に」
「あ、あのっっ!!」
 キルガの話し途中に、別のか細く高い声がする。
舟を眺めていた四人は、後ろからしたその声に同時に振り返った。
「あ、さっきの」マルヴィナが言い、
「あ、えと」いきなり計八つの目に見つめられてドギマギする少女——それはオリガであった。
「いきなり、すみません。あの、…旅人さん、ですよね?」
「付加疑問文? そうだけど」
 なにやら難しい単語を伴い答えたのはシェナである。
「あ…いきなり、ごめんなさい。わたし、オリガっていいます。
あの…夜になったら、わたしの家に、来てくれませんか。お聞きしたいことがあるんです。
その、今は…こんなですから」
 海水に濡れきった自分の足元を見て、肩をすくめる。
「えっ? …わたしはいいけど、みんなは」
 マルヴィナの問いに、
「あぁ、いいよ」「どっちなとー」「判断に任せるー」
 三者それぞれの意見がいっぺんに返ってくる。
三人がそれぞれ何と言ったのかはいまいち理解できなかったが、
とりあえずみんな了承しているということは分かったので、マルヴィナはオリガに、彼女の家を尋ねた。
村の東。一番小さい家です、と自分で言う。
そこ、自覚しちゃダメだろ、と思ったが、もちろん声には出さなかった。
「分かった。夜だな」マルヴィナは頷いて、ふと視線を転じた。
「ところでさ。今乗るわけじゃないんだけれど、この舟、南東の大陸に行く…って聞いたけど」
 その瞬間、オリガの表情は曇る。
それを見て、マルヴィナは言わんとすることが何となく想像できたため、
「じゃなくて、村長! 村長は、どこにいるか知っている?」
 なんとかかんとか、そう言ったフォローを入れた。オリガはパッと顔を上げ、南を指す。
「今頃ご自宅だと思います」桟橋の向こうの、海の中に建った家である。
これまた大きい。オリガの家の何倍だろう、というほどの大きさでる。
 その貧富の差に、マルヴィナは、はぁ、とため息をついた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.82 )
日時: 2013/01/21 19:30
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 その、村長の家の前で。
 一人の少年が、三匹の魚を籠に入れて持ち上げた。
背に負い、すたすたと軽い足取りで歩き始める。
 村長の息子か。遠目に見て、マルヴィナは思った。十代前半だろう。オリガと同い年くらいだ。
 と、少年と年増の男がすれ違う。少年の背負ったものを見て、目を開き、くるりと振り返る。
籠を覗いている。口元がニヤリ、と笑った。男は少年の後ろにつき、一緒に歩く。少年は気付かない。
波の音が大きくて、足音が耳に入らないらしい。少年がマルヴィナたち四人とすれ違う。
頭を下げられた。マルヴィナも返す。そして、男ともすれ違った。
相手は当然の如く、目すら合わせてこない。と、完全にすれ違ったのち、男の手が籠に伸びた。
魚をつかむ。しかも三匹とも。一気に手を引き、くるりと背を向け逃げようとした——が、出来なかった。
男の目の前で、マルヴィナが、腰に手を当て、じぃぃぃっと睨みつけていた。魚を持った手を。
男は一瞬呆気にとられ、しばらく石化していたが、ようやく事態をのみこんだのか、
わたわたと慌てたのちに魚を後ろ手に隠す、が。
「言っておきますが」
 そのまさに後ろに、いつの間に立ったのだろう、キルガがいた。
つまり、マルヴィナとキルガで、男を挟んだ状態になっている。
少年は何気なく、その無意識の好奇心から、後ろを振り返り、キルガの向こうに立つ男の手の魚を見た。
はっとし、籠を降ろす。そこにあるはずの三匹の魚がなかった。
 そしてキルガは、それを確認して男に続きを言った。
「バレバレですよ?」
 なんとも静かながらに相手をぐっさり突く言葉である。
 男は絶句、顔も青い。口をパクパクさせて、まるでその男自身が魚である。
後からシェナはそう言えばあの男魚顔だったわねと言っていたが、今は関係ない話。
 男は魚を放り投げ、逃げた。
マルヴィナを突き飛ばそうとしたが、マルヴィナが素直に食らうはずもない。
軽く身を躱しただけだったが、男はそんな彼女に面食らう暇もない。
躱したついでに、宙に舞った魚を、マルヴィナは海に落ちる前に三匹見事につかむ。
「おぉ、さすが元旅芸人。ジャグリングみたいね」
「だから、別に、好きで、なった、わけじゃ、ないって、言うのに」
 ぶつくさ文句を言いつつマルヴィナは右手の二匹と左手の一匹を少年に手渡す。
はっきりとした声で、少年は、ありがとう! と言った。
「旅の人だねっ? ぼくはトト。今度、きっとお礼するね!」
 トトと名乗った少年は、ひょこっ、と頭を下げる。危うく魚が落ちそうになるのを、必死で止めた。
彼が再び歩いていくのを見て、シェナがポツリ、と呟く。
「律儀ねぇ…誰に似たんだろ」
「はい?」
「あの子よ。村長の家から出てきたでしょ。身なりからして息子よ。…勘だけど、あの性格、村長似ではないわ」
 勘でそこまではっきりばっさり言えるのも大したものだと、マルヴィナが苦笑した、その時、


 …勢いよく開かれた村長の家のドアに、思いっきり鼻をぶつけた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.83 )
日時: 2013/01/22 15:15
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「何でわたしはっ、毎回っ、こんな目にあうんだっっ…」
 村長の家にて、マルヴィナが呻いた。
 確かに彼女は、意味もなく怪我の身で峠の道までついて来させられたり、
川を飛び越えるのに失敗してずぶぬれになったり、
扉に足を挟まれたり(挟んだり)、浜に行って海水をしっかり浴びたり、
ドアに鼻をぶつけたりと、他三人に比べれば色々ひどい目にあっている。
尤も、自業自得なものもあるが。
 と、ドアを開けた張本人、村長の使いが、絆創膏を持って、すみません、と言った。
一体なぜあんな勢いでいきなりドアを開けたんだと言いたかったのだが、
なんだかアホらしくなったのでやめた。絆創膏を受け取り、マルヴィナは鼻の頭についた血を指で拭う。
「う、どーも。…ところで、村長は? 話があるんだ」
「…今、寝ています…起こしましょうか」
「あぁ、じゃああんたでもいい。舟を動かしてほしいんだ。正確には、南東の大陸まで行きたい」
「……………………」
 思った通りの反応である。
「え…と…無理だと、思います…」
 そして思った通りの言葉。
「じゃあ使わないんだったら舟をくれる? わたしたちに」
 マルヴィナが、血のにじんだ鼻に絆創膏をペタン、と貼り付けた。向きが縦である。
シェナがずる、と脱力した。
「マルヴィナ、貼り方、変だよ。普通横にしない?」
「えっ? ああ、大丈夫だろ。とれやしないって」
 方向性の明らかに違った答えを言い、糊の部分を鼻の二つの穴の間に貼る。
「むー…鼻の穴がふさがるか」
「……この、屁理屈剣馬鹿ガサツ女…………」
「何か言った?」
「いえいえ。ほら、かしなさい。貼ったげる」
 話のどんどんずれていく女二人にかわり、キルガが先ほどのマルヴィナの質問を繰り返した。
その答えは、「…もっと無理だと思います」であった。
「だろーな」セリアス半眼。
 肩をきゅううっとすぼめて、男は心底申し訳なさそうに立ち去った。
「困ったなぁ…船の操作技術でも学ぶか…?」セリアス。
「盗むつもりか…?」マルヴィナ、
「技術か…一番得意そうなのは、セリアスだが」キルガ、
「俺? いやまぁ…どうかは知らんが…」再びセリアス、
「へぇ、セリアス、機械いじりとか好きなの? あぁ、何か分かるわね」シェナ、と
ぼそぼそと会話を交わす四人のもとに。

「——っあ゛————っ、マジつかれたぁぁっ!」

 …サンディ登場。そういえば忘れていた。
 セリアス、小声でマルヴィナに問う。
「何処に行ってたんだ?」
「髪の毛乾かしに+メイクし直し+羽干し+日焼けしに」
「…はい?」
「最後はともかく、水でビタ濡れになったから」
「ああ」
 納得セリアス。
「って、そんなことはどーでもいいのヨ。マジぱねぇじょーほーゲーット!
なんかさぁ、女神の果実、ここにあったっポイのよねー」
「は?」
 マルヴィナの問い返しに、サンディは鼻の穴をぷかぁ、と開ける。
自称する乙女には残念ながら全然見えない。
「だからさぁ、さっきアタシのこのカワイイ羽乾かしてたらさ、近くでおばさんが話してたワケ。
やっぱあのキンキラキンの果物はヌシサマーの出てくる合図だった的な?
で、あのオリガって子が祈ったときしかそいつ出てこないんだってサ」
 キンキラキンの果物って、オマエ女神の果実ナめてるだろ、とセリアスは半眼になりつつ思った。
「…関係あるのかな」マルヴィナが肩をすくめる。
「ん? ヌシとオリガ?」
「うん。二人はどう思う?」
 マルヴィナ、半眼のセリアスを通り越してキルガとシェナを見る。
「…俺には聞かねーのかよ」
 ぽつり、と呟く。
「ま、アンタはどー考えてもずのー派じゃないしネ。悔しいならアタマも鍛えりゃどー?」
 サンディに遠慮容赦なく言われ、セリアス反応できず。
 …まぁ、阿呆、と言われるより、ずのー派じゃない、と言ってもらえたことだけには感謝しておこう。